第百六話 報告と献上
7449年12月28日
先日、例のあばら家でエンブリーと会って話をしたのだが、彼の方も俺の依頼を断ってきた。
ザイドリッツと同様に、俺と水面下で手を組むという考えは全く持っていないように見えた。
しょうがないね。
その後、昨日一昨日はロンベルティアの行政府で商会の納税関係の事務処理や、上納金の計算書を民部省と領土省に提出したり、今日の会見の為にアジェンダを書類に纏めて中務省を通じて王城に提出するなど雑事に忙殺されていた。
今日は一〇時からお昼までの最長二時間の約束で陛下のアポを取り付けているのだが、この二時間の間に話し合って結論を貰う必要のある議案が幾つもある。
まだ約束の時間にはなっていないが、俺は陛下の登場を王城の応接室でそわそわして待っていた。
何しろ、今日はこれから自らの領土へと帰る予定なのだ。
一応、急げば明日の夜半には到着出来るだろうが、その為には今日明日と連続して半日も全力疾走する軍馬に揺られ続ける羽目になる。
到着は明後日の夕方でも構わないから少しのんびりと行きたいものだ。
だとしても時速二五㎞は出さないといけないからちょっと憂鬱ではあるんだよね。
などとしょうもないことに思いを馳せていると応接のドアが開いた。
「閣下、間もなく陛下がいらっしゃいます」
王城に詰めているらしい精人族の爺さんが言う。
王家直属の従士かなにかだろう。
俺はソファから立ち上がり、扉の方に向いて床に右膝を突くと臣下の礼を取った。
「久しいな。面を上げい」
陛下はそう言いながら部屋に入ってきた。
陛下の後には長子でもあるリチャード殿下が護衛として付き従っており、無言で陛下の座るソファの斜め後ろに立った。
あら? 今日はあの黒なんとかといったワイヴァーンの鎧は着てないのね。
宮廷内用の装飾過多な服を着用していた。
俺の前に誰かと会っていただけなんだろうけど。
「ご無沙汰しております」
「うむ。掛けろ」
立ち上がって陛下の方に視線を移すと、先日提出した書類らしきものを持っているようだった。
俺がソファに腰を下ろすと、陛下は「面倒なことから先に片付けるとしよう」と言いながら足を組んでソファにふんぞり返り、綴じられた革表紙をめくっていた。
「えーっと、なになに……?」
「……」
部屋の中では陛下が書類を眺めているだけで、沈黙が支配している。
ん~、書いておいた内容に不足はなかったよな?
領主の仕事の一部を、役人やミヅチに代行させるための国法に対する僅かな逸脱の許可願いも書いたし、夏から始めたばかりの検地やそれに伴う来年からの上納金の変更(検地で判明した部分においては増額となる)などについても記している。
「ふっふ。お前も少しは苦労を知ったようで何よりだ」
一枚目を読んだ国王は嫌らしいが満足気な笑みを浮かべて言った。
「は。恐縮です」
くそ。やっぱりこのおっさんは俺の領主教育の際に、こうなることを予想してやがったか。
「ま。いいだろ。他領でも多くの前例があるしな。変更を認める」
“領土からの収税と国庫への納税は領土を所有している上級貴族の責任であり、何人たりとも侵すことの出来ない権利と義務である”
という国法を逸脱する法律を俺の領内で制定することについて許可が得られた。
これであの小うるさいインセンガのおばはんも、もう少し静かになるだろう。
それに、俺の負担も大幅減だ。
「誠に幸甚にございます」
両手を膝に置き、畏まって頭を下げた。
「……」
頭を上げた時には、国王は次のページに目を落としていた。
「わはは。何だこれ? 来年から上納金が少し増えんのか? お前、大方来年からの上納金を値切ろうとして農地を測り始めたんだろう? だが、嘘を吐かずに正直に申告したことは褒めてやろう」
俺の領内にある街や村の幾つかはグィネによって詳細な地図が作られている。
その結果、隠し畑や今までとの報告との誤差もあって、農地の面積は過去に記録されていたそれよりも少し増えるだろうと予測されていた。
こういうところでせこい騙しはしたくないので、判明した部分や今後の見込みについては正直に書いていた。
その結果、検地前である今年の上納金と比較して、検地の結果が反映される来年の上納金は五%以上という、大幅な増加になるだろうと見込まれている。
「ご冗談を。臣は陛下の忠実な下僕にございますれば、当然の行いでございましょう」
出来るだけ真剣で真摯な目つきでしっかりと国王を見て言った。
「……ぐ、む。……そなたの忠実さは他の貴族共にも見習わせたいものよ」
正論で返した俺の言葉に返事を詰まらせたようだ。
「お褒めのお言葉、心より嬉しく思います」
また頭を下げる。
「……」
