’15 クリスマス特別編
作中で去年のクリスマスのシーンです。
この時期、丁度八層に到着したばかりであちこち探索をしています。
話数で言うと「第二部 第百五十五話 八層の姿」の時の話です。
7445年12月24日
「そう言えば、今日って『クリスマス・イブ』だねぇ」
「あ、二十四日かぁ。こんなとこに居ると日付の感覚狂うよね」
「ん……流石にもう慣れたから私はそんなことはないけど」
「そう?」
ラルファとグィネがいつものように無駄話をしていた。
それを聞きながらアルは前方に罠発見の魔術を使い、次いで縄罠及び落とし穴感知の魔術も使って進行方向の安全を確かめながら進んでいる。
アルとしては若い女性(?)が何人もいるのでクリスマス・イブやクリスマス当日にまで迷宮で扱き使う事について多少は思うところもあり、特にクリスマス関連の無駄話くらいは見逃してやろう、と思っていた。
それまでは毎年この時期は地上で過ごし、プレゼントを交換していたりして過ごしていたのだ。今までに二回、彼らとクリスマスを共にしてきた。レストランに行って奮発したこともある。だが、今年は虐殺者に根絶者という新たな戦力が加わったことで、本来の殺戮者が纏まって行動する機会が減っている。
(戦闘奴隷も買わなきゃな……)
心の中でそうぼやくアルであった。とは言え、建国王であるジョージ・ロンベルト一世が到達したという、最深部の八層に足を踏み入れている高揚感もあって殺戮者のメンバー達の足取りは軽い。特にクリスマスに対して全く思い入れのないゼノムを始めとする転生者以外の人にとってはそちらの方が余程重要事であり、相当気合が入った探索行となっている。
「ラルファ、無駄口を叩くな。グィネもしっかりと通路の特徴を見てくれよ」
ゼノムが二人に発破をかけ、自らも手斧の柄を握り締め、目を細くして神経を尖らせていた。
「……何か来ます……またバッタだと思います」
耳をピンと立てたベルが警告を発し、全員が素早く戦闘態勢を固めた。
・・・・・・・・・
七層の転移水晶の間に戻り、あっという間にゴムプロテクターを脱ぎ捨てたアルがラリーに食事の用意を命じてシャワー室に消えた。
「あ~、疲れた。私、アルの次に浴びていい?」
ラルファがゼノムの革鎧のベルトを外しながら言う。
「いいわよ」
答えるミヅチも真新しいゴムプロテクターのバンドを慣れない手つきで外している。マルソーが革鎧を着たままそれを手伝っていた。ズールーは金属帯鎧姿のままアルの脱いだゴムプロテクターのパーツを纏め、食事の用意をするラリーの所から手桶一杯の水を汲むと、その水で濡らした手拭いで汗や汚れを丁寧に拭き取り、鎧掛けに掛けている。
「あ、ベル。水を頼む。冷たいのな」
「はいはい、どうぞ」
トリスはベルにカップを差し出し、冷たい水を出して貰うと一息に飲み干した。
「はは、ベルに作って貰った水は一味違うな。美味い!」
「もう……そう? ありがと」
それを聞いたグィネは地面に唾を吐きたそうな顔をして眺めていたが、冷たく輝く槍の穂先を軽く拭いて地面に寝かせると置いてあった自分の荷物から鞘を取り出して槍の穂先に被せ、壁に立て掛けた。煮しめて作られた硬革製の手甲を外し、地面に腰を下ろすと履いていたゴム底のブーツを引っこ抜き始める。
「魔法で作った水なんか誰が作っても一緒じゃない。そもそも美味しくないし」
ぶつぶつと小声で言うグィネの呟きを聞き流し、それらの光景に我関せずと孤高を保っていたサージもグィネと同様に足を組んでベンチに腰掛けて槍の穂先を拭いていたが、刃こぼれの確認のためか、ライトの魔術を掛けた石を当てて眇めて見ている。
シャワー室からあまり質の良くない石鹸の匂いが流れて来た。オースで流通している石鹸にも香料を混ぜ込んだものは無いこともないが、ロンベルト王国で一般的に買えるものの中にはまだ殆どない。
「あ、牛肉じゃん! 今夜、牛肉じゃん!」
ラルファが騒ぎ出した。しかし、牛肉と聞いて皆の顔も心なしか綻んでいる。牛肉は高級食材で、一般に流通している肉類の中ではかなり値が張るのだ。バルドゥックでも僅か一店舗の高級な肉屋でしか取り扱っていない。
「おう、そりゃあ楽しみだな。ステーキか?」
鎧を脱ぎ終わったゼノムが手斧の手入れを丁寧にしながら嬉しそうな声を上げた。
