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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第二百四十七話 料理から読み取る情報

7450年11月4日


 居間に行くと、ミヅチはソファでゆっくりとお茶を愉しんでいた。


 護衛のダークエルフたちは外に面したガラス戸の傍に一人、ミヅチの後ろに一人が立っており、メイドのサストーレが小さな声で子守唄を歌いながらアルソンが寝ている揺り籠をゆっくりと揺らしている。


 ちなみにこの揺り籠はトールが暇を見て作ってくれたもので、今も暇を見ては乳母車を制作してくれている。


「へぇ! カッコイイよ。よく似合ってる」


 新しい鎧をミヅチは格好いいと評してくれた。


 俺個人としては格好いいかどうかはさておいて、性能にはとても満足している。

 デザイン自体は良くもなく、悪くもなくといった無難な感じがしないでもないが……。


「ん~、でも黒って地味じゃないか?」


 色合いがね。


 正確には要所にブルードラゴンの青い鱗を配しているからゴムプロテクターのように黒一色という訳ではないが、大部分は黒なので精悍そうな雰囲気は醸し出せてはいるかな? とは思うものの、地味だな~、という印象も強い。


「そう? でも鱗鎧スケイルメイルにしては全身装甲だし、知っている人が見れば地味と言うよりも結構お金がかかってそうな豪華な感じもすると思うけど……」

「お? そうか?」


 なるほど、その観点は無かったな。

 そう言われてみればそうかと満足な気分が盛り上がってくる。


 微笑んでもう一度自分の手足や肩なんかを見回し、すぐにミヅチの前で一回転した。


 普通のスケイルメイルは鱗状の金属片を革鎧に縫い付けたものなので、鎧としてのデザインはこの鎧よりも余程地味だし、ミヅチの言う通り、そもそも最高級品のスケイルメイルでも装甲は胴回りとせいぜい腰回りにもあれば上等な部類だと言える。

 首や肩、そして腕は下に鎖帷子チェインメイルを着ていれば鎖地か、着ていなければ普通の服か素肌そのままとなるし、脚部も同様だ。


 ついでに、ゆっくり歩くだけで鱗状の金属片がぶつかり合って、カチャカチャという結構嫌な音を立てる。


 だが、この鎧は元々の素材が金属片でもなく本物の鱗、そして全身鎧として製作されている。

 そのくせ歩いたくらいでは(多分軽く走った程度でも)殆ど音を立てることもない。

 王都でも超一流の鎧鍛冶で鳴らしたカーリムが己の最高傑作だと胸を張るくらいの出来で、見る人が見れば鎧職人の苦労が偲ばれるだろう。


 だけどなぁ……見る人が見れば分かるというような渋さなんか求めてないのだ。

 俺としては雑兵のような有象無象が見ても、ひと目で分かる豪華さが欲しかったのである。


 例えばグラビア写真を撮ってベルの魅力を訴えようとするなら、知る人ぞ知る例のプールよりもモルディブやフィジーのプライベートビーチの方がより多くの人にベルの健康的な魅力を知って貰える……何を言ってるんだかよく分からなくなってきた……。


 でも、まぁいいか。

 軍隊や迷宮冒険者としてある程度の期間働いて来た者であれば、スケイルメイルの常識から大きくはみ出していることは見れば分か……近くで見ないと分かんねぇよ……。


「そうよ。第一、黒といっても、使ってるのはドラゴンの鱗だしね。ね? 綺麗よね?」


 ミヅチは後ろに控えていた護衛に同意を求めるように言った。


「ええ。閣下。奥様の仰る通り、その輝きはとても鎧とは思えぬ華やかなものだと存じまする。自分はこれでこそ貴人の鎧、まさにかくあるべしだと思いました」


 護衛はじっくりと鎧を眺めながら、少し羨ましそうな口調で同調する。

 ふむぅ……確かに使用されているシャドウドラゴンの鱗の表面はまるでガラスでコーティングされているかのような煌めきがある。

 加工しているとはいえ、工業製品ではない生物由来の素材だからか、鱗の表面は完全な平面ではなく年輪のような僅かな凹凸があるために光源があるとそれを乱反射するのだ。


 日中、陽の光の下でならキラキラとしてよく目立つかな?