頭をあげると国王は次のページを捲っていた。
「……」
国王は黙ったまま、更にページを捲った。
三枚目からは俺からの国に対する要求や許可が中心となり、文量も飛躍的に増大する。
「交通路の整備要求? そりゃあお前んとこならゴム製品やなんやらを作るんだろうし、それらを王都まで運ぶのはそれなりに大変だろうということは解る」
「は」
「その為の費用負担について国庫を期待しないと言うのなら、まぁ否やはないが……。今の街道で何か不足なのか? ダート平原に軍を向かわせるにも不都合はないよな?」
前半部分を俺、後半部分を後ろに控えているリチャード殿下に言う国王。
「は。南への街道はよく整備されているかと……」
国王に答える殿下の声も少し不思議そうだ。
「それだけではない、定期的な輸送『キカン』の運行……? 『キカン』とは何だ?」
国王は『機関』の意味が解らなかったようだ。
尤も、俺の知る限り、オースの言葉でそれに相当するものはないから、表音文字であることをいいことに日本語の発音のまま『キカン』と書いた俺に責任の大部分は帰されると思う。
「決まった日程で行き来する乗合馬車のようなものだとお考えいただければ宜しいかと……」
今、正確に説明するのは躊躇われるから思い切り端折って言った。
「ふむ。しかし、なんだ? グリード商会で乗合馬車もやるつもりか?」
「は。王都と西ダートの地を結ぶ事が叶いましたら、我が領土での産品などを……」
「それにしても何百キロとあるから大変だぞ? 西ダートの産品と言ったな? 何を……」
「これでございます」
王城の入り口で検められ、隣に置いておいた風呂敷包みをテーブルに載せて結び目に手を掛けた。
「我が領土の産品でございます」
そう言いながら結び目を解く。
「……お!」
「なんと!」
国王だけでなく、警護のリチャード殿下も思わず声を上げてしまったようだ。
風呂敷包みから現れたのは、向こう側の像が歪むことのないつるつるの表面をした透明な板ガラスだ。
三〇㎝四方程度、五㎜程の厚みの板ガラスを四枚ほど重ねていたが、国王と殿下に一枚づつ手渡した。
「ご承知の通り、ガラスは大変に脆いものでございます。我が領土では先日、非常に滑らかな表面を持つ石が出土いたしました。それを使えばそのように板状に加工することが可能です。透明度の高いガラス原石さえ入手出来れば、ある程度の数量を作ることすら可能です。……ご覧の通り、薄くて平らでありますので窓にでもご使用いただければ有用かと存じます」
へっへ。これもあってトールにプレス機を作らせていたんだ。
モーターのような機械がないから、まだ何十何百トンもの圧力を持つような物は作れないが、人力でも恐らくは数百㎏くらいの圧力を掛けられる程度のものは出来ている。
大きな金属の抜きや曲げは無理でも一㎜程度の薄い鉄板を始めとする金属板なら充分に機能するし、緑がかったガラスを熱して柔らかくし、石板や鉄板で押し潰すくらいワケはない。
勿論本来の使い方ではないが、これなら目眩ましとしてもバッチリだろう。
俺が語っている間、国王と殿下は手に持った板ガラスをあちこちの方向から眺め、ガラスの向こうを見るように顔の前に翳したりして忙しそうだった。
因みに、その形状は別にして、こういった透明なガラス自体は以前から全く存在していなかった訳ではない。
勿論、宝石程ではないけれど、結構な値が付くので大変な貴重品であることは間違いがない。
主な産出元はバルドゥックの迷宮なんだけどね。
レンズ状だったり単なる塊だったりするが、稀に迷宮から得られるために透明なガラスは人工的に作れないだけで、ごく僅かだが存在はしていたのだ。
その形状を利用して発火器具として使われる事もないではないが、主な用途はそれを溶かして、水差しやグラスなどの食器などに再加工するような事だ。
また、レンズ状のものは小さく再加工して貴族階級の眼鏡に使われていることもある。
売ってるところを見た事はないから噂でしか知らないが、安い眼鏡は色付きなので無色透明な迷宮産レンズを使用した眼鏡は物凄く高価なんだってさ。
なお、二つのレンズを前後に組み合わせて使うという発見がなかったからか、望遠鏡や双眼鏡に相当するものは開発されていない。
「本日は四枚の板ガラスをお持ち致しましたので、専用の窓枠を用意すれば窓一つ分くらいは賄えるかと存じます」
国王たちは透明な板ガラスを余程お気に召したと見え、俺が御託を並べ立てている間も感心の唸り声を上げながら手に持った板ガラスを眺め回していた。
先日、お礼の品を持っていった時の各国の大使たちと同様だ。
ところで、そろそろ結構な時間が経過している。
