第三十話 王家の秘密
7448年12月14日
「主命により、一足先に帰還いたしました」
ロンベルト王国国王、ロンベルト公爵トーマス三世を前に帰還の報告を行うべく跪いているのは、国王の長子で第一王子のロンバルド公爵リチャード・ロンベルト四世である。
戦地であったリーグル伯爵領のガルへ村の防衛を成功させ、その後一月ほど現地で警備部隊を指揮していたのだが、先月国王からの召喚命令が届いたために指揮を部下に引き継ぎ、僅か数人の手勢を引き連れたのみで急ぎ帰還して来たばかりであった。
謁見の間に入った時も黒天鱗と銘打たれたワイヴァーンの鱗から作られた鎧に身を固めたまま、背中にも雑嚢を背負ったままである。
「ガルへ村の報告は聞いている。ご苦労だったな」
国王は玉座に座したまま、感情を感じさせない声音で労う。
「は……」
リチャードも国王同様に無機質な声で短い返答をしたのみである。
「ふん……」
国王は王子の後ろに控えている彼の部下達や警護の衛士、そして自らの左右に立っている中務尚書のバスボーン公爵と宮内尚書のダースライン侯爵にちらりと視線を走らせるとおもむろに口を開く。
「捕虜は一五二人だったか。既にベーニッシュのところか?」
ベーニッシュとは国内最大の奴隷商のベーニッシュ商会の事だ。貴族や正騎士、または自己申告などで身代金を取れそうな捕虜以外はまずベーニッシュ商会が全て買う。身代金が支払われなかった捕虜も最終的にはこのベーニッシュ商会が奴隷として買い取ることになる。
「先月の終わりには一一四名の捕虜を買い受けたと連絡を受けております」
ダースライン侯爵が国王の脇から報告した。
残りの三八人については身代金が支払われたか、支払う旨について連絡があった者達のため、ガルへ村の北にあるミドーラ村に勾留されている。
「そうだったな……まぁよい……。ロンバルド公爵。そなたの活躍はちらりと聞いたが、現地で実際に見た者の口から直接聞きたいと思って呼び戻した。……ふむ。そなた、申せ」
国王はリチャードの後ろに控え、同様に臣下の礼を取っているリチャードの部下のうちから一人を指差して指名した。
「はっ。では僭越ながら騎士ジョナサン・ラードリーが殿下、いえ、小隊長殿のご活躍についてご報告申し上げます。
バルキサス中隊長殿がコミン村方面へ出立した二日後のことです。デーバス軍がガルへ村に総攻撃をかけて来ました。その際、デーバス軍は部隊の前衛付近に多数の魔術師を配し、当方の騎士を狙う戦術に出ました。それに対して小隊長殿は先陣に立たれて防衛戦の指揮を執られました。その雄々しい姿に兵士達の士気は否応なしに上昇したのは誰の目にも明らかでした……」
指名を受けた騎士が、まずデーバスの戦術について話し出す。
大体の事情については国王を始め、尚書達も知っていたので特に口を挟まれる事は無く、騎士は戦闘の推移を語り出す。
報告は冷静な語り口で微に入り細を穿つように丁寧に行われ、客観的な視点を挟みながらも臨場感溢れるものであった。
そして、リチャードが使っていた盾、黒壁鱗が敵の魔術を消し去り、スナイパーから放たれたボルトや矢の軌道を捻じ曲げてまで防御した段になると、特に宮内尚書であるダースライン侯爵は身を乗り出すようにして聞き入り、リチャードが床に置いている盾や着ている鎧を目を細めて見つめていた。
「ふ、ダースライン侯爵。興味が有るのは良いがな……」
その様子を見て国王はにやりと笑みを浮かべて言う。
「は、いえ、殿下のご活躍に感心して……」
「あれは王家の宝だ。そなたの研究材料とするにはちと惜しい」
「そんな、滅相もございませぬ」
二人の会話によって報告は中断されたままである。
「しかし……改めて現場に居た者の口から聞くと驚きを禁じえませんな……クロスボウのボルトをすら完全に弾くのはともかくとして、盾に吸い込まれるように矢が曲がるなどとは……まして放たれた攻撃魔術を消し去るに至っては……俄には信じ難い……」
