第百七話 予定外の出来事
今日の話は少し短めです。
その代わりと言ってはなんですが、明日も別の話をアップできると思います。
万が一、明日までに書ききれなくても火曜か水曜には載せられると思います。
前回から百話以上空いてるのでそろそろかな、とお思いの方もいらっしゃったようですが、そうです。
幕間です。
7449年12月28日
さて、これで俺の領土へ新しい住民を誘致するのに憂いはなくなった。
とは言え、移住を促す事についての障害がなくなっただけで、移住者が大勢来るとは限らないけどな。
「流布して頂く情報については後ほどラッパの方々へお届けします」
「ああ、金が掛かる訳でなし、そちらは好きにしろ」
ラッパにばらまいて貰う情報については、国王に問われるままに簡単に説明していた。
内容は以下の通りである。
・西ダートの地には、一人が働くことで一人半くらいが食っていけるだけの仕事がある
・働きが良ければ正式な従士として取り立てられる可能性がある
・農作業や土木関係の仕事の経験があれば優遇されるが、無くても健康で働ける体があれば良い
・領主(俺)が斡旋する仕事に就いた場合、移住にかかる費用は就業後半年の評価次第で移住距離に応じて行政府から返ってくる
・勿論、軍務の経験者や過去に騎士として叙任を受けた者であれば優遇する
これだけだ。
一部にそこそこ、と言うか、かなりいい条件があるが別に大した事ではない。
軍人の経験がある者を集めたい、集めようとするのはどこの領主も考えている事だし、当たり前とも言えるので全く問題はない。
給金や、後ほど支給する可能性のある移住費用などの子細は別途紙面でラッパに渡すことになっている。
一応、それらについて纏めた書面は何通りか用意しておいたのだが、国王はそんな瑣末な事に興味を示さなかった。
その方法は別として、今回の俺のように大貴族が他領から自領に移住を促す事は珍しくないからだろう。
後は幾つか事務的な話をして、来年の年末に再度参上することを述べて帰りの挨拶を口にした。
「それでは陛下。お忙しい中……」
「まぁ待て。そう急くな」
「は」
なんだ?
「そなたの腹積もりを聞かせよ。街道整備だが、あと何年くらいで西ダートから王都までの工事に目処がつく?」
「と、申しますと?」
「そなたの領土に駐屯させている我が騎士団を別に振り向けるにはあと何年くらいが必要だ? ……そうだな、最南端の村だけでいい。七・八年か? いや、一〇年くらいはかかるか?」
最南端のガルへ村には一個中隊二〇〇人程の第二騎士団員が駐屯して国境の防備に当たっている。
この人数は戦い慣れた第二騎士団という、ある程度実力のある者たちだからこそ、この程度で済んでいるとも言える。
本来ならもう少し兵士の人数が多くなる。
例えば、徴兵主体のデーバス王国の軍であれば倍の人数が必要になるらしい。
質には目を瞑って、二〇〇人という頭数だけで言っても今の西ダートの人口の〇・五パーセントになる。
従って、特別な手を打たず何もしないままだと短期間で揃えるのは難しい人数だ。
まぁ、俺が街道整備の人足集めを口実に、あわよくば兵士としても転用できるような丈夫な人を増やそうとしているのは馬鹿でも分かるわなぁ。
「……そうですね。全てが順調に運んだとして、一五年以内には」
ここで下手な事を言おうものなら言質を取られそうだし、今は出来るだけ長期間で返答しておくに限る。
「そうか……ならば、八年以内には最低でも一個中隊を貴様の領土から戻す。覚悟をしておけ」
俺が言った期間の半分だ。
人の言うことなんざ聞きゃあしねぇ、ってか?
「は」
それはそうと、兵隊を集めようとしている?
外征?
もしくは国外からの大規模な侵攻計画でも掴んだ?
それともどこぞで内乱か?
いや、どこかの貴族領のお取り潰しだろうか?
