第二百四十六話 ドラゴン・スケイル
7450年11月4日
摂政殿下とヴァルモルト准男爵は今日の夕食を共にする約束をすると宿に帰っていった。
俺の方は残っている事務を片付け続け、日が傾く前に屋敷へと戻った。
門の前に数人の男たちがいて、警衛と楽しそうになにか話している。
すぐに警衛の一人が俺の接近に気づいて、屋敷に向かって俺の帰りを報告した。
警衛と話していた男たちはすぐに地べたに跪いて畏まる。
「おう。誰だ?」
警衛に尋ねると、男たちは鎧職人のカーリムの弟子たちだという。
カーリムが来てからはまだ一〇分と経っていないらしい。
個人用の時計が普及してないため(日時計は行政府前にしかないし、設置は俺が行ったので読み方はまだまだ普及していない)早く着くように出たんだろうが、約束までまだ一五分以上はある。
早漏すぎだろ。
確かに今日はカーリムが鎧の納品に来る日で、だからこそ俺もわざわざこんな時間に戻ったのではあるが……なんで四人もの弟子まで引き連れて来てるんだよ、あの野郎は?
まぁいいけどさ。
それはそうと、こいつらがカーリムの弟子で一緒に来たってんなら、お茶の一杯くらい出してやれよ。
「そなたら、カーリムと一緒に納品に参ったのであれば、何故中に入っていないのだ?」
弟子の一人に聞いてみると、バルトロメに許可を得たのはカーリム本人と荷物持ちの弟子の二人だけで、あとはここで待てと言われたという。
つっかえねーな、ウチの家令は。
まるで俺がケチみたいじゃねぇかよ。
でもバルトロメにはバルトロメで何か考えがあったのかもしれない。
ま、いいや。
頭を捻りながらも玄関まで行くと、丁度メイドたちが扉を開けてくれた。
「お帰りなさいませ、お屋形様」
「ん」
玄関にはそこそこ上等なゴム底の靴と汚いサンダルが並んでいる。
カーリムと荷物持ちが履いていたものだろう。
ささっとメイドのサストーレが進み出てきて跪き、腿の上に布を広げた。
右足をちょっと上げるとサストーレは俺の足をとって布を広げた己の腿の上に誘導してくれる。
そして、彼女が靴を脱がし始めるかどうかというところでもう一人のメイド、テフラコリンがすぐ傍に別の布を敷く。
この布は要するに玄関マットみたいなものだが、普段から敷きっぱなしにはしていない。
あぁ、そう言えば、門でたむろっていた弟子たちの履物はどれもこれも……。
俺の場合は靴を脱いでも靴下を履いているのでそのまま玄関マットに足を降ろし、反対側の靴も脱がせてもらって終わりだが、この汚いサンダルだと脱いだ後の足も拭く必要もあるなぁ。
でもさぁ、拭いてやればいいじゃん。
既にカーリムが来ているからさっさと応接に行ってやりたいところだが、その前にアルソンの顔を触っておきたい。
俺は一度居間に顔を出すとミヅチのおっぱいに吸い付いているアルソンの頬を撫でた。
ん~、柔らかくてもちもちしてて食べちゃいたいくらいだ。
とか思っているところにバルトロメがやってきたので、何故全員通してやらなかったのか、と尋ねてみた。
「何を仰いますか。お屋形様のようなお立場の方が、あのような職人風情をお屋敷に入れるだけでも憚りがあると言うのに……」
バルトロメとしては貴族でもない者が屋敷に足を踏み入れる事すら許し難く思っていたそうだ(使用人だの護衛だの産婆だのといった屋敷で業務がある者はノーカンらしい)。
彼女に言わせると、本来この屋敷は俺とその家族を除けば上級貴族以上の者くらいしか入る事を許されないくらいで丁度良いという。
事実として、この屋敷を建て直す前の主人であったラフリーグ伯爵はそう指示していたそうだし、それについて俺も一言も訂正をしてはいなかった。
その理由として、この地を治める領主として格の違いを顕わにさせるだとか、貴族とは本来そういうものだとか色々説明された。
が、俺にしてみればそういうものか、仕方ないなと思うところもないではないが、大部分はアホくさい感じだ。
尤も、下手に下々の者を入れることで間取りなどが漏れてセキュリティーが低下する事を懸念している、という部分については生まれたばかりのアルソンがいるだけに頷かざるを得なかったけれど。
でもさぁ、そんな事まで気にしていたら気軽に誰かを呼んで飯食うとかしづらいよね。
