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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第八十八話 味噌っかす

7449年10月23日


 ガキッ!


 木材と木材とがぶつかり合う大きな音を鳴らしてクローの放った訓練用の、先にタンポを付けた木槍を右手の木剣で弾く。


 即座に右の鐙(あぶみ)をしっかりと踏みしめると同時に左足の内側で馬の腹を優しく叩き、左手に装備した逆三角形盾(カイトシールド)を持ち上げて構えて新たな攻撃に備える。

 俺の左前方からはマリーが木製の馬上槍(ランス)を構えて突撃(チャージ)してきているのだ。


 因みに今の足の動きは、右足は単に俺が馬上で踏ん張るためだが、左足は自分の騎馬に「方向転換や移動はせずにその場で耐えてくれ」という意思表示だ。通常は片方の鐙に体重を掛けると「そちらの方を向け」という意味だが、同時に反対側の腹を優しく叩くことでこういった意味になる。

 軍馬の鞍は特別製で、鐙は片側それぞれが独立して重みを馬に伝えるように作られている。

 ここが単なる騎乗用の単純な作りの鞍とは異なる部分で、相応に価格も高い理由でもある。


 このような手綱に頼らない騎乗法を体に染み込ませ、意識せずとも咄嗟に出来るようにならねばならない。直接手綱を取ることなく戦闘可能になることが大切なのだ。


「イヤアアアァァッ!!」


 気合いを込めながらマリーが木槍で突いてきた。

 あの角度だと盾で逸らすことは難しい。

 受け止めざるを得ない角度を狙っている。

 いかに壊れやすく作られている訓練用の槍とはいえ、受け止めてしまえば突進の勢いを受けて大きく体勢を崩されてしまい、そこをクローに狙われる。


「ヌアアッ!!」


 しっかりと両の鐙を踏みしめ、タイミングを図ったうえ、渾身の力でカイトシールドを振り上げる。


 ゴン!


 俺の盾の縁に弾かれてマリーの槍先は見事に逸らされた。


「チッ!」


 マリーは突撃の勢いを殺したくないのか、穂先が逸らされた槍にいつまでも拘泥することなくすぐに手放して、左腰に差した木剣へ右手を伸ばしながら近寄ってくる。

 しかし、長剣(ロングソード)を模した木剣はフェイントだった。

 左手を振りかぶっている。

 シールド・バッシュか?


 確かにチャージの勢いを利用するのであればこちらの方がいい。

 やるなぁ。


 マリーが振りかぶった左前腕には革バンドでバックラーがくくりつけられており、その先端部の内側に設えられているハンドルを握った拳がよく見える。

 拳の外側、バックラーの先端からは一本のスパイクが生えており、デザインは異なるものの、あのヴィルハイマーの盾を彷彿とさせた。


 でも、もしもあんなのまともに食らったら腹に大穴が開くぞ?

 俺以外にはやるなよ。

 わかってるんだろうけどさ。


 体を左(マリーの)方向に捻(ひね)りながら、右手に握った木剣をスイングしてマリーの盾に思い切りぶち当てた。

 すぐに左手の盾をマリーに対して斜めに構えなおし、角度がずれたままのスパイクチャージの勢いを殺しながらやり過ごした。


 しかし、マリーが騎乗している軍馬の突進による運動エネルギー全てを殺せる訳もなく、体当たりを受けた俺のウラヌス号は大きく体勢を崩してしまう。


 くそ。


 右から風切り音。


 クローの斬撃だ。

 無理矢理に体を右に捻(ねじ)り戻しながら、咄嗟に右手を金槌のように使い、握った木剣の柄の先端でうまくクローの斬撃を受け止めることに成功した。

 だが、馬も俺も体勢が崩れており、立て直すにはもう数瞬が必要になる。


――すまん、ウラヌス!


 心のなかで愛馬に詫びながら鐙から足を外し、大きくのけぞる。

 俺の首と手綱とを結んでいた紐が張力に負けて引きちぎられた。


 殆どウラヌスの背に寝転がるようになった俺の眼前をマリーの木剣が薙いでいった。


――ここで後転するようにウラヌスの尻に手を……!


 いつか見た、兄貴のように。


 木剣と盾のハンドルを放り出す。


――お?


 寝転がる反動を利用して足を引きつけ。


――おおっ!?


 あの大空に向かって翔ぶ!


――た、盾が……!?


 左手は革バンドを通して、カイトシールドのハンドルを握っていたのだが、ハンドルを離しても革バンドから手は引き抜けない。


「あっ!」


 中途半端に左腕に引っかかったままの盾が邪魔になってウラヌスの尻に手を突くことは出来ず、その背から転げ落ちる格好になってしまった。

 この前コートジル城で練習した時は出来たのに……あん時は剣しか持ってなかったか。


 足だけは引きつけて体を丸くできていたし、一応盾も左腕にくっついたままなので頭部を庇うことが出来たのは不幸中の幸いだ。


――くそっ……!