「その板ガラスですが、近々王都にございます私の商会にてご注文を承りますので……」
俺の言葉を耳にした国王がやっと板ガラスから顔を上げた。
「……ふぅーっ。大したもんだな、これは。俺の寝室の窓に使っている板ガラスよりも滑らかだ……」
あ、やっぱ迷宮産のガラスで窓作らせてたのか。
流石に大国の王だけはある。
「陛下、ご理解いただけましたでしょうか? これ程のガラスは大切に、本当に大切に運ばねばなりません。それ故の街道の整備です。この滑らかな表面を持つ板ガラスは我が領土の大切な資金源となります。然らば、街道整備の費用を私の方で供出する程度、何ほどのものはございません」
「む……これほどの品、確かにな……」
そう言いながらも国王は難しい顔をしている。
流石にこれだけで騙されてはくれそうにないか。
しょうがねぇ。
鼻先に金銭欲を刺激するものをぶら下げてやろう。
「僭越ながら申し上げさせていただきます。陛下。手前共が王都からまた外国へ販売する際に、多額の関税を掛けて頂くことが可能ならば、多少なりとも国庫の潤いにも役立てるかと愚考いたします」
関税率は好きに設定してくれ。
板ガラスを傷付けずに運ぶことの出来る隊商はかなり大手の商会に限られているだろうし、そうなるとせこい密輸や関所破りなんかの心配は殆ど無いだろう。
あったところで俺が損する訳じゃないし、それを取り締まるための第三騎士団だろ?
「……うーむ。言われてみればそれもそうだな。おい、グリ、いや、リーグル伯。こいつの価格は幾らだ?」
「は。その大きさ、厚さで一枚五〇〇万Zを予定しております」
「ほう? 俺が想像していたより少し安いな」
「はは。陛下、お忘れですか? 私は元々バルドゥックの迷宮に潜っていた冒険者です。かの街には私と懇意にしていた冒険者もまだまだ数多く居りますれば、彼らから原料を直接仕入れられるという寸法です」
「ふむ。なるほどな……よし、普請の費用をそなたが持つと言うなら反対する理由はない。街道の整備は好きにしろ」
「は。ありがたき幸せ」
よっしゃ!
あ、これも追加しておかなきゃ。
「陛下、そちらに記載の通り、地形の都合など場合により現在の街道から少しルートを外れる事についてもお含みおき下さい。ひょっとしたら幾つかの町村では農地を削ることになるやも知れませんので、予め……」
「良い良い。この書に記載の案の通りで構わぬ。街道程度大した面積でもあるまい。ふむ。必要なら俺の名で布告も出そう」
「ははぁっ! 大変に心強いお言葉を賜りまして、臣は幸せ者にございます」
平伏して言うが、頭を上げたら国王は殿下と何やら小声で話し始めていた。
「一〇割行けるか……?」
「流石にそれは……」
「なら五割か?」
「いえ、六割……うーん、七割は抜けても……」
「そうか。七割で行こう」
……なんとも気の早いこって。
呆れたような表情にならないように、にこやかな笑みを続けている。
「えーっと、次は……」
こうして普通の報告に紛れさせて、馬車鉄道の路線を引く許可を得ることが出来た。
さて、本題だ。
「陛下、最後にお願いがございます」
「ふん。俺も話があった」
国王の表情が切り替わった。
そらま、俺との交渉を断ったからには報告くらいされていても不思議じゃない。
「は。どういったお話にございましょう?」
「良い。そなたから申せ」
「は。では申し上げます。陛下がお抱えになられております組織に仕事をお願いしたいのです」
「……」
予想はしてたって表情だ。
「俺の抱えている組織?」
少し楽しそうに言う国王。
「ラッパ、と申しましたか? 私の知るところでは国内の殆どの領地に人員が配されているとか……」
リチャード殿下は知らされていなかったらしく、目を見開いている。
まだ三〇前だったか、三〇過ぎだったか……どちらにしても若いな。
「……」
お互いに視線を交錯させ、僅かな沈黙があった。
「誰から聞いた?」
「私の手の者です。と、言ってもライル王国から雇った傭兵ですが」
「……」
また視線が交錯した。
国王は探るような目つきと表情をしている。
「……んんっ」
暫く俺を見つめて沈黙していた国王は咳払いをして言葉を継ぐ。
「どこまで知っている? 正直に申せ」
こりゃまた随分と単刀直入に来たね。
「は。何についてでしょう?」
「知れたことよ。ラッパについてだ」
見逃すつもりはないようだ。
俺は僅かに肩を竦めて答える。
「ロンベルト王家お抱えの諜報組織で、国内国外を問わず構成員がいるという程度です。それから、創設は初代ジョージ陛下だと耳にしています」
「それで?」
「王家に対する忠誠心は見事なまでに高いとも聞き及んでいます」
「他には?」
