第二百三十九話 The Un-Dead 2
7447年7月15日
「……いるぞ。七十、いや、六十くらい先だ。数は十五ってところか」
前方にゴブリンゾンビの一団を発見した。
「また? 何で判るの?」
アンダーセンはここに至るまでに何度も俺が遠くからモンスターに気付いている事について驚いている。この勘の良さが殺戮者躍進の原動力になっていると思っているようだ。勿論、俺でなくとも勘のいい奴なら三層までの生きたモンスターであればこの程度の距離で気が付く奴も居るし、兎人族や狼人族であれば種族の固有技能を駆使することでもっと遠距離からモンスターの気配を感じ取る奴だって少なくない。でも、勘違いや間違いだって結構ある。
だけど、俺の場合、ここまで百発百中だったからね。
「ルビーとジェスはミヅチに。他は俺んとこに来い」
驚いているアンダーセンを他所に、落ち着いて必要な指示をする。
俺の奴隷は休日にも俺やミヅチ、又は他の救済者の連中と迷宮に入る事もあるし、その時は魔術の練習台になる事だってある。そして今、俺とミヅチが使っている魔術は死霊討伐という、対アンデッド戦闘に特化した魔術だ。最近の四層と五層ではこの魔術のお世話になる事が多い。
奴隷たちも慣れたものですぐに手に持った武器を出してくる。
それを順に触りながら魔術を掛けた。
死霊討伐の魔術が掛かった武器は、魔術が有効な間中、陽の光のような輝きを宿す。一つ一つの明るさは大したことないが、それでもこの人数、六人分も集まると周囲はまるで昼間と見紛うばかりになる。
「天秤玖番だ。三十秒以内に蹴散らせ」
六人の戦闘奴隷に対して獲物に猟犬をけしかけるように命じると、即座にズールーを若干飛び出させてメック、ズールー、エンゲラ、ヘンリーが横隊を組み、その少し後ろにルビーとジェスが長柄武器を構えて突進していった。
そして、俺とミヅチ、アンダーセンでギベルティを中心としたフォーメーションを組んで奴隷たちの後を追う。
唯でさえ腐敗して皮膚が剥がれたり、腐汁が滴り落ちていたりなど無残な様相のゴブリンゾンビ共だが、俺たちが戦場に到着する頃には更に体を損壊されて目を覆いたくなるような有り様となり果てて周囲に転がっている。
「貴方、一体幾つの魔術を使えるの……?」
呆れた様子でアンダーセンが呟く。
まぁ、それも無理はない。普通の冒険者魔法使いは治癒と攻撃を合わせて二種類、多い奴でも三種類の魔術を使いこなすのが精々だ。トップチームくらいになれば更にもう一種類くらい使える奴も居るが、それでも仲間の怪我を治療するための治癒魔術と、モンスターにダメージを与えて素早く始末するための遠距離攻撃魔術しか使えないと思ってまず間違いない。
それ以外の魔術を使う奴は珍しいし、変人とも言える。
ライトの魔術でさえ使うのに一分以上掛かる奴も珍しくない。
と、言うよりそれが普通なんだけど。
魔石を採取するような真似はせずにそのまま目的地を目指す。
暫くしてモン部屋に行き当たった。
「偵察は?」
ここでもアンダーセンは尋ねて来たが、その顔は既に答えが判り切っているというものだった。
「時間の無駄です。おい」
期待を裏切る真似はせず、また奴隷たちの武器に死霊討伐の魔術を掛け、部屋に突っ込ませた。四層の部屋の主は何かのゾンビやグールが八割以上で、稀にジャイアントセンチピードやグレイウーズというスライムの小型版のような奴が居る程度だ。アンデッドじゃなくてもすぐ後ろに俺やミヅチが居る以上なんとでもなる。
・・・・・・・・・
そして、一時間半程でヴィルハイマーたちが襲われたと報告のあったモン部屋まで百mの位置に到着した。部屋迄の間に隠し扉も含めて一切の罠が無い事は確認済みだ。
「用を済ませたい奴はいるか?」
