第二百五十七話 死の影
7447年12月16日
耳がきーんと鳴っている上にまだくらくらと眩暈がする感じだ。
剥き出しになっていた顔面だけは何とか両腕でカバー出来ていた……つもりだったが間に合わなかった。
爆発したウォーラック・ドラゴニアンの破片が(おそらく鱗か何かだろう)左側の頬から顎にかけて幾つか食い込んでいた。
眩暈と耳鳴りが酷く、治癒魔術なんか使う精神的な余裕なんか無かった。
地面に落としていた貫きの槍を拾いながら左頬に食い込んだ異物を引き抜くのがせいぜいだ。
……どうやら顎下から首は無事なようで、そこだけが唯一ほっとする事が出来た点だよ。
さっきまでアイスコーンに捉えていたバーズ・ドラゴニアンともう一匹のウォーラック・ドラゴニアンはどうなった?
慌ててそちらの方を見直すと、バーズ・ドラゴニアンは既に石と化しており、ウォーラック・ドラゴニアンは体中を傷だらけにして瀕死だった。
必死になって患部のうち大きそうなものに手を当てて治癒魔術を使おうとしている。
今のうちに殺しておくべきだろう。
だが、未だ魔術を使える程の余裕はない。
怪我だけならどんなに大きくても使う自信はあったんだが、耳鳴りと眩暈がこんなに精神集中を乱すなんて……。
エンゲラについては今暫くは心配してやる余裕もないし、とにかくあいつを先に始末しなきゃ。
ちらりと山の上の方を見る。
奴が飛び立ってからまだ碌に時間が経っていないというのに、もう半分くらいまで来ている!
こちらに対して正確に指向して飛んできた訳では無いようで、丁度こちらに姿勢を向け直したところだった。
ついでに、もう一つ大切なことに気が付いた。
例のライトニングボルトの檻だ。
十三層の外周近くでこの層をぐるりと一周するようにライトニングボルトの檻が完成していた。
こちらから見る分にはあんまり問題ないが、先方からだと木立もあるのでまだこちらを発見出来ていないようだ。
しかし、あの大爆発で敵性の存在を認識したというところか……。
頭を振りながら槍を構える。
“うおあぁぁぁぁッ!”
叫びながら治癒魔術を使おうと必死になっているウォーラック・ドラゴニアンに向かって突進!
だが、足はもつれ、真っ直ぐに走れているのかも怪しい。
叫んだのはそうでもしないと気を失いそうだったからだ。
力いっぱい叫んだつもりだったが、情けないほどの小さな声しか出なかった。
当然向こうもすぐに気が付くかと思われたが、やはり魔術への精神集中の最中は他のことに注意を払う余裕は無いのだろう。
奴が気が付いた時にはもう槍の穂先は目と鼻の先。
さくっというような軽い手応えで穂先は胸の中心に突き刺さる。
ドラゴニアンの鱗は金属っぽい見た目だったし、防御力無視の効果が発揮されているのかも知れない。
とにかく、槍から手を離すと頭部を庇いながら横っ飛びに近くのトーチカの陰に隠れる。
また大爆発が起きるだろうしね。
兜の隙間から指を差し入れて耳の穴に突っ込むと同時に口を開いて下を向く。
むかぁ~しむかし、防大時代に受けた初級の講習を思い出していた。
爆発の傍では可能な限り遮蔽物に隠れることは当然だが、耳を塞いで口を開けろと言うことだ。
耳を塞ぐのは鼓膜を保護する意味があり、口を開くのは同様に圧力を調整して鼓膜を保護す……耳が聞こえない!?
さっきの爆発時には耳も塞いでいなかったし、口も開けていなかった。
一応ヘルメットを被っていたとはいえ、ヘルメットの側面には小さな穴も空いているし、あの至近距離だ。
あの爆発は懐かしい七五式自走一五五㎜榴弾砲の発射時どころではない。
知らないけど、着弾時はあんな感じじゃないだろうか。
生きてるからそれ程でもないのか。
そう思う間もなく、腹に響くような圧力を感じる。
爆発したんだな。
槍を回収した。
そう言えば……急に心配になって手に持った槍を【鑑定】する。
魔法の武器しか効果がないとしたら、ドラゴニアンの爆発に巻き込まれて壊れているかも知れない!
【貫きの槍】
【オーク材・鉄】
【状態:良好】
【生成日:23/11/7444】
【価値:1】
【耐久値:6652】
【性能:190-240】
【効果:金属による防御性能無視(金属以外の防御性能は魔法的な物も含め通常通り適用される)】
耐久値はかなり減っているが、これだけあればまず大丈夫だろう。
もう一発至近距離であの爆発を食らったら問題だけど。
エンゲラの方はどうだろうか?
道の下の方の木立の中で炎を纏った剣がチラチラと動くのが見える。
今のところ無事なようだ。
すまん、エンゲラ、援護はもう少しだけ待ってくれ。
五感が正常じゃないと何かときつい。
それ以外にダメージもあるだろう。
あいつがここに来るまでまだもう少し余裕が有るはずだ。
それまでに治さないと……。
……。
よし!
