第二百四十話 The Un-Dead 3
7447年7月15日
あそこか……。
このモン部屋は迷宮の他のモン部屋と同じように一辺五十m程のほぼ正方形をしている。
そこに俺たちが入ってきた通路も含めて合計五つの洞穴状の通路が接続している構造だ。
俺達が入って来たのは東側の壁の北の方で、その少し南の方にもう一本の別の通路がある。南側の壁にもヴィルハイマー救出隊が入って来た通路と更に別の通路がある他、北側の壁にも通路が一つ口を開けている。
ただ一つ、西側の壁には通路はない。
まぁ、こんなモン部屋は珍しくもなんともないから、これを以って不自然だと言うつもりもない。
でもね。
俺の【鑑定】によると西の壁の隅の方に罠がある。
高さ三m、横幅一mくらいの細長い板か扉のような形だ。
あれは……あれだろうな、やっぱ。
え? あれと言ったら、あれだよ。
昔、俺が引っかかったやつ。
十四層に叩き落とされる羽目になった壁が抜ける落とし穴だ。
モン部屋から主が消えると言ったらあれしかないだろ?
隠し扉のように【鑑定】出来るのが最近作動したという証拠だと思う。
一度開いた事で扉と壁の接合部のカモフラージュが剥げてしまったからかな?
普通、落とし穴は床だろうが壁だろうが【鑑定】でも見えないからね。
まぁでも、覗き穴であるスリットがないからと言って隠し扉じゃないと決まった訳でもない。
あの扉の先がどうなっているかについては全く判らないし。
三層にあった奴みたいに十四層直行罰ゲーム的なものかどうかすら不明だ。
迷宮の別の場所に出るのかも知れないし。
単に物置みたいな小さな部屋になっててそこでヴィルハイマーを石像から戻して血ィ吸ってるだけかも知れない。
冗談はさておき、どうしたものか。
何はともあれ、依頼の一つである生き残ったノイルーラの従者たちを地上に返すのが先だろう。あの壁の落とし穴の罠についてこの部屋の主が使ったのはまず確実だろうし、追うならあそこに飛び込む必要があると思う。と言うか、それ以外だと「戻る」という言葉を信じてこの部屋で延々ヴァンパイアの帰りを待つ以外の方策はない。
それに、カークとサラの魔石と装備……流石に顔見知りだと欲しくはならないねぇ。つい数時間前まで同じパーティーで一緒に冒険していた奴らの前でもあるし。
緑色団も黒黄玉も全員が一様にずーんと沈んだ雰囲気を醸し出している。
また、彼ら冒険者だけでなく、ノイルーラの従者二人もこの場に居るのはちょっとどうもな……。
この辺から言ってみるか。
「まずはそのお二人を地上に送りましょう」
アンダーセンにそう言うと彼女もようやっと思い出してくれたようだ。
「それに、ダンケルさんとパチークさんの葬儀も必要では?」
俺が提案した事については同意を得られたようだが、緑色団と黒黄玉のメンバーはそれぞれ集まってなにやら相談を始めた。
「あんまりのんびりとはしていられないんじゃありませんか? この部屋の主はいつ戻ってくるか解らないんでしょう?」
だが、流石に彼らもそれについては解っているようで、あと五分だけ待って欲しいと言われた。尤も、麻痺や石化は半日以上も続いていたんだろうし、強張った体を解すのにはまだ当分掛かるだろうから、別に五分が一時間でもいいけどさ。ノイルーラの騎士さん二人はやることもなく顔を見合わせているだけだぞ。早くしてやれよ。
まぁでも、この状況はミヅチと相談が出来るから好都合ではある。
戦闘奴隷たちを呼んで俺とミヅチの話し声が聞こえないように駄弁ってろと命じ、ミヅチを引っ張って部屋の隅まで移動した。隠し扉か落とし穴か判明しない、例の扉の前あたりであーでもないこーでもないと言っているバースたちを横目にミヅチに小声で話し掛ける。
「第二段階眷属って出てた。やっぱヴァンパイアロードってやつとは違うよな?」