「そうか。華やかか……」


 うーん、色が地味だと思っていたが、華美なものに見えるならいいか。


「じゃあ、着替えたら飯食ってくる。遅くなるかも知れないから起きてないで先に寝んでてくれ」


 これ脱ぐの、何分くらいかかるのかな?




・・・・・・・・・




 ワインで乾杯をしたら前菜のヘモカートというアスパラガスに似た茎野菜を中心にした温野菜に、上等な生ハムを和えてオランデーズソースで味を調えた前菜に舌鼓を打つ。

 分量外セルフィーユとして皿に彩りを加えたなんだか知らん赤い野菜の粉末も目を愉しませてくれる。


「ほう、これは……」


 今まで数多くの贅沢な料理を食して来たであろう摂政殿下もヴァルモルト准男爵もその味付けに目を丸くしている。


 流石はカムラン、べグリッツで最高と謳われているレストランなだけはあると褒めてやりたいところだが、料理人が違うのだ。


 今日、カムランの厨房にはギベルティが立っているのである。


 元々話し合いを終えた最終日の晩は殿下たちをもてなすつもりだったので、カムランの厨房に無理やりギベルティをねじ込んだのだ。


 無論厨房の方からは領主の奴隷だかなんだか知らないが、よく知りもしない男を受け入れるなど嫌だと断られたのだが、オーナーを呼びつけて「私の不興を買いたいのであれば是非もなし」と言ったら大汗を流して厨房はなんとしても抑えると約束してくれた。

 その後ろでギベルティが嫌そうな顔をしていたのは知っている(そりゃ当然、そんな事を言ってねじ込めば仕事はやりやすくないだろうしね)が、いちいち奴隷や下々の気分など忖度していたら大貴族様などやっては行けないのだ。


 次に出てきたものはこちらもアスパラガスの親戚みたいなティッコルというお高い茎野菜を芯にソーセー、もとい、バルドゥッキー生地を竹輪みたいに巻きつけたものだ。


 一人分はそれを厚さ一㎝程度の輪切りにした物が僅かに二つだけだが、食べてみて少し驚いた。


 バルドゥッキーの生地にはティッコルをみじん切りにしたものとシソみたいな香草が僅かに混ぜられており、野趣溢れる豚肉に清涼な香りが加わって何とも上品な逸品となっていた。


 うむむむ……あの野郎、なかなかに腕を上げてるな。

 ここんとこ最低でも毎週一回は俺やミヅチと一緒に料理をして飯を食わせている効果が現れたのだろうか?


