第百三話 長期潜行
7444年12月14日
宿に戻った俺は早速バストラルの契約書を認めた。
基本的にはみんなの物と同一だが、以下の項目に付随する条項を付け加えている。
・試用期間の設定(勿論、俺が認めない限り永遠に試用期間となる)
・ボーナスの支給条件の明記(試用期間中は得た「魔晶石」の業者引き取り価格の1%端数切捨て)
・退職規定(双方で合意に達する必要がある。実質何も変わらない)
・休日規定(予め俺が認めた日だけ)
・秘密保持(業務上知り得た秘密の守秘義務)
・罰則規定(簡単に言って俺に不都合があった場合の取り決め)
・誠意条項(読んで字の如し)
・借金の天引き(これはバストラルだけの条項だろうが)
ああ、休日? 有給休暇は女性だけだ。病欠も初期段階で治癒魔術を掛けて治しちゃうから無し。勿論緊急事態などでいつでも取消は可能だよ。昨日がいい例だ。
また、罰則だが、当然従業員に対する給料遅配などの場合、双方納得する金利を上乗せして支払う。
なお、給料日は今まで通り基本的に毎月一日だが、俺が予め通知する事で前後可能とした。迷宮に入ってたりするかも知れないからね。
ま、雇用契約書バージョン2ってとこだ。
正直な話、まだまだ足りない部分はあるが当面これでいいだろう。
ついでに試用期間終了後の報酬だが、これはみんなと同じように、得た「魔晶石」の業者引き取り価格の二%端数切捨てとした。
え? それでも不平等だし汚いって? そうかね?
これ以上払わないとは書いてないから、働きが良けりゃ追加で払うさ。
これだって俺にしてみればかなり譲歩してるんだ。
例えば先月のボーナスは一七二万Z(銀貨一七二枚)だったが、先月はマジックアイテムや鉱石などの特殊な財宝を得られていないからお味噌のようにくっついて来るだけで八六万Zも貰える勘定になるんだぞ?
どう考えても払い過ぎだわ。
しかし、書いているうちにそういう条件以外の不満を感じて来たのも本音だ。
だいたいさ、なんでいちいち契約書とかにしなきゃならねぇんだよ。
こんなことやってるの多分オースでは俺一人だ。
最終的に魔石と血液で捺印しなきゃいけないから、余計な費用もかかるし……全部ラルファが悪い。
そんな俺を他所に、ミヅチはミヅチで俺のベッドの上でのんびりと足の爪にヤスリ掛けてやがるし、トリスとベルも多分部屋でイチャコラしてる。
ラルファとグィネはバストラルに付き合って買い物だ。
奴隷二人は宿で待ってたギベルティと一緒に帰らせたから知らん。
ズールーは彼女に頭下げてるんだろうか?
くっついてきた騎士二人は同じボイル亭に宿を取ろうとしたらしいが、一人部屋が一つしか空いてなかったので近くの別の宿にするらしい。
勿論空いている部屋はバストラルに宿泊させた。
バストラルは一泊五〇〇〇Z(銅貨五〇枚)と聞いて目を回しそうになって断って来たが、金を貯める必要があるとは言えみすぼらしい生活は認めないと言って強制的に宿泊させた。これで奴も余計必死になるだろう。
ゼノム?
ゼノムは俺に心配掛けて申し訳なかったと謝罪してきたので快く謝罪を受けたさ。
今頃帰り道で買ってたネイスン(鰊っぽい魚)の燻製をアテにクソ高い焼酎でほろ酔いだろうよ。
俺もこれ書き上げたらちょっとだけ魔法の修行をして今日はいい酒飲んでやる。
買い物から帰ってきたバストラルに、契約を見届けると言った騎士二人、野次馬の殺戮者に囲まれて契約書の内容を読み上げ、無事にバストラルとの契約を締結した。
誰も報酬のところには触れなかったが、殺戮者のメンバー何人かは感づいていたようでニヤリとしていた。
そうだよ、お前たちは言わば譜代だからな。扱いは違うさ。別に文句無ぇだろ?
