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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第百八十八話 面倒事1

7446年9月1日


 地上に戻る頃には日付が変わる寸前だった。二人共水中呼吸ウォーターブリージングの習得にへとへとであり(へとへと具合は俺の方が高かった)、あまりの疲労で一刻も早くベッドに倒れ込みたい思いで溢れていた。


 しかし、同時に強い空腹感を感じてもいたので、取り敢えず何か食べてから寝ることにした。と、言ってもこの時間で営業している店は殆ど無い。全く無い事はないが居酒屋ばかりであり、ひょこひょこと顔を出して、偶然に殺戮者スローターズの誰かと出会いでもしたらきっと暫く離してくれないだろう。


 仕方ないので馬車を預けていた宿に戻り、ミヅチと二人、ちっとも旨くない緊急用の保存食に手をつけるハメになってしまった。勿論、受付フロントのあんちゃんに言ってゼノムの土産に買ってきたネイスンの燻製を冷蔵庫から出して貰っても良かったのだが、流石にそれは気が引けたのだ。


 お湯に干し肉を浸け込んでふやかし、同時に固く焼いたクッキーのようなビスケットのような物もお湯に浸けてふやかしながら水と一緒にゆっくりと齧る。ないよりましだろうと全員に装備させていたものだが、本当にないよりまし程度のもので、お世辞にも旨いとか食い易いなどとは言えない。勿体ないので二月ふたつきに一回は悪くなる前に食って消費しているが、俺は食いたくないので専ら戦闘奴隷たちに食わせていた。が、当然評判はあまり良くない。


 しょうがないので、捨てるよりはマシだからと裏通りのスラム地区の飯屋にタダみたいな値段で売ってる。その店では干し肉とビスケットを水で煮て燕麦の籾殻(オートミール)を加え、高級粥プレミア・ポリッジとして低所得者に安価で供されている。


『カ○リー・メイトって本当に美味かったんだな……』

『ちょっと、食べるにはまだ早いでしょ……』

『俺は硬麺派なんだよ、知ってるだろ?』

『ラーメンじゃないよ』

『だって、腹減ってるからよぉ』

『ああ、もう、私も食べる!』


『……』

『……』


『堅ぇ……』

『は、歯がどうにかなりそう』

『ああ、もっと浸けとかないとダメだな』

『早過ぎたのよ』

『だな』


『……』

『……』


『……あ、お肉はもうそろそろ……』

『お、いけるか!』

『うん、美味しい。ちゃんとスープになってるし』

『ああ、この程度なら噛み切れるな』

『ちょっと硬いけどこんなもんよね』

『やっぱ、肉だよな、肉。肉や魚。動物性蛋白は大切だ』

『食べてる気がするよね』


『……』

『……』


『食った食った……』

『結構食べちゃったね……』


 俺たちは結局この一食で丸一日分以上の保存食を食べてしまった。まぁ、保存食はあくまで非常用のもので、保存食一食分の量は本当に最低限の量しかないから摂取カロリーはともかく(それも大したことはない。高栄養食という訳ではないのだ。単に体積の割には腹持ちがいいとか、堅くてゆっくり食うからそれなりに満腹感を得られるというだけの代物である)、量自体は四食分で通常の食事の一.五食分程度だろう。


 ああ、こういうの食うと思い出すなぁ。


 何がって、乾パンと金平糖、オレンジスプレッドにソーセージ缶だ。陸自で演習なんかの時に食べる戦闘糧食Ⅰ型のメニューのうちの一つだ。基本となる乾パンと金平糖は明治時代から変わってない由緒正しい一番の番号のメニューである。この歯が欠けそうな癖にちっとも旨くないビスケットと比べるとフランス料理のフルコース並に美味い。特に自衛隊になってから追加されたオレンジスプレッドとソーセージ缶は絶品だったし、野外で食うには乾パンも金平糖も悪くない。


 古株の隊員なんかは缶メシより乾パンの方が移動中やちょっとした休憩中でも食べやすい上に味も良く、飽きが来なくて好みだという人も居たくらいだ。乾パンは小麦粉が主原料であとは塩と砂糖、胡麻以外はパンと一緒だろうし、金平糖は氷砂糖で代替できるだろう。


 それに……む。ソーセージ缶か。


 あれ、ソーセージの水煮なんだけど、缶を開けて温めて食べるとかなり美味かった。缶はないがソーセージは既にある。オレンジスプレッドだけは米がない以上水飴の作り方が解らないし、麦芽糖で代用するにしてもあの味は出ないだろう。心の底から惜しいがまぁいいだろ。ジャムで充分だ。