そう考えるのは早計か?
「ほう? 不満ではないのか?」
国王は少しだけ意外そうな表情をした。
まぁ、普通ならそうだろうな。
「いえ、陛下もお見通しでございましょう?」
「ふっふ……」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべただけで、国王は特に何も言わなかった。
「……下がってよいぞ」
「は。陛下、殿下。失礼致します。また来年、良きご報告が出来るよう、精進いたします」
「うむ」
ソファから立ち上がった。
「おい、グリード」
「は」
と思ったら呼ばれたので床に膝を突く。
ところで、リーグルじゃなくてグリードの方か。
「……お前は俺の想像よりもずっと早く領地を得、少なくとも冒険者としての優秀さと戦闘力の高さを知らしめた。そして今、領土を持つ大貴族としても、そこそこまともにやれそうである事も分かった」
「は。お褒めの言葉、誠に有難うございます」
「だが、お前の真価が問われるのはこれからだ」
「……はい。陛下のご期待に背くことの無いよう、常に己を律し、研鑽して参ります」
「それを理解しているなら良い。下がれ」
王城の入り口で待たせていたギベルティたちと合流した。
まずは王城に近い店の方に行って、レイノルズやバストラルに当面の指示をして……。
そこでギベルティたちを宿に向かわせ、チェックアウトと預かって貰っていた俺の軍馬や馬車を回収して貰う。
その間、俺は工場の方へ行ってキャシーと挨拶。
そして工場で待機させていた、領地へ連れ帰るガキ共へ訓示を垂れているうちにギベルティたちも合流、ガキ共を馬車に詰め込んでべグリッツへ向かう。
今はまだギリギリ昼前と言ったところだろうから、一三時過ぎにはロンベルティアを発てるだろう。
順調に王都での最後の雑事を片付けていくと、工場に着いたところで異変が発生した。
俺が顔を覗かせ、キャシーと二言三言、話し始めた途端、キャシーが口を押さえて便所に駆け込んだのだ!
先日までキャシーは健康そのものに見えた。
……これ、いつか見た光景だ。
あの野郎、生でやり……失敗しやがった!
思い当たった瞬間だけ、今後の予定が幾つか狂う事になるので少しだけ厄介だな、と思ったが、めでたい話だ。
王都での最後に思わぬ朗報とは……意図せずに俺の顔には笑みが浮かんでいたようだ。
不思議そうな顔をする奴隷たち。
キャシーが戻ったらすぐに【鑑定】しよう。
考えにくいが、万が一の場合、別の病気の可能性だってあるし、それこそ食中毒でも起こしていたら一大事だしな。
少し心配になっていたが、暫くして便所から戻ったキャシーを【鑑定】すると、無事に【状態:妊娠中】であることを確認できた。
キャシーに声を掛けて奥の部屋に入った。
この部屋は、以前にはジョンが宿直室として使っていた部屋で、現在は警備の戦闘奴隷たちの休憩室になっている。
「キャシー、どうしたんだ?」
「す、すみません。急に吐き気が……」
少し顔色が悪いまま、俺に頭を下げるキャシー。
「いや、腹を立てているわけじゃないから気にするな。ちょっとそのまま動かないでいてくれな。今から魔法で病気かどうかキャシーを診てみる。ああ、そんなに畏まらなくてもいいよ。楽にして。それに、気持ちが悪くて我慢できそうにないなら動いても構わない」
そう言って光る眼の魔術を使った。
魔術を使いながら、なんとなく、本当になんとなくだけど転生者では初めて子供を持つことになるバストラルを少し羨ましく思った。
……しかし、これ、結構面倒くさい魔術だよな。
かなり慣れてきたとは言え、魔術の完成までにはまだたっぷり三分はかかる。