・・・・・・・・・
7444年12月15日
欠伸をしながら宿の前に行くと、昨日のうちに言ってあったので元奴隷らしく俺たちよりも早起きだったらしいバストラルは、既にズールー達と一緒に俺を待っていた。
ああ、やべー、そう言えばこいつの靴を用意するのを忘れてたな……。
面倒だ、とりあえず俺の予備のサンダルでも履かしておくか。
俺のサンダルを履いて履き心地を堪能しているバストラルを伴って、まだ暗くて寒い朝五時半からランニングをした。
二時間のランニングのあとは朝食を摂り、いよいよ木剣や木槍を持って全員で訓練だ。
昨日ラルファとグィネに言い付けておいたので、バストラルには武器だけは用意されている。
槍だ。
鎧は出来上がるまで多少時間が掛かるからね。
いつもの街外れの空き地まで行くと既に何組かの冒険者たちが訓練をしていた。
適当な、邪魔にならなそうな場所で俺たちも訓練を始めるとしようか。
まずはグィネに指導させて槍の握り方から教える。
今日は突きだけ覚えて、ついでに槍の重さに慣れてくれればいい。
残ったメンバーで訓練をしているとファルエルガーズとヒーロスコルが様子を見に来た。
一応昨日も晩飯に誘ったのだが、恥ずかしそうに断ってきたのであれから放っておいたんだ。
少し離れたところから俺たちの訓練を見ていた。
訓練中なので俺たちは会釈だけして放っておいた。
訓練を始めて二時間。
十時半頃に一度休憩を取っていた時、ファルエルガーズが話し掛けてきた。
「グリードさん、冒険者はこういう訓練で充分なのですか?」
「え? ええ、うちは基本的にこういった訓練を続けていますね」
そう言うと少し驚いた顔をしていた。
ああ、そういうことか。
兄貴も騎士団の訓練とバークッドの従士の訓練は結構違うと言っていた。
俺たちはもっと冒険者寄り、と言うか、完全に冒険者だしな。
知らなければ驚くだろうな。
あ、そうそう、ロンベルト王国に伝わる剣術はジョージ・ロンベルト一世が開祖とされるフォーゲン流という剣術が主流だ。
俺の知る大抵の剣術の例に漏れず一対一で真価を発揮する。
どうせ鬼一法眼が本当の大元なんだろう?
しかし、これも今では所謂西洋剣術のように盾と剣でのコンビネーションなども取り入れられており、日本刀が源流とはとても思えない。
これは俺の妄想に近いが、ジョージ・ロンベルト一世も日本刀なんか持ってた筈もないだろうから、彼も生まれつき持っていた筈の日本刀の剣術スタイルを一度全部捨てたんだろう。
名前だけ残したとかじゃねぇの?
「騎士道に法った“人”を相手に戦う訳ではありませんからね。騎士団の訓練とは全く違うと思いますよ。勿論、一部取り入れてはいますが、素振りや、ある程度の型など一人で出来る訓練は各自空いた時間にやっておいて貰う事にしています」
人相手の稽古をする時間なんか今は無駄だ。
そんなの金稼いで領地を手に入れてからやったって遅くねぇよ。
それまでに魔物にやられて死んじまう方がおっかないわ。
積み上げて来た物が全部無駄になる。
ああ、こうやって剣術流派は変わっていくのかな?
