第百八十九話 面倒事2
7446年9月2日
指定された夕方の時刻に楡の木亭へと出向いた。嫌味っぽくギベルティを伴ってだ。当たり前だろう? 俺だって結構腹を立てているんだ。貴族でもないのに無理やり押さえ付けてギベルティのステータスを見やがって。
貴族であればギベルティには服従の義務があるから、押さえ付けるも何も一言「ステータスを確認させろ」と言われれば拒む事は出来ないし、貴族には当然の権利だから俺も何も思わないが、騎士団の関係者とは言え平民風情がギベルティのステータスを無理やり見たのだ。どこからどう見ても人畜無害で潔白な俺の奴隷を犯罪の容疑者であるかの様に扱いやがった。
許せん。
飼い主のなんたらお嬢様に謝罪させなくては気が済まない。確かに田舎者ではあるが俺にだって貴族としてのプライドもあればバルドゥック一の冒険者である殺戮者を率いているという自信もあるのだ。どっかの男爵家の准爵風情に舐められてたまるか。ましてやまだ騎士団の従士だそうじゃないか。第一騎士団ならともかく、第三騎士団だそうだ。第三第四なんて郷士騎士団がでかくなっただけだから男爵家の奴なら普通に稽古さえしてればまず入れる。
そうだ。俺は腹を立てている。ギベルティのステータスがどうこうなんてことも確かに腹立たしいが、今回は相手が俺に狙いを定め、ギベルティに声を掛けた。ギベルティの後ろに俺がいることを知っていながら無理やりステータスを見たのだ。つまり、俺に対して喧嘩を売ったに等しい。
覚えたばかりの魔法の修行や、いつもやっている転生者への講義などやりたいと思っていたことは色々とあった。しかし、全部キャンセルし、いきなりの不躾な呼び出しに応じてやる気になったのも全ては俺を舐めたことに対して詫びを入れさせるためだ。何しろ現役らしい第三騎士団の正騎士が居たし、その取り巻きくさい奴らも居た。さっさとカタを付けなきゃ王都の騎士団内部で何を言いふらされるか分かったもんじゃない。俺について貴族としてプライドのない奴だと言われたら困る。
去年の日光吸収の下準備でわざとメンバーの管理能力不足に見せ掛けた事とは訳が違う。あの時は後から幾らでも挽回可能だった(事実、日光のリーダーの胡散臭い詐欺のような行為を知った俺達がそういう動きをして奴らを罠に嵌めて、まんまと大きな戦力を丸々手に入れたことは冒険者たちの語り草となっている)し、貴族とは何も関係がない。
確かにノックフューリ卿だけはすぐに謝罪してきたが、正騎士とは言え平民の下げる頭に大した価値はない。日本的な感じで言えば役付だが所轄でもない管轄の違う警察官(外国の警察官と言った方が近いかも知れない)とかどっかの幹部自衛官ってとこだ。
この街でなら余程名の通った冒険者(所謂ゴロツキも多いし、乱暴なのは当たり前だしそもそもこの街は冒険者の得てくる財宝なんかで潤っている側面も一応はあるから多少ではあるが大目に見られることが多い)や、犯罪捜査中のバルドゥックの騎士なんかであればまた話は別だが、勿論そういう訳でもない。下っ端なんざどうでもいい。上のもん出せや。
腰には帯剣したまま一番上等な服に身を包み、舐められないようにギベルティにも既製品ではあるがそこそこ上等な服を着せると両手でパンと頬を叩いて気合を入れ、楡の木亭へとやってきたのだ。勿論、向こうの出方次第ではあるが招待を受けているとは言っても奢られたくはない(場合によっては金貨を叩きつけて恥をかかせてやるつもりでもいる)ので財布の中に金貨も忘れずに持ってきている。
果たして楡の木亭の前ではノックフューリ卿を始め、例の奴らが俺の到着を待っていたようだ。
「グリード准爵閣下、本日は急な申し出にもかかわらず、ようこそお越しくださいました」
開口一番そう言って次には全員で昼間の非礼を詫びてきた。お前らの詫びはもうとっくに貰ってるし、何度も頭を下げさせたい訳じゃない。
俺は軽く会釈をしただけで奥に案内されるのを待っていた。