「……やっぱりな。キャシー、おめでとう。元気な子を産んでくれ」
「ええっ、それって……」
俺の言葉を聞いたキャシーは驚きの表情で両手で口を押さえた。
「うん。お腹の子はバストラル家の跡取りだな」
にこりと微笑みながら言う。
「まぁ! まぁ! 何てことでしょう!?」
キャシーは嬉しそうに、溢れるような笑みを浮かべた。
いい笑顔だ。
「いいか、これから言うことは必ず守ってくれ。まず、今後は一切力仕事はするな。えーっと、来年の八月くらいまでは作業の監督だけしていればいい。その間、少しでも辛いようなら工場や店には出なくていいから、安静にしていること。少しでも体調が悪いと感じたら、誰かを供につけて宿に帰れ。九月から……この頃にはお腹も相当に大きくなっているから出勤もする必要はない。多分だけど、順調なら来年の一〇月くらいに生まれるだろう。生まれたら最低でもその後一ヶ月間は仕事なんか忘れろ。いや……どうせ俺の馬車でも動かせないんだ……一年くらいは子育てに専念して構わない」
俺がそう言うと、キャシーは「あの、猫人族は半年くらいで生まれるので……」と遠慮がちに言ってきた。
「お、おう。そうだったな」
し、知ってたさ。
ちょっと普人族と勘違いしただけだよ。
あ、そんなことよりバストラルに伝えに行かせるのを忘れてた。
部屋を出て、手近な場所で挽き肉機を回していたガキに「キャシーに子供が出来た。急いで店まで行ってバストラルを呼んで来い」と命じた。
ガキが駆け出していくのを見送ると、俺の言葉を聞いた他のガキ共が蜂の巣をつついたように騒ぎ出した。
笑みを浮かべてその声を聞きながら、ここまで喜ばれるとは、流石はキャシーだなと感心していた。
ガキ共の母親役、姉役をして貰っていただけはある。
・・・・・・・・・
「じゃあ、そろそろ行くわ」
跡取りを授かって喜びを隠しきれないバストラルに言いながら、彼を伴ってウラヌスに向かう。
『この前も言ったが国王とその組織は、スローターズには俺以外にも転生者がいると思っているフシがある。キャシーが妊娠したからな。来年の春にここを出ることも出来ないだろうから、くれぐれも気を付けて行動してくれよ?』
『勿論です』
バストラルは少し申し訳無さそうな顔つきで返事をした。
子供が生まれ、馬車での移動に耐えられるようになる、一年半から二年後くらいまでバストラルは女房とロンベルティアに釘付けになる。
『万が一の時のために一応これを渡しておく』
『こ、これは!』
『ああ、【身隠しの指輪】だ。攻撃しようとせずに逃げるだけなら暫くは誰の目にも映らない。お試し以外では使ってないからチャージは四五〇と二二〇回は残ってる。素っ裸にならなきゃあんまり意味はないが、いざという時はお前とキャシーで使え。あとこれも渡しておく』
念のためと持って来ていたそよ風の蹄鉄も四つ渡した。
『馬の一頭くらい買っておけ。その蹄鉄を履かせて逃げりゃどんな相手からでも絶対に逃げ切れるからな。……だから、後ろに女を乗せ、片手で赤子を抱いて走れるように練習を怠るな』
『はい!』
ウラヌスの鐙に足を掛けた。
「じゃあな。嫁さんを大事にしろ。また来年の暮れに来るから、その時にはお前の息子か娘を見せてくれ」
そう言ってウラヌスを歩かせた。
キャシーの妊娠騒ぎでなんだかんだあり、予定より二時間近くも出発が遅れてしまった。
少し急がなければならない。
「ベン、エリー。そいつらが馬車に酔っても今日は一時間おきに一〇分しか休憩しないからな。ゲロを喉に詰まらせないかしっかりと見ておいてやれ」
急がなければならないが、人目に付くあたりではそうそうなスピードは出せないから、多分大丈夫だろうけど、念のためね。




