第六十三話 せめて一つでも……。
7449年8月21日
適当な宿を取り、荷物や馬を預けて身軽になった二人は喉の渇きを癒やすため、宿の者に飯屋の場所を尋ねた。
ただし、貴重な魔法の武器だけは肌身離さずにいる。
持って歩くには邪魔になる槍も宿には預けない。
とにかく近い場所で、ボッタクリじゃなければ何でも良いと言ったためか、宿の斜向かいのごく普通のこぢんまりとしたドリングルという名の飯屋を紹介された。
店のランクとしてはべグリッツでは中の下という、微妙なポジションのようだ。
まだ日も高いのでまばらに客席が埋まっている程度で空席が目立つ。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁ~っ!」
「ふぅ~っ、生き返るね」
ぬるいビールを喉に流し込みながら二人はテーブルを挟んで微笑み合う。
二人揃って魔法で氷を作ることが出来ないため、冷たい飲み物にはあまり拘りがない。
「あ、グィネ、髭に泡が」
「あんたも口の周り」
キメの細かい泡が口の周りに付着してどろぼう髭のようになっており、顔を見合わせて笑い合う。
「はいよ、お待ちどう。二〇Z」
ビールを持ってきたウェイトレスとは入れ替わりに、中年の犬人族の男がつまみに頼んだ煮豆を持ってきた。
この店の主人のようだ。
グィネは大賤貨二枚で代金を支払うと主人に声を掛ける。
「あの、ちょっとお話を聞いてもいいですか?」
「ん? なんだね?」
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店の主人によると新しい領主の評判は可もなく不可もなく、であるようだ。
領地を治めるご領主様の首がすげ変わることなど、税率が変更されでもしない限りはあまり重要事とは見なされていないらしい。
「聞いた話じゃ、バルドゥックの迷宮でドラゴンを倒したってんだから大したもんなんだろうが、そんなもん俺っちの暮らしには関係ねぇしな」
「新しいご領主様は従士や奴隷も連れて来たんだろうから、お客さん、増えたんじゃないの?」
「お嬢さん方、馬鹿言っちゃいけねぇよ。そりゃもっともな話だが、その分前のお代官様のご家臣方も減ってるんだ。その中にはこの店をご贔屓にして下さっていたお方もいらっしゃった。要するに俺の店は客が減ったのさ」
主人の言葉を聞いた二人は納得する。
確かにこの店はアルが好みそうではない。
従って、ミヅチも好んで使うことはないと言い切れる。
彼がリラックスして食事を楽しむ時はもう少し猥雑で活気のある店を好み、少し贅沢な気分の時は金に糸目をつけずに思い切り高級な店に行く。
そのどちらでもない時は大抵の場合、幾つか決めた店の範囲で周回しており、そういう店は基本的に店の看板になるようなとびきり旨いメニューを持っている。
正騎士となっているクローやマリーも、もう少しマシな店に行くだろう。
先日別れて、二人よりも先にべグリッツに着いているであろう、元煉獄の炎の連中なら来る可能性はあるだろうが、彼らは酒を飲む量が桁違いに多いのでもっと規模の大きな店を好む。酒樽のストック的に。
そうやって消去法で考えると、せいぜいが奴隷連中が来る「かも」しれないという程度の店であった。
「ああ、そういやぁ、ここ最近、スラムのゴロツキが一斉に捕まったって話だ。新しいご領主様の褒められる部分は……そんなもんかねぇ?」
対して、褒められない部分というのは今のところ無いように思われているらしい。
「そこそこ上手くやってるみたいね」
主人の話を聞いた後でラルファはそう評した。
「なんであんたが偉そうに言うのよ?」
グィネはアルどころかゼノムの治世にすら何の協力もしていない癖にしたり顔で言うラルファに呆れてしまう。
「まぁまぁ。これから私も働くからさ。そう渋い顔をしないでよ。ところで、もう一杯だけ追加で飲まない? 一杯飲んだら余計喉が渇いちゃった」
「うん。私もそう思ってた」
二人は残り少なくなってしまったジョッキを同時に傾けるとお代わりを注文した。
・・・・・・・・・
喉を潤した後、二人は行政府に向かう。
勿論、アルに会うためだ。
しかし、行政府にはアルもミヅチもいなかった。
当然、二人と一緒に行動していると思われるズールーもいない。
居場所を聞いてみるとアルは役人を伴って街外れの見回りに出掛け、ミヅチはズールーと一緒に騎士団へ出向いているとの事だった。
「アルさんが見回りに行ったのって北の外れだって言ってたよね? 北ってどっち?」
グィネに尋ねられたラルファは迷宮内の癖が抜けないのか、ついジャンプしてしまった。
