第二百五十二話 インターバル
7447年8月30日
先月末に迷宮から戻った時にはクローもマリーもレベルが更に二つも上昇して一〇レベルになっていた。
この調子なら年が明ける前に一五レベルへの到達も夢ではなく、余裕を持って現実のものとなるだろう。
迷宮の奥深くに眠る収集端末兼変性装置の事、宇宙船の事、美紀の事。
ゆっくり考えたい事が多かったが、今は考えている時じゃないと自分に言い聞かせ、機械的にクローとマリーに経験を稼がせることに集中していた。
また、稼いだ魔石も一%をボーナスとして換金後に手渡してやるとその額の多さに有り難そうな、恥ずかしそうな、えも言われない妙な表情をしていた。
何しろ合計で一五〇匹近くもオーガを殺させたのだ。
道中のモンスターから得た魔石を合わせてボーナスは一三〇万Zを超えている。
この金額には彼らも非常に驚き、また満足してくれたようだ。
あ、オーガメイジの部屋には行かなかった。
だって、頭だけ出して氷漬けにしても魔法は使えるからね。
それと、八層にも行かなかった。
時間あたりの経験値効率(魔石もだけど)はモンスターと遭遇する可能性を考慮すると奥に行った方が効率がいいのは確かだ。
だけど、便所コオロギだのでかカマキリだのは結構素早いから氷漬けが難しいんだよ。
出来なくはないけど、迫ってくる通路の殆どを氷漬けにする勢いでやらないといけないからさ。
体の一部だけを出すなんて器用な真似は難しいから結局は窒息死狙いになっちゃうんだ。
とにかく、金貨を手にして驚いている二人に「二千万の借金は金貨一枚づつ返せよ」と言って、渡したばかりの金貨を二枚取り上げる。
何と言っても金貨だし。
肩を竦めて納得しつつも未練がましい目つきで金貨が俺の財布に収まるところを目で追っていた二人には「それでも今回三〇万以上入ったし、貸してやった金も残ってるみたいだし、一度くらいは王都に遊びに行ってみたらどうだ?」と提案した。
まだ満足に働けていないのに休みなんてとんでもない、迷宮に行かないのであれば稽古をする、と遠慮する二人だったが「今回は迷宮にいた期間も長かったから明日から五連休にしているし、連休最後の日は全体訓練だからそれまでに戻って来りゃいいよ。それに、二人共かなり緊張と疲れが溜まっている筈だ。羽根を伸ばしてこい。俺とミヅチも丁度今から行くし、馬もあるんだから一緒に行くか?」と、殆ど無理やり連れて行く形を取った。こうでもしないと休まないような感じだったのだ。
稽古は大切だが、今は緊張しっ放しだった精神をほぐし、疲れた身体を休めた方がいい。
勿論、ゼノムやラルファ、グィネなんかは買い物があるから連休は王都に行く。ロッコとケビンも遊びに行くそうだし、ビンスも珍しく買いたいものがあると言っていた。トリスとベルは今回王都へは行かないらしい。バルドゥックでゆっくり過ごすそうだ。
ロリックは彼の戦闘奴隷二人とサンノとルッツ、ジンジャー、ヒスらと王都とは反対に南の方へ四十㎞くらい離れたラスホーという人口八〇〇〇人くらいの街に遊びに行くと言っていた。何でも今年から羊の肉を使った名物料理が出来たそうで、それを食いに行くんだって。
カームは寝て過ごすらしいし、キムは猫と遊びまくると息巻いていた。ミースは走り込みをすると言って、それにジェルを付き合わせるらしい。ご苦労なことで。
バストラルは迷宮を出たところにマールとリンビーを心配したキャシーが待っていたのでトリスたち同様に今回は王都へは行かず、バルドゥックでマールとリンビーを指導するジェスを見守って過ごすと言っていた。
