第二百六話 疑惑
7450年5月11日
朝七時過ぎ。
昨日間引きを行った地点より一〇㎞程東。
ダモン村とバーリ村のほぼ中間地点。
今日も朝食を終えた直後から間引きを行った。
今日は屠竜の効果範囲のうち、南側の半分近くがダート平原に重なっているので、釣り出されたモンスターの数は昨日よりも大分多く、恐らくは倍、いや、三倍近くもいたと思う。
当然ながら今回は全員に戦って貰っている。
また、実際の戦争などを想定して脳内レーダーを見ないようにするため、屠竜については最初に来る空を飛ぶモンスターだけ殲滅したあとでズールーに持たせた。
陣地もわざと所々に幅一〇m程度の隙間を開けたドーナツ状の土塁を築いただけにしたんだが、押し寄せてくる大量の敵を捌きながら陣地を防衛する指揮訓練にはもってこいだね、これ。
怪我人も僅かに七人のみと、一人の犠牲者も出さずに済ませたのは上出来と言えるだろうが、反省点もある。
俺の交代指示がもう少し早ければ、怪我人の数はもうちょっと少なく抑えられた筈だ。
とは言え、高い場所から見渡しながら指揮を執っていた訳でもなく、南側に三つ、それ以外の三方に一つづつの合計六つの隙間で行われていた戦闘を同時に見ながらだったので、ある意味集団戦闘指揮の初陣としては、まぁ合格と言ってもいいかな?
しかし、スタッグライノってやっぱ強ぇな。
冷静に考えると戦死者を出さなかったのは奇跡に近いと思う。
体がでかく、姿形もゴブリンやオークなんかとは似ても似つかないから目立つし、注目しやすいのが幸いだが、これが本物の戦場で敵にラルファみたいな奴が一人でも紛れてたとかだと厄介だな。
場合によってはかなりの戦死者を出してしまうだろう。
怪我をした者たちには「痛い思いをさせてすまん」と心の中で謝罪しながら治癒魔術を大盛りで掛けてやったので勘弁して欲しい。
「よし。全員、死体を始末して魔石を採れ。今回の制限時間は昨日より多いし……日没までだ。行け!」
日没までたっぷり一〇時間。
一三〇人で千匹弱だから一人頭七匹強。
大物モンスターはたったの一匹だけだったし、余裕は充分にある。
夕食の際に今回の間引きでの功労者の表彰を行った。
功一等には考課における高得点とスタッグライノの魔石(魔道具屋への売価で約八〇万Z)が贈られる。
二等がオークの魔石一〇個(魔道具屋への売価で一個約三万Z)で以下六等まで褒賞の魔石が一個づつ減るが、最低の六等でも五個は貰えるので結構な実入りになるだろう。
惜しくも功労者に名を連ねる事が出来なかったその他の全員にはノールの魔石(魔道具屋への売価で一個約一万四千Z)を一個づつ与えることにした。
因みに、功一等は旧煉獄の炎のリーダーだったヘッグス・ホワイトフレイムだ。
彼は突如突っ込んできたスタッグライノに対して落ち着いて周囲の連中に指示を出し、予め陣形を変更させつつも、自らカイトシールドとショートソードの歩兵用の標準装備のみで相対し続けたのだ。
やはり長年に亘って一流パーティーでリーダーを張り続けていただけはある。
彼の働きによって、俺は慌てることなく他の口に対しての指揮を続ける事が出来たのだ。
一点だけ言わせて貰えるならば、スタッグライノが近づいて来たのが見えていたならそれを俺に伝えるくらいして欲しかった、という事くらいかねぇ。
何しろ、気がついた時には土塁に開けた口からスタッグライノが突っ込んで来ていたんだから。
尤も、彼の周囲に居た旧煉獄の炎の連中の実力についてよく知っており、一々俺に報告しなくても大丈夫、という確信があったからなんだろうけど。
なお、グィネとラルファはそれぞれ東と西に開けた口を担当させ続け、持ち場の交代はさせなかったのでそれ程多くのモンスターを倒してはいなかったが、それでもそれぞれ功五等と六等だった。
いや、わざとそうしたんじゃないぞ?