バスボーン公爵が頭を振りながら零した。
まるで嘘だとでも言わんばかりの懐疑的な口調である。
「……公爵閣下、お言葉ですが某は偽証など行っておりませぬ。また、一切の誇張や省略もございません。あの場に居た誰もが目にしたことをそのままご報告申し上げているに過ぎませぬ。某の、騎士の名誉にかけて嘘偽りはございません」
報告を行っていた騎士は憤慨したように強い口調で言うが、その顔には真実のみを述べているという自信からか、穏やかな笑みを湛えている。
「ああ、いや。疑念のあるような言い方をしてしまって済まなかったな。そなたの言葉に嘘がないことは承知しておったつもりだったのだが、あまりの内容につい、な。許せ。……しかし、陛下と殿下はその……盾と鎧の力をご存知だったので……?」
バスボーン公爵が国王とリチャードを交互に見ながら尋ねた。
ダースライン侯爵も興味津々と言った様子で二人を見ている。
「いや。それについては知らなかった。銘が付いたことで何らかの効果はあってもおかしくはないとは思っていたが……それは此奴も同じよ」
「はっ。私も陛下と同様、これほどの物であるとは存じませんでした。報告にあった通り、魔法や矢についての効果はあの時の戦闘中、傍に居た兵に指摘されるまでは気付きもしませんでした。私が知っていたのは重量を軽減する効果と非常に高い防御力のみです」
国王とリチャードは揃って魔法を打ち消したり、矢を誘引する効果については知らなかったと首を振る。
そして報告は続けられ、デーバス王国軍が退却する際に置き去りにされた者を捕虜として拘束したところで終わった。
「……殿下、その武具のステータスを拝見しても……?」
わきわきと両手の指を動かしながらダースライン侯爵が足を踏み出す。
「どうぞ」
リチャードが苦笑の混じった声で答えるのを耳に国王とバスボーン公爵はお互いに顔を合わせ呆れたような表情を浮かべた。
「侯爵。あまり待たせるなよ。今日は久々に親子水入らずで夕食を取りたいからな」
ダースライン侯爵が魔法の品の検分を始めると時間を忘れて熱中してしまうことは内外によく知られていた。
・・・・・・・・・
ロンベルティア城の天守地下にある一室。
国王とリチャードが入室してきた。
部屋はそこそこに広いが殺風景であり、家具らしき物といえば部屋の中央に置かれているテーブルとその周囲にセットされている数脚の椅子のみである。
部屋を照らすのは壁際に設置された大型の明かりの魔道具が一基のみで、光量も充分ではない。
そして、部屋の奥、影に溶けこむように四人の男が直立不動の姿勢で立っていた。
四人の男に気付いたリチャードは不思議そうな顔をした。
「陛下、夕食はここで?」
尤もな疑問である。
何しろ、二人で夕食を、との名目でリチャードは自宅に帰らずに王城に残っていたのだ。
この部屋は王族が食事をするのに、まして国王が食事をするのに相応しい場所ではない。
そして、給仕かと思ったが、どうも格好からして違う四人の男達。
「それに、彼らは?」
再びリチャードは尋ねる。
しかし、国王はどちらの質問にも答えないまま部屋の中央に移動し、自ら奥の椅子を引いて腰掛けた。
「座れ」
訝しがりながらも黙って国王の向かいに座るリチャード。
「俺の後を継がせると決定した訳ではないが、今現在は第一王子で王位継承権一位だからな……資格としては充分だ」
ロンベルト王国では一五代ほど前から国王の跡を継ぐのは大体がその孫であった。
国王の父親や母親は新たな国王が一〇年程度経験を積むまで摂政として国政の補佐をする。
現時点ではリチャードの息子、現在六才の王太孫であるエドワード三世が次代の国王になるであろうと目されている。
玉座を継承する人は成人してさえいて、一定以上の能力と判断力さえあれば若い方が良い。
その方が治世は長い間安定するからだ。
