第百七十三話 畏れ
7450年3月13日
ロンベルティア城の二の丸にある一室。
少し前に何人かが退出したあと、部屋には城の主を含めて五人の男女が残っていた。
「……」
部屋は、長い間沈黙によって支配されている。
時折城の主だけが冷たくなった茶を啜る音を立てるのみだ。
「……下……」
一番若い男が城の主に声を掛けた。
が、城の主は全く反応せず、目を瞑ったまま茶の入ったカップを握っている。
――くそ、あのガキ、バルドゥッキー製造機を盗ませたことを……。だが、何故それが……? 奴の考えがわからん。
城の主の胸中には大きな波が畝っていた。
「陛下……」
再び一番若い男が城の主に声を掛ける。
ようやく気が付いたようで、城の主は目を開いた。
「何だ?」
城の主は息子である男の顔に視線を送りながら返事をする。
「こっ……ここまでへりくだらねばならないのですか? ダンカンはまだ四つなのですよ!? 彼は、領土持ちの大貴族になったとは言え、ここまで……! あいつは、憧れのリーグル伯爵のところに行けると、喜んですらいる……!」
若い男は血を吐くような声音で言った。
「だから言ったのだ。子は己のもとで育てるな、と。さっさと乳母を充てがわず、屋敷から離さんからそういう気持ちになるのだ。バカが」
吐き捨てるように言う城の主の言葉に、若い男は睨みつけるような視線を送るだけで言葉に詰まっている。
確かに城の主の言うことは道理に適っていた。
この国では王位継承権を持って生まれた子はすべて、同じくらいの年齢の子がいる家臣の家に預けられ、そこで成人する一歩手前まで育てられるのが一般的なのだ。
騎士団に入団し、騎士の位を得るまでは、多くても月に一度か二度、顔を合わせて会話をする程度しか親子の接触を持たないことが多い。
若い男も正騎士の叙任を受けるまでは市井に住む騎士の家に預けられていた。
その家の子とは兄弟同然に育ち、今では腹心として一番信頼できる存在になっている。
そんな己の育ちに不満でもあったのか、城の主を睨みつける若い男は、散々忠告をされていたにも拘わらず、我が子可愛さに自らの屋敷で育てていたのである。
そんな自らを恥じる心もあったのだろうか。
とにかくそういった意味では、若い男にはこの国の王族としての自覚が足りなかったと評することもできるであろう。
「陛下も過ぎた事をそこまで仰らなくても……。殿下、お気持ちは臣もお察ししますぞ……」
城の主よりも歳を重ねた男が同情するように声を掛ける。
「ザーム閣下……」
歳を重ねた男に弱々しい視線を向け、若い男は呟くように言った。
「ですが殿下。今回の件、致し方無きものとお思いになられた方が宜しいかと」
歳を重ねた男は、ゆっくりと首を左右に振りながら諭すように言う。
「……わかっています、閣下。……皆さん、そして陛下もつまらない愚痴と思って聞き流していただければ……」
その言葉を聞いた城の主は、僅かに残念そうな、そして納得したような顔で発言者である息子を見やると、この場で唯一の犬人族の男を見た。
「殿下。殿下も継承権二位の王子であるからには愚痴など仰っしゃられますな。臣などはこちらから人質の話を申し上げたくらいですぞ」
ドッグワーの男は頭の両脇に大きく垂れた巨大な耳たぶを震わせながら言った。
「臣もですよ、殿下。臣は陛下からリーグル伯にドラゴン退治を命じ、ゆくゆくは侯爵に陞爵させるとお聞きしてすぐ、父とベリンダを呼び寄せましたから」
部屋の中で紅一点、ただ一人の女性も落ち着いた声音で言う。
「ウィリアム。そなたは先程、ここまでへりくだらねばならないのか、と言ったな?」
城の主は苦笑を浮かべながら問うた。
「ええ」
その問いに、若い男も改めて父親の方を向いて答える。
「バスボーン、ザーム。本当にすまないが教えてやってくれ。これ以上、余が直接この馬鹿に説明すると、情けなくて怒鳴りつけそうだ」
城の主の命を受けた二人は、表情を改めて若い男に説明をする。
軍の戦術などあっという間に無に帰すことすら可能な、想像を絶するような地魔法の技。
その力は筆頭宮廷魔術師のダースライン侯爵をして、伝説にすらなっている初代建国王には匹敵しないまでも、魔術の技能レベルは七や八に達しているのはほぼ確実であろうと評されている。