「素晴らしい味だ……」

「これは、バルドゥッキー……? いや、皮がついていないから違うのか? それにしても上品な……」


 殿下もヴァルモルト准男爵も唸っている。

 さて、僅かに前菜が二つ出てきただけだが、ギベルティの奴はなかなかどうして料理を出す間隔についても気を配っている事もわかった。

 ならば会話のペースも……。


「……改めて御礼申し上げます。此度の件、私めの我儘をお聞き入れくださり誠にありがとうございます」


 次の皿が出てきて、空になった皿と交換されるタイミングでワイングラスをテーブルに戻して頭を下げた。


「いや伯爵、そこまで気にせずとも……」


 殿下が少し遠慮がちな声で言う。


 俺としては靴ですら舐めてやってもいいくらいに感謝をしているのは本当だ。

 何せ、あの条件を全て飲んでくれたんだからね。


「いえ。私は今回の件で王国の度量と懐の深さを思い知りました。今後も王国の御為に身を粉にして尽くす所存です」


 ゆっくりと頭を上げながら薄い笑みを湛えつつ摂政殿下の表情を窺う。

 無表情を装いつつ、頬がピクリと動いた。


「それは嬉しい言葉だ。陛下もお喜びになられるだろう」


 殿下は微笑んで返事をしてくれたが、どうにもやるせないという印象もある。

 まぁ、あの条件を飲まされたんだからそれも無理はないだろうがね。


「そう仰っていただけると幸甚にございます」


 確かに現時点で三個中隊もの戦力を引き抜かれるのは、つい先日まで予想していなかっただけに辛い。

 が、その分の対価は充分に貰えるのだから今はこれでよし、だ。


「殿下、それに閣下、例の件についてのお話はそのあたりで……」


 俺や摂政殿下がこれ以上詳しい話をしないよう、ヴァルモルト准男爵が釘を刺してきた。

 尤もな意見だ。

 流石に貸し切りにしている高級レストランで行われた会話が外に漏れるというのは考えづらいが、レストランのボーイに聞かせるような話でもない。


「仰る通りですね。これは、カナッペですね。上に乗っているのは左から我が領名産のイウェイナの燻製と牡蠣の燻製のオイル漬け、そしてクリームチーズといぶりが……燻製にした大根おおねを和えたものです。全て燻材も異なりますので、是非ご賞味ください」


 ゼノムに今一番出来が良いと思う燻製を送ってくれと頼んだ甲斐があるメニューだな。

 ついでに、カナッペに使われているクラッカーは軍用の乾パンを作る際に教えてやった、生地に重曹ソーダを混ぜて薄く焼き上げたものだ。

 サクッとした軽い口当たりは初めて経験するなら驚いてくれるだろう。




・・・・・・・・・・




 厨房ではカムランの料理長や料理人達がギベルティの補助を命じられていた。

 オーナーによる高圧的な命令に彼らはあからさまに反発したが、大貴族の専属料理人が作るメニューを知る機会にもなるという言葉に渋々と鉾を収めていた。


 しかしながら、己の職域を侵されたとの意識は強く、また、重要な饗応の料理を任せて貰えないという事実は彼らのプライドを甚く傷つけている。


 が……。


「卵黄とバターにレモン(ウィール)の汁で……」

「胡椒も加えていたな」

「どっしりとクリーミーでありながら滑らかかつ爽やかな……」


 いきなり彼らの知らないソースを作ったことと、その味に感心したこともあって、ギベルティの周囲には料理人たちが群がっていた。


 なにせバターやレモンは高級品だ。

 卵ですら高級店であるカムランの料理人が試作に使うのは憚られる程度には高価である。


 それらの高級食材を使うこと自体は納得できても、新しいソースなど一朝一夕に出来るものではない。

 混ぜる割合など試行錯誤の果に辿り着く境地であって、完成するまでに消費された量を考えると気の遠くなるような金が掛かっていることは明白だった。


「溶かしたバターを全て使わないのは一体……?」


 とっくに次の料理に取り掛かっているギベルティに料理長が質問する。


「上澄みの油だけを使うことで雑味を減らしているんですよ。尤も、イミュレークさんの所のバターだからこその味とも言えますが」


 食材に包丁を入れながら、ギベルティも丁寧に答えている。


「火にかけずにお湯で温めながらというのは……?」

「ああ、湯煎ですか」

「ユセン?」

「お湯で温めながら調理する技法の名です。バターを直接火にかけると濁ったり泡立ったりしちゃいますし、それに、卵も一定以上の温度になると固まってしまいますからね。その手前の温度を保つよう、直接火にかけることはしません。また、湯煎しながらでないとウィール果汁と卵の黄身は上手く混ざってくれないんです」

「なるほど……」

「本当はちょっと塩を加えた方がいいんですが、今日は生ハムも使うので塩は生ハムで補います」

「そ、そこまで……?」


 切った食材を鍋に放り込みながら答えるギベルティの脇で、料理長は心の底からメモを欲していた。

 しかし、部下である料理人達の前でぽっと出のギベルティから聞いたレシピをいちいち記録するのも憚られるため、覚えようと必死だった。


「ああ、それ、そんな切り方じゃだめです……こうして下さい」


 出汁を取りながら、脇で食材を切っていた若手の料理人にダメ出しをするギベルティ。


「え? だけどウチじゃいつもこうして……ね? 料理長?」


 料理人は恐る恐る料理長の顔色を窺った。


「……彼の言う通りにしろ」

「は、はい」


 料理人は意外すぎる料理長の言葉を聞いて目を丸くする。

 今まで彼が仕込まれてきたスープの具材の切り方とはかなり違い、切った野菜の角を落とすような手の込んだ切り方をする意味がわからない。

 どうせ出汁取りに使うだけなのに。


「こうして面を取ることで、鍋の中で食材同士がぶつかっても欠けたり崩れたりしにくくなります。具材として食べる煮物にも使える技法ですが、出汁ブロードを取るときにも使えます。上等な布巾があればそれで漉せるんですが、ここには料理用の布巾がないみたいですから……」


