第百七十八話 石橋を叩く
7446年7月8日
ズールーと二人、二層の通路を歩いていく。
「最近、ああいった輩が増えてきましたね」
「ああ、八層に行ってから……だよなぁ」
「ご主人様の名声に肖りたいだけでしょうが、いちいち丁寧に相手をする必要なぞありませんよ」
「ん……まぁ、それもそうかもな」
「大体、先ほどの輩も鎧に関心を持った風を装うなど……」
「あー“お嬢様”とか言ってたな」
「装備はかなりの物でしたので、金はあるのでしょうがねぇ。見え透いてましたよ」
とは言え、あのノックフューリ卿はどれかの王国騎士団で正騎士の叙任を受けているにも関わらず、どこの馬の骨とも知れない(俺のことをグリード商会長のアレイン・グリードだとは気が付いていないんだしな)俺に対しても丁寧に喋っていた。
幼少からきちんとした環境で育ち、充分な教育を受け、常識を弁えた貴族階級であればある意味当たり前だが、成り上がりとも言える平民ではちょっと珍しい感じだ。会話と鑑定結果から第三騎士団か第四騎士団で騎士の叙任を受けたのだと思われる。第一騎士団だったら若過ぎるし、俺のことを知らないなど有り得ない。第二騎士団でも難しいみたいなことを言っていたので第三か第四騎士団だろう。
迷宮に来ているくらいだから歩兵や工兵を大規模に擁している第四騎士団の出身かも知れない。あそこであれば二十歳で引退する正騎士がいてもあんまり不思議じゃない。ああ、いや、第四は平民出身の騎士も多いが戦闘奴隷出身も多い。警備や領内のパトロールなど警察的な任が多く、郷士騎士団の規模を大きくしたような第三騎士団の方かも知れない。
何にせよ【ロンベルト公爵騎士】なのだ。この称号はロンベルト公爵である国王が直接治める土地の騎士団でしか得ることは出来ない。つまり、王都ロンベルティアに本拠を置く第一から第四、そしてバルドゥックの騎士団だけだ。当然バルドゥックの騎士団の騎士(正騎士で百人いるかどうかだ)で俺を知らないなんてモグリだし、これは最初から外していい。
天領は大きく分けて王都周辺のロンベルト公爵領、北部のロンバルド公爵領、南東部のバーグウェル公爵領、南西部のロンドール公爵領とその他の幾つかに大別される。実質的には国王が全ての公爵位を持っていて、王位在任中は息子だのなんだのの近親の王族にその公爵位を「貸している」に過ぎないのだ。まぁ、代官みたいなもんだな。その代官の代官(妙な表現だが)に治めさせてるんだけどさ。
で、各上級貴族領にも勿論郷士騎士団は存在する。当然、爵位を「貸している」だけなのでそれらの郷士騎士団は国王のものでもある。ロンベルト公爵領の郷士騎士団に近いものは第三騎士団の一部と第四騎士団の一部、それにバルドゥック騎士団と言う感じで、残りは郷士騎士団と言うよりは正式な常設軍という感じだ。解り易く言い換えると米軍の州兵が郷士騎士団で、陸海空それに海兵隊の四軍(沿岸警備隊は除く)が第一と第二、第三と第四の大半という感じだろうか。陸軍しかねぇけど。
以下は余談になるが、王族以外の公爵位は五個くらいある。しかし、ちゃんとした領地を持っている「本物の公爵」は二つで、残りは領地を持たない資格や位階だけの貴族であり、いわゆる政治貴族だ。うちのお袋もこの政治貴族であるサンダーク公爵家の三男の四女という傍系に連なっている。
ただ“領地を持たない”と言っても村とか街一個くらいは持ってるのが普通だけどね。天領の北東部はゴルッツ侯爵領とベリッツ侯爵領が代表的(当然この二つの侯爵も国王の持っている爵位だし、同様に伯爵とか子爵領も天領の各地にある)だが、その傘下の村だの街だのは半分くらいが政治貴族に与えられていると言われており、政治貴族は己の小領地として代官を送っている。国王から下賜される年金や職責に応じた俸給の他にこれら支配下の土地からの税収が彼らの収入源の一部として生活を支えるのだ。
人によっては一生のうちに一度も自分の領地を踏むことなく亡くなる人もいるんだろうね。
少し脱線したかな? ま、それはそれとして、とっとと二層を突破して二層の転移水晶の間へ到達した。