リーグル伯爵本人が語るところによれば九に達しているとも言うが、それでは建国王と肩を並べてしまうのでダースライン侯爵は言い難そうに否定したが、その顔を見た誰もが本当の事だろうと想像した。
この時点で、彼が外国の勢力圏下に生まれなかった幸運を喜ぶべきだ。
加えて、伯爵が得意とするのは、単に土壁を出したり消したりと言った地魔法だけではないのだ。
一瞬とも表現される程の僅かな集中時間で非常に高度な治癒魔術を操る技は、まさに不死身かとも思えるほどであり、全元素の魔法の技能に精通していることは火を見るよりも明らかだ。
総計で三千を超えていたらしい超大規模な魔物群を殲滅した現場を見たという軍の報告によれば、強力な攻撃魔術なども数え切れないほど多種を使い、たった一人で大多数を殲滅している。
のみならず、国の虎の子である第一騎士団に率いられた千を超える軍勢を軽々と蹴散らした凶悪なドラゴンをもあっという間に退治した武勇。
今はまだ大した事はないが、今後その噂が広まるに連れ、否が応でも高まるであろう名声と求心力は、城の主や国の中枢を担う者に怖れすら抱かせるには充分である。
二人の男女はそこまで説明すると、口を揃えて言う。
「殿下。殿下のリチャード殿下への忠誠心、二心無き事は宮廷のみならず、誰もが存じております。それはそれで大変に得難い美点とも言えます。ですが、殿下以外の貴族も全員が殿下と同様のお気持ちであるとは限りません」
「聡明な殿下には、既にご理解のこととは存じますが、臣下である貴族の動向について情報を齎す事ができる独自の伝手を作ることも大切です」
それを聞いた若い男は全く反応を示さなかった。
歳を重ねた男はその様子を僅かに面白そうに眺めているが、頭の中では何か引っかかるところでもあるのか、誰も気が付かない程に目を細めて鋭い観察の視線を送っている。
そして、不肖とも思える息子に対し、ようやっと城の主は口を開く。
「……ふ。まぁ良い。……要するに、正面から叩き潰すにしてもこちらもとんでもない被害を受けるであろう事は確かだ。全軍壊滅は必至、半減程度で済めば大儲けと言うくらいにな。絶対に勝てんとまでは言わんが……勝ったとして、あやつを仕留められたとしても早々立ち行かなくなる。搦め手で暗殺を狙おうにも、伯爵の第一夫人がライルの元老と来ては手の出しようもない。むしろそんな事を言った瞬間にこちらがライルの的にされるやも……な」
苦い表情を浮かべながら城の主は旧知のダークエルフを思い浮かべる。
彼には即位前に大きな仕事を頼んだことがあった。
大多数は戦場などを利用して自らの手で始末をつけたが、どうしてもそれが難しい案件について依頼せざるを得なかったのだ。
その時は当時の全財産をすら上回る金額を要求され、目の前の幾人かから莫大な借金までしたがそれでも足りず、将来的にどうせ自分の物になるのだからと秘密裏に宝物庫から王家の宝を持ち出して遠い外国に売り飛ばす事までして金を作ったという苦い経験もある。
しかし、大金を積んだだけの価値はあった。
ダークエルフ達は、確かに腕が良かった。
証拠の一片すら残さなかったことは当然として、トーマスのトの字すら漏さないほど口が堅かったのだ。
この仕事のために本国から召喚され、暗殺者達を束ねていたのが、現在、王都で治療院を営むトゥケリンというダークエルフである。
当初は、僅か二年に満たない期間で嬰児や乳幼児、その乳母家族に至るまでターゲットとそのシンパを殺戮し尽くした残忍さに恐怖感すら覚えた。
その後、付き合う過程である程度親しくはなれたものの、稀にぞっとするような雰囲気を纏うことがある。
それに触れる度、城の主は当初彼に抱いていた気持ちを思い出すのだ。
そんなトゥケリンだが、あの伯爵夫人に対しては好悪などと言う有り体なものなど超越した、特別な感情を抱いているように見えた。
巧妙に隠されてはいるが、彼女を見る目つきなどから畏敬とでも言うような、言葉にし難い情念が滲んでいる事には気がついている。
城の主は、またお茶を飲もうとカップに手を伸ばしたが、既に空になっている事に気付いてカップを弄んだ。
「幸いと言うか、唯一の救いは、今の所伯爵には独立の志向以外に造反や反逆の意志が全く無さそうに見える事くらいだが……」
そう呟きながら城の主は手の中のカップに視線を落とす。
「ですから、関係が良好な今のうちにこちらにもその気はないという証を送る事にご賛成なされたのでしょう?」
