第百十八話 仕込み
7445年4月19日
「結構話したな」
ミヅチと二人でボイル亭に向かって歩きながら話をした。
ついさっきまで合計一時間ほど七人で話をしていたのだ。
と言っても、殆どの発言は俺と、ヴィルハイマーのおっさんと、アンダーセンの姐ちゃんの三人だけだったが。
途中から奴らの殺戮者に対するインタビューみたいになっちゃったが、彼らにしてみれば、今彼らが狩場にしている五層をとっくに通り過ぎて次の六層、七層の情報を大量に持っているであろう俺たちから少しでも情報を引き出したかったのだろう。
勿論、こちらも水も漏らさぬ情報防衛を行い「ちっ、可愛げの欠片もねぇガキだ」とのお言葉を賜った。
何が悲しゅうて一銭にもならん情報を開示せにゃならんのよ。
呪いの剣の解呪とは訳が違うわ。
解呪なんざその時の感謝や恩を得て終わりだけど、迷宮の情報は延々と続くし、調子に乗られて八層なんかに先に行かれでもした日にゃ俺のものになる筈のお宝が無くなっちまうかも知れないじゃないか。
トップチームだけは油断出来ん。
でも、やっぱり緑色団や黒黄玉も六層を覗くくらいはしていたんだな……。
逆にその情報を得られたことは意味がある。
少なくとも彼らは無理して六層に行くよりは五層で稼ぐ事を選んだという事が判ったからだ。
とは言え、バルドゥックでも古株の緑色団なんかパーティーの平均年齢は三十代半ばを過ぎているようだし、こちらは無理せず稼ごうと思っているだけかも知れない。
とにかく、俺としては今後トップチームの巨頭である、緑色団と黒黄玉から余計な掣肘を受けることなく(今までも特に掣肘なんか無かったが、それは単に約束のない不干渉であったに過ぎない。これからもその不干渉を貫いて貰えるとの約束を取り付けたのだ。口約束だがね)行動出来るので得たものはあったのだ。
・・・・・・・・・
ボイル亭に戻り、自分の部屋で一杯だけお茶を飲み、一服してからゼノムの部屋に顔を出すことにした。
ミヅチは宿に戻ってすぐにゼノムの部屋に行っている。
いきなり俺が顔を出すより、多少なりとも整理する時間があった方が彼らとしてもやり易かろう、というだけのことだ。
俺もお茶を飲みながら今後のことを整理して考える。
一、二週間後にまたミラ師匠のところへ出向き、解呪の魔術を教えて貰う。但し、こんな魔術があると仮定しての話だ。無かった場合は……適当にそれっぽいことして無理だったと言うしかない。格好悪いけどね。
二、黒黄玉のバルケミーの剣の呪いを解く。それによって剣がどうなるかは知らん。又は解呪が失敗する可能性もあるかも知れない。その場合も格好悪いがどうしようもない。
三、一と二が上手く行ったのであれば、少なくとも黒黄玉には貸しを作れる。緑色団の方は貸しでは無いが、更に大きく一目置かれる程度にはなるだろう。何しろ、要求した対価はあやふやな約束と日光の、どうせしょうもない情報だけだし。
四、一と二が格好悪く終わるのであれば……それはそれで構わない。実質的には今までと何ら変わるところは無いだろう。緑色団と黒黄玉には軽く見られるかもしれないが、それも仕方ない事だし、元々彼らだって無理を言っている自覚もある。せいぜいが「自分たちとあんまり変わらないんだな」とかその程度だろう。
今回の呪いの剣の件では、殺戮者に取ってはどう転んでも何らマイナス要因は無いと判断しても良いと思う。
さて、問題は日光とファルエルガーズたちの方だ。
皆はどうしたらいいと考えただろうか。
あまり無茶ではないのであれば基本的にはそのままGOさせようとは思っている。
例え上手く行かなくてもこちらの行動が原因でファルエルガーズとヒーロスコルが死なないのであれば、この先幾らでも挽回の機会はあるだろう。
俺が気を付けねばならないのは今後の戦力候補と決定的な溝を作らないように腐心すること。
そして、彼らの生命についてこちらの行動が原因となるような危機を起こさせない程度にすることの二つだな。
その時、部屋をノックする音が聞こえた。
扉を開けると宿の小僧が居り、俺に伝言を伝えてきた。
“奴隷の店 ロンスライル”のオーナー、マダム・ロンスライルからだ。
バストラルの女を首尾よく確保出来たらしい。
だが、本人が不安がっているそうだ。
ふーむ。放っておくのも問題がありそうだなぁ。
伝言を伝え終わった小僧が階下に降りても扉のハンドルを握ったまま少し考えていた。