それに、商人を呼んで品物を見せて貰って買い物をするとか、そういう日本にもいた成金っぽいことも出来ないし。
「予め私が許可を与え、それをそなたに伝えた者であれば例外として対処しておけ」
そう言ったら、
「では、そのための離れを建ててくださいまし」
と言われてしまった。
彼女にしてみれば今回の件は異例中の異例としてミヅチにお伺いを立てた上で、断腸の思いでカーリムたちを招き入れざるを得ない、苦渋の決断だったという。
「わかったわかった。考えておく」
そう言って退却せざるを得なかった。
・・・・・・・・・
金袋を持って応接間に行くとカーリムがソファに腰を下ろし、傍にでかい箱を置いた弟子がその後ろで立っていた。
「伯爵閣下、遂に鎧が完成いたしました。どうぞお納めください」
俺が部屋に入ってすぐにカーリムが言い、弟子が箱を開け始めた。
あの箱は鎧櫃か。
「ああ、鎧掛けを持ってこさせた方が良いか?」
こりゃ気が利かなかったな。
すぐに鎧掛けを持ってこさせると、そこに掛けるように言った。
鎧掛けに掛けられた鱗鎧は俺から見ても見事なものだ。
シャドウドラゴンの黒を基調に膝の裏や尻、脇から腕の内側、股の内側などの柔軟性が必要な部分はブルードラゴンの蒼く美しい鱗で作られているのは当然として、要所には牛革ではなくブルードラゴンの皮を鞣した竜革も使われている。
前腕部は盾を使わないデザインのゴムプロテクター、つまり俺が使い続けていた千本を内蔵できるような硬質ゴムとエボナイトが使用された部分も残されているばかりでなく、表面にブルードラゴンの腱を使って縫い付けられたシャドウドラゴンの鱗も千本を抜く時に干渉しないよう、引き起こす時にはその部分だけズレるように設計されているのが心憎い。
そして、手甲から指先までをも覆うように黒と蒼の鱗が配されているが、手袋は何でも使えるように細い糸で結べるようになっている。
肩当ても基本的な板金鎧のデザインを踏襲しつつも優美な曲線を描き、どことなく高貴な雰囲気を漂わせているし、胴丸部分も見るからに頑丈そうなでかい鱗をふんだんに使用した、いかにも堅固、という言葉が似合いそうな造形美だ。
腰も草摺のように胴部から垂らした装甲があるが、その周囲はブルードラゴンの鱗が縁取るように縫い付けられておりデザイン性を強調しているし、太腿から脚にかけても勿論黒い鱗で覆われているが、膝や足の甲などの要所にもブルードラゴンの鱗が自己主張をしている。
これらのブルードラゴンの鱗はシャドウドラゴンの鱗の上に重なるように配されているだけなのでその部分の装甲防御力が低下しているという訳ではないところもミソだ。
また、鱗を縫い付けている部分は、表面からはどの角度から見ても巧妙に隠されているのもポイント高し君だろう。
更に、兜も今までのゴムプロテクターとほぼ同じ、立て物のない日本の戦国時代のオープンフェイスヘルメットのデザインが踏襲されさていた。そればかりでなく、エボナイトで成形したらしい面頬までセットされている。
因みに、この面頬の表面だけはミヅチがデザインしたもので、少し垂れた大きな鼻と、何か脅し文句でも叫ぶようにカッと開いた口が特徴で、その下に垂れる喉当てはブルードラゴンの鱗が主体になっているようだ。
「……素晴らしいな」
全体の造形についてひとしきり眺めた後、自然と口をついて出た言葉だ。
さて、そろそろ鑑定をしてみよう。
おっとその前に、
「ステータスオープン」
【冥越鱗】
【シャドウドラゴンの鱗・ブルードラゴンの鱗及び腱及び革・牛革・ゴム】
【状態:良好】
【加工日:28/10/7450】
【価値:1】
【耐久値:17538376】
【性能:身体拘束率:3%】
【性能:平均貫通率:マイナス68%】
【性能:装甲・防護部平均ダメージ減殺率:85%】
【効果:殴打半減】
【効果:斬撃半減】
【効果:刺突半減】
【効果:吐息効果四半減】
【効果:自己隠蔽】
【効果:肉体酷使】
【効果:装着重量軽減】
【効果:精力減衰軽減】
【効果:自動修復】
【効果:低位魔法無効】
【効果: 】
板金鎧すらも霞むほどの貫通耐性と防御力、加えて「本当に鎧なのか?」とすら疑いたくなる程に低い身体拘束率。
更にはとんでもない数値を誇る耐久にゴテゴテとくっついている特殊な効果のオンパレード…………?