勿論例外として国王の長子が跡を継ぐ事もあったが、それはその本人が非常に優秀であったり、若すぎる国王が様々な原因で夭折してしまったなど特殊な場合のみであった。
「……そろそろ教えても良いだろう……」
そう言うと国王は壁際に並ぶ男達を手招きした。
男達はテーブルに近付くと一斉に跪いて臣下の礼を取り、頭を垂れた。
耳の形から猫人族が二人に、獅人族と精人族のようだ。
「こやつらは代々我がロンベルト王家に仕える『乱波』だ。お前にも見覚えのある者もおろう」
国王はいつになく真剣な顔つきで息子に言う。
「え? ラッパ……とは?」
聞き慣れない言葉につい聞き直すリチャード。
改めて彼らの顔を見ようとするが、男達は頭を垂れたままであるのでリチャードには見覚えがあるかどうかもよく判らなかった。
「『乱波』とは間者の事だ。おい、ザイドリッツ。顔を見せてやれ」
国王が声を掛けると、リチャードから見て右端の男がゆっくりと顔を上げた。
「ザイドリッツって……し、師匠!?」
顔を上げたライオスを見たリチャードは驚きのあまり少し大きな声を出してしまった。
しかし、それも無理は無い。
ザイドリッツと呼ばれた中年のライオスは彼が幼少期、十三歳で第一騎士団に入団する以前に剣と槍の手ほどきを受けた家庭教師だった。
リチャードの第一騎士団入団と同時に、田舎に引っ込んで静かに余生を送ると言って王宮を去っていった後ろ姿が脳裏に浮かぶ。
「……それから、ラフローグ。面を上げよ」
次に声を掛けられたのはこちらも老境に差し掛かっているエルフの男だ。
「爺! ……そんな……爺まで!?」
ラフローグはロンベルト王家に仕える執事の一人だ。
こちらも幼少期のリチャードに行儀作法や国語、数学を始めとする家庭教師を兼任していた。
「あとの二人はお前は知らんだろう。おい、スペサイド、マクダフ。面を上げよ」
残る二人のキャットピープルが顔を上げた。
こちらの二人はリチャードと同年代である三〇前後に見える。
「……?」
直接の面識はないものの、リチャードにはどこかで見掛けたことがあるようにも思えた。
しかし、王家に仕える間者であればどこかで見たこともあるというのは頷ける。
「こやつら四人は王家に対する忠義が篤く、我が国が抱える間者達の大元締めとも言える。そもそもは初代ジョージ陛下が冒険者時代より仕えていた戦闘奴隷の出だ。今は全員が王家の従士だがな」
「……」
リチャードは絶句したままである。
「そなたら、リチャードに見せろ」
国王がキャットピープルの二人に何やら命じると、二人は「は」と了解の意を表して立ち上がり、リチャードに右手の甲を差し出した。
「何をしておる? ステータスを見てやれ」
何故か楽しそうに言う国王の言葉はいたずらっ子のような調子であった。
「は、はい。ステータスオープン……ん? ステータスオープン……んん?」
リチャードは言われるままに二人のステータスを確認したものの腑に落ちない様子だ。
何故なら、二人の名はヒューレット・カーネギーとラルソイユ・キンバリーという、先ほど耳にした名前とは似ても似つかないものであったのだ。
「……二人の名は判ったな? 言ってみろ」
国王に命じられたリチャードは「ヒューレット・カーネギーとラルソイユ・キンバリーです」と答えた。
「本当か? もう一度確認した方が良くないか?」
と、ニヤニヤしながら言う。
「一体何を……」
リチャードは王族としての英才教育を受けているので一度紹介されたり、ステータスを見た人の名はそう簡単に忘れない自信がある。
まして、二人のステータスを確認したのはたった今の話だ。
「もう一度確認しろ」
僅かに顔を斜めにして眇めるように息子を見ながら国王は命じた。
「ステータスオープン……何!? 名前が……馬鹿な!? ステータスオープン……むぅ……。陛下、これは一体!? 魔術ですか!?」
慌てたように言うリチャードだが、無理もなかった。