そのまま部屋を出てゼノムの部屋をノックして扉を開けた。
ミヅチも入れて七人の目が俺を見た。
「あー、皆、明々後日からの迷宮だけどな。六日間じゃなくて八日間な。二十二日から二十九日まで稼ぐ。ま、ゴールデンウィーク前に一稼ぎな。問題ないか?」
「ああ、問題ない」
ゼノムが皆を代表して返事をしてくれた。
「わかった、で、そのあとは七連休だ。五月六日まで休みな。七日からはいつも通りに戻す」
「そうか。解った。皆も問題ないか?」
全員がこっくりと頷いた。
「ちょっと出てくる。あと、話は晩飯の時にでも聞かせてくれ」
そう言って扉を閉めた。
・・・・・・・・・
“奴隷の店 ロンスライル”へと向かう道すがら、計算してみた。
今回は八日間迷宮に潜るから、七層で稼ぐのはそのうち五日間だ。
最近では平均すると、一日当たり二十匹弱のオーガを倒せている。
オーガの魔石の卸値はだいたい八十万Z(銀貨八十枚)を少し超える。まぁ一日千五〇〇万Z(金貨十五枚)くらい稼げる計算だ。
で、バストラルの借金はあと六十万Z。
四日だと獲物が少なかったりすれば微妙、五日迷宮にいればほぼ確実にお釣りが来る。
来月一日は給料日だが、その日はミラ師匠のところへ行くから前日には二十万Zの給料を渡せる。
ゴールデンウィーク前には俺への借金を返させてやれそうだ。
給料や端数はきちんと渡しているので半年も経たずして六百万Z以上を稼がせてやれたし、まぁ、俺としても自分に合格点をやってもいいだろ。
“奴隷の店 ロンスライル”の扉を開け、つまらなそうな顔で番頭と話していたマダムに声を掛けると、マダムはとたんに相好を崩して椅子を勧めてきた。
「ロンスライルさん、ご連絡ありがとうございます」
「いえいえ、他ならぬ恩人のグリード様のご要望ですからね、細大漏らさず務めさせて頂きますよ」
色っぽい精人族の経営者は、精一杯の愛想を振りまいている。
殺戮者が名を上げれば上げる程、彼女の店の評判も上がるのだから、金が掛かる訳でもない愛想なんか幾ら振りまいたって惜しくなんか無いだろう。
一年くらい前からはロズウェラもこの店を使っていると聞く。
俺としても愛想よく応対されて気分を害する訳はない。
「例の女が入荷したそうですね。しかし、不安がっているとか。少し話をさせて頂きに来たんですよ」
「早速お出でいただき、有り難いですわ。奥の部屋に呼びますのでしばしお待ちを」
マダムはそう言うと番頭に奥の部屋に女を用意するように命じた。
「それはそうと、先日お願いしました戦闘奴隷の方、如何ですか?」
「ええ、そちらですが、グリード様は今、またダート平原で紛争が起きているのはご存じですか? 昨日、王都のベーニッシュ商会から連絡を頂きましたの。現時点、と言っても先月の頭頃の話らしいのですが、戦時捕虜は三十人を超えているようです。夏くらいには移送と選別も終わるでしょうからウチにも回ってきますよ。そうしたらいの一番にご連絡致しますわ」
ベーニッシュ商会と言うのはロンベルト王国の人身売買組織の大元締めのような大きな奴隷商だ。
オーナーはベーニッシュ伯爵という人で、代々このベーニッシュ商会を営んでいる。
このベーニッシュ商会は卸売専門で奴隷市の主催もしているが、特殊な例外を除いて基本的に同業への卸売しかしない。
仕入れも国外からも行うこともあるらしく、奴隷を専門に扱う商会で、発行数自体少ない一号一種の免状を持っている唯一の商会だと言われている。
と、言うより、俺の知る知識だと半官半民の商会と言う方が分かり易い。
おそらく、政府と癒着している。
対外戦争で得た捕虜は、身代金が取れる高い身分の捕虜を除いて、全て一度ベーニッシュ商会に戦闘奴隷として卸される。
その後、奴隷市で奴隷商が必要な戦闘奴隷を買い取り、再販される。
再販先は奴隷商のみだ。
国王直属の第四騎士団や、諸侯各領の郷士騎士団などの公的機関ですら、戦闘奴隷が必要な場合には、こういった再販後の奴隷商から買うしかない。
また、当然ながら国内の奴隷商からの買い取りも行っている。
その過程で当たり前のように戦闘奴隷以外の奴隷も仕入れることになる。
畢竟、扱い量は国内最大と言っても言い過ぎではないと思う。
イメージとしては在庫を持つ大問屋みたいな感じが近いのかも知れない。
当然、戦闘奴隷は扱い量の一割にも満たないんじゃないかな?
