第二百五十九話 婚前交渉?
7450年12月23日
一昨日から昨夜にかけて、完全な無心からは程遠いものだったが、集中してガラス化作業を行ったことで納品分については何とか終わらす事ができた。
そして今日は予てより予定されていたミマイルとのデートの日だ。
デートとは俺が勝手に言っているだけでいわゆるデートと表現するのはかなり無理がある。
要するに、結婚前にお互いについてよく知れるように、フォーケイン准男爵家まで行って一緒にお茶を飲んで駄弁るだけと言った方が正しい。
なにせ、まだミマイルが俺に嫁ぐことは正式に発表された訳じゃないからね。
繁華街などを二人でうろつくことでしょうもない風聞などが立たないように、というだけのことだ。
それに、俺はまだ准男爵家の家長であるフォーケイン准男爵とは直接の面識を持っていない。
ある意味で娘を貰うための表敬訪問と言えなくもないが……俺の方から結婚を申し込んだ訳でもないのでなんだか少し釈然としないものがある。
とは言え、ミマイルはフォーケインの姓を捨ててグリード家に嫁いでくるのだし、嫁さんを貰う方が送り出す方へ挨拶に向かうのは当然だろう。
なんにせよ、准男爵家には徒歩や俺の馬車ではなく、雇った馬車で乗り付ける事になった。
フォーケイン准男爵の屋敷は貴族の屋敷としてはこぢんまりとしたものだが各所への手入れが行き届いており、いい感じだ。
門で准男爵家の衛士に止められたものの、俺がステータスを見せたことで馬車はすんなりと通され、無事に母屋の車止めに入った。
馬車から降りると、扉の前で使用人を始めとする家人たちが勢揃いでもしているかのように並んでいた。
その中心に立っているおっさんがフォーケイン准男爵本人だろう。
隣にはミマイルもおり、反対側の隣には准男爵の奥さんとかその娘だと思われるミマイルの母親らしき女性もいる。
ミマイルとは種違いらしき子供たちも勢揃いしていた。
「ようこそ我が家へ、伯爵閣下。お初にお目にかかり光栄です。私が本家の当主、アルマンドでございます」
「それはこちらの台詞ですよ、准男爵。私の方こそ、今日は招いてくれて……顔を会わす機会が貰えて有り難く思っているくらいです」
差し出された手を握り返して返事をした。
どうにも上の立場からの物言いにはまだまだ慣れていないが、ま、こんなもんだろ。
准男爵は痛風の発作に悩んでいるというだけあって、もう六〇になるというのにオースの人々には珍しく丸っこくて不健康そうな体型をしている。
顔色も悪くなさそうなので今日は発作に悩まされている訳ではなそうだ。
金があるなら贅沢なものを飲み食いするのは結構だが、運動しろ。
まぁ、この時代、あまりにも度を越してさえいなければ、太った体型は不健康だという概念はない。
ある意味で豊かさの象徴でもあるから文句を言うつもりもないが……ジャバ程でない反面教師だな。
続いて准男爵の奥さんなどとも挨拶を交し、最後にミマイルの前に立った。
「ご無沙汰しております、閣下」
ミマイルは上流階級の若い婦人たちがするように、スカートの裾を持ち上げて軽く会釈を送ってくる。
「こちらこそ。それに、今日は私のために時間を頂けて嬉しく思っていますよ」
俺からも軽い会釈を投げ、微笑んだ。
あ、「頂けて」って言っちゃった。
ど田舎の下級貴族出身なので見逃してくれよ。
そのタイミングで准男爵は俺と警護に付いてきたバストラルを招き入れてくれた。
准男爵、なかなかに空気の読める男なのかな?
