第二百話 蔓延
7450年4月20日
「また逃げられたのか!?」
椅子から立ち上がったクローが大声で部下を叱責した。
昨日からゾンディールの木こり達が寝泊まりしている山小屋に陣を張り、麻薬を齎しているというオークを捕獲するために若手の騎士や従士達を四人一組であちこちに向かわせたものの、まだ一匹も捕獲に成功していないのだ。
因みにオークの姿を認めた上で取り逃がしたというのは今回の報告で二回目である。
対魔物との戦闘において、リーグル伯爵騎士団は他の郷士騎士団と比べれば慣れている方だ。
オークとの戦闘も今までに数多く経験している。
しかしながら、数匹のオーク程度を昨日から連続で取り逃すという失態を続けていたのだからクローの叱責も無理は無いと言える。
何しろ領主であり、上司であり、そして大恩ある友人でもある騎士団長からは「三日やるから少なくとも二~三匹は捕まえてこい」と命じられており、クローもそれだけ時間があればかなりの余裕があると考えていたのだ。
――いや、まだ二回目だし……短気は損気だ。って、麻薬が絡んでるんだし、そんな事言ってる場合じゃなかった。
「逃げられた時の位置と状況を説明しろ」
部下から説明を受けたクローは冷静に部下たちの欠点を指摘し、改善の指導をする。
クローとしては自分一人で捕まえに行っていたのであればとっくに終わっている、と思わんでもない。
――まだだ。まだ午前中だし時間はある。今日中にカタを付ければいいだけだ。
焦りに似た感情が湧いてくるのを自覚しつつ、それでも部下達へ丁寧な説明を心がける。
これは己の部隊指揮にとっても良い訓練であると思い至ったからだ。
そうでなければオークを捕獲する如きの任務にアルが三日もくれる筈はないのだ。
「目的はいつもの間引きや追い払いじゃない。そこをよく考えろ。三〇mも前からバカ正直に突っ込むなよ……」
「クロスボウは一匹も捕らえられずに逃した時の手段だ。外したら矢が勿体無いし、攻撃を掛けられた、って逃げられちゃうだろ?」
そして、部下同士にも話し合いをさせ、自分達の問題点などを自覚させるべく誘導する。
「そうだ。予め相手の隊形については何パターンか予測しておけ」
「それぞれがどいつを目標にするのか、相手を見つけてから話し合う必要なんか無いように予め決めておくんだ」
「気づかれる前に撃って、尚且つ殺さずに足に当てられる自信があるなら魔術での攻撃もいい。どんどん使って構わないぞ」
――アルも俺達の事、こんなふうに思っていたんだろうな……。
「無理をして殲滅させる必要はないんだ。数匹ぶん殴って倒せばあとは逃したって……」
「予測以外の隊形の場合は回り込んで予測に近い隊形になるように調節しろ」
「鎧は音を立てやすいから、可動部分は全部紐か何かで体に縛り付けるのは常識だ」
そして部下達を送り出す。
ほとんど入れ替わりに別の班が戻ってきた。
彼らもオークを見かけたものの、接近する途中で逃げられたという。
――あーもー、オークなんてシャッと行ってビッと近づいてスパンとやれば簡単に……。
戦利品のナックスが詰まった袋を前に、ぐっと奥歯を噛み締めたクローは再び部下達への指導を始めた。
その甲斐があったのか、夕方には重傷を負ったオークが一匹に軽傷のオークを一匹、合計二匹のオークを捕えることに成功した。
・・・・・・・・・
7450年4月21日
夕方遅くにクローが二匹のオークを捕まえて戻ってきた。
今にも死にそうな重傷な奴とまだまだ元気が残っていそうな軽傷だけの奴だ。
手近な方の軽傷を早速鑑定してみる。
「ブゴッ……! ギッ!」
猿轡を噛まされているにもかかわらず、喉の奥から絞り出すように威嚇でもするような声が漏れ聞こえた。
よく観察するようにゆっくりと周囲を回りながら光る目を使う。
【状態:刺傷】
ふむ。
縛り上げられて反抗的な感じなのは当然として、不潔で汚く酷い臭いがするごく普通のオークだ。
そう言えばバルドゥックのオークは、たまにあんまり汚くなくて臭くもない奴がいた。
復活してからそう時間が経っていない奴だったんだろうなぁ。
どうでもいいわ。
「こいつはナックスを持っていたか?」
「いえ、特に変わったものはございませんでした」
こいつを捕らえたという従士が進み出てきて答えた。
「そうか。ならば用はない。殺しておけ」
もう一匹の重傷を負っているオークを鑑定する。
息も絶え絶えであり、最低限の止血だけしかされていないらしく失血死寸前だ。
鑑定などするまでもない。
が、目的はそれじゃないから鑑定しなきゃね。
【状態:刺傷・創傷・精神障害】
ふーむ。
まさかとは思っていたが、オークはかなりの長期に亘ってナックスやバックスを吸引していたということだ。
あの時のオークも鑑定したかどうか覚えていないけど、やはりミヅチが言った通り吸っていたと見てまず間違いないだろう。
痛み止めの為に携帯していたという可能性は極小になった。
ま、確認は必要だ。
「おい、それをよこせ」
オークが置いて逃げたというナックスの入った袋を広げ、中からタバコの葉を少し取り出した。
すると、目の前のヤク中オークが目を見開いて身じろぎをしたのは当然として、さっきの軽傷オークまで興奮し始めたではないか!