返事はない。
「よし。この先の部屋にいて、動いている奴はアンデッドだ。報告内容から恐らくヴァンパイアだと想定される」
「ええっ!?」
アンダーセンが思わずといった様子で驚いた声を上げるが、流石に大声になっていないあたりはベテランだ。なお、俺の戦闘奴隷たちも驚いた顔付きになっている。ズールーやエンゲラも目標がヴァンパイアである事については今知ったんだし、当たり前だ。
「ヴァ、ヴァッンパイアって……何でそれが……?」
「詳しく説明している暇はありません。ですが、予め断っておく必要があるので話しました。報告内容から相手はヴァンパイアの可能性が高いと判断しているだけです」
そう言うと戦闘奴隷たちに向き直った。
オースにヴァンパイアが居ることは確認されており、一般にはアンデッドの代名詞とも言える有名なモンスターになっている。ロンベルト王国でも三、四十年くらい前にどこかの田舎の村がたった一匹のヴァンパイアによって滅ぼされたこともあるらしい。尤も、そのヴァンパイアは報告を受けた最寄りの騎士団総出で退治に掛かられ、多大な犠牲を強いたもののついには滅ぼされたという。
退治までに出た死者は村の人口の八割に当たる五百人程と、騎士団員から正騎士二十三人、従士四十七人という惨憺たるものであった。それ以前にも各地で似たような事件は起きている。
それらの過程でヴァンパイアについてもそれなりに調査が行われてきた。曰く、吸血によって犠牲者の精気までをも吸収し、場合によっては眷属を増やすことがある。曰く、麻痺や石化の特殊能力を持っていることがある。曰く、各種の魔法技能に精通していることがある。等である。
この、「ことがある」というのには理由があって、全てのヴァンパイアに対して必ずしも共通する訳ではないらしいからだそうだ。前回のケースは既に覚えていないし、今回のケースに至っては襲撃者がヴァンパイアかどうかすら断定出来ない。しかし、最悪のケースであることを想定しておく方がいいに決まってる。
「ギベルティ、例の物を」
ギベルティにニンニクを用意させた。ニンニクの球根を幾つも紐で結んで首飾りのようにしたものを全員の首に掛けさせる。更に武器の刃にニンニクの汁を塗り付けさせた。当然アンダーセンにもだ。
俺も含め、全員の武器にニンニクの汁をたっぷりと塗り終わった。
「アンダーセンさん。場合によっては緑色団や黒黄玉の方もヴァンパイアと化している可能性がある事をお考え下さい。襲って来た場合、容赦なく斬り捨てます。これは許可を求めているのではありません。宣言です」
「……もしそうなら、当然でしょうね……」
解ってるならいいさ。
解ってるならな。
でも、場合によってはそう簡単に行かないとは思っている。
「鋒矢弐番。部屋に到着したらまず様子を見極めるが、こちらに襲い掛かって来るようなら即座に強襲に移行する。武器を出しておけ」
ミヅチと手分けして全員にレジストアース、レジストウォーター、レジストファイアー、レジストエアーの魔術を掛ける。アンダーセンはまたもや目を剥いているが構っている暇はない。魔術の有効時間は限られているのだ。
次に武器を触ってまた全員の手持ち武器に死霊討伐の魔術を掛けた。アンダーセンには「最後尾から弩で支援願います。攻撃魔術は我々に任せて下さい」と言っておいた。なお、ミヅチは三層でホブゴブリンに【精力吸収】を成功させて斬り殺しており、未だにHPが上限ごと増えたままだ。
「行くぞ!」
控え銃で目的の部屋に向かう。
先頭を行くのはミヅチだ。
彼女を先頭にメックとヘンリーがその両脇を固め、更にその外側をズールーとエンゲラが固める。
精力吸収に耐性を持ち、白兵戦技に長けているミヅチを壁役に配し、防御力の高い奴らで周囲を固める戦法だ。
