第九十七話 前兆
7444年10月8日
迷宮から戻ってきた。
最初の日を除いて七層は三日間しか探索していないが充分だろう。
予想していた通り通路の幅が広がっている事と、明るい事で探索速度はかなり早いと思われる。
あと、ついでだから一つ言っておこう。
まだ八層へ転移する七層の転移の水晶棒の部屋には辿り着けていない。
別れ道もあるが今のところ転移先は全て行き止まりに当たってしまうのだ。
まだオーガメイジとは出会っていないが、オーガならば最初の日の三匹を含めて合計二九匹殺した。
最大で四匹の集団も出てきたが、最初に魔法で一匹か二匹、集中して倒せば何とかなるもんだね。
オーガ相手の戦闘も大分慣れてきたと思う。
もうね、オーガってさ、ゴブリン並みにアホだから、簡単に罠、と言うか誘導に引っかかるのな。
いろいろ実験したんだけど、距離さえ空いてるならマジで安全に倒せるんだ。
勿論攻撃魔術の飛び道具でもいいけどさ。
ああ、氷で固めるのと土で埋めるのは無しな。
出来なくはないけど下半身だけとか試したけど無理だった。
いつかのホーンドベアーのように、全身浸かって窒息死を狙うなら可能だけど、そのくらいの勢いじゃないと力任せに出てきちゃうんだよ。
窒息死でもいいけどそれだと俺にしか経験値が入らないからね。
正解はね。
薬。
痺れる麻痺薬を塗った矢や投げナイフを当てるだけ。
で、碌に動けないところをゆっくり殺せばいい。
解麻痺の魔術を修行する時に使った魔法の麻痺薬(昔ベルを犯そうと企んだデレオノーラに教えて貰った様なもんだけど)が大活躍。
鏃にたっぷり塗りつけてベルに足を撃って貰う。
暫く逃げてると足が麻痺するから同じ薬を刃に塗った剣で傷をつけていけばじきに何も出来無くなる程薬が回る。
ちなみにミヅチが持っていたガンビ草と青蛙から作る天然の麻痺毒(作り方を聞いて驚いたが、昔ミュンに教えて貰ったのと全く同じだった)は殆ど効果が無かった。
スカベンジクロウラーの触手から分泌される液体を材料に、魔石やらなにやらと併せて作られる麻痺薬が一番効きが良かったんだ。
一層二層あたりでオークやホブゴブリンを相手に苦戦する程度の冒険者が買うような安物なんだけどね。
奴隷だったデレオノーラが買えるくらいだから価格もいいとこ二万Z(銀貨二枚)だ。
今までも何度か使ってみた事があるんだけど、これ程効き易いモンスターはいなかった。
六層のケイブボアーなんかこれ食らっても五分や十分は平気で動き回る。
オークやホブゴブリンにもちゃんと効くけど、あいつら相手なら下半身を氷で固めた方が金かからなくていいしね。
どうもこの麻痺薬は○○人族って奴じゃないと非常に効果が低いようだ。
今まで何で使われてなかったのか不思議だったけど、スカベンジクロウラーが居るのってバルドゥックの迷宮くらいらしいからあまり出回らないみたい。
しかも配合で何種類かあるんだけど、一番安物が一番効きが良かった。
ただ、あまり買い漁るとすぐに在庫が無くなるし、怪しまれる。
【麻痺薬】
【魔石・ミョウバン・スカベンジクロウラーの体液・リットの葉】
【状態:良好】
【加工日:7/6/7444】
【価値:200/g】
【耐久:-】
【性能:摂取者に魔法的な麻痺効果を与え、随意運動を阻害する】
【効果:普人族への麻痺効果(但し経口摂取が最大効果)】
鑑定するとこんな感じで見えるが、ぶっちゃけるとかなり性能の悪い麻痺薬に分類される。
俺も最近はスカベンジクロウラーの触手を持ち込んだ時に、買い取って貰うお礼代わりに何種類か取り混ぜて同時に買うくらいだった。
剣の刃に塗ってもお守り程度で、殆ど効かない。
なお、七層ではモンスター部屋と言う様な特別な部屋は見つかっていない。
また、七層で出会うモンスターはオーガを除けばゴブリンだけだった。
二九匹分のオーガの魔石を魔道具屋に持ち込んだら店の主人が目を剥いて驚いていた。
平均的な価値は一二万。買取価格八〇万Z(銀貨八〇枚)が二九個。
二三〇〇万Z(金貨二三枚)だし。
ちなみに複数の魔石を結合させたかったけど出来なかった。
何しろ魔石の大きさは小指の爪くらいだったし、色も薄い灰色で白に近かった。
もっと大きな母石がないと結合は無理のようだった。
オーガの魔石を見た時に気が付いたのだが、鬼人族の魔石は小指の爪くらいの大きさなんだろう。
ホーンドベアとかもっと大きかったし、デス=タイラント・キンの魔石なんか比較にならない程大きかった。
逆にあそこまで大きいとそこらの魔道具だと魔石ボックスに入れられそうもないから使い難いかも知れない。
合計額が大きいので買い取りを拒否されるか心配だったが、問題なく買い取ってくれた。
確かに店頭には売価で二〇〇万Zくらいの魔石ならあると書いてある。
オーガの魔石なんか一〇〇万強くらいだろうから取り扱い商品には入っている。
ホクホク顔でみんなに銀貨を四六枚づつ配ると、ミヅチは驚いて「こ、こんなに……」と絶句していた。
おう、好きなもん買えや。
俺も金貨二〇枚は儲かってるんだ。
しかも、魔石のみでだぜ?
