第百七十六話 ソーセージ工場
7446年7月6日
バルドゥックの外輪山を降りてから少し行ったところで昼の休憩にした。
バルドゥッキーを熱湯に浸け、約十分。充分に熱くなったところで切れ目にマヨネーズとマスタードを軽く塗ったコッペパンにキャベツの漬物と一緒に挟んで一人づつ渡してやる。
新しく購入した奴隷たちは皆貪るように食べていた。
「おい、慌てないでゆっくり食え。まだあるんだから」
「食べられるならお代わりもあるからね」
「あら、マスタード強過ぎた? ごめんね。新しいのあげるわ」
「足痛くなっちゃった? ……ほら、少しは良くなったでしょ?」
ズールーとエンゲラ、キャシーやミヅチが子どもたちの面倒を甲斐甲斐しく見ている。
ジョンとテリーはこの程度の行軍は既に物ともしない体力を得ているうえ、ゴムサンダルを履いているので、ギベルティがホットドッグを作るのを手伝ったり、お茶の豆を用意したりしている。
濃い目に豆茶を作って、氷を沢山浮かべればアイスティーの出来上がりだし、夏の飲み物はこれと決めているのだ。
俺はバストラルに工場内の挽き肉機の配置なんかについて相談を受けている。
一生懸命に、丁寧に書いたのだろう。
工場の間取り図を俺に見せながら「こことここに配置すると掃除の時面倒だと思いまして」とか言うのをフンフンと頷きながら聞いて、「いいよ」と返事するだけなんだけど。
約一〇㎞の道のりを休憩を挟みつつ五時間も掛けて移動して、やっと王都のグリード商会に到着した時には十五時を回っていた。
移動に大変時間が掛かることは予想されていたので奴隷は全員乗合馬車に突っ込もうかと思っていたが、ズールー以下、俺の奴隷たちが口を揃えて「最初が肝心です」とか言うからさ。
そうか、お前たちがそう言うならしょうがねぇな、と歩かせたのがいけなかった。
ガキども、へばってるじゃん。
ジョンとテリーは大丈夫だけどね。
この時期、流石に暑いのか、店の外には誰もいなかった。
馬留に馬を繋ぐと開きっぱなしになっている戸口をくぐる。
「あ、会長! いらっしゃいませ!」
元気よくアンナが挨拶し、ハンナも声を掛けてくれた。
すぐに奥からルークがレイラと顔を出し挨拶してくる。
二人共汗まみれで手も汚れている。在庫の棚卸しでもやっていたのだろう。そろそろ引っ越しだし、在庫の数を正確に把握してリスト化しとけと言いつけてあったからな。
「ルーク、工場で働かせる奴隷を用意した。宿の方は目星はついたか?」
「ええ、話は通しています。一応二箇所に分けていますが……」
「おう、それでいい。バストラル。キャシーと一緒に宿を見てこい。問題ないようならそのまま契約して構わん。どっちを男用にするかとか部屋割りとかは適当に決めてくれ」
そこまで言うと店の中を少し見回し、全員入れそうだと当たりをつけた。
店の隅なんかに既に荷造りの終わった荷物なんかもあるから、入れないと面倒だな、と思ったのだ。
あれ、冬服なんかだろうな。
バークッドより王都の方が安いものも多いしね。
給料の多いリョーグ達もさぞ色々と買い込んだことだろう。
因みに給料は番頭のロズラルには月五〇万Z、手代のウェンディーには月三〇万Z、ダイアンとその旦那のルークにはそれぞれ月二五万Zを出している。正直言って一家でのこの収入(月収百三〇万Z)は、恐らく領主を除けばバークッドで最高だ。
ゴムの商売を始める前の我が家でもこんなに多くの金は使えなかったはずだし。
参考までにリョーグ家の下の娘、我が家のメイドのソニアの給金は月に二万Zだった。
ミュンも似たようなものだった筈だ。
地球の中国の農村と上海みたいな都市部並みに大きな格差がある。
この金額は兄貴の許可を得て決定している。
二年おきに王都に赴く従士の家庭に対するボーナスのようなもので、あくまでバークッドから来た従士の家族をグリード商会の従業員にしている間だけの措置である。
休みを取らせて王都やその周辺を旅行に行かせるなど、ある程度強制的に金を使わせるようにもしているが、これは従士の見聞を広めるためという性格も強い。
これで王都への出向に対する歓心を買っているようなものだが、信用出来るバークッドの人を王都に住まわせて、いろいろと安心して任せられることは俺にとっても非常に重要な事だ。
まぁ、これにヨトゥーレン親子の給金や、ベール通りの商店会費などの雑費を合わせると何もしなくても月に二百万Zも飛んで行くんだけどね。それは仕方ないね。
ソーセージ工場がきちんと稼働して、経費を差し引いたその利益の四割が俺の収入になるのなら、上記の経費の半分くらいは浮くだろうから、俺としてもソーセージ工場についてはさっさと軌道に乗せたいのだ。
