第二百三十四話 祭壇 3
7447年7月10日
俺の使える最強の攻撃魔術、ストーンカノンミサイルの魔術弾頭は当然の事に、上空からこちらに近付いて来る飛びトカゲに向かって飛翔した。
が、何ということか!
地上から五十m程の高さになったあたりで脇から飛来した無数の魔術(?)に相殺されてしまった。
飛来? いや、飛来では無いのかも知れない。
俺でも出来ない程に非常に長く、細く伸ばしたアンチマジックフィールドに見えないこともなかった。
薄紫色の光線に似た何かが魔術弾頭に対して照射されたようにも見えた。
とにかく、飛翔する魔術弾頭にその光線だか何だかが照射(?)され、飛びトカゲ迎撃の邪魔をされてはかなわんと、それを躱すべく魔術弾頭の進路を更にずらしても追随してきたのだ。俺のストーンカノンが耐えられたのは本当に僅かな間。結局は道半ばで飛散してしまった。
光線が弾頭に追随した軌跡には何かキラキラする粉のようなものが舞い散っている。
舞い散る軌跡を見ると、光線は地上から発射されたようだ。
アンチマジックフィールドとは言ったが、あれはアンチマジックフィールドではないだろう。弾頭は魔力を失って崩壊したようには見えなかったし、アンチマジックフィールドは移動した後にあんなキラキラとする粉みたいなものは撒き散らさない。だから、別の何かだと思う。
しかし、今のは一体何だ!?
動きを止めてしまったミヅチも驚きの声を上げている。
あの光線は部屋の外周の方、全方位から飛んできた。
そう。ワイヴァーンと正対している俺達の後方からも含めて全方位だ。
モンスターを見落としたか!?
それともあの祭壇から召喚されたのか!?
飛びトカゲは既に野球ボールくらいになっている。
そろそろ見えるだろうと、ちらりと鑑定したらやはりワイヴァーンという奴だった。
能力も本当に問題になりそうなものは無い。
【強毒】はやばそうだが、俺たちには魔法での対抗手段がある。
その他、魔法の特殊技能も無いし、話に聞くドラゴンみたいにレッサーヨーウィーやフロストリザードのようなブレスも無い。
「いいから行けっ! 全員に周囲の警戒をさせろっ! 何か居るぞっ!」
ミヅチに怒鳴りながらもう一回攻撃魔術だ。
今度はアイスカノンミサイル。
また俺の左手から強大な威力を秘める魔術弾頭が撃ち出された。
今度こそ!
発射直後から誘導を始める。
今度は、下から上へと弓なりにカーブを描くようにしてやる。
奴に氷のアッパーカットだ。
一見すると難しそうだが、飛んで行く弾頭と相手を見ながらの誘導が可能なので、目標である飛びトカゲが余程の急旋回でもしない限りはまず命中させられる。
あの図体じゃそんな事出来ないだろう。
ミサイルを付加した魔術の恐ろしいところだ。
今度は光線は飛んで来ないようだな。
だが、何ということか!
ワイヴァーンは今まさに魔術弾頭が命中するという直前、コウモリの翼を両方共大きく前方に振って信じられない程の急減速を行った。その有り様は空中で急制動でも掛けたかのようだったために、一時的に失速し、僅かに高度を落とした程だ。
俺の魔術は奴の鼻先を掠めただけだった。
完全に物理法則を無視した機動だ!
戦闘ヘリなんかメじゃないぞ!?
しかし、何のためにミサイルを付加していると思っている?
少し大回りになるだろうが、まだ誘導は出来るんだぜ。
さっきよりもずっと近いからな。
射程はまだまだ残ってるさ。
可能な限り、アイスカノンの弾頭を急旋回・急降下させてワイヴァーンの背中を指向させた。
しかし……。
くそぅ。
でかい魔術はミサイルで操るのも一苦労だ。
もっと威力の低い弾頭なら小回りも利きやすいんだがな……!
急旋回のために魔術弾頭はその速度を大きく殺されてしまった。
そこにまたさっきの光線が何本も命中。
アイスカノンはまたも僅かな時間を耐えただけであっけなく砕け散った。
上空にはまたキラキラとした粉のような、粒子状の何かが撒き散らされたかのようだ。
ワイヴァーンも旋回を繰り返したために速度がかなり落ちていた。
それを利用してか、または、攻撃魔術が放たれるのを警戒してか、左右に首を振りながらジグザクに飛んでいる。
あ、獲物を探してるのか。
広場の真ん中に作った土山に気を取られている様子なのは解る。
なんだかんだでもうサッカーボールよりは結構大きいくらいになっていた。
翼を広げた幅は十m程。
全長も多分同じくらいだろうか。もう少し長いかな?
