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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第九十話 またまた妖精郷へ

7444年8月29日


 午前の訓練終了後、ベルが中心になってミヅチの服や身の回りの品を買い出しに行くらしい。


 ラルファとグィネも同行し、主役のミヅチを合わせて四人で消えて行った。

 ついでに昼食も摂って来るとの事だ。


 俺は宿に戻ってミヅチの契約書を作成する。

 文面はラルファたちの物と全く同一でいいだろう。

 あいつならこれを読めば俺の言いたい事は汲み取ってくれる筈だ。


 三〇分程で契約書を三通書き、王都への出立の準備を始める。

 と言っても魚屋に行って明日の夕方に取りに来るから干物を取っておいて貰い、その代金を先払いしただけだ。


 あとはミヅチが買い物を終えるまで手慰みに占い(ディヴィネーション)の魔術を使って呪文を勉強したり、シールドの魔術を何度も使って熟練するように努めたりなど、結構忙しくしていた。


 十六時頃になってやっと女共が帰ってきた。


 取り敢えず彼女たちの前でミヅチに契約書にサインをさせた。

 暫く契約書を眺めていたミヅチは一瞬だけ顔色を変えたが、すぐに一つ頷くと「妥当でしょうね」と言ってサインをしたので胸を撫で下ろした。


 いずれ誰かに突っ込まれる時が来るだろうが、その時は遅い方が良いし、突っ込まれた時はその時だ。

 初めて気が付いたような顔をして「ああ、そうだね。修正しようか」とでも言っておけば良いだろう。


 何も俺が一方的に有利という訳でもないんだし。いや、充分一方的か。


「じゃあ、俺の商会まで行くぞ。ブーツくらいなら作れる筈だからな」


「はい、理解しました」


「そこは“了解しました”か、“解りました”、又は“承知しました”だ」


「解りました」


 二人でそれぞれの馬に乗り、ラルファたちに見送られながら出発した。


 並んで馬の背に揺られながらバルドゥックの外輪山を越えた辺りでミヅチが喋りだした。


『……ところでかわ……アルさん。コーロイルさんって良い人ですね』


『ん? ああ、ベルは良い子だ。自分の考えもしっかりしているし、そうそう公私混同はしない。機微を読むのも上手だ』


『そんな感じですね。お姉さん的な立場だったのかしら?』


『ん~、まぁそんなとこだろうな。何でだ?』


『今日も買い物に行くなら良い店知ってるからと声を掛けてくれたんです』


 そうだな。


『服や、石鹸とかタオルみたいな細々とした身の回りの物をてきぱきと選んでくれました。その……下着とかも』


 え? 下着までベルが選んだのかよ?

 なにそれ? お前、パンツも自分で買えないの?

 そこまで残念な子だったのか?


『あ、いや。勿論品物自体は自分で選びましたよ。でも、同じ物でも安い店や品揃えの良い店を教えてくれたんです』


 あ、そう。


『そうか、ベルは結構頼りになるから仲良くしろよ』


『ええ、そうですね……でも』


 ん?


『ファイアフリードさんとアクダムさんはどういう人なんですか?』


『ああ……あいつらなぁ。元は二人同じ高校に通ってた高校生らしい。しかもバカ学校。だからまだ子供なんだ。なんか嫌な事でもあったか?』


『いえ、そういう訳では……そうですか。子供なんですか……』


『なんだよ、気になるな。どうしたんだ?』


『いえ、お二人共に私が貴方と結婚するのか、ってかなりしつこく聞かれました』


 ミヅチの顔がちょっと赤くなった感じがした。


『ふーん、で、お前、何て答えたんだ?』


『……ません』


『え?』


『言えません』


『あそ。まぁあいつらの事はあんま気にすんな。ラルファは『え? 流された? そこは突っ込んで聞くところじゃないんですか!?』


 だって言えないんだろ? 別に無理に聞きたい訳じゃないし、いいよ。

 ……しかしなぁ。


『お前、ラルファと同じくらい子供か。いいよ。無理に言わなくても。想像つくし』


『……想像つくんだ……そんなに底が浅いかなぁ……』


 何落ち込んでんの?