 うむ。意外なところで乾パンを思い出したために将来の俺の軍隊のメシのメニュー(の一部)が決まった。乾パンは定番にすべきだよな。後でギベルティに作らせよう。


『ふぁ……一杯食べたら眠くなってきちゃった』

『ん……ああ』


 確かに食ったら眠くなってきた。

 

『寝るのはいいけど、最後にちょっと復習だ……よし。水中呼吸ウォーターブリージング、行ってみようか』


 洗面用のたらいをテーブルに乗せ水を張るとミヅチの前に滑らせた。


『ええー、ん……まぁ……仕方ないか。それじゃ……ふんっ!』


 水中呼吸ウォーターブリージングの魔術のために魔力を練り始めたミヅチを鑑定する。彼女のMPは二十四。魔力を練るのに三十分程掛かるので三回は厳しいが二回は行ける。俺も鉄皮防御アイアンスキンに慣れておくか。


『……』

『……』


 ……出来た。俺の体がうっすらと青い魔術光に包まれた。成功だ。まぁ、既に何度か成功しているから当たり前っちゃ当たり前だが。


「ヴォヘッ! ゴホッ! ゲホォ! っはぁっ! っはぁっ! はぁっ はぁ」


 ミヅチは失敗か。MPは十二減っていたが、六回復して十八だ。まだいける。


『さぁ、もう一回だ』

『……え?……うん、わかった……ふんっ!』


 さて、俺ももう一度……。


『……』

『……』


「ゴォヘッ! ゲホォ! っはぁっ! はぁっ はぁ」


 ミヅチはまた失敗か。でもかなり慣れてきたようだ。MPは十二減っていたが、六回復して十二だ。まだいける。ところで、俺の意に反して眠くなっていない場所が俺の体の中心にある。十八歳の健康的な肉体だしな。俗に疲れ魔なんとかって奴だ。わざわざ尤もらしい事を言ってミヅチにMPを使わせた意味はこれなんだけどね。


『さぁ、もう一回だ』

『え? そろそろ……』

『もう一回だ』

『うん……ふんっ!』


 よし。これでミヅチのMPはゼロになった。この魔術が成功しても失敗してもすぐに魔力切れの症状を発するだろう。今は極度の集中を行っているため何とかなっている状態に過ぎない。


 さて、俺ももう一度……。


『……』

『……』


 俺もそれなりに鉄皮防御アイアンスキンの魔術に慣れて来たのか、二十五分程度の集中で効果を発揮出来るようになっている。ミヅチは洗面器に両手を当て、水面を見つめたまま微動だにしていない。幾ら魔術に集中しているとは言え、これだけの長時間に亘って持続出来るのはかなり魔術に親しんでいることを差し引いても並大抵の精神力ではない。


 迷宮の十四層で初めて出会った時はまだお互いに十六の頃だが、当時から魔力切れに対してかなりの抵抗を行っていた。アホみたいに乱れたのはその場に居たのが俺だと判明し、記憶を取り戻してからのことだ。


 今のうちに俺も準備しとくか。


 かなりギリギリまで魔力を込めたアンチマジックフィールド……は時間掛かるからいつものMPを七百くらい使う奴を数回使ってMPを減らす。ミヅチは集中のあまり既にかなりの汗が浮かんでいる。俺もだけど。シャワーなんぞ後でいい。


 時計の魔道具に触れるととっくの昔に日付は変わっており今は二時くらいだ。


 シャツを脱ぎ財布からゴム袋を取り出して準備完了だ。鑑定すると俺のMPはもう五十を切っている。念のため部屋の戸を見て閂が掛かっていることを確認し、ズボンも下ろし、パンツも下ろす。


 ゴム袋の端を噛み切って一個取り出し、早速装着を……。


「……ゴボッ……」


 あれ? こいつ、成功? 急げ急げ。俺もMP使わなきゃ。鑑定鑑定。


「……ごぼっ……ん、出来た」


 どうやら水中呼吸ウォーターブリージングの魔術に成功したようだ。これでもう時間さえあればいつでも使える。でも、最後の最後で成功して良かったな。


「……なんつー格好……」


 水中呼吸ウォーターブリージングの魔術に成功したため、鼻から水を出しながら呆れたような声でミヅチが言うが、すぐに己の異変に気付いたらしく、ゾクリとするような笑みを浮かべると舌なめずりをした。先の割れた長い舌がいやらしく唇を這い回る。