正面から見ると胴体の太さは一m以上はあるだろう。
巨大だ。
あんなの相手に弓矢なんか殆ど意味ないだろう。
突き刺さるかも怪しい。
盲目の矢が刺さってくれればいいんだけど、望みは薄だな。
「ベル!」
「はい!」
数十m離れた場所から小気味の良い返事があった。
「鉄砲で撃ち落とせっ! あとカウントダウン!」
弓矢はダメでも鉄砲なら……。
初めての層でもあるし、鉄砲自体は持って来ている。
ベルが鉄砲、ミヅチとカームが弓、エンゲラには今まで通り段平を装備させていた。
今回は森が多い層だからエンゲラには飛び道具を持たせずに白兵用の装備にさせている。
射撃体勢に入っているであろうベルについてはひとまず頭の隅に追いやる。
俺は彼女のカウントダウンにのみ集中していればいい。
「三!」
俺は俺で出来る事を成すべきだ。
ジグザク飛行をしていたワイヴァーンはもう結構近い。
「二!」
射程に魔術を注ぎ込まなくても、あと少しで俺の魔法のレベルであれば充分に届くだろう。
今度はもう距離も近いからな。
もう一発。
ファイアーカノンミサイルだ。
「一!」
この距離で撃ったら避けたとしてもほんの僅かな微調整で済むだろう。
それに、どうやらあの光線は連発出来ないようだしな。
もう、逃さねぇ!
これで決めてやる!
圧縮されたマグマがそのまま形になったような大槍を放つ。
今度は小細工なんかしない。
ワイヴァーンに向けて一直線に最短距離を放つ。
一瞬だけ弾頭からの輻射熱を感じた。
ほぼ同時に銃声がする。
そして、俺のファイアーカノンは……。
またしても複数の光線に阻まれ、跡形もなく消え去った。
連発出来るじゃねぇか!
ん? んんん?
全ての光線が狙ったのは俺の魔術弾頭だけだったような……。
そう言えば鉄砲の弾って当たったのか?
鉄砲の方には光線も無かった、と思う。
二百mくらいの距離があったとはいえ、あれだけ大きな的を外すとは考えにくい。
少なくとも大きなダメージにはなっていないようだ。
とは言え、鉄砲自体は有効かも知れない。
「ベル、もういい。止めろ! 別の場所に身を隠せっ! 他の皆は全周囲警戒を続けろ!」
今ので相手の手の内が幾つか判った。
あの光線の魔術の使い手は全く移動していないか、殆ど動いていない。
キラキラと光る粉末の道筋の地上側はそれぞれ決まった場所に収束しているようだ。
俺の最高レベルの魔術弾頭を無効化出来る程の魔術なのだから集中力も相当に要求される筈だ。
移動の余裕なんか無かったんじゃないか?
それから、どうやって判定しているのかは不明だが、より脅威度の高い方が狙われると思う。
これについてはあんまり信頼性は高くない。
鉄砲の弾は俺の攻撃魔術より高速なうえ、非常に小さいからそもそも気付かれていない可能性の方が高い。
そして、今のところ実例は魔術だけだが、その高度が四十~五十m程に到達するとあの光線が発射されるらしい。
魔術を使っている奴の背の問題で最低でもそのくらいの角度がないと見えないとかかな?
この層の各所から発射されていることを鑑みれば違う気もするけど。
だが、さっきのアイスカノンの例もある。
照射されてからごく僅かな間、一秒と保たないが、俺の魔術弾頭は無効化に耐える。
アイスカノンは最終的に殆ど真下からの攻撃であり、迎撃(?)高度に到達してもすぐには破壊出来なかった筈だ。
たとえワイヴァーンが躱したとしてもその方向によっては、幾人(?)かの魔法使いと弾頭との間にワイヴァーンが入ってしまう。
だから照射出来なかったのではあるまいか?
あの光線は魔術だけでなく、ワイヴァーンの体自体にもダメージを与えるのか?
