第二百三十一話 地下資源
7450年9月12日
今日はウィードで行われるジンジャーの結婚披露宴へ出席する。
我がグリード鉄道商会で初の天井と壁、ガラス窓の付いた豪華版(?)客車のお披露目も兼ねているんだけどさ。
この客車は今までの客車と比べて車幅で五〇㎝程、全長を二五〇㎝程も大型化し、併せて座席の構成も変えている。
今までは八人掛けの長いベンチ型の座席が四列だったのだが、四人掛けのクッション付きボックスシートを左右に三つづつ配す構成にしたのだ。
一人あたりのシートは幅五〇㎝で背凭れから向かいの背凭れまでは一八〇㎝もの幅を確保しているので一人あたりの面積も余裕を持って充分だと言えるし、通路の幅も七〇㎝取っている。
この辺り、実はクローが教えてくれた知識を参考にしている。
彼はJRの普通車両、その多くのシート幅は四三㎝しかなく、ボックスシートの背凭れの向かい合わせ幅は一三三㎝~一五〇㎝だと言っていた。
車両を大型化したにもかかわらず、一両あたりの座席数は三分の二に減ってしまったが、足を伸ばしてゆったりと座れるようにしたのである。
また、当然網棚も装備しているし、ボックスシートの中には窓の下に折り畳みの細長いテーブルまであるので簡単な喫食も出来る。
いずれは駅弁の販売もしたいと思っていたからね。
俺とミヅチの他、ゾンディールから来たヘイルーンとミンラーのコーヴ準男爵夫妻、ハッシュ村から来たルシンダとアルケインのキブナル士爵夫妻、そしてインセンガ准女爵に加え、護衛としてバリュート士爵、カムリ准爵、バルソン准爵が乗っており、後ろの貨車には騎士団の従士から選ばれた完全武装をした一二人の警護小隊が乗っている。
馬車鉄道に先行して線路の安全確認と全体の護衛を行うのはズールーとルビー、ジェスの三人だ。
因みに折角の客車がガラガラなのはこの列車が未だ一日一往復しかしていない定期便と異なる特別編成で有ることと、途中で停車するミード、ハロス、ダモンの各駅で披露宴に参加する領主たちが乗り込んでくる予定だからだ。
馬車鉄道はするすると滑るように発進し、数分で巡航速度に達した。
うむ。
実はこの新型客車は当然として、馬車鉄道自体にも最初にミード村まで開通した時の一回しか乗ったことはなかったのだが、やはり乗り心地は結構良いな。
窓を閉めると騒音もかなり減殺される事も気に入った。
まぁ、日本の電車と較べると、その、色々とあれだけど、モーター音がゼロなので結構静かなところは転生者からだって高い評価が得られると思う。
……ん? 焼玉エンジン?
確かに音や排気ガスの臭いは問題になりそうだね。
でも、焼玉エンジンを利用した機関車が完成の暁には一編成当たりの車両数も増えるだろうし、この客車は最後尾にでもすればいいんでない?
騒音や臭いについてはどちらも蒸気機関車よりはマシなんだし。
もしくは、一等席になるであろうこの客車だけは延々と馬に引かせてもいいだろう。
初めて乗ったというコーヴ准男爵の奥方、ミンラーさんはもういい年なのに大はしゃぎだ。
俺、あんたの長男を捕らえて反乱の罪で処刑させた上にコーヴ家自体も男爵から准男爵へと降格処分にしたんだが、そこは気にしてないのかね?
それとも、一族郎党全員処刑されてもおかしくなかったんだし、それを免れたことを有り難く思ってくれているのだろうか?
