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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百七十八話 資格なし

7450年3月19日


「グィネ、頼まれてくれるか?」


 俺はラルファが飛び出して行ったまま開いているドアを眺めながら言った。


「え?」


 カニンガムが意外そうな声を上げる。


「アル。こういう時はアルが自分で追いかけるべきだ」


 クローもしたり顔で追随した。


 だが、グィネは俺が声を掛けるか掛けないかといううちに立ち上がって駆け出している。

 さすが、わかってるな。


「なんでアルが行くのよ? アルこそ追いかけちゃだめでしょ」


 マリーも腰を浮かせかけていたが、グィネが追いかけたのを見て腰を下ろしながら言った。


「なんでだよ!? だってラルは……」


 クローはそこまで言いながらその先を言いよどむ。

 カニンガムの前で全部言ってしまって良いものかどうか迷ったのだろう。


「アルがラルに何を言うの? 何を言えばいいの?」


 マリーは溜め息を吐きながらクローに言う。

 その通りだよ。


「何をって……」


 クローはもごもごと口ごもっている。


「本当、それだからあんたはまだまだなのよ。女一人まともに口説いたこともないんだから黙ってなさい」


 マリーは己の旦那を軽蔑したような目つきで見ながら吐き捨てるように言う。

 確かに【誘惑】でしか女を口説いたことがなけりゃ……え?

 ク、クロー、まさかお前……?


 俺が目をまん丸にしてクローとマリーを見たからか、マリーは少しだけ恥ずかしそうな顔をした。


「ん……誤解しないで。プロポーズはちゃんとクローからしてくれたわ」


 あ、そう。

 妙なことに心から安心した。


「でも、今そんな話をしてもあれでしょ?」


 マリーはぴしゃりと断ち切った。

 確かに興味はないでもないが今聞くような、話すようなことでもない。


「カニンガムさん、みっともないところを見せちゃったわね……」


 そうだ、カニンガムもいたんだった。


「カニンガム、突然のことで驚かせてしまったな。済まない」


 俺も照れ隠しに頬を掻きながらカニンガムに詫びた。

 いやもうね、本当に申し訳ない。

 上級貴族などという面倒な立場でなけりゃ素直に頭も下げていただろう。


「え? あの……でも、いいんですか?」


 何も事情を知らないカニンガムは俺とドアの間で視線を泳がせながら言う。


「良くはないわ。でも、こうなったら知っておいて貰った方がいい。話すわよ?」


 マリーが言うが、俺の許可を必要とするようなセリフのくせに俺なんか見ちゃいない。


「おい、マリー……!」


 そういう、人の気持ち、特に秘めた想いみたいな事を全くの他人が言うってのはどうなのよ?

 ほれ、クローも俺の言葉にうんうんと頷いて……ない。何か落ち込んでいる。


「じゃあ貴方から話す?」


 マリーは射抜くような目をしながら言う。


 ぐ……。


 確かに俺は当事者の片割れだ。

 しかし、俺から言うってのも……うーん、憚られる。


 言葉に詰まった俺を見て、マリーは少しだけ優しい表情を浮かべた。

 わかった、任せるよ。


「私も全部が全部について知っている訳じゃないけど、簡単に言うとラルはアルのことが好きだったの。誰にも言ってはいないようだから、その件については今まで誰も話題にはしなかったけど、そばで見てりゃ誰にでもわかったと思う。何しろ付き合いの浅い私達に見抜かれていたくらいだからね」


 ん、まぁ……そうね。


「アルだって彼女の気持ちには気が付いてたんでしょ?」


 ん、まぁ……そうね。


 気が付いてはいたね。


「でも、アルの気持ちは別の人に向かっていて、アルはその人と結婚したの」

 

