第九十八話 価値
7444年11月30日
あぁ、勿論砂漠のど真ん中を目指したりはしないぞ。
壁沿いに歩いていくだけだ。
このモン部屋もどきの東側、三時の方角から侵入し、時計回りに六時の、南の方角へと歩を進めていった。
砂が足にまとわりついて歩きにくい。
全員、用心しながら暫く進んだものの、特にモンスターが現れて襲いかかってくるなどという事もなく、ここはやっぱりモン部屋じゃなかったのかな? と思い始めた頃、それは起こった。
部屋の中心方向からもこもこと砂が盛り上がり、まるでモグラの巣が伸びるように俺たちの方へと近づいて来る。
スピードは大人が早足で歩くくらい。
砂の中を移動していることを考慮すれば驚く程高速だ。
いち早くそれに気が付いたベルが全員に警告を飛ばした。
「見て! 何か来る!」
間髪入れずに指示をする。
「散開しろ!」
おかしい、生命感知の魔術はさっき使ったばっかりだ。
ここから数十mと離れていない場所からあのモグラの巣が出来始めても引っ掛からないのが解せない。
当然パーティーの皆は引っ掛かっていたんだ。
だが、今はそんな事を気にしている場合じゃなさそうだ。
とにかく相手は今の所一匹だろうから(一匹だよな?)一度拡がって奴の目標を分散し、姿を現した所を魔術で仕留めた方が良さそうだ。
銃剣を肩に掛け、両手を広げて近づいてくるモグラの巣の方へと向けた。
飛び出す前に撃っても良さそうだけど、砂で威力が削がれるかも知れない。
あー、ま、いいか。
「撃つぞ!」
そう言うとストーンヘビーカタパルトの魔術を使って電信柱を一本、モグラの巣の先頭へと打ち込んだ。
期待通り、高速で飛翔した電信柱はピッタリ巣の先頭あたりに斜めに突き刺さり、そのお尻は多分目標を貫通して砂の中だ。
ズールーの方へ向かっていたモグラの巣は電信柱の一撃を受けると爆発でもしたかのように砂を撒き散らして起き上がった。
やべー、なんだあれ?
濃い赤紫色の表皮で太さは一m程だろうか。
先端には丸い口のような穴が空いており、周囲に細かい牙のような歯が無数に生えている。
【 】
【無性/13/7/6925・ラーヴァルパープルウォーム】
【状態:刺創】
【年齢:519歳】
【レベル:10】
【HP:1390(1740) MP:51(51)】
【筋力:45】
【俊敏:7】
【器用:1】
【耐久:42】
【特殊技能:超高機能消化器官】
【特殊技能:掘削】
電信柱のダメージがほぼ半減させられていた。
だいたい、なんだよあれ、反則だろ!?
しかもあれで幼虫かよ。
一体成虫になったらどうなるんだ!?
なんかあのサイズだと筋力がどうのとか関係ないだろ、もう。
氷漬けにしても破られる気がする。
だが、試してみる価値くらいはあるだろう。
すぐに全員から魔術弾頭が飛び、でかミミズに連続して突き刺さった。
しかし、ダメージは雀の涙だ。
すかさず俺も奴の頭部と思しき周囲を地上から出ているあたり全体を覆うように五m立方程度の氷で固め……だぁぁっ!! 失敗した。
ミミズだし、そりゃ体も長いよな。
でかミミズは氷に固められていない胴体部を砂の中から現し、氷で固まった頭部を振り回して暴れている。
同時に中から氷を齧っている。
口っぽい穴の中から一回り小さい口が出てきて、そいつで氷を齧っているのだ。
同時に蠕動して齧った分だけ氷の中を進んでもいるようだ。
あの分だと数十秒程度でまた頭を出しそうだ。
頭部にでかい氷を纏わせ、それを振り回して暴れているでかミミズには危なくてとても近寄れない。
何しろ一〇〇t以上の量の氷だ。
あんなの当たったらひとたまりもないわ。
氷のおかげで皆の使う程度の攻撃魔術なんか全く役に立たなくなっちまった。
だが、貴重な数十秒は稼げた。
「走り抜けろ!」
俺の号令に全員一目散に走り出す。
走りながら振り向いたらまだ同じ場所で氷に包まれた頭をブンブンと振り、悶えているのが見えた。
ふーん、後退は出来ないみたいだな。
と、言うことは氷を噛み砕いて穴を開け、そこからまた砂に潜るか、地面を這ってくるかのどちらかか。
その時、俺の脇から電撃がでかミミズ目掛けて空気を切り裂いた。
ミヅチがライトニングボルトの魔術を使ったのだろう。
アホ、純水に近いから殆ど電気は通さねぇよ。
と、思って一言言ってやろうと思ったのだが、ミヅチの放った電撃は氷の表面を走り、氷に覆われていない部分に到達したようだ。
きっちりとダメージが入っている。
電撃を受けたでかミミズは激しくのたうち、砂に入っていた体もかなり出てきている。
皆から歓声が上がる。
ならば俺もぶち当ててやろう。
但し、チェインライトニングでな。
しかも威力マシマシの奴をお見舞いしてやるぜ!
