第四十五話 疑問符 2
7449年4月18日
「カーマイン・ミシャウスと申します。先日までグリード閣下と一緒にバルドゥックの迷宮に入っていました。他の皆と同様に働きが認められ、閣下より士爵位を賜ったばかりです。右も左もわからぬ新参者ではございますが、先任の皆様にはご指導御鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます」
カームの挨拶を最後に領主たちの顔合わせは終わった。
カームが元の位置に戻り、跪くのを待つ。
さて……。
「よし、全員顔と名前は一致したな?」
何人か微妙な表情を浮かべている。
あのさぁ、仮にも貴族なんだからもう少し必死になって覚えようとしろよ。
貴族関係ねぇけどさ。初対面だろうがなんだろうが、この程度の人数だぞ。
挨拶された人の顔と名前を覚える程度、出来ない方がどうかしてる。
まぁいいや。
覚えてなきゃ後で勝手にもう一度挨拶でもなんでもやってろ。
「では、まず最初に皆には宣誓をして貰いたい。神官殿をこれへ」
廊下に控えていた神官が呼び出され、ものの一分で俺の前に簡易的な祭壇が用意された。
勿論、俺や神官が何も言う前にコーヴ男爵が祭壇の前に進み出ると最初に印を切り始めた。
順番なんかどうでもいいから、俺ももう気にしていない。
嘘だけど。
いちいち出しゃばんなよ……あんたのご先祖の名前が載ってる例の書類、国王に送っちゃうぞ?
「ガンガンカイの神々もご照覧あれ! 私、リーグル伯爵閣下の家臣、ヘイルーン・コーヴは……」
印を切った男爵は豊かな声量を誇示するかのように宣誓を始めた。
緑色団を率いていたヴィルハイマー程の美声ではないし、うざいことに変わりはない。
まぁ、あんまり大っぴらに証拠の書類を送っちゃうと、初代代官のコートジル伯爵が大逆罪を暴けなかった証拠になっちゃうからな。
領内の領主が減るだけでなく、多分今もどこかで有力な代官をやっているであろうコートジル伯爵家の恨みを買いたくはないからそう簡単には公開できないけどさ。
それに、一度カタついたカビの生えた事件をほじくり返してご注進、というのも趣味じゃない。
「……礼節を忘れず、伯爵閣下の御為に粉骨砕身して努め、全身全霊を以って常に忠節を尽くします」
次は息子のエストンの番だ。
こうして二五人の宣誓を終えると既に三〇分以上が経過している。
この宣誓には実はあまり意味は無い。
先日俺が宣言した時点でこの領内の全ての存在は俺個人の所有する物となっているのだから。
しかし、これはやっておきたかった。
ともあれ、儀式は終わった。
正式にはベルやラルファも参加している必要があるので、彼女らが戻ってきた後にもう一度やんなきゃいけないんだけど、そっちはあいつらだけの略式でいいだろう。
普通は領内の貴族やその継嗣が一堂に会する機会なんてそうそうないから略式の方が一般的だと聞いている。
「さて、まだもう少し言っておくことがある。まずは税についてだ」
祭壇を片付けた神官が退出した後、咳払いをして話し始める。
皆の表情が少しだけ改まった。
「本年より税についてはその五割以上を相当額の金子にて納めよ。万が一不都合があれば今申し出ろ」
領主たちは暫しの間、互いに顔を見合わせる。
天領でもこのような制度はあまり多くはないが、制度が少ないだけで珍しくはない。
田舎の方では運ぶのに手間なこともあって自ら金子で納める領主も多いと聞く。
勿論、禁止されているなどという事もないし、記録ではここにいる殆どの領主たちが多かれ少なかれ税のかなりの部分を現金で納めている。
納税前にどこかの商会に農作物を販売しなければならないのが手間だが、領主に納めるのは楽になるからだ。
因みに、不作や豊作でない平年だと標準的な品質の小麦一tあたりは大体一〇〇万Z(金貨一枚)が相場、イコール納税額となる。まぁ、一㎏あたり一〇〇〇Zだな。これが粉に挽かれて小麦粉となり、市中に出回ると運送費や粉挽きの手間賃、商人の利益などが加算されて大体倍くらいの価格になる。
これがパンに加工されると発酵して重量が一・五倍くらいに増えることもあって標準的な品質のパン一㎏の価格は二五〇〇Zくらいに落ち着く。なお、大人一人あたり一日で大体五〇〇~六〇〇gくらいは食べる。小麦換算で三〇〇~四〇〇gくらいだ。当然肉体労働をしている男性ならもっと必要だろうが、女性や子供、老人もいるので、ま、いいだろ。
判明しているだけで領内の人口は三万四〇〇〇人くらい居るから年間一万五〇〇〇tくらいの小麦を食う計算だ。尤も、実際には蕎麦など小麦以外の穀物や豆類などの野菜なんかも食べているし、肉や魚なんかも食べるからここまで小麦が消費されるようなことはないんだけどね。
「問題はないようだな。ならば次だ……おい、例のものを」
直立不動で部屋の隅に立っていた警護隊長、バリュート士爵に声を掛けた。
「は。こちらに」
士爵はすぐに俺の前に跪きながら背嚢を下ろす。
背嚢から書類を一束取り出すと恭しく差し出してきた。
適当にぱらりとめくっている間に士爵は元の位置に戻った。
キブナル士爵とその息子のオズマンドの顔色がさっと変わった。
ふぅむ……書類に反応するのか……。
「これは、昨年各村から納められた税の記録だ。例えばゾンディール……五五億四八〇〇万Z。うち現金が四一億九〇〇〇万Zで小麦での納税が合計五〇〇t、金一七四㎏、銀三t、銅一五t、その他……少々、いや、諸々となっている。コーヴ男爵、間違いないか?」
俺がそう言うとキブナル母子の顔には安堵の色が広がったように見えた。
他の領主たちには特に変わったところは見受けられない。
だがな……これから顔色が悪くなる奴は何人かな?
