第二百二十四話 轟く銃声
7450年6月15日
アレクが指揮する左翼部隊は鬨の声を上げながら馬を走らせた。
続いて左翼後方に配されていた二〇人ばかりの歩兵部隊も一斉にその後を追って駆け出している。
同時にアレクの部隊から一騎、伝令の騎兵が本隊に向かってもいた。
先陣を切る左翼部隊の騎兵達全員が左手で手綱をとり、右手に持った火縄銃は肩にかけるなどして銃口は水平よりかなり上に向けている。
そして、その全てには発射薬と銃弾、火縄鋏みには着火済みの火縄が取り付けられていた。
火縄の火が風圧で消えないよう、機関部ごと覆うように簡易なカバーを被せている者も多い。
目指すカンビット王国軍の右翼部隊まであと二〇〇mあまり。
突撃に慌てたカンビットの弓兵から数発の矢が飛んできたが、全て大分先の方で地に落ちている。
経験の足りない若年兵などが慌てて撃ったからだろう。
部隊長らしき者の怒鳴り声で、それまで敵右翼部隊全面に展開していた弓兵達が後方に下がっていく。
代わりに右翼部隊の全面には三〇騎あまりの騎兵や、大盾、槍を装備した歩兵部隊が進出してきて展開を始めた。
だが、もともとかなりの近距離まで接近していたので流石に部隊配置は決まっていたようだ。
大きな混乱もなく、一斉に得物を構えて立ち位置を調整しながら突撃を受けようと、陣形を整えたくらいである。
「よし、想定通りのオーソドックスな布陣だな」
突撃部隊の中央あたりで、アレクは舌なめずりでもするような顔をした。
敵まではあと一五〇mを切った。
「……今だ!!」
左翼部隊の中でも更に左翼の数十騎を束ねるミューネイル・サグアル百人長に対し、アレクは大声で合図する。
「うっし、行くぞぉぁっ!」
ミュールは振り返りもせず更に外側に膨らみつつ、少し速度を上げた。
同時に肩にかけていた銃を下ろすと湾曲した銃把を握る。
未だ銃口は斜め上に向けたままだ。
ミュールの部隊が全員銃の保持姿勢を変えた事を確認し、アレクは自らが指揮する左翼中央部隊をミュール同様に流れるように左にずらし始める。
この時にはミュールの左翼部隊は幅三〇mほどの二列横隊へと陣形を変えていた。
左端に位置するミュールを先頭に、右にかけて斜めに並んでいる。
雁行と言うには些か角度が急な斜線陣だ。
斜め横一列の騎馬が、それぞれ通常よりも二m程大きな間隔を開けて一六騎。
それが互い違いになって二列。
火縄銃を保持したまま、口々に喊声を上げている。
よく聞くと自分の名や家名、過去にあげた戦功などを叫んでいる者も多い。
ミュールから敵までの距離はあと一〇〇m。
後ろから響く馬蹄の轟きで中央部隊も右翼部隊も訓練通りの動きをしていることが手に取るように解った。
対して、敵の右翼部隊は想定していた密集突撃ではないばかりか、騎兵を雁行に並べたまま突撃してくるこちらを見て慌てて陣形を変え始めている。
ミュールは飾りの付いた兜の奥でニヤリと笑みを零した。
更に左へと馬を進ませ、遂には敵の右翼より少し外側に位置してしまった。
・・・・・・・・・
「なんだ、ただの雁行突撃か……?」
デーバス王国の本陣ではアクサル・ダンテス五百人長が左翼部隊の突撃を眺めて呟いた。
その口調には多分に苦いものが混じっている。
彼の脳裏には、先日増援部隊として合流を果たしたアレキサンダー王子の、何か心に秘すものでもありそうな顔つきがちらついていた。
合流して以降、今回の迎撃が決まる以前から、予想されるカンビット軍の部隊配置を何度も確認してきた彼の真剣な目つき。
ダンテス五百人長が預かる青虎騎士団が送り出した斥候に対しても、帰還し正式な報告がなされた後ですら、相手の人数や装備について細かな質問や確認を繰り返していた。
それは良いが、彼の質問は先遣として侵攻してくる敵軍部隊のどれくらい後方に更なる敵軍部隊がいるのか、そしてその規模はどの程度なのかという事にまで及んでいた。
聞けば、王子はこれが初陣であるという。
デーバス王国では、アレキサンダー王子のように高貴な血筋の人物などは初陣においていきなり一部隊の長となる事が多い。
