第百五十四話 狙いどころ
7450年2月22日
「ムオオォォッ!!」
ドラゴンの翼による攻撃がきっちりとトリスに防御されたのを認めると同時に、雄叫びを上げながらゼノムが突進する。
突進しながら右手を上げると、ドラゴンの後肢に突き刺さっていた魔斧が回転しながら戻ってきてその手に収まった。
「ルアアァァッ!!」
そして、うねる尻尾、その先端から三分の一くらいの場所に叩きつけた。
どぱっという音を立てて斧の刃がブルードラゴンの尻尾にめり込み、内部の骨を叩き斬りながら、地面にめり込んだ。
ゼノムが斬り付けた尻尾の太さは三〇㎝近くもある。
その右側が半分以上も切られ、左側は皮と筋肉だけで繋がっている状態となった。
――ッ~~!!
ゴルゾーンドクーリは声にならない声を上げる。
ここまで大きな痛みは今まで経験したことなどない。
何しろ骨を断ち斬られたのは、生まれて初めてのことなのだ。
激痛のあまり、うねっていた尻尾は切られた場所までピンと伸び、切られた場所から先はだらりと垂れ下がっている。
「たああぁぁっ!!」
そこに宙に飛んだラルファが血塗れの手斧を叩きつけた。
ラルファが操る魔斧は、ゼノムが切り裂いた尻尾の傷口に命中し、その傷口を更に切り開くことに成功する。
そして、魔斧の刃は、まるで脈動するかのように不気味な赫い輝きを放つ。
「グアアッ! コイツッ……!!」
尻尾に群がっている二人をなぎ倒そうと、ゴルゾーンドクーリは下半身に力を込めた。
だが、牽制を続けるトリスやロッコに対する注意は怠っていない。
「フンッ!」
トリスがドラゴンの頭部めがけて刀身に炎を纏った剣を突き入れる。
それを躱すべくゴルゾーンドクーリは首を傾ける。
あと一歩のところでトリスの剣は空を切るかに思われた。
その瞬間。
「チェェイ!!」
迸る気合の声と共にトリスは剣を引き戻しながら全力で大地を蹴りつけた。
その前進速度は、剣を引く速さとほぼ同じであり、まるで突き出した剣の位置はそのままに彼の体の方が剣に吸い寄せられたのかと見紛う程に速い。
そして、下からすくい上げるように炎の剣を振り上げ……。
「ギッ!!」
……炎のように波打つ刀身は、今度こそしっかりと目標を捉えた。
下顎の左側が、じゅわっという音と共に割いたように斬られ、傷口の奥に真っ白い牙が覗く。
トリスの攻撃は、ドラゴンの体で一番の強靭さを誇る顎の骨を切断するには至らなかったが、その表皮を覆う丈夫な鱗と共に神経が集中する歯茎まで切り裂いていた。
――く、くそ。ヒトめ!!
ゴルゾーンドクーリは体中を駆け巡る激痛を無視して尻尾を振った。
振るわれたのはゼノムがいる方向である。
「フッ!!」
ゼノムはタイミングを見計らうと、振るわれてきた尻尾を飛び越えてラルファの腕を掴んで引きずり倒した。
直後、戻ってきた尻尾が地に伏せた二人の頭上を通り過ぎる。
と、ブヂィッと筋肉組織が引き千切られるような嫌な音を立て、尻尾の先端が分離した。
ゼノムに切断されかけ、更にラルファによって大きくされた傷は、かろうじて皮膚だけで繋がっていたのだが、尻尾を振り回す強力な遠心力には耐えられなかったのだろう。
その様子を目にした全員があっと思った時には、飛んだ尻尾の先は今にも突き込もうと槍を引いたグィネの側面にぶち当たった。
「アッ!」
叫び声とともに、グィネの矮躯は七~八mも飛ばされてしまう。
地面を削りながら止まった時には、数十㎏もの重量でグィネにのしかかっていた。
「ぐっ、がぼっ……」
強い衝撃に肋骨が折られてしまい肺にでも刺さったのだろうか、グィネの口から血泡が漏れる。
「チッ! クソがぁぁっ!」
体勢を立て直したロッコが広がったままの蒼い翼をかいくぐる。
その首を目掛けて急所狙いの剣で斬り付けた。
魔剣はロッコが狙った通り、鱗が生えている向きとは逆向きに振られ、鱗の隙間を縫って見事に皮膚を切り裂いた。
――こ、これは、まずい。
尻尾の先三分の一を失っただけでなく、多くの手傷を負わされたゴルゾーンドクーリは仕切り直しを決断した。
少なくとも、断ち切られた尻尾と背中に受けてしまった傷だけでも治したい。
大きく翼を振って周囲からヒトを遠ざける。
バン!
