第二百五十六話 言いにくい話 2
7450年12月15日
デーバス王国ストールズ公爵領、ラーライル村。
村の中心部から少し外れた場所にある広場には未だ多数の天幕が張られている。
幾つか並んだ幕舎の一つにロボトニー伯爵は起居し続けているのだが、この日も彼は遅くまで考え事をしていた。
「銀狼の連中は……私と共に最後に移動して貰うか……」
伯爵は作戦に参加してくれた冒険者達について、そのパーティー名や個人名、得物、持っている魔法の特殊技能と申告された技能レベルについて全て頭に叩き込んでいた。
「……最後の伝令が戻るのはどんなに早くても年末、だろうしな。それまでに幾つか出発させておくべきか……?」
ぶつぶつと独り言を呟きながら雑記帳代わりの薄板に線表らしきものを書き込んでいる。
が、何度も書き直されているようで、書いた本人にすらどの線が最新のものだと判別出来るのか甚だ疑問である。
ましてや第三者が見たらもはや子供の落書きにも等しいものだろう。
「……やはり一月の終わりまでに全員を集結させるためには……この日迄に二陣を出発させないと……いや、道中急がせればもっと……」
今彼の頭を悩ませているのはロンベルト王国内に定められている待機場所に対して、来月中に全員を移動させる日程である。
集結日を軽く見てくれた冒険者のおかげで人目を憚らずに行えた全体訓練は僅か二日しかなかったのだ。
「しかし、待機場所までの安全について未確認のまま二陣を出発させるというのは……だが、冒険者共はあれで結構臨機応変に……」
実のところ、全体訓練を行うまで伯爵はラーライル村での訓練期間は出来るだけ多く取るべきだと考えていた。
集結予定日と出発予定日までの期間を一〇日も取ったのはそのためであり、当初は三月の半ばまでの移動完了を目指して順次出発させれば良いと思っていたのだ。
だが、僅か二日間の全体訓練を見て伯爵は考えを改めざるを得なかった。
迷宮冒険者達は伯爵が考えていたそれよりもずっと臆病で、ずっと辛抱強く、ずっと大胆で、ずっと頭が良かったのである。
ダークエルフと伯爵が目的(ここではロンベルト王国の要人誘拐、若しくは暗殺とは伝えずに撹乱を目的とした補給物資の強奪作戦であると伝えていた)を話し、襲撃訓練を行う旨を説明しただけで冒険者達は各々のパーティー間で話し合う時間を要求した。
そして、あっという間にパーティーの代表者間で話し合いがなされ、直接の襲撃要員をグループ分けしただけでなく、迷宮冒険者以外には見慣れていないハンドサインまでもが共通化された。
軍隊でもない素人の寄せ集めでしかない冒険者であれば、まずは整列を含む集団行動を仕込むだけでそれなりの苦労があるだろうと考えていた伯爵は、この様子を見てかなり驚き、同時に彼らを侮っていた部分があったことを大いに反省した。
尤も、国内領地の大部分で徴兵制が敷かれているデーバス王国だ。
ここにいる冒険者達は戦争への参戦経験があろうがなかろうが、一応の兵隊教育を受けている者が過半を占めているのだ。
とは言え、それにしてもかなりの短時間でスルスルとほぼ全ての物事が決定されて行くのは意外過ぎたのである。
伯爵としては誰がリーダー的な立場になるのかなどを巡ってもっと揉めると思っていたし、ある程度の時間――全員が集合した当日くらいは冒険者間の調整に費やされる事もやむ無しと考えていた。
ついでに、最終的には雇い主であり大貴族である自分が強制的に決める羽目になるだろうとも予測していたのだ。
事実、伯爵が過去に関わってきた一般冒険者達は複数のパーティーや個人間の利害を調整するような能力は自己主張が激しい為に欠けている者が殆どであったし、そんな彼らでも依頼された仕事の日程などについては結構几帳面に守る努力を怠らない。
ましてや日程にルーズなところを散々に思い知らされた迷宮冒険者など、何をか言わんやとすら考えていた。
しかし、それらの予想は全て覆された。
それも良い方向に。
冒険者達はロボトニー伯爵騎士団の一般的な兵隊と比べても余程優秀に見えた。
任期制の徴集兵は疎か、ベテランの職業軍人並みの理解力と任務遂行への協調性に、俄には信じ難いものを見る思いであった。