俺の戦闘奴隷はムローワの姉ちゃんとよろしくやりたいらしいズールーを置いて、ギベルティを中心に王都の工場に行く。
王都に行くメンバーには彼らがよく泊まる宿にクローとマリーを泊まらせるから「先に行く。王都で面倒を見てやってくれ」と言い置いて、俺はミヅチとクローとマリーの四人で一足先に王都へと向かった。
道中は色々と話をしてミヅチともかなり打ち解けてくれたようだ。
二人を宿に突っ込んですぐに干物屋に向かい、干物を買い込んだ。
今回は王都の干物屋だけど、バルドゥックとはひっついているようなもんだし、品揃えはあんまり変わらない。
そして一度だけ店に顔を出すとすぐに遠回りでバルドゥックに戻る。
お陰でバルドゥックに戻る前に月が変わっていた。
・・・・・・・・・
7447年9月1日
妖精郷へ行き、ミラ師匠とカールに会う。
いつも通り干物をたらふく食わせると魔法の修行をするより前に話す事があると言って早速宇宙船だの何だのの話をしてみた。
しかし、この件について妖精たちは何の情報も持っていないと言う事が判っただけだった。
また、魔法の品へのチャージ回数の復活方法についても聞いてみたのだが、「大半の魔法の品は高位の存在が特別な技能と魔法を使って作成していると言われており、どうやって作るのかは疎か、魔力のリチャージ方法は全くの不明である」との事であった。
これは仕方ない。
そうなるとチャージが切れているものはハッタリくらいでしか使用用途が……くそぅ。
それなら使えない事を言った上で売り払う方がマシかも知れない。
又は、知らなかったふりをしてそのまま売るとか……あっという間にバレて逆に買い叩かれそうだ。
唯一判明した事は三層から妖精郷のエリアへ転移する方法だ。
リルスから聞いていた君が代を歌う方法について彼らは知らなかったのだ。
以前、同じような話題をした時にはこっちの知っている事を話したのみで、彼らがリルスから教えられたという方法については確認を怠っていた。
っつーか、わざわざそんな事を知る必要性も感じなかったし。
知ったところで結局三層まで降りなきゃいけないのは同じだからねぇ……。
彼らが知っていた方法は一度水晶棒を掴んでから手で特殊な印を結び、今度は水晶棒の天辺に触れてまた別の印を結ぶ。その後にもう一度水晶棒を掴むと表面に浮き出る呪文が変わる。一分以内にその呪文を唱えることでこのエリアに転送されるという事だった。
昔、リルスが妖精たちをこの迷宮に誘った時にそのように教えてくれたとのことだ。
疑問に思った俺とミヅチは早速試してみたのだが、その方法でも問題なく転移を行うことが出来た。
くっそ。あいつ、俺がこの印を覚えられないと思って君が代がキーだとか……。
勿論、あのヴァンパイアロードのタルボ・ファクナー、もとい、マーセット・デイオークが言っていた、美紀が、いや、リルスがカミラ・エリスナーが転生したという事なんかこれっぽっちも信じていない。
故郷に帰るという妄執に取り憑かれてアンデッドにまで成り果てた奴の言う事なんか何一つ信じない。記録は真実だと思うけど、あのアンデッドは言葉でしか言っていないのだ。乗組員と転生後の名前のリストなんかもあったけど、きっと何かの勘違いだ。そうに決まってる。
そう熱弁を振るう俺を見てミヅチが微妙な顔をしていたが、この件については黙して何も言わなかった。
すまん。
お前がどう思おうと、俺はリルスが美紀だと思っているんだ。
ミヅチだって言っていたろ?