殺戮者は殺戮者で纏まって離れ、小声でミヅチに確認する。多分違うだろうけど、念の為。
「え? 眷属? じゃあ完全なヴァンパイアですらない可能性が高いと思う……パチークさんには悪いことしたな……」
ミヅチが残念そうに、どこか申し訳無さそうに言う。
ありゃ、やっぱ違ったか。
そうなると俺もサラには悪いことしたなぁという気になってしまう。
「じゃあこの部屋のヴァンパイアが戻るまで待つしかないか? 追うという手もあるけど」
「追う?」
「ああ、壁に落とし穴がある。昔、俺たちが引っかかった寄りかかると倒れるやつ。多分、ヴァンパイアはあれを使ってどっかに行ったんだ。戻る時はどうするのかは解らん。落とし穴じゃなくて奥は階段とか通路になってて行き来出来るのかも知れないし」
「あれかぁ……」
ミヅチが嫌な物を思い出したという顔で一瞬天を仰いだ。
あれは嫌な事件だったね。
あれのお陰でミヅチと出会え、リルスとコンタクトが出来た事は確かだが、本気で一人寂しく野垂れ死ぬのかと悲観した瞬間は後にも先にもあれっきりだ。
何も見えない真っ暗闇の中で空腹と睡眠欲と性欲を堪えながら心配と不安だけが増幅していたあの感じ。本当に二度と経験したくない。
「でも、もしあれと同じなら幾らヴァンパイアと言えど入るかな?」
ふと気が付いたようにミヅチが言う。
「うーん、きちんと会話したりしてたみたいだから精神は人とあんまり変わらない気もする。アンデッドだから欲求は薄いかも知れないだろうけど、血を吸うくらいだから最低でも食欲は残ってそうだし……それ以前に魔力が無くなったら色々問題もありそうなもんだよなぁ……」
それともモンスターだけは魔力を吸い取られないんだろうか?
俺としては十四層へ直行という罠ではないとは思ってるんだよね。
だから魔力が吸い取られるなんて事も無いと思うんだ。
願望とも言うけど。
でも、確信がある訳じゃない。
ついでに、調査もせず、確証もないままに飛び込むつもりもさらさら無い。
今までもああいった壁が倒れるタイプの落とし穴は俺たち以外の冒険者も発見している。
物によっては単に壁が倒れるだけって奴もあるし、壁の裏が深い穴になっているものも見付かっている。
勿論、俺たちだってそういう罠を複数見付けている。
この部屋の位置が特定出来ている以上、今やる必要は無いかも知れないだろうが、あの罠については調査する必要があると思う。
「ご主人様、話が付いたようです」
ズールーが呼びに来た。
アンダーセンやバースらが居る場所まで行くとどうするのか聞いてみた。
黒黄玉の方はノイルーラの従者二人とカークとサラの遺体を運んで早々に地上へと戻るそうだ。ま、当たり前だろう。
だが、緑色団の方はサラがヴァンパイアと化して殺され(殺したのは皆で殺したと言えるが、ヴァンパイアになった時点で殺されたと見做されている)、その上リーダーのヴィルハイマーが行方不明のままだ。この部屋でヴァンパイアを待ち伏せして倒し、拘束した上でヴィルハイマーの居場所を吐かせる腹積もりらしい。
二回にわたって少数のヴァンパイアにボコボコにされた事については不意を打たれた為であり、準備万端で待ち伏せを仕掛ければ倒せるだろうと踏んでいるのかな?
しかし、どうもそれだけではないようにも見える。あれでヴィルハイマーは結構求心力があったんだねぇ。
「一度戻られた方が宜しいと思うのですが……」
控えめに提案してみた。
「それも考えなくもなかった。だが、ロベルトがヴァンパイアになっちまってからじゃ手遅れだ。少なくとも戻ってきたヴァンパイアを締め上げてそれを確認しないとな……」
とバースが言う。ああ、まぁ、確かに現時点でヴィルハイマーは石化させられ、どこぞへと連れ去られてしまっただけだ。血を吸われたと決まった訳じゃない。でも、足をマッサージしながらそんな事言ってもねぇ……?