「は。間違いございません」
コーヴ男爵は平然として答えた。
去年納めたばかりの税だ。
まともな領主ならしっかり覚えているだろう。
「うむ。つまりゾンディールを納めるコーヴ男爵の昨年の収入は大体九二億五〇〇〇万Zくらいの筈だ。勿論、ゾンディールでは農業だけをやっていた訳ではないし、鉱山もあるからもう少し少ないとは思うがな。まぁ、鉱山関連での税収を三〇億と見積もると、八九億くらいか」
「……は。ご慧眼、恐れいります」
どこが慧眼か。
予め計算してりゃ、この程度アホでも言えるわ。
「同様に他の街や村からの納税額やその内容について記録されているんだが……ふむ、もう一例挙げよう。昨年のミード村の納税は全て小麦によって行われた。量は四六八tだ。ジンケーゼ士爵、間違いはないな?」
ミード村を治めるジンケーゼ士爵とその息子の方を向いて尋ねた。
ミード村は物理的な距離が近いこともあって領内で唯一、租税の全てを物納にしている。
「……は。四六八t。その通りです」
少しの沈黙の後、息子が答えた。
いいけどさ。
「それだけ多くの小麦を運ぶのはきつかったろう。大変ご苦労だった」
慈愛あふれる表情と声音になるように気を付けた。
小麦は春播きだろうが秋蒔きだろうが収穫は夏で、それを年末までに納めなければならない。
そこそこの路面であれば一頭立て、四輪の荷馬車で大体一tくらいの荷を時速三㎞の速度で運べる。
それが一セットしかないのであれば四六八往復だ。
勿論、ミード村にある馬車は二頭立てなので一度に一・八tくらいは運べるし、べグリッツとの距離も近いし、帰りは空荷なので一日二往復は出来る上に……。
「いえ、閣下。臣民の義務ですし、行政府からの荷運びのご援助もございますので……」
行政府で納税用の荷車を馬や牛、驢馬付きで貸し出している。
行政府で所有する荷車は二八台。その全てが四輪で四頭立てに設計されている。
馬車なら一台で三・五tの荷を運べるし、牛車なら少し速度は落ちるが五tは運べる。驢馬は少し落ちて二・五t程度しか運べないが、悪路でもあまり速度は落ちにくい上、多少休憩回数が少なくて済む。
納税の時期にはこれらの荷車を総動員して荷運びを援助してやっている。
勿論護衛として騎士団からも人を出す。
当然この時期には騎士団の馬も半数くらい荷運び用に取られるので騎士団の機動力はガタ落ちだ。
俺の連れてきた六頭の軍馬(一〇頭はゼノムたちの物だし、馬車に使っている四八頭は今王都に行っている)についても戦力として期待されているだろう。
尤も、その年の夏に収穫した小麦をその年内中に全て納める必要はない。
小麦は粉に挽かずに麦のままであれば年単位で保存が利くので前年に収穫した小麦で納税しても良いとされている。
納税の記録帳には昨年一月~六月には毎月三二t、七月二〇t、八月一四t、九月八〇t、一〇月六〇t、一一月六〇t、一二月四〇tと記入されている。
また、貸し出した荷車も他の村と比較してかなり少ない。
「うむ。では、ミード村の作付面積はどの程度か?」
「……」
二人して黙るなよ。
昨年のミード村の税率は耕作地(小麦とは限らない)1haあたり1tの小麦という、王国でも標準なんだから、計算しやすいだろうに。
お前さんも貴族なら計算くらい出来るだろ?
