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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第七十三話 ダークエルフ

7444年5月27日

『ああ、そりゃ良かった……な』

 地に膝をつきながらも飢えた目つきで俺を見ながら『思い出した』とか意味の解らない事を言ったチズマグロルの顔を見て、なんとなく懐かしい気持ちになる。

 しかし、よく思い出せない。この顔、どっかで……。

『っふぅーっ……喋って……んっ……顔を見て……急に色々…‥あ…‥思い出したけど……うっ……神……こう……いうこと……はんっ……っか、かわ……き、さんっ……私……』

 え? こいつ、今、俺の昔の名を言おうとしたのか? 俺を知ってる……?

 誰だ?

 美紀? のはずない! 顔の造作が全く違うし、今、俺のことを『川崎さん』とさん付けで呼ぼうとした。第一あいつは絶対にこんな気持ち悪い色してない。してるはずがない! していてはならない!!

 夕海? 高校の時の彼女か? いや、違うだろう。大人になってからも同窓会で顔を合わせたことはあるが、その時も『川崎くん』と呼んでいた、と思う。

『お、お腹、減りました……そ……うンっ!……すこ、し眠い……ああっ……こ、れ……まりょ、く……ん……はぁっ!」

 涼子? その後の彼女か? もっとありえないと思う。涼子は結婚して海外に赴任する旦那に付いて行ったと聞いたことがある。

『お……ねが……ずっ……あンっ!……と……や、やっ……と……う、くっ……』

 闇精人族ダークエルフが両手で自分の体を抱くようにしてこらえている。

 ……。

『んっ!』俯いた。

 …………。

『あっ、ああっ!』顔を上げて俺を見た。その目は涙に濡れていた。

 ………………!

 こいつ……椎名か?

『おま、え……椎名……か?』

 気色の悪い薄紫の肌の色を除けば、前世で部下だった椎名の面影がある、ような気がする。こいつの十五、六の頃なんて知らんからすぐに思い出せなかった。

『ん……はい……椎名……です、よ。んぐっ……で、ですね……ふっ……や、っとあ、会えた……っあ……か、可愛い……っはあぁ……ん……ぶ……ぶか……おっ……ご、ご褒美……んんんっ!』

 堪えていると思ったが左手で胸をまさぐっている。やっぱ椎名だ。

『悪いが食い物はねぇし、幾ら何でも俺はお前を抱く気はねぇよ。三時間前なら危なかったけどな』

 魔力(MP)切れに苦しんでだらしなく涎を垂らしながらエルフ特有の先の割れた長いピンク色の舌を10cm程も出して喘ぐ椎名に、「灯り(ライト)」を挟んで3~4m程の距離を置いたまま無情に告げた。鑑定した内容から見て使える人材には違いないし、性格や傾向も把握しているつもりだ。こいつなら大きく変わってなけりゃ信用がおける。多分今迄会った中でも、いや、まだ会っていない他の転生者なんか知らない人ばかりのはずだから、転生者……否、今のオース中で一番信用出来る奴だろう。

『そ……そん……なぁ、ああっ、うんっ、くうぅぅっ……もう、もう……』

 そんな切なそうな顔で見上げられてもダメなものはダメだ。いくらエルフの血が混じった綺麗な顔でもグリード商会の社内恋愛(一応俺の奴隷三人は自動的に、あとのメンバーは便宜的に従業員にしている)はベルとトリスでお腹いっぱいパンパンなのだ。そもそも、俺に特定の女が出来るのは早すぎる。

『お、おねが、お願い、我慢んんんんっ! ああっ! ずっと、がま、ふぅあぁぁんっ!』

 右手に嵌めていた手袋の指先を口に咥えて外し、その右手が股間に伸びて蠢いている。ああ、さっきまでの俺もこんな感じだったのだろうか?