彼ら二人のステータスはそれぞれスペサイド・エンブリーとマクダフ・エンブリーという名に変わっていたのだ。
「違っていたのは名前だけか?」
国王は笑いを堪えるように聞いた。
「え? ステータスオープン……ま、魔法が増えて……それに、何だ? 偽装? ステータスオープン……そなたもか」
変わっていたのは名前だけでなく特殊技能自体にも幾つかの増減があった。
「こやつらの一族は偽装という特殊技能を継承した子供が生まれ易い。正体を隠して行動するにはうってつけよな」
まるで自分の事であるかのように自慢気に言う国王。
「は、はぁ。しかし陛下、偽装などという特殊技能は初めて……」
「ここに部外者はおらん。陛下は止せ」
「ですが」
「こやつらは宮廷の貴族共ではない。ロンベルト王家のみに仕える者たちだ。他人行儀な口を利く必要はない」
「はい、父上」
「まぁ、お前なりエドなり、俺が引退するまでにはきちんと引き継ぐから今はこのくらいで良い。エドが即位するにしても当面はお前が補佐をしなければならんし、その際にはこやつらを使う必要もあろう」
そう言うと国王は立ち上がり、テーブルの端に載っていた物に掛けられていた絹布をサッと引き剥がした。
薄い絹布の下から現れたものは明かりの魔道具から放たれた光を鈍い金色に反射させる奇妙な品であった。
「父上、これは?」
リチャードが国王に尋ねた。
「わからんか?」
「ええ、ステータスを見ても?」
「構わん」
「ステータスオープン……真鍮工芸品?」
品物に触れ、ステータスを見たリチャードは首を傾げた。
「これはな、バルドゥッキー製造機よ」
「ほう、これがあのバルドゥッキーの……しかし、なぜここに? リーグル伯爵から購入したのですか?」
「先々月、スペサイドとマクダフに盗ませた」
国王は事も無げに犯罪の教唆を告白した。
「ぬ、盗ませた!? 一体何故? 欲しかったのであれば何も盗まなくても……!」
当然リチャードは驚く。
「買ったら俺が入手したことが奴にバレるからだ」
「そりゃそうでしょうが……」
「それに奴は売らんと思う」
「まぁ、独占的に商売しているでしょうからね。でも、出来上がった商品を買えばいいだけじゃ……」
「勘違いするな。バルドゥッキーは旨い。確かに旨い。俺も大好物だ。だが、自分で作りたかったから盗んだのではないし、当然商売にするつもりもない」
テーブルの下で足を組み直しながら国王は言う。
「では何故!? 国王ともあろう父上が盗みなど! まして相手は臣下ではありませんか!?」
激昂しかけながらリチャードは声を荒げる。
「少し落ち着け。盗んだのには理由がある」
「理由? 当たり前です! ではその理由とやらをお伺いしましょうか!?」
「簡単だ。俺は以前から奴は何か臭いと思っていた」
「奴? リーグル伯ですか?」
「他に誰がいる? いいか、盗みは一旦置いて考えろ。奴の兄の方はそうでもないらしいが、姉の方は類稀なる魔法の力を持って第一騎士団に入団を許された。ここまではいい。そういうこともあるだろう。だが、ここ数年の調査の結果、弟である奴の方も相当な魔術の使い手らしいことが判っている」
「それは……私も存じております。ですが、巨大なワイヴァーンを斃し、ドラゴンまでをも屠るような冒険者であればそう不思議でもないのでは……?」
挽き肉機を横目にリチャードが自説を述べる。
「そうだな。お前の言う通りだ。だが落ち着いて考えてみよ。今まで何百年もあの迷宮は七層までで人を拒み続けてきた。八層に到達出来たのはジョージ陛下のみだ」
「……父上は彼が嘘を吐いていると……?」
「そうではない。むしろ嘘であった方が安心した。これから話すことは……今やここに居る者達を除けばレイダーに隠居している俺の親父しか知る者はおらん」
それまでとは一転して居住まいを正して真剣な表情になる国王。
雰囲気が変わったことを悟り、左手で額に浮かんだ汗を拭うリチャード。