しばらく無言の状態が続いた。
「その……大変申し上げにくいのですが、ヨリーレ様は閣下と一対一での面談をご希望でありまして……奴隷は、そのぅ」
昼間の男がそんなことを言って来た。
聞いてねぇよ、そんなこと。
「そうですか。では失礼致します。私は昼間の件についてレファイス男爵のお嬢様とやらにお詫び頂けるものと思っていたのですが……残念です。では、これで」
そう言ってギベルティを伴って元きた道を帰ろうとした。
彼らは当然の如く慌てて俺を引き止め、一人が宿に駆け込んだ。
お嬢様とやらにお伺いを立てに行ったのだ。
さっさと行け、愚図。
俺の様子や表情を見てかなり俺が腹を立てていることにようやく気が付いたのか、彼らは再度頭を下げてきた。しかし、そんなものはどうでもいいのだ。
宿に入った一人はなかなか出てこなかったので、痺れを切らした俺は会見の中止を口にする。勿論本気じゃないけど。
「レファイス男爵家では罪を犯した訳でもない奴隷のステータスを無理やり見ても何ともお思いでは無いようですね。本来ならそちらに私の方へ出向いて頂き、お詫びして頂く筋の事だと思っておりましたが、どうやら価値観がそぐわないようですね。この分ではなにやらお話をしたところで「閣下! お待ち下さい! その……非は全て我らにありますれば、お嬢様には……」
とか言ってんの。
アホか。飼い犬の罪は飼い主の責任だろうが。
そうこうしているうちに宿に駆け込んだ奴が戻ってきた。
奴隷同伴を認めるそうだ。
そいつに案内されて俺とギベルティは楡の木亭の敷居を跨ぐことになった。
と、俺たちと入れ替わりで楡の木亭から会いたくない奴が出てきた。緑色団のリーダー、精人族で無駄にいい声のおっさん、ヴィルハイマーだ。
「いよう、これはこれは、今をときめくグリード准爵閣下ではありませんか」
うっせーよ。軽く会釈だけしてやり過ごそうとしたら嫌味を言われた。
「あら、こりゃ連れないねぇ。建国王の記録を抜いた頂点の准爵閣下には俺のような平民に割く時間は無いと見える」
ちっ、面倒臭いおっさんだな。
「何か御用ですか? 申し訳ありませんが私は約束がありまして……」
「約束ぅ? 誰とだよ?」
「レファイス准爵閣下です」
貴族同士が会うんだからさ。今は邪魔すんなよ。
「ふーん。……おい、俺達もこの前七層に行ったぜ。見てろ。すぐに追いついてやるからな」
ヴィルハイマーは興味なさそうにしたあと、俺に追い付くと宣言をした。知ってるよ。黒黄玉も七層に来たようだしな。
「頑張って下さい」
そう言うだけで通り過ぎた。ヴィルハイマーのおっさんはまだ何か言いたそうにしていたが元々晩飯か何かで外出するところだったのだろう。少しばかり顔を歪めただけで消えてくれた。
「あの、申し訳ありませんが、武器は……」
俺を案内してくれているランとか言う名の女が目的地であるらしい部屋の前で申し訳なさそうな、消え入るような声で腰に下げている剣を寄越せと言ってくる。
「は? 何故です? 同格の准爵同士、なぜ私だけ剣を?」
睨みつけるようにして問うた。
「あ、その……いえ……ですが……」
なんだよ、はっきりしねぇ奴だな。そんなんだからリュックサックも部屋中に放り出すんだよ。関係ねぇか。
「あのですね。こんなこといちいち言いたくありませんが、碌に用事も伝えずに私を呼び出したのはそちらですよ。まして私の奴隷のステータスを無理やり見ていますよね? 剣は用心の為に手放すつもりはありません」
「はっ。しかし……」
本当に歯切れの悪い奴だな。帰るぞ。まじで。
「ラン。良いのです。お通ししなさい」
部屋の中からヨリーレお嬢様とか言う女のものであろう声がした。
・・・・・・・・・
さて、ヨリーレお嬢様とやらの部屋に通された俺はそこでお嬢様とステータスを見ないまま挨拶を交わし、勧められるまま彼女の向かいのソファに腰を掛けた。横柄に背もたれに寄り掛かり、足でも組んでやろうかと思ったが、それは向こうの出方を窺ってからだ。