『なん、何年もっ、ああっ! くっ! くうぅぅぅん!』

 いきなり襲いかかられないよう、用心しながら俺と椎名の中間で輝いている「ライト」のかかった小石を手に取り言う。

『あー、その、なんだ。あっち行っとくから自分で何とかしろ。そのあとはすぐに寝ろ。俺も寝る。いいな』

 ほとんど正座のように座りながらもじもじと足を動かしている椎名をちらりと見やるとトリスのロングソードを拾い上げる。諦めてくれ。

『あ、ああっ! こ、これはっ!』

 うわっ! いきなりなんだよ。脅かすない。椎名は肢体を尺取虫のようにしてずるずると動くと少し離れた地面に顔を近づけた。何してんだ、こいつ? 少し興味を惹かれたが、仕事が絡まず、まして魔力(MP)切れのこいつのやることに碌な事はあるまい。

『んすう~っ! っンはあああぁっ! こ、この香り、栗の花!? ひょ、ひょっとして、こ、このあたりに川崎さんがっ!?』

 椎名は地面に顔を擦りつけながら、スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいた。

『うおいっ! コラッ!』

 思わず怒鳴ったが、そんな俺を意に介さず、股間に伸ばされた椎名の右手の動きが高速になっていく。

『ああ、うううンっ! 乾いちゃってるぅ? 残ってないのぉっ? あぅンっ! くぅンッ!』

 クソ。ダメだ。見てらんねぇ!

『ああっ! と、止まらない! あ、コレ……イッ……きゅう』

 慌てて小石と剣を放り投げ、彼女に後ろから駆け寄る。左手で乳房を揉みしだき、右手で股間を擦りつつ地面を舐めていた(!)椎名の髪を掴んで無理やり引き摺り起こし、徒手格闘の送り襟締めで頚動脈を締めて落とした。すぐにそばの地面に落ちていた椎名の長い頭巾を引っつかんで素早く細く丸め、手首のあたりで後ろ手に縛り上げて、念のためこいつが腰に下げていたショートソードも引き抜いて、離れた場所へ放り投げた。

 ここまででもう三十秒近くが経過している。いつ目覚めてもおかしくない。他に武器を携帯していないか素早く躰をまさぐると、やはりあちこちに武器を隠していたようだ。ナイフが八本、投げ矢(ダート)が四本、変なパイプ……これは吹き矢か? なんなんだこいつ、山のように武器持ってやがる。

『はっ!? あああっ! そ、そんな、縛るなんてっ! 縛るなんてぇっ! ぼへっ!』

 すぐに気がついた椎名は何故か期待に染まった潤んだ目つきで俺を見る。その惨めったらっしい顔が無性に俺の神経を逆撫でしたので腹に軽く一発蹴りを入れて黙らせた。

『うるさいわっ! 俺にそんな趣味はねぇっ! 嬉しそうに言うな!』

 やっぱりこいつ、一番信用が置けないかも知れない……。

 体をくねらせて苦痛に耐えているのか、よがっているのか判断がつきにくいが、地面からずぶ濡れの子犬のようなすがる目つきと、トロンとした色欲にまみれた目つきをないまぜにして荒い息で俺を見上げてくる椎名に背を向け、回収した武器類をまとめてその場を離れた。

『ああっ! そんなご無体なっ!』

『うるせー! 馬鹿! いいから寝ろっ! 命令だっ!』

 暫く何か言ってふにふにと悶えていた椎名はじきに静かになった。両手縛られてりゃ何もできないだろ。とにかく大人しく眠ってくれ。

 2しか残っていないMPのうちの貴重な半分でもう一度「ライト」の魔術を使い、様子を窺おうかとも思ったが、あんまり意味がないのでやめておいた。残っているMPが低いからだろうか? 不寝番をしようとも思ったのだが、なんだか急にアホくさい気分になった。

 念の為、目覚ましの小魔法キャントリップを五時間後に合わせ、椎名の赤外線視力インフラビジョンの効果範囲外(椎名のレベルは10だったので30mも距離を開ければ見えないだろうが、50m以上は離れた)まで移動して横になって目を閉じてしまった。軽率だとは思うが、それ以上に何もかもアホ臭くなったのだ。



・・・・・・・・・



7444年5月28日

 頭の中で目覚ましの小魔法キャントリップが鳴って目を覚ました。フランケンとやりあったのが恐らく十六時前後だろう。その後三時間近く休み、今また五時間程休んだ。丁度日付が変わった頃じゃないか? 当然と言うべきだろうが、相変わらずの暗闇が広がっていた。距離をとっていたからだろうが、性欲や食欲、睡眠欲が入り混じっていたであろう彼女の襲撃を受けることはなかったよう……だ?