『今更いいよ。昔からお前の気持ちには気付いてたんだ。もう誰に遠慮しなくてもいいよ』


『でも、奥様が……』


『ばっか、お前、よく考えろ。そりゃ確かにあいつのことは今でも好きだよ。離婚した訳じゃなかったからな。でも俺はもう十六年以上会ってなかったんだし、あいつにしてみりゃお前、何百年とかいう単位で会ってなかったんだ。お前だって死んだ時は三十だったんだろうがよ。中学や高校で付き合ってた彼氏とか、どうなんのよ?

 確かお前、中学ん時最初の彼氏が出来たとか言ってたよな? んな事言ったら彼の立場は? 断言してやるがその彼氏は絶対お前の事なんか昔の思い出にして今頃他の女と宜しくやってるわ。俺も高校の時付き合ってた彼女が居たけど、とっくに他の男の子供産んでるよ。今頃孫がいてもおかしくねぇ』


『え? 私、男の人と付き合ったことなんかないですよ?』


『え?』


『ないですよ』


 だ、だって、お前、確かに聞いたことあるぞ。

 昔、居酒屋で飲んだ時、私も昔は遊んでたんですよ~って、言ってたじゃんか。

 で、初めてキスしたのは中学生の時とか言ってたじゃん。

 俺に初めての彼女が出来たのは高校の時だったから、負けた~、とか言って……。


 ぽかんとする俺を見て思い出したのだろう、ミヅチはそっぽを向いて言う。


『あ……思い出しました。そ、そう言えばそういう人も居ましたねぇ。タ、タカシ君、元気かなぁ』


 俺が聞いたのはヨシオ君とかそんな名前だったような……。

 こいつはあれか? 俺も昔はワルだったとか言ってるおっさんと同じか?

 あの時は俺に対抗するために吹かしてやがったのかよ……。


『お前……』


 じっとりとした目で睨みつけたが、ミヅチは俺から目を逸らしたままだ。


『だって……』


『あ゛?』


『だって、嫌じゃないですか……貴方こそ私の事を考えて下さいよ! 思い出してみて下さい! 私、会社入った時、あんなに暗かったんですよ! 男の人と付き合える訳無いじゃないですか! そんな私に根気よく付き合ってくれて変えてくれたのが貴方なんです!』


 そりゃ仕事だったし? 部下にそんなの来ても何とかするのが俺の仕事じゃん。


『わ、私だって結構言い寄られてたんですよ! お客さんからも、同窓会行った時も、会った人皆、私の事、明るくて綺麗だって言ってくれてたんですよ! これでもモテてたんです! 付き合ってくれって言われたのだって二人や三人じゃないんですから』


 そう言えばそんな事があったって聞いてたな。

 だから当時は俺も嬉しかったんだ。


 何で付き合わないのか不思議だった位だ。

 だって、よりどりみどりだったじゃん。


 いつの間にかミヅチは俺の方に向き直っていた。


『でも、私が好きになった人は、もうずっと前から結婚してて、諦めるしかないんだって思っても、会社に行って顔を見ると諦められなくて……なんとか都合つけて貰って飲みに行っても当たり障りのないことしか言えないし……。だいたい、最近では二言目には彼氏まだ出来ねぇのかとか……セクハラですよ』


 あ、セクハラですか。

 こりゃ参ったね。

 でも、流石にそんな事、お前にしか言った事ねぇよ。


『最近ではってお前、十六年以上前の事』


『私には数ヶ月前です! 思い出したのこの前なんですから。だから私の中の川崎さんは四五のおじさんですぅ!』


『……あそ』


 今の姿を一度見ちゃったらもう昔のお前の顔なんか思い出せないわ。


『……とにかく、そんな時に昔付き合った人の話とか出されたら、対抗したくもなります』


 なるんかね?