「どうしても、と仰るのでしたら止めはしませんが……それには確認と条件があります」
そう前置きしてから続けた。
「まず一つ目。これは確認です。何もかもうまく運び、首尾よくヴァンパイアを締め上げて石になってしまったヴィルハイマーさんを回収出来たと仮定しましょう。その後、どうやって元に戻すおつもりです?」
冷たく言い放つ。俺は石化から元に戻す術は魔術しか知らない。石化の魔術の逆魔法である解石化の魔術だ。
七レベルという、高い魔法の特殊技能のレベルを要求される非常に高度な魔術だ。今のところ俺自身を除いて妖精たち以外の使い手を知らない。たった今、石から元に戻してやった俺がそう言うものだからバースたちは驚いた。
驚いている彼らを無視して言葉を続ける。
「二つ目、こちらは条件です。皆さんがここでヴァンパイアを待ち伏せしようがどうしようが結構な事です。ですがまず私に皆さんを救出し、石や麻痺から戻した謝礼について精算してからにして下さい。
こう言っちゃなんですが、ここに居たというヴァンパイアは先程のダンケルさんやパチークさんより余程強いのでしょう? 何しろヴィルハイマーさんを倒したばかりか、皆さん全員を手玉に取ったくらいですから……黒黄玉の皆さんも一度地上に帰るそうですし、それだと残る人数は二回目に襲撃を掛けた数より減るんじゃありませんか?
我々は確かにアンダーセンさんに救出について依頼をされました。しかし、そこには皆さんの救出についてまでは含まれていませんでしたよ」
わざとがめつそうな嫌らしい表情を浮かべて言った。
だけど、あんまり効果はなかった。
何しろ、本気で救出の報酬を望むのであれば一人だけ助けた上で交渉をするのが一番効果的だからだ。全員を助けた後で何を言ってもその効果は薄い。迷宮内では自己責任と言われるが、助けるのだって自己責任の範疇だ。俺が勝手に助けただけに過ぎないと言われたら反論の余地はゼロだ。
勿論、そんな事を言う奴もバルドゥックの冒険者の中にはいるだろう、という程度のもので、普通は助けられた事に感謝してそれなりの謝礼を払うのは常識と言える。
「……ああ、そいつを忘れてたな。幾ら欲しいんだ?」
緑色団を代表してバースが言う。
ノイルーラの従者二人を生きて救出出来ているから一千万Zは確定と考えていいだろう。まぁ、その程度の金なんざ今更だ。どうでもいい。
「ここは四層ですから相場通り、二百万Z頂戴したいですね。あと、石化からの回復費用はお一人二百万、麻痺についてはこちらもお一人百万というところでしょうか。マロスタロンさんとカムシュさんが石化、それ以外の五名の方々は麻痺ですから合計一千百万Zになります。びた一文負けるつもりはありません。いまここで耳を揃えてお支払い頂けるのでしたらどうぞお好きになさって下さい」
流石に今、この場所で一千万は持ってねぇだろ?