 腕を組み、右側を下にして横を向いて寝ていた俺の背中に生暖かい生物クリーチャーの体温を感じる。俺の体にその生物クリーチャーの触手も乗っていた。びくりとして股間(大事な所)を確かめてみたが、ちゃんとボタンは全て留まっていた。ん? 体に何か掛かって……ローブか? こいつ……手を縛っていたはずなのに、いつの間にか解いていやがった。「ライト」の魔術で明かりをつけようかとも思ったが、あれから五時間は経過しているのだ。椎名を起こしてしまうかも知れない。……まぁいいか。こいつも充分に休めたろうし。

 鑑定を使い、20mくらい離れた石に「ライト」の魔術で明かりを灯すと、俺の体に乗っていた椎名の左手をそっと解き、椎名と一緒のローブから気を付けて抜け出すと胡座を組み、改めて椎名を見た。俺がどいたことで「ライト」の灯りに照らされた椎名の顔は死んだように無表情で俺同様に右向きで眠っている。

 ダークエルフの常識は知らないが、相変わらず気持ち悪い腐った死体のような薄紫色の肌だ。まぁ、均一に薄紫色だから腐った死体は言い過ぎかも知れない。以前ロンベルティアでちらっと見かけたダークエルフはもっと濃い、黒に近い紫色の肌で、総白髪のような色素の薄い髪だったのだが、これは椎名が転生者だからだろうか?

 よく見ると手袋の外された両手には古い傷が沢山残っていた。何故傷を負った後ですぐに治癒の魔術(キュアー)の類を使わなかったのだろう? 「キュアー」はともかく、「キュアーライト」や「キュアーシリアス」なら傷が塞がる前に魔術で治療すれば最終的に綺麗に治るはずだ。こいつくらいのMPと技能レベルを持っていて治癒の魔術が使えないなんて考えにくい。

 さっきは気がつかなかったが小鼻の左から耳のほうにかけて真横に深い切り傷が治った跡が走っていた。それを除けばトリスのようにエルフの血の成せる技だろうか、相当に整った顔立ちをしている。生前の椎名もそれなりの顔ではあったと思うが、入社直後のおどおどとしてはっきりと物を言わない、うつむき加減な暗い印象が強すぎて綺麗だとか可愛いなんて思ったことは無かった。あくまで部下として、気の合う友人として接していた。勿論部下として可愛がるのと、外見を見て女性として美人だとか可愛いと思うのとは全く別の話だ。

「ふうー……」

 溜め息をついて椎名の肩までもないだろう短めの髪を撫で上げた。ちらりと見えていたが、額にも右上から左下にかけて既に治癒した大きな傷が走っていた。そう言えばこいつ、きちんと魔力(MP)は回復してからここに来たんだろうな?

【ミヅェーリット・チズマグロル/5/3/7441 】
【女性/14/2/7428・闇精人族・ライル王国平民(ライラック)
【状態:打撲】
【年齢:16歳】
【レベル:10】
【HP:105(110) MP:252(252) 】
【筋力:16】
【俊敏:24】
【器用:19】
【耐久:17】
【固有技能:部隊編成パーティゼーション(Lv.6)】
【特殊技能:赤外線視力インフラビジョン
【特殊技能:傾斜感知インクリネーションセンシング
【特殊技能:地魔法(Lv.4)】
【特殊技能:水魔法(Lv.4)】
【特殊技能:火魔法(Lv.4)】
【特殊技能:風魔法(Lv.4)】
【特殊技能:無魔法(Lv.5)】
【経験:139298(150000)】

 ん? 微妙だが俊敏と耐久が高いな。あれだけ体中に傷を負っているならHPが高めなのかと思っていたが……。魔法ももうすぐ全てレベルが上がりそうだ。MPの割に技能レベルは大した事ない(とは言え、超一流に指先をかけている位と言っても良いレベルだから大した事はある)のは何か理由があるのか?