ルビーとジェスは長柄武器による攻撃に徹する。
今回、俺は魔術での攻撃も担うが、場合によっては急速前進し、ミヅチと二人でツートップを張る覚悟もしている。でもまずは後ろからの不意打ちを警戒して最後尾だ。
目玉が欲しいから分解を使うつもりもないしな。
・・・・・・・・・
最後の曲がり角を曲がって部屋に突入した。
部屋の中は普通の部屋と特に変わった様子はなかった。
血液や内臓が飛び散っているような惨憺たる光景を予測していただけに僅かに拍子抜けするものの、気を抜く事もなく、ミヅチを先頭にした陣形は崩さない。
部屋のあちこちに一級の装備に身を固めた冒険者がボロボロになって幾人も倒れており、その中心辺りに男女が一人づつ、所在なげな様子で佇んでいたからだ。
双方とも見知った奴らだ。
そいつらは、俺達に気が付くと同時に顔を上げる。
男は兜を目深に被っており、かろうじて顔の下半分が見える。金属帯鎧に身を包み、逆三角盾を左手に、長剣を右手にしていた。男の名はカーク・ダンケル。長年に亘って黒黄玉のサブリーダーを務めていた、勇猛果敢、実直で苦労性な男だ。
女は鉢金をして重ね札の鎧、丸盾と長剣を手にしている。こちらは顔がよく見える。緑色団で最前列を受け持つことの多い超ベテランの盾持ちとして名を馳せているサラ・パチークだ。
彼らの装備品は周囲に倒れている者達同様に一級品だが、同じようにかなりのダメージを受けているようだ。剣で斬り付けられ、槍で突かれたような跡もある。
「カーク! 無事だったのね!?」
カークの姿を認めたアンダーセンが歓喜の声で叫ぶ。
しかし、二人は武器を鞘に納めることなく戦闘態勢を整え、二言三言、何事か会話をすると近付いて来た。
「カーク! 私よ! やめなさい!」
叫び声を聞いたからか、カークは逡巡するように動きを止め、盾でサラの進路を塞いだ。サラも立ち止まり、カークの方へ顔を向けた。
それを見たミヅチ以下戦闘奴隷たちも進撃をやめ、盾を構えて睨み合う構図となった。
だが、俺の【鑑定】を誤魔化す事は出来ない。
【カーク・ダンケル/18/7/7430 カーク・ダンケル/28/11/7413】
【男性/24/8/7412・普人族・ダンケル士爵家次男・アンダーセン子爵騎士】
【状態:ヴァンパイア(第一段階眷属)】
【年齢:35歳(0歳)】
【レベル:18】
【HP:171+0(171) MP:26+3(26)】
【筋力:33(22)】
【俊敏:33(22)】
【器用:30(20)】
【耐久:36(24)】
【特殊技能:吸血】
【特殊技能:麻痺】
【特殊技能:地魔法(Lv.4)】
【特殊技能:火魔法(Lv.4)】
【特殊技能:風魔法(Lv.0)】
【特殊技能:無魔法(Lv.5)】
【サラ・パチーク/8/12/7414】
【女性/24/10/7413・普人族・ロンベルト公爵領登録自由民】
【状態:ヴァンパイア(第二段階眷属)】
【年齢:34歳(0歳)】
【レベル:18】
【HP:168+0(168) MP:7+4(7)】
【筋力:32(20)】
【俊敏:40(25)】
【器用:36(23)】
【耐久:32(20)】
【特殊技能:吸血】
【特殊技能:麻痺】
【特殊技能:地魔法(Lv.0)】
【特殊技能:水魔法(Lv.0)】
【特殊技能:無魔法(Lv.0)】
「構うな、やれっ!!」
言うが早いか即座にストーンボルトをミサイルにして放つ。
兜の奥から覗くカークの顔は青白く生気を感じさせない。
サラの方も同じく精気の抜けた青白い顔だ。
二人が構える盾を回り込むようにストーンボルトを誘導するが、サラの盾によって弾かれてしまった。
あれだけ小回りの利くボルトがこうもあっさりと!?
