第百二十三話 疎外感
7445年5月5日
日課のランニングを終えて朝食を摂った後、また独りで外輪山の向こうまで行き、魔術の修行をして過ごした。
金属泥化の魔術にはまだかなりの時間がかかる。
それでも一四〇分程度には縮まってきたので、かなり修行の成果が出ていると言えるだろう。
途中でサンドイッチの弁当を食べ、夕方近くまでひたすら修行に打ち込んだあと、来た道を独りでトボトボとバルドゥックの街まで移動した。
馬に騎乗しているので、トボトボと言う表現は雰囲気を読んだ優秀な俺の軍馬が醸し出したものだ。
正直あんまり良い気はしないし、多少気持ちが落ち込むのは仕方ないなぁ。
ボイル亭に戻った俺は上等な服に着替えるとドルレオンに向かう。
准貴族とは言え、アンダーセンの姐ちゃんは子爵家の娘だし、正式なお礼の場への招待だろうし、きちんとした装いは必要だろうと思ったのだ。
去年の頭に作った、裁きの日の証人に立つ様な服に着替え終わり、部屋を出て階段に向かうと、丁度ミヅチとグィネがロビーでだべっていた。
「あ、今から? 行ってらっしゃい」
「あ、お気をつけて、アルさん」
「ん、行って来らぁ……お前らも面倒だろうが上手くやれよ……」
こいつら、毎日楽しそうでいいなぁ……。
どうせ俺なんか今日も「メンバーの行動を抑えられない無能リーダー」とか言われてるんだろう……。
仕方ないけど。
・・・・・・・・・
時間の少し前にドルレオンに到着するとアンダーセンは既に待っていた。
ボーイに案内された個室に行くと、やはりそれなりの装いをしたアンダーセンが出迎えてくれた。
勿論、夜会で着るようなドレスなんかではない。
俺もそうだが、彼女も家を出た身なのだろうからそんな無駄な服など持ってはいないのだろう。
長いピンク色の髪を丁寧に結い上げ、襟付きのシャツ、上等な上着、ダブダブしていない細身のズボン、革靴(ゴムを使ったうちの製品ではなかった。伝統的な革靴で、ブーツほどではない、バスケットシューズくらいの高さのものだ)を履いていた。
俺も似たようなものだ。
靴だけはゴム底の革靴だが。
俺を迎えてくれた彼女の握手に応じながら少し疑問が顔に出たのだろう、彼女は説明してくれた。
「ああ、ヴィルハイマーも呼んでるわ。一応、貴方に話をつけてくれたのは彼だしね」
テーブルにランチョンマットが三つ用意されていたのはそういうことか。
あのおっさん、俺に話を通した以外、何の役にも立っていないというのに、ドルレオンで奢って貰えるのか……。
ま、金を出すのは俺じゃないし、そもそもの約束だと日光の情報を貰えることにもなっていた。
この場に居ない、と言うのもおかしいよね。
「ヴィルハイマーは三十分くらい後で来るように時間を言ってあるわ。まず二人で話をしたかったの。ごめんなさい」
は? はぁ、別にいいけど。
「解りました。どうせ迷宮には明後日からのつもりでしたので時間はたっぷりあります。で、話とは?」
席に着きながらアンダーセンに返事をした。
アンダーセンも俺に続いてホストである奥の席に腰掛けた。
「まずはお礼ね。今回の件、本当にありがとう。ヴィックスを助けて貰って感謝してる」
昨日も言われたが、再度丁寧に頭を下げられた。
「で、今回の件でも改めて思い知ったけど、あなた、若いのに本当に大したものね。力のある魔術師ってのは知ってたけど、殺戮者が急激に伸びているのは当たり前のようね」
うん、まぁ……。
「実はね、私には姪が居るの。家を継いだ兄の娘なんだけどね。今年、十六? 十五か。十五になるわ。グリード君、貴方さえ良ければ一度会ってみない? 貴方の実力ならアンダーセン子爵家のお抱え魔術師になれると思うわ。姪に気に入られて結婚してくれれば士爵位くらい手に入るかも知れないわ。どうせまだ結婚はしていないんでしょう? もともと准爵だし、丁度いい人材だわ」
思わず苦笑が浮かんだ。
「ああ、気にしなくていいわ。結婚なんてどうせ形式的なものでしょうし、他にしたい人がいるならその人とも結婚したって良いんだし……。ウチのお抱え魔術師の待遇は悪く無いと思うわよ。今の人はもう六十近いおっさんだからそう長くはないでしょうし、その人の子供も魔法はあんまり得意じゃないみたいだしね。だいたい、その人ですら士爵位貰ってるのよ。騎士団の訓練にも最近は殆ど顔を出さないみたいだから、丁度良いわ」
