第百五話 生き方
7449年12月25日
朝からレイノルズとサーラ、それにバストラルを加えた四人で額を突き合わせている。
「……という訳で、こいつは真面目で細かいところによく気が付きます。それに、計算はまだよく間違えますが、読み書きは結構出来るんです」
レイノルズが言った。
「そうか、分かった。じゃあこいつは年次昇給の他に二〇〇追加で週給五七〇〇な。月給だと二万八五〇〇か……十二の奴隷でこれはどうなんだ?」
営業日の昼飯は食わせてやってるし、ガキ共の体つきも改善されてきているのは分かるんだけどな……。
「そうですね、結構良い方じゃないかと思います。でもこの子はこの年齢の中では飛び抜けて優秀ですし、私はいいんじゃないかと思います」
サーラも昇給に問題ないと太鼓判を押している。
ならいいか。
「ん……えーっと今ので一二歳は終わりか?」
「ええ。次は十三歳です……最初はアモス・チュータスです。働きは……まぁ普通ですね。可もなく不可もなくってところです」
リストに目を落とし、何か書き込みながらバストラルが言った。
「なら五〇〇アップで週五五〇〇だな」
「はい。次はドミニク・エルゲンスです。彼女も普通ですね……」
何をしているのかと言うと、子飼いの奴隷たちの評価をしているところだ。
領地に赴いた去年から、ガキの奴隷については一〇歳を週給四〇〇〇Z、一一歳で週給四五〇〇Z、一二歳を週給五〇〇〇Z、一三歳を週給五五〇〇Z、一四歳を週給六〇〇〇Zを基本給としている。戦闘奴隷や成人を迎えた一五歳以上はこういった評価方法とはまた異なるけど。
なお、領土に赴任する際に引継ぎで買った奴隷の給料はこれとは比較にならないほど安い。
成人の農奴の平均週給が一二〇〇Z弱だし。
尤もその分、食料としてパンだのなんだのを現物で渡したりしなければならないが、それにしても安く済むのは確かだ。
「……今ので最後です。次は王都組戦闘奴隷の六人ですが……」
「うん。小頭に出来そうな奴、いるか?」
「……厳しいですね。強いて挙げるのであれば、このリムルでしょうか?」
「えーっと、リムル・コースンか。ヴァスルはどうなんだ? イミー・ヴァスル。もう四〇近いおっさんで一番年上だろ?」
「彼、あんまり積極性がないんですよねぇ。言われたことはしっかりやるんですが、気を利かせられないって言うんですか? 言われたことから一歩も出ないって感じです」
「ふーん。まぁ、言われたことが出来るなら戦闘奴隷としては充分か。わかった。じゃあ、このコースンって奴を小頭にしよう。今の給料は週二万だったよな? 年次昇給と小頭の手当で五〇〇〇アップな。他のは一律二〇〇〇アップでいいか?」
「いいと思います」
戦闘奴隷は年齢に関係なく週に二万Zを基本としている。
ズールーを買った時は週一万Zだったが、今は住むところはともかく、朝晩の食事の面倒まで見ていられないので基本給を少し上げてやっている。
因みに、奴隷頭であるズールーは毎年々々ちまちまと上がって今の給料は週給四万Zの基本給のほか、奴隷頭の手当てとして週に二万を上乗せしているうえ、来年からは基本給を五〇%上乗せして更に二万増やしてやる予定で、平民も裸足で逃げ出す高給取りになりおおせている。
中頭のヘンリーとメックにしても来年からの週給は一万Zの中頭手当て込みで五万五〇〇〇Zにしてやるつもりだし、ルビーとジェスも四万三〇〇〇にする。なお、平の戦闘奴隷のマールとリンビーは二万四〇〇〇だ。ベンとエリーですら今年成人しているとは言え、週給二万Zという、そこそこに高額な給料を得ている。
「……あとの小頭はジョンとテリーですね」
「あいつらか……そういえば今年成人したんだよな? バルドゥッキーもラーメンも順調だし、良くやってると思うけど、どうだ?」
「そうですね。私も良くやってると思います。下の者の面倒もよく見ているようですし」
「ん。あいつら今幾らだっけ?」
「えーっと、二人共週一万三〇〇〇に小頭の手当てが三〇〇〇ですね」
「そうか。じゃあ二〇〇〇づつ上げてやろう。あと、仲手代に昇進な」
「わかりました」
「後は工場で雇ってる丁稚が二人に自由民の男と……」