ダンテス五百人長にも覚えがあるのだが、いかに優秀だろうが高貴な血筋だろうが、初陣ともなれば多くの者は目先の事ばかりに気を取られるものだ。
その先を見る者などまずいない。
どうすれば手柄を立てられるのか。
目前に迫っている、又は此方が攻撃する予定の敵軍の数はどの程度なのか。
いざ戦闘となった時に部下達をしっかり統率できるのか。
今まで積んできた訓練では不十分ではないのか。
果たして自分は指揮官として正しい選択が行えるのか。
こみあげてくる不安感。
流れ矢に当たったらどうしよう。
部下達は命令をちゃんと聞いてくれるだろうか。
全てが当たり前の事であり、初陣が迫れば誰しもが思い、感じる事でもある。
実戦に出る前は、騎士団での机上演習も成績がよく、冷静に先達の言葉に耳を傾け、しっかりと心に刻んだつもりで頷いていても初めての戦場に立つ際はこんなものだ。
しかし、王子は何度か戦闘を経験した者のように、目先だけでなくその先についても目を向けているように見えた。
刻一刻と膨れ上がってきている筈の不安感とも上手に折り合いを付けているように見えた。
まさに優秀な王族であることを体現し、凡人とは縁が薄いように見えていた。
流石はあの時の合流や補給の手際であったか、と思い、感心すらしていた。
そして、いよいよ戦場と戦闘開始の日が予想された二日前。
真剣な目つきで左翼部隊への配置を志願してきたのであった。
その際には「左翼部隊は私の手勢のみで結構。先陣を切った上で必ずやカンビット軍を突き崩して見せます」と冷静な声音と自信すら滲ませた表情で言ってきたのだ。
彼は「偵察により先方の兵構成は判明しています。騎兵は多くても七〇騎あまり。私の部隊を左翼に配置すればその半数以上と、確認されている大部分の盾持ち兵と槍兵は右翼に配されましょう。それを初撃で突破し、必ずや討ち果たしてご覧に入れます。さすれば敵陣は壊乱し、敵中央部隊と左翼部隊も配置転換の必要に迫られます。当方の本隊と右翼部隊はその機を見て攻撃していただきたい」と言ってきた。
どんな作戦案が飛び出してくるのかと思っていたら、正統派とまでは言えないが、ごくまっとうな戦術案であった。
大手柄を狙うような奇策でもなく、敵を引きずり回そうとする奇計でもない。
些か精神論に傾いているきらいは見えるものの、元白鳳騎士団を擁する高練度部隊を率いていることからくる自信の現れとも取れる。
確かに一〇〇名もの手練れの騎士が密集突撃を敢行したら、なまなかな部隊では受け止められないだろう。
騎兵部隊も数人は戦死するだろうが、それは犠牲として許容範囲だ。
一見すると先陣を切って突撃し、一番槍を誇りたいかのようにも思えるが、気負う様子もなく落ち着いて話す王子からは、冷静に戦力の分析を行い「出来ることをやる」と言っているような印象があった。
アレクの志願に対し、ダンテス五百人長は諒と応えたのである。
――あれは過日の失敗による汚名を雪ごうとの顔であっただけか。
失望にも似た思いに歯噛みを禁じえない。
何しろ、元白凰騎士団員ばかりで構成されている王子の部隊は突破戦力として貴重なものなのだ。
特に東部戦線を任されている青虎騎士団にしてみれば、文字通りの虎の子に近い戦力と言っても過言ではない。
――それを、この程度の戦でみすみす削られる事になるとはな。この私としたことが……惑わされたか。
見れば、最左翼を先頭に雁行しながら突撃を行っている騎兵達の間隔はかなり広く取られており、隊形はだらしなく伸びて広がっている。
騎兵での突撃の際は、できるだけ密集し、鋭い楔形の陣形を取ることで突破力を高めるのが常道である。
勿論、敢えて互いの間隔を取り、広く布陣しての突撃を行うこともあるが、それは相手の盾兵や槍兵の数をかなり減らした終盤の掃討戦で採用するかもしれない、という程度の戦術である。
掃討戦自体が滅多に行われない世の中では、まずお目にかかることはない。
騎兵とは、互いに密集することで只でさえ高い防御力を更に高め、ここぞという時に勢いよく相手の陣地へ飛び込んで突破口を切り開く為のもので、究極的にはそれ以外の使い途はない。
