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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百七十九話 重大な話

7450年3月19日


 リーグル伯爵騎士団本部内の一室。

 そこには四人の男女が残っていた。

 四人とは勿論この騎士団に属しているクロー、マリー、ラル、グィネである。


「さ。切り替えましょ」


 そう言うとマリーの表情は硬質なものに変わった。


「そうだな。従士ラルファ・ファイアフリード。立て」


 彼女の夫であるクローも表情を切り替えつつラルに命じた。


「はっ」


 ラルは短い返事をして起立した。

 こちらも既に硬質な表情で顔を塗り固めている。

 が、その目はクローもマリーも見てはいない。

 斜め上方に視線を固定させている。


「今日の貴様の態度は何だ! 貴様、一介の従士の分際でお客様の前で団長閣下に許可も得ずに退出するとは何事か!」


 クローは吠えるように怒鳴りつけた。


「はっ。申し訳ありませんでしたっ!」


 直立不動のままラルも怒鳴り返すように答える。


「罰として課業後に従士二種装備で練兵場を……五周だ!」


 クローが言い淀んだのはつい先月、練兵場が大幅に拡張された事を思い出したからだ。

 それまで大体縦横二〇〇m程度、面積にして四ha程度しかなかった騎士団の練兵場だが、現在は東の草地に広げるように縦横一km程度、面積にして一〇〇ha程にまで拡張されているのだった。


「はいっ! ご指導ありがとうございます! 従士ファイアフリードは本日の課業後に従士二種装備で練兵場を五周走ります! 退出してもよろしいでしょうか!」

「よし、下がれ!」


 クローの許可を得たラルはその場で回れ右をすると部屋を出ていった。

 部屋に居た全員がその後ろ姿を見送り扉が閉まった事を確認する。

 眉根を寄せながらもどこか柔らかい印象の表情を浮かべているグィネを見て、マリーは僅かにやりきれない気持ちになるが、意を決した。


「従士グリネール・アクダム! 貴様も安心したような顔で座ってるんじゃない!」

「は、はいっ!」


 マリーに怒鳴られ、グィネも弾かれるように立ち上がった。


「……従士ファイアフリードが飛び出した際の貴様の対応は素早かったな」

「はっ! お褒めいただきありがとうございます」


 続くマリーの言葉を聞いてグィネは内心で胸を撫で下ろした。


「だが、その兆候に気付かないというのは頂けないな? ん?」

「はっ! も、申し訳ございません!」


 怒鳴るように答えながらグィネの表情が僅かに強ばる。


「貴様も連帯責任だ。課業後に従士二種装備で練兵場を五周しろ!」

「はいっ! ご指導ありがとうございます! 従士アクダムは本日の課業後に従士二種装備で練兵場を五周走ります! 退出してもよろしいでしょうか!」

「よし、下がれ!」


 情けない顔をしたグィネも退出し、部屋にはクローとマリーだけが取り残された。

 どちらともなく二人は視線を絡ませてしまう。


「ふぅ~~っ」

「緊張したわ……」

「だよな。あの二人を怒鳴りつける日が来るなんてな……」

「全くだわ」

「でも、こればっかりはアルに言われてるし、仕方がない」

「そうね……」


 この二人に限らず騎士団の正騎士にアルは「屁理屈でも何でもいいから、従士には本来の課業以外にも出来るだけ課題を課してストレスを与えろ。但し、直接的な暴力は振るってはいけないし、与えた課題について本人がクリア出来るか出来ないかはしっかりと見極めた上で、クリア出来る課題を与えるようにしないといけない。また、不公平があったとしても一向に構わない」と言っていた。