これで完全回復だ!
痛みも残っていないし、「あー、あー」問題なく耳も聞こえる。
あいつは……もう数百m!
蛇のような細長い体。
その体長は三〇mを超えるだろう。
体の太さは二mといったところだろうか。
凶悪そうな鉤爪の生えた短いが丈夫そうな前肢と後肢。
体に不釣り合いな位に小さいコウモリのような翼が二対。
そして、なんとなく向こうが透けるような、薄墨でも使って描かれたような黒い体色。
【ロンガルザムリュゾルファレン 】
【男性/25/7/6444・シャドウドラゴン】
【状態:良好】
【年齢:1004歳】
【レベル:24】
【HP:11446(11446) MP:335(335)】
【筋力:128】
【俊敏:75】
【器用:179】
【耐久:186】
【特殊技能:赤外線視力】
【特殊技能:魔法抵抗100】
【特殊技能:低位魔法無効】
【特殊技能:精力減衰吐息】
【特殊技能:自己隠蔽】
【特殊技能:咆哮タイプⅢ】
【特殊技能:恐怖の霊気タイプⅡ】
【特殊技能:地魔法(Lv.8)】
【特殊技能:水魔法(Lv.8)】
【特殊技能:風魔法Lv.Max】
【特殊技能:無魔法Lv.Max】
こっ……こんなの……勝てる訳……。
絶望感に支配されそうになるが、俺がやられたら全員あいつの胃の中に収まるだけだろう。
逃げる?
どうやってさ?
気になるところは幾つもあるが、サブウインドウを見ている暇なんか無い。
ああ、名前は誰かからそう呼ばれ続けていていつの間にか付いちゃったんだろうね。
「とんがり岩」みたいなもんだ。
俺の残りMPはほぼ七千。
優っているところはレベルと全元素の魔術が高レベルで使えるところか……。
頼りねぇな。
だが、先手必勝だ。
まずは邪魔そうな【魔法抵抗】を削り取ってやる!
ストーンライトカタパルトミサイル!
八本弾頭で狙う。
当然の如く命中!
レベル六に相当する魔術を使ったのは【低位魔法無効】を警戒してのことだ。
思惑通り【魔法抵抗】は残り回数が減った。
どうやら飛行速度はともかく空中での機動性はドラゴニアン同様にそんなに高くはないらしい。
「ギャゴオオォォォンッ!!」
シャドウドラゴンは苛ついたように【咆哮】する。
今までと異なって至近距離で放たれたあまりにも恐ろしい叫び声に思わずびくっとしてしまうが、声がでかすぎて反応しただけだ。
ストーンライトカタパルトミサイルを放ち続ける。
ギリギリまでこれで粘ってやる!
命中を続ける俺の魔術弾頭。
それに削り取られる奴の【魔法抵抗】。
だが、もう奴との距離は奴の体長の倍くらいだろうか。
百mを大幅に切っている。
炎のようにオレンジ色に憎悪の輝きを宿す両の目と視線が交錯した。
自分のテリトリーに侵入されたばかりか、手下のようなドラゴニアンを倒した相手なんだから当然か。
シャドウドラゴンは高度三〇m程の空中で体をS字のように弛めると息を吸い込んだように見えた。
吐息攻撃か!?
タイミングを間違えるな!
シャドウドラゴンが吐息を吐き出した!
背中に風魔法!
ミヅチに聞いてるぜ。
大抵のブレスはコーン状だってな。
そうじゃなくても直線状が大部分らしいから、避ける時は相手に対して斜め前か前に逃げると躱しやすいそうだ。
でも、シャドウドラゴンの吐息がどんなもんか判らないので可能な限りの最大速度だ。
「ぐあううっ!」
体中の骨や関節がきしみを上げるほどの速度で俺の体は前方にすっ飛ぶ。
飛びながらもストーンライトカタパルトミサイルを放つ。
地面の様子なんか確認している暇はない。
「がっ!」
地面に突っ込んでゴロゴロと転がった。
上空には俺を見失ったのか吐息を吐くのを止めて周囲を見回すシャドウドラゴン。
だが、全て命中させてやったのは突っ転ぶ寸前に見えていたぜ!!
鎧を着ているので擦り傷からは保護されているが、地面に突っ込んだ時に足をぶつけたのだろう。
右足から激痛。
骨を折ったか。
だが、治療は後回しにして寝っ転がったまま再びストーンライトカタパルトを放つ。
撃ち放ったまま、右足にキュアーオール。
もう一回。
更にもう一回。
よし。完全に痛みも引いた。
ミサイル無しだったがストーンライトカタパルトは八発全てが腹に命中していた。
「ゴル・ビューグ・ゲインデル・ブール・ダクト・デーッ!」
シャドウドラゴンはよく解らない言葉を大声で言う。
耳が割れそうだ。
言葉を喋れればコミュニケーションも取れるのかも知れない。
だが、階層守護者である以上、そんなの意味がないだろう。
きっとドラゴンの方に情報取られて終わりな気がする。
奴の【魔法抵抗】はあと三十六回残っている筈だ。
こんなのあと五回も……耐えられるかね? 俺。
でも、無理でもやらなきゃどうしようもない。
俺が腹の下に居るのに気付いたシャドウドラゴンは飛行を止めて落下して来る!