今までの記録を大幅に塗り替えた新記録だ。
今までは俺たちの四八〇万Zが最高記録だったんだ。
一気に五倍近くまで伸ばしてやったぜ。
一度宿に戻り、荷物を置き、着替えたあと全員でいつものムローワに行って飲み食いしていたら、噂を聞きつけた若手の冒険者が挨拶に来た。
噂ってなんだ? と話を聞くと、魔道具屋のおっさんは「オーガ単一魔石大量入荷!!」とか看板を出してやがった。
それで七層まで行った奴がいると噂になったらしい。
・・・・・・・・・
7444年10月9日
一夜明け、いつものようにランニングを終え、皆で一層に入ったばかりのところで魔術の修行をしていた時だ。俺は二〇〇~三〇〇m離れたところで魔力回復中のトリスと二人、ノールの死体から魔石を採取していた。
ミヅチもベルも魔力を回復させるため、一時間程前に宿に戻っていたから、転移の水晶棒の傍ではラルファとグィネが交代で修行をしていた筈だ。
「アル!」
「アルさん!」
と、俺を呼ぶ叫び声が聞こえた。
距離があるので声のボリューム自体は小さい。
トリスと二人、顔を見合わせたのも束の間、すぐに立ち上がると猛然とダッシュして転移してきた水晶棒目指して走った。
どうやら転移の水晶棒から別のパーティーが転移してきたらしい。
ラルファとグィネは壁際で斧と槍を構えている。
向き合っているのは……一〇人のフルメンバーのパーティーだ。
俺とトリスが駆けつけたのに気が付くとラルファとグィネはあからさまに安堵の表情を見せた。
彼女たちと対峙していたパーティーのメンバーの顔に覚えのある奴はいない。
一体何があったのか?
「ラルファ、グィネ、どうしたんだ?」
トリスが声を掛けるが、すぐに俺が被せて言う。
「いいからこっちへ来い」
そう言いながら俺も近づいていく。
しかし、武器を構えているなんて、一触即発だったのか?
慌てて対峙しているパーティーを一人一人【鑑定】して行くが、特に変わった奴はいなかった。
年齢は十代。ほぼ全員が俺たちと同年代で何人かもう少し上が混じっている。
種族を別にすれば男性だけの冒険者でレベルも最高で六だ。低い奴は四だった。
こんな新人(多分)がいきなりバルドゥックの有名人である殺戮者に襲いかかって来たとは考えにくい。
と、するとまた阿呆が喧嘩でも売ったのか? 面倒臭ぇなぁ。
「なぁ、あんたら。何があったのか知らないがそこの女二人は俺たちのパーティーメンバーだ。こちらが失礼な事をしたのなら謝罪しよう。勘弁してもらえないか?」
俺はそう言いながら落ち着いて着流しのような普段着の鞘に長剣を戻す。
鎧やプロテクターなんか着けていない。
下は高級品の股引のような下着にゴム底の戦闘靴だから個人的なセンスで言えば妙ちくりんだ。
トリスも盾を持ってはいるけど、ズボンとシャツだけの軽装だしね。
勿論、ラルファとグィネも武器だけは持っているが、普段着である。
普段着ではあるのだが……頭にカッと血が上る。
ラルファの格好は上は着物(浴衣?)のような前合わせのシャツで、下にはズボンを穿いている。
グィネは高価なボタン留めのシャツにこれもズボンだ。
靴だけは全員ゴム底のブーツだけど。
そのグィネのシャツのボタンが二~三飛んでいた。
それに気が付いたのか、トリスが怒鳴る。
「おい! 貴様ら! これはどういう事だ!? 彼女たちに何をした!?」
ものすごい剣幕で怒鳴るトリスを見ても怯えるどころか嫌らしい笑みを浮かべ、ニヤついている冒険者たち。
装備を見ると驚いた事に革鎧だけでなく、金属帯鎧や金属鱗鎧は疎か、重ね札の鎧を着込んでいる奴までいた。見た目だけは強そうだ。
「へっ、たった四人で何が出来るよ? こっちは一〇人だぜ」
「ドワーフの姉ちゃんの槍が上物だからよ、柄に傷つけんなよ」
「おい、このエルフの盾と剣も上物っぽいぜ」
「こいつの剣もさっき見たが高そうだった」
「おら、お前ぇら。素直に武器を置いてけ。別に助けてやらねぇけど」
「バルドゥックだと追い剥ぎし放題ってのは本当なんだな」