 しかめっ面しか出来ねぇ……。


「……」


 カニンガムは黙って聞いている。

 クローはまだ落ち込んで涙まで浮かべている。

 こいつ、本当にマリーのことが好きなんだな。


「まぁ、こんな事はロンベルト王国でも『日本』でもよくある話だし、本人の気持ちだって大切だからなんの問題もないわ。それに、アルだってラルの事を嫌ってるって訳でもないでしょ?」


 頷くことしか出来ない。

 当然、ラルファの事を嫌な奴だなんて思ったことは一度として……結構あったわ。

 だけど、心の底から嫌って疎ましく思った事はない。


「それも見てればわかる」


 マリーは頷く俺に相槌を打ってくれた。


「だからと言って、結婚する程の気持ちがあったかと問われれば、そこまでではなかったんでしょ? そんな顔しなくてもいい。わかってるから。そもそもラルは貴方に自分の気持ちすら伝えていなかったんでしょ? ならば貴方は全然悪くないし、申し訳なく思う必要すらない」


 うん。

 それはそうだ。わかってる。


 比べるわけじゃないが、正面から気持ちを伝えてくれたミヅチには俺としても可能な限り誠実に答えてやるべきだと思ったし、やっと自分の心情を訴える事が出来る状況になって、必死な表情で自らの気持ちを吐露した彼女の願いを叶えてやりたくもあった。

 ミヅチとラルファの一番大きな違いだろう。

 そして、俺はミヅチの気質の方を好んだというだけの話だ。

 さらに言えば、ラルファを恋愛対象としては全く意識していなかったというのもある。


「確かにこの国では重婚も認められているからアルは二人目のお嫁さんを貰っても悪くはない。だからこそアルだって政略結婚をする気になったんだろうしね」


 マリーはカニンガムに説明する体で、その実俺を慰めてくれているのだろうか?


「アルもミヅチさんも……ああ、ミヅチさんというのはアルの奥さんなんだけど、転生者だけあって『日本』に生きていた頃の常識や善悪からは完全に逃れられてはいないわ。それは私も、クロー(この人)もだけど。カニンガムさん、貴女だってそうでしょ?」


 マリーの言葉にカニンガムは頷いた。


「でも、そこらへんはやっぱり以前の常識が邪魔をしてるし、二人目の奥さんを貰うなんて、って思いはアルにしてもミヅチさんにしてもあるでしょう。それを聞いた私だって、え?って思うくらいはしたもの」


 まぁ、そりゃあ多少はね。


「クロー(この人)だってその気持ちがあるから“ミヅチさんは?”って聞いたんだろうし」


 クローも頷いた。

 流石にもう涙は引っ込んだようだ。


「結婚相手と時期については今回決まった事だからミヅチにはまだ話せていないが、政略目的で結婚する事自体はかなり前から話していて、一応納得はしてもらってる」


 ミヅチに何も話をしないまま結婚を決めてきたと誤解されたくないが故に、自らフォローの言葉を述べた。


「そうね。貴方はそういう人だものね……」


 マリーは柔らかい視線を俺に投げかけながら言う。


 そして、「どうせ玄関あたりか、厩舎よ。そうでなけりゃ練兵場の隅でグィネに捕まってるわ。もう暫くしたら連れてくるでしょ」と言ってお茶を飲んだ。


「すまん。ちょっと外す。すぐ戻ってくるから……」


 俺はなんだかいたたまれない気持ちになり、部屋を出る。

 団長執務室で少しだけ独りになりたかったのだ。


 だって、あのまま部屋に居たら、戻ってきたラルファにどんな顔してやればいいか、心の整理が付きそうになかったからね。




・・・・・・・・・




「カニンガムさん、急にバタバタしてごめんなさいね」

「いえ、そんな……」


 改めてマリーに頭を下げられて、エセルは戸惑いを隠せない。


「誤解しないで欲しいんだけど、アルは……自分が王国からの防波堤になるつもりなの」


 マリーは静かに話し始める。


「一緒にアルの下で働くという貴女には知っておいて欲しい……と言うより知っておかなきゃいけないことだろうから話すんだけど……ロンベルト王国の建国者は、あの源義経なんだって」


