第八話 新婚旅行 2
7448年6月5日
「やったぜ!」
「よしっ!」
矢が放たれると同時に命中を確信した小さな声が上がる。
しかし「あっ」と思うよりも先に剣を握って呪文を唱えたトリスとベルは流石に一流の冒険者として鳴らしているだけのことはあった。
何が起きたのか、何故起きたのかなど一切の状況を確認することなく、まず身の安全を目的に対処と抵抗を意識する。それが無理そうなら逃走だ。状況の把握などはその次となる。
ここが軍人である騎士や従士、または一般の冒険者などと比べて迷宮の冒険者が大きく異なる点だ。
迷宮の冒険者はいついかなる場合でも、攻撃を受けたり、または明確に攻撃だと断定出来ずとも何らかの危険を感じた場合、仲間以外の動くものは全て害意を持った敵であると想定して行動する。
その対象が魔物であろうが人であろうがそこに一切の戸惑いはない。
良く言えば危機意識が高いとも言えるが、普通に考えれば沸点の低い危ない奴だ。
勿論それはオースでも地球同様である。
とは言え、瞬時に脅威度を判断し、低いと感じたら相応の対応に移るので迷宮の中以外でいきなり戦闘モードになることは滅多に無い。
この判断の素早さが練達した冒険者の証であるとも言える。
トリスの手には刀身から炎を噴き出す魔法の剣が握られ、即座に足元にまで引き上げられている網に対して振るわれる。
弓で狙われたベルの体は瞬時に薄青い魔術光で包まれている。
ベルの首、その右後ろの方と右の脇腹の後ろに矢が命中したものの、首に命中した方はその鏃の先すらも全く刺さることなく地に落ち、脇腹の方も碌にダメージになっていない。服は貫通したようなのでこちらはベルの脇腹からぶらんとぶら下がっている。
『四時よ!』
ベルが叫ぶ。
「刺さってねぇ!?」
射手の精人族の男が叫ぶ。
「馬鹿なっ!?」
もう一人の射手、犬人族の男からも驚愕の叫びが大きくあがる。
先ほどの小さな声では方向くらいしか解らなかったが、これだけ大きな声を上げればトリスとベルには大体の距離も掴める。
「魔法!?」
リーダーのタイガーマンの女も驚く。
勿論彼女も魔法の品が存在するということくらい知っているが、それはあまりに貴重なのですぐには結びつかない。
それに、元素魔法を単体で使うのであれば即座に使うことは可能だ。
トリスとベルの二人は阿吽の呼吸で役割を分担する。
ベルが弓を構えておらず、馬が自由に動けないため、浅傷を負って魔法の使えなくなったベルが接近戦を挑み、トリスが魔法でその援護をしつつ網を切るのだ。
ましてやベルは金属鎧に匹敵するような防御力を発揮出来るのだからこれが正解であろう。
初撃で頭数を減らすことに失敗し、相手の行動を許した。こういった場合、襲撃者側は馬から降りて自由に動ける方から狙うのがセオリーなので、彼らはそれを読んでの行動である。
もう一度「ガブバド!」と呪文を唱えながら左足を鐙から外し、鞍の上に掛けると馬の背から軽くジャンプしながら網を跳び超えるベル。
着地と同時にまた二本の矢が襲いかかってきたが、ベルがとっさに身をひねったことで一本は外れ、一本は右の肩口に命中した。
だが、命中した矢はまたもや何かに弾かれたようにその場にポトンと落ちてしまう。
右腕に空いたブラウスの穴をちらりと一瞥したベルは、そのままダッシュに移ると弓を射かけたエルフの男に向かって驚異的な急加速を行う。
途中でトリスの放ったストーンボルトの魔術弾頭がベルを追い越し、もう一度矢を番えようとしているドッグワーに向かって飛翔する。
「な、なんでっ!? うわああぁっ!!」
エルフは弓を手放すと腰のナイフに手を伸ばす。
一本は躱されてしまったが、三本もの矢を受けたにもかかわらず、この女はなぜこれだけ動けるのか?
エルフは理解出来ず半ばパニックを起こし、ナイフの柄をうまく掴めない。
襲撃者のリーダーであるタイガーマンの女も心の底から吃驚したが、それでも目立たないように地面に置いていた槍を持ち上げて突進してくるベルに向かって突き出そうとした。
「があっ! 痛えぇぇっ!」
彼女の脇で矢を放ったドッグワーの男が絶叫を放つと腹を押さえて蹲る。
トリスの石の矢が命中したのだ。
リーダーはまたもや驚愕する。
そう言えば馬上のあの男、網で馬の足を絡めとった直後にフレイムかファイアー系の魔法を使っていたはずだ。それなのにもう攻撃魔術を!?