俺の言葉を聞いた彼らは納得したような顔つきで頷いたあと、見よう見まねで二人で何かしていた。
体の各所に青あざや傷が出来る度に治癒魔術の連続使用で強制的に治癒し、痛みを堪えながら稽古を続けるさまに、騎士二人は驚いていた。
何しろメンバーの半数以上が魔法が使えるのだから。
昨日挨拶したときにステータスを見ていたのだろうが、俺やトリス、ベルは貴族だから特に何も言われなかったが、ラルファとグィネが最初に挨拶した時にはかなり驚かれたらしい。
また、彼女たちは魔法が使えるメンバーは多いとは言っていたものの、魔法の技能レベルがかなり高レベルであることは黙っていたようだからな。
元素魔法が二レベル以上ないと使えない“ある程度高度とされる”治癒魔術を、魔法が使える全員が使える事に驚愕の表情をされた。
ばっか、驚くのは早ぇよ。
ベルが使っているのは治癒じゃねぇよ、重傷治癒だ。
それどころか、今ミヅチが使ってるのは完全治癒だよ。
ラルファとグィネは使えないが、トリスとベル、ミヅチは訓練で水の矢も使うしな。
当たってもダメージは無いから冷たいのだけ我慢すればいいしね。
「ホブゴブ!」
俺が号令を掛けると敵役の奴らがある程度の連携を以て攻めかかる。
こちらは前衛が防御に徹する必要がある。
相手の便宜的な耐久力を二と想定し、一発づつ攻撃を与え、相手全員があと一発、という段になってタイミングよく殲滅しなければならない。
勿論後衛だっているぞ。
俺やミヅチ、ベルがホブゴブの後衛だと厄介だ。当然最初に狙われるけど。
「ゴブリン!」
それぞれ目の前の相手にのみ執着する。
戦術的には一番楽だが、俺がゴブリン役の時は相手は地獄だ。
想定耐久力は一。
え? ゴブリンの俺は攻撃は手を抜くけど全力で躱しまくるさ。
最終的に一対複数になって負けるけど。
「オーク!」
ホブゴブリン程ではないがある程度連携を持つ。
しかし、攻撃は全て渾身の大振りになる。
プロテクターのエボナイトプレートが無い部分に当たると革鎧よりは硬質ゴムの方が防御力が高いので皆よりマシではあるがマジで痛い。
俺は渾身の力で木剣を振るうと折りそうだから当然手を抜く。
みんなもう本物のオークより強いしな。
「グール!」
敵役に攻撃を受けると当たったメンバーは動きを止める。
俺かミヅチがタッチしない限り動けない。
常に俺とミヅチは別のグループか二人共モンスター役に所属しているから、俺かミヅチが冒険者役にいるとグール役の方は出来るだけ後衛にいる事が多い俺かミヅチを狙おうと動く。ズルだけど。
「ノール!」
ノール役は全員槍を使う。
本物のノールよりずっと体格もいいし、二m半近い槍はなかなか近づけない。
前衛が耐えている間に後衛の攻撃をささっと命中させなければならない。
当然、ノール役のメンバーはノールより躱すのは上手な相手だから想定耐久力は一とは言え半数殺されると全力で退却するので全滅には苦労する。
モンスター役以外は二人か三人で組になってこうして連携力、そして複数相手に攻撃を捌く訓練をする。
馬鹿でかい猪やアイスモンスター、オーガなどの訓練が行えないのは辛い。
が、それは仕方ないしね。
ああ、相手が一匹なら連携も糞もない。
取り囲んでタコ殴りで終わりだろ。
そもそもむちゃくちゃ強い一匹のモンスター(この前出てきたラーヴァルパープルウォームとかね)なんて再現出来っこないから訓練のしようも無い。
一番近いのは俺だろうが、魔術を使うにしてもウォーターなんちゃらだと撃ちながら逃げ回ることしか出来ないからそんなのやったって何の意味もないし、かと言って木剣で斬りかかっても想定耐久力制を採用している以上、ベルやミヅチが後衛に控えている合計八人を相手取ってなんとかなる訳もない。