鍛えられた軍馬と言えど、全力疾走は二分、長くても三分程度が限界なのだ。
ダンテス五百人長の側に控える副将も残念そうな顔色をしている。
――緩やかな雁行でないだけまだマシだが、俺が敵の右翼部隊の指揮官なら……。
五百人長が想像した通り、敵の右翼部隊は守りを固めた防御態勢に移行している。
それだけではない。
部隊の右側、こちらから見て左側に、より多くの盾兵を配しつつあった。
我が方が最左翼を更に左に膨らませた上で突出している事から、先方の右翼部隊長は最初に接触することになる右側に防御力を傾けて支え、その間に左側に集めていた騎兵部隊を進出させ、こちらの騎兵部隊の横腹を突こうというのだと思われる。
アレクの騎兵部隊がしっかりと密集していない以上、効果的な戦術である。
タイミングが難しいが、しっかりとハマればアレクの左翼部隊がいかに手練揃いと言えども大きな被害は免れない。
そうなれば、退却せざるを得ないだろう。
ここまで見通したダンテス五百人長が、近い将来に行われるであろう退却の援護のために麾下の重装歩兵部隊に左翼側への進出を命じようとした時。
――なっ? 歩兵も前進させているだと?!
アレクの左翼部隊にいた僅か二〇名程度の歩兵部隊まで騎兵部隊の後を追って走っているのが見えた。
確かに突破戦力である騎兵部隊がこじ開けた突破口を維持し、敵が再度陣形を整えようとするのを邪魔し続けるには歩兵が必要なので間違った行動ではない。
しかし、その場合、歩兵部隊も騎兵部隊同様に密集しているのが当たり前だ。
だいたい、あんなにばらけている上にあの数では騎兵部隊が開けた穴に突撃しても各個撃破されるだけである。
最低でもあの五倍程度の戦力は欲しい。
そうでないと突破口を維持し続けられないだろう。
まずは伝令を送って歩兵部隊だけでも先に戻らせるべきだ。
そうしないと退却してくる騎兵部隊の邪魔になるだけでなく、踏み潰されかねない。
己の顔が歪むのを自覚しつつ、五百人長は更に苦虫を噛み潰したような顔になる。
突撃していくアレクの左翼部隊は雁行しているだけでなく、全体として更に左に寄っていくのが判ったからだ。
あのままでは敵の右翼部隊への突入ではなく、その外側に向かって突撃をしているようなものだ。
――臆病風に吹かれたか……王族とは言え、これではな。
本陣に、アレクの部隊から送られたらしい伝令の騎馬が到着した。
丁度いいので怒鳴りつけた上であいつに歩兵部隊を下がらせるように命じよう。
「伝令! でんれーい!」
伝令は本陣の脇で馬から飛び降りると大声を上げながら走ってきた。
よく見るとダンテス五百人長が若かりし頃から白鳳騎士団の正騎士にあったベテランの騎兵だ。
――あいつがいたのにあの無様な陣形か?
五百人長が知るベテラン騎兵は、隊長の指揮が多少まずくても、それを補ってきちんとした指示に直せるだけの機転と能力、知見を持ち、それ故に他の騎士からの人望も厚い男だった。
――人は衰えるものだな。
少し悲しい気持ちになりながらも、どやしつけて正気に戻してやろうとした。
「これより轟音が響きます! その後すぐに敵右翼は乱れ、それを補おうと敵は予備部隊を右翼方面へ振り向けるでしょう! 本隊と右翼部隊はタイミングを過たず吶喊し、一気に突き崩しを願います! 伝令、終わり!」
五百人長が声を上げる間もなく騎兵は大声で伝令した。
その内容の異様さを問おうとした時、それは起こった。
・・・・・・・・・
最左翼最先陣を駆けるミュール。
こちらの突撃隊形が普通ではないため、敵右翼部隊は盾兵を右側に集めるだけで手一杯だったようだ。
右手の火縄銃の銃口を下げ始める。
馬上での取り扱いも猛訓練を積んできただけあって、なかなかにサマになっている。
敵部隊まで五〇mを切った。
敵部隊では盾が並べられ、その隙間から槍が突き出され始めている。
このままではミュールが到着する頃には防御陣形は完成してしまうだろう。
――ひひ……怖ぇ。でも、一度は先陣を切らねぇとな……!