因みにバストラルを連れてきたのは、奴隷であるマールやリンビーだと格好がつかないと思ったからで他意はない。
勿論、別に奴隷だって問題はないんだけど、二人はまだ若過ぎるからだ。
そういう意味ではバストラルも俺と同い年なので若すぎるきらいはあるが、なんと言っても殺戮者の中でも救済者に居続けた奴だし、現在の殺戮者のリーダーだから、箔の厚みが段違いだからね。
・・・・・・・・・
「ほほう、原種ワイヴァーンとはそれ程に……」
「流石はかの黒天鱗になったというワイヴァーンですわね」
屋敷の一室、上等なお茶とただ甘いだけのお茶菓子を嗜みながら、バルドゥックの一一層で仕留めたワイヴァーンの話をしていた。
准男爵にせがまれたという事もあるが、騎士団員と迷宮冒険者の二足の草鞋を履いていたミマイルとの共通の話題になろうかという配慮が含まれていたのだと思う。
正直な話、三層に行ける程度のミマイルと俺だと同じ迷宮冒険者と言っても天地の開きがあるので共通の話題になんかならないのだが、今後形式上の義祖父になる准男爵の顔を潰す訳には行かなかったので仕方なく話したまでだ。
だからなのか、心なしかミマイルも少々居心地が悪そうに見える。
「……倒せたのは幸運の神のご加護の為せる技だったと思います」
神の加護らしきものは毛ほども感じられなかったけど。
「まぁ。閣下は謙虚でいらっしゃいますのね」
そう言って微笑んだのはミマイルの母親のファールン・フォーケイン准爵だ。
彼女が王国第二騎士団に所属していた若い頃、当時の第一騎士団小隊長であった国王に見初められ、お手つきを受けたのだ。
確かに些かトウが立っているものの、結構な美人で三〇半ばを過ぎた現在でも美しいプロポーションを保っている。
ミマイルを身籠った直後に騎士団から退団して婿を取り、次代の家督者となっているだけに仕草もいちいち上品で、洗練された動作は正に貴婦人だ。
今でこそこんな感じだけど二〇年前は騎士団で男言葉を叫んでいたのか。
なるほど、これが話に聞いたギャップ萌えという奴なのかな?
「ええ、閣下はとても謙虚な方でいらっしゃいます。今年の頭のダート平原のドラゴン退治やデーバスの村を三つも陥落させた事なども私から陛下におねだりしなければお聞きすることもなかったと思います……」
ミマイルはそう言って視線を落とし、手の中でカップを弄んだ。
「姉上、お顔が赤くなっておりますよ」
種違いの弟が指摘するとミマイルは更に顔を赤くして俯いた。
その様子は乙女が恋心を指摘されて大いに照れている感じがして可愛らしい。
……これが演技なら本当に大したものだ。
まぁ、ドラゴン退治の後で会った際にも国王と一緒に感動の演技を見せつけてくれた以上、演技だとしか思えないけれど、これだけの演技力は時と場合によっては非常に役に立つだろう。
あの時は俺も騙されるところだったし。
だが、彼女は貴族女性として強かだし、俺に対して敵意は勿論、隔意すらも感じない。
肝心の好意があるかというと……そこまでは解らないが、それはつまり、俺と一緒だ。
俺も彼女には敵意や隔意はないし、好意もない。
ただ「しょうがないな」という諦めに似た感情と「彼女には他に好いた男は居なかったのだろうか?もしもそういった人が居たのであれば国王の命に背くなど出来る訳もないだろうし、気の毒だな」とか「だとしても俺に嫁ぐべく頑張っていたのは彼女自身の希望もあった筈だ」という……虚無感に似たものがあるだけだ。
だけど希望を叶えるために一生懸命に頑張った、頑張っている所は人として好感が持てる部分だ。
俺と無関係だったならば、ね。
「ふふ。ミマイルはこの春に騎士団を退団してからずっと家で花嫁修業をしているのですが、いつも閣下の事を素晴らしい方だ、と言っているのですよ」
准男爵の奥方はそう言って目を細める。
「そうそう、閣下。姉上はバルドゥックに入って改めて迷宮冒険者の大変さを知った、彼らの頂点に立つ人の偉大さを知ったとか言っていたんですよ」