この二匹のオークが麻薬を知っていることは確実だ。
フゴフゴ言っている豚どもを見下ろしながら、少し考える。
こいつらが喋れればいいのにな。
昔、バルドゥックにいた頃、休みの日には一人で迷宮に潜ることは良くしていた。
暇にあかせて、オークとかホブゴブリンを捕まえて奴らの喋る言葉を学ぼうとしたこともあるし、アホみたいにラグダリオス語や英語、日本語で話しかけてみたこともある。
でも、オークは馬鹿だからラグダリオス語のような高度な言語を理解出来……?
ん?
んん?
じゃあどうやって手に入れたの?
以前考えたこともあるが、盗んだのか?
今回手に入れたナックスもでかいコンビニ袋くらいは充分にある。
それが二袋も手に入っているのだ。
こんな大量に?
まさか、な?
「おい、こっちのやつの猿轡を……」
従士にヤク中オークの猿轡を外させようと思った時。
「ガッ!!」
息も絶え絶えだった筈のヤク中オークが手足を縛った縄を引き千切って跳ね起きた!
この死にかけのどこにそんな力が?
と思う間もなく俺の、正確には俺が手にするナックスを目指して突進してきたのだ。
「チッ!」
咄嗟に剣を抜いて切りかかったクローと、盾の魔術を使って「殺すな!」と命じた俺のどちらが早かっただろうか。
どちらにしてもクローはヤク中オークの首を切り落としてしまった。
なお、もう一匹残された軽傷オークの方はなだめすかしたり、果てはナックスを吸わせてみたりして手を尽くしたが俺の解る言葉は何一つ喋らなかった。
当然、騎士団の皆には変人を見るような目で見られてしまったが、唯一人俺の意図に気付いたクローだけが申し訳無さそうな顔で馬鹿みたいな事に熱中する俺の傍に立って用心していてくれた。
アホみたいだがそう簡単に諦められる訳はない。
暫くはこいつを飼ってみてもいいだろう。
それと、クローにはもう二、三匹ナックスを持ったオークを攫って来いと命じるのは忘れなかった。
・・・・・・・・・
7450年4月25日
マールが帰ってきた。
報告によると、遂にヒーロスコルたちと連絡が取れるようになったという。
バルザス村の外れにある水車小屋の外壁にある穴に手紙を隠してのやり取りが可能になったらしい。
因みに、ヒーロスコルたちは今の所客分として扱われているという。
俺としてはそんな細かい事はどうでもいいので、何か判ったことがあればさっさと言えと命じる他はない。
手紙の隠し場所や時間を決めるのにもかなりの苦労があったらしいマールは、苦労話を語りたそうな顔をしたが、すぐに判明している内容について報告を始める。
「バルザス村を治めているのはランバーという名の士爵家ですが、この領主一家はマヤクの製造には関与していないようです。実際に製造させているのはキョウカイという組織です」
「キョウカイ?」
「はい。ヒーロスコルさんもノブフォムさんもキョウカイと言っています」
キョウカイ? ああ、教会か。
大地母神を祀る宗教団体だというから、勝手にニギワナ教団と名付けていた。
「そのトップはマーガレット・ジーベックスという名の狼人族の女性で、ダイゴシャという地位だそうです」
また知らん言葉が出てきた。
ダイゴシャとは何ぞや?
