第三話 信託
7448年4月29日
バルドゥックのボイル亭の前。
「おねーちゃん、これ、大切にしますっ!」
「しますのっ!」
ミヅチがゼットとベッキーに小さなドラゴンの鱗が埋まったペンダントを餞別として一つづつ首に掛けてやっている。
ペンダントトップには五枚の鱗が放射状に並んでおり、まるで黒い桜の花のようにも見える。
受け取った二人は輝くような表情を浮かべて空に翳したりしてはしゃぎながら見つめていた。
「おおぅ! 凄いものを貰ったな、お前ら! ……でも、ミヅチさん、いいのかい?」
兄貴がミヅチに頭を下げていた。
あの表情、兄貴も欲しかったのかな……それならもっと用意しときゃ良かったよ。
昨日の夜、ミヅチに「これであの子達とは暫く会えないし、餞別に何かあげたら?」と言われ、装飾品以外としては使い途が殆ど無い、小さな鱗をあげる事にしたのだ。
ミヅチは喧嘩になっても良くないと、全く同じ大きさの物を苦労して合計十枚も探していた。
それを迷宮から得た安物の鉱石を使って、岩石泥化の魔術で少し大き目にコーティングし、端に穴を開け、金属ガラス化の魔術で透明なガラスに埋まったペンダントトップにしたのは俺だけど。
むかぁし昔。姉貴が兄貴に渡していた琥珀のペンダントを真似したんだ。
でもそれを手渡しで授与する名誉は二回連続してじゃんけんに勝ったミヅチの物となった。
ゼットとベッキーの二人ももう既にミヅチを気味悪がったりはしておらず、すっかりと懐いている。
俺は馬車の反対側で行われている授与式を眺めながらお袋に抱きしめられていた。
「じゃあ、お袋。親父も気を付けて……」
頬にキスを貰い、お返しにキスをすると声を掛けた。
「アルもね……ほら、剣帯が曲がっているわよ。これじゃ折角の魔法の剣が……伯爵になったんでしょ……全くもう」
お袋は俺の事をいつまでも子供だと思っているようだが、親という生き物は永遠にそう思うものなのだろう。
前世の俺のお袋もそうだった。
まだ元気に過ごしているだろうか……。
生きているなら両親ともに九十過ぎの筈だ。
流石にもう既に亡くなってしまったのだろうか。
シャルに剣帯のズレを直して貰う間、ふと遠い昔の母親の顔を思い出してしまう。
目の前のお袋とは似ても似つかない顔。
だが、俺を見る表情は全く同じに見える。
不思議だな。
「リョーグ達についてはファーンだけでなく俺からも話をする。あいつらなら王都に居た事もあるし、気心も知れているだろう。あまり心配するな」
親父もそう言って俺の肩を叩く。
領土を得るにあたり、ゴム製品製造担当の従士としてダイアンとルークの夫婦を含むリョーグ一家を俺に付けて貰えないだろうかとお願いをしていた。
彼らは一番技倆が優れているという訳ではないが、現在の家督者であるダイアンが全ての元素魔法が使えるために幅広く色々な製品を作るのに向いているのだ。
実家であるバークッドと競合するゴム製品の輸出をしない代わりに領内でも独自にゴム製品を製造する許可は得ている。
だが、仕える主を選ぶのはあくまで従士本人の意志が無くてはならない。
勿論、現在ではそれは単なる形骸と化しており建前以上の何物でもないとされている。
しかし、建前は重要だ。
実際には主人となる貴族が従士を選択するのではあるが、仕えている主人よりも力の強い貴族なんかに無理やり召し抱えられそうになるのを断る時などは、立派な盾として、そして伝家の宝刀として機能するのだ。
それはそうと、ダイアン達は村できちんとした職もあることに加えて二年間の王都勤めでかなり割の良い給金も手にしているのでバークッドで暮らす分には何一つ不自由することなく老いて死んで行ける。
貴族となって街や村の領地が貰える訳でなし、俺に従って新天地で一からゴム製造に携わらなくても将来的には全く困る要素はない。