「……あれを見てしまうと……」
そう呟きながら伯爵は難しい顔になる。
彼の脳裏には暫定的な指揮統率者に従って、有機的に連携の取れた動きで次々と目標に襲撃を掛けていく冒険者達の姿が浮かんでいた。
その様子はとても寄せ集めの集団だとは思えないほどに統制が取れていたように見えたのだ。
これは、ベンケリシュの迷宮に挑む冒険者間では暗黙の了解で各々の力関係を弁えていたからに他ならない。
――なんとなく処分するのが惜しくなってしまうな。
つい先程まで考えている内容が口に出ていた事に漸く気が付いたのか、今度は口には出さなかった。
現在最前線と言われているベンケリシュの迷宮の第四層に挑んでいる者はさほど多くない。
どんなに多く見ても三〇〇名を超えることはないだろう。
従って、彼の街で暮らす冒険者において恒常的に第四層に足を踏み入れている者を知らないなどという事は有り得ない。
また、第三層をメインの仕事場とする者達の数は非常に多い(少なく見積もっても上記三〇〇名の倍以上で、一〇〇〇名以上だと言う者もいる)が、迷宮から持ち帰る稼ぎなどはほぼ正確に知られているので稼ぎの額などで大凡の実力順というものは把握されている。
大多数の冒険者達はベンケリシュにおいて自分の一党の順位というものはあまり気にしない。
自分が満足の行く額を稼げているかどうかが一番大切なポイントであるからだ。
が、己よりも多く稼いでいる、イコール実力が高いと思われるパーティーを構成する面々の顔については必死に記憶に留めようとしている。
その理由は、冒険者が迷宮内で他の冒険者に出会う事は、殺し合いに発展する可能性を孕むからだ。
迷宮内で唯一気を抜ける場所は“それなりに人数の居る”迷宮中心の転移水晶の間しかない。
ここ以外の場所で出会うという事は、目撃者がいない場所で出会うと言う事であり、転じて、全滅させられてしまえば何をされてもそれを糾す者は存在しないという事と同義でもある。
こういった状況を利用して目障りなパーティーを皆殺しにしたり、単に追い剥ぎ目的で他のパーティーに手を掛ける者も全く居ない訳ではないのだ。
そのために、自分達以上の実力を持つであろうパーティーの構成員の顔はしっかりと覚えておく必要があった。
迷宮内でその姿を見かけたらまず戦闘態勢を取るのは当然だが、即座に何名かを安全そうな方向へ逃す準備をするか、声を掛けるなど友好的な対応をするかの判断をしなければならないからだ。
それが出来ない者は丸裸にひん剥かれた上で無残な屍を晒す事になるかも知れないのだから、用心すべき者達の顔や装備などを頭に叩き込んでおくのは必然と言える。
当然ながら稼ぎの額と冒険者としての実力は完全に比例するものではないが、誰にも正確な実力など測れっこないのであるから、稼ぎはある程度の指標とせざるを得なかった。
ともかくとして、ベンケリシュで活動する迷宮冒険者間にはある程度の順位付けというものが出来上がっていた。
伯爵はこういった冒険者間の順位付けの存在については知っていたが、上位から順に声を掛けたりはせずに、とにかく魔法の技能を数多く持ち、且つそのレベルが高いと噂されているメンバーを多く抱えるパーティーに声を掛けていた。
その結果、今回参加してくれたパーティーは、ベンケリシュにおける順位が上は四位、最下位のパーティーでも二七位である。
勿論全員が普段から迷宮の第四層を主な仕事場にしている面々だ。
ある意味で迷宮冒険者の上澄み近くを集めたと言っても過言ではない。
そのくらいの順位の者達であれば、パーティー間で侃々諤々とせずとも自然とリーダーは決まるし、普段から戦闘時の役割を割り振った上で陣形を組んで戦闘する事は当たり前なので班分けについても全く揉めはしない。
襲撃の際にも声を上げたのはリーダー役唯一人だったし、襲撃直前まで全員が奇妙なハンドサインで無言の遣り取りを見せていた。
――だが、処分しないという訳には行かん。
まず第一に襲撃者の生き残りは自分以外にいらない。
万が一捕らえられでもしたら国家としての関与が知られかねないためだ。