 それに加えて「なぜこんな事するのかについてだが、勿論目的や狙いはある。それについて各自考えて当ててみろ」と言ったのである。


 提出された答えを見て、アルが知る完全な答えを提出できた者は居なかったものの、正騎士のうちの一〇名に従士達の指導役を任せた。

 その中にクローとマリーも含まれていたのであった。


「……それにしても、意外よね」

「何が?」

「あの二人に連帯責任以外の罰が与えられたのって初めてでしょ?」

「ん……そうだな。まぁ、グィネさんの方は連帯責任だったけど、言われてみれば今日までこんな事はなかったのは確かに意外だったな」

「やりづらいわね……」

「やりづらいよな……それにしても、あの二人に限らず憎まれてるんだろうなぁ」

「そりゃそうでしょうね」


 顔を見合わせて大きな溜め息を吐く二人だった。


 ……しかし、彼らの言葉から類推するに、ラルとグィネの二人は騎士団に入団後、それなりに上手くやっていたようではある。

 なお、この二人には元々フィオとの面識は無かったからか、彼の事を聞いても新たな転生者と合流したという以上の特別な感慨は無かった。




・・・・・・・・・




 べグリッツの行政府で、アルはエセルを新任の職員として紹介した。

 最初の配属先はジャバ(ハリタイド)と同じく出納部門だ。


 その後、領主執務室で、改めてミヅチと三人で話す時間を設けていた。


「……これが出納についての大体の流れ。簡単でしょ?」

「はい。これならなんとかなりそうです」


 ミヅチの言葉に頷くエセル。

 地球に当て嵌めれば一〇~一二世紀程度の地方行政だ。

 仕事自体にそう複雑な部分などありはしない。


「でも、実際には結構な手間がかかるから、そこは覚悟してね」

「わかりました」

「計算にはこれを使うといいわ。貸してあげる」

「『そ、算盤』……確かにこれがあれば少し楽になりますね」

「でしょ?」


 ミヅチは今まで自分が使っていた算盤をエセルに渡し、微笑む。

 二人の話に一区切りついたと見て、アルは咳払いをして注目を集めた。


「当面の宿についてはサミュートという庶務役に手配を頼んであるから、場所は彼に聞いてくれ。まだ一階したで残っている筈だ。緑の髪をした俺らより少し年上の普人族ヒュームの男だ」

「はい」

「あと、当座の生活費はあるか?」

「はい。ひと月程度なら全く問題はないかと……」


 バルドゥックの地下迷宮で多少は稼いでいたので、エセルもそれなりの現金は持っていたようだ。


「そうか。五月までの勤務時間は毎朝七時から一四時迄だ。六月から一〇月までは始業も終業も一時間早くなる。昼食はともかく、朝食は済ませてから出勤してくれ」

「わかりました」

「残業はしてる奴はしてるし、してない奴はしてない。出納というのは基本的には会計だから納税の繁忙期ではない今だと殆どしてない。ああ、先輩にあたるハリタイドって巨デブのおっさんは毎日夕方まで勉強だのなんだので行政府に詰めてる事が多い。実務については彼に尋ねるといい」

「わかりました。ハリタイドさん、ですね……あの人かな?」

「ん、多分合ってると思う。あんなデブはそうそういないからな。ああ、人種は犬人族ドッグワーだ」


 アルとしてはジャバという渾名を口にしないように気を付けている。


「ああ見えてハリタイドは結構優秀な奴だ。だが、それはオース(この世界)基準での話だから、経理的な概念やなんやらについては君の方がずっとできると思う。可能なら仕込んでやって欲しい」

「私に出来ることなら」

「期待している。それから、今日はもう帰っていたので会えなかったが、明日出勤したらインセンガという狼人族ウルフワーの事務官長にまず挨拶しておけ。正式な准女爵で、この行政府のナンバーツーだからな」