「ああ、あいつらか……働きはどうなんだ?」
自由民の男はイミュレーク牧場が引っ越す際に連れて行けなかった奴(女房が別の商会で働いており、連れて行けなかった)で、力仕事でそれなりに重宝されているようだ。
丁稚の一人はラッパの頭の息子で、もう一人はベイル通りの商店会から紹介されたどっかの八百屋の次男坊で、俺の中では出自ははっきりしている。
三人とも定期昇給で済ませた。
さて、次は……。
「あとはヨトゥーレンたちか。カンナは月七万。ハンナは一三万。アンナは仲手代に昇進で月二〇万。ヨトゥーレンは今幾らだっけ? あ、そう。じゃあ月三七万な」
バークッドから来ているレイノルズやサーラたちの給料は固定なので変更の必要はない。
なお、商会の改装だが、ここ数日でかなり進んでいた。
今は出来上がった雨戸やガラス戸をレールに乗せて合いを見ながら微調整を施している。
工務店のおっさんはしきりにガラスをほめているが、割ったり傷つけでもしたら大変だと下働きの兄ちゃんたちに何度も口うるさく注意を飛ばしていた。
・・・・・・・・・
昼過ぎに姉ちゃんが来た。
予め姉ちゃんと少し深刻な話をするからと言ってサーラだけを店番として残して、他の全員はゴムの作業場や工場、配達に行かせている。
まずはゴムプロテクター新調のためにサーラにサイズの計測を任せるが、それが終わったら俺と姉ちゃんは店の二階に篭る。
「あんたんとこ、子供はまだなの?」
姉ちゃんは少し心配げな顔で言った。
そして、俺の返事を聞く前から姉ちゃんは「しまった」というような表情を浮かべた。
俺とミヅチの種族が違うことに思い当たったらしい。
「ん。今はまだ俺もミヅチもやんなきゃなんないことは多いから……できないように注意してる」
気にしていないとでも言うようにさらりと答えた。
「……そう。アルがいいならいいけれど……それより、例の……ここ、大丈夫よね?」
誰かに盗み聞きでもされているんじゃないかと心配なようだ。
ここは二階だし、まだ真昼間だよ……。
「下には今サーラしかいない。彼女は決して俺たちの話を盗み聞きしたりはしないし、万が一耳に入ったとしても墓まで持っていくと思うよ」
それでも少しだけ声のトーンを抑えて喋る。
「夏にお兄ちゃんが来た時に相談した」
そうか。兄貴には相談済みだったのか。
因みにバークッドの隊商は今では年三回になっているが、馬車の数も増えて輸送力自体は上がっている。去年は全部兄貴が指揮を執ったらしいが、これからは年に一回くらいに抑え、従士たちに任せる頻度も増えるだろうと聞いている。
「で?」
兄貴はどういう判断をしたんだろう?
「お父さんと相談するって。まぁ、何にしてもあと何年か先だからね。あの子があんたみたいに赤ん坊の頃から喋りでもしたら別だけど……」
なるほど。
親父と相談して決めるか。
流石の兄貴でも即答は難しかったと見える。
「あ。そうだ。あんたさ、曽祖父さんが夢に出てきた話、あれって嘘だったの?」
「あん?」
「だって、生まれ変わったんでしょ?」
姉ちゃんは冗談でも言うかのように軽い調子で言った。
「どっちだと思う?」
俺も少しニヤついて答えた。
「お兄ちゃんがさ、感心して言ってたのよね……あいつも苦労の末に思いついたんだろう。若いからあいつの意見は軽く見られがちだろうからなって」
そうか。
「まぁ、私もそう思わないでもないんだけどね」
ん?
「だって、お母さんが気が付かないはずないじゃない」
気が付いてなかったと思う。
「私も生まれた時からあんたを見てるけど、思ったほど泣かないなあって言うだけで普通の子に見えてた。他の家の子ほど泣かないってだけで、大きな声でよく泣いてたし、お漏らしもしてたし」
……。
あの頃はなぁ……そんな事もあったね。うん。
「おっぱい飲んだら満足してすぐ寝るしさ」
最初の一年? 半年? くらいは確かにそんなもんだったね。
「私だって何回もおしめ取り替えてあげたんだから」
……。
あんたさ、騎士団の皆さんにもよくそう言ってるらしいけど、俺のおしめを取り替えてくれたのなんて片手で数えられるくらいだったじゃねぇか!