あるかな? 昔、薬を売った時に代金の百万Zを即金で払ってきた事を思い出してしまった。
「……黒黄玉の皆さんと一緒にまずは地上へお戻り下さい。地上でなら金額の交渉も受けます。でも今は時間の無駄です。待ち伏せもいいでしょうが、皆さん同じ姿勢で長時間居たのですから本調子からは程遠いのではありませんか? そんなご様子でヴァンパイアに対抗出来るのですか?」
「ふん。足手まといはさっさと居なくなれってことか……。俺達も随分と舐められたもんだな……」
バースは内容とは裏腹にニヤニヤとした笑みを浮かべながら言う。
うっせーな、お前さんたちの為に言ってるんだよ。
そもそもが、揃いも揃ってマッサージしながら言っても説得力ゼロだ。
「どう取られても結構です。ですが、皆さんがこのままここで待機を続けると言うことは我々が報酬を頂戴出来なくなる可能性を孕んでいます。ああ、ヴィルハイマーさんについては救出条件にも含まれていますからご心配要りません」
ここまで言った時、状況が変化した。
「あ!!」
流石にこれだけの人数が居る状況のため、見落とされるという事はなかった。
最初に気が付いたのは黒黄玉のヴィックスだった。
彼の叫びによって全員が警戒態勢に入った。
例の落とし穴の扉が音もなく開き、そこから裸の男が部屋に入って来たのだ。
俺もヴィックスとほぼ同時、扉が開き始めてすぐに気付いたので即座にバースたちとの間に割って入るように飛び出した。
そして、全員の前まで出ると瞬間的に魔術を使った。
アンチマジックフィールドだ。
裸の男が右手から青光りする稲妻を放って来たのが早いか、俺のアンチマジックフィールドが展開する方が早いか。
僅かな差で軍配は俺に上がったようだ。
俺の手から縦横二m強、五㎡の面積で広がる力場が表面に紫電を走らせて裸の男の魔術を相殺する。
「ミヅチッ!!」
こいつは魔法を使う。攻撃をミヅチに任せ俺は魔術攻撃全てを防ぐべきだ。
【ガンビール・ワズムン/13/1/7209】
【男性/24/11/7207・普人族・ワズムン家長男】
【状態:ヴァンパイア】
【年齢:39歳(239歳)】
【レベル:18】
【HP:172+201(222) MP:59+47(112)】
【筋力:38(19)】
【俊敏:54(27)】
【器用:44(22)】
【耐久:46(23)】
【特殊技能:吸血】
【特殊技能:麻痺】
【特殊技能:石化】
【特殊技能:精力吸収】
【特殊技能:霧化】
【特殊技能:蝙蝠化】
【特殊技能:地魔法(Lv.7)】
【特殊技能:水魔法(Lv.7)】
【特殊技能:火魔法(Lv.6)】
【特殊技能:風魔法(Lv.6)】
【特殊技能:無魔法(Lv.7)】
強敵だ!
ヴァンパイアは己の放った攻撃魔術(多分威力を増したチェインライトニングだと思う)を相殺された上、未だに維持されているアンチマジックフィールドに驚いたような表情を浮かべている。
感情はあるんだな。
「何だ、お前……」
ヴァンパイアがしゅうしゅうするような耳障りな吐息とともに何か言っているが小さくて聞き取れない。
「ああっ!?」
「こいつっ!?」
「ロベルトをどこへやったっ!?」
「貴様ぁ~っ!?」
バースたちが口々に叫んで武器を抜いている。
いきなり出現したヴァンパイアのお陰で俺が前に飛び出しながら魔術を使ったことについては見落とされているようだ。助かった……でも、この野郎が今出て来なきゃ心配する必要もなかった事でもある。
「下がって! アルと私に任せてっ!」
ミヅチが叫びながら突進してくる。
あいつ、仕留めようと躍起になってやがる!