【肉体酷使】?
初めて見る特殊効果にサブウインドウを開いてみる。
アビュース・ボディで合ってるよな?
それとも、なんとなく格好良さそうにオーバードライブ辺りでも良さそうだ。
まぁ、呼び方なんざどうでもいい。
【効果:肉体酷使;装着中にこの効果を意識し魔力を注ぎ込む事で発動する特殊効果。最低でも着用者が保有している最大魔力量の10%を注ぎ込む必要がある。注ぎ込む魔力量に応じて着用者の身体能力が向上するが、効果時間経過後に気絶する。注ぎ込んだ魔力量1%当たり身体能力は1%上昇し、効果時間は注ぎ込んだ魔力量1当たり10秒間継続する。また、効果時間中の効果のキャンセルは不可能】
……。
なんと、まぁ。
しっかし、こんな一時的なブースト効果に頼らなければならないような事態って……。
考えたくねぇ。
ん?
【精力減衰軽減】とな?
【効果:精力減衰軽減;装着中に精力を減衰させたり生命力自体を吸収するような攻撃を受けた場合、その効果を減少させる】
どのくらい減少させるのかは不明ってのがあれだが、これは大した物じゃないだろうか?
ミヅチの曲刀とも渡り合えるようになるのかね?
すげーな。
でも、それより気になるのは思わせぶりな空白行だよな。
当然の如くサブウインドウは開けない。
一体なんだろう?
しかしながら、幾ら考えようが悩もうが判る事などありはすまい。
「ご覧の通り、クロス・ショール・スケイル……固有名が付きました。胸を張って現時点での私の最高傑作と言える鎧に仕上がりました」
カーリムは誇らしげに言った。
その言葉にはリチャード殿下が着用している【黒天鱗】をも凌ぐ鎧であるとの自信が込められている。
まぁ、冥府? 冥界? 冥土? を越えるなんて言葉が混じってりゃそれもむべなるかな。
「カーリムよ。褒美を取らす」
念の為にと金袋には五〇〇〇万Z分の金貨を入れていた。
元の工賃が二〇〇〇万Zで、追加の工賃が数百万と聞いていたから、倍くらいあれば充分だろうと思って多目に用意していたのが良かった。
そもそもの材料が良かったとか色々な言いようはあるかも知れないが、カーリムだからこそこれだけ見事な鎧に仕上げることが出来たのだと思うし。
俺はテーブルに置いたままの金袋をひっくり返して五〇枚の金貨を広げると、金袋と一緒にそれをカーリムの方へ押しやった。
見ただけだと正確に何枚あるのかは分からないだろうが、優に三〇枚を超えている事だけは誰にでも判る。
「か、閣下、これは……?」
カーリムと弟子がごくりと唾を飲んで、テーブルの上の金貨と俺の顔を交互に見た。
「うむ。そなたの働きに見合うと思う。それに、この鎧を作るにあたってはそなたの弟子たちにも苦労を掛けたのだろう? ボーナスくらい弾んでやるがよい」
「うあ、ありがとうございます!」
カーリムは早速一枚一枚、ステータスを確かめながら金貨を金袋に移し始めた。
その頃には俺は再び鎧の傍にあって、その表面を撫でながらニコニコしていた。
「ご、五〇〇〇万Zも……」
どうやら数え終わったようだ。
「それと、そなたの商会だが、今は三号一種だったな?」
「はい……」
カーリムはきょとんとしている。
元々彼のカーリム鎧商会は王都にあって、天領内でのみ商売を行っていたのだ。
その等級は俺の領地に引っ越してきても受け継がれたままで、現時点では俺の領土以外との商売は出来ない。
もしもカーリムの作る鎧が欲しいという人が居たとしても、購入者本人か、代理人が俺の領土のカーリムの店まで来ないと買う事は出来ないし、場合によっては関税が掛かる事もある。