「まず最初にお詫びをしなければいけないようですね。我がレファイス男爵家に仕える者達が大変な失礼を働いたとの由、私からお詫び申し上げます。申し訳御座いませんでした」
丁寧に梳かれている美しい青く長い髪が彼女の顔を隠す。年齢相応に若さに溢れた健康そうな顔を俯け、彼女は丁寧に詫びた。
俺は無言のまま彼女を見ている。
「貴方にも詫びねばなりませんね。大層気分を害したことでしょう。申し訳ありません」
彼女は俺の後ろに立つギベルティにも頭を下げた。ふむ。
「……わかりました。そこまで丁寧に謝られたらいつまでも腹を立てている訳には行きません。お詫びについては受け入れましょう」
俺がそう言うと、彼女はあからさまに安心したような表情を浮かべ、詫びを受け入れたことについて感謝の言を述べた。
「それで、グリード様。申し訳ありませんが内密の話がございます。出来れば私たち二人だけで話したいのですが……」
この部屋には俺たちを案内してきたランという女も居ない。三人だけだ。よくよく思い返してみると貴族には珍しく奴隷も居ないようだ。尤も、王国騎士団では正騎士にならなければ貴族とか平民とか関係なく個人的な奴隷を連れて来るなんて出来ないから従士が奴隷を連れているなんてこともないんだけどね。てっきり正騎士であるノックフューリ卿の奴隷でも使っているのかと思ってた。
「彼は忠実な私の奴隷ですが……」
「申し訳ありません」
ふーん。
「すみません。あまり大きな声では言い難いのです」
ま、いいか。一応鑑定だけしておこうか。前にした気もするけどもう忘れちゃったし。
【ヨリーレ・レファイス/3/4/7428 】
【女性/1/3/7427・普人族・レファイス男爵家長女】
【状態:良好】
【年齢:19歳】
【レベル:6】
【HP:85(85) MP:10(10) 】
【筋力:11】
【俊敏:16】
【器用:10】
【耐久:11】
【特殊技能:地魔法(Lv.1)】
【特殊技能:水魔法(Lv.2)】
【特殊技能:無魔法(Lv.2)】
【経験:41625(43000)】
やはりまだ正騎士の叙任は受けていないし、別にどうという事もない。騎士団に所属しているにしては年齢から言ってレベルも低い。当然のように魔法の技能レベルも低いし盾はいらないだろう。
「ギベルティ、外で待っていてくれ」
「わかりました、ご主人様」
ギベルティは部屋を出て行った。
「ありがとうございます。グリード様。やはり、お優しい方なのですね」
は?
「……の仰る通りの方です。誇り高く、下の者には優しく接される」
はい? 一体どこの聖人やねん?
「私はレファイス男爵ヴィゾンスの孫に当たります。母は若い頃に王宮に上がり陛下の寵を受けました。陛下に胤を頂いて誕生したのが私です。ここまではご存知でしょう?」
知らねぇよ。んなこた。だが、彼女の年齢から言って仕込んだのは二十年前か。国王陛下三十二歳の時の子か。確かウォーターベッドを買うまで正式な子供は八人、庶子は六人だったよな。
「二年ほど前、陛下より命が下り、王国第三騎士団への入団が許されました。第三……と第二騎士団には私の他、二人の姉妹が同時に入団しました」
姉妹ねぇ。その子たちも庶子なんかね?
「しかし……私もそうなのですが、三人共慣れない武器の扱いに大変な苦労を致しましたわ」
はぁ。ま、そらそうでしょうな。
「ですが、幸運な事に我がレファイス家には従士のジェームスが既に第三騎士団に居りましたの。彼に直接指導を受け、私はかなり実力を伸ばすことが叶いました。先年、彼が正騎士の叙任の名誉を賜りました」
「それは……良かったですね。おめでとうございます」
やっと言葉が言えた。
「いえ……グリード様の為になることですから」
「は?」
「今年の春、初めて陛下に謁見を許されましたの」
まぁ、親子と言えど、一応は別の家の人になってるし、なかなか直接は会えなかったんだろう。しかし、この話、どこに飛ぶのかね?
