第八十三話 観戦
7444年8月19日
折角魔法の品を得られたので、予定を切り上げて地上へ帰還する事にした。
正直な話、俺はこの|水化の腕輪《ブレスレット・オブ・デッドボディ・トゥ・ウォーター》を一刻も早く手元から遠ざけたい。
どうせ【鑑定】で能力は解っているので細かい調査すらもどうでもいいくらいだ。
少しでも有効だとか気に入るような事があって欲しくない、という気持ちが強い。持っていたくないのだ。
六層へ転移してきた水晶棒まで戻り、五層の転移の水晶棒の部屋に戻る。
俺たちの帰りを待っていたギベルティに戦果を教えてやると喜んで、いそいそと野営の片付けを始めた。
それを横目に見ながら俺とゼノム、トリスで相談をする。
相談内容は決まってる。
今回の迷宮行で得た財宝である|水化の腕輪《ブレスレット・オブ・デッドボディ・トゥ・ウォーター》をどうするか、という事だ。
俺とゼノムの意見は売り払う方向だったが、トリスは売るのを待った方が良い、と言うのだ。
トリスの言いたい事なんか手に取るようにわかる。わかるんだけどさ……。
それなりに使えそうな腕輪ではあるが、正直なところ俺は大して役には立たないだろうと思いたいのだ。
能力についても【鑑定】で判っている。
死体を決められた量、水に変換する以上の機能を持たない。
昔、実際に使った事もあるしな。
水を得るための最終手段、という意味でも俺の水魔法があるから殆ど役立たずだ。
数ヶ月前のような魔力を吸収だか拡散だか消費させるような罠にかかった時に有効だろう、との考え方も出来なくもないが、この腕輪を持ってあの罠に飛び込んでも腕輪の魔力も吸収され、結局一日経たないと使い物にならないような気がする。
昔はいろいろな役立て方を考えた事もある。
その最たるものは俺の国が出来た後じゃないと役に立ちそうもない事ばかりだけど。
例えば、戦争の後片付けとかね。
死んだ敵兵の死体を病原菌の巣になる前に綺麗さっぱり片付けられる。
一〇日に一回の頻度なら大した数じゃないけど、それだって埋めたりする作業量の軽減にはなる。
今の俺にはあまり必要ではないが、有効な使い方の一つではあるだろう。
間者とか暗殺者などであれば、ほとんど証拠を残さずに死体を始末出来るというメリットもあるにはあるが、こちらも今の俺にはあまり必要だとも思えない。
ミヅチが戻ってきた時に彼女に渡して、誰かを暗殺させる、という使い方も出来るが、そんな事させないように俺が立ち回れば良いだけだ。
あいつに暗殺者は似合わない。
多分俺がやれ、と言ったらミヅチは二つ返事で了と言うだろう。
しかし、本人の考えや志向はどうあれ、俺が嫌なのだ。
こんなものがあれば、何かの折にミヅチに頼りたくなってしまうかも知れない。
だったら最初から無い方がいい。
心のどこかでそう思っているから売りたがっているのだろうなぁ。
「なんにしても、暫くは我々で保有してきちんと能力を確かめておくべきです。アルさんは昔同じような魔法の品を見たことがあると仰っていましたが、その能力の範囲やどの程度の頻度で使用が可能かなど、解っているのですか? また、解っていたとしてそれとこの新たな魔法の品が同じ能力だとは限らないと思います」
トリスの言うことは俺が想像していた通り、至極尤もな意見だ。
能力だってミュンの持っていた物と比較して、こちらのほうがずっと強力ではある。
使用者を選ばないし、高い頻度で使用出来る。
水に変換出来る量は一緒だったと思うが。
仕方ないな……。
「……そうだな、トリスの言う通りだ。値を釣り上げるためにもある程度は実験した方が良いだろ……。それに……魔法の品の能力の限界を知っておくことは大切なことだと思う。まず、俺の知っている同様の魔法の品の話をしよう」
「ふむ、お前さんがそう言うのならそうなんだろう。確かに急ぐこともあるまいて」
歯切れの悪い返事をする俺に、トリスの言うことを聞いて感心して意見を変えたゼノムがすこし不思議そうに言った。
「……まず、俺の知っている腕輪は一〇日に一回しか使えなかった。……それと……水に出来る死体は魔石が含まれていてもいなくてもいい。魔石を採っていなかったら魔石ごと水にする……だから、解体の手間を省くという使い方は出来ない筈だ……」