ならば直接俺たちを狙えば良さそうなものだが、この木々に阻まれてこちらの正確な居場所を掴めないのだ。多分。
もうワイヴァーンは風呂桶並の大きさに見える。
距離は百mくらいではないだろうか?
ここまで近付いてくれて判ったが、あいつの体、頭から尻尾の先までその全長は十五m以上あるだろう。
翼長も十mより少し大きいようだ。
奴の高度は見たところ六十~七十m程度。
ついでに俺の方を見てやがる。
発見されたか。
まぁ、あれだけ派手な攻撃魔術を連発してたらそらそうだわな。
ワイヴァーンから目を逸らすことなく少し走って樹の幹に隠れた。
それから用心深く、奴の視界に入らないような梢を選んで伝い、最初に隠れた木から何本も離れた木の幹に身を隠した。
そのまま近寄って来い!
真下から撃ち落としてやる!
あ……。
この野郎……。
ワイヴァーンは急上昇して高度を上げた。
悠々と上空を旋回している。
俺を見失って仕切り直す気か?
だが、あいつも俺たちに対する攻撃手段は持たない筈。
でも、このままにらめっこはまずいな……。
あの光線の魔術を放ってきた奴だってこの様子を見ればいつまでも同じ場所になんか居やしないだろ。
さっさとワイヴァーンを始末しなきゃ危険だ。
何かを飛ばすような攻撃魔術じゃダメか。
だとすると、ファイアーボールもダメだろうな……。
ライトニングボルトなら行けるか?
ワイヴァーンの高度はその大きさから見て二百mくらいかな?
念の為に射程を延長してやれば充分に食らわせてやれる距離だ。
放電に対しては流石のあの光線だって無力だろうよ。
仮に無効化自体は可能だとしても二百m程度の距離なんか本当に一瞬で到達する。
威力にも魔力を注ぎ込んでやれば無効化される前にそれなりのダメージを与えられるだろうし、運が良ければ電撃によって筋肉の硬直を起こして翼が使えなくなる筈。
あの高度から落下すればそれだけで死にそうな気もする。
体がでかいだけあって、充分なダメージになるだろう。
梢の切れ目からワイヴァーンを見上げる。
奴め、俺だけじゃない。俺たち全員を見失ったようだ。
旋回のタイミングを測り殆ど真上に手を伸ばす。
ま、これでおしまいだろうな。
……。
…………。
今だ!
俺の左手から上空のワイヴァーンに向けて電撃が放たれた。
青白い火花のようなスパークが一瞬で到達……。
途中でひん曲がって掻き消えた!
え!?
どういう事だ!?
あの光線の魔術も見えなかったぞ!?
ならばもう一発!
ダメか。
どうもあのキラキラと煌く何かに吸い寄せられているようだ。
光線が通った跡の空間を中心として、その周囲にゆっくりと拡散している輝く粉末は電気を引き寄せるような性質でも持っているのか。
位置を特定されたに違いないので、また別の木を目指して移動しながら考える。
あれじゃあ、遠くからの攻撃魔術だと殆ど打つ手が無い。
唯一なんとかなりそうなのはディスインテグレイトの魔術だが、俺の魔力を全部注ぎ込んだとしてもあの体積にはとても足りない。
どうする?
何より、他の皆は大丈夫か?
周囲を窺い見たがよく分からなかった。
物音一つしない。
この森の中に身を隠しているのであれば、ワイヴァーンに対してはひとまず安全だろう。
あの光線の魔術の使い手に注意を払い、身を潜めているんだろうな。
光線の魔術の使い手も厄介だが、まずはあのワイヴァーンを始末したい。
光線の方なんかアンチマジックフィールドで防ぎながらその陰から弓矢や鉄砲で始末すればいいだけだ。多分。
ああ、そうだ。
鉄砲の弾にはそもそも気が付いていなかった可能性もあったんだ。
と、すると目標となる弾頭をしっかりと視認する必要のある魔術なのかも知れない。
なら、善は急げ。
風魔法レベル九の攻撃魔術、超乱気流塊をぶつけてやる。
ワイヴァーンの体から言ってレベル八の強風殴打でも充分に強力過ぎる気もするが、ここは念のためだ。
そもそも、風魔法なら見えないだろ?
それに、仮に無効化されたとしても一時的にでも発生した風であの粒子は散らされる筈だ。
唇の端を吊り上げて左手を伸ばす。