新たに購入した奴隷たちを店の中に入れ、順番に挨拶させる。
「アル様、子供ばかりではないですか……? 大丈夫ですか?」
ルークが心配そうに言ってくるが、大人はちょっとな……なにせ監督するのは当面キャシーだけなんだ。彼女より年下は絶対条件とも言える。
そっちの方がキャシーはともかくバストラルも安心出来るだろうし。
「なるほど……言われてみれば、そうですね。彼らの主人は他の誰でもない、アル様ですからね」
ルークも得心がいったようで、深く頷いてくれた。
「暫くは、誰かが奴隷と一緒に飯を食ってやってくれ。食事代は経費から使ってくれて構わない。が、俺と一緒に生活させる訳じゃないからな……。彼らにも金の使い方を覚えて貰う必要があるな……。明日から来週一杯までは毎日一人五百、いや、六百Zやってくれ。再来週からは週に四千Zにしてくれ。使い込んだ奴がいたら千Zは渡してもいいが、次の週には千Z引け。来月からも週払いでいいかなぁ……ま、いいか。頼んだぞ」
「はい、お任せ下さい。月末に来るドンネオル達にも申し送りして置きます」
月給で二万Zか。正直ロンベルティアで暮らすなら飯も含めてギリギリだろう。
だが、どうせ大部分の昼飯はバルドゥッキーで支給してやれる。
ダメと言ってもキャシーなら自分の懐から出してでも食わせてやるだろうし、敢えて禁止はしない。
ほっときゃ目ざとい奴がいずれ挽き肉を誤魔化して勝手に作って食うだろ。
そのくらいの奴が居なきゃつまらん。
逆にキャシーにはあまり酷く無いようなら見て見ぬふりはしてやれとでも言っておけばいい。
但し、独占したり、仲間内で分け合っていないようなら容赦は出来んが。あといじめ、絶対ダメ。これだけは多分許せないと思う。あとで言っとかなきゃな。
バストラル夫妻の帰りを待つあいだ、時間を無駄にしても仕方ないので俺とミヅチは例のトゥケリンとか言う名の闇精人族が経営する治療院へと挨拶に行った。
治療院には結構な患者が居て治療の順番を待っていた。こりゃあ、時間が掛かりそうだ、と思った。
しかし、ミヅチが受付のダークエルフに何事か小声で囁くとすぐに奥へと通された。
が、俺だけは暫く部屋の外で待たされる。
ミヅチからは「トゥケリンさんはライル王国の内情に関わる事だと思ってるの。ちょっと適当に説明しなきゃならないから貴方は暫く待つことになると思うわ。挨拶や必要なこと以外は無理に喋らなくてもいいよ。喋ってもいいけど」と言われていたので部屋の外で大人しくしていた。
その間、従業員らしいダークエルフは俺の傍に居て決して俺から目を離さなかった。
数分で部屋の中にいるミヅチから声を掛けられたので頭を下げながら部屋に入ると、椅子に腰掛けた中年のダークエルフが俺の頭の天辺から足の爪先まで観察し、無表情に椅子を指したので「失礼します」と断って俺もミヅチの隣に腰掛けた。
俺が挨拶の口上を述べる前にミヅチは「以前、顔を合わせているとは思いますが、彼がグリード准爵です。絶対に必要な方ですので……」と言う。なにそれ? と思う間もなく「ご無沙汰しております……グリード准爵閣下。共に陛下のご……同志、協力は惜しみませぬぞ」とか言われた。
なんの事やら訳が解らないが、ここは口裏を合わせた方が得策だろう。っつーか、国王陛下のご、なんちゃらの同志とか訳わからんわ。
「こちらこそご無沙汰しております、トゥケリンさん。チズマグロルからお噂はかねがね。昨年は大変お世話になりました。引き続きのご協力、感謝いたします」
と言って右手を差し出した。お互い握手をしながらステータスを確認する。レベル十四か。冒険者でもないのに結構なものだ。その後は表面的な挨拶や工場の件に終始して適当に話を切り上げて帰った。
・・・・・・・・・
俺たちが店まで戻ると、すぐにバストラル夫妻も戻ってきた。
早速、奴隷たちを引き連れて工場まで向かうことにする。
急いでバストラルの指示通りに挽き肉機をセットした。工場には既に机や桶、大型燻製器などは備えられている。あとはコンロの魔道具に魔石、豚肉や香辛料などの材料があればすぐにでも稼働を始められる。コンロの魔道具は明日にでも魔道具屋スプレンダーに行って買ってくるつもりだ。
本当は今日行きたかったが、どのくらいのサイズのものを買えば良いか解らなかったので、寸法を測る必要があったのだ。
蒸し暑い中、重い挽き肉機を取り付ける作業はズールーとエンゲラが大活躍だった。彼らを連れてきて本当に良かった。バストラルとギベルティは何やら難しい顔で工場の見取り図を眺めながら相談している。キャシーは奴隷たちに簡単に何をするのか説明している。俺とミヅチは紐を持ってバストラルとギベルティが指示する場所の幅を測り、結び目をつけていた。