 マリーの言葉を聞いたエセルの顔に驚きの表情が浮かび、次いで疑うように眉根を寄せた。

 因みにクローはやれやれというような顔をしている。


「うん。本当か嘘かはわからない。その人は義経の名を騙っただけの別人かもしれない。でも、ここは本当の事だと思って聞いて欲しいのね。どうしても信じられない、というのであれば最低でもその人が転生者である、と仮定して聞いて。そうじゃないと話が出来ないから」


 エセルは頷いて了承した。


「ロンベルト王国が建国されたのは、今から五〇〇年以上も前のことだと言われているわ。これも本当か嘘かはわからない。ちゃんとした記録なんか残ってないしね。残っていたとしても私達が見ることもできない以上、調べようがないから。それはそうと建国時、義経は……オース(こっち)ではジョージ・ロンベルトという名前なんだけど、三〇を越えていたそうよ。まぁそこは枝葉なのであまり重要じゃない。重要なのは義経本人が自ら転生者であるということを子孫に言い残していたという事よ。尤も、これはアルの推測なんだけれど、聞いた限りの情報から判断するに私もアルの意見を支持するわ」


 小さく咳払いをして、マリーは続ける。


「そして、どうやってか、国王陛下はアルが転生者であるらしいとアタリをつけたの。その後、彼の周囲にいる人にも……これは私達アルの下にいる人の事なんだけど、転生者がいるようだと思っているそうよ」


 目を見開くエセルに対し、マリーは軽く手を上げて質問は後にしろというジェスチャーを送った。


「ん~、ちょっと話が急過ぎたようね。でも、そんなに長くはないから……」


 再びお茶を口にして言うマリーの顔を見て、エセルは「結構長い話になりそうね」と思った。


 マリーは現在のリーグル伯爵領に於ける転生者の事情について話し始める。


「アルによると転生者は私達が生まれ変わる前にも幾人も居た筈なんだって。でも、新しい転生者が生まれるにはその前の転生者の世代が全員死んでかららしいの。要するに、私達のうちで誰か一人でも生きている間は新しい転生者は生まれないし、私達の前の世代の転生者で生きている人は居ないということね。例外もあるらしいけれど、何故こんな事を知っているのかだとかこれ以上に詳しいことは今私からは……ごめんなさい、もし興味があるなら後でアルに聞いて」


「そのうちの何人かは国にも認識されていた可能性がうかがえるそうよ。でも、大部分は芽が出る前に亡くなったか、誰にも気が付かれないまま天寿を全うしたようね……」


「今の所、陛下やその周囲は転生者をそれなりに有用な人物だと見做してはいるようだけど、それは転生者が持っている、又は持っていたであろう知識の方じゃなくて、専ら個人的な武勇に優れているからだと思われているらしいの」


「これについて、私達は“我々よりも一世代か、せめて二世代前の転生者でないと農業はともかくとして軍事や工業、商業に革命的とでも言うような知識を持った人が居た可能性が低いからで、その一世代、二世代前の転生者にはそういう知識を持った人が居なかったか、居たとしても生まれた家柄も大切だし、何よりも能力を発揮できるような年齢にまで成長できなかったのではないか”と考えているわ」


「その証拠に、転生者を捕まえるなり、迎え入れるなりして役に立たせようという動きは見られてないの。だって、そんなにすごい知識を持っている人がいて、その知識が正しいと思われているなら国がそうしないのはおかしいもの。どちらかというと、アルみたいにそれなりの地位を与えて辺境の防備を任せようだとか、騎士として取り立てて軍人として働かせようとしていたというわ」