従って彼女らを召し抱える事については、成功したら儲け物、という程度に考えておく方が無難である。
断られたら手持ちの奴隷の中から筋の良さそうな者を選び出してゴム製品の製造に当たらせる他はないが、ゴム製品の製造について最初から俺が教え込むのはかなり時間も取られるだろうし、何より俺の負担が大きい。
兄貴や親父もそれが解っているので現在の主と先代の主である彼らからも口添えしようとしてくれている。
勿論、ゴム職人の多いバークッド村なので実力のある彼女たちが抜けてもそう簡単に困るような事にはならないだろうが、それでも大きな戦力が無くなるのだから本当にありがたい話だ。
「うん。でも、もしダイアンたちが嫌そうなら無理強いはしないで」
俺にはそう言う事しか出来なかった。
「そう心配するな。ダイアンもルークもお前のことはよく話題にしているからな。もしあいつらが本当に嫌がるのならお前の事など何も言わんはずだ」
……だといいんだが。
さて、いつまでも別れを惜しんでいたら親父たちが急がなきゃいけない羽目になってしまう。
ここら辺が限界だろう。
ミヅチがゼットとベッキーを抱き上げて御者台に座らせてやり、馬車を回って来て俺の隣りに立った。
「ミヅチさん、この子の事、宜しくお願いします」
目を細めてそれを見ていたシャルはミヅチに頭を下げる。
「いえ、私の方こそふつつかな嫁ですがこの人を支えて行きたいと思っております。これからもどうか宜しくお願いします」
ミヅチの方もお袋に頭を下げている。
どこか儚げな表情で頷いていたお袋だが、俺の方を向くとスッと表情を消して口を開く。
「アル。いえ、リーグル伯爵アレイン・グリード閣下。バークッドより飛び立たれた閣下の偉業は王国に遍く鳴り響くでしょう。来年には王国で閣下の事を知らない者はいなくなる程に……。それに胡座をかいて高慢になってはいけません。従士や奴隷に対して厳しく接するのと高慢になることは違います。ですが、閣下には既にお解りのようですね」
突然の豹変にあっけにとられてしまう。
お袋は腰に提げた細剣の柄頭に左手を添えている。
あの剣、俺が作らせて誕生日にプレゼントした奴だ。
大事にしてくれているんだな……。
「誰にも彼にも気さくに振る舞ってはいけません。閣下は上級貴族となられたのですから。従士達には貴人への振る舞いをしっかりと教育すべきでしょう。そうでないとそれを見た他の貴族方から礼儀を知らない者達だと侮られてしまいます。人の目はどこで光っているかわかりませんからお気をつけ下さい」
む。公爵の孫であったお袋が言うと含蓄のあるように聞こえる。
だが、当然の事ではある。
国王も俺に対してぞんざいな口を利くときは周囲にごく親しい者しかいない時だけだった。
バルドゥックの行政府では護衛隊長である騎士団の団長や大隊長以上の高級士官のみだったし、王宮での正式な謁見の際は衛兵すら息子であるリチャード殿下のみにしていたくらいだ。
そうでない、平の衛兵などがいる時はぞんざいなようで常にきちんとした喋り方をしていた。
尤も、普段きちんとした喋り方をしているのであれば俺にぞんざいな口の利き方をしたところで“礼儀知らず”などと国王を馬鹿にする者は居ないとは思う。
ある意味でナニの大きさまで知っていると嘯いている俺に対する特別サービスなのかも知れない。
これから俺も礼節は常に守り、誰に対しても丁寧に喋るようにすべきだろう。
勿論皆にもそうさせねばなるまい。
多分、ものすごく時間が掛るような気がするけど……。
もう山出しの冒険者ではないのだから。
俺が舐められるということは皆が舐められるということだ。
「わかりました。母上。肝に銘じます」
「でも、閣下は大したものです……あの時……あの時言った事を現実のものとして……」