女が言うと、若い男以外の全員が重々しい仕草で頷いた。
「ザーム伯爵の言う通り、あれだけの人質です。彼は誤解する事なくこちらにその気はないと思うでしょう。そして、陛下が仰っしゃるように、彼が“ええ格好しい”であれば、向こうから牙を剥く可能性は低いと思われます。……少なくとも我々に対しては」
ドッグワーの男の言葉に、又も若い男以外の全員が頷く。
ここに至り、若い男は憤慨したような顔をしたが、何も言わなかった。
そんな若い男を横目に、歳を重ねた男も「人質も永遠という訳ではないしな。数年も経てば我々以外にも人質を送りたがる者も出てこよう。それまでの辛抱とも言える。そうしたら交代しても良かろうて」と諦観を含んだ顔と声音で言った。
――ウィリアムめ……ザームの糞爺も気がついたようだが、馬鹿のフリは擬態か。敢えて俺やリチャードに忠誠を尽くしているのは……。己と己の家族可愛さから来るものか? ふ。俺が即位前に弟妹達を謀殺し、粛清した話に一番怯えていたと言うからな……。ま、俺の息子とは言えこういう奴もいる、という事か……。
城の主は目の前で慌てて表情を変えた次男を見て、彼の評価を少しだけ上げることにした。
その褒美と言うには言いすぎだが、これで次男を退出させる事はせず、給仕に新しいお茶を要求させるに留め、そのまま部屋に居続けることを許すことにする。
全員にお茶が振る舞われ、給仕が退出すると、話題はコウモリとも綽名されるジュンケル侯爵の討伐、そしてその領土に対する侵攻へと移った。
・・・・・・・・・
ラーメンで腹を満たした俺とズールーは、その足で工場に向かった。
抜き打ち検査の意味合いもあるが、テリーからキャシーがまだ工場に出ているということを聞いた事が最大の理由である。
作業はせずに監督しかしていないとも聞いているが、彼女の様子だけでも見ておきたかったのだ。
確か彼女の妊娠に気がついたのは去年の年末。
あれから二ヶ月以上が経過しており、今は妊娠三ヶ月目かそれ以上だろう。
彼女を鑑定した時に、妊娠してからどの程度の時間が経っていたのかは不明なので、週にすると一五~二〇週という感じかね?
まぁ、一週間は地球とは異なるし、人間でもないんだから妊娠何週目と言うのもあんまり意味ないんだけどさ。
猫人族の妊娠期間は平均して半年くらいなので、臨月にはまだまだだが、そのお腹はかなり大きくなっているだろう。
工場はバルドゥッキー製造の真っ最中だった。
ガキの奴隷が挽き肉器の上のカップに角切りにした豚肉を入れ、別のガキがそのハンドルを回すと、細かく裁断された肉が挽き肉器の出口からモリモリと出て来て、下にあるバケツに落ちる。
そのバケツの中身を更に隣の挽き肉器に通し、これを繰り返すと肉はどんどんと細かくなって、しまいにはペトペトとしたペースト状の挽き肉となる。
粗挽きバルドゥッキーを作る場合は回転ナイフを刃の少ないものに変えた上で挽き肉器に通す回数も減らす。
こうして出来上がった挽き肉に防腐剤や香辛料、必要ならチーズやチレなどを添加してタネの出来上がりだ。
ここだけは直接手で混ぜたほうがしっかりとよく混ざる。
重労働なので大人の奴隷か、ガキの奴隷でも年嵩の男の子が担当することが多い。
出来上がったタネを適量のかき氷と一緒に出口にケーシングを嵌めた挽き肉器に通し、比較的年下の奴隷が一定間隔で捻りをいれれば生ソーセージ、もとい、生バルドゥッキーとなる。
ほぼ同じ長さで捻られ数珠繋ぎになったバルドゥッキーは隣のテーブルに移されて気泡がないか、太さや長さに異常はないか検査され、異常なければ水で表面に付いている汚れなどを洗い、物干し竿のような棒にぶら下げて干される。
一時間程干して表面が乾くと壁際に設えられている竈の魔道具の上で薄っすらと湯気を上げている鍋に放り込まれる。そして二〇分程茹でて完全に火を通す。
その後、すぐに水で冷やし、また干して表面を乾かす。
乾いたら燻製室に運び込み、数時間燻して出来上がりだ。
キャシーはこれらの工程について監督をしていた。
「おい、キャシー、座ってなくていいのか!?」
作業はしていないまでも、作業台の間を歩いていたキャシーに驚いて声を掛ける。
てっきり椅子か何かに座ってると思ってた。
「あ! グリード様! いらっしゃいませ!」