そこで野営をしている顔見知りのパーティーにミヅチたちを見なかったか聞いたところ、僅か数分前に三層へと転移して行ったらしい。話によると彼女らも碌に休憩を取らないまま進んでいるようだ。結構追いついて来たな。
またトイレ休憩を取り、ついでにズールーと交互に簡単な晩飯を摂るだけで三層へと転移した。
日頃の行いが良い俺は当然のように転移運も良く、あまり時間を掛けることなく三層を通り抜けることが出来た。流石にミヅチたちを追い抜いたのだろう。三層の転移水晶の間で野営する冒険者たちに彼らの姿はない。
時刻は二十一時を回っており、幾つものパーティーが休息を取っている。その中には虐殺者と根絶者も含まれていた。彼らは合同で野営を張っていたようで、部屋の一角を占拠していた。だが、部屋の隅の一番良い場所ではなく、一応壁際を確保しているに過ぎない。
「あら、すごい荷物ね」
カームが俺とズールーが担いでいる、パンパンに膨らんだリュックサックを指して言う。
「ん、今回で八層の基地化を終わらせるしな。その後の調査も含め、暫くは八層で過ごす予定だし、いろいろ必要なんだよ」
周囲に聞かれないように囁くような小声で返事をしながら、ルビーが差し出してくれたスープを貰い、一息ついた。まぁ、狭い部屋とは言っても一辺三十mもあるからそうそうな事では会話が漏れ聞こえるなんてこともないけどね。特に人数の多い場所だから色々な生活音が良いカーテンになってくれる。
ルビーに差し出して貰ったスープは冷めかかっているが、緊急用の保存食以外に唯一持っていたサンドイッチを二層の転移水晶の間で消費していた俺とズールーには有難かった。スープを啜っているうちにミヅチたち残りの殺戮者も三層にやって来た。
「あ、もう居るよ。また負けかぁ」
「アルさん、流石です。早いですね」
「何時くらいに入ったんです?」
とか賑やかに言いながらこちらに向かってくる。
「十二時過ぎくらいですね」
ズールーの答えを聞いた皆は「なんだ。じゃあ一時間も違ってないのか」と言って荷物を降ろし始めた。俺を含む殺戮者の踏破速度は一定レベル以上の冒険者達にはもうすっかり知られている。
それを知っている虐殺者と根絶者を始めとするバルドゥックの古参のパーティーの連中は苦笑いを浮かべているだけだが、周囲で野営を張っている他のパーティーのうち、殺戮者のすぐ脇で野営を張っている比較的最近に、二流パーティーの仲間入りをした金星と言うパーティーの奴らが目を剥いていた。
「あー、お腹空いたぁ。ラリー、何かすぐ食べられるのにしてよ」
小さなお腹を押さえながらグィネがギベルティに我が儘を言う。
「ああ、少し待ってくれ……ルビー、コンロ借りるぞ」
ギベルティは早速さっきまで担いでいた行李(荷運び用の背負える大きな箱)から食材を取り出し始め、次いで調理にかかる。肉野菜炒めのようだ。
「ファルエルガーズ様、ゲクドー様。皆さんの分も一緒にお作りしましょうか?」
ギベルティが尋ねるがこれは儀礼的なものだ。彼らが既に食事を済ませていることは携帯コンロに殆ど残りのないスープ鍋が残っているところを見れば明らかだ。
「あ、俺達はもう晩飯食ったから、あとは寝るだけだ」
「そうそう。大丈夫だよ」
とか言いながらも手際よく料理を作っているギベルティの手元に視線が吸い込まれている。専用の料理人を帯同させている、または戦闘奴隷などが調理を担当するパーティーは珍しくないが、虐殺者と根絶者には専用の料理人はいないからな。
勿論俺やロリックの戦闘奴隷が料理を担当しているが、彼らだって料理が得意な訳ではない。迷宮に入っていない日にギベルティに習ってはいるようだが、まだ大して上手じゃないしね。
飯を済ませると見張りは虐殺者と根絶者で既に決めているらしいので彼らに任せて全員すぐに眠った。
・・・・・・・・・
7446年7月10日