氷に覆われていない場所を目掛けて俺の手からも更に太い、青白い電撃が放たれた。
空気を引き裂くバリバリッと言う激しい音が響き渡り、でかミミズの体表を電気の火花が覆う。
でかミミズは一層激しくのたうっていたが、連続して電撃を浴びせられ、更に氷以外の部分に他のメンバーの攻撃魔術まで喰らって、痙攣するばかりで動かなくなった。
HPはマイナス八四。【状態】は死亡になった。
ゆっくりとステータスを確認するとなんと一万年とか寿命があるらしい。
五百歳とかチビもいいところだった。
また、やはり後退は出来ないようで、体組織も筋肉と消化器官が大半を占めているという。
無機物まで消化可能な消化器を持ち、有機物なら人一人くらいの大きさで約十二分で消化しちゃうとか。
目は退化しているが地中を伝わる振動を感知して餌を見つけるらしい。
普段はオーガとかゴブリンでも食ってるのかね?
俺はともかく、ミヅチにもかなり経験値が入った。
まぁこいつは元々レベルも低めだし、もっとレベルアップした方が良いだろ。
魔石を探していたら三時間も経ってしまった。
魔石はデス=タイラント・キン並みの、大人の拳程の大きさがあったが、価値はそこまでは無かった。
色もあんなに白くはないしね。
とは言え、相当な値打ちものである事は間違いない。
【鑑定】すると一個で三〇七万ちょいの価値がある。
売ったら二一〇〇万Z以上か。
魔物一匹から取れる単一の魔石としてはデス=タイラント・キンを除けば飛び抜けて過去最大だ。
ヴァンパイアとか、どうだったのかな?
その後は部屋(?)の南側の通路を進んだが、又しても行き止まりだった。
がっくりとして六層へ戻る。
皆が肩を落として心配している事は俺にも理解出来る。
十時間程で部屋の主は復活してしまうのだ。
今度もパープルウォームとも限らないと思うし、憂鬱なのは解るよ。
・・・・・・・・・
7444年12月4日
昨日迷宮から戻り、今日からまた三連休。
あのモン部屋にはあれから行けなかった。
また行き止まりばかりだった。
パープルウォームの魔石は王都の魔道具屋まで行った方が高く売れるかも知れないと予想したので売らずに持ったままだ。
この休み中だが、ミヅチはズールー、エンゲラと迷宮で経験を稼ぐと言って三人で篭るようだったし、ラルファはグィネと二人、新しい飯屋が開店したらしいからそこで飲み食いするとか息巻いていた。
ギベルティは新しいメニューを試行錯誤すると言っていたから放って置くしかなかった。
トリスとベルは相変わらずイチャコラしたがっているようなのでそもそも声すら掛けなかった。
ゼノムがログフラット准男爵の所に行くと言わなきゃ俺も迷宮に篭っていただろう。
だが、ゼノムが王都に行くと言うので、俺も魔石の処分を兼ねて王都の商会まで来ていた。
宿泊するつもりは無いが、用件が終わったら俺の店で待ち合わせることにした。
ミヅチの軍馬にゼノムが跨り、俺は俺の軍馬に乗ったまま、ロンベルティアの入口で別れた。
商会に行く前に魔道具屋に寄り、魔石を換金しようと思ったが、アンナとハンナにでかい魔石を見せびらかしてからでも良いかと思い直し、まずはグリード商会まで馬を進めた。
「あ、かいちょー、おつかれさまです」
店の前を掃き掃除していたハンナが目聡く俺を認め、ぺこんと頭を下げる。
「おう、ハンナ、元気か? いいもん見せてやるよ。アンナは中に居るか?」
店の前の杭に馬を繋ぐと魔石の入った腰袋を外してハンナに声を掛けた。
「え? いいもの? なんですか?」
店に入る俺の後をハンナが付いてくる。
「ハンナ! 掃き掃除は終わったの?」
それを見たヨトゥーレンが腰に両手を当てて注意した。
「まぁまぁ、ちょっといいものが手に入ったからさ。滅多に見られないだろうし、少し大目に見てくれ」