『かわいい嘘じゃないですか。そのくらい笑って流すのが度量ってもんです』


『自分で言うなよ……』


『だから、私は男の人とは今まで一度もちゃんとお付き合いした事はありません』


『ソウデスカ』


『だから貴方が初めての人です』


『ソウデスネ……って、わかったわかった。もういいよ面倒臭ぇ』


『私、面倒臭い女ですか……?』


 不安そうな顔つきで尋ねられた。うん。


『……っふぅーっ。お前がラルファに言われて答えた内容なんか興味ねぇよ。今隣に居るんだ。それで充分だろ』


『……はい。そうでした』


 はにかむな。


 気持ち悪い色の肌で。


 虐めたくなるじゃないか。


『ラルファはさ、パーティーの中では一番古い付き合いだけど、あいつは別に俺に気は無いよ。それなりに頭も回るようだから大方将来の事を考えてコナかけようとしてるんだろうな。侯爵家を狙ってるトリス達への対抗心じゃないかな? 良い奴だし、力もあるけど、まだ子供だしな。俺もあいつの事は大切な友達だと思ってるし、それなりに見た目は良いけど付き合いたいとか結婚したいとかは全く思わん。

 グィネの方は比較的新しいメンバーだ。だけど、もう一年半も一緒にいるから彼女の事は大体解ってるつもりだ。彼女は気が多いタイプだよ。最初はトリスに熱を上げてた。身近に好きな人を作ってきゃあきゃあ言いたいんだろう。反対に、周囲に持ち上げられて女王様のように振る舞いたいって気持ちも強いみたいだ。良くも悪くも女子高生だよ。だから、何言われても深く気にしない方が良いぞ』