ライル王国では箸が使われ、リルスの宮殿の地下の私室にある案内板は日本語で書かれていたと。
だから、リルスは美紀だ。
だから、日本が懐かしくてお前の記憶を覗いた。
だから、記憶を覗き続けて俺を探した。
……だから、俺の身を案じて、ミヅチに少しでも詫びるために色々とアドバイスをくれたり助けたりしてくれたんだ……。
魔力が切れる寸前まで。
俺がブツブツ言いながら頭を整理し始めると、ミヅチはしっかりと魔術を習い始めていた。
魔法武器化の魔術らしい。
腰に手を当てて胸を反らしながら偉そうにミヅチに指導しているカールをぼんやりとした目で見る。
……。
【カール・ミライス/21/6/6811 】
【男性/21/6/6811・妖精族・バルドゥック】
【状態:良好】
【年齢:636歳】
【レベル:12】
【HP:22(22) MP:241(242) 】
【筋力:1】
【俊敏:31】
【器用:25】
【耐久:1】
【特殊技能:命名】
【特殊技能:妖精の目】
【特殊技能:地魔法(MAX)】
【特殊技能:水魔法(MAX)】
【特殊技能:火魔法(MAX)】
【特殊技能:風魔法(MAX)】
【特殊技能:無魔法(MAX)】
【経験:239994(270000)】
年齢以外、碌に変わってないように思える。
まぁ人の細かいステータスの内容なんか一々覚えちゃいないけどさ。
…………あ。そう言えば。
【バルドゥック:第六の種】
うん……確かカールと初めて出会った時に見ていた。
で、わかんねぇからそのまま流してた。
このバルドゥックの迷宮の奥深くに眠る収集端末兼変性装置は、宇宙船に搭載されていた八基のうちの六番目。正しくは“第六収集端末兼変性装置”と言うんだった。
なんとなくだが、何らかの関係があるように思える。
カールはその祖父の世代と異なり、外の世界を知らない。
親の世代からこのバルドゥックの迷宮の中で生まれ、そして育ってきた。
妖精にも神官はいるらしいからちゃんと命名されている。
人やモンスターは、その所属については生まれながらにしてステータスに情報を持っている。◯◯氏族とか△△家長男とかって奴だ。
俺は命名の儀式については通り一遍の事しか解らない。
命名の儀式には大別して三通りあるという。
一つは、生き物にその固有名を付けること。
これは大抵の場合赤ん坊に対して行われる。例外もあるけど。
謝礼に相当する喜捨の額は固定だ。
もう一つは、無生物に固有名を付けること。
金額は一定じゃないが、場合によってはその品物だけの名前が変わるということに留まらない。
その品物が含まれる群としての名前が付くこともある。
そして、もう一つは固有名だけではなく、所属についても新たな情報を付け加えたり、別の内容に置き換えることだ。
奴隷を売買した時や、婚姻時の配偶者、騎士の叙任なんかの時が代表的だろう。
これら三つについては一口に命名の儀式とは言うものの、それぞれ実質の内容が異なるという事は誰にだって想像に難くないだろう。
まぁそれはその通りで「神官によって出来るものと出来ないものがある」ことは知られているし、当然俺も知っている。
どうも【特殊技能:命名】には魔法の特殊技能のようにレベルがあるのではないかとも言われている。
神官たちに尋ねても決して教えてはくれないらしいから、そう言われている、というだけで根拠はないけど。
そこらを飛び回る妖精たちを一人づつ【鑑定】してみる。
……。
…………。
ふむ。
「……師匠。ちょっとお尋ねしたいのですが?」
「ん?」
まさかとは思うけど。
「ここには何名の神官がいらっしゃるのですか?」
「小さい神社しかないし、そら一人で充分さね」
うん。妖精郷の人数だって知れてるだろうし、想像通りだ。
「結婚の時って命名の儀式は……?」
妖精たちには婚姻を結んだという結果や証拠である第◯夫人とか第◯夫君というのが誰ひとりとして見当たらなかった。
「せんよ。ここの神官はそこまで出来んからの」
やはりか。
だが、これは確認しておきたい。
「師匠たちの氏族の名前はなぜバルドゥックと言うのですか?」
「ああ、それの。ここで生まれたからだろうと言われておるさね」
むぅ……では、妊娠中の女性がこの迷宮の中で子供を産んだ場合、どうなるのだろう?
俺の知っている常識ならどこで生まれようが△△家長男とかになって生まれて来る筈だ。
“変性装置”とやらが何か影響を与えているのだろうか?