その驚きは彼女に致命的な隙を作り出した。
ベルは槍を構えようとしている女の方が脅威度が高いと判断して目標を変更したのだ。
タイガーマンの女が繰り出した槍を、手に持った歩兵用の剣で払い上げつつそのまま懐に飛び込むベル。
そんなベルを近づけさせまいと蹴りを放つタイガーマンの女。
ベルは無表情なまま放たれた蹴りに合わせて体を捻る。
同時に、蹴り足の脛に歩兵用の剣の柄頭を叩き込み、動きが止まったところで反対側の足に斬りつけた。
ベルの操る剣はタイガーマンの大腿骨まで肉を切り裂いてから引き抜かれた。
思わず傷を庇って蹲ろうとするタイガーマンの顔面を、爪先をエボナイトで固めたゴム底のブーツで蹴りあげるベル。
飛び散った鼻血で天空に赤い花が咲き、ドランの光景に更なる彩りが加わる。
「あああっ!」
そんなベルに向かってナイフを突き刺そうと腕を伸ばすエルフの男。
鈍色に輝く刃はブラウスを貫通してベルの背中に刺さ……らなかった。
何か硬い物にでも阻まれたかのように「しゃあっ」とブラウスとその下の薄手のシャツも一緒に切り裂きながら刃を滑らしただけだ。
確かに垂直に近い角度で突いたのに!?
再度、驚愕に打ち震えるエルフ。
「畜生っ!!」
罵詈を上げるエルフに振り返ったベルは、ゾッとするような冷たい声で「高かったのに」と言うと剣を二閃、三閃させる。
ナイフを握った手を斬られ、反対の手も斬られ、太腿も大きく傷つけられた。
エルフの男はもう抵抗する気も失って蹲る。
その脇腹に蹴りを打ち込んで肋骨を折った感触を確認したベルは、右手で太腿を、左手で顔面を押さえて転がっているタイガーマンの肩を踏みつけると首筋に剣を突きつける。
一方、トリスの方ももう殆どカタが付いている。
「あうっ!」
馬上のトリスに向かって槍を突き出す普人族の女が叫びをあげる。
トリスは炎の剣を巧みに操って、女の槍を斬っていた。
ノームの男の方は蜘蛛の巣の魔術に全身を絡め取られて何も出来ないまま真っ白い雪だるまのようになっている。
「ひ、ひいいぃっ!!」
瞬く間に自分を残して仲間が全滅した事に気がついたヒュームの女は、穂先が切り落とされて用を成さなくなった槍を打ち捨てると、恐怖に濁った叫び声を上げてドランの街の方へと一目散に街道上を駈け出した。
「ちっ、死にたいのかよ……趣味じゃねぇんだけどな」
口の中で呟くトリス。
左手を広げて女の背に向かって突き出す。
僅かに間を置いて石の矢が放たれ、逃げる女の背中を貫いた。
激しく動く手足は外す可能性があるのでトリスとしては背中を狙うしかなかったのだ。
・・・・・・・・・
軽い怪我を負ったベルの治療を行ったトリスは燃え残っていた網をロープ代わりに使い、ウェッブに捕らえた者も含めて全員の手を後ろ手に縛る。
足については数十㎝程度の縄で結び、走れないようにすることも忘れていない。
なお、彼らが負った傷については回復したベルが最低限の治癒だけを行っていたので全員が命を取り留めている。
勿論、治癒魔術を掛ける前に一応は脅しながらの尋問を行っていた。
その尋問の結果、バルドゥックでの背後関係がなさそうなことだけは確認したが、野盗の言葉を丸々信じるほどお人好しではない。
五人を後ろ手に縛り、首に縄を掛けて数珠つなぎにしてトリスが引く。
その後ろを弓を肩に掛けたベルが監視しながらドランまで引っ立てた。
ドランの騎士団に引き渡すつもりなのである。
「なぁ、あんたたち。見逃しておくれよ。金は払うからさぁ」
「ご、五十、いや、六十万Zは払える。頼むよ」
「あんたら冒険者かい? 流石の強さだよな。俺も金なら作れるからさぁ」
口々にそんな甘言を弄する野盗達。
だが、トリスもベルも一向に取り合うことはしなかった。
夕暮れが迫るドランの市街で最初に興味を持って眺めていた農奴らしい男に騎士団の駐屯地の場所を尋ねた時に口を開いただけであった。
トリスもベルも怒っていたのである。
トリスは新妻になったばかりのベルを傷つけられた事について怒り、ベルは傷つけられた事も勿論だが、高価なブラウスを切り裂かれた事、そして折角の新婚旅行が台無しにされかけた事に腹を立てていた。
それは当然の怒りであるが、怒りに任せて野盗達を殺すほどに分別が無い訳ではない。
ドランの騎士団に向かう二人と五人を市街の物陰に隠れた幾つもの目が追っていた。
・・・・・・・・・
「ふむ。確かにこの者はゾーイ・マコネルだ。窃盗団“暁”の小頭の一人だな」
逮捕した野盗達を突き出したトリス達に騎士が言った。
「へぇ? 暁。初めて聞きましたが有名なんですか?」
トリスの疑問には別の騎士が答えてくれた。
「ドランではそれなりにな。ところで、あんたら夫婦は平民のようだが貴族の証言者は居ないかね?」