『ミヅチッ! 不用意に飛び出すなっ! 様子を見て確実に攻撃しろっ!』
魔術を使っている最中に言いたくないが、仕方ない。
「……!」
俺が喋ったのを隙と見たからか、ヴァンパイアは再度魔法を使ってきた。
今度はファイアーボールか何かだろう。大きさから言って威力マシマシの。
即座にアンチマジックフィールドの位置をずらして受け止め、消滅させた。
流石にこれでバレちゃっただろうなぁ……。
でも、ミヅチはなんとか踏みとどまってくれた。
『ごめん、冷静になった』
『ああ、頼むぞ』
『どうする?』
『まずは俺の武器に死霊討伐を頼む』
ミヅチの曲刀には何故か死霊討伐の魔術は掛けられない。尤も、そんな魔術を使わなくてもミヅチのシミターは充分な性能を誇っているからそもそも必要ないとも言える。
「……何を言っている……?」
相変わらずしゅうしゅうという不快な音の息を吐くように喋りながら今度も意外そうな表情をしたままヴァンパイアはジリジリと足をずらし、壁から離れようとした。
しかし、カムシュやマロスタロンが弓を放ち、釘付けにしている。
盾の魔術でも使ったのか、弓矢はその青白い体に届く事なく見えない壁にでも邪魔されたようにぽとぽとと落ちる。
そして、右手に持ったままの俺の銃剣に死霊討伐が掛かる。
陽光が周囲を照らし、見難かったヴァンパイアの姿が顕になる。
銃剣の切っ先だけはアンチマジックフィールドに触れないように気を付けないとな。
青白く、生気を感じさせない皮膚、何百年も過ごしているであろうに、髪はあまり長くない。髭は数日前に剃ったように僅かに無精髭がある程度だ。俺の銃剣が放射する陽光や、刃に塗られたニンニクを嫌悪するかのような表情を浮かべている。そのしかめっ面に不気味に輝く赤光を放つ瞳、喋る時に唇から覗く乱杭歯。
体つきはそこそこ良く、身長は俺と同等の百八十㎝はあるだろう。痩せ型の部類に入るだろうが、股間を隠そうともしないのはいただけない。なお、銃剣から放たれている光か、塗られているニンニクの臭気かを嫌うような表情は継続したままで変わりはない。やっぱ効果的なんだろうな。
「……あの二人はやられたようだな……その技倆なら解らんでもない……」
お褒めに与り光栄です。
だが、モンスターに褒められてもちっとも嬉しくねぇ。
「……その魔術……腹が立つな……」
やっぱり嫌かい?
だが、俺の十八番はこっちじゃねぇ。
氷漬けだよ。
「全員で掛かるぞっ!」
バースが叫ぶ。
やめろ、ばかっ!
そう言おうと息を飲んだ瞬間。
ヴァンパイアは殆ど予備動作の無いまま腕を振り被って突進してきた!
この野郎、背中に風魔法使いやがった!
カウンターで蹴りを食らわせようとする。
ミヅチは回り込んで斬りつけようとしている。
いいコンビネーションだ。
そこに俺の左後ろで引き絞られた板バネが解放された音がする。
クロスボウが撃ち込まれたのか。
アンダーセンだ。
素晴らしいタイミングだ!
げえっ!?
思わず声が出そうになる。
あ、あんな事が出来る奴がいるなんて……。
何ということか、ヴァンパイアは飛来したクォーレルを掴み取ってそれをナイフのように自らの武器にしやがった!
蹴り足を縮めてわざと空振りさせ、自ら転がる事で辛うじてクォーレルによる攻撃を躱して交錯する。
転がりながらもアンチマジックフィールドを維持したかったが、これはチャンスだ!
アンチマジックフィールドの維持をやめ、攻撃魔術を放つ。
ストーンジャベリン!
なんと! 躱しやがった!
ヴァンパイアは再び風魔法を使って進路を変え、俺のストーンジャベリンを躱したのだ。
たとえミサイルを付加していたとしてもあれは無理だ。当てられなかった。
しかし、あのタイミングで風魔法を使ったという事は、本当の俺の必殺技に気付いた、という事だろう。
だが、俺の魔術を躱したその先にはミヅチが居た。
ミヅチは上手く躰を捻ると右手に掲げたシミターはそのままに、ヴァンパイアの頭部に肘打ちを叩き込む!