「……ザイドリッツ、二人のエンブリー、ラフローグという四人のまとめ役がいて、それぞれの配下を使って国内や国外について各種情報の収集などを行っていると」
会話が進むにつれ、国王の顔からは表情が減り、今は殆ど無表情と化している。
「それらを聞いたのはいつ頃だ?」
「二・三ヶ月前でしょうか」
「時に、ザイドリッツは元気か?」
「ええ。毎日耕作に精を出しており、私も大変に助かっております。我がべグリッツのタバコ農地の四割を彼に任せていますから……」
淀みなく答えた。
「……そうか」
俺の従士となっているガロンとマーサのザイドリッツ夫妻は、確か国王の遠縁という形で押し付けられた。
普人族である国王と、獅人族である夫婦がどういう縁戚関係なのかは、最初から間者だと思っていたので興味はなかった。
どうせ国王側も俺に気付かれるのを承知で送り込んで来ているんだろうし。
監視しているぞという牽制球を放ったつもりもあったんだろうと思う。
「奴から聞いたのではないのか?」
「いいえ。先程も申し上げました通り、私が雇った傭兵から聞きました」
「……」
「本当だな?」
「勿論です。尤も、彼については最初から背後に陛下がいらっしゃるだろうとは思っていましたが」
「そなたがザイドリッツやエンブリーと接触したという件については報告が入っておる」
「は」
「交渉しようとした事もな」
「は」
「そして、そなたの姉……まぁよい」
よかねぇよ。
「……」
「何を頼みたいのか? 我が国の他の領土についての情報か?」
「いいえ。それに付きましてはほぼ解決したようなものだと思っております。本日お願いしたいのは、国内各所にいらっしゃるというラッパ組織でなければ出来ないことです」
「ほう? 申せ」
「我が領土への移住を促す情報の流布です」
「あ?」
「私の騎士団員や従士を使っても良いのですが、大々的に移住希望者を募集するとなると色々と角が立ちかねませんし、何よりも人の移動を伴いますので告知を行うだけで時間と労力が掛かり過ぎます。ラッパ組織内の定期連絡などに便乗する形で噂をばらまいて欲しいのです」
「……」
「これは先の街道整備に関係することです。西ダートから王都までの街道整備の人足を集めねばなりませんから」
「街道整備など西ダートから少しずつ進めればよかろう」
「それでは時間がかかり過ぎます。何しろ特別な交通路として整備しなければなりませんので、工事人足への教育も必要になります。その為の移住促進です」
奴隷は相応の理由がないと領外に出られないからな。
相応の理由ってのはそう多くない。
持ち主の引っ越しに付いて行くとか、売買の結果の移動だとか、軍属の戦闘奴隷が戦場まで移動するとかがそれに当たる。
勿論、持ち主の旅行や商売に帯同する時も認められるが、これは身の回りの世話をさせる奴隷か、警護の戦闘奴隷に限られるので基本的には少人数だ。
要するに他領で行われる道路工事に従事させるようなことは出来ない。
どうしても必要な場合、現地でそこの領主などに許可を貰って触れを出して現地で集めるしかない。
又は、工事人足を全員平民以上で固めるしかない。
当然俺は後者と取られるように発言した。
国王もそれに思い当たったのだろう。
少しだけ微笑が浮かんだように見えた。
安心してくれたのかな?
甘いか。
「まぁよい。天領内での普請については我が領内からも奴隷を募ってやる」
だが、俺の要求自体は受け入れて貰えたようだ。
その後はもう少し細かい話を詰め、大体の了解を取り付けることが出来た。
関税に対する様子から察するに、俺がちんたら工事を進めていたら、工事監督の教育だけ俺に振って、ロンベルティア側からも工事を始めるとか言い出す可能性さえあるしな。
レンズに関してですが、主人公達は過去に迷宮から手に入れた事もあります(第二部二百二十八話)。
迷宮で得られる物品としては、一度に得られる量は多くても数百g程度(100+1d10*1d10*1d10グラム)ということもあって、非常に価値の高いものとは言えません。
未加工のガラス1gあたりの末端価格は透明度にもよりますが10,000~15,000Z位の価値になりますので、コンロの魔道具(数十万Z~前半の数百万Z)や腕時計の魔道具(後半の数百万Z)程度の感じでしょうか。
なお、地球でも望遠鏡が発明されたのは一六世紀から一七世紀頃の比較的最近だったそうなので、これは不思議でもなんでもないでしょう。
レンズ自体は古くから発見されていたようですし、焦点を合わせて発火具として使用されたこともあるらしいです。
また、眼鏡の歴史も結構古く、一二~一三世紀頃には凸レンズの物は発明されていたようです。