今度は種違いの妹から暴露され、ミマイルは更に小さく赤くなっている。
ふーん。
ま、家族揃って迷宮冒険者に対して否定的ではない、というのは何よりだ。
普通の貴族は一般的な冒険者はともかく、迷宮冒険者を嫌う者も珍しくないと聞く。
これは多くはないが少なくもないという意味で、格好良いし憧れると言う人だってそれなりにいるし、何とも思っていない人も沢山いる。
嫌われる理由は、誰かの役に立つ仕事をする冒険者とは異なり、結果的に魔石などを得てくる事はあるものの、行動原理が依頼=誰かの役に立つ事で対価を得る、という事ではなく、ただ単に生活費を稼ぐためという訳でもなく、ほぼ全てが一攫千金を目的とするからだ。
そういった理由を以て迷宮冒険者を卑賤な者共、と言って蔑む勢力も根強いためだ。
因みに、自ら迷宮冒険者をやっていたにも拘わらず、俺もどちらかと言うとその考えに近い方ではある。
生活必需品である魔石に始まり、希少な宝石や貴重な鉱物を得てきてそれを市場に供給するというのは、当然ながら正の一面だと言える。
が、誰かにそれを頼まれた訳ではないし、俺の知る限り俺も含めてそんなご高尚な考えでバルドゥックに潜っている奴なんて誰一人として居ない。
全員が金になる財物を得ようと目をギラつかせて迷宮に挑み、邪魔になるモンスターと果てしない殺し合いを繰り広げているだけだ。
むしろ、迷宮に入らない日は日がな一日飲んだくれていたり、やっと稼いだなけなしの金を娼館や賭博で溶かしたりする程度はまだかわいい方で、得た財物の分け前を巡ってチーム内で相争ったり、他のチームを襲ってその上前をはねたりなど証拠さえあれば大犯罪者としてとっ捕まってもおかしくないような負の面の方が大きく喧伝されている。
尤も、迷宮冒険者でも上澄みに近くなればなるほど、こういう負の面からは遠ざかるのも確かだけどね。
そういう実態を知る人が多数派ではないのも事実だから「迷宮冒険者など全部同じ」と十把一絡げにして、あからさまに蔑む人だってそれなりに居るのだ。
とは言え、迷宮は放っておいてもモンスターが溢れ出す訳でもないが故に、迷宮に棲むモンスターは地上に暮らす人々には何の迷惑も掛けていない。
そういうモンスターたちを有無を言わさず攻撃し、殺し、魔石を採り、彼らの装備品を含めて暴力によって何らかの財物を強奪してくる存在が迷宮冒険者なのだ。
迷宮冒険者として上澄みだろうが下層だろうが、この部分については等しく同じである。
当初こそ縁や恩恵もあって渡りに船だったと言えなくもないが、俺はそれだけじゃないぞ、という部分を示したくてゴム製品を取り扱う商会を立ち上げたと言っても過言ではない。
なお、貴族の事を、“何らの努力もせずに、ただ相続した暴力装置を背景に善良な民草から税を取り立てる人でなし”と見て「迷宮冒険者や破落戸、やくざよりも酷い」と言う者もごく僅かにいるがそんな奴は前世にもいた精神的に未熟な人と同じだ。
貴族は貴族として生まれたという、それだけで他の者とは異なる。
一応、貴族の端っこに生まれついた俺が言うと凄く嫌味な感じに聞こえるから決して口にはしないけれど。
少し脱線する。
貴族家に生まれた、ということは、前世日本の金持ちの家に生まれたら良い教育を受けられ、色々あって結果として良い職に付きやすい、イコール生涯収入が高くなりやすい、という事となんら変わるところはない。
念の為、誤解のないように別の表現をすると、運動能力に恵まれた体で生まれた者が、更に人一倍の努力を重ねればアスリートとして大成する可能性は他の人よりも高い、と言ってもいい。
世の中とは万人に平等ではないのだ。
これは、オースだろうが転生前の日本だろうが変わりはないと思う。
生まれに左右されるのは当然のことだ。
だからこそ、人は己の子がより豊かな人生を歩めるように、金で苦労しないように、たとえ苦労したとしてもその苦労が少なくて済むようにと財産を集める(貯める)のだろう。