押し潰そうって腹か!?
既に膝立ち状態だったために横っ飛びに退避!
落下と同時に貫きの槍で一突き!
深々と刺さる。
引き抜くと真っ赤な血が噴き出す。
尻尾の方へ走りながら【鑑定】すると、【HP:11058(11446) MP:330(335)】だ!
おおっ! やはり槍は凄いな。
ダメージが増し易い巨体のモンスター相手とはいえ、一発のダメージがでかい。
俺の銃剣や長剣なんざ目じゃねぇ!
と言っても、微々たるもんだけど。
でも、これなら……そう思ってニヤリとほくそ笑む。
シャドウドラゴンは塒を巻くように俺を抱き込もうとする。
巻き付かれたら一巻の終わりだろう。
サイズ的に。
「ぬおぉぉっ!」
力一杯跳躍して胴体を飛び越えるように躱した。
同時にまたもやストーンライトカタパルトを放つ!
命中!
だが、俺の視界外から尻尾の先がしゅるしゅると伸びて来るのに気付いていなかった。
バシン!
尻尾の先ではたかれ、木立の中へすっ飛ぶ。
飛ばされた方向は坂の下の方。
叩かれた衝撃で風魔法なんかとても使えなかった。
バキバキと枝と体の骨を折りながらやっと地面に転がった。
「あ……ぐ……がぼっ」
折れた肋骨が肺に突き刺さったのか、口から血を吐いた。
落ち着け!
回復だ!
バーン!
銃声が響き渡る。
エンゲラは俺が援護するまでもなく無事にドラゴニアンを始末出来たようだ。
よし、もう少しだけ時間を稼いでくれ!
キュアーオールを連続使用。
「ぐぇっ、ごぶっ」
胸を叩いて気管に残っていた血液を吐き出して復活完了!
気が付くと少し離れたところ、俺を庇うようにエンゲラが立ってライフル銃の回転弾倉を回して次弾を装填していた。
「もう大丈夫だ、援護射撃を続けろ!」
エンゲラに声を掛け、その脇をダッシュする。
シャドウドラゴンは坂を這いずって近付いていた。
「ゲンズ・バルファ・ビューマ・ボレ?」
何か言っている。
でも気にしない。
ストーンカタパルトミサイル!
地面を這っているシャドウドラゴンの動きは空中とは比較にならない程素早い。
だが、流石にあの巨体だし、ミサイル付きの攻撃魔術は避けられないようだ。
綺麗に全部命中させてやった!
バーン!
後ろからエンゲラの援護射撃の音が響く。
弾丸はドラゴンの目の傍に当たったようだ。
鱗に穴が空いて……すぐに穴が埋まる!?
これが話に聞く“魔法の武器でしか傷付けられない”って奴か!
「エンゲラ! 魔法の弾に替えろ!」
「はっ!」
その間の時間を稼がなきゃ!
「こっちだ、蛇野郎が!」
再び背中に風魔法を使って超速度ですっ飛びながら攻撃魔術を放つ。
途中で体の横に風魔法を使って進路を変えた。
攻撃魔術はミサイルを付加しておらず、躱されてしまったようだ。
尤も、ミサイルを付加していたとしても操るような真似は出来なかっただろうけど。
「コウルサイムシガ! オマエノヨウナゲボクハイラン!」
勘違いしてんじゃねぇ! 蛇野郎!
しかし、でかい。
直径二m近い胴体とその先端に付いている一回り大きな頭から考えて、万が一飲み込まれでもしたら……。
でも頭は蛇じゃないのな。
ワニとイグアナと日本昔話に出て来るような龍を足して凶相を追加、頭部後方の襟周り(?)には幾本もの角状の突起物が見える。
蛇のような体の上部にはサメみたいな形をした三角形のでっかい背鰭のようなものが沢山連なっている。
ゴォッ!
目の前が真っ暗になった!
体から力が抜けそうになる。
しかし、何とか堪えて風魔法を使ってその場から移動した。
くそ、吐息を食らったか!
きっとレベルが落ちてしまったのだろう。
だが、それ以外に大きなダメージはなさそうだ。
連続して食らい、こいつのレベルを下回らなければ大丈夫だろうか?
「ご主人様ッ!」
エンゲラの金切り声のような叫びが耳に入った。
今まで理解されているという確信は無かったが、これで完全にこちらが複数だと教えてしまったようなものだ。
魔術弾頭を放つ俺を尻目にシャドウドラゴンは俺が突っ込んできた方、エンゲラのいる辺りに向かって突進した。
ああ、畜生!
槍を体に突き刺し、それに縋る。
こっちに注意を向けろよ!