 取った出汁には出汁取りに使った食材のカスなどが混じるのは一般的だ。

 ザルで漉すにしても限界はある。


 布などで漉せばいいという理屈は理解できるが、それなりに高価な布をたかが出汁を漉す程度の事に使うなど常識の埒外だった。

 新品の服を着ることが出来る者すら一握りしかいないこの時代、布は大量生産など出来ないのだ。


「えーっと、こいつの下処理をお願いできますか?」


 ギベルティが差し出したのは二〇㎝を超える程度の舌平目タンヴィルムだった。


「はい。何か気をつける点はありますか?」

「皮は鱗がついたまま丁寧にいてください。頭の方からげば簡単に剥げるのは知っていますが、包丁を使って皮だけを慎重にお願いします。ご主人様は皮と肉の境にある脂がないと機嫌を損ないますから……それに私も皮と身の間にある脂は美味しいと思います。手で剥いじゃうとそれも一緒になくなっちゃうんですよね」

「わかりました」


 料理長は今まで気にしたこともない処理法を聞いて目を丸くする。

 そんなの知らなかった……料理長の正直な感想だ。 


「その間に私はソースを作りますので……」


 ギベルティが用意したソース材料は、先程作っていたオランデーズ(卵黄とバターと)ソース(レモン汁)によく似ているが、バターではなく何やら牛乳のような白い液体だった。


「それは……?」


 思わず質問をしてしまう料理長。

 彼にしてみれば高級な食材を使った全く知識にないソースのレシピに触れられる貴重な機会なのだ。


「生クリームです。牛乳からバターを作る前のやつです。魚のムニエルにはさっきのソースよりこちらの方が合うんですよ。本当はもっと美味しいソースも作れなくもないんですが、食材が足りないので今回はこれで行きます」


 料理長もムニエルは知っていたがそれにソースを掛けるなどという発想はなかった。 


 こうしてギベルティは厨房で急速にその地歩を固めて行った。




・・・・・・・・・




――うーむ、何とも見事な味ではないか。


 ロンベルト王国第二十代摂政である前ロンベルト公爵エドワード二世は、すっかりと次から次へと供される料理の虜になっていた。


――バルドゥッキーやラーメンも美味いと思っていたが……これ程の料理を作ることが出来る料理人も抱えているとはな。


 王国第二騎士団長、ドゥーガルド・ヴァルモルト准男爵も会話すら忘れて料理に舌鼓を打っている。


 勿論、彼らもこれらの料理が完成するまでに費やされた食材の量を想像していた。

 何せ、リーグル伯爵は食材の説明をしたり料理法を解説したりして嬉しそうに喋っているのだ。


 確かに腕の立つ料理人なのだろうが、このメニューを完成させるまでには相当量の食材を無駄に捨てていたであろう事に疑いの余地は少ない。


――しかし、食い道楽でここまで金を使えるとは、あの条件を受け入れたのは些か早計だったやも知れんな……しかし、リーグル伯爵は山海の珍味には弱そうだという情報は重要かも知れん。


 摂政殿下と准男爵の見当違いを糺してくれる者は存在しない。


 

あのプールもモデルさんの魅力を損なうことはないとは思います。多分。

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― 新着の感想 ―
いやここはやっぱり”例のプール”に言及しないと……名作も迷作も多いですが\(^o^)/ 四回目くらいの通読ですが、えたることなく書いていただけるのは本当にありがたいことです。 なろうには何十もの100…
[一言] 6日間で一気読みしました、アルをはじめ登場人物が個性的で実に面白いです。この後の独立国の行方・拡大が本当に楽しみです。体調に注意して、頑張ってください。
[一言] 知らない人からすれば未知の味確立するまでどれだけかかったの的な話になると思うのだけど、 料理を含む技術系ってゴールが分かるなら後は試行錯誤にどれだけ時間と金費やすかなので。
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