少し声のトーンが落ちた。
急に、昔バークッドにミュンと連絡を取りに来た冒険者のバルクを思い出したんだ。
流石にトリスも俺の様子がいつもと違うのに気が付いたようだ。
不思議そうに俺を見ている。
俺は、それに気が付かないふりをして続ける。
ついでに使用者が限定されていた事と、発動の呪文が必要なかった事は言わなくてもいいだろう、と思った。
「一度に変換できる量は限られている。俺の感覚的には四レベルの元素魔法で出せる量の一〇倍くらい……五レベルの三分の一ってところだ……っと、解りにくいか。普通の大きさの……そうだな、俺と同じくらいなら一〇〇人以上は水に変換出来ると思う。死体同士が接触していれば一つの大きな死体と見なされる筈だ……。さっきも言ったが水に変換できるのは死体だけだ。死体が着ている服やら鎧なんかはそのまま残る……死体の定義はステータスオープンで死体になっていること……だから、多分アンデッドも殺さないと使えない。死体の損壊度合いは関係がない。……個人名が出ている間でもいいし、種族名になってからでも効果はある」
まぁ、今更バルクに対して罪悪感などはないが、俺の初体験の相手だ。
多分一生忘れる事はないだろう。
「「……」」
俺がぼそぼそと話すのを聞いてゼノムとトリスが顔を見合わせた。個人名というところに反応している。
どうも勘違いをさせてしまったようだ。それならそれでいいや。
「確かめなければいけない項目は、そうだな、使用可能な頻度と変換できる量あたりだろうな。アンデッドに対して使えるのかは確かめてもいいが、まだ動いてる奴に触りたくないから、それは言いだしっぺのトリス、お前がやれよ」
と笑いながら言った。
野営を片付けて地上に戻ると午後四時をまわり、午後五時近くなっていた。
・・・・・・・・・
7444年8月20日
念のため、と言う事で一層に行き、腕輪を試してみる。
俺が言ったミュンの腕輪の能力は一〇日に一回使用出来るという頻度だったが、物は試しだ、と言う事で、一夜明けた今日、朝飯を食ってすぐ迷宮に潜ったのだ。
俺としてはさっさと終わらせて売り払いたいから、今日の夕方近くには確実に使えるようになる事も知っているし、さっさと腕輪の能力の確認を済ませるべく検証を言い渡したのだ。
一層で大した相手に戦闘するわけでもないので、メンバーは俺とゼノム、トリス、ズールーの四人だけだ。
女どもには今日一日休みをやった。
こういう時に都合よく生理にでもなっててくれよ。
【超嗅覚】の特殊技能なんかないからさっぱりわからん。
オーディブルグラマーの魔術を使い、モンスターをおびき寄せる。
十回も繰り返して、モンスターの死体を小山のように積み上げた。
どうせなら変換可能な量の限界も調べた方が効率がいいしな。
ゴブリンやノール、オーク、ホブゴブリンなどの臭っさい死体を百匹以上も積み上げ、多分、水に出来ないで余るだろう量を揃えた。
ズールーに腕輪を渡し、腕輪に込められた魔法を使わせるのだ。
当然、濡れ鼠になりたくない俺たちは、かなり距離を空けて変換を見守る事にする。
ズールーも濡れること自体は覚悟の上で、最初から鎧は着ていない。
下半身だけ鎧下の姿になったズールーはかなり間抜けに見える。
勿論、時間もあったので確実に水に出来るであろう位置に置いたゴブリンの死体の魔石だけを残して、後の死体からは全部魔石を採ることは忘れてない。
ま、オークもいたし、今日の迷宮の入場税くらいは回収しとかないとな。
ズールーが手を挙げて合図した。
何も起きない。
時計の魔道具を引っ張り出して確認すると午後三時前くらいだった。
これから三十分置きくらいで試していく。
昨日、ローパーを水に変えたのは確か午後三時前後の筈だ。
多分、もうそろそろ使えるようになるのだろう。
魔力が充填されているかわかるようなランプでも付けておいて欲しいところだぜ。
三十分後、【鑑定】した通り積み上げた死体の大部分を水に変換出来ることを確認した。魔石を採らないで残してあったやつもちゃんと水になっている。