「ステーキですか、いいですなぁ」
トリスの金属帯鎧を脱ぐのを手伝いながらズールーも言う。
「牛ならなんでも美味しいですよね」
ベルの革鎧のバンドを外しながらマルソーの声も弾んだ。
「す、ステーキ……じゅるり……唾出てきた……」
槍に鞘を被せ、壁に立てかけたサージは手の甲で口の端を拭っていた。
「ふふっ、ステーキじゃありませんよ」
長い肉切り包丁の刃を眺めながら薄らと笑みを浮かべてラリーが言う。
「ステーキじゃないのか……あ、じゃあカツかな。牛カツ。あれ最後に食ったのいつだっけ?」
「去年かなぁ。牛カツも美味しかったよね」
トリスとベルも顔を見合わせて嬉しそうである。
「あれ? それ……まだ凍ってるの……それに……え? ええっ?」
自ら専用の桶に出したお湯に足を浸して足湯にしていたミヅチが、牛肉に被せていた布をどかしたラリーの手元に現れた肉を見て驚いた声を上げた。
「まぁ今は半解凍ってとこですね。ふふっ、流石は奥様です。奥様はお解りのようですね。特別な牛肉ですよ。ご主人様は今年の頭に餌まで指定して注文をしたそうです。なんでも、肉を取った後の牛や豚の骨を砕いた粉とコーラクトからの輸入品であるエソー・ケーンの搾りかすと一緒に粗挽きの小麦粉を混ぜた餌を中心に、魚の肝とほうれん草を混ぜた干し草を定期的にやっていたそうですよ。私も味見をさせて頂いた時には驚きましたよ。今夜はご主人様から教わった特別な料理ですからね。それに……」
「えっ! それって『和牛』の……」
過去に食品商社に勤めていただけあってミヅチもそういった知識は持っていた。因みにエソー・ケーンとはサトウキビの事である。砂糖はラグダリオス語でエソーと言うのだ。
『『和牛!?』』
ミヅチの言葉を聞いた転生者は全員唱和するかのように声を上げていた。
「脂身多いね」
「ラル、それって……脂身じゃないよ! 『霜降り』って言うんだよ」
ラリーのところまですっとんで行ったグィネが解説している。
「ちゃんと『さし』が入ってる。美味しそうねぇ」
ベルも一緒になってはしゃいでいた。
「俺、『霜降り』とか食ったことねぇ……」
「俺もです……うお、『テレビ』で見た程じゃないけど、あれは確かに……」
トリスとサージは少し遠巻きにしてはいるが、それでも肉を一目見ようと背伸びしたりして話していた。
しかし、ゼノムやズールー、マルソーは少し微妙な顔つきだった。彼らは純粋に肉の味が好きなのだ。噛みごたえが有り、ひと噛みする毎にじゅわっと肉汁が溢れる牛肉が好きなのだ。
「おう、上がったぞ……何やってんだ?」
シャワーを浴び終わり、乾燥の魔術で髪まで乾かしたアルが声を掛ける。
「こ、これ……」
足湯の桶の中に立ち上がってミヅチが肉を指さした。
「おう、それな。程遠いがそれでも普通の牛肉よりずっと美味い筈だ。餌代含めて千二百万くらい掛かったぜ。でも、その肉以外、全部王都の肉屋に売った。二百万やられたが、肉屋のおっさんは感心してた。牧場主のおっさんも土地さえ用意して直属の平民にしてやれば俺に付いてくるとさ。あ、タンは残ってるぞ」
心なしか胸を張ってアルがミヅチに答える。
「タンシチュー好きって言ったの覚えててくれたんだ……」
「おう」
鼻の頭を掻きながら少し照れくさそうにアルが返事をした。
「いいから皆シャワー浴びてこいよ。今日は『クリスマス・イブ』だからな。旨いもん食おうぜ」
「はは、シャブシャブ、とおっしゃいましたか、この料理は」
『『しゃぶしゃぶ!』』
「丁寧に、薄~くな。お前の腕に掛かってる。頼んだぞ、ギベルティ」
「ええ、お任せ下さい」
・・・・・・・・・
「ああ、これはですね……胡麻を炒ってから擦り潰し、奥様の干し椎茸から取った出汁で伸ばしたものです」
『『胡麻ダレか!』』
「あ、そちらは同じ牛の舌です。それを食べ易い大きさに切り分けてシチューにしております」
「「うめー!」」
「美味しいです」
「歯ごたえいいね」
「ゼノムさん、ズールー様、マルソー、どうです? ご主人様から教わったシャブシャブは?」
「「「……」」」
「なんとか言って下さいよ」
「「「……これが、ワギュー……」」」
「ポン酢欲しいな」
「醤油がないですからねぇ」
「そればっかりはな……」
「私、『胡麻ダレ』の方が好き」
「あ、私も」
「お父さんも肉ばっかりじゃなくて野菜も食べて」