尤も、対立しているのは確かなのでロンベルト側にデーバス王国の関与が知られたところで今更であるため、これは二義的な目標だ。
重要なのは王国の戦力を消費せずに目的が達成される事であり、冒険者へ支払う金を最低限で済ます事である。
「……ふぅ、これでいいか」
伯爵は明日か明後日には帰還するであろう三人目の伝令の報告において問題が無いようであれば第二陣の出発を繰り上げようと決意し、簡易寝台で毛布にくるまった。
「こんなベッドでも何日も寝ていればそれなりに慣れるものだな……」
枕元に持ってきた明かりの魔道具を消灯し、寝心地の良い体勢を求めてゴソゴソと動いた。
・・・・・・・・・
7450年12月17日
夕方。
サージは王都の停車場で乗合馬車から降りた。
今日はグリード商会の三連休の最終日であり、つい数時間前まで戦闘奴隷を引き連れて迷宮に潜っていたのだ。
第四層のアンデッドを蹴散らして掘り当てた鉱脈から結構な銀鉱石と大きな刃物鋼の鉱石を得て、稼ぎは上々だ。
また、相変わらず大量の魔石も持ち帰り、殺戮者の面目躍如でもあった。
戦闘奴隷達の小頭であるリムル・コースンに銀貨を握らせ、「これで何か美味いものでも食いに行けよ」と言い、自分は奴隷達と別れて家路に就いた。
――さて……あと数日もしたらアルさんも王都に来る……ああ、なんて言おう。
サージの脳裏には口では祝福の言葉を述べながらも額に青筋を立てているアルの顔が浮かんでいた。
――流石にまずいよなぁ……。
来年の初夏にはべグリッツに移住する予定だったのだ。
べグリッツでサージはダート地方に対する商業的な政策や、新事業の立ち上げなどを担当する事になっていた。
その為にアルの希望通りに子供の奴隷も大勢購入して仕込んでいたし、鍋釜など現地で調達できそうな物品はともかくとして、魔道具のコンロなどで使い勝手が良く性能も高そうなものもかなりの数を買い込んでいた。
――更に一年遅らせてくれなんて言ったら……。
奴隷の方は仕込み期間が長引くのでバルドゥッキー製造やラーメンの調理技術も上がるであろうからまだ救いがあるのだが、買い込んだ魔道具類は……。
完全に無価値になる訳ではないが、一年間も遊ばせておく羽目になるのはあまりにもあんまりだ。
何せ、それらの代金は合計で四〇〇〇万Z以上もの金額になっているのだから。
それに、後任の第一と第二工場長としてジョンを、来年早々にも開店する予定の新たな店を含む合計二店舗のラーメン屋双方の店長としてテリーを指名しており、彼らもそのつもりでやる気に満ち溢れている。
二人共もう古くからのアルの奴隷であるからして、不満顔を見せる事はないだろうが、心中では落胆するであろうことは想像に難くない。
彼ら二人についてはアルもその成長に満足し、更なる成長への期待を寄せているのは誰が見ても明らかだ。
アルとしてもここらで責任ある仕事を任せてみたいのだろう。
一応、キャシーの第二子妊娠発覚直後に手紙を送ってはいる。
しかし、手紙が届くのには非常に時間がかかるためべグリッツを発つ前のアルが読むことはないであろうから、アルは王都に到着直後にいきなり聞かされるのだ。
どう考えても諸手を挙げて歓迎される事態でないのは火を見るより明らかだ。
――俺だけ先に単身赴任をするって言えば許してくれるかなぁ……。
これは妻の妊娠が判明した直後からサージが幾度となく考えていた方策だ。
確かにサージとキャシーのどちらも王都に留まるよりはマシではあろう。
だが、本来はキャシーも伴ってべグリッツへ行く事が前提になっていたのだ。
アルの領土は現在の西ダートに加えて来年の春頃に更に三つの伯爵領が加わる予定だ。
これらの領土それぞれにおいてバルドゥッキーやパスタ類の製造工場やラーメン店を始めとする事業を展開させるのは、サージ一人には荷が勝ちすぎている。
子育て中でもあるキャシーだが、子守を雇ったりすればそれなりに時間も作れるだろうし、西ダートだけでも任せる事が出来るのは大きな違いだろう。
どう考えてもキャシーの助けが必要だ。
――だめだ。妊娠中だろうが引っ越せと言われる可能性すら……。