「あっち。でも、アルが北の方に行ったってだけで探すのは面倒だし、騎士団に行ってみない? ミヅチも騎士団に行ってるらしいし、マリーやクローは騎士でしょ? それに、ヘッグスなんかのウチの従士も騎士団に居るからさ。アルは夕方でもいいっしょ?」
ラルファはそれに加えて「アルに会って、すぐに行けって言われたらマリーなんかに会わずに行くことになっちゃうよ?」と言って、街に来る時に遠目に見えていた騎士団の本部へと歩き始めた。
「確かにね。ガルンさん、騎士団に入ってかっこ良くなってるといいな……」
グィネもラルファの脇に並ぶと騎士団へ向かう。
「そう言えば、騎士団の訓練って何やってんだろうね? 私、昔アルが第一騎士団の人と模擬戦してるとこしか見たことないや」
「ん~、私は王都に住んでたから何回か見たことあるけど、あんまり覚えてないなぁ。確か……素早く隊長が指定した陣形を作れるようにとか、槍を構えて突撃とか……勿論模擬戦とかもあったみたいだけど……」
「そう言えば、集団戦だと陣形が大事だってアルも言ってたね」
「うん。迷宮の中でも大事だったと思う」
「じゃあ、いつもやってた訓練の規模を大きくしたような感じかなぁ?」
「そうかもね」
そんな会話をしているうちに騎士団本部の建物が見えてきた。
騎士団の駐屯地はべグリッツ東部の街外れにあり、本部の建物よりも更に東側に広がる空き地を通常の訓練地として利用している。
近づくと騎士や従士が発する怒号のようなものも聞こえてきた。
まさに何かの訓練が行われている最中なのだろう。
「やってるねぇ」
「うん」
騎士団の本部には、じきに到着した。
二人が身分を明かした上でミヅチへの面会を申し出ると、門番は二人の名前を知っていた。
既に話は通っているらしい。
まだ下働きらしい、なりたての従士に案内され、建物を迂回して訓練場に足を踏み入れる。
学校のそれよりも何倍も広いグラウンドに、数十人の騎士や従士らしき軍人たちが展開し、小走りに移動しながら陣形を組み直す訓練を行っているようだ。
「次! 歩兵方陣、二三! 騎兵は中心で鋒矢、七!」
指揮官の掛け声に合わせて小走りに走っていた集団のうち、歩兵部隊が二つに別れるとそれぞれが小さな方陣を作り、騎兵部隊はその中心の隙間を埋めるように陣形を整えた。
号令内容からすると騎兵部隊が組んだ陣形は細長い矢のような形なのだろう。
声と着ているゴム鎧からしてミヅチが指揮を執っているようだ。
陣形や番号に使われている言葉がラグダリオス語なのは転生者が圧倒的少数派だからだろうか。
それとも、まだ慣れていないからだろうか。
バルドゥックの迷宮では万が一他の冒険者と出くわした際に、組み替える陣形を読まれ難いようにするためにあえて英語を使っていた。
ゼノムやズールー、マルソーは単語を覚えるのに多少は苦労したが、実は一番苦労していたのはラルファとグィネであったのだが。
二人共、前世、偏差値三七の高校で英語は赤点寸前だったためだ。
「なんか、遅れてるのがいるね」
「……鎧からしてロイルさんと……マーシュさん?」
歩兵部隊には数人がぎこちない動きをしているようだ。
黒染めの革鎧、炎を象った装飾のうち、特徴的なもので誰であるかがわかる。
歩兵部隊には半数近くがまだぎこちない動きをしている者が目立つ。
その中には旧煉獄の炎のメンバーも数名混じっているようだ。
対して騎兵の方は、ぎこちない者は殆どいない。
クローやマリーも混じっているようだが、その手綱捌きはなかなか堂に入ったもののようだ。
「……煉獄の炎の奴ら、単にまだ慣れてないだけみたいね」
「うん。あの感じだと、慣れたらそれなりになりそう」
ぎこちない動きの煉獄の炎のメンバーは指定された陣形と番号による微妙な位置関係を頭に入れ切れていないだけで、個人的な動作自体は戦闘者のそれであることは二人にはすぐに解る。
陣形が頭に叩きこまれていないのは、騎士団に入団して一月も経っていないのだから無理もない事だ。
「あー、慣れたら問題なさそうだけど……あれは冒険者の動きね……」
「抜けてないんだろうね。迷宮の中の普通の冒険者ならあれで正解だけど、まだまだ殺戮者の動きじゃないね」
ラルファの言葉をグィネも首肯した。
偉そうに評する二人だが、こと、戦闘に関する内容であればバルドゥックでトップチームのメンバーだった彼女らはそれなりに造詣が深い。
また、銃などの強力な飛び道具の存在しない集団戦についてもごく初歩の内容ではあるが、王国騎士団で講義を受けたアルから、それなりの事は聞いているのだ。
勿論、上記とは全くの別物としてライフル銃を使った小銃小隊で行う訓練も初歩的な内容ながら、迷宮内で行われている。
訓練は続く。
ラルファとグィネが見たところ、元々の騎士団員のうちでそれなりに動けていたのは騎兵はほぼ全員。