「わかりました」

「では、明日から頼むな」

「はい」

「よし、下がれ」


 エセルを退出させると、漸くアルはミヅチと二人きりになれた。


「お疲れ様」

「ああ。お前もな」


 お互に目を合わせて微笑んだ。

 アルは席を立ち、ミヅチが掛ける応接セットの正面、今までエセルが座っていた場所に腰を下ろす。


「漸く落ち着いて話が出来るな……」

「そうね。貴方は年末からずっと忙しかったし、ドラゴン退治の時もゆっくり話すような状況じゃなかったから……」

「すまん」

「あ、いいの。責めてるんじゃないわ」


 そう言われても、アルとしては居心地が悪い。


「私も話したいことがあるけど、それは急ぎじゃないし、貴方の方の出来事から話して?」


 アルの表情が申し訳無さそうなものになった事を見て取ったのか、ミヅチはアルから話すようにと促した。


「色々あった……何から話したもんか……」


 アルはソファの背凭れには背を預けず、上半身を前屈させて膝の上に肘を乗せると、組んだ手に額を当てた。


「そう……それならいい話からして欲しいな」


 ミヅチは柔らかい表情を浮かべて言った。


「ぐ……そうか。じゃあまずは今のカニンガム以外の転生者の件だな」


 機先を制された面持ちで、アルは話し始める。


「えっ?」


 ミヅチは僅かに目を大きく開いてアルを見つめた。


「ヒーロスコルが戻ってきたんだ。嫁さん連れてな」

「ヒーロスコルって、あの人?」

「昔ロリックと一緒にいた奴があの人ってんならそうだ。あっちこっちフラフラしながら修行という名の冒険者やってたんだと。バストラルと一緒にバルドゥックにも何回か潜ってたらしい。王都から一緒に帰ってきたんだが、今は嫁さん共々ラッド村に置いてきてる……」