あの反応速度、やはり人の業ではない……。
それに、カークは使えなかった筈の元素魔法を使えるようになってるし、サラに至っては無魔法に加えて二種の元素魔法まで技能を獲得していやがる。
「やめてっ! あれはカークよっ!」
「ヴァンパイアだ! 油断するなっ!」
ミヅチも俺の戦闘奴隷たちも俺の言うことのみを聞く。
維持していた陣形を崩すことなく前進し、戦闘を開始する。
「っ! あなた達、アンダーセン子爵家准爵として命ずる! すぐに攻撃をやめなさい!」
それでも俺の戦闘奴隷たちは二人への攻撃の手を緩めない。
アンダーセンは貴族だが、俺もまた貴族であった。同格の准爵と言えど、普通なら家格の高いアンダーセンの指示は尊重されて然るべきだろうが、俺の奴隷たちは時と場合によって都合よく法律を解釈する俺の薫陶が行き届いている。その程度の言い方で止められるものか。
ミヅチがカークへとダッシュ。
彼の目の前で翻弄し、すぐにヘンリーとメックも加わる。
ヘンリーとメックは主にサラの方を相手取っている。
ズールーとエンゲラは更に外側から取り囲むように移動すると同時に、邪魔が入らないように周囲に倒れている奴らへの警戒を怠らず、フェイントの手を緩めない。
そして、狙いすましたようにルビーの幅広刃の斧槍と、ジェスのリボン付き三角槍の攻撃が放たれる。
こちらの攻撃は全て盾や鎧によっていなされてしまったが、流石にカークとサラの二人はあっと言う間に防戦一方となる。
「やめてっ! グリード君、やめさせて! カーク、あなたも何とか言いなさいよっ!?」
その間にも攻撃は続き、遂にヴァンパイア二人の盾や鎧の隙間をすり抜けた攻撃がカークとサラの体にダメージを与える。と言っても未だ掠り傷程度であり、そう大きなものではないが、攻撃が命中した部分からは薄い白煙が上がっており、しっかりと傷になっているようだ。
しかし、未だ槍使い二人の中途半端な攻撃しか命中していない事が既に二人が人以外の者に変容している証明ともなっている。俺の戦闘奴隷六人に加えてミヅチが居る集団を相手にこれだけ耐えるなんて……まして俺だって遊んでる訳じゃない。ストーンボルトミサイルを連発して援護までしている。
このような超人的な真似、俺にだって無理だ。
アンダーセンは甘いのかも知れない。
しかし、叫ぶだけで物理的に邪魔まではして来ない。
こうなる事自体予想の範疇だったが、彼女は彼女で既に覚悟は出来ているのだ。
その最後の踏ん切りが付かないだけの話であり、俺たちが断ち切ってやるのが慈悲というものだろう。
「……流石だな、殺戮者ゥゥッ!」
いきなりカークが吠えた。
叫び声を上げる口には乱杭歯。
兜の奥で赤光が輝く。
「カーク!」
今までまともに喋らなかったカークが急に声を上げたためにアンダーセンの声にも喜色が戻った。
「グリード! やめてくれっ!」
サラも意味のある事を言う。正直驚いたが、以前ミヅチからヴァンパイアは生きていた当時の高度な知能を維持している者が多いと聞いていたので慌てる事はなかった。
何しろ彼女の瞳も赤光を放ち、唇からは見間違いようがない乱杭歯が覗いている。
「レッドォォッ! やめさせてくれぇぇっ!」
カークはアンダーセンに攻撃を止めさせるように言う。
「カーク、あなた……」
アンダーセンはクロスボウを持ち上げて構えた。
「グムッ!」
ヘンリーの突きが遂にサラの足を捉えた。
ルビーやジェスの攻撃同様に傷口から薄い白煙が上がる。
「……だまだァァァッ! こんなものかァァッ!」
カークが吠え、盾を突き出しヘンリーの胸を突いた。
ヘンリーは体勢を崩してしまうが、上手くズールーとミヅチがフォローして事なきを得た。
「クソッ!」
サラが悪態をつく。
やはり死霊討伐の魔術が掛かった武器は相当に嫌なもののようだ。
かなりの嫌悪感を示している。
メックが盾で殴りつけてサラの体勢を崩した。上手い!