 転がり落ちながら後方を確かめると、俺の歩兵部隊はまだ二〇mも遠くを必死に走りながら、自分から落馬した格好の俺を見て驚いた顔をしているのがわかった。


 仕方ねぇな。


 地面に落ち、ゴロゴロと転がって立ち上がった時、俺の左手には右手の手甲から引き抜いた幾つかの千本が握られ、右掌には一本を収めていた。


「シッ!」


 振りかぶって投げた。

 千本はマリーの鎧の隙間を通り抜け、彼女の右脇腹に突き立つ。


「痛(ツ)ッ!!」


 痛みに怯んだマリー目掛けてもう一本を投げて命中させ、慌てて盾を構え直すクローの足にも二本命中させた。

 これが終わったら治してやるから勘弁な。


「マリッサ・バラディーク! クロフト・バラディーク! 戦死!」


 判定役の一人、バリュート士爵が怒鳴る。

 判定役の騎士は専用の真っ赤な帽子を被って模擬戦の戦場のあちこちをうろついている。


「行くぞ! 付いて来い!」


 やっと傍まで来た歩兵部隊に命じながら、痛みに顔を顰めているクローから戦利品として木剣を受け取ると再びウラヌスに跨った。




・・・・・・・・・




 暫くして今日の訓練時間は終了となる。

 今日の午後は何度も模擬戦を繰り返していたが、今のが最後の一戦だ。

 納税の警護のため騎士団員の半数ほどは出払っているので規模の小さな模擬戦だった。


「よし、次」


 怪我人の一箇所の怪我に二回づつキュアーオールを掛けて怪我だけは完全回復してやり、残った痛みについては魔法の修行も兼ねて治癒魔術が使える者に任せる。


 運ばせた井戸水に氷をぶち込んで冷やした水を飲んで一息ついた時。


「大分騎乗戦闘にはお慣れになられたようで、そこは安心しました。しかし、先程の落馬はいただけませんな」


 肩を竦めながら副団長のバリュート士爵が言った。

 彼を始めとするベテランの騎士数人は今回の判定役だったな。


 落馬は、場合によってはそれだけで命を落としかねないから言いたいことはよく分かる。

 士爵は続けて「しかし、なぜあのタイミングで鐙から足を外してしまわれたのです? 団長の腕であれば、今更鐙から足を踏み外すなど、初歩的なミスを犯すとも思えません」と尋ねてくる。


 馬のケツで倒立する勢いで空に飛び上がり、マリーの後ろに飛び乗ろうとしたかったんだ。


 などと余りにも無茶苦茶な事を言える訳もなく。


「マリーの剣を躱すためにのけぞるにしても、あれはやり過ぎです」


 俺と副団長との会話を耳にしたクローも俺を諌めようとしているのか、俺にとって見当外れなことを言ってくる。

 因みにクローもウェブドスの騎士団で何年も過ごしているから騎士団内では丁寧な口の利き方をする。


「うん……」


 俺の首と手綱とを結んでいて千切れた糸の切れた先を弄りながら言葉を濁す。

 この糸は手綱から手を離しても大丈夫なようにするためのもので、落馬した際に首吊りにならないように千切れやすい素材で作られている。


「すんまへん、ワイらの足が遅くて部隊の展開速度を鈍らせたばかりか、団長たったお一人で突撃を受け止めさせてしまって……」

「追いつけずに申し訳ありませんでした」


 俺の方の歩兵部隊となっていたヘッグス以下、元煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)の連中がしおらしく項垂れている。

 いや、そういうシナリオだったんだから謝る必要はない。

 騎乗戦闘に早く慣れなければならない俺とクロー、そしてマリーがぶつかり合う想定だったんだからさ。


 こいつらも騎士団で過ごすうちに、山人族(ドワーフ)以外にも積極的に話すようになってきたのは喜ばしい。

 まぁ、こうなるまでに俺やミヅチ、副団長のバリュートはかなり苦労したんだけど。


「アハハッ。あれは失敗しただけだって言えばいいのに」

「ちょ、止しなよ」


 糸を弄って言葉を選ぶ俺を笑う声がした。

 ラルファとグィネだ。

 なんでお前らが居る?


 っつーか、居たなら治療を手伝えよ。

 お前らの修行にもなるんだからさ。

 ああ、手伝うために近づいてきたのか?


 聞くと模擬戦を始めた頃に騎士団に来て、練兵場の端っこで観戦していたらしい。

 ウィードまでの検地を終わらせてしまったので報告に来たとのことだった。


 そういやぁ、当時、殺戮者(スローターズ)へ合流する前だったグィネはともかく、ラルファはあれを見ていたんだっけな。


「失敗? ファイアフリード准爵、あれは何かやろうとして失敗したのですか?」


 無視すりゃいいのに、マリーがラルファの言葉に反応しやがった。


「そうよ。あれは大技を出そうとして失敗しただけ。ね?」


 ね? じゃねぇよ、うっせーな。


「……出来ると思ったんだけど盾が抜けなかったんだよ」


 仕方ないので素直に言った。

 まぁ、自分の騎士団内で格好つけても始まんねぇし。


「あれはさぁ、幾らアルでも無理っしょ。ファーンさんだから出来るんじゃない?」


 ラルファの言葉遣いにバリュート士爵は渋い顔をしているが、「こいつはバカだから諦めろ」と言っているだけでなく、俺も全く気にしないで普通に喋り続けているので、士爵ももう何も言わなくなって久しい。