ふーん。
「私も優秀な魔術師を連れ帰ったとなれば領地の准男爵くらいとは縁談もさせて貰えるでしょうしね。もういい年だから難しいとは思うけど、形式的なものなら無理じゃないと思うし。心配なら、殺戮者のメンバーも従士にしちゃってもいいと思うわ。貴方ほどの力があれば、兄も諸手を挙げて歓迎すると思うし……」
常識で考えれば悪い話ではない。
むしろチャンスが転がり込んで来たような話だ。
だが、アンダーセン子爵領は北方に群立しているうちの一つで、そこそこ安定しているということしか知らない。
悪くはないがそんなところの士爵位なんて、今の俺には眼中にない。
「ふふっ、アンダーセンさん。ご冗談を……。あまりおだてないで下さい。私は田舎の山猿ですよ」
「あら、そんなこと無いと思うわ」
ま、折角高く評価して貰ったんだ。
リップサービスくらいはしておいた方がいいか。
「折角いただいた素晴らしいお話ですが、由緒あるアンダーセン子爵家にお仕えするには私では力不足かと……それに、私などより優秀な方はまだまだ多くいるでしょう」
「……嫌味にしか聞こえないわ」
ありゃ。そんなつもりは無かったんだけどな……。
「ま、それはそれとして良ければ考えてみて」
「はぁ……」
すぐにアンダーセンは居住まいを正し、言葉を継いできた。
「それはそうと、ヴィルハイマーが来るまでにこれだけは聞かせて頂戴。グリード君、貴方、日光に何か恨みでもあるの? いや、別に日光は私も嫌いだからそこは別にいいんだけどね。正直に言えば、日光じゃなくてリーダーのリンドベルが嫌いね。メンバーを引き抜かれた恨みもあるし……」
「恨みは別に無いですよ」
「じゃあ、なんで? 潰す気でいるんでしょ?」
あんな言い方したらそう取られても不思議じゃあないよね。
とは言え、潰すと言うのも些か穿ち過ぎだとは思うけど。
「いえ、別に日光自体を潰すなんてこれっぽっちも考えては居ません。ただ、結果として何らかの争いに発展する可能性は僅かながら残されているので、ああいった要求をしたまでです」
これは本当だ。
結果として潰れるかそれに近い状態になる可能性は否定出来ないけど、潰すなんてことまでは考えてない。
リンドベル夫妻の勧誘のからくりとかも正直どうでもいい。
ねずみ講でも何でも勝手にやってくれ。
「ま、いいわ。約束通り日光と貴方の間に何があっても無関心に徹する。こちらとしてはもっと大きな要求をされても何の文句も言えないところだったんだしね」
「いえ、そう言っていただけると安心できます。ありがとうございます」
「止してよ、お礼を言うのは私の方だわ」
「いえいえ、この件はあとでヴィルハイマーさんが来た時にでも改めて少しお話しましょう……」
ボーイがお茶を持ってきた。
俺の好きな紅茶のような味と香りの豆茶ではないが、それなりの葉を使った結構良い香りのお茶だった。
・・・・・・・・・
ドルレオンからの帰り道、自己評価でそこそこ上手く話が出来たことに満足していた。
こちらの要求が少なかったため、それについて根掘り葉掘り聞かれたのにはうんざりしたが、アンダーセンとヴィルハイマーにしてみれば心配でもあったのだろう。
超高度な魔術である解呪の代価としては安過ぎるので彼らは彼らの気付かない重要なポイントでもあるのかと思っていたようだ。
勿論それは正解だ。
彼らにとっては重要とは呼べないだろうが、日光との間の問題や、殺戮者内部での問題について詮索したりせず、こちらの望む噂を流してくれれば良いだけなんだしね。
因みに、彼らには「お前はアホか」と言われた。
自分でもそう思わんでもないが、別にいいよ。同業の冒険者からの評価なんて一銭にもならないし、そもそもの粗筋を考えたのは俺じゃない。
安全を考えた役者の変更も含めて重要なポイントでは修正も入れたがね。
上手く行けばその評価だって一部の相手ではあるだろうが覆せるだろうし。
いや、いいとこ元に戻る程度か。
それだって転生者には替えられない。
帰り道、知らない冒険者風の集団に気の毒そうな顔をされた。
糞。あいつら、今度は一体何したんだ?