尤も、カーリムはカーリムで、俺の軍隊に対して彼の作る金属鎧や板金鎧を売り込もうと考えていた部分もある筈だ。
なにせ、新興貴族だから軍の整備、拡充は国内のどこよりも熱心にやる筈だと読んだのだろうし。
「今回の件でそなたも更に名を上げる事になろう。商会の免状についても三号から二号への格上げを許す」
勿論無償で、と言うか、費用は免除する形だ。
この場合、カーリムは他の商会に販売を委託することが可能になるし、自ら領外へ出ていって売り込むことも自在になる。
まぁ、手っ取り早くグリード商会に委託するのが一番だろう。
何せ、西ダートにある二号の商会で領外に拠点を持っている所なんて一つもない(グリード商会の拠点はあくまでもロンベルティアである)し、定期的に領外との物流を行っているのは俺のグリード商会しか存在しないからね。
「それはそうと、早く販売証明を書け」
勿論、後々になるだろうが贅沢税はしっかりと取り立てるがな。
でも、今回の鎧製造については原材料費は限りなくゼロ……牛革の仕入れがあったろうが、それでも高くて数十万というところだろうし、大部分は利益なんだから、カーリムもホクホクだろ。
・・・・・・・・・
カーリムが帰った後で鎧を着てみた。
一人では装着出来ないし、騎士団に居た経験のある厩番のグアイレと庭師のラセルナの助けを借りながら装着したのだが、初めてと言うこともあって慣れていないからか、たっぷり一時間近くも掛かってしまった。
まぁ、板金鎧なんかは補助が居ても装着には一時間以上掛かると言うから、それに比べたらまだマシか。
この点に関してのみは、正直言って一人で数分で装着できるゴムプロテクターの方が上だな。
でも、うーん……あれだけの褒美は早計だったかなぁ?
まあいいか。
因みに、装着しても空欄だった部分には何の変化もなかったし、頭の中にもそれに関するような事は何も浮かんでこなかった。
それはそうと、着たばっかりの姿をミヅチに見せたらすぐに脱がないとな。
会食に遅れたら大変だ。
今回の本文中で日時計について記載がありますが、それなりに正確な日時計はロンベルト王国内でも数カ所にしかありません(あまり正確でないもので良いのなら数万の人口がある街なら半数近くは持っています)。
正確な日時計が設置できない理由は、太陽の公転軌道は現実の地球同様ごく僅かに歪んだ楕円形をしているために、季節によっては15分以上の誤差が発生するためです(アルでも均時差表は作れないでしょう)。
なお、正確な方位測定はラルファ以外には方位盤(第三部第二百二十六話にも記載)を使わない限りまず無理ですが、正確な魔道具の時計があるので指針角度や文字盤の角度を魔道具の時刻に合わせてずらして設置することは可能です(勿論機械のように正確ではありませんが、実用上はあまり問題ないレベルで正確だと言えるでしょう)。
まぁ数十分程度の誤差ならどうでもいいっちゃどうでもいいと思います。
ある程度裕福な商人などであれば携帯用の時計を持っていることもままあるので、ネルがいつも時間に正確だったのはそれだけで高評価だったという訳です(わざわざ日時計のある場所まで行って時刻を確認するのが面倒だと思う人は多いですし、日時計自体が少ないので)。
また、これらの日時計を元に鐘の音などで周囲に正午などの時刻を知らせる風習はありません(そういう地域が全く無い訳ではありませんが)。