お袋は言葉を詰まらせ、両手を広げてもう一度俺を抱きしめてくれた。
春のうららかな日差しの下、干した布団にくるまれたような暖かさを感じて、つい前世の子供の頃を思い出す。
……縁側のある部屋の床、差し込む陽の光に干された布団の上。
……二本の丸い蛍光灯が取り付けられた電灯。
……板張りの天井。
俺を抱き上げてくれたお袋の表情。
「怪我に気を付けて。辛くなったらいつでも……」
昔、バークッドから俺を送り出す前、俺も騎士団にという話も出た事がある。
長男のファーンに続き、長女のミルー。そして次男の俺までもが騎士団に入ることで家を離れてしまうのを嫌がっていた事を思い出した。
それを理解していながら俺は家を出た。
勿論、それが間違ったことだとは思っていない。
だが、母親であるシャルの気持ちはいかばかりだったろう。
騎士団に入ったとしても戦争に行って死ぬ危険性はある。
しかし、単独行動も多く、何処とも知れぬ道端で横死する可能性は騎士団以上に高いであろう冒険者として家を出るという俺を笑って送り出してくれたのだ。
「いえ、もう貴方はリーグル伯爵……でも、私の息子よ……」
やっぱり俺が伯爵になろうが国王になろうがお袋はお袋で、これは動かしがたい事実だ。
こんな野蛮な時代、無情な世界でも親の愛は海よりも深い。
・・・・・・・・・
その日の昼過ぎ、ゼノムとジンジャーはアルに呼ばれて彼の部屋に来た。
部屋の扉をノックするとクローとマリーが入れ替わりに部屋を出て行くところだった。
アルが二人を呼び出したのは、彼らに対してウィードの街を任せる計画であることを話し、その意思を問う為である。
部屋には呼び出された二人の他はアルしかいない。
「俺が男爵だと?」
「私が貴族……?」
ゼノムは自身が貴族になる事自体予想はしていた。
アルが上級貴族の一員となったからにはその下に付く貴族位の一つくらいは貰えると思っていたし、アレイン・グリードという人物であればそうするだろうと踏んでいた。
だが、領地を持つ貴族ではなく、アルの側でお目付け役というか、ご意見番のような存在として形だけの貴族となり安楽な生活を送れるようになるだろうと予想していた。
対してジンジャーは貴族になるのはゼノムとトリス、カームあたりだろうと考えていた。
あとはせいぜいベルかロリック、ビンス辺りの三人が微妙なところで、それも貴族位の空きがあれば、というように思っていた。
ジンジャー自身はアルも含めたそのうちの誰かの従士として正式なニューマン家を興すことを認められ、家督者になることが出来れば上出来だと考えていた。
自分が貴族に、正式な士爵になるなどとは夢にも思っていなかったのである。
これらの予測についてはリーグル伯爵領をアルが領有するにあたって、どのくらいの数の貴族位が空位となるのかゼノムやジンジャーが知らなかった事が大きな要因である。
ウィードの街についてアルの説明を聞く二人。
机の上には地図が広げられている。
地図はあまり出来の良い物とは言えないがクローとマリー、それとダークエルフ達から齎された物を出来るだけ正確になるように組み合わせたものだ。
なお、アルが王都で見せて貰っていた地図はこれと五十歩百歩である。
川の情報は国が管理している地図の方が詳細である。
この地図には大きな川しか載っていない。
「ウィードの街はここにある」
アルは広げた地図の右上の辺りを指差した。
街の北には小高い山が描かれており、西には小さな湖があるようだ。
「人口は約八千人と言われている。主な産業は三つ。まず街のすぐ北にあるウィード山から産出する金属鉱石だ。主に鉄が採れるらしいが、少量ながら金銀などの貴金属も採れる。人口のうち二割くらいは鉱夫として山で鉱石を掘っているらしい。それから、街の脇にあるウィード湖から水を引いて行われている農業。あとは、腕の良い革職人が多いらしく、領内殆どの革製品が集まってくるようだ」