部下の尊敬を集め、今後も何かとやりやすくするためには、一番危険とされている先陣を切るのが最高だ。
どうせやらねばならぬのであれば最初の一回目。
敵部隊まで三〇mを切った。
敵の右翼部隊の後方から矢が放たれる。
クロスボウも混じっているようで、ひゅんと風を切って顔の側を飛んでいく。
飛んできた矢が左肩を防護する肩当てにカツッと弾かれる。
――確かにそうそう当たらんもんだな。
ミュールは更に恐怖を感じたが、同時に落ち着きも取り戻していた。
弓兵やクロスボウ兵の放つ攻撃はそうそう当たるものでもないが、真正面から一直線に迫ってくる相手には数%程度とそこそこの命中率を叩き出す。
だが、今のミュールは敵よりも更に外側に膨れている。
つまり敵から見て斜め右の方へと動いているのだ。
弓は、左手で保持し、右手で番えた矢を引く。
その姿勢から、左方へと移動する目標よりも右方へと移動する目標の方が狙いを付けにくい。
只でさえ低い命中率は更に低くなっているだろう。
敵部隊まで二〇m。
大きく揺れる馬上で、ミュールは更に銃口を下げ、水平に近くした。
この戦術を実現するために猛訓練を重ね、鞍上の上下動に合わせて、右手一本で銃を揺らさないように保持し続けているのだ。
火縄銃を保持する右手を慎重に動かしながら引き金に指を掛け、腰だめにする。
敵部隊まで一〇m。
銃身長の長い火縄銃であるため、この距離ならしっかりと狙いをつけずとも、たとえ素人でもまず外すことはない。
最後、僅かに銃口を下げ、右前方に並ぶ盾の一つに向かって引き金を引いた。
火縄鋏みが落ちる寸前、引き金と連動した火蓋が開き、点火薬が収められた火皿があらわになる。
同時に火皿と発射薬を繋ぐ火道を塞いでいたシャッターも開き、点火薬と発射薬を遮るものはなくなった。
ここがデーバスの転生者達が開発した火縄銃と、地球で作られてきた火縄銃の最大の違いであった。
火縄式と燧発式の中間のような銃である。
多少の重量増加と構造の複雑化には目をつむり、ちょっとやそっとの振動では火皿から点火薬が溢れないような構造にしてあったのだ。
ドン!
乾いた炸裂音と共に球体をした鉛の弾丸が発射された。
ほぼ同時に盾の表面に小さな孔を穿ってカンビットの大盾を貫通した鉛玉は、盾兵の胸に命中した。
ドン! バン! ドン! ドバババババン!!
銃口からは派手に白煙が上がるが、ある程度高速に移動しているためかすぐに散った。
幾つかの銃声が連続して鳴り響いた頃には、ミュールの火縄銃は馬の右側面につけられていた大型の剣の鞘のような容れ物に突っ込まれており、左側面の槍受けから槍が取り外されていた。
一連の動作を流れるように終え、ミュールは敵部隊の側面を走り抜ける。
――ちっ、やっぱ銃は右じゃなくて左に収めたほうがいいよな……。
忙しく手を動かして槍を構えた後、ミュールは改めてそう思った。
この、馬の右側面に射撃後の火縄銃を収め、左側面に槍、というのは訓練中に編み出されたものだ。
一分もない時間とは言え、揺れる馬上、右手一本で重い火縄銃を保持し続けた手を少しでも早く休めたいとの要望に沿っている。
転生者であり、他の人達と多少でも筋力の発達の仕方が有利なミュールやアレクのような転生者にはあまり気にならない事だったが、実際にやってみるとオースの人達には槍の構えを少し遅らせても結果的にこちらの方が取り回しの不備も目立たなくなったのだ。
敵の側面を駆け抜けたミュールはちらりと後ろに目をやった。
部下達は訓練通りの動きで鉄砲から槍へと得物を持ち替え、密集陣形へと移行している。
敵陣が大混乱に陥っていることも判る。
・・・・・・・・・
派手な発射音が連続して戦場に鳴り響く。
「なんだ、あの音は!?」
「すげー煙だな」
「魔術か?」
「馬鹿な、あんなに連続してか!?」
双方の陣から恐怖感を伴った声が上がる。