念のため、水に出来ず残った死体に触って再度「ヌヒレキ」と言っているズールーから腕輪を回収し、今日の実験は終わりだ。
回収する時、ずぶ濡れになったズールーを見て思った。
(で、でけぇ……)
なんかムカついたのですぐに乾燥の魔術を使って乾かしてやった。
女どもを連れて来なくて良かったのだろう。
なんか見せたくない。
教育に悪……別にいいのか。
もうガキじゃないんだし。
でも、こんな事ならベルにやらせれば最高だったな。
Tシャツのような薄くて柔らかく、且つ充分耐久性のある化学繊維が混じった木綿がないのがつくづく残念でならない。
・・・・・・・・・
7444年8月21日
アンデッドに対して試すには四層まで降りなければいけない。
面倒だが仕方ない。
また男だけで四層を目指した。
一層を超えるあたりで、
(あれ? 別に全員で迷宮に入っても良かったよな? 探索に行くついでに試せばいいんだし)
と気が付いてしまった。
ゾンビ一匹水にするだけだから濡れる事もないし。
ま、今更面倒だし、いいか。
予想していた通り、動いているゾンビは水にはならなかった。
確実に息の根を止め、ステータスが【 の死体】と【ゴブリンゾンビの死体】という、妙ちきりんな表現で表示された後でもきちんと水に出来ることを確認した。
ちなみに、【鑑定】すると最初の方は、状態が死亡(アンデッドモンスターとして活動中、HPが減少していない時は良好になる)になっているだけで普通の鑑定内容だし、後の方は、無生物を鑑定した時のように【死体(小鬼人族)】と言う名称になり、状態は損壊に(ゾンビだから普通のゴブリンの死体のように良好ではないのだろう)、生成日(多分ゾンビになった日なんだろう)とか価値なんかも表示される。
もういいだろう。
さっさと地上に戻るが、トリスとゼノムが難しい顔で何か小声で話し合っていた。
・・・・・・・・・
その日の晩、皆で晩飯を食っているとき、トリスが口を開いた。
「アルさん。あの腕輪ですが、あと何回か使って、使用可能になる周期が本当に一日一回であることを確かめたら売るのですか?」
「ん? ああ、そうしようと思ってるけど……」
「今焦って処分しなくてもいいんじゃないですか? 結構役に立つと思います。確かに迷宮内だと知れていますが、今後必ず役に立つときが来ると思いますよ。取っておいた方がいいんじゃないですか?」
うん。そりゃ解ってるさ。でもなぁ……。
「俺もそう思う。アル、お前があの腕輪を嫌がるのは何か理由があるのか?」
ゼノムも会話に参加してきた。
「いや、別に……」
「なら焦って売ることはない。本当に金が必要になった時や、もっと良いやつを見つけたときに売ればいいじゃないか。俺たちもお陰で特に金には困ってないから褒賞は急がんよ」
ゼノムは優しく言ってくれた。
そういう問題じゃないんだが……まぁいいか。
「ん……そうか、わかった。あの腕輪は売らないで取っておくよ」
「ああ、それがいい」
「そうですよ」
ゼノムとトリスが声を揃えて言ってくれた。
確かに今、無理に売る必要はないしなぁ。
そりゃ解ってるんだけどね。
・・・・・・・・・
7444年8月24日
昨日からまた迷宮に入り、五層の、多分最後の部屋に突入しようとしている。
例の祭壇がある部屋だ。
部屋の様子を見て少し戻り、いつものようにガーゴイルをズールーとエンゲラ、祭壇の方をそれ以外のメンバーで攻撃するように指示した。
ベルと俺は皆の援護だ。
もう慣れたもので、最初っからガーゴイルは土で頭だけ出した状態からスタートさせようと思っており、その旨も伝えた。
それと、祭壇チームには少しゆっくり目の突撃を指示した。
召喚されると同時に氷で固めてやろうと思っている。
だから、今回はベルはガーゴイルの方の援護から開始してもらい、俺は召喚されたモンスターの場所が判明し次第固めることを作戦とした。
再度確認して、ゆっくりと部屋に向かおうと振り向いた時だ。
部屋の方から喚声と戦闘音が聞こえた。
俺も含め、全員がびっくりして顔を見合わせるが、すぐに気付く。