説明を聞きながらふむふむと頷く二人。
「でもアル。それだと荒っぽい奴が多いってことか? 治安が心配だな。従士の方はどうなってる?」
ゼノムが少し心配気な顔をして言った。
「残る従士家の数は十五家だそうだ。その中に貴族はいない。全員が平民だ。十五家のうち、坑道に権利を持っているのは七家。六家は農地を持っている。残りの二つは農地も権利も持たない、純粋な補佐役の家だと。この二つの従士家をまず頼りにすることになると思う」
アルは何も見ることなくスラスラと説明する。
「領主となるファイアフリード家の権利は坑道が四つに僅かばかりの農地がある。勿論、街で行われる商業行為からの税収や各従士からの税収もある」
アルは続いてグィネとケビンを従士として採用することを勧める。
尤も、グィネはラルファの遊び相手兼偵察要員となる重要な仕事があるので彼女にはあまり多くの仕事は割り振れそうにないことを言うのも忘れてはいない。
「それからジンジャー。君に付く従士はいない。その士爵位は男爵であるゼノムを従士長として補佐するもので、収入はゼノムが得た税収から貰うことになる。君の仕事は多いが、中心になることは従士家をまとめ上げて街の治安を守ることと各従士家からしっかりと税を取ることだ」
これは大きな街ではよくある形式なのでジンジャーにも予想は付いていた。
彼女はその言葉に頷きながら「ケビンやラルファが居るならどんな荒くれが居ようが問題はないだろうね」と請け合った。
「うん。そうだな。万が一、人手が足りないようなら暫くの間俺の戦闘奴隷を何人か貸す。……あとは収入だな。一昨年のデータしかないが、農地からの税収は全部合わせて約二十億Zだ。六割税なのでそのうちの十二億は俺に払って貰うがな。それから鉱山の方はこちらも全部合わせて三十億Zだ。こちらは五割税なので十五億となる。あと、街の住民の約半数は自由民なので人頭税として四十億Zが見込まれている。これは通常通り六割税だからゼノムの取り分は十六億Zだ」
二人の喉がゴクリと鳴った。
「ゼノムは大体三十九億強の年収となるが、ここから自分の農地を耕す奴隷も揃えなきゃならんし、ジンジャーやケビンの他、補佐をしてくれる従士達に給料も払う必要がある。それに、街から坑道までの道路の整備費用や治水工事の費用、街中の道路工事の費用なんかも全部出さなきゃならん。勿論、各従士家が全員ゼノムに協力的かどうかまでは判らない。出て行く金額もそれなりに多くなると思ってくれ」
収入も多そうだが、支出もかなりのものになる事が見込まれる。
だが、それでも貴族は工事を後回しにするなど支出を抑えることで同じ収入でも自分の取り分を多くすることも可能だ。
あまり褒められたものではないが、そこが領地経営の基本でもあるし、そうやって余剰金を生み出して収入を増やす事が出来るのが貴族の旨みとも言える。
「さて、こんな条件になるが受けて貰えるだろうか?」
リーグル伯爵領の地図を広げた机に両手をついてアルが言う。
「……私が貴族に……でもアル、いいの? 私なんかで……。私は、その……皆を裏切っていたハルクと……」
ジンジャーの声はだんだんと尻すぼみになる。
「結婚してた訳でなし、そんな事は気にしないでくれ。俺はここ何年か君と一緒に行動してきた上で判断している。その結果から考えて純粋にこの仕事はジンジャーが一番良いと思ったに過ぎない。それに、これはまだ俺の腹案に過ぎないので内密にしておいて欲しいんだが、俺の領地では犯罪は家族に累を及ぼさない事にするんだ」
