第二十九話 躾
7448年10月27日
姉ちゃんと別れ、バルドゥックに戻る途中で色々考えたんだけど、決心した。
ソーセージ工場とゴムの作業場、ついでにバルドゥックの倉庫の警備に戦闘奴隷を配することにしたんだ。
領地に行くまで大丈夫だと高をくくっていた俺の浅慮が原因だしな。
コストが嵩むけど仕方ないよね。
まぁ、イニシャルコストが殆どで、ランニングコストがあんまり掛からないのが救いだ。
あ、物品位置特定の魔術は予め対象となる物品に標識という、別の魔術を掛けておく必要があるから今回は役に立たない。
マークの魔術の継続時間は術者のレベルと同じ日数なので俺の場合一ヶ月以上は持つんだけど、いちいち持ち物全てに毎月魔術なんか掛けてられないよ、面倒だし。
魔法の品など貴重で高価な物がせいぜいだ。
それだって数が多いのであっという間にへとへとになっちゃうから本当に大切なものだけに限定している。
バルドゥックに戻った後、丁度迷宮から戻ってきたズールーを警備責任者に任じた。
人選やそのシフトについても彼に一任するようにしたので、俺はズールーから願い出られた九人の増員を手配するだけでいい。
なお、ズールーを始めとする俺の奴隷たちは挽き肉機が盗まれたと聞いて、全員が憤慨していた。彼らも俺と同様に俺の工場に盗みに入る奴なんか居る訳無いと思っていたらしい。
早速その足でロンスライルの店に行った。
増員についてはロンスライルの店の戦闘奴隷の在庫が六人だけだったので、とりあえず全員を合計金額四〇二〇万Z成りで購入し、足りない分については当面の間ズールー以下、迷宮組でカバーしろと言っておいた。
今更他の商会から奴隷を購入する気はない。
因みに、新規に購入した戦闘奴隷は殺戮者のメンバーが目ぼしい奴を購入してしまっているので、出涸らしみたいなおっさんの普人族が一人と、あとは女ばかりというしょうもなさなのは不可抗力だ。
とは言え、仮にも武器が使えて武装した警備員が常駐しているというだけで泥棒に対する抑止力としては充分だろう、と考えることにした。
購入した六人と、ズールーの他八人、合計一五人の戦闘奴隷を前に一席ぶった。
「ヘンリー、メック、お前たちは今日から中頭だ。あと、ルビーとジェスも小頭に昇進な。ズールーはこいつらを上手く使って全員の統括をしろ。新人の六人とマール、リンビー、ベン、エリーは上役の言う事をよく聞いてしっかりやれ。いいな?」
「「はいっ」」
新人共、返事が悪いな。
「へい」だの「はぁい」だの気の抜けるような返事をしやがって……返事するだけきちんと躾けられてるとも言えるけどさ。
……ま、ルビーやジェスもこうだったか。
後でズールーに躾けさせよう。
あの目つきなら絶対に後で言う筈だ。
「それから新人。お前らは今日から俺の、リーグル伯爵の戦闘奴隷になったということを忘れるな。戦いに際しては勇敢に挑め。喧嘩しても構わんが負けは許さんし、勝手に死ぬことも許さん。他人の目がある所では常に行儀作法を忘れず、上品に振る舞え。いいな?」
「「はい」」
ふむ。先ほど先輩たちが返事していたのを聞いて、早速取り込んだか。
流石はロンスライルの店だ。
やっぱりこれからも贔屓にしよう。
・・・・・・・・・
7448年11月2日
昨日の昼、姉ちゃんは北の国境線に出征した。
任期はとりあえず半年らしい。
俺の義兄となったマーティーは姉ちゃんが家長であるグリード家に婿入りをする形で結婚したので現在の所属はグリード家第一夫君、フルネームはマーティン・グリードになっている。
ああ、勿論、同じグリードとは言っても俺のグリード家はリーグル伯爵家であり、姉ちゃんのグリード家はロンベルト公爵家従士という形の平民なので、単に祖先を同じくする同名の親戚という関係になってしまった。法制度上は最早他人である。
でも、お互いの記憶と感情が家族であると認識している限り俺たちは家族だ。