・・・・・・・・・




 夕方前にロンベルティアのグリード商会に到着した。


 オーナーの俺が顔を出したことでリョーグ一家もヨトゥーレン一家も歓迎してくれた。

 リョーグ達も作業場から引き揚げて来たばかりのところらしい。丁度良かったな。


「ダークエルフですか。珍しいですね」


 興味深そうにダイアンがミヅチを見て言う。

 そういやダイアンももう二十五だ。

 そろそろ婚期を逃しかねない。


「ダイアン、お前、結婚はまだなのか? お前が婿を取らなきゃリョーグの家どうすんだよ?」


 これはセクハラじゃない。

 バークッドを治める領主の一族に連なる者として当然のセリフだ。


 俺がそう言うと、ダイアン本人だけでなくロズラルとウェンディーが微妙な顔をしているのに気付いた。


「ん? どうした?」


「いえ、アル様。その、大変申し上げにくいのですが、もうすぐルークが来るんですよ」


 ルークっつったらルーキッド・ファーレンか。

 昔戦死したジャッドの息子でウィットニーの弟だ。


 確かダイアンの一つ下で、俺が村を出る直前くらいにゴムの担当になっていた筈だ。


「え? そうか。ルークと結婚すんのか。そりゃおめでとう、良かったな」


「ありがとうございます。子供が産まれたらリョーグの家督はダイアンに引き継ぎます」


 ロズラルはそう言って顔を綻ばせた。


 へー、リョーグ家は女性が家長になるのか。

 まぁバークッドのゴム製造の中心的な役割を果たしているから今更ダイアンの夫に家督を渡すことは考えられないのだろう。


 ダイアンも顔を赤くして嬉しそうだった。


「じゃあ結婚式はこっちでやるんだろ? 任せとけ。豪華な奴にしてやるからな」


 第一騎士団や第二騎士団からも祝い金やなんやら分捕ってやるからな。

 あ、そうだ、どうせなら姉ちゃんの休暇とも合せた方がいいだろ。


「姉ちゃんにも話通しとけよ。あと、そうだな、これで結婚衣装を作れ。俺からの前祝いだ」


 そう言って金貨をダイアンに握らせた。


 恐縮する彼女達に向かって微笑むと、


「気にしないでくれよ。ちゃんとしないと俺が親父や兄貴に殺されちまうだろ? 大体、ダイアンとルークの晴れ舞台じゃないか。派手に行こうぜ」


 と冗談を言いながら誤魔化した。


 俺は忘れてないぜ。ダイアン。

 お前が一人じゃ何も出来ない事を俺に気付かせてくれたんだ。

 お前も俺の先生だ。これくらいの事はさせてくれ。頼むよ。


「あとは、そもそもの用件だ。あいつ用のブーツを頼む。明日までに出来るか?」


 俺の後ろで店の中を珍しそうに眺めているミヅチを親指で差しながらダイアンに言った。


「ああ、大丈夫ですよ。先月ファーン様に在庫を補充して貰っていますし、サイズが近いもので手直しすればすぐにも出来ますよ」


「そうか、じゃあ早速頼む。ロズラル、ウェンディ、ここんとこの売上簿を見せてくれ……」


 そう言うと二階に上がり彼らに帳簿を出させた。


 しっかりと管理するため、と言えば聞こえは良いが、簡単に言うと売り過ぎないように調整する為だ。

 グリード商会は騎士団に対して鎧を卸しており、単価も非常に高いから確かにメイン商材は鎧であるが、それ以外の商売だってこの初夏からやっと始められたばかりなのだ。


 サンダルやブーツ、クッションといったお馴染みの商品や、ウォーターベッドまでサンプルとして店に置いている。

 販売先は店を開いた直後からちっとも困っていない。


 他の貴族領を本拠とする商会や、勿論エンドユーザーへの直接販売もあるからだ。


 最近では第三騎士団や第四騎士団の人も店にチラホラ顔を出すらしい。


 鎧については販売数を守るように厳命しているので四ヶ月で第一騎士団に一〇着、第二騎士団に一着の合計一一着しか販売はしていないから売上は安定している。

 これを近々に倍にする気も無いしね。


 五年後に倍位にすれば充分だと思ってるよ。

 兄貴の話だと親父やお袋も賛成してくれたらしいから、これでいいだろ。


 鎧とは別に四半期でサンダル三〇〇足、靴二〇〇足、ブーツ五〇足、クッション三〇個、哺乳瓶は売れるだけ、コンドームは娼館を中心に二万個。これで充分過ぎる程に利益は稼げるし、元々の代理店であるウェブドス商会とも喧嘩しないで済む。


 ウォーターベッドやゴム引き布、浮き輪、ゴムボートなど、大物はウェブドス商会を通して販売するようにしているのも大切なポイントだ。


 何しろ俺たちはウェブドス商会のような本格的な輸送システムなんか持ってないからね。

 ウェブドス商会を通さないのは鎧とコンドームだけ。

 後々は更に重要な物も作る予定だが、これはバークッドではなくて俺の領内だけで作るだろうし、他者に軽々に販売するつもりもない。


「サンダルの出が多いな。値を上げた方がいいか……。サンダルの売価を四万から四万五千にしよう。靴は出が悪いから一一万じゃなくてキュッキュッパだ。ロズラル、蕎麦の種の買い付けの約束は出来たか? そうか。一割までは価格に上乗せしてもいいから買え。次に兄貴達が来るまでに一〇〇㎏は買っとけ。兄貴に渡す時、空き地に適当に蒔いておいて欲しいと言っといてくれ。

 出来るだけ今の耕作地から離れたところな。花は臭ぇし大して美味くはないうえ、麦と違って粉に挽かないと食いづらいが、強いから二〇年も放っておけば手入れしなくても勝手に自生するだろ。いつか飢饉でもあった時に役に立つ筈だ。次は高粱ソルガムの種を手に入れろ。こっちは川沿いに蒔け。あんまり聞いたことないが、見つかればめっけもんだ。もし手に入るようなら金に糸目は付けるな。幾ら掛かってもいい。扱っている可能性があるのは一号の商会だけだ。偽物を掴まされないように必ず上の奴と会えよ。アポが取れなきゃ姉ちゃんとか第一騎士団に頼め」


 そろそろミヅチの足のサイズの計測も終わったろう。


 階下に降りると丁度客が来ていた。


 店の真ん中にある接客用の応接テーブルにアンナがお茶を運んでいる。

 店内に入ってきたばかりなのだろう。


 客は身なりの良い矮人族ノームの男だ。

 貴族だろうか?