「ん~、これについては不自然でもなんでもないと思う。私達の一世代前というと、百年くらい前じゃないかと想像がつくと思うんだけど、その頃って一九〇〇年代の頭くらい。『日本』だと『明治』の終わりかギリギリ『大正』よ。知識の平均レベルはどう考えても私達より下でしょう。その前の年代の一八〇〇年代の頭なら『江戸時代』だし、知識は更に少ないでしょうね。そりゃあ『大砲』や『鉄砲』なんかの開発者や鍛冶職人が居た可能性は否定できないけど、そもそも人口に対する割合は低いでしょうから居なかった可能性のほうがずっと高いと思うわ」


「私達みたいに何かの『交通機関』の事故が原因で転生したのであれば、『大正』なら『バス』か船でしょうね。当時『汽車』はあったけど大きな列車事故については誰も覚えていなかったからその可能性は除外してもいいと思ったの』


「ん? ええ、『第一次世界大戦』のさなかでもあったから軍の『交通機関』というセンもありうるわ。でも、兵員輸送に『トラック』が使われたのはアルによると昭和に入ってからだし、船の場合は事故というよりも交戦の結果としての沈没が大半でしょうから……そこはなんとも言えないけど可能性の全てを考える事は出来ないし、可能性として少しでも高い方から……」


「『江戸時代』なら船しかないでしょう。『交通機関』としての馬車とか牛車なんて日本には殆どなかったし。当時は渡し船か漁船、廻船がほぼ全てと言っても過言ではないでしょうから、渡し船以外なら水夫しか犠牲者は居ないでしょうし、渡し船も何十人も乗れる大型船なんてないでしょうから、乗客は『侍』とか『武士』なんかの軍人か役人、居たとしても一生に一度の『お伊勢参り』とかの多少裕福な農民、自前で船を用意できない行商人くらいでしょうね。『鉄砲』や刀鍛冶の人が旅行するなんてまずない時代だもの」


「いいところに気がついたわね。今までの話はオース(この世界)と『地球』が同じ時間軸にあると仮定してのことよ。義経が死んだのは、正確に何年、というのは誰も覚えてなかったけど、『いい国作ろう鎌倉幕府』の少し前なのは確か。そうなると彼が転生したのは私達より八〇〇年ちょっと前じゃないとおかしいわ。だからロンベルト王国が建国されたのが五〇〇年前というのも本当か嘘かはわからないと言ったの。まぁ、この辺りについては色々な考えもあるから……今私が言った事は参考程度に留めておいて」


「ここからは現在の状況よ。王国は今、南にあるデーバス王国と紛争を継続中で、それ以外に国境線を接しているグラナン皇国、カンビット王国、ライル王国とは争っていないわ。特にカンビット王国とは良好な関係だそうだし、ライル王国は小さすぎる上に領土に旨味はないと見做されているから問題視されていない。でも、ここ数年、不戦協定を結んでいるはずのグラナン皇国に対して警戒を強めているそうなの。そちらに対して戦力を振り向けようとしているというわ」


「そんな状況でアルが現れ、陛下の目に留まったの。要するに、陛下はアルのことを転生者だと殆ど確信していて、過去において頭角を現した転生者同様、個人的に高い戦闘力を持っていると思っている。そして、今の所アルは陛下に恭順の姿勢を示している。だからこそアルはデーバス王国に近いところに領地を与えられたとも言えるわね。その分、戦力を対グラナンに振り向けられるしね。そして、アルの周囲にもアルと同様の転生者がいるであろうと予想した。でも確信するまでには至っていないみたい」


「だって、まだ誰のところにも国からの接触はないもの。確信があるなら接触してるでしょ? 少なくとも、アルが伯爵位を得て領地に封ぜられるまでは疑念すら抱いていなかった感じね。アルはその頃、自ら別の世界からの生まれ変わりだと公言していたこともあるし」


「そう。自分で言っていたのよ。注目を一身に集めるためにね。個人的な戦闘力もアルは他と隔絶していたから、それもあって陛下としては確信したんでしょう。アルが強烈な光を放ってくれたからこそ、それまで私達は目を付けられなかったの」