殆どミュンがやってくれたんだよ!
田舎士爵とはいえ、そもそも貴族の娘がそんな事しねぇだろうがよ!
「そ、そうなんだってね……」
「お母さんも言ってたらしいわよ」
「何て?」
ちょっと興味がある。
「誰がなんと言おうが、例えアル自身が言おうがあの子は私の子ですって」
……お袋。
なぜかシャルと一緒に前世の、しわくちゃになったお袋の顔も思い出した。
人種からして違うはずなのに、不思議とよく似ているように思える。
「それに、もしアルが生まれ変わっていたのだとしたら、母親が気が付かないはずはないだって。お兄ちゃんが、なんでそう思うのか聞いたらさ、何て答えたと思う?」
「うーん、わかんないな」
「アルが生まれ変わったのなら最初から大人だった筈だし、もっと手は掛からなかった筈だって。それに、家族以外の人におっぱいあげてたって事になるから気付かない筈はないって」
「何でそんな事……」
「女の勘だってさ」
「ふふっ……女の勘ね」
女の勘なんてあてにならな……いや、正しいのだろう。
俺は確かに両親の息子だ。
うん。
生まれて暫くは腹が減った時に何か口に入れたいという欲求の方が強かった。
お袋の胸を見たって、親父とのセックスを見たってなんとも思わなかった。
まして性欲なんて全然湧かなかった。
胸の形がきれいだな、くらいにしか思わなかった。
むしろ、目がちゃんと見えるようになってから暫くは、この人たちは親なんだろうが、本当の家族じゃない、その証拠に母親の胸をいやらしい目で見るくらいできる、というようなことを考えていた時もあった。
だが、客観的に見れば腹が減って泣き、うんこしっこして泣き、眠くて泣く普通の子供とあんまり変わらなかったというだけなんだろう。
苦笑しか浮かばない。
よく考えたら赤ん坊の頃だけじゃなくてもう少し大きくなった頃も結構泣いていた。
転んで泣き、姉ちゃんにはたかれては感情が抑えられずに泣いていた。
つまんないことで笑いもしたけれど。
「それにさ、本当にアルが生まれ変わって来たなら、私は知らない人に裸を見られてたって事になるじゃない」
……そりゃそうだ。
「そんなの、気持ち悪すぎるわ」
確かにそうだろう。
「誰が見たって昔の姉ちゃんの裸で興奮したりはしない……あ、嘘々」
これじゃあマーティーさんを……。
「超興奮してた」
「そういうところがね。あんたはね」
姉ちゃんは鼻で笑い飛ばしてくれた。
「まぁ、いいわ。とにかく、お兄ちゃんもすぐに答えなきゃならない問題でもないから時間をくれって……」
「ん。わかった。俺も確認はしておくよ」
「そうね。そうしなさい」
姉ちゃんは偉そうに頷いた。
「じゃあ次。もう一度聞く。姉ちゃんさ、俺の領地に来て騎士団長やらない? 一回戦争があったら適当な理由つけて男しゃ、女爵位も渡す。勿論、給料もそれなりに出すからさ」
「それは無理」
瞬時に断られた。
「なんでさ?」
「私の誇りにかけて、仕える主を変えたくはないから」
……ご恩と奉公の時代のように、今の世では仕える主人を変える奴なんかゴロゴロいる。
文化的には地球で言う一〇世紀くらいだしな。
領土ごと外国に寝返ったりする大貴族なんかも珍しくはない。
そんな中で、姉ちゃんはもっと先の世で言われる騎士道だの武士道だのを体現しようとしているのか。
誰に聞いたわけでもないだろうに。
「……ごめんね。でも、これは私の生き方だから何があっても変えられないんだ」
「そうか……解った」
その後も姉ちゃんとは暫くの間、色々な話をした。
俺はその間も考えていた。
姉ちゃんとしては俺のところに来て共倒れになったとしても、血が残るようにと心配したのかもしれない。
まぁ、ゼットとベッキーがいるからそうはならないだろうけど。
……俺がそう思いたいだけなんだろうな。
帰り際にワイングラスを二脚とタンブラーを二個せびられて、結局あげた。
まぁ、それを見越してあんまり出来の良くないものを目立つところに置いておいたんだけど。