「しかし、こいつら、武器に金掛け過ぎて他は普通の服だぜ、服」
「迷宮はよぉ、鎧も買えない貧乏人が来てもすぐに死んじまうんだぜ?」
「危ないからなぁ! ぎゃははは!」
「おお、危ねぇ!」
ああ、追い剥ぎね。納得した。
どっかから流れて来たばっかなんだろうな。
「あー、面倒臭っ」
そう言うとすぐに下半身を氷漬けにしてやった。
「さて、アルさん、どうしましょう? バルドゥックなら追い剥ぎし放題とか言ってましたが」
「おいお前ら。はっきり言ってやるが、この二人の女に手を出したのがまずかったな。こいつらが本気でお前らを相手取ったら殺されるのはお前らの方だぞ」
「「う、うわ、なんだ?」」
「「ひっ、こ、氷」」
「「冷たっ!」」
「「ま、魔法か!?」」
「「お、お助けぇぇ!」」
「おい、ラルファ、グィネ。一体何された?」
「あー、いきなり転移してきたから道を譲ろうとしたんだけど、こいつがグィネの槍を上物だとか言い出してさ……」
ラルファは氷に固められた奴を一人指差しながら答えた。
指差された奴は「い、いや」とか言ってる。
「それで私の肩のところを掴んで引っ張ったんです」
グィネがちぎれ飛んだらしいボタンを探しながら言った。
「ふーん、お前ら、何か言う事はあるか?」
俺が振り返って冒険者たちに尋ねると中の一人が口を開いた。
ミッセル・ベイルーン、十六歳。普人族、ベイルーン士爵家四男。レベル五。
「お、お前ら、早く出せ。さ、寒……お、俺の親父は国王陛下なんだぞぉ!」
嘘つけ、アホ。
……まんざら嘘じゃないかも。
例えばベイルーン士爵の長女が妙齢の女性であり、その長女にあの絶倫国王が十七年前にお手つきをした。
当時は即位前だった筈だが、あのおっさんならやりかねない。
そういった場合、外聞などもあるから生まれた子を長女の兄弟として命名の儀式を受けさせるなんて事もあるだろう。
「「ほ、本当だ!」」
「「ミッシはトーマス陛下の庶子なんだぞ!」」
俺はニヤリと笑うと、ラルファとグィネの方を向いた。
一応言っとかなきゃな。
「本当か嘘かは知らんがこう言ってる。ちょっと始末は俺に任せてくれ。なぁに大丈夫だよ」
そして、冒険者たちの方に向き直ると言葉を継いだ。
「ああ、そうか。でもな。庶子なら王族じゃないしな。じゃあ眠っとけ。おやすみ」
そう言って有無を言わさず催眠ガスの魔術で眠らせると、氷を消した。
「まぁ殺すまでする必要はないだろ?」
どうせ身内しか聴いていないから好きな事を言える。
ラルファとグィネも殺すことはないと思っていたようで、二人揃って頷いた。
「当分起きないから転移させるか」
全員を転移の水晶棒まで運び、無理やり手を伸ばして水晶棒を握らせる。
ああ、これ、面倒だな。
三人くらい積み重ねてその上に何人も乗せ、それぞれ手を伸ばして水晶棒を握らせた。
頑張って七人を握らせる。
トリスは左手で水晶棒の上の方を掴み、右手でもう一人の手を掴んで引き上げ、そいつの手の上から左手で握る。俺とラルファ、グィネは両手を使って六人の手の上から水晶棒を握った。
トリスが「ボーツフンク」と帰還の呪文を唱えると七人とトリスが入口に転移された。
同様に俺たちもすぐに残りの三人と一緒に転移した。
入口の小部屋の一つに戻るとトリスが別の部屋から頭を出していた。
死体のように眠りこける三人を引きずり一箇所に集めると、おもむろに入口広場を警備するバルドゥックの騎士団の衛兵に突き出した。
僅か一〇分程度前に迷宮に入ったパーティーだ。
衛兵も顔くらい覚えている。
それが強盗の容疑で殺戮者に突き出された。
当然俺たちは彼らの財布は疎か装備にすら手を付けていない。
ステータスを見ても死んではいない事はすぐに判るし、俺も魔術で眠らせているだけだと説明したので全く問題なく引き取られる事になった。
本当に強盗を働こうとしたのかどうかは起きてから騎士団の建物できっちり吐かされるだろう。
強盗は鞭打ち十五回だったよな。未遂はもう少し軽いかな?