「はぁ!? 何を言う! 葉っぱとか根っことか食ってる場合じゃないだろ!?」
「ほい」
「あ! 勝手に入れんな!」
「ちゃんと野菜も食べるの。ほら、ズールーも」
「ああっ! 何しやがる」
「ははっ。エンゲラも野菜食え、ほい」
「そ、そんな、ご無体な!」
「まだ肉ありますよ」
「グィネさん、髭にタレが……」
「あ゛あ゛っ!?」
「スミマセン、何でもないっす」
楽しそうに騒いで食事をする中、ミヅチは少し居心地の悪い思いをしていた。彼女はどちらかというと賑やかな雰囲気は得意ではない。去年のクリスマス・イブは殺戮者の皆とレストランで食事をしたが、その後はボイル亭でアルと二人、落ち着いて過ごすことが出来た。前世では子供の頃こそ家族と楽しくクリスマス・イブを過ごしていたが、高校一年生の時にクラスのクリスマス・パーティーに呼ばれなかった思い出が蘇る。
・・・・・・・・・
クラスの話題でクリスマス・パーティーをやることになっており、音頭を取っていた男子生徒が、冬休みに入ってからクラス全員に電話かメールで連絡すると言われていたのだ。家族に「クリスマス・イブは友達と過ごすから」と言ってしまっていた手前、当日になってもPHSにメールが来ないことに焦っていたあの感情。よく考えたら電話帳に登録してあるのは家族だけで、通話は疎か、メールすらも家族以外とした覚えが無かったことを思い出し「はは……知る訳ないか」と乾いた笑いしか出てこなかった。その日は漫画喫茶で小遣いをはたいてしまった。
新学期になって登校したら楽しそうにクリスマス・パーティーや初詣の話をするクラスメイトを他所に、独り文庫本を読んでいた。二年生のクリスマスも同様に過ぎ去り、三年生の時は受験に追われていた。今のうちにはしゃいでいろ、私はその間頑張って成績を上げるんだ。そう思って必死に赤い表紙の問題集を解いていた。
だが、自分より成績の下だったクラスメイトはちゃっかりとクリスマス・パーティーを行っており、尚且つ成績も上げていたことに愕然とした。そして、クラスの掲示板に当日の写真がアップロードされている事を耳にし、その掲示板の存在すら知らなかったことに枕を濡らした。
半べそを掻きながら必死で勉強をしてどうにか実家から通える都内の大学に進学は出来たが、モテるはずの大学のブランドも彼女にはなんら益することはなかった。大学のクラスメイトもクリスマスが近づいて来ると「彼氏が出来た」だの「クリスマスに一人は辛いから、あいつで妥協する」だの言い始める。「彼氏が居ない、寂しいもの同士で集まろ~」という声もあり、それに期待していた。当然いつも最前列の端で講義を聴いているようなミヅチにはなんの声も掛かることはなかった。
入学当初、誘われたサークルに久々に顔を出してみても楽しそうに話すゲームの話題は彼女にしてみてみれば、初心者レベルの幼稚さであり、「けっ、俄が」としか思えなかった。やり込みは足りないし、シューティングや対戦格闘ゲームでもサークルの男性ゲーマーはミヅチに敵う者は誰一人としていなかったのである。
(やっぱり、こんなレベルの低いサークルだと腕が鈍る。新宿か秋葉原まで行かないとなぁ)
その年はゲームセンターで何度も両替をするミヅチの姿が見られた。
学生時代のうちにサービスが開始されたネトゲのキャラクターのレベルはとうにキャップに引っかかり、レアアイテムの所持率はサーバーでトップになっていた。
友達は画面の向こうに居る。
ギルドに入り、主力メンバーになった。
もう寂しくなんかない。
チャットで埋め尽くされたログには快活に喋るミヅチのセリフが踊っていた。
>クリスマス? なにそれ美味しいの?
>ジュンヤさん、流石~。ギルド一のタンカーっすね
>当然だろ。それより今日の真夜中、ルクソールエリアの真ん中に炎龍ヘーキシュがポップするってまじ?
>マジらしいっすよ。ジュンヤさんが居なきゃ狩れないっすよ
>任せとけや!
>かっけー! 漢っすわ
>パーティー組んでみたい
>トップギルドの最強メンバーにならなきゃ組んでもらえないよ
そうしていながらも勉強だけはそれなりにやっていたので卒業も出来たし、食品商社にもなんとか滑り込むことが出来た。いつの間にかネトゲのタイトルは変遷していた。
>最近ジュンヤさん、オン率悪くね?