「いえ、おりません。ですが私達は二人共昨日まで准爵でした。それではダメですか?」
これは少し面倒なことになりそうだと思いながらトリスが答える。
「うーん、まぁこいつらの場合、他にも多くの犯罪をしているし、それについて目撃者もいるから大丈夫だとは思うけど、一応、な。貴族なら少し大げさに証言して貰って一発で打ち首に出来るんだがな」
相変わらず貴族至上主義のロンベルト王国らしい対応である。
因みに、追い剥ぎを行ったゾーイらには賞金は掛けられていない。
しかし、暁の頭目だというトールなる獅人族の男には三百万Zという非常に高い賞金が掛けられていた。
「秋には私も士爵に叙せられる予定なんですがね?」
「ほう?」
リーグル伯爵として国王から襲爵したアルの事を話すトリスとベル。
その過程で当然二人共、殺戮者のメンバーであることが明かされる。
「いやあ、ドラゴンを倒したスローターズのメンバーだったとはね。そりゃあ二対五でもなぁ……。あいつらも運の尽きだったな」
バルドゥックで上げた偉業はこのドランにも伝わっていた。
ドランの騎士団にはわざわざ王都までドラゴンの生首を見に行った者も居たくらいなのだ。
「ところで、“暁”には気を付けてな。あいつらが恨みに思って居ないとも限らん。宿は決まっているかね?」
トリス達はドランで最高級の宿の名を告げる。
「ミーハスなら警備の者も居るし、奴らもそう簡単には手を出せないだろうから安心してもいいよ」
そう請け合う騎士の言葉を背にして二人はドランの市街へと向かった。
「ったく、散々だったな」
「本当、ああいうのはどこにでも居るものね」
新婚旅行にケチをつけられた形の二人は文句を言いながら騎士団で場所を聞いたミーハスへと進む。
・・・・・・・・・
「お頭、ゾーイ達がドジ踏んだようですぜ」
ドラン市街の南にあるスラムの一角の下品な酒場の奥。
大きなソファの真ん中にふんぞり返り、左右に侍らせたヒュームの女に酌をさせるライオスの男に向かってその手下が跪いて報告をしていた。
「あん? 何があった?」
ライオスの男は返事をしながらも片手に盃を、もう片手は女の服の下に潜らせてその胸を弄っている。
女は嫌がる素振りを見せるどころか、嬌声を上げて喜んでいた。
黒髪のライオスの男は、何故か同種族ではなくヒュームの女を好んでいるのだ。
「へい。ゾーイはこのところあんまり稼ぎが良くねぇもんだから、ギールなんかを付けてザリドール街道で追い剥ぎをやらせてたんですがね」
報告する手下は跪きながらもその目はしっかりと形が変化する女の胸を見つめている。
「ふうん。まぁ、騎士団の見回りのタイミングさえ外せば行商人を襲うにゃあいいかもな」
ライオスは生返事をしながら盃を傾ける。
あん、と胸をいじられた女の口から声が漏れた。
「でもですね、あいつら、さっき、エルフの男と兎人族の女に引っ立てられて騎士団の屯所に……」
濁った目で女を見つめながら報告する手下。
「捕まったのか? しかも二人に? ゾーイには何人付けたんだ? いや、ゾーイは四人の小頭の中でも最じゃ、おっと」
女の胸から手を引き抜き、盃を隣の女に突き出しながら問うライオス。
「ギール、ベス、ビーン、トミーの四人を付けてました。全員数珠つなぎに縛られて……」
手下が報告している途中で盃を投げつけるライオス。
「ふざけんなっ! 暁が五人も揃ってたった二人にやられただとぉっ!? それじゃあ黒刃にも舐められちまうぞっ! その二人、見つけ出してぶっ殺せ!」
突然大声を張り上げたライオスに怯える二人の女。
盃が命中した手下の額からはつうっと血が流れ落ちた。
「へぇっ! ヤサは突き止めてありやす! ミーハスです」
盃を投げつけられた手下も畏まって答える。
その目は自分の額から落ちた血だまりを見つめている。
「ミーハスかよ……ちと手が出しづらいな……おい、全員集めろ! 宿から出たら隙を狙って裏路地に連れ込んでふん縛れ! ゾーイが裁かれる前に俺が直接ぶっ殺してやる!」
ライオスは怯える女から徳利を奪うと中身を直接口に含む。
ソファの端に掛けていた剣を取ると音を立てて鞘から引き抜き、ぶうっと刀身に噴きかけた。
「おおっ!」
店の中で成り行きを見守っていた他の手下たちがそんなライオスを見て口々に叫ぶ。
「トールの旦那の酒噴きが出た!」
「こりゃあ見ものだぜ!」
そんな手下共を睨みつけながらライオスは吠える。
「お前らも行けっ!! 明日、いや、遅くとも明後日には暁の恐ろしさを知らしめてやるんだっ!」
申し訳ありませんが今回で今年ラストの更新です。
次回は年明けになります。
本作を応援ししてくださった読者諸氏には大変お世話になりました。
残念ながら新しい書籍は出ませんが来年もどうかよろしくお願い申し上げます。
それでは良いお年をお迎えください。