首にベルが放った銃弾を受けるが意に介すことなく羽ばたいた。
「ズールー、最後の一発でしょ、よく狙って!」
バン!
残弾が一発になっているズールーに警告を飛ばしながらベルは続けざまに銃を放つ。
「ぬおおっ!」
「おあああっ!」
再び翼をかいくぐりながらトリスとロッコが突っ込んだことでベルは射撃をやめざるを得ない。
「止めて! 行かせなさい!」
ミヅチの声が響く。
それで頭の冷えたトリスとロッコはグィネとドラゴンとの間に素早く移動すると防御態勢に移った。
ミヅチは切っ先をドラゴンの血に染めたままの曲刀を引っさげながら広場に駆け込んできた。
ミヅチの言う通り、ここは行かせたほうが良い。
今突っ込んだところでせいぜい二・三回斬り付けて終わりである。
しかもその攻撃で致命的な傷を与えられそうにはない。
それならグィネの治療が先である事に思い至ったのだ。
・・・・・・・・・
――く、くそっ! 撃てなかった……。
唇を噛みながらズールーは、飛び上がったドラゴンをポイントし続けている。
いかにドラゴンが巨体とはいえ、彼の腕では傍に味方が居ると誤射が心配で発砲出来なかった。
そして、今までの射撃の効果を考えると、今撃っても効果的な攻撃にはならないことは自明の理である。
彼を含む小銃手達の作戦、その基本線は、まず最初に一斉に射撃を行う。
とにかく、最初の射撃でダメージを与えられた事が確認されたのであればその後も引き続き数発の射撃を行って様子を見る。
強力な魔剣を所持し、体術や白兵戦技に長けたミヅチだけはさっさと射撃を終え、タイミングを見計らって地上組との合流が目論まれていた。
また、シャドウドラゴンとの戦訓により、ドラゴンは場合により三桁にも及ぶ【魔法抵抗】を備えている事が判明しているため、攻撃魔術の使用については魔力の無駄遣いに繋がるので厳に戒められている。
予想では体格が小さいことから若いドラゴンだと思われるので、それ程多くの【魔法抵抗】を持たない事も考えられていたが、予想が外れたら洒落にならない。
仮に予想が当たったところで貴重な魔力を無駄遣いすることに変わりはないのだ。
それはそうと、射撃を行った後で気を付けるポイントは射撃を嫌がるかどうかである。
命中した部位によって急所かそうでないかの違いもあるだろうし、嫌がり方も異なるはずだ。
それを見極めるためにもできるだけ多くの部位に命中弾を与える必要があった。
可能ならここで最低二箇所、急所を見つけることが出来れば合格点だ。
今までに一箇所、ベルが撃ち込む事に成功した目の脇(恐らくは目玉もそうだろう)は銃撃の効果が高いであろうことが判明している。
だが、如何なベルとはいえど、あんな小さな、まして動く目標にはそうそう命中弾は見込み難い。
もっと狙いやすい場所を見つけないとだめだ。
――ん? あれ?
ズールーはその二射目において、確かにドラゴンの脇腹に命中弾を与えた。
噴き出す血液をはっきりと見てもいる。
だが、今まさに空中に飛び上がったその脇腹には、血の跡はあるが傷はない。
正確には血が流れ続けていない。
見間違いではない証拠に、他の傷からは未だに血が流れ続けている。
――どういうことだ? ……そうか!