奴隷一人あたりの利幅は薄いだろうが、扱う量の桁が違うため、儲かるのだろうな。
戦闘奴隷専門の“ターニー奴隷商会”を営むターニー商会──ロンベルト王国唯一の戦闘奴隷専門商会と言われている。二度と行かねぇけど──や、“奴隷の店 ロンスライル”を営むロンスライル商会、“奴隷総合商店”を営むリッグス商会など、バルドゥックで奴隷を扱っている商会も基本的には全てこのベーニッシュ商会から戦闘奴隷を仕入れている。
ロンスライル商会とリッグス商会は戦闘奴隷以外も扱っているが、それにしてもベーニッシュ商会からの仕入れの割合は高いはずだ。
王都にはこのベーニッシュ商会のように特定の商品系統に特化した大問屋のような商会が幾つもあるのだ。
俺としてはグリード商会をゴム製品に特化した大問屋に育てたいと思っている。
幾ら自分の国を作ったとしても外貨を稼ぐことは必要だし、バークッドや将来の俺の領地で製造されるであろう各種製品の流通を握って税とは別に安定的に利益を稼ぐことは重要だと思っている。
グリード商会の番頭は現時点ではロズラル・リョーグを登録しているが、これはバークッドから出張してくる従士の名誉職として引き継がれるだろう。
手代としては便宜上、ロズラルの妻のウェンディー・リョーグを登録しているが、これは早いうちにヨトゥーレンにすげ替えるつもりでいる。
リョーグ家が次の従士と交代のタイミングが丁度良いかな?
まぁ、番頭も手代も何人いてもいいんだけどね。
「では、行きましょうか」
マダムの後に付き従って奥の部屋へ移動すると、壁際に粗末な服装の猫人族が立たされていた。
おどおどとして少し憔悴した様子が見て取れる。
「彼女がロックフォル村出身のキャサリン・エンフォールです」
マダムに一つ頷き、キャシーの前に立った。
こいつがバストラルの女か。
確かにエルフには及ばないだろうが、なかなか良い器量だ。
「はじめまして、エンフォールさん。私はアレイン・グリードといいます。バストラル……サージェス・バストラルの雇い主です」
「あの、サージェス、サージは無事なんでしょうか? 本当に自由民になっているのですか?」
泣きそうな顔で尋ねられた。
まだ買われて日が浅いのだろう。
教育が行き届いていないのか手を出してこない。
買われ慣れている奴隷はステータスオープンの為に手を出してくる。
「ええ、彼は自由民ですよ。そのために負った五百万Zの借金も、もう今月一杯くらいで返せるくらい稼いでいますよ」
それを聞いて絶句したキャシーを他所にマダムに向き直り、尋ねる。
「ロンスライルさん。彼女の価格は幾らですか?」
「……出来るだけ勉強するお約束ですし、百六十万Zで結構です」
ほう、いいところだな。
確かにその価格だと経費くらいしか出ないだろう。
「買いに来られるのはどんなに早くても六月に入ると思います。何にしてもサージェス・バストラル以外には販売しないで下さいね」
「ええ、それは勿論ですわ」
頷くと再びキャシーに向き直った。
「手を」
「え?」
「ステータスを確認させてください。貴女が本当にキャサリン・エンフォールか確認します」
「あ、はい。済みません」
念の為【鑑定】して確かめた。
年齢は十七、名前も間違っていない。
ロンスライルもこんなことで俺を騙す必要も無いから本人であると考えるのが妥当だろう。