 店にはダイアンやウェンディを始めヨトゥーレン母子と女性しかいないし、隅でダイアンに足の大きさを測られているミヅチも女性だ。

 唯一の男性スタッフであるロズラルは俺が二階に連れて行ってたし。


 もじもじする男はロズラルの顔を見るとぱっと明るい表情になった。

 ああ、こいつ……。


「ロズラル、行ってやれ」


「はい」


 ロズラルも既に承知しているのだろう。

 スッと進み出ようとするが、その前にアンナがお茶を出した。


「いらっしゃいませ、お客様」


 十歳のアンナはにっこりと微笑んで客の前にお茶を滑らせた。

 すぐにお盆を胸に抱いて引き下がると、立ち替わってヨトゥーレンが客の向かいに腰を下ろす。


 俺は前に進み出ようとしたロズラルの肩に手を置いて制すると場を見守る事にした。


 客の顔が絶望に染まる。


「お客様、本日はどのような物をお探しでしょうか?」


 ヨトゥーレンが控え目に微笑んで客に話しかけた。


「あ、その……う、いや……ゆ、友人から、ひょ、評判を聞いて、な」


 普段ロズラル達リョーグ一家が店にいない時、彼女が一人で店を切り盛りしている筈だ。

 コンドームを買いに来た客をどう捌いているのか見てみたかった。


「お客様は初めておいでですね。有難うございます。大丈夫ですよ。恥ずかしい事ではありません。念の為確認させていただきますが、ご使用はお客様ご本人様ですか?」


「え? あ、はい……」


「一袋十個単位での販売となっております。価格は一袋一万五千Zです。如何程ご入り用でしょう?」


「う、あ、ひ、ひと、いや、二つ」


 指を一本立てたまま二袋をご所望だった。


「では、少々お待ち下さいませ。ハンナ、標準の一三番を二つ持って来て」


 ヨトゥーレンはちらりと奥を振り向いて言うと、客に視線を戻し、微笑んだ。


「あい」


 舌っ足らずなハンナの返事が聞こえた。


「さぁ、豆茶でもどうぞ」


「う、あぁ……うん」


 客は熱い豆茶を啜ると少し落ち着いたように見えた。


「新婚さんでいらっしゃいますか?」


「ん、ああ、先月、な」


「そうですか、それはようございました。当商会の『鞘』は王都でも評判が高く、王室にもお納めさせて頂いております。品質は折り紙つきです」


「うん、そうらしいな。それを聞いてな。ぶ、豚の腸だと女房が痛がるんでな……」


「そうでしたか。それはお役に立てますようで光栄です」


 八歳児のハンナが小さな木箱を持って来た。


「どうじょ」


 噛んだ。

 ハンナは恥ずかしそうに赤くなるとピンと立っていた耳をたたみ、尻尾まで項垂れてテーブルの上に木箱を置き、すぐに奥に下がっていった。


「万が一大きさが合わなかったら仰って下さい。お取り替え致します。……では三万Z、確かに。使い方はご存知ですか?」


 客が差し出した銀貨三枚を受け取るとヨトゥーレンは木箱を客の前に滑らせた。


「うむ、豚の腸なら使った事があるから……」


 木箱に手を伸ばしながら客が答えた。


「左様でございましたね。では、似たような物です。中に空気が入らないようにして下さい。一度使ったら再利用せずに破棄して、以降新しい物をお使い下さい。保管の際は外袋に水が入らないようにその木箱に氷を入れ、漬けておいて下さい」


「ああ、解った。ありがとう」


 男はそう言うとお茶を飲み干し、小さな木箱を大事そうに抱えて店を出て行った。


 ふーん、ヨトゥーレンの客あしらいも堂に入って来たな。

 ところで、一三番ってなんだよ?


「ああ、あのお客様はノームですからね。極小サイズがよろしいと思ったのですよ」


 今では大きく分けて極小《SS》、小《S》、中《M》、大《L》、特大《XL》サイズの五種類をそれぞれ微妙なサイズ違いの大中小、合計一五サイズで製造しているのは知っていた。


 ヨトゥーレンはそのまま言うと角が立つと考え、標準《SS》、大柄《S》、偉丈夫《M》、大《L》、特大《XL》と言い換えていたのだ。

 でかい方はそのまま大と特大で問題ないらしい。

 なお、 一三番号は極小の中を表している。当然だが抜けている番号は沢山ある。


 うむ、当店の品物の半分は優しさで出来ているからな。今考えたんだけど。


 でも、新婚を見抜いたのはどうやったんだろう?