そんなことをやっているうちに薄暗くなってきた。そろそろ明かりを付けないと無理だし、まだ明かりの魔道具は疎か、ランプすら買ってない。
因みにこの工場には四畳半くらいの部屋が二つ備わっており、そこにジョンとテリーを宿直代わりに住まわすつもりだ。
彼らの着替えなど少ない荷物をその部屋に放り込むと、全員で食事に行くことにした。
適当な飯屋に入り、食事にする。
今回は奴隷の懐事情に合わせるため底辺に近い店を選んだ。
値段は一人当たり三〇〇Zそこそこだ。
食事をしながら俺のところの奴隷の待遇について話をする。
給料は来月から月に二万Z。但し週払い。真面目に働けば年明けから昇給もさせる。
明日は身の回りの必要なものについて買い物に行く。着替えは一人あたり三着。下着は一週間分六着。
その他タオルや洗面用具などについても個人個人に買い与える。
そういった事を話し、最後に一言付け加えた。
「皆、キャシーの言うことをよく聞いてお互い仲良くしろよ。あと、喧嘩くらいならしてもいいが、堂々と一対一でやれ。影に隠れて誰かをいじめたらそれだけは絶対に許さないからな。それを知っていて黙っていた奴も同罪だ。もし、いじめられた奴がいたらすぐに言え。嫌な奴が居たらどこが嫌なのかちゃんと相手に言え。それで直らないようならキャシーでも他の商会の奴でも良いから俺の耳に入るように言って来い。いいか、勘違いするなよ。まずはお互いにちゃんと言うんだ。相手に言わずキャシーや俺に言ってくるな。これは絶対だ。いいな」
一人一人の顔を順番に見てしっかりと言い含めた。
皆納得したようなのでお茶を飲んで宿に押し込んだ。
ジョンとテリーは工場に戻らせたが、夏だし、個室をやるんだし、明日ベッドを買うまではタオルケットで我慢しろと言っておいた。
・・・・・・・・・
7446年7月7日
今日は七夕。
でもそんなの関係ない。
朝から買い物に走り回る。
着替えや下着、身の回りのものはミヅチとキャシーに任せ、残りはコンロを買いに行ったりそれを設置したり、大鍋を買いに行ったりした。
その後は前々から話を通していた商会に出向き、豚腸に併せて豚肉の仕入れ交渉に駆けずり回った。
合計で六つの業者から仕入れをする。香辛料なんかは専門の業者一つで事足りた。
カゾット(アナログチーズ)の仕入れ量を増やす交渉も行う。
元々大した生産量ではないので俺たちが要求する分を全部こちらに回すと他に対して足が出てしまう。
それを少しでも多く仕入れられるように頭を下げなくてはならない。
サンプルのカゾット入りバルドゥッキーを食べて貰ってやっと以前の倍の量を確保するのが精一杯だった。
この仕入れ量だとあんまり沢山作れないし、プレミア感も付いて人気商品になるんかね?
あとはそれらの仕入れ交渉の過程で家畜化された羊腸についても仕入れられる見込みが立った。
これでフランクフルトサイズだけでなくウインナーサイズの食べ易いのも作れそうだ。
ああ、羊腸サイズの口金も作んなきゃいけないのか……まじかよ、面倒臭ぇ……。
取り急ぎ用は全て済ませた。
固定で支払うものは宿代など計算可能なものについては三ヶ月先まで支払いを済ませ、肉などの材料については納品の度に商会本店で代金を受け取って貰うことの交渉は全て完了した。
本当は今日中にバルドゥックに帰りたかったが無理だったな。
明日は朝からさっさと帰り、八層の転移水晶の間の基地化に必要な資材も買わなければならない。
それに、入り口広場の屋台販売については工場から直送されるバルドゥッキーを仕入れるムローワに任せるからその辺の話も詰めなきゃならん。そうなると迷宮は明後日からか。
だが、これで当分煩わしい事は……月末頃に引っ越しと騎士団への納品があったか……。
その時に八層の突破と九層への進行を報告しなきゃいけなかった。
だが、そんなものは一日で終わる。
本当に面倒なのは商会業務の引き継ぎとソーセージ工場の初期稼働か……。
一応二週間くらいは兄貴たちも王都に滞在して商会業務の引き継ぎなんかを手伝ってくれる予定だけど……俺が居なきゃいろいろダメな事も多いしなぁ。
行政府への届け出とか、待ち時間食うんだよなぁ。
とは言えそれが済んだら本当に煩わしいことは終わりだし、希望も見えている。
ここが踏ん張りどころだろう。
年末年始ですが、誠に申し訳ありませんが今週末から1/5まで実家に帰省しますのでその間の更新は滞ると思います。とは言え、出来れば予約投稿などで途中に一回くらい更新を入れたいとは思っています。
なお、頂戴致しましたご感想は全て拝読させて頂いています。
返信は活動報告の方で行っています。たまにご覧になってみてください。