騎士出身だけあってシールド・バッシュを始めとする盾の使い方は非常に多彩なものを持っている。
俺はその喉に向かってエアカッターミサイルを放つ。
「ゲウッ!」
俺と同様に、隙を見逃さなかったエンゲラがサラの脇腹の鎧の隙間に段平を突き入れた。
サラの脇腹から派手に白煙が上がった。
サラは顔を歪め、歯を食いしばっている。
口から覗く乱杭歯が自らの下唇をも傷つけているようだ。
ほぼ同時に俺の魔術がサラの喉を切り裂く。
血は殆ど出なかった。
そこへルビーの攻撃がモロに炸裂……したが少し遅かったようだ。
「がっ!」
ズールーが牽制し続けてカークの注意を惹きつけ、ミヅチが隙を見逃さず斬りつける。クリーンヒットはしなかったものの、既にカークは盾のバンドを切り裂かれて取り落とし、左腕はみるみるうちにミヅチによってボロボロにされた。
「ゲオッ、グッ、ゴッ」
いつの間にかエンゲラがカークの背中側に回っており、右手の段平で突き、左手のスパイク付きの籠手で交互に殴っていた。
ジェスが狙いすました突きを正面から放とうとした時にはカークの瞳からは殆ど赤光が消えかかっており瀕死の様相であった。
そして、カークの口にクロスボウのクォーレルが突き立ち、カークは前のめりに倒れた。
【状態:死亡;ヴァンパイア(第一段階眷属)】
【HP:-36(171)】
サラの方も、
【状態:死亡;ヴァンパイア(第二段階眷属)】
【HP:-77(168)】
という状況である。しかし、こいつらはアンデッドだ。まだ完全に死んで、いや、滅んでいない。アンデッドモンスターのネガティブHPは普通とは異なり大量にある。
既に動く死体と成り果てているものが一時的に動かない死体になっているだけでもっと多くのダメージを与えないとダメだ。でも、魔石を採っちまえば関係ないし、そうでなくとも行動を停止したからには当面は安心出来る。
一番近くで最初から倒れている奴を【鑑定】した。
バルテイネス・ゾムという、黒黄玉に所属する獅人族の男だ。状態は【麻痺】であり、軽い怪我を負ってHPが少し減っている以外に異常は見られない。他にも地肌が見える奴……。
バースライト・ケルテイン。緑色団のサブリーダーを務める精人族。こいつの状態も【麻痺】だ。その他……ジュリエッタ・カムシュ。こいつも緑色団に所属する狼人族だ。こいつの状態は【石化】だった。
「周りの死体を観察しろ。その場を動かずに裸の奴がいないか探せ。決して油断するな」
奴隷たちに命じるとアンダーセンに向き直った。
最初はあれだけ止めようとしていたのに、途中からは吹っ切ったようだった。
「カーク……あなたが“様”を省くなんてね……」
そこかよ。
でも、確かにグリード家の従士が俺や姉ちゃん相手に敬称を省くとは思えない。
敬称を付けて呼ばれないことに不満を感じた訳じゃないだろう。
カークの人格が完全に変わってしまったと思ったんだろうな。
以前のカークはきっちり自己を確立出来ていた立派なサブリーダーだった。
どんな事があってもそう簡単に人格が変わるほど彼の意志は弱くないと信じていたんだろう。
だから、アンダーセンが吹っ切ったのは何となく解る。
「アンダーセンさん。彼は既にヴァンパイアですよ」
倒れているカークを表に返してやっているアンダーセンに声をかけた。
カークは痛みを堪えて顔を歪め、クォーレルが突き刺さったままの口の端から乱杭歯が覗いていて、酷い形相だ。