それ以前に自分のところの耕作地の面積を正確に把握していないとか、おかしいだろ?
多分把握してないだろうと思って聞いたんだけど。
「……七八〇haです」
おせーよ。
「まぁ良い。七八〇haだな。さて、ここで不思議な事がある。おい」
もう一度バリュート士爵を呼び立て、もう何束か書類出させた。
「これは一昨年の納税額を記録したものだ。これがその一年前、そしてこれが更にその前年の分だ。このように、行政府には毎年の納税額を記録した書類がここ数十年分にわたって保管されている……」
大半の領主たちの顔色にさっと影が差した。
「しかし、ここ数年の間、納税額に殆ど変化のない領地が多いのは一体どういう訳だろうな? なぁ、士爵」
俺の前で急に顔色を悪くしたジンケーゼ士爵に尋ねた。
彼のミード村から納められる租税はここ何年も殆ど変わっていない。
農地の面積は微妙に増えているが、不作だの軍隊への供出で相殺だのと理由を付けて、計算してみるとほぼ一定の額で推移していた。
前代官のラフリーグ伯爵も対応したり報告したりするのが面倒で、知らなかった、気が付かなかった事にして見て見ぬふりをしていたんだろうなぁ。
癒着しないように一生同じ土地で代官をやる訳じゃ無いから、王国もしっかりしてんなと思っていたこともあったが、こういう人も居る。
勿論、大半の代官はきちんと数字で追い込んでいるんだろうけどね。
まぁ、最前線のリーグル伯爵領だから王国も薄々感づきながらも仕方ないと見逃していたのかも知れん。
「ミード村には食事を摂れる店があったな? その商会からの税はどうなっている?」
その商会の商会長はジンケーゼ士爵なので商売での納税の義務はないんだけど。
「は……その、あそこは私の経営でして……」
流石に手前ぇがやってる商会くらいは把握してるか。
「そうであったな。これは済まなかった。商会の方は良いだろう。だが、先程農地の面積が七八〇haと申しておったな?」
「……は」
「この記録には五年前も七八〇haとある。これは誠か?」
「んも、勿論です。閣下」
「そうか、開墾の余裕がなかったか……」
「は。私の不徳といたすところで、申し開きの言葉もございません……」
少し落ち着きを取り戻したか。
「閣下。発言をお許し下さい」
おいおい、今度は男爵の息子のコーヴ士爵が言葉を挟んできたよ……。
「……申してみよ」
「閣下、お言葉ではありますが、開墾した農地は当伯爵領の場合、幾つかの開拓村を除いて開墾後五年間は無税が保証されております」
知ってるよ。
領主たちはうんうんと頷いている。
「ほう。ではこちらの記録、一〇年前のものだが、こちらには納税は小麦四六五・五tとあるな。前年は平年より少し不作だったようだが、それでも標準範囲に収まっている。小麦の量から農地を計算すると七七六haだ。ミード村では一〇年前から五年前までの五年間で僅か四haしか開墾出来なかったのか?」
コーヴ士爵は黙った。
「……は。このところ開墾を行う余裕が……その……ございませんで……」
ジンケーゼ士爵の目はあちこちをさまよい、完全に泳いでいた。
「そうか。不思議だな……? 先日私がそなたの村に宿泊した折に見た感じでは七八〇haよりも広かったように思えたのだがな? 七八〇haというと広く聞こえるが、畦道等を考慮しても縦横三㎞四方よりも大分狭いのだぞ?」
「そ、それは……」
士爵は言葉に詰まる。
俺も今この場で本気になって追い込むつもりもない。
適当なところでお茶を濁……。
「閣下。閣下は高名な冒険者であらせられたと聞き及んでおります」
コーヴ士爵よ。またお前さんか。
「で、あれば閣下におかれましては農業には疎いかと……」
ほう? 確かに俺は農業にはそう詳しい方ではない。
だが、全く素人でもない。ゴム園を作ったこともあるしな……って、やっぱり素人に毛が生えた程度だろう。
「農地は正確に四角く作られている訳ではございません。勿論、耕すのに都合が良いように出来るだけ四角く切り拓くようには心掛けておりますが……。測り方などで……」
俺が黙って見つめているからか、得々として語り出すコーヴ士爵。
もう聞いちゃいられない。
ゼノムは無表情のまま成り行きを見つめており、トリス、ロリック、カーム、ビンスらはちょっと憤慨したような表情をしているが、面白そうに見ている。
まぁ、楽しめるかは知らんが、期待には応えないとな。
――黙れ。今までわざと見逃しておられたお優しいラフリーグ閣下と同じだと思うな! あまり俺を舐めるなよ? 毎日バルドゥックの迷宮を歩きまわり、地図を作っていたのだからな。何時間も一定の歩幅で歩くことなど朝飯前だ……。