「我らの先祖であるジョージ陛下はな、別の世からこの地に生まれ変わった『転生者』だ」
「てん……なんですって?」
ロンベルトの国王とごく一部のみに明かされてきた真実が語られた。
しかし、リチャードは意味の分からない言葉にだけ反応した。
それ以外はあえて無視するとでも決めたかのようになんの反応も見せない。
「『転生者』だ。生まれ変わった者という意味の言葉だそうだ。本来は『輪廻転生者』と言うらしい」
「外国語ですか……」
「あながち間違いではない。……驚かんのか?」
「父上の冗談はいつだって突飛もないですからね」
「冗談ではない。真実だ」
「まさか。騙されませんよ……ああ、それを言うなら実は私も別の世からこの地に生まれ変わったんでした。前の人生なんかこれっぽっちも覚えちゃいませんが。冗談じゃないですよ?」
真剣な雰囲気に飲まれそうになって損をしたとでも言うかのようにリチャードは混ぜっ返す。
「ふ。親子だな。俺も以前親父と爺さんからこの話を聞いた時に全く同じ事を言ったもんだ……。まぁ、今は茶々を入れず黙って聞け」
「……」
「ザイドリッツ、例の物を」
「はっ」
ライオスは目立たないように部屋の隅に立てかけてあった二本の細長い物のうちから一本選び、両手で捧げ持つと、跪いて恭しく国王に差し出した。
「それは……剣?」
黒塗りの鞘に収められた剣のようであった。
「そうだ」
一言返事をすると剣を受け取った国王は椅子から立ち上がってスラリと引き抜く。
美しい装飾が施された鞘は丁寧にテーブルに置いた。
鈍色に妖しい輝きを放つ刀身には極々僅かだが美しい刃紋が浮かんでおり、刀身自体は僅かに優美な曲線を描くように湾曲している。
そして、非常に珍しいことに片刃であるばかりか、柄の造りは長く、両手で扱うもののようだ。
「おお……なんと美しい……」
リチャードの口からは自然に言葉が溢れだした。
「カタナ、と言う剣だ。見ておれ」
挽き肉機に被せてあった絹布をばっと宙に投げると刀を両手で保持した国王は「むんっ!」とばかりに振り下ろす。
ひらひらと舞う絹布は剣に巻き付くようなこともなく、一切の音を立ずに見事に断ち切られて二枚になって床に広がった。
「そなたの腰の物で同じことが出来るか?」
テーブルに乗せていた鞘にすっと剣を収めながら国王が言う。
「その程度……フッグス剣商に特注で作らせた剣ですよ?」
リチャードが提げている長剣は彼が第一騎士団の小隊長になった折に、母親である王妃から贈られた非常に高価な逸品である。
慣れた手つきで腰から長剣を引き抜いたリチャードは左手で絹布の一枚を拾い上げると父親同様に宙に放り投げ、即座に右手の剣を振る。
「シッ!」
だが、絹布は断ち切られることなく剣に巻き付いてしまった。
「むぅ? もう一度……ヒュッ!」
何故だ? とでも言うように剣の刃を確かめるリチャード。
刃毀れ一つない刀身を確かめて絹布を当て、引いてみるとあっさりと切れた。
「このカタナでもう一度やってみろ。両手でしっかりと、布に当たる瞬間に手前に引くように振り抜くんだ」
今度は先ほどの父親程見事ではないが、絹布は音もなく断ち切られた。
「このカタナ……素晴らしい切れ味ですね……」
感心したように手の中の剣を見るリチャード。
「ステータスオープン……カタナ……か。素晴らしい。ですがこの剣が一体……?」
今までの話になんの関係があるのか、とでも言いたげな顔つきでリチャードは問いかける。
「そのカタナを作ったのは晩年のジョージ陛下だと伝わっている」
「ほう! 初代陛下が! 道理で素晴らしい! 何百年も朽ちずに残っているのはしっかりと手入れを怠っていないからですね」
「うむ。製法までは伝わっていないので再現は出来んがな……そのカタナの手入れは代々の国王の義務として受け継がれておる」
「そうですか……」
剣を父親に返しながらもリチャードは不思議に思っていた。
確かに見事な剣だが、一体今何故剣が出てくるのか?