もろに肘打ちを食らったヴァンパイアは左の側頭部から地面に倒れる。
ナイスだ。
跳ね起きた俺は銃剣を構えながらも突撃だ。
転がった時に視界を外れ、鑑定ウインドウは消えている。
「うおぉっ!」
気合を込めて倒れている背中目掛けて銃剣を突き出す。
しかし、ヴァンパイアは相変わらず驚異的な反応速度を見せて転がって躱すが、腹をミヅチに蹴られる。
反動でこちらに戻ったヴァンパイアに俺も全力の蹴りを入れる。
俺もミヅチも爪先をエボナイトで固めた戦闘靴を履いている。
これだけでも相当なダメージだろう。
肋骨を蹴り折った手(足)応え。
あ、どうせなら戦闘靴に死霊討伐を使えばよかった。
反対側ではミヅチが再び右足を引き、再度蹴りを打ち込もうとしていた。
サッカーのように蹴り殺してやる、と思ったのも束の間。
フルチン野郎は俺に蹴られて俯せになった瞬間に地面にクオーレルを突き刺すと、それを手掛かりに片手一本で斜めに飛び上がって俺とミヅチの包囲を脱した。
恐ろしく速い。
凄まじい程の身体能力!
こんなの自爆覚悟でもなきゃ氷漬けなんか無理だ!
しかし、その先にはズールーがいて、両手剣をしっかりと両手で振り被って待ち構えていた。
いいぞ!
「やおおぉっ!!」
ズールーの口から気合が迸る。
ぶぉん! 流石に俺の必殺技を見抜いただけあって、フルチン野郎はまたもや風魔法を使ったようだ。
後を追おうとした俺もミヅチも正面から大量に発生した空気を受けてたたらを踏んでしまう。
ブン!
バスタードソードによる大きな風切音が木霊した。
「ぐあああっ!」
ズールーの叫び声が響き渡る。
そしてその直後、幾つもの叫び声が重なった。
麻痺か……。
倒れているのはズールーだけじゃない。
緑色団からはバースとベンノコ、レンバルの三人が、黒黄玉からはゾムとヴィックスの二人が、そして、殺戮者はズールーの他にヘンリーとメックが倒れていた。俺とミヅチの他に前衛が務められそうなのはエンゲラくらいしか残っていない。
俺もミヅチも皆が邪魔になって魔法を使う事も出来なかった。
フルチンの癖に異常な身体能力を発揮して一瞬で八人も倒しやがった。
その殆どが麻痺や石化の後遺症を残しているとは言え、超一流の冒険者だ。
「ふしゅ~っ……ふっふっふ。なかなかどうして、大したものだ」
周囲に倒れている八人の中で一人すっくと立ち上がったフルチンが言う。
その片足は麻痺をしていて動けないでいるベンノコの腹を踏み付けていた。
手にしていた筈のクォーレルは俺とミヅチの間の地面に刺さったままだった。
これだけ倒れてちゃ本当に氷漬けは使えない。
「……!!」
喋ることも叶わないベンノコ。
そして満足気な表情を浮かべるヴァンパイア。
「ベンノッ!!」
「くそ、まだ体が上手く……」
「ああ、強張っちまってる」
皆も未だ麻痺や石にさせられた後遺症を引き摺っているようだ。
半日以上も固められてりゃ無理もない。
ベンノコの顔色が悪い。
ん?
【HP:186+201(222) MP:0+27(112)】
え?
【HP:220+201(222) MP:0+26(112)】
「ふしゅ~っ、まぁこの程度で良かろう……」
まさか!
くそ。【精力吸収】か……。
ベンノコのレベルは二も下がっている。
「今日は大漁だな……それに、よもやと思ったが闇精人族か……」
今頃気が付いたのか。って、この部屋は結構暗いし俺の銃剣の光に照らされてなきゃ気が付かなくてもおかしくはないか。
「我が主の仰られていた先遣が遂に……。女、貴様如きに……の邪魔はさせん。薄汚い闇精人族めが……ここで確実に殺す」
何言ってんだこいつ?
ミヅチも訳が解らないようだ。
ヴァンパイアはすっとミヅチに手を伸ばしたと思うとその手が青く光を放つ。
確かに速い!