「え? 知りませんよ。ですが、ああ言えばあの年代の方なら大抵は誤魔化そうとするじゃありませんか」


 そっすか。


 だが、まぁ、安心した。

 出したお茶を勧めるタイミングも良かったし、あれであの客も肩の力が抜けたろうからな。


 そう言えば四半期で二万個、二千セット売ってるんだっけ?


 大部分がエメラルド公爵クラブ迎賓館のような娼館に卸しているのかと思っていたが、確かさっきの帳簿だとエメラルド公爵クラブ迎賓館には全体の三割も降ろしていない。

 他の娼館に卸している分全部を合せても全体のうち二割位は店で売っている勘定だった。


 店に卸すより二千Zも高く売っている数は四〇〇セット。

 この猫人族キャットピープルの未亡人は八〇万Zも多く利益を上げていた。

 年末の査定では給料を見直してやろう。


 俺はロズラルに銀貨一枚と大銅貨五枚を渡すと、


「偉丈夫の三三番くれ」


 と言って返事も聞かずに一袋棚から持ち出すとポケットにねじ込んだ。

 それを見たロズラルは驚いたように、


「あ、アル様。ひょっとして……」


 と言って俺とミヅチを交互に見た。


「ん、まぁな。後でちゃんと紹介するよ。田舎もんだから言葉遣いがおかしいところがあるけどそこは大目に見てやってくれ」


「は、はい、それは勿論……。ですが、私はてっきり……いえ、何でもございません」


「ん、いいさ。別に俺はなんとも思ってない。次男だしな。子供も……そりゃ出来たら嬉しいけど……まだ早過ぎると思ってるしな。そん時はそん時だ。なんとかするよ」


 どうとでも取れる言葉でお茶を濁し、明日の昼、ミヅチのブーツを受け取りがてら一緒に食事をしようと言って店を後にした。




・・・・・・・・・




7444年8月30日


『……い~わ~お~と~なぁ~りて~、こぉ~けぇ~の~む~う~す~う~まぁ~あで~』


 ミヅチと二人、二層から三層に転移して来た転移の水晶棒を握りながら「君が代」を歌う。


 なんか非常にシュールな感じがする。


 二十二時だし、時間もまだ早い。

 中心にある水晶棒じゃなきゃ駄目なら今から時間をかけて三層の中心を目指す必要があるし、その場合、下手すると衆人環視の中で歌わなきゃいけないのでまずはここで試したのだ。


 本来ならこんなんで転移する筈は無い。


 この水晶棒には二層への帰還の呪文として「ミードット」という単語が浮かび上がっている。


 しかし、きちんと転移した。

 今までと異なるのは目の前に転移の水晶棒が無いという事だ。


 そうか、このやり方だとうまくこのエリアに来たとしても、スネークジェネレーターを突破して妖精のエリアに入れないと干枯らびて死ぬだけって事か。


 ミヅチと二人、妖精郷への入口近くで日付が変わるのを待ちながら話していた。


『リョーグさん達、良い方々でしたね』


 俺の左で並んで石に腰掛けたミヅチが中空を眺めながら言った。


『うん、彼らはグリード家に対する忠誠心も高い。性格も良いしな』


『私に、貴方の事を宜しくお願いしますって頭下げてらっしゃいました』


『そうなのか……気の早い事で』


 ミヅチは俺の方を向くと首をかしげながら微笑んで言った。


『あら? 否定しないんですね』


『して欲しかったのか?』


『別にィ……そんなんじゃ……ふふっ』


 ああ、そう言えばこいつも黒い髪だった。

 やっぱ染めさせた方が良いかな?


『今のうちに飯食っとこう』


 リュックサックからサンドイッチを取り出しながら言った。


『誤魔化しましたね』


『干物を食えるなんて思うなよ。全部やるんだからな』


『誤魔化した』


『食えるうちに食っとけ、ほら』


『誤魔化したぁ!』


 ミヅチの口にサンドイッチを突っ込むと壁に寄りかかった。


 

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