しかし、今まさに襲撃を受けているカンビットの右翼部隊はそれどころではない。
轟音が鳴り響くたびに隣の戦友が、重装甲を纏う心強い騎士が、絶叫の尾を引きながら倒れていくのだ。
パニックを起こして持ち場を離れようとする者まで出る始末だった。
最初の突撃でアレクの部隊は一〇二丁の火縄銃を使用し、八八発が発射された。
そのうちの一九発が同じ目標に放たれ、命中弾は六三発、倒した敵兵は盾兵が二八、槍兵が一五、騎兵が一二であった。
途轍もない命中率である。
一五〇名ほどで構成されていたカンビットの右翼部隊は一瞬にして四割近い兵士や騎士を失っただけでなく、生き残った兵士達に深い恐怖感を植え付けられ、あっという間に無力化された。
「ま、回り込まれたぞ!」
「後ろだ!」
呆然としながらも右翼部隊の指揮官が部下達が上げる声で正気を取り戻す。
「陣形再編! 盾兵を後方に集めろ!」
だが、その命に反応する者は少ない。
そうしている間に、アレクの騎兵部隊は密集隊形を整え、今度こそ槍を構えての再突撃を図ろうとしている。
そんな中。
アレクの騎兵隊に遅れて駆け出していた歩兵部隊は足を止めた。
まだカンビットの部隊まで一〇〇mはある。
歩兵達は膝立ちになると銃を構えた。
「撃てっ!」
左右に大きく広がっていた歩兵部隊の中央辺りから部隊長らしき者が号令を掛けた。
今度こそ遠距離からの狙撃である。
ひときわ派手な兜飾りを付けていたカンビットの指揮官は装甲の薄い背中側から五発の命中弾を受け、落馬した。
狙撃を終えた歩兵達が指揮官の側へと駆け寄ってくる。
同時に指揮官と共にいたレーンが敵本隊へと右手を突き出し精神集中を始めた。
・・・・・・・・・
「アレキサンダー王子。今日の戦、あれは魔術だったのですか?」
戦闘が終わり、帰陣したアレクにダンテス五百人長が尋ねた。
その態度は部下に対するものにしては少し遜ったものに思える。
「……まぁ、そのようなもの……そうだな……魔道具ではないのだが、それに近いものだとでも思えばいい」
軍での階級は五百人長であるダンテス伯爵より百人長であるアレクの方が低いが、政治的な立場や宮廷内では王族であるアレクの方が上であるため、この言葉遣いは然程おかしくはない。
だが、今までアレクは丁寧に喋っていたために、違和感はある。
静かに話す語り口からは増長している訳ではない事が窺われる。
その割には、ダンテス五百人長を始め、周囲の諸将の誰もがアレクに対して遜った姿勢を見せている。
それもそうであろう。
今回の東部戦線における戦は久々の大勝利であった。
今まで全く勝ったことが無かった訳ではないが、双方一〇〇〇人規模の戦闘において、半数以上を殺し、捕虜も二〇〇近い数を得たのに対し、こちらの損害は死亡が僅かに一〇名余りという、完全無欠とも言える大勝利なのだ。
そして最大の功労者は、誰がなんと言おうと、左翼部隊を率いていたアレキサンダー王子である。
そういったこともあって、周囲の諸将は王族として自然と振る舞っているように思えた。
ダンテス伯爵を始め、諸将の中には「あのような魔道具を使うのであれば最初からそうと伝えて欲しかった」と思う向きもあったが、「そうしたらそなたらは私を当てにするだろう? 僅かな陣形の乱れからこちらの意図を読まれる可能性を少しでも減らしたかったのだ」と言われ、何も言い返せなかった。
今回の戦で諸将が行ったことは怯え萎縮している敵兵を撫で斬りにしただけで、とても誇れるものではなかったし、戦果自体も王子の部隊が圧倒的だったのだから無理もない。
戦争は、どんなやり方、どんな指揮だろうが勝った者だけが正しいのである。
「私と宮廷魔導師が参戦したからには、一年……は言い過ぎかも知れんか。だが、二年以内には戦線をカリードまで押し戻す。そなたらは我が手足となれ。父祖の地を取り戻すのだ」
諸将達は一斉にアレクの前に跪いた。