キャシーはニッコリと微笑むと挨拶を寄越してきた。
彼女は、まだ暫くは動いていた方がいいと産婆を頼む予定の人から聞かされたという。
言われてみれば、村でもウェブドス侯爵の孫娘で当主跡取りの嫁であるシャーニ義姉さんは除いて、村の奴隷はお腹がかなり大きくなっても畑仕事をしていた。
「そうか。まだ大丈夫なのか……」
お産について全然詳しくない俺は、ただただ動かないで安静にすべきだという考えに凝り固まっていたと見える。
まぁ、前世でも子供はいなかったからなぁ……。
でも、キャシーの元気そうな様子が見れて安心した。
尤も、キャシーの同僚で彼女同様に商会の手代の一人であるレイノルズの妻のサーラも、プロパー手代のレイラも出産経験者だ。
レイラなんかキャシーと同じキャットピープルなんだし、俺なんかが心配する必要などなかったのかも知れない。
・・・・・・・・・
バルドゥックの迷宮。
その第四層。
迷宮冒険者としての能力すべてが試されると言われているこの四層の片隅で、一組の冒険者パーティーが戦闘をしていた。
「リムル! グレース! 行くぞ!! 天秤弐番から半包囲だ!!」
その冒険者パーティーを率いる男の声がモン部屋に響く。
勿論、サージである。
リムルは素早い動きで左端の強襲前衛のジョアンナの更に左方向に移動した。
グレースの方も彼女に少し遅れたものの、右端の強襲前衛、フィオの更に右に広がるように動く。
と、サージは鋭く前進し、盾持ちとしてひたすら耐え続けていたヴァスルとエディスが作り出す壁の隙間から、せあっ!! と言う掛け声と共に鋭い突きを放った。
サージの一撃を喉に受けたホブゴブリン・グールはその場に頽れるようにして倒れる。
「今だ!」
その声を合図に強襲掃討と化したリムルとグレースも更に前進し、モンスターに槍を突き込んだ。
その攻撃でモンスターの陣形は大きく崩される。
フィオはその隙を見逃さず、目の前で体勢を崩したモンスターに長剣による大振りの一撃を叩き込んだ。
フィオの攻撃を受け、目に見えて弱ったホブゴブリン・グールに後衛のマリオンの攻撃が炸裂し、モンスターは動かなくなった。
左の後衛、リディアもジョアンナの前で腐汁を振り撒きながら腕を振っていたホブゴブリン・グールに攻撃を命中させる。
「押し込め! 蜂矢弐番!!」
サージの命を受け、ヴァスルとエディスが盾に身を隠しながら急前進した。
これが成功すれば残る二匹のホブゴブリン・グールは完全に分断され、各個撃破の対象にしかならない。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
エディスが盾に一発喰らい、分断途中で止まってしまったのだ。
「……ッ!!」
しかし、その直後、サージの右掌に青い魔術光が凝集し、パッと散った。
エディスの盾を殴りつけたモンスターの側頭部にフレイムボルトが叩き込まれ、聞くに耐えないほど酷い叫び声を上げてホブゴブリン・グールは頭を抱えて蹲る。
後は当初の予定通りだ。
じきにすべてのモンスターが完全に動かなくなった。
「エセルさん、どうでした? 後ろでご覧になった方が分かりやすいでしょう?」
眼の前に転がる一匹をブーツの先で小突きながらサージはエセルに声を掛けた。
「ええ。落ち着いて見られますし、確かに」
今回の戦闘ではエセルは少し後ろの方で観戦に徹していたのだ。
因みに、フィオとグレース、そしてエセルの三人は今日からモン部屋での戦闘の度に観戦を交代している。
戦闘に参加するのは余程のことがない限りは二人だけであり、その二人も端に位置している。
今の戦闘の推移やポイントなどを話し合うサージとエセルから少し離れて、フィオとグレースは水筒を傾けていた。
「この危険な四層、しかも魔物の部屋を連戦とはな……」
「まったく危なげがなかったわね」
「ああ……」
「あの人も私と同じ農奴だったなんて、信じられないわ」
「同感だ。指揮ぶりにも不安を感じさせんしな」
「皆から一目置かれているだけはあるわね」
迷宮に入る際、武装したサージと一緒に迷宮の入口広場に行っただけで、たむろする冒険者達から畏怖の目で見られた。
三層の転移水晶の部屋で野営する際にも別格であると見られているのか、他の冒険者パーティーとは明らかに異なる雰囲気で迎えられていた。