 へっ、何が【状態:良好】だ。

 これのどこが【良好】なもんか。

 俺も【良好】なんだ……もう鑑定出来ない。

 ほぼ同時に俺も体の奥底から原初の欲求が沸き起こり、それが頭の芯を貫いてくる。

 眠いは眠いが、それ以上に脳髄がカッと灼けつくようにどろりとした欲望に支配される。


 くっ。

 くふっ。


 目の前のミヅチも既に自らの欲望に抗うことなくシャツを脱ぐのももどかしそうだ。


 うっへっへ。

 手伝ってやるよ。


「ん……もう……あ……」


 あ、靴下脱ぐの忘れてた。なんか……ださ。




・・・・・・・・・




7446年9月2日


 昼近くまで眠っていた。

 飯を食う前に馬車を返却し、預けてあった燻製を受け取って宿を出た。ボイル亭に戻るとギリギリ昼食に行くところだったようで、折角だから少し待っていて貰って皆と一緒に食事をした。


 明後日からまた迷宮に行くので必要な消耗品についてギベルティに指示をするため、俺はお茶を飲まずに抜け、大抵ギベルティが昼飯を食っている店に顔を出してみた。


 いねぇでやんの。


 ちっ、奴隷の癖に俺が必要とするときに傍にいないのは減点対象だぞ。なんてあまりにも無体なことを妄想し、その妄想自体にアホ臭くなったりしながらも仕方ないので自分で買いに行くことにした。


 迷宮で食う食料品なんかを買い出しに行くのは久々だ。二層に顔を出すようになってから暫くは迷宮内で食事を摂ることもあるので俺が自分で買いに行っていた。当時はズールーにもエンゲラにもそこまで信頼を置いていなかった。奴隷に金を預けるなんてとても出来なかったのだ。そう言やぁ、ギベルティには最初から現金を預けたような……。なんか信用出来そうなツラなんだよな、あいつ。


 そう思って食料品を扱う店が多い通りを歩いていた時だ。


「グリード様に伝えてくれるだけでいいのだ」

「そうだ、簡単なことであろう? 予定スケジュールを合わせてお嬢様と会食をお願いしたいだけだ。何故そんなに拒む?」

「申し訳ありません、ご身分も分からない方ですし……」

「何度も言っておろう。我々はレファイス男爵家にお仕えする従士だ。ステータスを確認しても良いぞ」

「そういう問題ではございません。グリードからはそういうことは取り次がないようにきつく申し渡されておりますもので……」

「だからこうして頭を下げて頼んでいるの。そこをなんとか!」


 ある店の前を通りかかった時、中から数人の男女が言い争う声が聞こえた。よく使う店だったが、混んでそうだったから後回しにして別の店に行こうとそのまま通り過ぎようとしたのだ。そのうちの一人の声はギベルティだ。他の奴らの声もどっかで聞いたような……。


「なぁ、あんた。確かに殺戮者スローターズという言葉を言ってたよな? 相当近い関係者なんだろ? ひょっとして殺戮者スローターズで一緒に冒険をしているのか? そんな体には見えないが」

「まぁ、グリード殿にもウチのお嬢様と会って貰えば……」

「そうだ。何も我々はグリード殿に仇為すつもりもない。知己を得たいだけだ」

「申し訳ありません」


 あ、思い出した。二ヶ月くらい前、ズールーと二人で迷宮を突破している途中で会った奴らだ。確か、ノックフューリ卿、だったよな。その声も思い出した。残り三人の男女は正直言って記憶にない。お嬢様とやらも居ないようだし、女も一人足りない気がする。