貴族の祖先はそれが上手く出来た人とも言えると思う。
必死に知恵を絞り、己が築いた地位や財産を我が子へと受け継がせるシステムを作り上げ、認めさせただけだ。
それならば生まれた時の運が全て、と言う向きもあるだろうが、勿論全てではない。
とは言え、生まれる家庭は大事な要素ではあると思うけれども。
貴族に生まれようが、恵まれない家庭に生まれようが、頑健な体で生まれようが、なんだろうが、その後の人生を決めるのは本人だ。
有利な条件が整っていればいるほど、本人が望む人生を送れる可能性が高い、と言うだけで、貧民の【名無し】の家に生まれたとしても本人が満足の行く人生を送れる可能性はゼロではない。
不利な条件をひっくり返すには、血の滲むような努力と折れない心、たゆまぬ前進が必要にはなるだろう。
自分より有利な生まれの者のように、休んだり遊んだりする事も出来ないだろう。
チャンスすら平等ではない。
だが、人は生まれた時に貰った手札で頑張る以外に方法はない。
可能性は、ゼロではないのだ。
だからこそ、人は脳味噌を持って生まれて来……ある意味で俺はトールの事すら認めている。
奴の生まれだと採れる選択肢はそう多くなかった筈だ。
その中で、あいつが採った道は決して良いとは言えない(無論、悪い)だろうが、ドランという街でのし上がるには近道の一つだった。
俺たちと接触する前に真っ当な方向へ上手く転換出来ていたらもっと良かった。
女を侍らせたり酒を愉しんだりするのを我慢して、手下を上手に誘導していたらそれなりの社会的地位も手に入れることが出来た可能性は十分にあったと思うし、そうなればちょっとした出世譚として語り草になったかもしれない……。
固有技能や転生者という事実、犯罪組織という方向性はともかくとして、少なくとも最初の一歩二歩は成功していただけに、いきなり殺すのは惜しかった。
……それはそうと、いい加減に話を戻そうか。
迷宮冒険者は大変だとか偉大さを知ったとか言われる事に悪い気はしない。
「そうですか。確かに迷宮内では苦労も多いですしね。ですが、悪いことばかりではありません。私もこうして過分ながら貴族の一員として叙されましたし……」
少しおどけたように言ってカップのお茶に口をつけた。
俺の好きな豆茶ではないが、このお茶もなかなかの品だと思われる。
「そうは仰っしゃいますが、閣下程の豪傑であればその地位も当然かと」
「ええ、閣下は我ら下級貴族の希望の星です。閣下に憧れる者も多いと聞きます」
准男爵の奥方と、これまであまり喋らずに控えていた婿が口々に言った。
「そうです。私の友人にも閣下のようになりたいとバルドゥックで冒険者になった者もおります! ……やっぱり相当苦労しているみたいですが」
種違いの弟も俺に憧れのような視線を向けている。
「それってジョシュアのこと?」
妹が尋ねたのはバルドゥックで冒険者になったという弟の友人のことだろう。
「そうだ。まだ二層にも行けてないらしいが、たまに会うと色々話してくれるんだ」
「姉上は三層に行ってるんだからもっと苦労しているのではなくて? 姉上からお話を聞けばいいのに」
妹はまだあどけなさの残る十代前半だが、弟はとっくに成人し、今は王国第三騎士団で従士だというから、確かにそんな友人などよりミマイルに聞いた方がより具体的な話も聞けていいのではないかと思う。
「姉上は、あまり苦労話などはなさらないからな。俺は実態を聞きたいんだよ」
まぁ、俺とは比較にならないのは確かだろうけれど、そういうの、嬉々として言うのかと思っていたら、案外そうじゃないんだな。
「もう、よしてよ。私の苦労なんて閣下と比べたら……すみません、閣下。弟妹がお耳汚しでしたでしょう?」
ミマイルはそう言って恥ずかしそうに微笑んだ。
確かに三層まで行っているという事は、それなりの苦労もあったことだろう……。
だけど、騎士団員と一緒ならその苦労も普通よりは少なかったんじゃないかね?