俺が取りなすと、ヨトゥーレンは申し訳なさそうな顔をした。
「いえ……会長がそう仰るのでしたら……」
「で、アンナは?」
「今丁度お昼を買いに行かせたところなんです……すみません」
「あ、そうか。じゃあ戻るまで待つよ。お茶くれよ」
俺はそう言うと店の奥の柱の影からこっちを覗っているカムナルに微笑みかけた。
まだ小さいカムナルは、指をしゃぶったまま「誰この人?」というような顔でこっちを見ている。
応接用のソファに腰掛けながら手招きするとおずおずとした様子で歩いてきた。
「カンナ、ほれ、飴ちゃんやろう」
魔石の入った袋から、道すがら購入した飴玉の入った小袋を取り出し、中から一つ摘んでカムナルに見せてやるとにっこりとして近寄ってきた。
一つしゃぶらせてやり、頭を撫でているとハンナが豆茶を入れ始めたようだ。
「会長、いつも済みません」
ヨトゥーレンが恐縮して頭を下げるが、手を振って止めさせると
「いいんだ。この程度でカンナの歓心が買えるなら安いもんだ。な!」
と言って夢中で飴をしゃぶるカムナルを撫でた。
前世で可愛がっていた甥の連太郎を思い出すだけだ。
全然似てねぇけど。
「それと、ヨトゥーレン、来年からの給料な、昇給だ。お前は月三〇万、アンナは一三万、ハンナは一〇万な」
「え? 有難うございます! 一生懸命頑張ります!」
「一年間よく働いてくれたしな。でも、流石に今回のような大きな昇給は暫く無いと思ってくれよ」
あとは問題なけりゃ毎年各人月一万Zくらいの昇給だろう。
カムナルに人頭税がかかり、働けるようになったら追加で雇っても良いし。
こんくらいの給料なら店を売った貯金に手を付けなくても普通に暮らして行くのに問題は無いだろ。
世間話をしているうちにハンナが豆茶を運んできた。
礼を言ってハンナにも飴玉を勧めてやると嬉しそうに舐めていた。
「ただいま。会長、お疲れ様です」
豆茶を啜っているとアンナが戻ってきた。
ライ麦の黒パンを買いに行っていたようだ。
お昼の買い物と言っていたしな。
流石に王都だけあってロンベルティアには毎日パンを焼いている店がある。
バークッドに居た頃なんて、パン屋なんかないから各家庭ではパンは一週間分くらいまとめて焼いて、翌日以降は堅くなったパンに力の限り噛み付いていた。
「おう、アンナ、こっちに来い。いいもん見せてやろう」
アンナにも飴玉をしゃぶらせてやり、袋からパープルウォームの魔石を取り出してテーブルに置いた。
「うあ、おっきい!」
「これ、魔石ですか?」
「すごく大きいですねぇ」
「この前バルドゥックの迷宮で倒した魔物から出てきたんだ。こんだけの大きさのはなかなかないだろう?」
自慢気に言い、ついでだとばかりに、
「ステータス見てみろ、それで単一の魔物の魔石なんだぞ、すごいだろ」
と言って鼻を高くした。
「大したものですね……流石は会長です」
ヨトゥーレンがステータスを見てため息をついた。
アンナとハンナは良く分かっていないみたいだった。
でも、こんだけでかい魔石を見たと言うのもいい経験になるだろ。何の経験かは知らんけど。
「ところでさ、流石にこれだけになるとバルドゥックの魔道具屋で買い取って貰えるか心配でなぁ。ゼノム……あのドワーフなんだけど、ゼノムがさ、こんだけでかくて単一だと単純に魔力量で価格は付けられないかも知れないとか言うからさ、王都まで持ってきたんだ。ヨトゥーレンはそのへんの事、知らない?」
そう言われたヨトゥーレンは少し困ったような表情で、
「こんな立派な魔石を見たのは初めてですし、普段使うようなのはもっと小さいですからね……すみません、存じません」
と言った。
考えてみりゃそうかも知れないよな。
普通に暮らしてりゃこんなの使う事も見る事も無いだろうし……。
「そっか、まぁいいや。でかい魔道具屋にでも行くさ」
豆茶を飲み干すと魔石を袋に入れて立ち上がった。