少し前に一度、お遊びながら本気でやってみた事もあるが五人倒した時点で俺の想定耐久力の二を使い切って負けた。
そんなこんなでいつの間にか更に二時間近く経過し、十三時頃になったので、訓練を終了し、昼飯を食って明日以降に備えて休養を取ることにした。
・・・・・・・・・
7444年12月16日
朝飯を食ってすぐに迷宮に挑む。流石にファルエルガーズとヒーロスコルの二人は迷宮にまでは付いて来られない。
誘ってないし、そもそも迷宮用の装備なんか持ってないだろうしね。
まだ薄暗いうちに入口広場に行くと、いつものように小判鮫冒険者や商人、ガイドなどでごった返していた。
「おい、殺戮者だぜ」
「あの女奴隷、この前キッシュで見たわ。いい男連れてた……羨ま、生意気……」
「クソ、なんであんなガキどもが……」
「ああ、ベルちゃん、かわええ……挟みてぇ……ハァハァ」
「あれ? 十一人いる!」
「な? なに言って……本当だ!」
「カロスタラン様……第二、第二でいいので相手してくれないかな……逞しそう……」
「ようラル、次戻ったらまた飲もうや!」
「あ、グリード様! 我らボートン兄弟をお忘れなく! 使えますよ、俺たちゃぁ!」
「おい、どういうことだ? グィネちゃんの手、ちっちゃいのか?」
「デュロウが入ったって本当だったんだな……」
「ダズ! 頑張ってね!」
「グリード様、俺を、俺を殺戮者に入れてください!」
「いや、私を入れてください! そんなガキよりゃ使えますよ!」
「またガキが増えてやがる」
「やっぱファイアフリードさん、渋いわ、憧れる……」
「あの鎧、第一騎士団が使ってる奴、どこで買えんだ?」
「ああ、あのリーダーの姉の横流しだろ、汚ねぇ奴らだぜ」
「あら? グィネちゃん、槍変えたのか……」
「パーティー割るのか? まじかよ……すげぇ」
「情報遅ぇよ。結構前から割ってるぜ。この前二層で野営したとき会ったからな」
うるせぇな。
しかし、ズールー、お前さ、姓に誇り持ってた話はどこ行ったんだよ。
……結局あの獅人族のウェイトレスとは喧嘩しなかったのか。
まぁいい。来年から少し給料上げてやる。
最初だから今回は低階層でバストラルに迷宮に慣れてもらおうかとも思ったがやっぱりいつも通り、普通に行くことにした。
バストラルも早く金を稼ぎたいだろうから、多少無理しても下層に降り、HPが一〇〇を切って弱ったオーガに槍でも突き刺して貰った方がいいかな、と思った。
一応ミヅチには氷漬けにしたモンスターをバストラル優先に殺させろとは言っておいた。
いつものように俺は階層毎にズールーとエンゲラと交代で二人組で突破し、残った九人で進んで貰う。
少し遅くなったがこの日はいつも通り三層の転移の水晶棒の部屋でゆっくり休めた。
バストラルは初めての迷宮に少し興奮気味だった。
・・・・・・・・・
7444年12月18日
問題は六層だ。
流石にここからはちょっと怖い。
仕方ないので、五層の部屋でバストラル一人を待機させ、十人で六層を突破し、そこにギベルティ一人残して、五層の部屋に転移で戻る。
たまたま日光の連中もいなくて一人で心細かったのだろう。
たった一人、初めての迷宮奥深くの部屋の中で待たされ、不安で泣きそうなバストラルを伴ってまた六層の部屋に辿り着いた頃は二十二時になろうとしていた。
バストラルがまだ迷宮に慣れていないので進行速度は遅くなりがちだなぁ。しょうがないけど。
ギベルティが用意しておいてくれた晩飯を掻き込みながら駄弁ることなく寝た。
明日から七日間(年末年始ゆっくりきっちり休むため今回はバストラルも居ることだし、かなり多めに食料を持って来ているのだ。やっぱ遅いのはバストラルだけのせいじゃなかったね)、七層のオーガ相手に稼がないとな!