「ふむ、ラン、押さえろ。ステータスオープン」

「あっ、何を!」

「おい、止せ!」

「……なんかおかしいと思ったらやっぱりお前、グリード士爵家所有奴隷じゃねぇか。奴隷風情が、口答えをするな。お嬢様のお望みである」

「奴隷なのか? 貴様、お嬢様は准爵だぞ? 奴隷の分際でレファイス男爵家に歯向かうか!?」

「確かに俺は奴隷ですがね。そのお貴族様のなんとかお嬢様にでも直接言われたのならまだしも……」


 くっ、こいつら、無理やりギベルティのステータスを見たのか。

 なんて奴らだ。

 まぁ、いい。

 俺も必要を感じたら【鑑定】しちゃうしな。

 そう言えばランと呼ばれた女の声が鎖帷子チェインメイルのお間抜けさんとダブる。


「あの、うちの奴隷が何か粗相をしましたか?」

「あっ、ご主人様!」


 食料品店の敷居を跨ぎなら声を掛けるとすぐに俺に気付いたギベルティが跪く。


「無理やりステータスを見なければならないような悪行でもしましたか? どうなんだ? ギベルティ」

「いえ、私は何も」


 有無を言わさぬ強い口調で言った。


「本人はこう述べていますが……。うちの奴隷が何か粗相をしたのであれば私がお詫びします」


「グリード准爵閣下でありますか? ん?」


 ノックフューリ卿は俺の顔を覚えていたらしいが、自信はなさそうだ。どこか訝しむようにしている。


「ええ、アレイン・グリードは私です。で、これは一体何事です?」


 どうやら一行の最上位者リーダーであるらしいノックフューリ卿の顔を正面から見つめて尋ねた。別に何らの悪いことをした訳でもないのに無理やりステータスを見るのはかなり行儀が悪い。と言ってもこのノックフューリ卿は止めていたようだが。止めきれなきゃ同罪だ。いや、犯罪でもないけど。


「ああ、やっと……しかし、どこかで……あ!」


 確かこの精人族エルフ、二十歳だよな。小僧が。俺の質問に答えろ。


「「あ!」」


 他の男女も俺に見覚えが有るらしい。はっとした表情になってから忌々しそうに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる奴もいた。


「もう一度お尋ねします。何かうちの奴隷が粗相を致しましたか?」


「……っ! その、大変失礼をしました。閣下の奴隷には何の落ち度もございません」

「ジェームス!」

「グリード准爵閣下! 我々は……」

「お嬢様とお話し願います!」


 丁寧に頭を下げ、侘びを入れるノックフューリ卿の脇で、残り三人が口々に何か言おうとした。ノックフューリ卿が頭を下げたまま右手を少し上げたので全部途中で遮られたが。


「そうですか。解りました。問題が無いようですので我々はこれで。ギベルティ、立て。行くぞ」

「はい」


 そう言って踵を返そうとした。

 別にお嬢様とやらと飯を食うくらいどうってことないが、どうせ、あれだろ? 鎧を売ってくれとかそう言う奴だろ? 売れません。ダメですよ。欲しけりゃ第一か第二騎士団に入ってから改めて順番を待ってくれ。なぁに、そろそろ第一騎士団もほぼ終わるさ。別に全員が買ってる訳じゃないからな。


「お待ち下さい、閣下! 話を聞いて下さい」


 話ならこの前聞いたじゃんか。仕方ねぇ、もう一回くらいちゃんと話してきっちり断らないと尾を引きそうだな。


「何ですか?」


「私は王国第三騎士団所属の騎士ジェーミック・ノックフューリと申します。同時にレファイス男爵家に仕える従士でもあります。先程は従士が失礼致しました。どうかご容赦下さい」


 ノックフューリ卿は再度丁寧に頭を下げた。あ、従士ってのはどっかの貴族の家臣で俗に言う“陪臣”という意味もあるが、騎士団の騎士見習いという意味もある。両方ともラグダリオス語(コモン・ランゲージ)で「エストー」という発音なのでややこしい。あ、発音はともかく、意味が被ってる事はもう知ってるよな?


「はい、既にその件についてはお詫び頂いたので結構です」


「あの、その、今夜か明日の晩、ご都合が宜しければ我が主家のレファイス男爵家のご長女、ヨリーレ様とご会食頂けませんか? ヨリーレ様も第三騎士団に所属してはおりますが、未だ従士であるのですが……」


 ああ、もう……まぁ、そこできっちり断っておくか。


「ご用件をお伺いしても?」


「ええと、その……何と申し上げますか……私からは申し上げられません」


 ノックフューリ卿は非常に言い難そうに、また、歯切れの悪い答えを詫びるような顔で言った。そりゃ鎧を売ってくれってこの前聞いて俺に断られてるしな。確かあん時はヨリーレお嬢様が直接俺にお願いする、とか言ってたんだっけ。はいはい。直接聞いてちゃんとお断わりしますよ。


「……何時にどこへ向かえばいいですか?」


 時間と場所が告げられた。場所はレストランかと思っていたが違った。楡の木亭の宿泊している部屋に出前ケータリングさせるようだ。結構金持ってんのね。

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