第百十七話 呪い
7445年4月19日
俺たちがニヤニヤと奸計を張り巡らそうと悪い表情をしているところに扉がノックされた。
バストラルが応対したところ、緑色団のヴィルハイマーのおっさんからの使いが来たとの連絡だった。
首を捻りながらミヅチと二人でロビーに降りると、いつだったか、トリスと入れ替わりで俺たちと迷宮の中で待機していた中年精人族のバースライト・ケルテイン、通称バースがロビーにいた。
「やぁ、バースさん。どうしたんです?」
「休んでるとこ悪いな。うちのヴィルハイマーが話をしたいそうだ。黒黄玉の件についてだ。済まないがこれから時間あるか?」
黒黄玉の件?
一体なんだろう。
だが、当然興味はある。
先週、あんなことがあったばかりだしな。
しかし、用があるならそっちから出向いて来いよ……まぁ、相手は大先輩だ。
歳だって俺の方が随分若いから仕方あるまい。
「解りました。これから伺いますが、今ちょっとメンバーで打ち合わせ中なので断ってきます」
「そうか、済まんな」
再びゼノムの部屋に取って返し、黒黄玉の件で緑色団のヴィルハイマーから呼び出されたと皆に伝え、ミヅチと席を外すと言った。
ついでに、ファルエルガーズたちの件についてはゼノムやトリスに一任しようと思っている、ただ、今は案だけ練っておいて後で聞かせてくれ、それまでまだ動くなと言っておいた。
また、ズールーたち俺の奴隷も大体の事情を話してあるから必要なら好きに案に組み込めとも言っておいた。
バースの後を付いて楡の木亭に行き、部屋に通された。国王が裁きの日に宿泊するだけあって、バルドゥックでは最高級のいい宿だ。
あとで聞いたら裁きの日の間だけは別に宿を取らされるらしい。ま、当然か。
楡の木亭、一階の奥の部屋が緑色団のリーダー、ロベルト・ヴィルハイマーの部屋だった。
扉の前までバースに案内された俺たちはノックもせずに扉を開けたバースに従って部屋に入った。
部屋の中にはでかいソファに座って難しい顔つきのまま葉巻をくゆらせるヴィルハイマーがいた。
あと一人、知らない奴が壁際に立っているが、格好からして身の回りの世話をさせる奴隷だろう。
「おう、グリード君、呼びつけて悪いな」
ソファに座ったままヴィルハイマーが俺たちに声を掛け、目の前のソファを指した。
ミヅチと並んで腰掛けると葉巻を差し出してきた。
「飲るか? レイダー産だぞ」
タバコは高価な嗜好品だ。
無駄金を使える証明でもあるし、タバコを嗜むのは一種のステータスとも言える。
俺たちは前世の記憶もあるのでタバコの害については理解しているから誰も嗜んではいない。
前世ではフィルター付き紙巻きタバコを吸ってはいたが、折角中毒から逃れた新しい体に生まれ変わったのだ。
吸うにしてもこの先何十年か後、爺になってからでいいよ。
「有難うございます。ですが、タバコは喫みません」
丁寧に断った。
葉巻一本一万Z(銀貨一枚)もするような高価な品を勧めてくれたのだ。
それに、オースの人々はタバコの害なんか知らないだろう。
バークッドでもタバコの畑はあったし。
「そうか、じゃあ茶でいいよな? おい、ゾフィー、茶を淹れてくれ、四つな」
ゾフィーと呼ばれた普人族の女は丁寧な手つきでバースと俺達に茶を淹れてくれた。
年齢は三十前後だろうか。
「アンダーセンももうすぐ来る筈だ。話はそれからにしようか」
ヴィルハイマーはそう言ってまた難しい顔に戻った。
黒黄玉も呼んでいたのか。
特にやることもない俺とミヅチは黙って出された茶を啜っていた。
葉っぱの茶の良し悪しはよくわからないのだが、それなりに良い葉を使っているようで、うっとりするような非常に良い香りが鼻孔に溢れる。
四人でソファに座ったまま誰一人喋らずに十分程度が過ぎた。なんとも妙な空気が漂う。
またノックもせずに扉が開いた。
入ってきたのは黒黄玉のリーダー、レッド・アンダーセンとお付のカーク・ダンケル、それに、彼らを呼びに行ったのであろう、緑色団の山人族の戦斧使い、レンバル・フレイムシャフトの三人だ。
部屋には本来、一人掛けのソファが二つ、二人掛けのソファが一つしか無かったようだが、別の部屋から持ってきたのか二人掛けのソファが更に一つ追加で置かれていた。
「俺はこれでいい」
部屋の隅にあった椅子を一つ持って来て、一人掛けのソファの並びに置いたフレイムシャフトがその椅子に腰掛けた。
全員が腰掛けたのを確認してヴィルハイマーの顔を見た。
「突然の呼び出しで済まない」
ヴィルハイマーが俺に向かって言った。
「私からも言っておかなきゃね。グリード君、来てくれたことに感謝するわ」
「はぁ……」
二人の間では何の話か決まっているようだ。心当たりはそう多くないが。
「もう知っているでしょう? この前あたしたちが迷宮で見つけた魔法の剣の件なんだけどね……。もし何か知っていたら教えて欲しいの」