マーティーは朴訥な人柄が好感の持てる、非常に感じの良い男性だったが、極稀に僅かに暗い表情を見せることがあったのが少し引っかかった。
彼の出身であるハミル家は六代前の当主が王国騎士団の正騎士として叙任を受けたことによって分家して興された平民家で、それ以降は時折兵士として騎士団に入る子供は出てきたものの、基本的には騎士団の軍装品などの仕立てを請け負う軍専門の仕立屋として代々商売を続けているらしい。
そして、驚いたことにマーティーはハミル家の一人息子で、ついでに養子だった。
決して大店とは言えない商売だが、それでも由緒正しく六代も継続出来ているのだから嫁を取るのが普通なのではないだろうか。
マーティーもマーティーの両親も感じの良い方々だったが、ふとした拍子に見せる表情の原因はこれだろうか。
家業である仕立屋の後継者問題だろうかと思えば納得が行く。
それなりに順調に行っている商売。
出来れば我が子に継いで欲しいが子宝に恵まれなかった夫婦は仕方なく養子を取った。
金勘定を教え、技術を仕込み、やっと息子の結婚まで来たと思ったら何と相手は第一騎士団の正騎士。
超エリートで一生食いっぱぐれがないのは大歓迎だが、婿養子に取られてしまったら商売はどうなるのか?
まぁ、姉ちゃんのことだから「仕立て屋は続けたらいいわ。辞めることはないでしょ」とでも言って、鷹揚に「お金は出すし、店も建て替えたらいい」とか言ったんだろう。
別に間違っちゃいないし、普通に考えたら太っ腹ないい結婚相手を見つけたと喜ぶべき話だ。
でも、彼らにしたらそれで割り切れる話でもないんだろうな。
マーティーだってどこから養子に貰われたのかまでは調査する時間がなかったが、両親に対する感謝の気持ちと、せっかく仕込んで貰ったのに商売を継ぐことが出来ないというもどかしさもあるんだと思う。
なんとなく彼らの気持ちが読めたので、余計なお世話だとは思いながらも言ってやった。
「姉とマーティーさんの間に第二子が生まれたら、その子に仕立屋を継がせたら良いと思いますよ。あの姉の事ですから、長子には自分の跡を継がせたく思うでしょうからこれは仕方ないですが……なんなら私の方からそれとなく姉に言っても構いません」
すると、マーティーさんもご両親も少しだけ驚いたような顔をして、「そ、そこまで伯爵閣下のお手を煩わす訳には……」と、こっちが申し訳なくなるくらいに小さくなって恐縮していた。
この時改めて思ったんだけど、兄貴や姉ちゃんみたいな血族である家族は別にして、普通のオースの人たちは上級貴族に対する態度はこうだよねぇ。殺戮者でも貴族として授爵させていない奴らは、俺が伯爵になった後は今まで以上に丁寧に接して来るようになったしさ。
全く変わっていないのは転生者くらいのものだ。
でも、トリスとベルは元から貴族だし、ロリックなんか准爵だったとは言え、超でかい伯爵家の長男だった。それに、この三人は最初から俺に対しては結構丁寧に接していた方だ。
……バストラルもそうだったか。
彼は俺の従士になってから更に丁寧に接しようとしていることが窺える。
とは言え、上級貴族となった俺に対して彼らのようにあからさまに謙るようにはならなかった。
あとは……今更か。
もう少し、もう少~しだけ尊敬してくれてもいいのよ?
もう二十年もオースで生きてきて、身分制度には慣れている筈なのに。
……別にいいけど。
・・・・・・・・・
7448年11月26日
工場の挽き肉機が強奪されてから一ヶ月が経った。
王都やバルドゥックなどで商売敵が現れた様子はない。
まぁ、実行から一月程度で店を出せば即バレするから用心しているのかも知れない。
同型機を持っているから、商売さえ始めてくれたら楽だと思っていたんだけどな。
捜査を行っている第三騎士団の方からも進展の報告は無く、全く手掛かりは掴めない。
どうしたもんかね?