別の冒険者のパーティが先に突入してしまったんだろう。
「あ~あ、先越されちゃったね」
ラルファが残念そうに言った。確かになぁ。
「残念だ……」
長剣を鞘に収めながら無念そうにトリスがつぶやいた。俺もだよ。
「うーん、良い物出たら服買おうと思ってたのにぃ……」
グィネが口を尖らせた。顎鬚が生えててもその小さな体だとなんだか愛らしい仕草だ。
「仕方ないですね……」
ベルが矢を矢筒に戻しながら言った。仕方ないよね。
「ふん、残念だが早い者勝ちなんだからしょうがない。折角だからここは観戦と洒落込もうじゃないか」
斧を肩に担いで、ピンク色の顎鬚をしごきながらゼノムが言った。
「ああ、賛成だ。長引きそうならなんか軽く食ってもいいな。おい、ギベルティ、なんか簡単に食えそうなの、あるか?」
「簡単なサンドイッチで宜しければ五分も頂ければすぐにご用意します」
他のパーティーの血みどろの戦闘を高みの見物で飯を食うのも乙なもんだ。
俺たちも二層や三層なんかで先に部屋に突入した時なんかはよくやられていたし。
と言うか、援護を頼まれでもしない限りは、誤解を受けかねないので手は出さないのがバルドゥックの不文律だ。
特に、ここは五層だ。
他のパーティーと言ってもここにはトップチームしかいない。
五層の部屋の主相手なら幾らなんでも手を抜いて勝てる道理はないから全力の戦闘が拝めるだろう。手の内を知る良い機会だ。
俺達はわいわいと喋りながら部屋の入り口付近で様子を窺った。
流石に座り込んだりはしないよ。立ったままだ。
通路の幅は八m程もあるから九人全員横一列に並んでも余裕はある。
さて、俺たちの鼻先にぶら下げられてた獲物をかっさらったのは誰かいね?
お?
おお?
アンダーセンの姐ちゃんじゃねぇか。
「あれ、黒黄玉?」
「そうみたいだな」
「ありゃ? フロストリザードだね。どうすんだろ? 逃げるのかな?」
「逃げるんじゃないかしら? だとすると、頂けるかも」
「こちらに気が付いたようですね」
「一応戦闘準備しといた方が良さそうだな。ギベルティ、やっぱ飯はいいや」
「はい、分かりました」
「逃げませんね……」
「意外だな、戦うのか……」
黒黄玉が逃げるかも知れないので一応戦闘準備だけはしておく。
しかし、何もしないで逃げるのだけはよしてくれよな。
先手を取れないのは流石に危険だし。
と思っていたら、意外にも黒黄玉は戦うことを選択したようだ。
ちらりとこちらを窺ったアンダーセンはすぐに集中力を戦闘している仲間に戻し、魔法を使った。
フレイムジャベリンだ。
狙いたがわずアイスモンスター、もとい、フロストリザードの脇腹に突き立った。
彼女の部下たちも果敢にガーゴイルを一対一で相手をし、残り三人がフロストリザードへと突撃している。
あ。
尻尾で一人弾き飛ばされた。
だが、残った二人が逆三角形の盾と長剣を持った方が前衛、槍を持った方が後衛となってフロストリザードの相手をしている。
弾き飛ばされた奴はなんとか立ち上がれるようだ。
お? あれは……。
アンダーセンが足元からクロスボウを持ち上げた。
膝立ちになって構え、すぐに発射した。
ボルトはまたも狙いたがわずフロストリザードの横腹に突き立つどころか、根元近くまでめり込んだ。やっぱ飛び道具は強いね。
「へぇ、クロスボウか……」
ベルが感心したように呟いた。なに? やっぱ興味あんの?
ボルトを放ったクロスボウを放り出し、もう一つ足元に置いてあったクロスボウを持ち上げ、再び狙撃態勢に入った。
また、ボルトは根元近くまでフロストリザードの横腹にめり込んだ。
「一発で終わりじゃあ、ダメだな。それに、目から潰さなきゃな」
ゼノムが突き放したように評して言った。
そりゃ厳しくねぇか? 的もでかいし、ダメージも与えてるから充分だろ。
ベルを基準にするな。
そもそもあんたがそれを言うか。
俺とトリスはゼノムの頭の上で視線を交わして苦笑した。
しかし、根元まで刺さるとは凄い威力だな。
だが、これでもフロストリザードのHPはまだ半分位しか減っていない。
もうクロスボウは無い筈だから、アンダーセンの姐ちゃんはどうすんだろ?