俺並みだ!
対抗して俺も……!
「んっ!」
俺のアンチマジックフィールドはギリギリで間に合った。
ストーン系の魔術弾頭を飛ばす攻撃魔術だったようだ。
「ぬ……やはり相当な……グッ!?」
ファイアージャベリンがフルチンに放たれていたのだ。
ギリギリで反応出来たらしく、脇腹を掠めただけだったが、それでも効果的だった。
誰が放ったのかは判らないが、いいタイミングだ。
「行くぞっ!」
叫びながら突進した。
アンチマジックフィールドは維持したまま。
「クッ、貴様……よくもそこまで練り上げたものだ……だが」
構わずにアンチマジックフィールドの維持を止め、背後に風魔法を使う。
偉そうな顔しているくせに先っちょまで青白いフルチンが散々やった戦法だが、俺以外の隊列を乱し、姿勢を崩すのには大変有効だった。
今も同様に使ったが、結構大盛りで使ってやった。
俺の後ろや左右にいた全員が転ぶ程度には使った。
これで怪我する奴も居るかも知れないが、今はその程度のこと、我慢してくれ。
それよりもこれ以上下手な手出しは危ないだろ。
「けああぁぁッ!」
気合一閃、銃剣で斬撃する。
フルチンが体を捻って躱す。
皮膚の表面を僅かに傷つけたに過ぎない。
だが、銃剣は最初からフェイントだ!
瞬間的に左足の戦闘靴に死霊討伐を掛け、蹴り込んだ。
どぶっ! と鈍い音がして股間をぷらぷらさせて吹き飛んでいく。
俺の方はなんとか着地出来たものの体勢を崩しており、瞬間的に動くことは出来ない。
「エエエェェイッ!」
その先でエンゲラが段平の一撃を決めてすぐに飛び下った。
再度【鑑定】すると、【HP:94+201(222) MP:0+13(112)】になっている。
結構減ったな。
更にミヅチが飛び込んで行き、曲刀で斬りつけた。
右腕が二の腕からすっぱりと切り落とされた。
「フシュアアァァッ!!」
しかし、フルチンもさるもの。フルチンなのに。
苦痛を感じているであろう歪んだ表情のまま、絶妙な角度とタイミングで左腕を伸ばし、ミヅチに突きを入れた。
「あぐっ」
ミヅチの動きが止まる。
まずい!
しかし、彼女は即座に魔法を使ったようだ。体全体が薄青い魔術光に包まれる。
でも攻撃を受けた直後、魔術光が現れるよりも早く体全体に死霊討伐よりもずっと弱い陽光を纏わせた瞬間があったように見えた。
ミヅチはすぐに平静を取り戻し、嘲るように挑発する。
「私には効かないみたいよ?」
ホッとした。恐らくは【麻痺】の特殊能力か、それとも魔術か。
何にしても麻痺させられていても魔術自体は使える。
ミヅチも解麻痺は相当修練を積んでいるからな。
「ば、馬鹿な……」
流石に驚きを隠せずに愕然として目を見開いているフルチンを冷たく見下ろしつつ、曲刀を振り上げる。左腕も斬り飛ばそうというのだろう。
「グウゥゥッ!」
ナニをぶらぶらと靡かせたまま再度風魔法を使って危地からの脱出を図ったらしい。
でも、もうこれ以上魔法を使うのは無理だ。
いい標的だ。
ストーントレバシェットミサ……!
キャンセルした。
「貴様ァァッ!」
俺が魔力を練り始めるのと変わらない反応速度で再度エンゲラが突進していたのだ。
そして、ヴァンパイアが碌に進路修正も出来ないまま尻餅を突くように着地したと同時に背中側から滅茶苦茶に切り刻む。
「汚い手でよくも!」
「グオッ!」
残された左腕が殆ど千切れかけた。
鑑定だけして成り行きを見守る。適当なとこで止めさせなきゃな。
でも、アンデッドに拷問とか効くのかね?