アンダーセンが俺を見ながら言った。
「殺戮者も七層まで行ってるんだ。魔法の品も幾つか見つけているだろう? 似たような物を拾ったことはないか?」
ああ、そういう事か。
「今はどういう状態なんです?」
質問には答えずに質問をした。
「……どうもこうもないわ。うちのヴィックスは剣に魅入られたように肌身離さず抱いているわ。無理やり取り上げようとすると暴れるし……。特に何もしなければ害はないんだけどね。多分、あれは魔法の品でも、滅多に無いと言われている祟られた品ね……」
「レッド様……」
辛そうに言うアンダーセンを気遣ってか、沈痛な表情でカークがアンダーセンに声を掛けた。
「祟られた品ですか……」
あの後ミヅチから聞いて大体の知識は入手出来ている。
と言っても、前世のミヅチが知っているゲームの知識なので、完全に当てになるようなものではない。
ミヅチだって呪いの品なんて目にしたのは初めてらしいし、ゲームにおいて呪いを解くには魔法や解呪専用の品が必要になるといった、なんら解決に結び付きそうにない、どうでもいい各種ゲームのムダ知識しか持っていなかった。
そういや、呪いの品じゃなくて祟られた品と言っているが、同じものなんだろうなぁ……。
正直な話、俺としては呪いだの祟りだのを祓うには神社でお祓いをして貰うくらいしか思い付かない。
「あの、神社でお祓いをして貰う事は出来ないんですかね?」
多種多様な迷信が支配するこの世界でも、神社の仕事の一つに「お祓い」がある。
と、言っても魔法とは何の関係も無いものばかりだけど。
病気に罹ったり、不作を祓ったりするような時に利用されているが、本当にそれっぽい儀式をするだけで別に何の効果も無い事は知っている。
ちなみに地鎮祭は無い。俺としても言ってみただけだ。
「何それ?」
不思議そうな顔をして言われた。
何だかとんちんかんな事を言ったようで恥ずかしかった。
ちらりとミヅチを盗み見たが、他の全員と同じように「何言ってんだこいつ?」というような目で見られていた。
まぁ、そりゃそうだよな。
「あ、いや、その……病気したりした時とか悪魔祓いをするじゃないですか? その延長で、どうかなぁ? と……はい、済みません」
「グリード君も純真なところがあるのね……」
「冗談は止せ。ありゃ、気休めだぞ?」
「スミマセン、うちのグリードが、スミマセン」
やっぱりダメなようだ。
ミヅチがコメツキバッタと化していた。すまん。
「過去に似たような品で困った話とか無いんですか? その時の解決策があればそれを参考にすれば良いのではないでしょうか?」
在り来りだが、これが一番建設的だろう。
「それは私も考えたわ。調べてもみた。似たような話は幾つか見つかったわ」
当然アンダーセンも同じ事を考えはしていた。
「なら、その時はどうやって解決したんです?」
「……やっぱり殺戮者も解決法は知らないようだな……。アンダーセン、こりゃ覚悟を決めた方がいいぞ?」
ヴィルハイマーは俺を無視してアンダーセンを見た。
「そのようね……仕方ない、か……」
アンダーセンとお付のダンケルはソファの背もたれに大きく背中を預けてお互いの顔を見合わせて溜息を吐いた。
その後、俺を見たダンケルが口を開く。
「調べた限りではここ五十年ほどで二回、祟られた品がバルドゥックの迷宮から発見されている。一つは槍だ。美しい槍というもので、今回同様に一人の男を虜にしてしまったらしい。槍を叩き壊したら祟りが無くなったとのことだ。
もう一つは長剣で、名前までは伝わっていない。こちらは手に入れた奴が使おうと剣を振るう度に自分や仲間を傷つけたらしい。こちらも剣を壊したところ、それまでが嘘のように剣への未練を失ったという」
なるほどね。なら簡単だ。あの鈍らな剣とやらを破壊すればいいだけだ。
高耐久だと言っても戦棍や戦鎚なんかで力自慢が交代で叩きまくればすぐに壊せるだろ。
「おい、そんな目で見てやるな。そこまでは俺も聞いたさ。壊せばいいと思ってるんだろ? 俺もそう思うさ」
ヴィルハイマーが肩を竦めながら言った。
「だが、所詮俺たちは部外者だ。好き勝手言える。苦労して手に入れた、それなりの値はつくであろう品物を壊せばいいって簡単に言えるんだ。普通、祟られた品なんてまず考えないからな。俺も知らなかったし……」
ヴィルハイマーは葉巻を大きく吸い込んで煙を吐き出した。勿体ねぇ葉巻の吸い方をしやがるな、この中年エルフは。
俺はミヅチを見て頷く。
「いくつか確認させてください。黒黄玉の、ヴィックス、バルケミーさんでしたっけ? は剣に執着している以外は普通なんですよね?」
俺の言葉を聞いたアンダーセンとダンケルが頷いた。
「暴れたりはしませんか?」
ミヅチが聞いた。