ま、面白くなさそうな顔をされてもこちらが不愉快になるだけだからいいんだけどさ。
なお、コーヴ准男爵本人とキブナル夫妻は開通後にゼノムに挨拶に行くために乗ったことがあるそうだが、こちらも目を見張って流れ行く景色に心を奪われている。
ウィードまでの線路が開通したひと月後、先月の中旬頃から商用運行を始めているのだが、基本的にはレールや年貢などの重たい荷物が満載なので時速換算で一〇㎞くらいでしか運行していないのだ。
が、今日、この便だけは重い荷物を載せていない特別列車なので加速や巡航速度もいつもの倍くらいまで上げさせているのだから驚くのも無理はないだろう。
俺が乗っている事もあって魔法の蹄鉄を履かせているから当然なんだけどさ。
たとえ魔法の蹄鉄を履かせていなくてもこの程度の重量であれば平均時速二〇㎞という速度は出せるんだけどね。
とにかく、この便で計画されている平均時速は二〇㎞である。
べグリッツから五〇㎞以上も離れているウィードまでの運行時間は、途中の停車時間も含めて片道三時間弱という予定で、謂わば特急列車なのだ。
舗装すらされていない道を行くオースの馬車と較べるととんでもない速度だが、所詮は時速二〇㎞。
俺やミヅチにしてみれば、この程度の速度だとどうにもね。
しかしながら、列車というものはもっとずっと速いものだという事を知っている俺たちにしてみれば、こののんびりとした速度は余裕を持って途中の景色を眺めることも出来るし、それはそれでなかなかに風情があって乙なものだとすら感じられる……。
とかなんとか取り繕ってはみたものの、実際問題、まだかなり遅いよねぇ。
でも、朝八時に出発し、充分な時間宴会にも参加した上で夕方にはべグリッツの屋敷に戻れるうえ、自分で馬を操る必要もないから全然疲れないってのはいいね。
向こうで酒も飲めるしさ!
などと思っていたのは最初の停車駅であるミード駅を過ぎ、暫く進むまでだった。
べグリッツからミードまでの線路はほぼ直線であり、それは途中に架かる橋を含めてもそうだ。
実際には途中で一箇所だけ物凄く緩いカーブを描いている部分があるのだが、まぁ、ほぼ直線と言ってもいいくらいのものだ。
だが、ミードとハロスの間にはそのカーブなど比較にすらならないちょっとしたカーブが二箇所ある。
なぜそんなカーブが二箇所もあるかというと、無理やり直線で結ぶことは可能か不可能かと問われれば可能ではあったのだが、そうすると途中に架ける橋の幅は数百mにも及んでしまうため、事実上直線で結ぶのは不可能だったからだ。
勿論、僅か七mの長さしかないレールを人の手で適切な角度で曲げるのは困難である事は判っていたから慎重に計算した上で、製造時点で曲線を描いた専用のレールを作ることで対応していた。
しかしながら、専用のレールを作ると言っても流石に何種類も作ってはいられない。
そう考えてカーブの内側と外側で一種類づつを作っただけだった。
そして、ある意味で当然といえば当然なのだが……工事の為のレールの運搬や、商用運転が始まって以降も誰からもクレームがなかった。
当たり前の話だが、俺は線路工事の作業員や監督たち、また、馬車鉄道の運転手や乗客にも乗り心地や揺れに気になる点があればすぐに報告してくれとは頼んでいた。
だが、彼らには俺のような転生者とは異なり比較対象がないのだ。
それでもダート平原の間引きをした時など、べグリッツからハロスやダモンまでラルファとグィネを乗せていた。
彼女らであればオースの人たちより厳しい目で見てくれると思っていたのも当然じゃない?
そして、その彼女らからも何のクレームも入らなかったことですっかり安心してしまっていたのである。
話を戻そう。
ミード駅でゾルゲー村の領主、ガロスタレン士爵夫妻とミード村の領主、ジンケーゼ夫妻を乗せて再出発した特別列車だが、発車後約二〇分程で最初の左カーブに差し掛かった。
カーブは二五〇R(半径二五〇mの曲線という意味)という、運行速度から考えるとある程度ゆったりしたものだったのだが、カーブに差し掛かった瞬間にガクンと揺れて俺とミヅチは共に不快さを感じ、顔を見合わせてしまった。
因みにカーブ内のカント(線路の外側と内側の高さ。所謂バンク角のこと。普通は外側が高くなる。これをすることで遠心力と重力の合力が軌道の内側に収まる)はちゃんと取ってあるので遠心力でカーブの外側の方に寄せられたとかではない。
勿論、内外輪差で車輪のフランジが線路に変な接触をして乗り心地が悪くなったこととも異なる。
スラック(カーブに応じて線路の幅を通常よりも僅かに広げること。これをすることでフランジとレールとの接触を減らし、乗り心地の向上や騒音が低減されるだけでなく、車輪やレール自体の寿命も伸びるため円滑にカーブ上を運行することができる)についてもちゃんと考慮していたし。