すぐに新しい挽き肉機を造ったので生産力は落ちていないから商売上は何の問題もないんだけど、面白く無いのは当然だ。
まぁ、これだけ時間があったから、俺としては幾つか仮説を立ててはいる。
仮説というほど大したものじゃないし、少し考えればすぐに解るんだけどね。
まず、俺みたいな上級貴族が糸を引いていたというケース。
俺の襲爵式に招待されてバルドゥッキーを知った人とかね。
この場合、ちょっと厄介だ。
勿論、とぼけたところで「その挽き肉機がお前さんのだと言うなら、その証明に全く同じものを作ってみせろ。または、どこの鍛冶屋だか金細工師に製造を発注したのか言ってみろ」で終わるからいいけど、その後がね。いろいろ面倒だろ。貴族のしがらみ的に。よく理解している訳じゃないけどさ。
それに、王都周辺で商売するんじゃなくて、どっかの地方の自分の領内でやられたらそう簡単には判らん。
例えばウェブドス侯爵領みたいに遠く離れていたら、ソーセージの噂が届くまでどのくらいの時間が掛かるものやら見当もつかない。
それに上級貴族ならわざわざ商売なんかしないで、自分だけでソーセージを楽しんでいるかも知れない。お抱えの料理人くらい居るだろうしな。
だがまぁ、これらのケースは俺の商会に対してはこれ以上の悪影響は無いと思われるから泣き寝入りすることになるだろう。っつかするしか無い。
ひょんなことから犯人が知れたとしても、それは相手の弱みを握った事にもなるから悪い事ばかりでもない。むしろ有り難いくらいだ。
次はどこぞの商会が俺と同じ商売を始めようとした場合。
俺はこれが本命だろうと思っていた。
そこそこ儲かっているし、需要はまだまだある。
やれば盗み発覚以外のリスクはなく儲けることが出来る。
とは言え、生産量はグリード商会には敵わない……くはないか。
うちの工場は稼動日こそ朝から晩まで稼働してるけど、それだってソーセ、もとい、バルドゥッキーを茹でたり燻したりする工程の時間も多いから工場の稼働中延々と挽き肉を作り続けている訳じゃない。
そもそもガキの奴隷たちの教育に時間を割くという方針だから、六日稼働したら三日休んでるしな。
それに、最近はラーメンの麺を作ったりもしているし。
交代制みたいにして二十四時間挽き肉を作らせ続けるのであれば、うちに並ばなくともそれなりに迫る生産力にはなるだろう。
この二つについては誰でも想像がつくだろう。
まして、他の商会やよく知らん貴族から「挽き肉機を売ってくれ」とか言われてたんだし、まず最初に疑うのが当たり前だ。
あとは……なんだろうね?
猟奇殺人者が証拠隠滅のために死体をミンチにして処分するためとか、まだ俺たちに知られておらず、何らかの理由でこちらとコンタクトを取りたくない、独立心の高い転生者が盗んだという案も出てきた。若しくは俺の気を引くために盗んだのではないかという話も出てきた。
猟奇殺人者は元から気が狂ってると思われるので、そういうこともあるかも知れないが、転生者云々は有り得ないだろ。
ラルファは相変わらず馬鹿だなぁ。
と思ったのでそう言ったら、生意気にも「ブレインストーミングはね、どんなにバカバカしいと思っても、可能性が低いと思っても、出来るだけ多くの意見を集めて検討することが大事なのよ!」とか抜かしやがった。
そもそもブレインストーミングなんかしてねぇし。
お前が勝手に犯人探しをするのは結構だけど、俺としては今後こういう事が起きないように対策を講じる事が叶えばそれでいい。ま、犯人に舐められたのは事実だし、それについては腹が立つがね。
そんな事よりもよくブレインストーミングなんて言葉を知ってたなと感心したら、どうやらミヅチやロリックなんかからの聞きかじりらしい。
ブレインストーミングは案という案を出し切った、その後の取捨選択処理が一番大切なんだぞ。
「まぁ、色々と考えて心配してくれた件についてはありがとうな。でも、それならもっと高い可能性でダークエルフたちも犯人の候補に入るし、外国というセンも残ってる。そっちが先に出てきて然るべきだろ」
「うーん、ダークエルフは二ヶ月か三ヶ月に一回沢山買ってるんでしょ? いきなり買わなくなったらすぐにバレちゃうじゃない? だから外したんだよね」
……そう思うならもっと低い可能性なんか言うなよ。
・・・・・・・・・
7448年12月13日
ロンスライルの店からトールが戻ってきた。
「……ご無沙汰しております、ご主人様」
トールは微妙な表情で挨拶を寄越してくる。
俺はざっと鑑定すると「腕は鈍っていないだろうな? 今週中に挽き肉機の型を作れ」とだけ命じた。
作業場のために借りた建物で型を作り始めたトールに声を掛ける。
「お前の両親と兄夫婦だがな……」
作業を始めたばかりのトールは俺の言葉を聞いてビクリと反応した。
「俺の領地のウィードって街の鉱山で奴隷として働いている」
「そう……ですか……」
トールは続きを聞きたいのだろうが、催促するようなことはせずに辛抱強く俺が続きを話し始めるまで待とうと考えたらしく、型を作る手を休めることはない。
躾はちゃんと終わっているとロンスライルのマダムが言っていたが、本当のようだ。
ん? 生まれながらの奴隷ならともかく、戦時捕虜とかトールみたいな奴をどうやって飼い慣らすのかって?