「私と一緒に姉妹三人で陛下にお会いしました。そこで陛下からグリード様の事をお聞きしたのです」
あ、そう。で? しかし、まさかな?
「その日の晩、姉妹三人で話しましたの。陛下が仰るグリード様ってどんな方なのかって……」
あ、俺と結婚しろとかそういう事を言われたんじゃないのか? あの国王の紐付きは嫌だなぁ、と思っていたらどうも違うのかな?
「姉様は冒険者であるグリード様にはあまりご興味はないご様子でしたが、あれはそう装っていただけでしょう。逆に妹は私同様に興味を持っていたようです」
そっすか。モテる男はつらいね。
「それからは出来るだけグリード様の事を調べましたわ。バルドゥックに現れて二年と経たないうちに冒険者達の頂点へ上り詰め、更にはゴムを扱った商会も大成功を収めていらっしゃる。色々噂もありますが、若くして高い実力、勇気と知謀を兼ね備えた前途洋洋とした青年。そして野心家でもいらっしゃる。冷静な目で客観的に判断してとても優れた人格者でもあるとも言えましょう」
へぇ。全部が全部その通りじゃないにしても褒められて悪い気はしない。
「そして先日、建国王ジョージ・ロンベルト一世陛下の偉業を超えたとの噂を耳にしましたの。私達は皆、耳を疑いましたわ。だって、そんな人が居るなんて思いもよらなかったものですから」
ま、普通そうだよね。
「いえ、お褒め頂いて恐縮ですが、私一人ではとても……」
一応謙遜しておこうか。でも戦闘はともかく、ゼノムが居なければ慌てることも多かったろう。地図を描くにはラルファとグィネは必須だった。ベルが居なければ最初に国王に呼び出された時に動転したままで何か大きな失態を犯していた可能性もある。トリスが居なければそもそも戦力を増やそうなんて考えたとしてももっと別の方法だったはずだ。ミヅチの知識がなければ多分トロールにも苦労しただろうし、十四層であっけなく死んでたと思う。バストラル……ソーセージは一生食えなかったかもな。ロリックは……いいや。
ま、少なくとも嘘じゃないさ。むしろ本音に近い。俺一人でも九層や十層程度は何とかなるかも知れないが、もっともっと多くの時間が必要だったであろうことは確かだし、途中で死んでた可能性のが高いんだから。
「ご謙遜を……お姉さまは第一騎士団で将来を嘱望されている最強の魔術師、黒の魔女。お兄さまは嘗て初陣ながらウェブドスの黒鷲と言われた程の将才と高い実力を持った騎士」
ただのファンか?
「どうしても一度お会いしてお話ししてみたかったのです。無理を言って休暇を取った甲斐がありましたわ。でも、今回の件で確信しました。グリード様は……」
「あの、お褒め頂き光栄ですがね。そろそろ本題に……」
「直接お話しすることが目的でしたので……」
あれ? 鎧を売ってくれって話じゃないのか? それに直接話す事自体が目的って、なんじゃそら?
「今日のところは私のことを覚え、心に留めて頂くことが目的です。誰にも渡しません」
「え?」
「お世継ぎは何人欲しいですか?」
あ、こいつ、あれだ。多分、最初に国王に言われたんだ。
「何をおかしなことを……私のことを調べたのであればもうご存知でしょう? 私には「それ以上仰ってはいけません。例の闇精人族は第二夫人で良いじゃありませんか? 所詮は世継ぎを産めない別人種です。私の敵ではありません。私を娶っておけば将来、領土を賜る時、有利ですよ?」
こういう価値観は嫌いじゃない。でも、あんた、今俺の女を世継ぎを産めない別人種と言ったな? それこそ所詮は冒険者風情。自身は国王の血を引く貴族でもある上にミヅチもまだ若いし下に見たりするのは当然かも知れん。だが、相手を考えろ。そういう女を選んでる奴自体を馬鹿にしてんだよ。
俺と、俺たちと上手くやろうとするならこんな言い方はしないはずだ。
俺はソファの背もたれにふんぞり返り足を組んだ。
来月は出張が多く、更新ペースが乱れるかもしれません。
期末も近いですしね。