十五回もの鞭打ちに耐えられるのかまでは知らんが、俺は国王の庶子を名乗るこの男が本当に庶子だった場合、国王がどう裁くのか知りたかった。
偽物なら騎士団の尋問の時にはそもそもそんな嘘は吐かないだろう。
よしんばそう言った類の嘘を吐いたら、もっと酷い将来が待っていると思うし。
別にそのまま鞭打ちを命じるならそれで何も問題はない。
何か理由を付けて軽くしたり重くしたりするようならその理由って奴を聞いておきたい。
今後、何かの参考になるかも知れないし。
あまりに軽くするとか、無罪とかにするようなら一体どういう理由によるのか、意地の悪い興味もある。
そもそも裁きの日に引き出されないようであればきっと俺の所に交渉に来る筈だ。
そうしたら交渉するのも良いだろう。多分こんな事は無いだろうとは思うけど。
俺としては法に定めた刑罰を科されない方が安心出来るのだ。
貸しに出来そうだしね。
・・・・・・・・・
7444年11月29日
迷宮に潜って三日目。
六層を通り抜け、転移の水晶棒の部屋に到着した。
時刻は午後二時。
もうひと頑張りしてちょいと七層を見てみるのも悪くない。
七層の探索はトントン拍子に進み、迷宮に入る度に数千万Zの魔石を持ち帰って来た。
七層に行ってから通算で一億Zに少し欠けるくらいは稼いだろうか。
だが、オーガメイジはともかく、モン部屋が無いし、当然あの変な祭壇も無いから新しい魔道具やマジックアイテムを見つける事もなかった。
だが、それは七層の話で、先週通りかかった六層の祭壇の部屋で、ついにマジックアイテムを発見したのだ。
八月に発見した【水化の腕輪】以来、二つ目のマジックアイテムだ。
【貫きの槍】
【オーク材・鉄】
【状態:良好】
【生成日:23/11/7444】
【価値:1】
【耐久値:15980】
【性能:190-240】
【効果:金属による防御性能無視(金属以外の防御性能は魔法的な物も含め通常通り適用される)】
なかなか素晴らしい武器だろ?
性能も高いし。
うちのパーティーでは槍を使っているのはグィネだけなのでグィネに持たせてやった。
魔法が使える者は魔力感知を使うと確かに魔力を感じられる。
モンスター相手だと単に少し威力の高い槍に過ぎないが、戦争の時とかに兵隊が使えば大活躍出来そうだ。
グィネに言わせると突き込む時、確かに少し楽らしい。
売ったら幾らくらいになるのだろうか?
魔法の武器や防具は数億から数十億Zは下らないというからそれなりに価値があるだろう。
最悪の場合、金が足りない時に売ればいいだろうな。
・・・・・・・・・
7444年11月30日
ギベルティに作って貰った弁当を持ち、皆で七層に向かって転移した。
その後ゴブリンやオーガを蹴散らしながら進むと、直径五〇〇mはありそうな広場の入口に着いた。
広場の中には草木一本生えていない。
円形の荒涼とした砂漠のような場所だった。
ラルファによると東側から入るような感じらしい。
七層に来てこんな場所に出くわしたのは初めてだ。
広場を見ても特に妙な感じは受けない。
罠を探知する魔術も引っかからない。
と言うより七層には罠なんか一つもないんだけど。
広場には俺たちが来たような道が他に四つあることが見て取れた。
単なるでかい交差点のような気がしないでもないが、このバルドゥックの迷宮のセオリーならここがモン部屋だと考える方が合っている筈だ。
だが、俺の生命感知にも何も引っかからない。
今までは依然として七層の転移の水晶棒の部屋には辿り着けなかった。
これより上層でも当然行き止まりの場所なんか沢山あったけど、転移の水晶棒のある部屋へ至る道には多かれ少なかれ必ずモン部屋があった。
ここがモン部屋ならこのエリアは当たりなんだろう。
「ここは……モン部屋かもな。モンスターが居るようには見えないが、用心して行くか……」
皆が頷くのを確認し、砂漠へと踏み出した。