ロンベルト王国では平民以下の者が罪を犯した場合、生計を一にする者も犯罪者に連座して罰を受けることがある。生計を一にする者とは、大抵の場合が家族ということになる。勿論、全ての犯罪がその対象となる訳ではない。その地を治める領主への反逆など、特に重大な犯罪に対して適用される。また、殺人などについても犯罪者よりは軽いが犯罪者の家族にも罰を与えられる地域も多い。従って大抵の場合、犯罪者は身寄りがないか、独り者のまま家を出たような者である場合が殆どだ。
「……ありがとう。なんだかすっと胸につかえていたものが取れたような気になったよ……。ゼノム、しっかりやるからその分給料は弾んでおくれよ。こうなったら早いとこ旦那も見つけないとね……」
ジンジャーはすっかり顔を赤くして興奮気味になっている。
それを横目にゼノムは少し渋い顔だ。
「一つ聞かせてくれ。いや、今はまだ言えないのであれば構わんがな。男爵や准男爵位は他にもあるのか?」
ゼノムは、旨みも大きそうだがそれなりに苦労もしそうな未来を思いやっていた。
「ない。今回、そのクラスの貴族位の空きは一つで、それはゼノムに対してだけだ」
「……そうか。だが、何故俺なんだ? トリスであれば張り切ったろうに」
不思議そうに尋ねるゼノム。
「ん……最初はそう考えた時もあった。だが、ウィードは領地でも北の方にあるから……トリスはまだ若いし、将来的にも飛び地は嫌だろうと思ってな。ま、その分ゼノムには貧乏籤になっちまうが、それについてはそのうちな……」
アルの言葉を聞いたゼノムはその言わんとする所をほぼ正確に理解し、頷いた。
ゼノムよりまだ若く、その分未来の多いトリスについては今回最南端に封じるつもりなのだ。
アルが領土を拡大するためにはその地理的な位置から言って南進するしかないからであり、そうやって領土を増やした結果、臣下として付き従った者に褒美として新たな領地を与えることもあるだろう。
その際に本拠地が北にあるウィードであれば新たな領地を得られたとしても必ず飛び地になる。
勿論、本拠地がウィードでなくとも侵攻の具合や働きの結果によりいずれは飛び地になる可能性もあるが、それはかなり先の事になるだろうし今心配しても始まらない。
また、ゼノムに褒美を与えるにしてもゼノムの場合はラルファが居る。
彼女を士爵なり何なりにして新たな領地を任せても良い。
それはゼノムに対して褒美を与えたようにも見えるし、勿論ラルファに与えると取られても問題はない。
「なるほど、そういう事か。まだまだ楽をさせては貰えんようだが、わかった。引き受けよう」
ゼノムの言葉を聞いたアルは二人に微笑み、「正式な授爵は秋以降になると思うからそれまでは仲間内しかいない時だけの話にしておいてくれ。ああ、グィネやケビンにはまず俺から話をするから。あと、二人で相談したいこともあるだろうけど、まずはウィードの街について知った方がいいだろう。クローとマリーは街の様子も見ているからまず彼らに話を聞いてみるといい。二人にはついさっき話をしてあるから部屋にいると思う」と言って二人を下がらせた。
二人は「早速相談しよう」と言って部屋を出て行く。
次にアルはトリスとベルを呼ぼうと彼らの部屋に行ったが、外出のようでいなかった。
仕方なく一つ順番を飛ばして少し離れたロリックの投宿している宿まで行き、彼を捕まえた。
自室に戻りロリックへリーグル伯爵領の地図を見せて「士爵としてラッド村を任せたいと思うがどうか」と尋ねるアル。
ロリックは「遂に来たか」と思った。
ロリックの内心としては貴族位、まして領主として責任のある立場になることは嫌であった。
フィオと二人、ロンベルト王国を見て回ろうと故郷を出発した時から、最終的にはそこそこ大きな街で彼と一緒に何か商売でもやれるといいな、と思っていたのだから当然と言えば当然である。
それ以前に、サージと出会って彼を奴隷の身分から解放してやり、成り行きでバルドゥックに行ってしまった。