奴隷商は独自に製造した特殊な薬物を使用していることは知られている。
薬の製造には使用対象の奴隷の血液を始め、色々な植物と魔石を材料として混ぜる必要があるらしい。
薬自体、入手して鑑定したこともあるが、効果の低い単なる幻覚・興奮剤に近い。
魔法的な効果もあるけど、その効力は非常に低く、日に何度も飲ませることを定期的に継続してからゆっくりと効果が現れて来るタイプだ。
薬は非常に苦いらしく、その上薬効が発揮されている間は意識も朦朧として最悪の気分になると聞いている。
なお、この系統の薬品は対象となる奴隷本人以外に使用しても何の効果もない。また、対象のステータスは奴隷である必要もある。適当にさらって来ても、きちんと命名の手続きを行わなければ効果は発揮されないのだ。そこが魔法の効果の一つでもある。
過去には誰に対しても効果が発揮されるような薬品が製造出来ないものかと試行錯誤されたこともあったらしいが、結局作れないまま今に至っているそうだ。
昔、錬金術士を名乗る奴が誰にでも効果を発揮するものを作ったとか主張して販売したこともあるらしいが、すぐにパチもんだとバレて詐欺罪で騎士団に突き出されたとか、そういう記録は腐るほどある。
薬効が発揮されているうちに単純な運動や労働、場合によっては鞭打ちなどで意図的に肉体を疲労させ、洗脳やマインドコントロールでもするように深層心理下に「自分は奴隷である。ご主人様には逆らえない」という意識を丁寧に植え付けるのだという。
また、その際にはそれ以外の思想――たとえば、誰かへの憎悪や愛情など――を植え付ける事は出来ないことが証明されている。
薬はあくまでも奴隷としての意識付け以外の役には立たないのだ。
具体的な洗脳の手法やどのように言葉を掛けるのかまではどの奴隷商も口を閉ざして語らない。飯の食い上げだろうしな。
そこらあたりが奴隷商のノウハウなのだ。
知ったところで自分でやろうとは思わないよ。
そもそもそんな陰惨な事なんか俺の趣味じゃないし、そんなの貴族の仕事じゃないだろ。
薬だって禁断症状のような依存性のある、麻薬のようなものでないのであればどうでもいい。
話が逸れた。
「所有者は前リーグル伯爵領代官であらせられたラフリーグ伯爵の従士、カズム男爵だと」
手の止まったトールは目を見開いて俺を凝視している。
「どっかに売り飛ばしたりしないように交渉したから安心しろ。お前がしっかりと働いている間は俺も売り飛ばしたりするつもりはないし、自由に会う時間だってやるさ」
トールは暫しの間、目を瞑って細く長く息を吐き出した。
「……わかりました」
掠れそうなトールの声が聞こえた。
ま、暫くおとなしく働いとけ。
自己を失った訳でも、欲望がなくなった訳でもない。
単に自分は奴隷であるという意識を植え付けられただけだ。
然るべき時期の到来とそれまでに一定の結果を出しさえすれば……俺だって鬼じゃないしな。