・・・・・・・・・
7445年5月12日
今週一週間、また迷宮に潜っており、今日は土曜で週末だ。
明日からの三連休を控え、全員気が緩む頃だろう。
順調にオーガを相手に戦闘経験を積めている。
かなり慣れて来たとは言え、棍棒の一撃で致命傷を負いかねない相手だけに一瞬たりとも気を抜くことは許されない。
厳しい声を掛けて皆の気を引き締めるとギベルティお手製の弁当を持って七層に足を踏み入れた。
昼迄、オーガを八匹に加え、三〇匹余りのゴブリンを殺し、昼食を摂った。
午後も同様にオーガを探して歩き、八層への転移の水晶棒を掴んだのは十七時を過ぎた頃だ。
地上に戻り獲得した魔石を処分し、宿に戻った頃にはとっくに日も暮れていた。
宿に戻ると、以前獲得した加湿器の魔道具が売れたと連絡が入っていた。
売値は一億二千万Zを少し超えたようだ。
委託販売手数料や税を差っ引いてボーナスを支給しても八千万程が俺の手元に残る。
金が入ったらボーナスを支給しなきゃならんな。
・・・・・・・・・
7445年5月13日
「もういい加減にして! なんでそういちいち絡むのよ!」
「うっさい、うっさい、うっさい!」
また始まった。
「あんたのがうっさいわ、このハゲ!」
「ハゲじゃありません~! ちゃんとこのきれいな金髪が見えないの? 気の毒な目ね。ああ、飾りだっけ?」
「いい加減にしろ! 周りに迷惑だ! アルもなんとか言ってやれ!」
ゼノムが癇癪を破裂させた。
「あ、ああ、お前らも本当に飽きもせずよくやるよ……。いい加減にしてくれよ……」
呆れて力ない笑みを浮かべながら窘める。
「もう、アルさんもバシッと言ってやって下さい! 二人共もう止めて、ご飯がまずくなるでしょ!」
グィネがゼノムに加わりミヅチとラルファの間に割って入った。
「ご主人様、部下の躾はきちんとすべきですよ……」
ズールー、お前までそんなこと言うのか……。
・・・・・・・・・
7445年5月14日
また晩飯を食っている時にミヅチとラルファがくだらない言い争いを始めた。
俺はバストラルとギベルティにソーセージの作り方を思い出しながら話しているところだ。邪魔しないでくれよ……。
ベルとエンゲラも心なしか冷たい目つきで俺を見ている。
「はぁーっ。本当にもういい加減にしろよっ! うるせーんだよ! ラルファ、テメェ、馘首にすっぞ!」
「あ! またミヅチばっかり贔屓だ。ずるいの!」
「はぁ!? あんたが原因なんだから当たり前でしょ!?」
「ふん、ぽっと出の癖に……、私はアルの女でございってこと? ああ、そんなんで贔屓されて羨ましいね!」
「はぁ!? 妻ですぅ! 何? あんたアルに惚れてるの? まともに相手されなくてそりゃ可哀想ね!?」
「は? 何言ってんの? この腐れが! あたしゃあんたみたいに趣味悪くないわ!」
「ふん! 男日照りで欲求不満が溜まってんじゃないの? 『ソーセージ』出来たらサージに頭下げるべきねっ!」
ああ、もう……。
「いつもいつもうるせー! このクズ共! 黙ってろや!」
「「あんたが一番うるさい!」」
もう勘弁してくれ。
ほら……向かいの店でヴィルハイマーのおっさんが俺たちを指さしてゲラゲラ笑ってやがる。