交代させようとしたタイミングで他の口で怪我人が出てしまったり、苦戦したりして彼女たちだけ移動させる機会を逸していたからだ。
ま、運が悪かったな。
そうしてこの日はここでまた野営をして、翌朝早くにべグリッツへの帰途についた。
・・・・・・・・・
王都ロンベルティアのある宿。
そこそこに上等な一室からは赤ん坊の泣き声が漏れている。
その部屋には一組の親子が住んでいた。
「んべろべろばぁ~」
先日誕生したばかりの我が子をサージがあやす。
「あぁ~!」
だが、赤ん坊は大声で泣いたままだ。
「もういいから、そろそろご飯買ってきてよ」
赤ん坊を抱いたまま、キャシーがサージに言う。
二週間前に出産して以来、キャシーの意識はほぼ全てが赤ん坊に注がれ、その分サージに対してはまるで蚊帳の外であるかのように冷たくなっていた。
「ああ……何食いたい?」
名残惜しそうに立ち上がりながらサージは妻に尋ねた。
「何でもいいから、早く行ってきて。お腹空いた」
僅かに苛ついたような声を背に、サージは部屋を出た。
「ふ。私が食べたいものを当ててごらんなさいよ、ってか?」
そう零しながらもサージの顔は緩んでいる。
「任せとけ、うんと精のつくものを買ってきてやるさ……さて……」
サージは少し遠目だがかなり美味しいと評判の卵料理の店を思い浮かべるとそこへ足を向けた。
足の速さには自信があるのだ。
宿を出て駆け出したサージを見て、物陰で乳繰り合っていた男女が互いに目配せを送り合う。
勿論、転生者であると目星をつけた人物を監視する者達である。
「奴さん、もう日も暮れるってのにえらく急いでるな?」
「何か言いつけられたんでしょ?」
「そうか、平和だねぇ」
「女ってのは子供が生まれたらかかりきりになるもんだからね。まして最初の子なら尚更さぁ」
「そういうもんか」
「そういうもんよ」
「しっかし、あいつに何があるってんだろうな?」
「何ぁ~んもないよねぇ……ところでこれ、いつまで続けなきゃいけないの?」
「知らんよそんな事。そもそも何で見張ってなきゃいけないのかもわからんし」
「それはあれでしょ? 唯一王都に残されたグリード伯爵の従士だから……」
「それなんだけど、グリード伯爵って何かあんのか? 謀反とかさ?」
「さぁ? なんでも南方総軍を任せられたってくらいだからそのセンは薄いと思うけどねぇ。まぁ、あたいらはお頭に言われた事をやるだけよ」
「違ぇねぇが、あいつの監視、陛下の肝いりってのが引っかかるんだよな」
「まぁそうよね。何をするでもなく、目的もなくただ見てるだけってのがこんなに辛いもんだとは……」
一見すると人目を避けて逢瀬を重ねる恋人同士のような二人は、漂わせる雰囲気に反して白けたような会話を続けていた。
・・・・・・・・・
7450年5月12日
ペンライド子爵が治めるジューダンル地方の首都、カールム。
その目抜き通りから少し外れた一角にひっそりと営業する店がある。
その店の奥で一人の犬人族の男が今さっき届けられた手紙に目を通していた。
オース初の民間宗教団体である“教会”を立ち上げ、自ら大主教の地位に就いているウォーリーだ。
「ほう。……ジンの夫婦か……」
手紙は彼の作り上げた組織のトップである大悟者と呼ばれる狼人族の女性、ペギーからのものだった。
「ここに書かれているヒーロスコルという二人、どんな感じの者達だった?」
手紙から顔を上げると、ウォーリーは手紙を運んできた若者に尋ねた。
「は。二人共そこそこの冒険者という感じです……」
「冒険者ね。人格的にはどうか?」
「……えっと、その……」
「どうした?」
「いえ。それなりに力のある方々なのでしょうが……」
「ん?」
ウォーリーは若者の口調に不満が含まれていることを見逃さなかった。
そして、言い難い事なのかも知れないと考えて意識的に表情を和らげ、優しく先を促した。
「ちょっと、その……粗暴な感じもあります」
「粗暴?」
「い、いえその……申し訳ありません! 客人に対してこんな言い方をするなど失礼でした!」
「いや、気にするな。本音で言っていい」
「ですが……」
二人を客人として遇するように、と大悟者に言われていたために、若者にはまだ遠慮があるようだ。
「いいんだ。君が感じたままの素直な気持ちを教えてくれ」
「分かりました。ですがその……」
「いいと言ったろう? 同じニギワナの信徒同士、隠し事はしないでくれ」
「は。言葉遣いも田舎者丸出しで乱暴ですし、我々への態度も……威張ってばかりであまり良くないです……酒飲んでばかりですし……大悟者様が客人だと仰られる方々にこのような言い方をしても良いのかどうか非常に心苦しいのですが……」
「ふむ……」
ウォーリーは若者の言葉に頷くと暫し黙考する。
――何とも程度の良くない者達のようだ。だが、ペギーが言うなら夫婦揃って日本人であることは確かだろう……。
手紙の先に、より詳細な彼らの情報がなにか書かれていないか、という事に思い当たり、手紙に視線を落とした。
手紙には、夫の方はファルエルガーズ伯爵領で正騎士の叙任を受け、その後騎士団に嫌気が差して退団、冒険者になったとあり、女房の方は農奴として働いていたところにたまたま通りがかった夫に買われて結婚、解放されたとある。
どこまで真実かは判らないが、少なくとも正騎士の叙任を受けたという部分については信用が置けるだろう。