「ザイドリッツ」
「はっ」
次にザイドリッツが持ってきたものも剣だったが、形からしてごく普通の長剣のようだ。
鞘もレリーフのように多少の装飾が施されているが、黒一色のあまり豪華なものではない。
だが……。
「ん? その鞘は……?」
「気が付いたか。バークッドの鎧の装甲に使われているゴムだ」
エボナイト製の鞘から剣を引き抜きながら国王は答え、鞘をリチャードに渡した。
「買ったのはいつだったか……十年は経っておらんと思うが……見てみろ」
呟くように言うと国王は鞘から引き抜いた剣の刀身をリチャードに確認させた。
「完全に同じではないが、刃の造りに似ている部分があることが判るか?」
国王の言葉にリチャードは明かりの魔道具の光にしっかりと当てて刃を観察した。
先ほどの刀の刃の造りは波打つような刃紋ではなく直刃と呼ばれる鎌倉時代に多く作られた刃をしている。
そして、今観察している長剣にもそれほど美しくはないが、確かに刃紋のようなものが僅かに浮いていた。
「切れ味はカタナよりも大分劣るが、この剣もそこらの物より数段上等なものだ」
国王はそう言うと再びカタナを引き抜いて柄から目釘を外して柄を取り外した。
「見てみろ。こんな構造の剣は他に無い。そしてその剣の柄も……」
リチャードが確認すると長剣の方の柄にも二箇所に目釘が嵌っていた。
普通の長剣は柄と鍔、刃は全て一体になっており、滑り止めのために柄に革や布を巻きつけたりする程度である。
「この刃……この造り……ミルーの剣と……」
呆然としたように言うリチャード。
「そうか……それではっきりしたな」
納得するように頷く国王。
「そこでこのバルドゥッキー製造機を見ろ。上から肉を入れてこのハンドルを回せば中のでかいネジが肉を前面に押し出す。押し出された肉はネジの先に付いている十字型のナイフで細かく裁断され、この穴から出て来る。何度か繰り返せば肉はかなり小さく刻まれる。
一緒に盗む事までは出来なかったが、本来はこの口の部分に小さな穴が空いた板を取り付けて、出て来る肉の量を均一に出来るそうだ。
見ての通り、構造自体は大したものではないが、ラフローグが言うには構成する各部品はとんでもない精度でぴったりと正確に合わさるとの事だ。
水車に使われるような歯車の合いもぴったりで、一つ一つの部品を無垢の真鍮材からヤスリなどで削り出したのでない限り、どうやって作ったのか見当もつかないと言っている。
そこまで手間暇を掛ける程のものか?
何より、真鍮の表面の処理を見ろ。たかが食い物を作るような道具をどうしてここまで丁寧に磨く? こんなにつるつるにするのは相当な手間と時間が掛かるそうだ。意味が無いだろ?」
一息に述べる国王を見てリチャードは自らの表情が改まって行くのを自覚した。
「つまり……」
絞りだすように声をだす。
「つまり、奴は初代陛下と同じ『転生者』だ。言い伝えによると『転生者』は幼少の頃より優れていることが多いらしい。また、初代陛下のように異常な程の個人的な武勇を誇る者も居ると言う……」
それから暫くの間、口伝でのみ伝わっている王家の秘密などと合わせてアルの作った品の検証の報告が行われた。
「……別に敵対している訳ではないからな。奴が独立したいというならさせてやるまでよ。ダート平原は惜しいと言えば惜しいが、現時点では我が国の経済に大きく寄与している訳ではない。それよりも今後数年間は奴を援助してさっさと独立でも何でもして貰って、ダート平原のデーバス側、南半分を切り取って貰った方が我が国にとって有り難い。
国境の接触範囲が狭まればそれだけこちらの軍備を北に振り向けることが叶うからな。
十年以内……エドに譲位するまでの間にジュンケル領を切り取って天領にしてくれるわ。あのコウモリ一族は皆殺しだ」
この数百年の間、北のグラナン皇国とロンベルト王国との間を行ったり来たりしている大貴族、ジュンケル侯爵(グラナン皇国では伯爵)の討伐が宣言された。