それはそれで彼女が持っている力の一つだから何とも思わないけれど。
このように、当たり障りない内容の会話をして親交を深めていった。
強制的だろうがなんだろうが、近い将来に彼らは俺の姻族になるのだからして、表面くらいは大過のない付き合いをすべきだろう。
なお、結婚するという言葉が出なかったのは、まだ婚約についてすら正式な発表がなされていないからだ。
何せ、王族籍ではないもののミマイル自身は公に認められている庶子であるからして、一般の貴族とは異なる。
しっかりと養育費も出ていた筈だし、なんと言っても血縁上の父親は国王陛下なのだ。
王宮から婚約についての発表がなされるまでは建前として俺とミマイルは何の関係もない。
強いて言えば友人とか、その程度かな。
従って、時期が来るまでは俺から嫁に来てくれと言う事もないし、向こうが貰ってくれてありがとうと礼を述べる事もない。
会話の所々に匂わせるくらいがせいぜいかな?
茶会が始まり一時間程度でミマイルの弟妹が席を外す。
残ったのは大人たちだけだ。
「……ちょっとだけ実務的な話をしましょうか。私の商会ですが、王都では通いの平民を一人なら引き受けられます」
これは結婚とは関係のない件だと言い張れるから話しても大丈夫だ。
「貴族階級は王都ではなくダー、じゃない、西ダートと王都間で行われる工事監督者であと二名ならば大丈夫です」
准男爵の顔が落胆に染まる。
まだ話は終わってないよ。
「また、一〇〇〇人以下の規模になると思いますが、村の領主として一~二名ご推薦を頂けますと幸いです」
准男爵を始め、奥方たちの顔は大きな安堵の表情になった。
ま、これくらいはね。
なお、フォーケイン准男爵家は一族の本家であるからか、幸い(?)なことに彼らより高位の係累は居ない。
従って街を任せる事の出来る人材も准男爵本人か跡継ぎであるファールンさんを除けば誰も居ない。
彼も、ファールンさんの旦那さんも王宮に職を持っているので王都から離れるという選択肢はないだろうから村でいいのだ。
嫁さんの実家に一族の中ででかい面をさせてやる事も必要経費だろう。
・・・・・・・・・
7450年12月24日
これが前世ならクリスマスイブで、ちょっと良いものを飲み食いしていたのに……。
……今は王城の一角で王国の各騎士団長たちに囲まれている。
南方総軍司令官としての報告を怠るわけには行かないのが宮仕えとして悲しいところだ。
「……次に、報告書の一二ページ目を御覧ください。こちらは先年、デーバス王国に占拠されてしまったコミン村の現時点……いえ、九月頃に行われた偵察によって得た防備状況について纏めた物です……」
予め人数分の資料を作成していたためか、報告事項の消化はスムーズに進んでいる。
ダート平原の南半分に点在するデーバス勢力圏下の村についても可能な限りの情報収集は行わせている。
また、各地に駐屯する騎士団についても、訓練度合いやその装備品に至るまで全て報告させている。
勿論完全ではないだろうが、報告内容については一応の裏取りもさせているので、各地に駐屯する部隊が部隊ぐるみで意図的に俺を謀ろうとしていない限りはほぼ正確な報告になっているだろう。
各騎士団長たちも眉間にシワを寄せて資料を睨みつけ、俺の報告にも耳を傾けている。
だが、関係ないページをめくったりする人も多いし、他の人と何やら意味ありげな目配せを交わしている姿も目立つ。
ツッコめるものならツッコんでみろや!