そのあたりの話を振ってみたが、師匠は「私にだって知らないことくらい……あるさね」と言うだけだった。でもまぁ、それもその通りの話だ。
気を取り直して俺も魔術を教えて貰うとしよう。
魔刃障壁の魔術だ。
この魔術の習得にはかなりの時間が掛かってしまった。
妖精郷を辞する時、いつものように俺とミヅチは丁寧に頭を下げる。
「師匠。また四ヶ月後に参ります。干物の他に何か入用なものはございますか?」
「……いや、特にはないの」
「そうですか。あと、お願いがあります」
「何じゃ?」
「恐らく私がここに来るのは次回が最後になると思います。来年の春には領地が得られそうなんです。そうなると忙しくなりますので当分こちらにお邪魔することは叶いますまい。そこで、次に来る時までに決めていて欲しいのですが、もし宜しければ皆さんで私の領地に移住しませんか?」
「ほーん?」
「それなりの面積を提供出来ると思います。地上にいらっしゃって頂ければ毎日干物も食べ放題ですし……そうだ! 皆さんの住まう土地については保護区に指定して立ち入りを禁止することも可能です! 生活の安寧は保証致します」
ミラ師匠は出会ってから初めての優しそうな目と顔で答えた。
「……ありがとうの。じゃが、それは遠慮するわえ。私らはここが気に入っておる……」
「しかし……」
「いいんじゃよ。アルのようにたまに迷い込んで来る者を相手するだけで充分さね。静かに暮らして行きたいんよ……。それに、親の代から言われておる。この地は我らに与えられた最後の楽園だとの……。リルス様のご厚意を無下には出来んというものさね」
「……そう、ですか……ですが、もしお心変わりなされたら仰って下さい。その場合は来年の暮にでもまたお迎えに上がります」
そう言ってミラ師匠たちと一時の別れを交わした。
・・・・・・・・・
7447年9月2日
バルドゥックの片隅の馬を預けていた宿で目を覚ます。
今朝地上に戻り、宿に入った時は疲れていたのでミヅチと二人、すぐにベッドに倒れ込むようにして眠った。
今はもう二十時だ。
……また王都に行かなきゃ。
商会と工場の方を見ておかないと。
二人で乾パンを噛じりながら王都の結構高い宿に入る。
とにかく、幸先良くクローもマリーもぽんぽんとレベルが上ってくれた。
暫く大変だけどこの調子で行けば……。
「魔法武器化」エンチャントメント
(全元素Lv6、無魔法Lv7、消費MP31)
使用者が武器だと認識する品物が対象となる。しかし使用者がそう認識したとしても、そこらに転がっている石など自然物は対象とはなりえない。人の手によってある程度の加工が施されている必要がある。例えば伐採して枝を打ち、持ち手である柄を加工してあれば棍棒を魔法の対象とすることは可能だが、そこらに転がっている単に形が丁度良い棒は対象となりえない。また、対象は武器として完成している必要がある。例えば、鏃のみを対象にこの魔術の使用は出来ない。予め鏃に加えて矢軸と矢羽が組み合わさっている状態でないと魔術は失敗する。
なお、投射装置をこの魔術の対象にすることも当然可能だが、発射される物体は魔法を帯びてはいない。投射装置で殴るならば魔法的な効果を受けられる。
対象とする武器に触れながらこの魔術を使用すると、武器全体が仄かに魔術光を発し続ける。この光は非常に弱いため松明の代用とはならない。また、光は魔術が効果を発揮している間中継続する。
この魔術の効果は、一時的に武器に魔法的な効果を与えるものである。性能は僅かに上昇するのみであるが、魔法の武器でしか致命的なダメージを負わない生物にも有効な攻撃を与えられるようになる。
効果時間は術者のレベル×60秒。効果を及ぼせる武器の体積は500cm^3に術者のレベル×30cm^3を加えたもの。
有効な体積以下であれば同時に複数の武器を対象とすることも可能であるが、その場合、対象となる武器の数が増加する毎に合計体積は2分の1、3分の1……と減少する。つまり、10レベルの術者が同じ形状の2本のナイフにこの魔術を掛ける際には一本のナイフの体積は(500cm^3+30cm^3×10レベル)÷2÷2本となり、一本あたりの体積は200cm^3以下でなければならない。
参考:一般的な柄の長さ15cm、刀身長70cm程度の長剣の体積は700cm^3程度である。また、一般的な矢は40cm^3程度である
「魔刃障壁」エンチャントメント・ファンタズム・エヴォーケーション
(地魔法Lv4ダブル、水魔法Lv4ダブル、火魔法Lv4ダブル、風魔法Lv6トリプル、無魔法Lv8ダブル、消費MP58)
術者の周囲を高速で回転する魔法の長剣が現れ、術者の頭部から半径2m以内の術者に危害を与える対象に対して自動的に迎撃する。出現する長剣のサイズは刀身長70cm程度の標準的なものである。また、出現する剣の数は術者のレベル×2本。
命中は術者の剣の実力に依存する。
効果時間は術者のレベル×6秒だが、術者のレベルが1レベル上昇する度にレベル当たりの効果時間は1秒ずつ減少する。但し、最短でも1秒は効果時間に累積する。
例)20レベルの術者がこの魔術を使った場合の効果時間
6+5+4+3+2+(1*15)=35秒