「うむ。前回や前々回もそうだったが、本当に大したものだ」
サージと再会を果たしてから、一緒に迷宮に潜るのはこれで三回目。
他の冒険者からこのような目で見られた経験などないフィオやグレースはまだ慣れていない。
「……バルドゥックの迷宮も、貴方から聞いていた程じゃない気がするけど、これも勘違いなんでしょうね」
「……俺達にはあれだけ魔法の使える奴はいなかったからな……」
「あ、勘違いしないで」
グレースは慌てて言った。
「分かってる。別に僻んで言ったんじゃあない」
フィオは水筒を腰の後ろに掛けるとナイフを抜いた。
戦闘奴隷達と一緒に、誰もが嫌がるグールから魔石を取る手伝いをするためだ。
――あの速さだ。魔法有りなら早々に負けていたかも知れないな……。
・・・・・・・・・
7450年3月14日
キャシーによると三人組のうちの一人はフィオだった。
そうと聞いちゃあ、会わずには帰れないだろう。
何と言うのか聞いてみたいし。
それ以前に、どうも同行していたという女二人も転生者っぽいし。
戻りはいつも夕方前後らしいから、昼過ぎまで商会でレイノルズやレイラ達から報告を受けたり、指示をしたり……板ガラスを作るために鉄鉱石から鉄板を作ったりしていた。
あと、サンダーク商会にデーバスから剥ぎ取った魔法の武器を持ち込んだりと、なかなか忙しかった。
そして、午後四時前。
俺とズールーは懐かしいバルドゥックの入口広場にいる。
今日はチャーチさんじゃない人が当番らしく、彼の顔は見つからない。
碌に昼飯を食っていなかったので、それぞれムローワの屋台でビールとバルドゥッキーを買い、広場の隅の邪魔にならない所に停めた馬車の荷台に腰掛けてゆっくりと飲み食いしていた。
食い過ぎてもあれなので、豚腸ではなく羊腸を使ったウインナーサイズに抑えている。
因みに、屋台にはムローワの親父はいなかった。
新しく買ったか雇ったらしいウェイトレスが二人で切り盛りをしている。
新顔だったからか、買いに行かせたズールーの顔を知らないらしく、ごく普通に対応されていたが、ムローワの周りで飲み食いしている冒険者たちはぎょっとするような顔をした後でへいこらと挨拶をしていた。
それはそうと、ふーむ。
バストラル、あの野郎、チーズ入りにほうれん草も入れたバージョンも作ったのか。
リオナソーセージだな。旨し。
それに、やはり豚挽き肉だけでなく、牛や鶏の挽き肉と混ぜ合わせたダブル、トリプルミートソーセージもこれまた旨し。
と、誰かが迷宮から戻ってきたようだ。
あの喧騒は大物だろう。
……緑色団か。
リーダーのバースらしき男が戦利品らしい鉱石を頭の上に掲げているのが見えた。
あれは……エメラルドか。
しかも俺たちですら獲得したことがないような高価値な逸品じゃないか!
売れば一億七千万はくだらない。
すげぇな。大したもんだ。
あれだけのお宝を得たなら、あいつら今日はいつものメルックじゃなくて、もっと高級店に行くのかな?
ドルレオンかなぁ?
あそこの料理、このご時世にしちゃ中々に美味いもんな。
万が一、バストラルが戻って来なかったら、ズールーと二人、久々に味わいに行くのも悪くな……って、予定通り戻らなきゃそれはそれで緊急事態だったわ。
緑色団のメンバーは、魔石の換金よりも先にムローワの屋台に向かった。
迷宮上がりにビールとソーセー、じゃない、バルドゥッキー。
冒険者の定番となって久しい事がよく分かる。
「おいズールー、その豆みたいのが入ったやつ、半分くれよ。こっちの牛肉入りを半分やるからさ」
ズールーの歯型がついたままのナッツ入りを奪い取ると、俺の歯型がついた牛肉入りのダブルミートの串を押し付けた。
ううむ。砕いたナッツが少しふやけて面白い食感でこれも旨し、だ。
と、ムローワの屋台で買い物をしていた緑色団の奴にズールーが来ていると耳打ちをした者がいたらしい。
バースはフランクフルトサイズのバルドゥッキーの串を齧りながらきょろきょろと辺りを見回すとすぐにこちらに気が付いたようだ。
バルドゥッキーの串を咥え、右手にビールの入ったジョッキを持ち、左手には盾を持ったままこっちに向かって歩いてきた。
うー、ノブフォムの事で何か言われんのかな?
それとも、さっぱりした性格だけに、単に挨拶に来ようとしているだけかも知れない。
と、また入口周辺で声が上がった。