同時にミヅチが俺の手に触れ、【部隊編成】を使ってきた。
頭の中に『撮影しろ』『カウントしろ』「学べ」「試せ」という【部隊編成】の固有技能を介した命令が響く。
最初の二つはこの世界に無い言葉のため暗号だ(「数えろ」なら文字通りの意味になる)。
『撮影しろ』はバルドゥックとか迷宮という意味。
その次の『カウントしろ』は○回目とか次のという意味。
どの位置に来るかで意味が変わる。
二個目の命令なのでこの場合は次のと言う意味だろう。
後は文字通りの意味だ。
つまり、素直に解釈すれば「次の迷宮で学び、試せ」ということだ。
穿ちすぎた解釈だと「迷宮で二回学んで試せ」とか「迷宮で学んで二回試せ」ともとれるが、そんな内容だと意味は通らない。
おそらく、「次に妖精の所に行った時に解呪の魔術を学んで、試してみよう」という事を言いたいのだ。
「剣を取り上げようとしなければ問題ないわ。話だって剣を寄越せとさえ言わなければ問題なく出来る。何か知っているの?」
期待を込めた目つきでアンダーセンが見つめてくる。
まぁね。でも確信がある訳じゃない。
「魔術ですがね。でも確実に大丈夫とは言えません。準備にも時間がかかりますし……」
「それでも良いわ。試して貰えないかしら」
「試すくらいは良いですよ。ですが、すぐには無理です。取り寄せなくてはならないものもありますし、それには三週間くらいかかります。剣がどうなるかも全くわかりません」
取り寄せとかは全くの嘘だ。単なる時間稼ぎの方便にしか過ぎない。
「お礼なら出来る限りはするつもり。時間もその程度なら充分に許容範囲だわ」
アンダーセンがダンケルと一緒に頭を下げた。
「おい、グリード君よ。なんとかなりそうなら助けてやってくれ。俺のとこもこいつのとこもお前さんの殺戮者には当分追いつけそうもない。別に損するわけじゃないだろう?」
そりゃどうだろうね。俺としては解呪の実例で練習出来る機会なんかそうそう無いだろうから有難いくらいだが、そう簡単にそんなことも言えないだろ。
「……ま、そうですね。いいですよ。やりましょう。ですが……」
勿体つけながらお茶を飲んだ。
部屋にいる全員が俺を注視している。
「お礼については注文を付けさせてください。ああ、金は結構です。また、上手く行ったとして、剣もいりません。祟られた品なんか私は売れるとも思えませんしね」
「じゃあ、何が?」
ゴクリと唾を飲んだアンダーセンが言った。
「知れたことです。幾つかの情報と、約束、というところでしょうかね?」
俺の言葉を聞いて不思議そうな顔をする緑色団の三人と、黒黄玉の二人。
壁際のゾフィーという女奴隷は表情を消したまま人形のように立っている。
よく仕込まれている奴隷だな。
「まずは私の準備が整ったら連絡します。そのとき、バルケミーさんを連れてきてください。出来れば気絶でもさせていただければ最高ですが、無理ならそれはこちらで何とかします」
「それは問題ないわ。私達も魔術が見れるなんて思っていないから」
まぁ、そりゃそうだろう。ここで文句をつけられても困る。
「それから、この件についてここにいる人以外に口外しないと約束して頂きます」
「それは勿論だ。全く問題ない、この二人は口が堅い。信用できる」
「私もよ。カークは絶対に喋らないわ」
正直な話、どこかで喋られても大きな害にはなりそうもないからこれは保険のようなものだ。
「で、あとは……日光についてですかね。彼らについてはお二人に先日ちらっと伺いましたが……ほんの一部ではありますが、施設利用で協力しているパーティーである以上、興味がありましてね。他に何か知っていれば教えて下さい。あとは……詮索しないこと、ですかね」
「日光のことは置いておいても詮索なんかせんよ。魔術について隠そうとするのは当然だろう」
「ああ、確かにそれもありますね。ですが、私が言いたいのは、我々と日光の間に何が起こっても無関心で関与しない、という確約が欲しい、ということです。先日、日光は我々に人を送り込もうとしました。単なる用心ですよ」
「ほう……」
「へぇ……」
「あと、一つだけ。これこそ単なる確認ですけど、緑色団と、黒黄玉は協力関係にあるのですか?」
ニヤリと笑いながら尋ねた。
おそらく、こいつらはある程度協力していると思われる。
だから何だ、という程度のものだがね。
そうじゃなきゃわざわざこんなこと二人して俺に言ってこないだろう?
まぁ、これは本当に単なる確認だ。
8月9日から8月17日までお盆休みで帰省しますのでその間の更新は一回か二回くらい、予約更新出来ればいいなと思っています。
また、頂いたご感想は全て拝読させていただいております。
大変失礼ですがお返事は活動報告の方でさせていただいています。
たまに活動報告の方にも目を通していただけると幸いです。