しかし、騎兵のうち、ミヅチ、クロー、マリーの三人は馬を走らせたり曲がったりさせる乗馬技術については問題なさそうなものの、騎乗したままの一騎打ちや馬上槍を構えての突撃技術など、騎乗戦闘技術はまだ未熟なようだ。
ミヅチについては指揮に専念すればあまり問題にはならないだろうが、直接相手と鉾を交える機会が多そうなクローとマリーには問題がある。
とは言え、馬を降りての戦闘ではこの三人は他の騎士とは隔絶した戦闘力を発揮している。
訓練を続けていけば騎乗戦闘でも十全にその力を発揮出来るようになるだろうと思われた。
また、歩兵部隊の方は正騎士が含まれていないからか、元々騎士団に所属していたであろう者でも個々人の技量や訓練量、脳味噌の差は大きいようで半数ほどはまだまだ訓練が必要なように思えた。
中には素人に毛の生えた程度の力量の新人なども混じっているであろうから現時点でこの内容は仕方がないのかもしれない。
こちらの方でも、部隊展開や陣形組み換え訓練はともかく、個人的な動きや隙の無さなどを考慮に入れると旧煉獄の炎の連中は流石に超一流の冒険者で鳴らしていただけあってベテラン従士よりも頭一つ二つ、抜けているような感じを受ける。
勿論、戦闘力については歩兵部隊のベテラン従士どころかクローやマリーをすら上回っている部分も……無かった。
何故なら全員の得物は歩兵用の槍と歩兵用の剣で統一され、煉獄の炎のメンバーが愛用していた物騒な武器はこの訓練では使用を禁じられているかして使っていなかったのだ。
なお、一対一の戦闘になると武器に慣れていない煉獄の炎のメンバーは勿論、クローやマリーですらもベテランの騎士には敵わない事もあるようで、ラルファもグィネもやきもきする事もあった。
例外はミヅチただ一人だった。
「一対一って、お遊びくらいしかやってないし、仕方ないかも知れないけどさ。あの程度なら私の方が……」
「ラルはそうかもね……。私はダメっぽい。ラルと組んで二対二ならなんとかなるかなぁ?」
二人は一時間ほども訓練を眺め、そう結論づけた時。
ようやっと訓練場の端で、訓練に熱を上げる軍隊を指差しながらあーでもない、こーでもないと言う若い女二人に注目が集まった。
「ミヅチさんが呼んでるね」
ミヅチの手招きを見たグィネは隣に立つラルファの顔を見上げる。
「うん。何だろ? 行こうか」
ちらりとグィネを見やると、ニヤリとした笑みを浮かべてラルファは歩き出す。
そして、歩兵用の剣を模した木剣を与えられ、副騎士団長を名乗る貴族から一本も取れずにこてんぱんにのされた。
なお、先にタンポを付けた槍を使ったグィネはラルファと比べて余程良い勝負をし、高い技量を誇る副騎士団長を相手に一歩も引かず、二勝一敗と勝ち越しを決めた。
その一敗も訓練用の槍に慣れる前の事であり、慣れた後は副騎士団長と互角に渡り合った上、非の打ち所のない勝ち方で二連勝を飾った。
「ラル。そう気を落とすことはないぞ。あんたが斧を使ったら一対一で勝てそうな奴は片手の指で数えられるだろ」
「そうよ。ま、でも軍隊の訓練だと陣形を組む以上、装備の統一は不可欠だからね……そこは仕方ないわ。ホワイトフレイムさん達も自分が使い慣れた武器に変えると勝てるのはミヅチさんくらいだし」
クローとマリーが慰めるが、ラルファは「納得がいかない」と不満気な顔つきのままだ。
「しょうがないなぁ。ま、これも皆の勉強になるし。私とやろっか?」
ミヅチが木剣を長剣から曲刀に変えた。
「ふ。自信満々ね。手斧はある?」
不敵に笑いながら応えるラルファも、流石に魔法の斧を使う気は無いようだ。
因みに、斧に訓練用と言うものは存在しない。
せいぜい刃を潰してある程度である。
そして、騎士団にそんなものが常備されている筈もない。
「薪割りに使ってる奴しかないけど、いい?」
「勿論」
そして、かなり良い勝負を繰り広げたが、結局、ミヅチの木剣を受けて負けてしまった。
しかし、「奥様をあそこまで追い詰めるとは……」と、騎士団の面々からは一目置かれたようなのであまり食い下がるようなことはしなかった。
「くっそ~、あんたらがこっち来たあと、バルドゥックでも相当頑張ったんだけどなぁ~。まだ無理だったかぁ~……」
苦笑いを浮かべて打ち身に治癒魔術を掛けて貰いながらラルファは臍を噛む。
『それなら後でレベル見て貰ったら? 幾つか上がってるかもね?』
時間的にアルは行政府に戻っているか、奴隷長屋に行っているかのどちらからしい。
――まだミヅチには敵わない、か……。
そう思いながら、ラルファは治癒魔術の礼を言って立ち上がる。
ミヅチには一瞬だけ、ラルファの顔が悔しそうに歪んだのが見えていた。