日本語なんだろうが、第五者ってことはないだろうし……。
もう滅多に日本語で考えることも減ったし、まぁいい。
「そして、その人はご主人様などと同じテンセイシャであることは確実だと……」
やはりそうか。
「それから、最高幹部にヘイムダルという人がいて、ダイシュキョウという地位についているそうですが、今はどこかに出掛けているらしく会えていないそうです」
これは解る。大主教だろうな。
……とすると、ダイゴシャってのは大悟者か?
仏教の言葉を使うとはお天道さまでも……ナンマイダーか。
「そのヘイムダルってのは『転生者』なのか?」
「す、すみません。わかりません」
「次に連絡が取れる機会で構わないから、『大悟者』以外に転生者がいるのかどうか確認しろ」
「はい。それから、スフェーズンという獅人族の男がホーリー・キャヴェール・ダンガーという役職にいて、キョウカイの戦力を統括しているそうです」
ふん。
ホーリー・キャヴェール・ダンガーね。
ホーリーが英語。キャヴェールが英語が変形したラグダリオス語。ダンが日本語でガーが純粋なラグダリオス語。
まんまの意味で直訳すれば聖騎兵集団長というところか……。
……聖なる騎士ねぇ。
多言語ごちゃまぜのラグダリオス語とはいえ、いよいよ胡散臭い名だ。
「まさかパラディン?」
今まで黙っていたミヅチが言った。
パラディンってのは聞いたことがある言葉だな。
「よくご存知ですね。そのスフェーズンという男と、もう一人、ダイシュキョウに同行しているという女性にパラディンという称号がつけられているそうです。どういう意味でしょう?」
「パラディンってのは、本来は高位の騎士という意味なんだけど、この場合は多分、神に仕えるとかいう感じの聖なる騎士という意味でしょうね」
へぇ。
まぁいいや。
「それで、『教会』の戦力はどの程度なんだ?」
「そこはまだ調査中とのことですが、少なく見積もっても二〇名以上はいるようで、場合によっては優に五〇を超えるかもと……」
は?
数に開きがありすぎんだろ……って、五〇!?
「冗談だろ? バルザス村って一〇〇〇人もいないんだろ? いくら何でもその数は……」
多すぎるなんてもんじゃない!
「その、村の外にも戦力があるようで……」
「やはり、他にも拠点があるってことか」
ちっ、のんびりしてられないか? これは。
「どうもそのようです。ヒーロスコルさん達が確認できただけで他に最低でも二つの拠点が判明しているようです。ですが……」
「?」
「……なんか変なんですよ」
「何が?」
「いえ、一つの拠点名は“ダンゾーバ”で、もう一つは“ダンギーグ”というらしいのですが、近辺にそんな名の村はありません。それっぽいというか、それに近いような名の村や地名も、調べた限りではありませんでした」
「……暗号なのかも知れんな」
そう答えながらミヅチの方を見る。
「そうね。両方共“ダン”という発音が共通しているから何らかの符丁の可能性があるわ」
ミヅチも少し難しい顔をしながら言った。
「ええ。ヒーロスコルさん達もそう考えたようで、もっと詳しい調査が必要みたいなことを……」
「そうだな。金は足りているのか?」
「はい。今の所不足はないようです」
「ならいい。こっちもまだ越境する訳にはいかんから、『教団』の戦力と配置、組織。それから『麻薬』の生産量や『教団』の上層部は『麻薬』であることを把握しているかどうかの確認を急がせてくれ」
「はい。それについてはヒーロスコルさんも同じお考えのようで、できるだけ急いで調査するとのことです」
教会とやらは俺が思っていた以上に大きな組織のようだ。
が、まだなんとも言えん。
ヒーロスコルたちは潜入してからまだ一月も経っていないし、怪しまれないように調査するというのはかなり大変で、時間がかかるのが常だ。
まだ国王から返事も来ていないから、もう暫くは調査を続けて情報を集めないとな。
・・・・・・・・・
7450年4月27日
国王から返事が来た。
距離と用件を考えれば、返事までに約一ヶ月という時間は妥当なところだろう。
内容は非常に簡潔だ。
「南方総軍司令官たる責任において、デーバスの間者組織を可及的速やかに粉砕しろ」
うん。
これを待っていた。
文字からは非常に面倒臭そうな雰囲気が漂ってきているが、重要さを鑑みればそれも当然だと思う。