今は大丈夫だが、放っておけば他のグールやゾンビのようにいずれ復活する。
「うん……」
アンダーセンは自らが放ったクォーレルを引き抜くと彼の兜を脱がしていた。
「ステータスオープン……」
アンダーセンは左手の手袋を外すとカークの顔に手を当てて彼のステータスを見ている。
恐らく彼女にはこう見えている筈だ。
【カーク・ダンケル/18/7/7430 カーク・ダンケル/28/11/7413】
【男性/24/8/7412】
【普人族・ダンケル士爵家次男・アンダーセン子爵騎士】
【特殊技能:吸血】
【特殊技能:麻痺】
【特殊技能:地魔法】
【特殊技能:火魔法】
【特殊技能:風魔法】
【特殊技能:無魔法】
その間、俺はミヅチにサラの死体を指さして頷いてやった。
「ミヅチ、パチークさんの方を頼む。ズールーは警戒しておけ」
碌な根拠じゃないが、サラが第二段階眷属でカークが第一段階眷属ということから、より上位なのはサラだろうと踏んでいたからだ。ステータスの能力値の方でも上昇度合い(?)はサラの方が高いし。
アンダーセンからミヅチの作業を隠すように彼女の傍にしゃがむと太腿からナイフを外して彼女に差し出した。
「吸血……麻痺……それに、風魔法?」
特殊技能が増えている事で改めて理解したような声音だった。
僅かの間、逡巡したようにしていたアンダーセンがナイフを受け取ろうと手を伸ばしてきた時にナイフに死霊討伐の魔術を掛けてやった。
「あなたの仕事だと思います」
俺がそう言うとアンダーセンは頷いてカークの右の鎖骨の隙間からナイフを突き入れ、何度も抉った。
白煙があがり、鑑定結果は【ヴァンパイアの死体】になった。
途中、ちらっと振り向くとミヅチがポーチにゴムで覆われた小瓶をしまうところが目に入った。
首尾よく眼球を確保出来たと思っていいかな。
ミヅチがズールーに何か命じるとズールーはミヅチに盾を預け、サラの顔面に両手剣を思い切り振り下ろした。
・・・・・・・・・
結局、死者は出ていなかった。
倒れていた連中は全員麻痺や石化だけであり、幸いにしてカークとサラの二人以外にはヴァンパイアと化していた者は居なかった。
あと、この部屋の主であった筈の裸の奴(話によると男だったらしいが)も居ない。
ついでに、ヴィルハイマーも居ない。
麻痺や石化から回復させてやり、話を聞いた。
不意打ちをくらってノイルーラの従者が二人倒れ、ヴィルハイマーの指示によってレンバール・コールマインに率いられてノイルーラと彼女の従者二人が退避したあと、熾烈な戦闘が展開された。
ヴィルハイマーの指揮を受けて、サラ・パチーク、リザーラ・レッドフレア、ロックウェル・マロスタロンの四人は全身全霊を尽くして裸の男に立ち向かった。しかし、裸の男は驚異的な身体能力を発揮して彼らの攻撃を寄せ付けなかった。
そして遂に、サラが男の一撃を受けて倒れ、次にリザーラもやられてしまった。この時点で麻痺による攻撃であったことは生き残っていたリザーラは気が付いたそうだ。しかし、身動きは疎か喋ることも出来ず、出来る事と言えば瞬きと呼吸のみ。ついでに彼女の持っている魔法は地魔法と火魔法、そして無魔法のみ。
これでは麻痺からの回復も出来ない。尤も、水魔法を持っていたところで碌に修行もしていない解麻痺の魔術なんて使えたとしても効果を発揮するまでに何十分も掛かってしまうだろう。