>就職して変わっちまったんだよ
>糞ですわ
>遊びじゃねえんだよな。会社辞めてくんねぇかな
>でも、あの人、週末はちゃんと来るし、来れば腕は良いんだよな
>プレイヤースキルぱねぇ
>週末ちゃんと来るって……それってw
>触れるなよ。お前だってジュンヤさん笑えねえだろ
>サーセン、彼女居ませんwwww
>俺もwww
>おんなとかクソですわ
>ジュンヤさんこそ漢だわ
>そういやあの人、ボイチャしねぇよな
>鼻息うるさいんだろw
>おいす~
>あ、来た
>狩り行きましょう、ジュンヤさん!
>俺も
>俺も
>俺も
>えー、今日も上司と飲みでさー、ちょっち疲れてんだよね
(ウィスパー)>エア上司w
(ウィスパー)>エア上司ってw
(ウィスパー)>なんか最近上司の話ばっかだよな
就職して数年が経ったときは……。
「あ、椎名さんはクリスマスどうするんですか?」
「ん……彼氏いないし、一人ですよ」
「あ……すみません。俺、今年新婚なんで……」
「解ってるわよ……」
「すんません。あ、でも吉竹さんなら……」
「えっ? 私、彼氏がレストラン取ってくれてるんで」
「「彼氏居たのか……」」
(こ、こいつにまで彼氏が居るなんて……それに比べて私は報われないまま……)
「俺ぁ、もうレストラン予約してるわ。銀座な」
「うわ、次長、まじすか! 奥さんとですか? よく取れたっすねぇ」
「ばーか、良いとこは夏くらいには埋まっちゃうからな。事前準備は欠かせんよ」
(……川崎さん、やっぱり奥様と……そうだよね……)
(なんで、よりによってこの年のクリスマス・イブの話を思い出すかね、私……あの時は……)
モニターには澄ました笑顔の男の写真を映し、その前のキーボードをどかす。
空いたスペースにはコンビニで買ってきたケーキとワイン。
「メリークリスマス……フヒヒ……切ないよう……」
「純子~! 帰ってるならいっしょに食べよう! チキンとケーキ買ってきたぞぉ」
「早く降りてらっしゃいな。お父さんがみんな食べちゃうわよ!」
同居している両親の、屈託のない呼び声がミヅチの耳に届く。
(くっそ、くっそ、くっそ……なんで私は……)
・・・・・・・・・
急に記憶が蘇り目を閉じて瞑目するミヅチ。
(っふ。ふひゃひゃ。あの時とは比較にならないリア充っぷり! 勝った!)
「ミヅチさん、どうしました?」
「ん、あ、ちょっと考え事」
『お肉どうぞ』
『ありがとう、ベル』
『美味しいですよね。でもこうしてクリスマス・イブにパーティーしてると前世を思い出しません?』
『え? ええ、そうね……』
「なにこそこそ話してんだよ?」
「ああ、昔、『大学』の頃のクリスマスパーティーを思い出すなぁって」
「ああ、そういえばそうだな。あれは楽しかったな、ベル、いや、アスカ!」
「うん! ヨウチャン」
「俺、『バンド』のメンバーとか『ファン』を集めて盛大にやったことあるな」
「へぇ、そりゃ楽しそうだな。俺は当時の嫁さんとばっかりだったな……」
「クラブ借り切ってやったんですよ。皆結構酔っ払って面白かったです」
「私たちも『クラスでクリスマスパーティー』やったね。サージみたいにクラブ借りたよね」
「そうだっけ……ああ、やったねぇ……くっそ、あの『サッカー部』のやつに乳揉まれたんだ」
「えっ、誰!?」
「名前なんか忘れた」
(くっ……勝ってない……気が……する……また……私は……)
「なに変な顔してるんだ?」
不思議そうな顔をしてアルが小声でミヅチに尋ねた。
笑おうとした拍子に涙が一筋頬を伝い落ちた。
「……今は俺が居るだろ」
少し驚いた表情をしてしまったが、笑ってアルはミヅチにもう一度声をかけた。
「うんっ」
ミヅチは肉を頬張って笑う。
年末年始ですが、誠に申し訳ありませんが今週末から1/5まで実家に帰省しますのでその間の更新は滞ると思います。とは言え、出来れば予約投稿などで途中に一回くらい更新を入れたいとは思っています。
なお、頂戴致しましたご感想は全て拝読させて頂いています。
返信は活動報告の方で行っています。たまにご覧になってみてください。