とか言ってみたい。
言っちゃたら萎縮しちゃうだろうから言わないけど。
「よい、解った。そなたの言にも理があることを認めよう」
ジンケーゼ士爵はホッとした顔になり、コーヴ士爵はしてやったりと得意顔だ。
トリスたちには意外そうな表情も浮かんでいる。
「税の申告漏れという線もあるしな。人は神にあらず、間違いや勘違いもあろう」
「そう、人は間違いや勘違いを犯すものです。寛大な閣下にはご理解頂けたようで幸いです」
だがな、まだ続きがあるんだよ。
「確かにその通り。だが、間違いをそのままにしておく訳には行かぬ。従って本年から来年にかけて領内全ての『検地』を行う。『検地』を行う者には私の委任状を持たせるのでその方らは便宜を図ってやれ」
“検地”という言葉の意味を知っているトリスとロリックだけが笑い出しそうだ。
横目でそれを見たのか、カームとビンスもなんだか楽しそうにしていた。
「あの……閣下。ケンチとは……?」
聞き慣れない言葉だったためか、コーヴ士爵が尋ねて来た。
確か、地球では世界初の検地の成果とも言える土地台帳、ドゥームズデイブックを征服王ウイリアム一世が作ったのが一一世紀の終わり。日本だと本格的な検地は北条早雲が行った一五世紀までなかった。
オースでは、いや、西オーラッド大陸ではまだ検地が行われた歴史はないのかもしれない。
「知らぬか。どの村にどの程度の面積の農地があるか、そこでの収穫高はどの程度か、家は何軒建ち、鶏や豚など家畜がどのくらいの数飼育されているかを調査することだ。併せて領内の商会に対しても勘定帳や販売証明を元にした納税を義務付ける。帳面の記入法については折を見て行政府で指導するから、地元に商会のある領主はそれが自分や親族が経営しているか否かにかかわらず、今年中に商会長か番頭、もしくは計算の得意な従業員を一度行政府まで出頭させよ」
コーヴ士爵を始めとする大部分の先任領主たちの顔色が変わった。
「……今後、農地の面積など、納税に関わる情報をそなたらが自己申告する必要はない。楽になって良かったな。ま、その分私や行政府の役人は大変だが、これも全てはそなたら各地を治める領主の仕事の軽減のため、そして領地を健全に治めるためだ、致し方ないと思うことにしよう」
一言くらい嫌味を言ったっていいだろう。
あ、言い忘れた。
「ああ、それと、今まで言ってはいなかったな。私はこう見えて六〇年以上生きている。別の世界で四五歳まで生き、この世に生まれ変わったのだ。前の人生の記憶を持ったままな。だから見た目通りの若造だと思わない方が良いぞ。……俄には信じられないだろうが、私は事実だと思っている。私の気が狂っていると思われてもそれは仕方無いのでそれについて公言しても侮辱罪に問うような真似はせぬから安心しろ」
あまりに突拍子もない話なので領主たちはぽかんとしている。
「私の指示する内容や、話す内容はその前の世界……このロンベルト王国よりはかなり進んでいる世界で解明されている事柄が元になっている。先の『検地』についての方法も然りだ。結果に反論があるならしっかりと根拠を添えて申し出ろ。私は理のある反論や異論についてならば何度でも考えなおすことを約束する。私の言うことについて信じる信じないはそなたらの勝手だが、無視したり服従しない場合、それは罪に問うからな。ま、宣誓もして貰ったし、これは言うまでもなく当たり前のことだったな。いや、すまんすまん」
えっと、あとは……。
「では、少し遅くなって申し訳なかったが、これから皆で会食にしよう。全員が一堂に会する機会など今後もそうはなかろうしな。カムランというレストランから料理を運ばせるから一度部屋を空けてくれ」
そう言ってミヅチを伴って部屋を出た。
可能なら食事までの間にキブナル士爵と息子のオズマンドと話をしてみたい。
例の証拠物件についてわざわざ国王にご注進するなんて、未だに反逆を企てているのでもない限りするつもりもないが、先任の領主達の急所であることは確かだ。
つい先程まで、俺は“急所を握っているのは俺で、そのことを先任の領主たちは知らない。領主たちも急所の存在自体を知らない”と思っていた。要するに一方的にこちらが有利だと思っていたんだ。
だって、一応は百年も前に解決している件だしな。
これが“自分たちは伯爵にとんでもない急所を握られている”という事になると、俺が有利なのは動かないが、少し事情は変わる。
週末の更新は日曜にずれるかもしれません。




