第百五十七話 ドラゴン・スレイヤー
7450年2月22日
屠竜の能力の一つを解放したアルだが、上辺だけは何とか平静を保ってはいたものの、その内面は驚いている。
――これは……!
それは、不思議な感覚だった。
屠竜の能力を解放した瞬間、アルには周囲五㎞圏内に存在するあらゆる敵対生物の位置が手に取るように感じられたのである。
ここでいう敵対生物とは、屠竜の使い手の種族全体を見下すか嫌うか捕食対象として見、且つ魔力を持つ存在である。
当然ながら、その個体によっては例外も存在する可能性があるが、種族としての平均をとった場合に剣の使い手の種族をどう見ているかが問題になる。
要するに、一般に魔物と呼ばれている生物である。
――敵対生物……こんなに多いのか。
アルを中心とした、直径一〇㎞に及ぶ範囲内には普人族にとっての敵対生物は数多くいた。
アルが感じ取った魔物の気配は三桁どころではない。
四桁を優に超える。
――この数、流石にまずいか?
感じ取ることが出来た、余りにも多くの数に、さしものアルも一瞬だけ弱気になる。
アル自身、大抵の魔物であれば、たとえそれが複数だとしても勝てる自信がある。
が、如何せん数が多すぎるのだ。
それに思い至り弱気になったアルだったが、次の瞬間、全く別の感情に囚われてしまう。
――それがどうした!? 魔物共め、やってやるさ!
それは、怒りの感情だ。
右手に持つ屠竜から先ほどとは全く異なる、怒りの波動にも似た何かがアルの体に流れ込んで来た。
それに感化されたのか、言いようのない怒りがふつふつと湧き上がってくる。
アルが魔物の気配を感じ取ると同時に、魔物の方もアルの気配を感じ取っていることが理解できた。
――ふふ。こいつぁいい。一匹だって見逃すかよ!
アルの顔に凶相のような、禍々しい表情が浮かび上がる。
――皆殺しだ!
アルがそう思った時、乗馬が速度を落とし始めた。
――ビビってんのか?
苛ついて更にムチを振り上げようとして気がついた。
――俺にか……?
馬から飛び降りると、手綱を引いて馬の向きを変え、剣の腹で優しく尻を叩いてやる。
馬は一目散にもと来た道を駆け出していった。
――ふん、奴も逃げ出したくせに無視は出来ないみたいだな。
再び南に振り向いたアルの目には南の空で旋回を終え、もう一度耕作地の上空に差し掛かろうとする青いドラゴンが目に入った。
・・・・・・・・・
「皆、集まって!」
ミヅチが大声を出したため、ロッコも傍に寄ってきた。
いないのは馬の面倒を頼まれているゼノムとグィネだけだ。
「今からここに……いえ、アルに周辺の魔物が全て呼び寄せられる可能性があるわ」
アルが建物の向こうに消えた後、ミヅチはそこに居る全員に話し始めた。
「それは、屠竜の……」
ズールーが呟くように言う。
魔剣は装備者に己の使用法を理解させる力が備わっているものが多い。
「ええ、恐らくね。ああ、貴方はあの剣を帯びたことがあったわね。今ズールーが言った通り、アルは剣の能力を使うわ。周囲に居る敵対生物の注目を集めるっていうね」
ミヅチが言う通り、ズールーは一時的にアルから屠竜を借り受けたことがある。
魔法の武器を扱った事のある全員が納得した顔をする。
アンダーセンも魔法の武器についてそれなりの知識を持っているが、当然疑問はある。
聞き捨てならない、不穏な言葉が含まれていたためだ。
「周囲の魔物を全て呼び寄せるって、そんな無茶苦茶な能力、聞いたこと……」
そう言って跪いたまま絶句する。
彼女の他には誰一人、ミヅチの言葉を疑うような表情を浮かべている者がいないことに気づいたのだ。
「アルの剣は屠竜という、バルドゥックでドラゴンを退治したときに得た特殊な魔剣よ……今まで一度も使ったことはないからどうなるかわからないけど、この周辺の魔物の注目を浴びることは間違いない筈」
ミヅチがここまで言うと、跪いていた姿勢から立ち上がったアンダーセンが目を剥いた。
「あの、それって、私達も巻き込ま……」
「ええ、そうよ。だから……ロッコ、急いで王国軍を全員呼んできて。全員よ。防具を身に着けていない人はいないでしょうけど、もしそういう人がいても持てるだけの武器以外は全て放棄させて」
革鎧という、比較的身軽な格好をしていたロッコはアルの戦闘が見れないと不満を零しながらも走り去った。
「皆はまず、銃を回収して例の場所に纏めておいて」
ラルファが腰に提げたままの短銃を除けば、今ライフル銃を持っているのはベルだけだ。
一つだけなら魔道具だと言い張って済ますことが出来る。
ミヅチの命を受けてラルファとベル、ズールーも駆け出して行った。
「それから残りの黒黄玉は今どこ?」