「奥様にぃっ!!」
「ゲブッ!」
腹に段平を突き入れ、引っこ抜くと左足に斬り下ろす。
エンゲラの武器に掛けた死霊討伐の魔術は既に効果時間が過ぎているのでダメージ自体はさほど大きくない。が、傷は傷だ。
「触りやがってぇっ!」
「ガァッ!」
元々傷自体は痛がってたみたいだから拷問の効果はあるのかも知れない。
HPをマイナスにしても意識を失うだけだろうし……。
「まだ死なないかっ!」
「グプッ!」
ん、そろそろかね?
「エンゲラ、もういい。ご苦労だった」
「丈夫だなぁッ!! お前えェェッ!!」
「もういいぞ、止めろ」
「アハハッ!! まだ生きてるのかァッ!?」
「おい、もう止めろっ」
やっと止まったよ……。
……ギリギリセーフだった。
ミヅチの上限ごと増加していたHPは無くなっており、元の値に戻っていた。【精力吸収】も同時に食らっていたんだろう。レベルは下がっていない。
奴が驚いたのは【麻痺】じゃなくて【精力吸収】が効果を発揮しなかった方か……。
ヴァンパイアを滅ぶ寸前まで追い詰めた。
HPは三で辛うじて意識は残っている。
残された左腕は千切れる寸前、皮膚だけでギリギリ繋がっている。左足もぼろぼろになっており、骨が見えていた。内臓もはみ出しており臭いも酷い。
ついでに、MPも四しか残っていない。
特殊能力のサブウインドウも全部見た。【吸血】と【麻痺】はヴァンパイアの基本的な特殊技能らしい。しかし、【石化】と【精力吸収】は完全なヴァンパイアでないと使えないらしい。しかも【石化】は十秒くらい掛かるみたいだ。【霧化】と【蝙蝠化】についても完全な変態を終えるまで二十秒程もかかるようだ。
なお、緑色団と黒黄玉で無事なメンバーはエンゲラを見てドン引きしていたが、麻痺させられた仲間の治癒を願い出てきたので治癒してやった。でも、やっぱり俺の魔術の使い方に対して驚きを隠せないようだった。
また、当然ながら片足しかまともに残っていないフルチンにヴィルハイマーの行方を尋ねたがついに口を割ることなく、それどころか自らに治癒の魔術を使って仮死状態になる始末だった。仕方ないので戦闘奴隷たちに魔石の採取と戦利品として頭部を切り落とすように命じるしかなかった。魔石は七〇万近い価値だった。あの無茶苦茶強かったミノタウロス並か! 階層守護者という訳じゃ無い筈なのにすげぇ!
「あの奥が怪しい」
バースやレンバールが口を揃えて言う。
そりゃそうだけどさ……。
まぁ出たり入ったりしてるって事は大丈夫そうではあるかね?
ん? 狂戦士エンゲラが俺の女を端っこの方に引っ張っている。
先日、出版社の担当様に四巻の初稿を提出して気が抜けました。
来週発売される三巻が売れてくれるといいのですが……何卒宜しくお願い申し上げますm(__)m。
これが掲載されている頃には実家でゆっくりとゴロゴロしてビールでも飲んでいると思います。
また、今年はお盆も休まずにこの土曜日に更新できると思います。
更新を週二にしたので少し余裕が出来たのが大きいです。
折角ご感想やコメントを頂戴しているにも関わらず、誤字脱字のご報告くらいにしか直接のお礼を申し上げられず、きちんとお返事できないのは大変に心苦しいのですが……本当に申し訳ありません。ごめんなさい。なお、当たり前ですが頂戴したご感想は全て拝読させて頂いています。ご感想を頂けることって本当に嬉しいものです。
可能な時に活動報告の内部で、ご感想に対する返信もしています。
(ここ最近は書籍版のキャラクターデザインも公開しています)
たまに活動報告の方もご覧になっていただけますと幸いです。