「アルという転生者に対する陛下の評価は簡単に推測できるわ。まず、一個人としてとんでもなく強い。ドラゴンを倒せるくらいにね。今回、ダート平原に現れたブルードラゴンを倒した事もその補強になったでしょうね。ここまでは陛下の中にあるはずの今までの転生者像とあまり変わらないでしょう。転生者として、人として規格外かどうかは別にして、個人の戦闘力が高いという意味においては外れていないわ」


「それに加えて、上級貴族としてもそこそこの評価は得ているんじゃないかなと思うわ。領地の経営について、大きな問題を起こしてはいないからね。まぁ、その程度は予め予想はしていたんでしょうけれど。そうじゃなきゃ幾ら何でもいきなり領土持ちの上級貴族にはしないでしょうしね。これはアルが経営している商会が順調である事から、人を使ったり交渉したりする事についてそれなりの能力を持っているであろうことは推測できるでしょうし、何より陛下はアルと何度も直接言葉を交わしているから、それなりの信用もあったんだと思うわ」


「ここまでの材料だと陛下はアルに対して、転生者として見ても相当に優秀で、尚且使える人材だということになるでしょう」


「そして、アルの下にいる私達の方は、アル以下であろうことは確実だという評価になると思うわ。なにせ、迷宮でドラゴンと戦った時には全員が役立たずだったし、アルの下で甘んじている事からもそう思われるでしょう。事実だしね。ええ、別に今の立場に不満があって言ったわけじゃないわ」


「そんな私達を勧誘するのは、成功してもメリットよりリスクの方が大きいでしょうね。まず第一に、アルの怒りを買う可能性を考えるでしょう。アルは感情に支配されて無謀なことをする人じゃないけど、ドラゴンを倒せるくらいの人に破れかぶれで王都で暴れられたら目も当てられないわ。そんなリスクを考えるくらいなら、アルと一緒に辺境でデーバス王国と遊んでもらっていた方がずっといいでしょ?」


「あと、アルはこうも言っていたわ。国王は私達について転生者であると疑っている段階だ。一部、確信まで持たれている可能性は否定できないが、誰と誰が転生者であるのかまでは完全に判ってはいないだろう、と。勿論、国王としては転生者であろうがなかろうが、全員にアルと同じくらいの好条件を示して勧誘するという手もあった。だけど、領土や地位は限られているし、何より転生者という者について知っているのが少数で、隠そうというのであれば勧誘するにしても慎重にならざるを得ないわ」


「そもそも、さっき言った私達全員を勧誘するなんて、理由付けが大変でしょ? 何しろ転生者は個人として強いってくらいにしか思われていないんだし、その程度の人材にそこまでコストを掛けるかと言われたら掛けないでしょうね」


「だから勧誘するにしても私達の力がアルに匹敵するか、アル以上に役に立ちそうか、見極めてからじゃないと手は出さない。手を出すときは簡単にアルを負かせるだけの戦力を手に入れた時か、私達の力がアル以上で、より役に立つと判断された時くらいでしょうね」