MP残ってんのかな?
そう思って彼女を【鑑定】しようとしてアンダーセンに視線を合わせようとフロストリザードから目を切った。
お? すげぇな、あいつ。
ズールーと同じ獅人族の重ね札の鎧を着た、長柄で両刃の戦斧を使ってガーゴイルを相手取っていた三十歳くらいの兄ちゃんが目の前のガーゴイルの隙を突いてその頭頂部から顔の真ん中過ぎまで斧をめり込ませ、一発でガーゴイルを屠ったのに目を取られてしまった。
「「あ!」」
「「お!」」
俺のパーティーから声が上がった。
見事にガーゴイルを屠ったライオスの手柄に声を上げたのではない。
フロストリザードが冷気の息を吐いたのだ。
フロストリザードの目の前で逆三角形の盾で防御を担当していた普人族の男が、俺が視線を戻した時にはみるみるうちに霜に覆われて戦闘不能になったようだ。
「ありゃ……」
俺も思わず声が漏れてしまった。
「ぐおおぉぉぉっ!!」
たった今、ガーゴイルを屠ったライオスの戦士が戦斧を振りかざし、鬨の声を上げながら隣の槍を使っていた狼人族の姉ちゃんに助太刀してあっという間にもう一匹のガーゴイルを斬り殺した。
すぐに踵を返し、フロストリザードを相手取って槍で一人奮闘を続ける普人族の男の元へとものすごい速度で駆け出した。
どうやら【瞬発】の特殊技能を使ったらしいな。
でも、もう切れちゃうだろ。
切れる前にもう一匹ガーゴイルを始末した方が利口だと思うんだが。
アンダーセンの姐ちゃんはまた魔法を使うようで、右手をフロストリザードに向けて開き、その手首を左手で持って精神集中を始めている。
右手から青い輝きが溢れ、フレイムジャベリンがフロストリザードに向けて放たれた。
ナイスタイミングでの発射だったが、フロストリザードはジャベリンを掠る程度で殆どダメージなく回避した。
あーあ。
姐ちゃんは懲りずにまだ魔法を使うようだ。
最初に尻尾で弾き飛ばされた精人族の男が逆三角形の盾と長剣を構え、戦線に復帰した。
「ふむ」
ゼノムの落ち着いた声が聞こえた。
ゼノムが落ち着いているようなら大丈夫そうだな。
「ふうん……それ程でもないんだね」
ラルファが生意気そうに腕を組んで生意気そうな声で生意気そうに評した。
俺の口から思わず苦笑が漏れる。
ま、俺もそう思ってたからいいけど。
「でも、バールさん、格好いい!」
グィネが言った。
お前、でかくて力持ちっぽいのが好みなだけだろ。
あ、バールってのはあの戦斧使いのライオスな。
また戦闘に視線を戻した。
今、二匹残ったガーゴイルをウルフワーの女と、エルフの女、犬人族の男の三人で相手取り、有利に戦いを進めている。
残ったガーゴイルのうち一匹は結構弱っているみたいだからそう遠くないうちに始末出来るだろう。
フロストリザードの方は、エルフの男とライオスの男、普人族の男が相手取っている。
リーダーのアンダーセンは魔法でこちらを援護している感じだ。
水と火魔法しか使えないとなると援護に使える魔法が限られるから大変だな。
霜で固められた奴もまだ死んではいないだろう。
二十分くらいまでなら凍傷を発症していたとしても治癒魔術でなんとかなるだろうしね。
「おっ!?」
とか思って観戦していたらまたフロストリザードが冷気の息を吐いた。
あーあ、あいつに息を吐かせる前に倒さなきゃだめだよ……。
ほうら、前衛を張っていたライオスとその斜め後ろにいた槍使いの普人族の男が霜にやられちゃったじゃんか。
「ギオオオオォォッ!!」
しかし、アンダーセンも流石トップチームの頭を張るだけある。
その口の中にフレイムジャベリンをブチ込むのに成功したようだ。
これならもう息は吐けまい。
油断せずに少しづつダメージを与えていけばいずれ勝てるだろ。
「もう少しよ! 皆、頑張って!」
魔術を放ったアンダーセンは、そうパーティーに声を掛けると腰から歩兵用の剣を引き抜いてフロストリザードに向かって走った。