「このあと、ここにゼノムが来る筈だ。待ち合わせしてるから茶でも出してやってくれ」
そう言うと馬に跨り店を後にした。
・・・・・・・・・
魔道具屋スプレンダー。
王都一の大きな魔道具屋だ。
入口から中に入ると流石にキールの魔道具屋や、バルドゥックの魔道具屋とはかなり違うことが良く判る。
店内は綺麗に掃除が行き届き、塵一つ落ちていない。
店内の壁際に設えられた棚には、高級品のデザイン性の優れた灯りの魔道具が並べられたりしている。
勿論、コンロなんかも大きさ違いで多種が展示されているし、蒸し器やパン焼き釜などの厨房用品や、冷蔵庫や冷凍庫、加湿器、空調装置、温風機といった家電のような物もある。
と言っても、俺が迷宮の地下で得たようなちゃんとしたものじゃない。
冷蔵庫なんか缶ビール四本くらいの容積しかないし、加湿器も部屋全体ではなく、顔に低温水蒸気を当てるようなお肌の手入れ道具程度の、どれもこれも玩具のようなものばかりだ。
まともなのはドライヤーくらいか? 俺は必要ないけど。
そんな玩具のような家電っぽい魔道具でもかなりの値段を誇っている。
警備員が少ないのは展示品はダミーだからなんだろうな。
つかつかと商品の展示場を進み、奥のカウンターまで行くと店員だかオーナーだかに魔石の買取を依頼した。
「幾つでしょう?」
丁寧に問われたので、客層も高いのだろう。
売っている物が物だしな。貴族専門店なのだろう。
「一つです」
俺がそう答えても決して馬鹿になんかはされなかったが、ちょっと落胆したような顔つきはされた。
「これです。バルドゥックの迷宮で倒した魔物から採取したものです」
袋から魔石をつかみ出し、カウンターにごとりと置いた。
大人の拳くらいでその重さは一・五㎏は優にある、とびきりでかい奴だ。
色自体は灰色だがね。
それを見た店員は驚いたように目を見開くと重量計の魔道具を取り落としそうになっていた。
「これは……大きいですな。大型の魔道具をご使用のお客様に需要があるでしょう。立派な母石ですね……」
と感心していた。
「やはり魔力相応の価格になりますか?」
と聞いたら、
「それはそうです。ですが、これだけ大きいと沢山結合させられそうですからね、魔力以上の値が付くのは間違いないところです。数日お預かりしても?」
と言う。
別に問題はないので頷いた。
ついでに、俺のステータスを見ながらメモを取り、連絡先を尋ねる店員に、
「その魔石、一匹の魔物から採ったままの物なんですが、価値は高くならないのでしょうか?」
と言ってみた。
「ほう! この大きさ、色合いで単一ですか……ちょっと価格を付けるのにお時間を頂くかも知れません。失礼、ステータスオープン……なるほど……これは魔力云々ではないようですな。色合いが悪いのが惜しいところです」
俺は肩を竦めながら、
「まぁ高く売れるに越したことはありません。宜しくお願いします」
と言って店を出た。
翌々日、バルドゥックのボイル亭にスプレンダーからの使いが来た。魔石が売れたらしい。
価格は……五六〇〇万Zを少し超えた。
魔道具屋スプレンダーは僅か二日で相当儲けたな。俺もだけど。
魔石の販売ではあるが、美術品として売れたらしい(あの価格じゃ美術品だろう)から贅沢税が発生するが、でかい実入りだ。
皆に伝えたら大喜びだった。
なにしろ、ボーナスは一人あたり金貨一枚(一〇〇万Z)を超えたしな。
今回の件で、一つお利口になった。
ある程度予想はしていたが、でっかい単一の魔石は凄く高く売れる事が確定した。
今まで試せなかったしね。
デス=タイラント・キンの魔石が惜しいと言えば惜しいが、その気になれば同格のモンスターを倒しに行くことは出来る。
おっかないから行きたくはないけど。
しかし……本当に金はあるところにはあるもんだな。