 アルはフィオやその妻のグレースも転生者であることを伝え、エセルも元々は彼らが見つけて来て、三人同時に合流したという事を伝える。


「ヒーロスコルはグレースを奴隷から解放するために結婚し、その後すぐに離婚するつもりだったようだが、結局はウヤムヤで結婚しっ放しだそうだ」


 いい話をしている筈なのにアルはどこか浮かない表情をしている。


「何か言い難そうね。いいわ、貴方の話しやすい話題から言って」


 ミヅチの言葉を聞いたアルは、救われたような、それでいて苦しそうな顔をした。


「あのな……前にも言ったことがあるが、国王の娘を娶る話、正式に決まった」

「……」


 ミヅチは覚悟をしていたというような顔で聞いていたがその表情は硬い。


「すまん……」


 一言詫びて頭を下げると、アルは情けない表情を浮かべて沈黙した。

 そんなアルを見てミヅチは一度だけ瞑目するように目を瞑り、大きく深呼吸する。

 そして、再び目を開く。


「いつ? あと相手は誰?」


 そう尋ねる顔からはなんの感情も読み取れない。


「来年の今頃。相手はミマイル・フォーケイン。会ったことはあるよな?」


 相手の名前を聞いたミヅチは記憶の底から目的の名札がついた顔を掬い出した。

 まだバルドゥックにいた頃、宿に押しかけてきた事もある。

 ミヅチはその中でも一番年下の娘の顔を脳裏に浮かべ、薄く笑う。


「……あの子ね。それで、本人と話はしたの?」

「少しだけな」

「そう……どんな事を話したの?」

「この前のドラゴン退治や占領したデーバスの村についてなんかだ。話した時間は合計で三〇分も無かったと思う」


 苦しそうに話すアルを見て、ミヅチは再び柔らかい表情を浮かべた。


「ん……元々そうなる可能性は高いって聞いてた話だし、私も納得してた。そんな顔しないで」


 アルは僅かに救われたような顔をしてミヅチを見つめる。  


「そうか……」

「そうよ。それに、あんな子には負けないし」


 どこか自信ありげに言うミヅチに、アルは不審そうな視線で答えた。


「ふふ……」


 そんなアルを見てミヅチは意味ありげな顔をしている。


「あのね、実はまだアレが来ないの」

「え?」

「遅れてるだけかとも思ったけど、もう二回分も……予定日をかなり過ぎても来ないし、心なしか最近熱っぽいような気もするから……」


 アルは目を見開いてミヅチを見た。

 その瞳には目を凝らして注意深く観察しないと判らない程の薄青い光を宿している。

 そんなアルを見たミヅチは、すぐにアルが【鑑定】しているであろうことに気づく。


「どう?」

「……」


 アルは黙って首を振った。

 アルの【鑑定】ではミヅチの【状態】欄はいつもと変わりなく【良好】と記載されている事が映っていたのだ。


「え? ……そっ、か……そうかぁ……」


 心から残念そうな声で、ミヅチは落ち込んだ。


「頑張ろう。一年あるし、チャンスはまだ幾らでも……」


 アルはそう言って少しでも妻を元気づけようとした。


「ん……そうね」


 ミヅチも弱々しい言葉を返す。

 アルはミヅチに優しい視線を投げかけているが……。


「あ……」


 すぐに驚いたような表情を浮かべた。

 アルの視界の中で開いたままだった【鑑定】ウィンドウの【状態】欄が書き換わったのだ。


 【良好】から【妊娠中】へと。


 固有技能の鑑定で見ることの出来る【妊娠中】とは、哺乳類の場合、子宮内で胎児が鼓動を打ち始めてから書き換わるのである。


「どうしたの?」


 少し嫌そうな顔で問いただすミヅチ。

 彼女にしてみればこのようなタイミングで呆けたような顔をする旦那に好感など抱ける訳はない。


「あは……は……」


 ミヅチを見ながらクシャクシャに顔を歪ませるアル。


「妊娠……した」

「え?」


 呟くように言うアルの言葉を聞いて、ミヅチも我が耳を疑う。


 たった今、見てもらって否定された筈。


 俄に理解できない言葉がアルの口から飛び出している。

 ミヅチは少し混乱気味になるが、アルはこのようなことで嘘や冗談を口にするような男ではない。


「今、本当に今、ステータスが……ステータスが変わった!」


 アルはボロボロと涙を零しながら立ち上がる。


「でかした、じゃない! ありがとう! ミヅチ、妊娠してる! 愛してるぜ!」




・・・・・・・・・




 その頃、騎士団本部の練兵場では……。


 鎧を着て槍を持った二人の女性が汗を流しながら黙々と走っていた。

 二人のうち小柄な方は不満げな表情が目立っているのに対し、大柄な方は全く感情を感じさせない虚無的な顔をしている。


 走る速度はそれほどでもないのは、鎧を着込んだうえに大きく膨らんだ雑嚢を背負い、両手に木槍を持っているからであろうか。


「ねぇ、ラル」

「……」

「ねぇったら!」

「何よ?」

「あんたさ、何か言うことは無いの?」

「無いよ」

「ちょっ、酷くない? 誰のせいで走らされてると思ってんのよ!」

「ああ……」

「ああって何よ!」

「ごめん」

「普通、最初に言うでしょ!」

「……」

「――!」

「……」

「――!」


 大柄な方の走る速度がだんだんと落ちていく。


「ちょっと! スピード落ちてるよ!?」


 いままで並走していたからか、小柄な方が振り返って声をかけた。


「……っ」


 だが、大柄な方の速度はどんどんと落ちていき……。

 見かねて小柄な方が戻ってきた。


「また泣いてんの?」

「……っ……ふぐっ……」


 ついに足が止まった。


「気持ちはわかるけどさぁ、もう諦めなよ」

「ふ、ふぐう……ひっ……だ、だって……」


 ポロポロと涙を零して下を向いた。


「ちっ、このガキ」

「くっ……うっ……」

「もういいや。いつまでもそこでぐずって泣いてればいいよ」

「う……ううっ……」


 ついに膝を折り、両手を地につける。


「ふんっ、勝手にしなよ。付き合ってられないわ」

「うううっ! ううっ、あ……あああ~っ!!」


 大地に向かって何度も手を叩きつける人影を置いて、小柄な人影は走り去った。

 だが、周回を重ねればこの場所に戻って来ざるを得ない。


 

イモータルになる条件の一つに妊娠する/させることがあります。

ここで言う妊娠とは、受精する/させることであり、受精卵が子宮に着床することではありません。

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