 こうしてマリーが長広舌を振るっている頃……。




・・・・・・・・・




「ラルッ!」


 練兵場の外れで漸くグィネはラルに追いついた。

 ラルはしゃくりあげながら走っていたとはいえ、足の遅いグィネとしては頑張ったほうだ。


「離してよ……放っておいて」


 グィネに腕を掴まれたラルはそう言って地に膝をついた。


「放っておける訳ないでしょ! いきなり逃げ出してさあ!」


 グィネは腕を掴んだまま強引に立ち上がらせようとする。

 そして、力なく顔を向けるラルに自らの顔を近づけた。


「何泣いてんのよ!?」

「だって……」

「あのさ、いい機会だから言っておいてあげる。あんた、アルさんに告白すらしてない癖に、泣く資格なんかないよ!」

「だって……」

「告白して振られたってんなら泣くのも仕方ない。私も付き合ってあげてもいい。だけど最低限の意思表示すらしていない癖に……准爵の癖に、ゼノムさんも情けなく思うよ!」

「だって……アルにはミヅチもいるし、言えないよ」

「ならさっさと諦めなよ! 泣きたいなら勝手にすればいいけど、誰もいないところで一人で泣きな!」

「うっ……」

「こんな、エセルさんと初めて会った時でなくてもいいでしょ!」

「うううっ、うぅぅ……ミ、ミヅチだけならまだ我慢でき……でも、ひゅ、ヒュームとだなんて……もう完全に駄目じゃん……」

「だからそう言って泣いていいのはちゃんと告白した奴だけだよ! あんた、何にもしてないじゃん!」

「でも……」

「でもとかだってとかグズグズ言ってんじゃないよ、みっともない!」

「……ただって……」

「あ?」

「あんただってトリスに告白しなかったじゃない!」

「それがどうしたの? 私はすぐ諦めたもん。みっともなく泣いて取り乱したりしてないもん」

「うそだ! 私にすがりついて泣いてたじゃん!」

「あ、あああれはあんたと会えた嬉し涙よっ!」

「ふん、どうだか? グィネだってアルに熱上げてた時あるじゃん」

「そうよ。でも会ってすぐのごく短い時だけだし、私はあんたみたいに泣いてないし、そんなことしか言えないの?」

「ち、ちくしょー! バカ、グィネなんてバカァ!」

「あー、バカで結構。でもあんたよりはマシよ! このアホ! それよりあっち見な!」


 そう言ってグィネは練兵場の中を指さした。


 そこには手入れの当番で、地均しのためにトンボを持った旧煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)の山人族(ドワーフ)達が集まって、何事が起きたのか様子を窺っていた。


「ほれ、いつもお嬢お嬢って持て囃されてるんだからしゃっきりしな」

「……聞こえてたかな?」

「あの距離だし、流石に聞こえてないでしょ。ほら、戻るよ」

「……やだ」

「いつまでも子供みたいなこと言ってないで立ちな、ほらっ! 顔洗いに行くよ!」


 グィネはグズるラルを強引に引っ張り始めた。 




・・・・・・・・・




「ふう~……」


 団長執務室の机の前で、俺は深い溜め息を吐いていた。


「ったく、どうしろってんだよ……クソ」


 椅子の背凭れに体重を預けながら愚痴る。

 ラルファは好きだが、惚れた腫れたのそれではない。

 誰かいい奴を見つけて幸せな結婚をして欲しいと思っている。


 同種族である普人族で、理想を言えばどっかの上級貴族の次男坊とかが最高だ。

 勿論、そうじゃなくたって全く構わない。


 常にあいつの事を気に掛け、いつだって一番に思い、大切にするような奴でありさえすればいい。

 ラルファにはそんな相手を見つけて欲しいと思っていた。

 騎士団に入れた理由の一つには、少しでも出会いがあるようにという意味もあった。


 俺の領地が増えればそれだけ出会いも増えるだろうし、と考えてすらいた。


 俺が悪いのか?

 あいつの気持ちに気づいていながら、積極的に反応をしなかった俺が悪いのだろうか?


 …………。


 ……。


 今日の晩飯、ミヅチが作ってくれるかな?

 そうじゃなかったら海胆食いに行こう。


 

本文中でマリーが大正時代の大きな列車事故について誰も覚えていないと言っていますが、実際は結構ありました。

明治時代だけでも列車事故によって合計60名以上の命が失われていますし、大正時代にも200名以上の犠牲者を出しています。

また、昭和時代に至っては犠牲者の数は四桁以上にも上っています。


それと、この時点でアルは再び神に遭ってイモータルとして誘われたことは誰にも(ミヅチにも)話していません。

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