何しろ普通の生活を送っていたのであればステータスに残るし、結婚などで消す機会があったとしても箔が付く上に己の能力を誇示する格好の材料にもなるので敢えて残す者が多いからである。
ウォーリーが知る知識ならば正騎士の叙任を受けられるというのはそれなりに優秀な者だ。
しかし、当然のように様々な性格の者がいることも弁えている。
品行方正な人物像からは程遠い性格をした者も沢山いる。
――どちらかというとそういう人だったんだろうな……ほう、模擬戦でリライと引き分けた? なら正騎士だったというのも頷ける。魔物以外の戦力が低いのが悩みのタネだったし、正騎士なら兵の指揮も出来るだろうからこれは拾い物だったな。
手紙には夫の方は教会に僅か二名しかいないパラディン、リライ・スフェーズンと模擬戦で引き分けた程の実力だと書かれていた。
なお、妻の方はそこまでではないが、それでもたった二人で冒険者をやっていただけあってかなりの実力を備えているそうで、リライ以外には彼女を圧倒できる者はいないだろうとある。
この手紙を書いた教祖であるペギーも、ウォーリーと同様に元は貴族家の出であるため、成人する大分前から白兵戦について稽古を受けていた。
得意とまでは言えないが事実刀槍についてはそれなりに振るうことが出来る。
オーク程度なら一対一で勝利することも可能なのだ。
そんな彼女なら白兵戦についての実力を見誤る事はないであろう。
――今俺達が抱える最高戦力はリライだ。同じパラディンとはいえ、イリーナは少し落ちるからな。それが更に一人増えるってのは嬉しいじゃないか。しかも俺達と同じ元日本人と来てるとは。脳筋バカのリライや頭のネジが緩いとこがあるイリーナなんかよりは最終的にずっと頼りになりそうだ。
ウォーリーはニンマリと笑みを浮かべながら先を読み進む。
――それに、教義より組織、ナックスに興味がありそうだが、自分ではやろうとしない、か。日本人ならある意味当然だろうが……人格面は……やはり多少問題を抱えていそうだな。以前は何をしていた人なんだろう?
頭を捻るが当然何も思い浮かばない。
――ま、そっちはいい。そのうち話す機会もあるだろうし、死ぬ前に何をしていようが何十年も前の話だしな。何にしても来てからまだ大した時間も経っていないし……。
客分となった夫婦についての記載はそこで終わっていたので、ウォーリーは夫婦について考えるのをやめた。
だが、手紙にはまだもう少し何か書かれている。
続きに目を通すその表情は無表情に戻った。
が、だんだんと深刻そうなそれに変わっていく。
それに気がついたのはウォーリーの傍に控えていたもう一人のパラディン、精人族のイリーナである。
「大主教様、何かまずい事でも?」
イリーナが尋ねた。
「いや……デーバスの間者組織の摘発だって? イリーナ。ここにはデーバス王国の間者組織がサミッシュのどこかにあるらしいと書かれている。何か知っているか?」
数年前までリライと一緒にヨーライズ子爵騎士団に所属していたイリーナなら何か知っているかもしれない。
そう思ってウォーリーは尋ねた。
「私もあまり詳しくはありませんが、デーバスの間者は大抵の場合、管理者のような者を介して連絡を取ると聞いたことがあります。事実、何年か前に隣のジンダル地方で摘発された時は管理者だけでなく間者やそれと連絡を取っていた者も一網打尽で捕まって殺されたと……サミッシュにも似たような集団がいてもおかしくはありませんが、私は聞いたことがございません。ですが、リライなら何か知っているかもしれません。彼は元々王国第三騎士団から引き抜かれた者ですので」
ロンベルト王国の常設軍の一つである第三騎士団は天領内の治安を司る警察機構的な面も担っている。
リライ・スフェーズンという男はそこでかなり優秀だとの評価を受けていた。
犯罪者の検挙などで天性とも言える勘が良く働き、荒事にも対応可能な白兵戦技もあったため、野盗と化した逃散民などを退治し、捕らえたりする事に長けていたのだ。
そういった者達が溶け込むような街の犯罪組織などについても知悉している。
因みに座右の銘は「考えるな、感じろ」という文句である。
集中し、研ぎ澄まされ続けて疲労した感覚を癒やしてくれる(と思い込んでいる)ため、ナックスやバックスは彼にとって欠くことのできない神のお恵みなのだ。
「そうか。そう言えばリライは警察方面だったと聞いたな。奴が不審に思わないのであれば……」
ウォーリーは表情を和らげて言う。
が、何か引っかかるような違和感は拭えない。
――デーバスの間者組織ねぇ……その摘発のタイミングで元日本人の夫婦が現れた。これは偶然なんだろうか? ま、今の所我々ニギワナ教はヨーライズ子爵家と良好な関係だし、考え過ぎか? だけど、なんだろうなこれ。何かヤバイ気がする。
再び深刻そうな顔をしたウォーリーにイリーナは不審げな視線を送った。
――そもそもデーバスの間者組織なんて情報はどこから出てきた? 誰が言い出したんだ?
眉間にシワを寄せて考えるが答えは出ない。
「……ご苦労だったな。今夜はこれで美味い物でも食ってゆっくりと休んでくれ。それから、明日の朝までには返事を書いておくから持って帰ってくれないか?」
手紙を携えてきた若者の労をねぎらうと新たな指示を出して部屋から追い出した。
そして、イリーナと二人、何事か相談を始めた。