そう。
問題はカーブさせて作ったレールにあったのだ。
二五〇Rのレールしか作っていなかったのである。
なぜなら、クローがそれで充分だと言ったから……というのは半分以上冗談だが、何割かは本気だ。
因みに上述したカントやスラックといった線路に関する知識を教えてくれたのもクローだ。
日本のJRを例に挙げ、カーブ中は外側のレールを一〇㎜高く、線路の幅を五㎜広くしろとか言ってきたのであった。
それらに対して説明を求めたら、なる程納得な知識を即答したことに感心し、採用したんだ。
線路の幅(軌間という)についても一般のJRの路線は一〇四七㎜(※正しくは三フィート六インチで一〇六七㎜)で、新幹線やフランスなんかの諸外国では一四三〇㎜(※正しくは四フィート八・五インチで一四三五㎜)と決まっているとかも教えてくれた。
フィートからの換算という訳でもなさそうだし、なんか半端な幅だと思ったので俺の馬車鉄道の線路の幅は間を取って一二〇〇㎜としているんだけどね。
いや、なんとなく幅が広い方が安定するような気がするじゃんか。
クローも問題ないと言ってくれたし、軌間を一二〇〇㎜としたのはそんだけの理由だよ。
それはともかく、カーブの曲率だ。
そのクローがカーブの曲率は二五〇Rも取れば充分だと太鼓判を押してきた。
なんでも、JRでは運行速度が時速七〇㎞以上九〇㎞未満の路線での最小曲率半径は二五〇mで、それ以下の速度だと一六〇mだと規定されているそうだ。
そして、そんな超高速など出る筈もない馬や焼玉エンジンなんかでは念の為に二五〇Rも取っておけば充分だという意見だった。
俺もミヅチも、ラルファやグィネ、マリー、そしてトールでさえ、カントだのスラックだのについて説明するクローに感心することしか出来なかった以上、その案を採用する以外の途はない。
なにしろ、小話として、JR赤羽駅ではホームの線路ですら八五㎜ものカントをとっていた事で停車する車両が傾き、昇降に時間が掛かったことで朝のラッシュの原因になっていたという話もあるだの、東京メトロの六本木駅では駅が曲線部に位置しており、ホームと列車の間に広い隙間が開いている箇所があるために、駅員がホーム中ほどに立って監視しているだののような話をこちらが止めるまで言い続けられるほどの知識を誇っていたのだ。
これだけの鉄道マニアの言うことだし、確かなのだろうという思い込みがあった。
ミヅチもテツ(?)には何種類もあって、クローは鉄道技術などの知識に特化したタイプなのだろうと言っていた。
そう。
見落としていたのは緩和曲線に相当するレールを作っていなかった事だ。
直線からいきなりカーブに突入させるといくら二五〇Rというそれなりにゆったりとした曲線且つ時速二〇㎞という低速であってもちょっとしたショックがある。
最初は一〇〇〇Rなどもっと曲率の低いカーブから始め、七五〇R、六〇〇Rと段々と曲率を上げていくべきだったのだ。
これについては予めクローに聞いておいたのだが「そんなの当たり前じゃないか」と言われ、「本来レールは二五mの長さがあって、設置時に手で曲げるものだ」とも言われていた。
こちらのレールは鋳造であることと設置時の重量問題もあって七mとしているので、流石に手では曲げられない。
だから予め二五〇Rの曲線路を作ったのだが。
俺も多少のショックくらいならいいだろ、と思っていたのだが、このショックはちょっと大きい。
何せ、簡易テーブルに飲み物を満たした少し背の高いグラスでも乗せていたのであれば倒れる可能性もあると思われるくらいだったからだ。
線路はダート平原とその周辺だけでなく、遥か王都まで敷くのだし、途中では山や谷を迂回する必要も多いからなんとかするべきだろう。
将来的には焼玉エンジンの機関車でベグリッツ-ロンベルティア間を平均時速三〇㎞以上、二四時間で結ぶ超特急の運行を目指しているのだから。
加えて言うなら、いつまでも俺が王都でガラス化をしなきゃいけないってのもあんまりだからね。
いずれはべグリッツでガラス化まで終えて、鉄道で運びたいというのも本音なのだ。
種族をヒュームに統一し、年齢も程々に近くした奴隷ばかりを買っているのもその為でもあるのだから。
……うーん。
こりゃ転炉も作って本格的な鉄鋼の生産についても考えなきゃだめか……だめだろうな。
しかし、転炉か。
地球なら一九世紀以降の技術だ。
原理は知っているし特殊な金属も持っているので設計と材料はなんとでもなるし、転炉の製造自体は可能だろうが問題は高炉の燃料だよなぁ……。
コークス……石炭ってどこにあるんだろ?
地球なら地面をほじくり返せば、多かれ少なかれ大抵の場所で採れる。
大量に採れる場所を炭鉱と言うだけだ。
……何とか圧力容器を作って、重油を燃料にするのもありか?