彼女のMPは一三しか残ってない。
彼女のMPの最大値は三一だから綺麗にフレイムジャベリンの分だけ減った勘定だ。
「「ん」」
ズールーとエンゲラが初めて声を出した。
ガーゴイルを相手取っていたドッグワーの男とエルフの女がきちんと耐え、ウルフワーの女が突き出した槍で一匹仕留めたらしい。
三対一だ。
防御もクソもない。
もう三人でタコ殴りすれば時間の問題だろう。
防戦一方になるのはガーゴイルの方だろうし。
フロストリザードのところまで駆け抜けたアンダーセンは、
「やあぁぁっ!」
と、気合一発、前足に一撃を突き込んだ。
彼女と反対側にいたエルフの男も、フロストリザードが彼女の攻撃に気を取られた隙を見逃さず、手にした長剣で斬り付けたようだ。
「決まりましたね」
トリスが言った。
うん、確かに今の一撃が決め手だろうな。
それから数分後、フロストリザードと最後のガーゴイルを始末した黒黄玉の面々は肩で息をしていた。
無傷なのはリーダーのアンダーセンとウルフワーの姉ちゃんだけであとは全員、大なり小なり傷を負っている。
俺は全員をその場で待たせると、ゆっくりとアンダーセンに近づいていった。
アンダーセンを含めた黒黄玉のメンバーは用心しつつも俺に敵対的な行動は取らなかった。
まぁ、この人のパーティーならそうだろうな。
「戦いは拝見させて頂きました。おめでとうございます。宜しければ治癒の魔術を使いましょうか?」
俺の言葉を聞いて目を見開いたアンダーセンは、
「ええっ? 助かるわ。でも、いいの?」
「勿論です」
そう言うとベルやトリス、ラルファ、グィネも呼び寄せ、ラルファとグィネにはキュアーとキュアーライトを一回づつ、トリスはキュアーライトを四回使わせた。
そしてベルにはキュアーシリアスを二回使わせる。
俺? 俺はキュアーシリアスをベルと同じく二回使ってやった。
合計四回のキュアーシリアスと六回のキュアーライト、二回のキュアーだ。
全員傷はそれなりに治療出来たろう。
霜で固められた奴もキュアーシリアスを使った事で凍傷になる事なく回復出来たようだ。
痛みは当分残るから、こちらは仕方ないけどね。
他の人たちも合計一〇回以上の治癒の魔術によってかなり傷は塞げた。
殺戮者は全員俺の意を汲んでくれたようで、発動に数十秒かかるような感じで魔法を使ってくれた。
よしよし。
黒黄玉の面々は殺戮者のメンバーでも若い五人が全員治癒の魔術を使える事に度肝を抜かれていたようで、アンダーセンの姐ちゃんも含めて全員驚いていた。
特に俺とベルが惜しげもなくキュアーシリアスを使った事に対して目を剥いていた。
少なくともこの二人は三種の元素魔法が使える事をバラしたようなもんだしな。
実はトリスも三種使えるんだけどね。
レベルが足りないからキュアーシリアスが使えないだけなんだよ。
ま、トップチームでもお人好しの黒黄玉に恩を売っておいても損はあるまい。
こいつらなら「殺戮者はヤバイ。五人も魔法が使える」とか勝手に宣伝してくれるだろ。
そうしたら輝く刃みたいに俺たちにちょっかい掛けようとする阿呆がいたとしても、その牽制にはなる。
「では、我々はこれで……。黒黄玉の幸運を祈ります」
「あの、お礼を……」
アンダーセンの姐ちゃんはそう言って俺を呼び止めたが、
「いえ、礼には及びませんよ。魔力なら一~二時間もあれば回復するでしょうしね。アイスモンスターとの貴重な戦闘も見せていただきましたし……」
と言って、礼は固辞してその場を立ち去った。
正直、得られたであろう祠の中身を知りたくもあったが、流石にそこまではね。
さて、多分あと一時間弱も歩けば五層の転移の水晶棒の部屋に着くだろう。
頂いたご感想は全て拝読させていただいております。お返事については活動報告にてさせていただいております。たまに活動報告にも目を通して頂けますと幸いです。