勿論、噂に聞く大迷宮を見てみたかったという事もある。
だが、そこで解放したサージを雇い入れたアル達殺戮者の成功を知る。
サージの解放と前後してアルの収入の一部を知ったこともあり、当面の金を稼ぐつもりでバルドゥックの迷宮に挑戦してみた。
従士の経験すらない、貴族の端に引っかかっている程度の夢見がちな大言壮語を吐く男でもあれだけの成功を収めているのだから正騎士の叙任を受けた自分達であるならば流石に同程度とまでは行かなくともそこそこ稼げるだろうと安易に思ってしまったのである。
そして、一筋縄では行かなかった事もあって戦闘奴隷を買ってしまったのだ。
買ってしまった以上、奴隷の主人として責任も出来る。
意気投合して迷宮へと同道することになったサンノとルッツに対する気持ちだってある。
転生者であるロリックからしてみればサンノもルッツもまだ若く、歳相応に無鉄砲なところも感じられ、心配になってしまったのも運の尽きだったと言える。
こう見えてロリックはそこそこ情にもろいところもあるのだ。
アルへの対抗意識から当時トップチームと持て囃されていた冒険者パーティー、日光に参加した彼らは日光のリーダー夫婦による詐欺同然の奸計に引っ掛かるもそれをアルに暴いて貰い、なんとか被害相当額を取り戻すことが出来た。
しかし、その際にフィオは親友であるロリックに相談もせずに出奔してしまった。
ロリックとしてはフィオの気持ちも理解出来る。
顔から火が出るほど恥ずかしかったのだろう。
出来ることなら一緒に行きたかったが、フィオは行き先も告げず、誰にも知られないように詫びの手紙のみを残して出奔してしまったので気がついた時には後の祭り、跡を追いようも無かった。
日光ごと殺戮者の下部組織として吸収されてしまった上、厳しい討伐ノルマを課せられたものの、その報酬は所持金の少なくなっていたロリックを満足させるに足るものであった。
また、アルやその仲間と触れ合ううちにだんだんとアル色に染まっていくロリック。
騎士団での経験や迷宮の冒険者として下々の苦労を知るにつけ、やはりまともな生活を送るには先立つ物は必要であると再認識させられる。
それを稼がせてくれるアルに対しては恩も感じるし、何よりデンダーやカリムを食わせて行く必要もある。必要が無いから、無くなったからと言って自分が購入した奴隷を売り払う気にはなれなかったし、売られる奴隷の気持ちを考えるととてもそんな事は出来ないと思っていた。
情が移ってしまったサンノとルッツに対しても何とかしてやりたいという気持ちもある。
そして何より、彼にはフィオが帰ってきた時のために居場所を作っておいてやりたかった。
長子でこそないものの、ロンベルト王国有数の大貴族であるファルエルガーズ家の長男として生を受け、本格的な物ではないにしろ領地経営については騎士団で学んだことも併せてそれなりの知識もある。
彼がアルだとしてもまずはロートリック・ファルエルガーズというサラブレッドに見える男に適当な村を任せるであろう。
アルの領地経営が上手く運べばいずれは領地を任されるであろうことは想像に難くない。
それを見越して二十人の奴隷を購入済みでもある。
出奔した実家に今更頼ることも出来ない以上、領地開墾の人足として奴隷の増員は絶対に必要であった。
「アルさん。分かりました。謹んでお引き受けします。でもこの位置、隣のガルヘ村と並んで微妙過ぎますね……」
当然アルは他人の心の中を見通す能力などないのでロリックがそんな風に考えていたことなどは全く知らない。ロリックもそれを感じさせるような発言は一度もしたことがない。
「ん……。それなんだが……」
ロリックを含め、呼び出した者達にゼノム達に掛けた以上の時間を割いて丁寧に説明するアルの姿はこの日の晩まで続いた。