「えー、続きまして南方総軍全体の予算消化ですが、お手元の報告書の五四ページより纏めてございます……」
需品である食料は勿論、兵士たちに支払う給料や出入りの洗濯業者(街などに駐屯すると、そういった酒保商人との関わりも大きくなる)などに至るまで、軍の支出についての説明を行う。
ツッコミがあるとすればここだろうと、念入りに調査し、一ゼニーの遺漏もなく表組みにしてある。
何せ南方総軍司令官としての報告は今回が初めてなのだ。
報告漏れについて毛の一筋程も指摘される隙のないようにと、完璧な報告書を作成する必要があった。
「……麦の価格は昨年から横ばいではございますが、肉類は些か上昇気味となりました。従いまして、支出に占める食料品の割合は四割二分三厘から四割四分五厘となっています。前年度からの繰越金がまだ多少……繰越金は五七ページに記載がございます……残っているため肉類の価格が平年並みに落ちてくれれば来年度の予算は……」
そこまで言った時。
「こいつぁ……困ったな」
第一騎士団長であるゲンダイル子爵が他の騎士団長たちを見回しながら言った。
すわ、ツッコミか?
と慌てて何が困ったのか聞いてみると……詳細且つ精度が高過ぎて、これを見た国王陛下から各騎士団に対してもこの水準の報告書を要求されかねないからだと言うので少々ずっこけた。
「えーっと、どうしたらいいでしょうか?」
まさか、まさかな?
俺は情報収集にも時間や手間を掛けたが、この報告書を作るのにも相当な手間を食われたんだ。
「これだけの報告書を作成してくれた伯爵には申し訳ないが……これを見てほしい」
ゲンダイル子爵は申し訳無さそうな顔をして俺の作った報告書よりも大分薄い――目算で一〇枚強程度の――紙束を差し出してきた。
表紙には「7450年度、第一騎士団運営報告書」とある。
ほほう、これがゲンダイル子爵の認めた報告書か……随分と少ないが余程解りやすく要点を纏めているのだろう。
ぺらりと表紙をめくってみると、目次も書かれておらず、いきなり騎士団を構成する各部隊の陣容報告が始まっていた。
そして、書かれている内容は非常に薄く、数字についても碌な根拠が示されていなかった。
何と言うか、入社して数年しか経過していない、初めて会議資料を作らされた若手社員みたいな感じかな?
「これは……」
思わず唸り声が漏れちゃうのも無理はないよねぇ。
俺の報告書は付属の資料も含め全部で一二六ページなのだし。
完璧を目指す以上、仕方がなかったのだが、今回の報告でこの項目や資料は省いてもいいと言われたら次回からは素直に減らすつもりだった。
だが、考えようによってはロンベルト王国は進んでいるとは言え所詮は中世。
日本に残っている戦国時代などの報告書なんか、確かに俺が書いた報告書からは程遠い。
何せ、自衛隊みたいに、これでもかと偏執的とも言える程細かく書いたからね。
労力が無駄になったようでなんだか残念だが、この程度で良ければ書き直した方が平和かな?
コピーを作成させられるバストラルやレイノルズ(王国南方総軍の機密に相当するだろうから止した方がいいのだろうが、流石に手が足りない)には気の毒だが、来年から俺も少し楽が出来るのだから……いや、ちゃんと作るべきだろ!
「私は一介の司令官職に過ぎません。王国騎士団長の皆様よりご命令があれば従わざるを得ませんが、軍の報告書は正確であればあるほど良いと愚考します……」
嫌われるだろうなぁ……。
でも、これはしょうがないよねぇ。
俺が作った抜けだらけでいい加減な報告書が、将来誰かの目に留まり、俺に対する報告はこの程度でOKと思われる事を考えると、嫌われる程度、何程のものか。
いや、嫌われたくはないけれど、それでもやっぱね。
皆さんのご自宅を調べて全員にそれなりの付け届けでもすべきだろう。
これで少しは俺が騎士団長たちの歓心を買いたいと思っていると考えてくれれば儲けもんだ。