リザーラを攻撃している隙を狙ってヴィルハイマーが裸の男に躍りかかったものの、裸の男はここでも驚異的な動きでヴィルハイマーの攻撃を躱し、得体の知れない魔術(恐らくは麻痺の魔術らしいとのことだ)を超速度で使われてしまい、その場に倒れてしまった。ロックも攻撃魔術のために精神集中を始めていたが、彼も麻痺させられてしまう。
裸の男は一人づつステータスを確かめるとヴィルハイマーとロックに触れる。魔術光も見せずにみるみるうちに石と化す二人を見てリザーラは恐怖に気も狂いそうになった。この時になってやっと、サラや彼女が麻痺させられた時にはヴィルハイマーを仕留めた時のように魔術光が無かった事に思い至り、裸の男がモンスターである事に気が付いた。
そして、裸の男は顔を動かせないリザーラの視界の隅でサラの首筋に咬み付いたのだ。
吸血はたっぷり二時間以上を掛けてゆっくりと行われたらしい。
その間、リザーラは恐怖に震えている事しか出来なかったという。
その後暫くしてサラが起き上がった時には、サラの目は不気味に輝く赤光を放ち、口からは乱杭歯が覗いていたのだ。サラはすっかり裸の男の指示に従う生ける屍と化していた。吸血鬼に問われるままに仲間の魔法の技能など知っている限りの情報を喋っていた。
そして、バースとカークに率いられた冒険者達がヴィルハイマーやリザーラの名を呼びながら部屋に近付いて来た時には一縷の望みを感じたリザーラだが、すぐに再び絶望に支配される。
裸の吸血鬼が天井の隅目掛けて飛び上がり、何らかの魔術を使用するとその姿が消えたのだ。
サラは完全武装のまま部屋の中に佇んでいた。
そこに入ってきたカークやバース達は、死体のように転がっているノイルーラの従者二人とリザーラ、物言わぬ石像と化しているヴィルハイマーやロックに驚きを隠せなかったものの、サラが健在そうであることに喜んで駆け寄った。
そして、悲劇は繰り返された。
姿を消していた吸血鬼が最後尾のメンバーの背後から襲い掛かったのだ。
最初の一人に襲い掛かった時点で吸血鬼は姿を現したが、既に奇襲は成功し、更には仲間だと思っていたサラにも襲い掛かられてしまう。あっと言う間に半数にまで打ち減らされ、最後まで抵抗していたカークも遂に力尽きてしまった。
また一人ひとりステータスを見た吸血鬼は解麻痺が使える可能性のある者を石化させ、それ以外は麻痺させたままであった。この先はバースやヴィックスなど、麻痺させられただけの者が大勢居たのでより正確性の高い証言が得られた。
吸血鬼はサラにこう語っていたという。
「麻痺させた者は何もしなければ数年は生きる。大切にせねばいけない」
吸血鬼はサラに麻痺させている者から好きな奴を一人選んで血を吸うように言った。
サラが選んだのはカークであり、何やら丁寧に指導をしていたようだ。
サラはカークの首筋に咬み付くと何時間も掛けて丁寧に血を吸い始めた。
かなりの時間が経過し、カークも吸血鬼と成り果てた事を確認すると吸血鬼は他の犠牲者の中から迷わずにヴィルハイマーの石像を軽々と担ぎあげ、二人に残っている獲物には手を出さずに自分が戻るまで獲物を守って待機しろと言って何処かへ消えてしまったそうだ。
それっきり吸血鬼もヴィルハイマーも戻っていない。
後で書き足すかも知れません。