「こっちに向かっている筈ですけど、馬車二台ですから……」
「アルが速度を上げた頃までは一緒だったのね?」
「ええ」
「ならもう耕作地には入ってるでしょう。アンダーセンさん、貴女は私とあの櫓に登って全周警戒を。あそこならアルが戦う所もしっかりと見えると思うわ。あと、黒黄玉が見えたらここで留まるように言って下さる?」
「わ、わかりました」
雰囲気に当てられたのか、別の理由からか、素直にミヅチの言葉を受け入れて櫓に向かうアンダーセン。
「ねぇ、アンダーセンさん」
ミヅチはアンダーセンの横に並ぶと声を掛けた。
「は?」
アンダーセンは返事をするが走る速度は緩めない。
「伯爵であるウチの人はともかく、なんで私にまでそんな態度を?」
「申し遅れました。私はこの度、女爵としてダスモーグの太守に任ぜられまして……」
「ダスモーグ? ダスモーグってもう少し北の……?」
「はい。その際に陛下より遠からず伯爵閣下がドレスラー伯爵としてこの地もお治めになられるだろうと伺っております」
「え……今はいいわ。後で詳しく聞かせて」
二人は櫓の下に到着した。
アンダーセンが先に登るようだ。
・・・・・・・・・
居留地の南門からアルが外に出る頃、ゴルゾーンドクーリはダービン村の南に広がる耕作地の中程に到着していた。
アルは青い竜の姿を認め、南に向かって一直線に駆け出している。
――あれがそうか?
ゴルゾーンドクーリの頭の中は禍々しい存在に対する破壊衝動で渦巻いている。
だが、自分が冷静ではないという事にも気がついていた。
気がついていながら禍々しい存在が発する存在感を打ち壊したくてしょうがないという気持ちに打ち克つことが出来ず、みすみす危地に舞い戻ってしまっていた。
――あそこなら……!
駆け寄ってくるアルとゴルゾーンドクーリとの間は秋蒔きの小麦畑が広がるだけで、あの忌々しい金属棒は立っていない。
――ぬ。この感じ……?
直後、ゴルゾーンドクーリは周辺の森から発せられるざわめきにも似た雰囲気を感じ取った。
彼以外にもあの禍々しい存在を感じ取った者が居ることを理解する。
同時に少しだけ落ち着くことが出来た。
――己は一人ではない、という事か。
禍々しい存在を、そしてそれを所有するヒトらしき者に対する破壊衝動は全く収まる気配はないが、少なくとも怪我の治療くらいはしておかないといけないことに気づいた。
どうにかこうにか、破壊衝動に駆られるまま無鉄砲に進む事だけは抑えつけることに成功し、治療のため地面に降り立つゴルゾーンドクーリ。
――もうちょっとの辛抱だ。
治癒魔術のために精神集中を始めた。
地に降り立つゴルゾーンドクーリを認めたアルは即座に攻撃魔術を使った。
射程を延長した八本弾頭のストーンジャベリンミサイルの魔術である。
剣を引っさげて走るアルの額に青い魔術光が凝集し、ぱっと散る。
と、石でできた投げ槍が八角形に並んで放たれた。
ジャベリンは数秒掛けてゴルゾーンドクーリまで飛翔する。
その間に、ゴルゾーンドクーリは右腕の止血を終え、左腕の止血にかかっていた。
特に誘導されないまま八本のジャベリンは命中したが、その全てが【魔法抵抗】によって無効化されてしまった。
――無駄さ。
ゴルゾーンドクーリは左腕の止血を終えるとほくそ笑む。
そしてアルは、駆け続けながらまた同じ魔術を使った。
――そんな距離から放つ魔術など、こっちが魔法に集中してなけりゃ……。
ゴルゾーンドクーリは飛び跳ねるようにして少し右に移動する。
ジャベリンはさっきまで彼がいた空間を走り抜けるかに思われた。
事実、その軌道はゴルゾーンドクーリの左側に向かって一直線だ。
――なにぃ!?
ジャベリンは、彼の手前で急に捻じ曲げられたかのように軌道を変えた。
そして完全に避けたと思って油断していたゴルゾーンドクーリに命中して、またもや無効化されて消えた。
――今のは……知っているぞ! ミサイルの魔術だ! 無魔法六レベル!? しかし、使い手などまずいないと……。
彼が今まで得てきた知識を総動員しても、ミサイルの魔術を使える者など本当にごく僅かしかいないという常識が判るのみだ。
だが、事実は事実である。
――そんな奴があれを持つか……。殺し、破壊せねば。
脳裏には、つい今しがた両腕を切り落とされた瞬間が僅かな恐怖感と共に蘇る。
しかし、駆け寄ってくるヒトが持つ禍々しい存在に対する破壊衝動が、それを操るヒトへの憎悪の感情が、恐怖を塗りつぶす。
「ゴアッ!」
気合いの声を上げて翼を広げると羽ばたいた。
周囲から押し寄せるように近づいてくる、獲物としか思えない集団の気配を感じ取ったこともあった。
――何も、まず最初に己が……いや、あれこそは己が最初に……!