サージは「おめでたを不幸な出来事にしないように馬車の揺れや速度には十分注意しろよ」と冷たく言い放つアルを幻視して顔を顰めた。
――流石に二回目だし、言いかねない……本当にどうしよう……。
ガクンと肩を落とすが考えても妙案など浮かばない。
――いや、うん。確かに油断してた俺が悪い。マイコを妊娠したのも季節外れだったし……。
多くの猫人族は春くらいに発情期、と言うのも妙な表現だが妊娠可能期を迎える。
大体三月から四月頃にその年で初めての生理が始まり、その後は一月弱程度の周期くらいで平均して四回くらいの生理がある。
勿論個人差もあるし例外もある。
キャシーはその例外であり、残念な事にそういった知識には疎かった。
サージはキャシーと結婚して以来この時期には必ず避妊に心を配っていた。
にも拘わらず、長子のマイコは昨年の秋から冬に掛けて妊娠し、今年の春に生まれた。
本来ならこの時点で気が付くべきだったし、妻にきちんと確認をしておかねばならなかったのだ。
今となってはもう既に遅いが。
・・・・・・・・・
7450年12月19日
深夜のラーライル村。
ロボトニー伯爵は帰ってきた伝令の報告から、少なくとも国境を越えた先の最初の宿営地迄は大きな問題は無いと判断し、今日で三組目の冒険者チームを送り出していた。
当然ながら未だ残っている冒険者達を中心に襲撃訓練は続けられている。
段々と襲撃目標の規模を大きくしているが、冒険者達に不審の色は窺えない。
ロンベルト王国の後方撹乱を目的として軍の物資輸送隊を狙うと言っていたからだろう。
ラーライル村を治める准男爵一家も伯爵達には協力的であり(充分な謝礼金のお陰もあったろう)、伯爵としては今の所一点を除いて大きな不満はなかった。
唯一の不満点は伯爵の指揮者としての能力について完全な支持を受けていない雰囲気がある事だ。
冒険者達も金杯の称号を持つ筆頭宮廷魔術師の実力を軽く見ていないことは明らかだが、魔術師としての腕と、現場で冒険者達の指揮を執ることが出来る能力を備えていることは別だ。
伯爵もその点についての理解はある。
まして伯爵は若い頃、国内随一と名高い白凰騎士団で正騎士の叙任を受けているのだ。
今は各冒険者個人個人の戦闘力を正確に把握するのに頭を使っている。
伯爵としてはロンベルト王国内に用意されている待機地点に全員が移動した後で指揮能力を披露するつもりだっただけだ。
そういう思惑があるにせよ、それなりに高い実力を誇るとは言え、たかが冒険者風情に大貴族でもあり、筆頭宮廷魔術師でもあり、白凰騎士団で正騎士の叙任を受けている我が身が尊敬を集められないという事実には残念な気持ちになる。
いっそのこと必要レベルの高い派手な攻撃魔術を見せつけてやろうかと考えて集中寸前になった事も一度や二度ではない。
が、伯爵も高い自制心を持ち先達を蹴落としながら宮廷内でここまで出世を重ねてきた男だ。
派手な攻撃魔術など単に魔術師としての腕を誇示する事に他ならず、指揮能力とは何の関係も無いという事はよく理解している。
また、護衛として連れて来ている伯爵騎士団の騎士達も自分達が忠誠を捧げる主人が侮られることを良しとせず、冒険者達に「あの時点ではこうだったからああいう指揮になったんだろうが、こうした方がもっと良いのではないか?」と的確な意見を述べて感心させた後で「伯爵閣下ならば私などよりもっと上手に指揮をなされるだろう」と言って少しずつ冒険者達に対して伯爵の指揮能力を訴えていた。
「……ん。まだ真夜中じゃないか……」
明かりのない天幕内に、寝起きで掠れたような伯爵の呟きが流れた。
大きな溜め息と共にごそごそと簡易寝台から半身を起こした伯爵は、手探りで枕元の小机に置いていた水差しからカップに水を注ぐと一息に飲み干した。
「……」
そして再び毛布に潜り込んで目を瞑る。
最近になって、どうも夜中に目を覚ます事が増えてきた。
これについて伯爵は「知らず疲れが溜まっているのだろう」とあまり気にしてはいない。
――……………よ。…………ば…………よ。
どこか遠くから伯爵に語りかけるかのような声が……頭の中に響く。
「ん……」
しかし、伯爵の意識は深い眠りに飲み込まれていった。