 尤も、この領内では俺の妻であるミヅチを除いて実質的なナンバーツーだと公言しているゼノムの長子という側面もあるうえ、検地が終わったらラルファも強制的に騎士団にぶち込んで鍛え直すと言っているからだとは思うけど。


「ファーンさんって団長の兄上ですか? お嬢」


 元煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)のガルンが尋ねる。


「そうよ。昔、王都の第一騎士団の訓練場で当時の騎士団長と一騎打ちの模擬戦をやったのを見たことがあるわ。その時にファーンさんはさぁ、交錯する瞬間に自分の馬の上から飛び上がって団長の後ろに飛び移って勝ったんだよ! あ、因みにアルはその団長相手に地上戦でボロ負けしてたけど」

「うおおおい! そりゃ何年前の話だよ!? 俺が一四の時じゃねぇか!」


 あん時は精一杯頑張ったけど勝てなかった。


「まぁでも、副団長と中隊長の人には勝ってたわね」


 さり気なくフォローしてくれたために、齢一四にして第一騎士団の副団長や中隊長に勝った伯爵閣下は大したものだという話になったのは助かった。


 そんなこんなで怪我人の治療や散乱した練習用の武具などの後片付けも済む。


 さて、ラルファとグィネが居るところではあまり言いたくはなかったんだが、バリュートに今日発表すると言ってしまっていた手前、言わずにはおれないだろう。


 年明けの戦争を見に行く時に俺に帯同する奴を発表するのだ。

 ここ数日、幾らか考えて決定していた。


「私と副団長の他、騎士クロフト・バラディーク、騎士マリッサ・バラディーク、従士ヘッグス・ホワイトフレイム。それと今ここにはいないが騎士ダムガン・デーニック、従士リタ・ラヒュート、従士オズマンド・キブナルの八人だ。いない三人には後で伝えておけ」


 今まで語ることがなかったが、騎士のデーニックは二四歳。ラークス村の領主であるミュアー士爵の縁者で、一六歳の従士のラヒュートはクドムナ村の領主であるラヒュート士爵の長子だ。


「年明けには私も王都から戻る。戻ったらすぐに出発するからな。恐らく、長くても二月中には戻れると思う。早ければ一月中に戻れる可能性もある。それと、基本的に参戦はしないつもりだが、場合によっては現地部隊の指揮下に組み入れられる可能性もあるからな。それは覚悟しておけ」


 今ここにいて名を呼ばれた者たちが揃って了解の返事をする。


「私を含めて騎士は全員騎乗。従士は一台馬車を用意するからそれに搭乗することになる」


 軍人らしい、小気味の良い返事を聞いて少しだけ気分が良くなった。


 しかし……。


「なに? 戦争見物に行くの? 私は? 私も行く!」

「ちょっと、ラル。止しなってば。検地だってまだまだあるんだよ?」

「予定より大分進んでるじゃん。年が明ける頃にはダート平原の村の幾つかも終わってるっしょ? ダイジョブダイジョブ」

「大丈夫じゃないよ! 戦争なんだよ!?」


 うん。絶対に言い出すと思ったよ。

 確かに検地と地図作成のペースは予定を大幅に上回っている。

 しっかし、戦場なんか好んで見たがるとは血の気の多い奴だ。

 見せるにしても騎士団で揉んでからだと思っていたんだがな。


 ま、こいつにもいずれ戦場に立って貰う可能性は高い。

 今のうちに人と人との大規模な殺し合いの現場を見せておくのもいいかも知れない……かな?


 連れて行くにしても員数外の軍属扱いで、お味噌のようなものだろうけど。


 万が一怖気づいたりして拒否反応を示すようなら、軍隊に入れるのは無理だろう。

 それが早いうちに判るのは悪いことじゃない。


 ……そういう反応をする方が日本人の女性としては正常なのだろうが、オースで二〇年も過ごし、魔物は疎か、殺人だって経験しているというから……何とも言えんね。

 今、平気な面をして返事をしているマリーだって最初に戦場に立った時は足が震え、動悸が早くなって泣きそうになったと言っていた。


 彼女はクローと一緒に後方で糧秣の警護を担当していたというので直接殺し合いの現場に居た訳じゃない。

 それでも自分の目で生の現場を見てそうなった。

 戦場で過ごすうちに殺し合いの雰囲気にも慣れ、大丈夫になったとは言っていたが、それを確かめるためにも、今回彼女も同行させるのだ。


 それに、俺だって本物の戦場を見たことはないから、実際に目にした時にどうなるか知れたものではないから、戦場に行くことは俺自身にとってもどうしても必要なことだ。


 ああ、グィネ? 地形を見させるためにグィネは嫌がっても最初から連れていくつもりだった。

 戦闘が始まる前に護衛にダムガンでもつけて帰してやろうとは思っていたけどね。


 

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