再び飛び立ちはしたものの、結局は禍々しい存在とそれを操るヒトから目を離すことは出来なかった。
アルとの距離は二〇〇mを切る。
ゴルゾーンドクーリの目には、エメラルドグリーンに輝く刀身が映っている。
――己の腕を切り落とす、お前のような強者を斃してこそ……!
・・・・・・・・・
アルは走りながら二度に渡って攻撃魔術を放ち、その全てが命中したことに僅かな満足感を覚えている。
――【魔法抵抗】はあと四回分。お前さんは残り数が判ってるのか?
ニヤリと笑みを浮かべるともう一度攻撃魔術を放つ。
今までと同じ、八本弾頭のストーンジャベリンミサイルだ。
なお、アルには【魔法抵抗】と【低位魔法無効】の特殊技能のどちらが先に効果を発揮するのか判っていなかった。
王都で聞いた限りでは【魔法抵抗】の方が先だろうと思われてはいた。
だが、そう当たりをつけていただけで確信に至っていた訳ではない。
最初は試しで【低位魔法無効】に無効化されそうな方を選んで発射していたのだ。
そして、鑑定によってやはり報告通り【魔法抵抗】の方が先であった事が判ったため、二発目も同じ魔術を放ったのである。
地面から飛び立った青いドラゴンは攻撃魔術を躱そうと急旋回したが、そう簡単に避けられるものではない。
ストーンジャベリンという攻撃魔術は、ドラゴンのようなモンスターに対する威力は大した事がない代わりに、ミサイルにした場合の旋回半径はかなり小さいのだ。
アルが目論んだ通り、石の槍は全てが命中した。
四本は無効化されてしまったが、半数である四本は見事に横腹を貫いて……はいなかった。
【低位魔法無効】の特殊技能に阻まれて、こちらも無力化されていた。
――さて、ひん剥きは終わった。次は……。
新たな攻撃魔術のため、走りながら魔力を練り始めた。
――こいつでどうだ!
アルはストーンカタパルトミサイルを放つ。
弾頭の数は魔力の消耗を考えて一本だ。
電信柱のように巨大な石の槍は、躱そうと急旋回する青いドラゴンを追って旋回した。
そして、見事にその背に突き立つように命中した。
「ゴェアアアッ!!」
堪らず絶叫を放つドラゴン。
――ん? あれなら一発で殺せると思ってたが、浅かったか。いや、シャドウ・ドラゴンにもまともにぶち当てた訳じゃねぇからな……。ドラゴンみたいにでかいのが相手だと威力が落ちるのか……?
鑑定を続けていたアルの目には、ドラゴンのHPはまだ七〇〇程残っているのが映っている。
――だけど、もうヘロヘロだろ?
ドラゴンはフラフラと頼りない飛び方になり、高度も大分落ちている。
そして、アルが五〇m程まで近づいたところで地に降りた。
ひゅごっ!
ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。
――ふ、無駄だよ!
瞬間的に屠竜の能力の一つ、ブレスの無効化を使うアル。
パリパリッ!
ドラゴンは電撃の吐息を吐いた。
電撃はアルよりも少し手前で見えない壁のようなものに阻まれる。
アルはブレスを吐き続けるその隙を見逃さず、背中に風魔法を使い、ドラゴンに突っ込んだ。
「死ねっ!」
エメラルドグリーンに輝く刀身は、ドラゴンの腕の付け根から体内に潜り込むと、その体の側面を切り裂いた。
臓物こそ飛び出さなかったが、長く切り裂かれた大きな傷口からは血液が噴水のように飛び散った。
「お? まだ死なないのか。オクタプルダメージとは言え、剣だからなぁ……」
アルの目に映るドラゴンのHPは一桁にまで落ち込んでいる。
最早瀕死と言っても過言ではない。
「ゴルゾーンドクーリ……」
ドラゴンが呟くように言った。
「あん?」
瀕死のドラゴンの口から、聞き慣れない言葉が聞こえてきた事で、思わず返事のようなものを返してしまうアル。
「オ前コソガ、ゴルゾーンドクーリダ……己ヲ倒シタノナラバ今日カラソウ名乗レ……」
「うっせ。死んどけトカゲ野郎」
アルは剣を持ち上げるとドラゴンの目玉に突き刺した。
そして厳しい顔つきで南に広がる森に視線を移した。
・・・・・・・・・
「……終わったわね」
「……」
アルがドラゴンに止めを刺すところを見てミヅチが呟くように言った。
アンダーセンは何も答えない。