糞が。
・・・・・・・・
7445年5月15日
夕方、ギベルティと明日からの迷宮の買い出しをしている時だ。
「でよ、声揃えてあんたが一番うるちゃい! とか言われて涙目になってんの」
「まじかよ、ダセェ、ギャハハ」
糞っ、こんな底辺のカスにまで馬鹿にされるとは……。
「ご主人様、抑えてください」
ああ、分かってるよ、ギベルティ、そう心配そうな顔をしなくてもいい。
俺はいつでも冷静だよ。
・・・・・・・・・
7445年5月19日
「行くぞ……「メフルビス」!」
七層に転移した。
転移した直後、全員が予め決めていた方向に散らばり抜かりなく全周警戒に入る。
側にモンスターは居ないようだ。
「よし……グィネ、どこだ?」
周囲の安全確認後、グィネに尋ねた。
「はい……ここですね」
ベルが広げた地図の一点をグィネが指し示す。
「ここか……ラルファ、方角は?」
「ん、西向きね」
ぴょんと飛んだラルファが淀みなく答えた。
「分かった。じゃあこっちに行くぞ。傘型弐番、五m間隔だ」
ミヅチを先頭にその両脇を五m離れてゼノムとトリスが固め、更にその脇五mをラルファとズールーが固める。
その脇は同間隔でエンゲラとグィネ、ベル、バストラルと続く。
俺はミヅチの後ろ五mくらいの場所だ。
さて、一稼ぎするか。
・・・・・・・・・
7445年5月22日
「豆一つ落とした、ダッサ。ぷっ、ダッサ」
「なに? また喧嘩売ってるわけ?」
ミヅチが殴りつけたいようなウザイ表情を浮かべてラルファをこき下ろしている。
「いえぇ? 『箸』一つ満足に使えない気の毒な娘がいるなぁって思って同情しただけよ?」
「はぁ? あんた今、ダッサとか言ってバカにしたでしょ?」
おいおい、今度は箸かよ……。
「おい、お前ら、飯の時は静かに食えよ!」
「「あんたが一番うるさいの! だいたい怒鳴ることしか出来ないの!?」」
く、糞。確かに芸が無いのは認めるが……。
「ミヅチさんも、ラルも落ち着けって。ちょっと二人共イライラし過ぎだよ。後で王都にでも行かないか。思いっきり遊んだら気も晴れるさ」
「あ、王都ですか! トリスさん、私も一緒にいい?」
「ああ、グィネ、勿論だよ。ゼノムさんもどうです?」
「おお、たまには良いかもな……。丁度燻製も買いたいし……」
「カロスタラン様、私もご一緒しても宜しいでしょうか?」
「ああ、ズールー、当然だ。マルソーとギベルティもどうだ?」
「「いいんですか?」」
「いいさ。馬車代や昼食代も出してやる。今日は楽しもうぜ!」
「あ、あの……私も肉買いたいので……」
「ああ、サージ。王都には良い肉屋もあるしな。一緒に行こう!」
「まぁ、トリス、今日は太っ腹ね」
「はは、よせよ、ベル。これでも一応貴族の端くれだからな。皆の事くらい考えなくちゃ」
「あ、そうだ、サージ、王都に行くなら肉屋だけじゃなくて一箇所紹介してあげる。私も行ったこと無いダークエルフの店なんだけどね……」
……この疎外感。仕方ないとは言え、これは堪える。堪えるわぁ……。
一月前の自分が憎い。
更新の日付間違えたまま外食に出かけてしまいました^^;
済みません。