国王としてはヨーライズ子爵領というど田舎にあるデーバスの間者組織などという、殆どどうでもいい物はお前の方で勝手に掃除しろと言う以外の選択肢はないだろう。
現在、王国南部に駐屯する王国軍は、国境線に並ぶ領土にいる部隊は全て俺の指揮下にある。
国境線に並ぶ四つの領土以外に駐屯する部隊も、南方軍への補給を担う部隊である第四騎士団は間接的に俺の指揮下にあるとも言える。
最終的に俺の兵力となるのは国土の防衛や侵攻を担う国境線に並ぶ四つの領土に駐屯する部隊だけだが、南方総軍が管轄するのは文字通り国の南方全域なのだ。
そこには当然各領土にある郷士騎士団も含まれる。
デーバスが侵攻してきた場合の防衛戦などで必要があれば、それら郷士騎士団も俺の指揮下に入る。
ふふん。
これで正規部隊をヨーライズ子爵領に移動させるお墨付きは得た。
とは言え、軍を移動させる前にヨーライズ子爵には会いに行くべきだ。
クドムナ村に駐屯している第四騎士団の中隊長を呼ばないと。
・・・・・・・・・
7450年4月28日
ペンライド子爵が治めるジューダンル地方の首都、カールム。
その目抜き通りから少し外れた一角にひっそりと営業する店があった。
店には小さな看板があまり目立つことなく掲げられている。
看板には文字は書かれておらず、タバコの葉と大地母神を意匠化した絵が描かれているだけだ。
「開店から一週間。誰も客が来ませんね」
立派な体格をした虎人族の男がぼそりと口にした。
彼の横、入り口にあるカウンターに座った犬人族の男が余裕のある笑みを浮かべて「宣伝していないからな。仕方がないだろう」と答える。
この店は彼らにとって大切な実験とデータ収集の為に開いているので、開店当初は客に恵まれないことは想定済みである。
それにしても一週間も経つのに誰一人客が来ないというのは流石に気が抜けてくるのであろう。
勿論、店を覗きに来るものはそれなりにいる。
だが、店が提供するサービスについて、料金を支払おうとする者はいないというだけの話だ。
「客が来ない期間を調べるのも大切なのだ。お前は笑みを絶やさずに立っていればいい」
「はっ、大主教猊下」
彼らがそんな話をしていると、従者のような者を連れた男が店の前を通りかかった。
「やあ、こんにちは」
ちらりと店の看板を目に止めた男は、興味を惹かれたのか戸口をくぐって挨拶した。
新しく出来たばかりの店なので、ここまではそう珍しくない。
「ようこそおいで下さいました」
カウンターに座っていたドッグワーが丁寧に答える。
「ちょいと邪魔するが、この店は何を扱っていなさるんだね?」
店の前に従者を待たせたまま、客はドッグワーに尋ねた。
「正確には店ではございません。こちらではニギワナのお恵みをお分けさせて頂いております」
ドッグワーは丁寧な姿勢を崩さずに答える。
「ほう? ニギワナのお恵み……麦ですか? 大麦であれば丁度不足……」
「いえ、麦ではございません」
「ふむ。確かに在庫をお持ちのようには見えませんな。では一体……?」
どうやら客の職業は麦を扱う商人のようである。
側仕えのように従者を連れていたところから類推するに、それなりの地位にあるのだろう。
「ナックスというものです。お使いになられればお分かりいただけると存じますが、ニギワナを、神を身近に感じることが出来るようになるものです」
「ほう? それはそれは……興味がありますな。して、お足の方は如何ほどですかな?」
麦を扱うだけあって、商人の一部には商いの神であるコノシロや市場の神であるオグーナよりも豊穣や大地を司るニギワナに重きをおく者も珍しくない。
「商品を販売する店ではありませんので代金はございません。喜捨として扱わさせていただいております。三〇〇〇Zになります」
ドッグワーの答えに客は目を剥いた。
が、ニギワナへの直接の喜捨も含まれている料金だと聞かされ、木を十字に組み合わせた御印に触れ、ステータスまで検めさせて貰ったことで詐欺の類などではないと判断したようだ。
「神を祀る社とは違うのですか?」
神社ならば王都にあるような特定の神を祀った大きなものもあるが、別にどの神に祈っても良いとされている。
「はい。一般の神を祀る社とは異なります。我らはニギワナにのみ仕える者共ですので。その分、ニギワナのお恵みを頂戴出来るようです」
「ふぅむ。些かあれだが、物は試しか。一度お願いしてみようか。時間はどのくらい掛かるんだね?」