ああ、ウィード山では色々な鉱石を掘っているから多少は石炭なんかも出てるだろう。
ゼノムに聞いてみるか。
そうこうしているうちにハロス駅で領主のゲーヌン士爵夫妻とヘンソン村の領主、ラノクス士爵親子を乗せ、ダモン駅では領主のワズマール士爵夫妻を乗せ、馬車鉄道はウィードに到着した。
ま、今は嫌なことは忘れ、宴会を楽しむべきだろう。
・・・・・・・・・
「そのイウェイナ、どうだ? ん?」
宴会では、ゼノムが上機嫌で自家製の燻製を自慢してきた。
「さっき食べたメィスってのも美味かったけど、これもいいな」
確かに自慢するだけあって、この淡水魚の燻製は素晴らしいものだが、ゼノムが作ったという燻製を口にする度に同じセリフを聞かされればげんなりしてくるのでいい加減に止して欲しい。
「そうだろそうだろ。俺はこのイウェイナの燻製はウィードの新名物になるんじゃないかとすら思ってるんだ」
「……この出来なら確かにな」
この岩魚みたいな魚、年間を通してそれなりの量の漁獲が見込めるらしい。
正直なところ、以前ウィードに逗留した際に振る舞って貰った料理よりも燻製にした方が何倍も旨くなるというゼノムの言葉には全面的に賛成するところだ。
燻製作りは今の所は趣味程度のものらしいが、この味ならば誰が食っても美味いと言うに違いない。
ウィードを治める男爵として、自ら作ったものを領地の新名物にしたいと考えるのもこれなら納得だ。
俺たちの会話が少し途切れたのを見計らったのか、声を掛けてくる者がいた。
「ファイアフリード閣下、本日のお料理のうち、燻製は全て閣下がお作りになられたとか」
ヘンソン村の領主の息子、ヴェンデル・ラノクス准爵だ。
俺たち転生者より少し年上で、以前は伯爵騎士団にも所属していた。
薄い切り身にしたイウェイナの燻製を乗せた小皿を手に、満足そうな顔をしている。
彼もイウェイナの味に魅せられたのだろう。
「ああ。ラノクス准爵。そうだ。今日用意した燻製は全部私が作ったものだ」
「この味、この旨さ、これだけの燻製を作るのは大変なご苦労がおありなんでしょうね」
ゼノムは上機嫌で温度調節が大事だのなんだのと自慢しまくっている。
その様子を見て、俺は上手くゼノムから逃れられそうなのでジンジャーと新郎のところへ向かおうとした。
「ははは。研究は欠かせんよ。これからは燻製材も色々試してみようと思っていてな。中でも楽しみなのは東ダートで採れるという燃える泥なんだ。その燃える泥を燻製材にするといい香りになるらしくてな、今は取り寄せを頼んで……」
は!?
「燃える泥だって?」
思わず振り返ってゼノムのところに戻る。
「何だ急に?」
「それはいつ着くんだ? 量は? いや、東ダートで採れると言ったな?」
急に戻ったばかりか血相を変えて会話に割り込んだ俺に遠慮したのか、ラノクス准爵は一歩下がった。
「あ、ああ、すまんな、准爵」
「いえ……」
准爵は苦笑いを浮かべつつも、貴族にあるまじき俺の行動を忘れようとしてくれた。
「別に急いじゃいなかったし、来月くらいになると……」
「そうか。量は?」
「燻製材として試してみようってくらいだし、小樽一つ分くらい……」
「少ないな。それ、誰から聞いた? 誰に注文した?」
「俺もこのまえ小耳に挟んだだけだ。ラムヨークの商人に……知ってるのか?」
「俺の知る燃える泥と同じものだといいな、と思ってるところだ」
すると、ラノクス准爵がおずおずとした様子で会話に混ざってきた。
「あの……燃える泥でしたらウチの傍でも採れますが……」
なんだと?
「准爵。それからゼノムも。ちょっとどこか落ち着いたところで話そうか」
今はジンジャーの結婚披露宴の最中だが、これからの領土にとって重要な事なので勘弁して貰おう。
燃える泥とやらが泥炭なら、近くでは必ず石炭が採れる。
褐炭なのか歴青炭なのか無煙炭なのか、掘ってみるまでそれは分からないし、埋蔵量も、どの程度の深さにあるのかも全く不明だが、必ず採れる。
……ダート平原。南の方では自噴油井もあるし、当初思っていたよりもずっといい土地だったかもしれないな。