ズールーの頭に電光のようにある考えが閃いた。
「脇腹、腹の傷が塞がっています!」
・・・・・・・・・
ダービン村の耕作地を駆け抜けながら、アルはもう振り返らなかった。
居留地を覆う柵まであと二〇〇mもない。
開け放たれた北側の門を目指して僅かに進路を修正する。
――!
脳裏に誰かが重傷を負った事、しかし心配はいらない事が伝わってきた。
「心配ないって、ンな訳あるかよ……!」
上半身が起き上がると右手が手綱を離れ、腰の剣に伸びる。
剣の柄を掴んで引き抜いた。
――次に何かあったら迷ってる場合じゃないな……。
右手に屠竜、左手にウラヌスの手綱を握りしめ、アルは駆ける。
・・・・・・・・・
飛び上がったゴルゾーンドクーリは、広場から伸びている一本の道に向かって飛翔した。
あの道の先、一〇mもない場所から右手に伸びる路地に入ってしまえばイエの上から狙われる心配はない。
「脇腹、腹の傷が塞がっています!」
ヒトの叫び声が耳に入る。
内心でギクリとした。
が、すぐに切り落とされた自らの尻尾の下敷きとなって倒れているヒトを目にして平静を取り戻した。
――ふふ、いつの間にか一匹やっていたか。
確かに腹にあの魔術を食らうのは避けたい。
だが、彼は既にあの魔術は多くは放てそうにないことに気づいていた。
最後の一発とかなんとかいう言葉もしっかりと聞こえていたのだ。
――奴ら、いままでのヒトよりは大分やるようだが、ミヅチとゼノムにだけ気を付けておけば良さそうだ。
ゴルゾーンドクーリは歪んだ笑みを浮かべて路地に飛び込んだ。
――それに、見たぞ見たぞ。あのお宝、火を出した。あのお宝は生き物のように動いた。あのお宝は……全部、全部己のものだ!
一軒の家の裏に着陸すると、即座に治癒魔術を使った。
まずは大出血中の尻尾だ。
――グ……ム。今はこれでいいだろう。
そして、背中の傷。
――……よし、行くぞ!
双方の傷は止血をした程度だ。
だが、今は完治させなくてもいい。
それよりも、今は攻撃魔術の為にも魔力は少しでも温存しておきたかった。
・・・・・・・・・
「どいてっ!」
トリスとロッコの間を通り抜け、ミヅチは倒れているグィネに辿り着いた。
「尻尾をどけて!」
言うが早いかミヅチはむき出しになったグィネの頬に手を当てて精神集中を開始する。
トリスとロッコは力を合わせてグィネの上に乗っていた尻尾を取り除いた。
ミヅチの手に青い魔術光が凝集し、それがグィネに移る。
「ごぷっ」
また一口、グィネは血を吐いたが、真っ青になっていたその顔には見る間に赤味が差し始めた。
「全周警戒!」
そう言うとミヅチは再び精神集中を行った。
何度か繰り返して完全治癒の魔術を掛けたことでグィネは持ち直し、自ら起き上がる。
「来たよっ」
ラルファの鋭い声が響いた。
そして。
「グオオオオオォォォン!!」
自ら気合を入れ直すためか、路地から広場へと駆け込みながらドラゴンは一際大きな咆哮を放った。
・・・・・・・・・
――ご主人様も、もういらっしゃる……。
ズールーは予想を超えて大きく響いた咆哮に些か驚きながらも膝立ちのまま銃を構えている。
狙うはブルードラゴンの腹部だ。
これを命中させたら脇に伏せてある盾を取って、なんとかして地上に降り、最前線に駆けつけなくてはならない。
「え?」
思わず声が漏れた。
彼の脳裏に展開される【部隊編成】。
そこをこちらに向かって高速で移動していたアルの速度が急に落ちたのを感じ取ったのだ。
思わず狙っていたドラゴンから目を切り、アルが接近してきたと思しき、北へと目をやってしまった。
以前ご報告させて頂いた通り、出張中でございます。
来週の更新は絶望的とまでは申しませんが、出来なかったらごめん。
戦闘中にごめん。