「一〇数分もあれば。ですが、慣れないうちはもう暫くこちらにご滞在頂くほうが宜しいかと……」
「ほう。では頼むよ……一、二、三〇〇〇Zだ」
「はい、ありがとうございます。では、こちらに……」
客の従者は店の前でかなり長い間待つことになった。
暫く後に客は店から出てきたが、どこかふらついていた。
しかし表情は緩んでおり、満足そうな雰囲気がある。
「こ、これは確かにニギワナのお恵みであった。う~ん……これは確かに……」
ふらつく体を従者に支えられ、客は去っていった。
・・・・・・・・・
7450年4月30日
「そういう訳で来月より間者組織の調査のため、軍を派遣させてもらう事になった」
ヨーライズ子爵に国王からの命令書を見せて宣言した。
「了解いたしました。我が騎士団も捜査への協力を行わせましょう」
今の所、単なる間者組織の壊滅というだけのお題目だからか、子爵は全く慌てた様子もなく受け入れてくれた。
また、当然だがヨーライズ子爵が擁する騎士団にも動員をかけると言ってくれた。
「うむ。土地鑑がある者の協力は助かる」
その後は子爵の騎士団から何人を出してくれるのかとか、俺の騎士団や王国騎士団からの派遣時期や人数など細かな部分の打ち合わせを行い、子爵の書記官に議事録の取り纏めを頼んだ。
「それから、派遣する者たちの駐屯地だが……」
「ええ。このザーラックスは領地の北の端になりますので、もう少し南の方が宜しいでしょう」
「ふむ。簡単で良いから街や村の位置がわかる地図はあるか?」
見せて貰った地図はしょうもない出来だが、一応領土内に存在する全ての街や村のだいたいの位置が記載されているらしい。
その中からバルザス村を探す。
……あった。
書かれているインクの具合からして一番新しい村のようだ。
位置はザーラックスから最短だと二〇km程度南のようで、数kmも東に向かえば俺の領地に入れるような位置だ。
「この村だな。ザーラックスや私の領地から然程離れていないから位置的に連絡も取りやすかろう。子爵、なにか意見はあるか?」
子爵の様子に変わったところはない。
まぁ、麻薬について悪いものだという認識など欠片も持っていないのだろうから当然だろう。
それどころか「例のニギワナのお恵みはバルザス村で得られるのです。騎士団の皆様にもお恵みをお知りになる良い機会かと存じます」とニコニコ顔だった。
そこにある「教会」がデーバスの間者組織なんだがな。
「では、来月一〇日前後には合計九〇名程が駐屯する。ああ、その間の食料などは全て我が領から運び込むゆえ、このバルザス村を治める者への負担はないように取り計らうことを約束する」
「ええ。あの村の者はニギワナへの信仰心の篤い者が多く、素朴な者達ばかりです。どうぞよろしくお願い申し上げます」
素朴ねぇ。
まぁ、アフガンやコロンビアの農民も素朴っちゃあ素朴なのかも知れないね。
あ、そうそう、屠竜の能力だけど、どうやら使ってからぴったり一ヶ月で回復するようだ。
騎士団を派遣する前に村一つ分くらい切り拓いておこうかとも思ったけど、教会の転生者がどういう能力を持っているかさっぱりわからない今、切り札の一つとして温存しておくべきだろうか?
ま、三回分全部を残しておく必要もないかな?
・・・・・・・・・
ダート平原にあるガルへ村。
領主の館で考え込む兎人族の女が一人。
体調が良くないと耕作地の見回りや作業の指揮を休んでいた。
「……ラルはラルで可愛そうだけど、あれじゃあ仕方ないわよ」
堂々巡りの頭の中身を整理しようと水差しからコップに水を注ぐ。
「なんとかしてあげたいのは山々だけど……」
水を飲み、再び思考の迷路に進み出す。
「国王陛下の娘とは言え……アルさんも……ミヅチ……」
ここ暫く、彼女は何度も同じ事を考え続けている。
「いえ、そうぜざるを得ないようにしたのは……人質も……」
小さな溜め息を吐いてコップをテーブルに戻す。
「ミマイル・フォーケインってあの子よね……彼女だって……」
僅かに表情を歪ませ、苛つく感情を滲ませながら左手を頬に当てる。
「どうだ? 様子は? おい、起きてて大丈夫なのか?」
体調が悪いと訴えた妻の様子を心配して、彼女の夫が様子を見に来たようだ。
「あ、トリス……ん。お陰様でだいぶマシになったわ」
考え事の邪魔をされたにも拘わらず、女は明るい表情で立ち上がり、夫を迎えた。