「エンフォールさん。バストラルに会わせてあげたいのは山々ですが、あと一~二ヶ月は辛抱して下さい。彼は今、ここバルドゥックで冒険者として日々命がけでお金を稼いでいます。ですが、まだ駆け出しであることは否定の出来ない事実です。迷宮の魔物は恐ろしく、ほんの僅かな油断や焦りが命取りになることもあります。今、バストラルを貴女に会わせると彼はまだ未熟ですから必ず早くお金を稼ごうとして焦ります」
「……」
キャシーは目に涙を溜め、俺を睨むようにして見ている。
「焦ると大怪我を負うかもしれません。下手をしたら命さえ失う可能性があるのです。ですから、残念ですが今は会わせられません。少なくとも、彼が貴女を買うくらいまで自己資金を貯めるまでは彼を焦らせる事はしたくないのです。申し訳ありませんが、あと一~二ケ月は我慢して下さい」
「……」
ある意味残酷な宣言だ。
だが、俺にはこのキャシーとは縁もゆかりもない。
彼女の感情よりはバストラルの成長と生命の方が大切なのだ。
「ですが、彼の顔や元気な姿を見れば貴女も安心するでしょう。明日の朝、夜明け頃ですが、彼はこの店の前を私達と一緒に走ります。彼に声を掛けないのであればその時、姿を隠してご覧になってください」
そう言うとキャシーからロンスライルへと目を移した。
「ロンスライルさん。明日と明後日の早朝、彼女が希望したなら、店の二階から彼女に前の通りを見させてやって下さい。但し、絶対に姿も声も見られないよう、窓の奥からです」
「畏まりました、グリード様」
俺はロンスライルに頷くと、最後にキャシーに声を掛ける。
「では、エンフォールさん。お元気で。食べるものはしっかりと食べて下さい。貴女が体調を崩したらその治療費が掛かります。当然その分は貴女の価格に上乗せされるでしょう。バストラルの負担をこれ以上増やしたくないのであれば健康に気を付けて過ごしてください」
ロンスライルの店を辞した。
やっぱ金は絶対に必要だけど、欲しがるなら女も与えてやらなきゃな。
あ、下賜する訳でも何でもないから意味合いは全然違うね。
・・・・・・・・・
晩飯はいつものムローワで食う事にした。
店の奥の方のテーブルを占拠して思い思いに飲み物や料理を頼み、ひと通り出揃ったところでファルエルガーズたち、いやさ日光への対応を聞くことにした。
「アルさん、大体の方針を決めましたので聞いて下さい」
トリスが口火を切った。
「ああ、そうだな。聞かせてくれ」
……。
…………。
………………。
「分かった。じゃあ、この件はトリスに任せる。でも、急ぐ必要がある訳でもないし、あんまり酷い事やり過ぎんなよ」
「それは勿論です」
ラルファとベルが何か言っているのが気になるけど、まぁいいや。
ベルならラルファを上手く使うだろうし、俺に問題が降りかからないよう注意もしてくれるだろう。
大体、ミヅチだって一緒になってやるんだし、ゼノムが居る。
そう無茶苦茶になんかならない筈だ。
無茶苦茶になったらなったでそれも今後の反省点に活かせるんじゃないかな?
8月9日から8月17日までお盆休みで帰省しますのでその間の更新は一回か二回くらい、予約更新出来ればいいなと思っています。
また、頂いたご感想は全て拝読させていただいております。
大変失礼ですがお返事は活動報告の方でさせていただいています。
たまに活動報告の方にも目を通していただけると幸いです。