昨日は四層から六層までを突破し、今日の午前中は七層、そして今、八層のミノタウロスを全員でぶっ殺したところだ。魔石の価値は相変わらず三万くらいで、これはもうここのミノタウロスから剥げる魔石はこの程度の価値しかない、と考えていいだろう。武器は極普通の戦斧だし。こっちも別に大した価値でもない。新品に近いのでそこそこの値段では売れるだろうが、最初の頃のように業物、という程でも無くなっている。
それはさておき、えっちらおっちらとここまで担いできた資材で八層の基地化についてはほぼ完了したと言っても良いかな? コンロを内蔵した竈を設え、他の階層よりもかなり多い数の桶も用意した。勿論、ベンチや足湯なども作ったし、念のため十四人分のベッドまで場所を決めた。
だが、シャワー室やトイレについては現在の簡易的なもののままにしておいた。少しでも居住性を良くすることを考えると手を入れることは間違いではないが、排水や臭気のことを考えると部屋の外の方が良いに決まってるからね。
さぁて、これから暫く長期戦だ。今日はもう十六時近いし、七層、八層と突破してそれなりに疲労も残っている。さっさとシャワーを浴びたり飯を食ったりしてからしっかりと歩哨を立てて眠るべきだ。
あ、ズールーにやった腰巻きは洗濯はしてあるもののまだ結構な匂いが残っているので、強制的に取り上げ、石鹸液を桶に作ってそこに漬け込んでから何回も濯ぎ洗いを繰り返し、部屋の隅で陰干し中だ。ここにいる間は毎日洗濯させよう。地上に戻ったら香料でも買ってやるから今は我慢しとけ。
・・・・・・・・・
7446年7月13日
バストラルを一足先に地上へと帰還させた。相談する時間はたっぷりとあったので工場について意見を交わし、最終的に幾つかの指示をして彼が愛する奥方の元へと向かわせている。俺もこの調査が終わり次第、ロンベルティアに行くことは伝えている。
「アルさんが来る時までには必ず美味しい『ソーセージ』を食べられるように準備を整えてお待ちしておりますよ」
バストラルは明るい声でそう言い放つと地上へ向けて転移していった。
ミノタウロスの方は最初に倒した奴を含めて今日の昼過ぎくらいに五匹目を倒している。やはりミノタウロスの装備品の質はどんどん落ちてきており、店で売っている標準品と大差のないところまで来ている。また、その全てが長柄の武器であるという共通点は変わっていない。
・・・・・・・・・
7446年7月15日
だいたい判って来た。ミノタウロスは倒してから十七時間を経過すると復活の兆候が現れる。そして、数分から場合によって十分くらいもの間、モンスター復活の兆候である靄の渦は継続する。
そして、転移水晶の間に居て、具体的に傷つけるなどの行動をしない限りは向こうがこちらに気が付くことはない。どんなに騒いだりしても大丈夫だ。ただ、汲み置きの水をぶっ掛けるとか、石を投げつけるなどをした場合は当然気付く。ただし、向こうから転移水晶の間への通路は見えないばかりか、単なる土壁になっているようで、気が付かれても放っておけばいずれ諦めてこちらに背を向ける。
皆で突撃をすれば必ず背中からの不意打ちになる。これらはもうほぼ確信の域にある。
そこそこタフだが、元々正面から掛かっても倒すこと自体は問題ないので不意打ちが可能であれば苦戦の要素はない。そもそも復活直後、ターミネーターみたいにしゃがんでいる間に戦斧を首筋に力いっぱい叩き込めばギベルティにだって殺せるだろう。
とは言え、あと数日はここで過ごし、本当にこの仮説が正しいのかの検証を行うべきだろう。残念だが九層の探索についてはここの安全についてしっかりと確信出来るようになってからだ。
ま、今月中には大丈夫だろうけど。
あ、いや、工場や商会の引き継ぎなんかでゴタゴタするだろうし、流石に今月は無理かな?
今年最後の更新です。
来年も宜しくお願い申し上げます。
年明け適当に予約投稿済みです。
また、先日より1/5まで実家に帰省しますのでその次の更新は1/6かその週末くらいになっちゃうかもしれません。誤字や脱字、ご感想への返信もそれまで出来ませんので誠に申し訳ございませんが、ご勘弁下さい。
なお、頂戴致しましたご感想は全て拝読させて頂いています。
返信は活動報告の方で行っています。たまにご覧になってみてください。