【固有技能:部隊編成パーティゼーション;使用者は接触した任意の対象と、自らをリーダーとする部隊パーティーを編成できる。編成可能な人数は技能レベルに1を加えた人数である。つまり、最大で自分の他に10人、合計11人の部隊を編成可能である。また、効果の継続時間は技能レベルに1を加えた時間である。
 使用者は効果時間中に再度技能を使用し、効果時間を延長することも出来る。その場合余った効果時間は切り捨てられる。なお、効果時間中でも使用者は任意に効果を解除することが可能であるうえ、任意の部隊員のみを部隊から除外することが出来る。
 対象者は使用者に対して友人、家族と同様に心を開き、使用者に対して意識を向ける必要がある。部隊編成が成ると効果時間中の部隊員は下記の特典を得ることが出来る。但し、リーダーである使用者は任意の部隊員に特典を与えないことも選択可能である。

1.部隊員間の方角、距離のおおよそ(角度、距離とも誤差10%)の把握。
2.部隊を構成する部隊員の人数による能力値の底上げ
 ・三名まで全員器用に1の熟練ボーナス及び獲得した経験値に1%追加のボーナス
 ・五名まで全員俊敏に1の熟練ボーナス及び獲得した経験値に2%追加のボーナス
 ・七名まで全員筋力に1の熟練ボーナス及び獲得した経験値に3%追加のボーナス
 ・九名まで全員耐久に1の熟練ボーナス及び獲得した経験値に4%追加のボーナス
 ・十一名の際のみ全員更に全能力値に1の熟練ボーナス及び獲得した経験値に5%追加のボーナス
  ※ボーナスは累積する

 上記に加えて、リーダーである使用者は部隊員それぞれに対して(複数人、あるいは全員同時でも良い)任意に命令を下せる。但し、命令は一文節による一単語のみの命令形であり、部隊編成中の命令回数は技能レベルと同一の回数である。この命令回数は部隊を構成した時のみ与えられる。つまり、効果時間中に再度部隊編成を延長した際には命令回数は回復しないことに留意せよ。なお、部隊員は命令に従う義務はない。この命令は音声によらず、リーダーが頭の中で望んだ瞬間に任意の部隊員の意識に対して呼びかける形になるため、部隊員は自分の知っている言語で同じ意味を理解する】

 ふぅん。使えるな、この固有技能。

 俺に殴る蹴るされて減ったのか、それ以前から減っていたのかは覚えてないが、HPが少し減っているのが気になるが、目が覚めたら打撲傷に魔法をかけて回復させてやってもいい。静かな顔で眠りについている椎名の寝顔を見直し、念の為に俺のステータスも確認した。きっちりと自身のMPが回復しているのを確認し、さっき「ライト」の魔術を掛けた石を拾いに行こうと膝に手をついて立ち上がろうとした時だ。

『あっ、か、川崎さん。さっきはその……お見苦しいところをお見せしてしまいまして……』

『いつから起きてた?』

『一時間くらい前からです』

 椎名は横になっていた躰を起こしながらもじもじとして恥ずかしそうに言った。起きてたなら俺が起きた時に声かけろや。

『……とりあえず荷物を纏めろ。話はそれからだ』

 散らばった荷物を纏める為に、まず「ライト」のかかった石を拾いに行き、それを持ってヘルメットや篭手……あれ? 手袋と股間のパーツが無い。あれ? 一緒に纏めておいた筈なんだが……? きょろきょろと辺りを見回していると、

『どうしました?』

 見かねたのだろう、椎名が声を掛けてきた。

『ああ、いや、俺のよろ……ゴムプロテクターのパンツの部分が無……』

『しっかりと温めておきましたよ。忠実な部下が。この私が!』

 ふんす、と鼻息を荒くして椎名は俺のプロテクターの股間部分を脱いだ。確かに椎名の体温で温まっているが……。手渡してくる時、心なしか偉そうに胸を張っていた。

『これを穿け、と?』

『勿論です。さ、どうぞ、温かいうちにお召しになって下さい』

 ああ、もう……こんなもん穿けるか! と怒鳴りつけて放り捨てたいのは山々だが、MPが回復してしまったせいか、思い切れないでいた。

『嫌ですよぉ、そんなに私の穿いていた部分を見つめないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか。あ、あとこれもどうぞ』

 忍者のような衣服の胸の谷間から俺の手袋も差し出してきた。両手を頬に当て、クネクネと恥ずかしがっている。お前の存在が恥ずかしいわ。だいたい、これ、乾いてるんだろうな? 変な液体で濡れていたらマジでぶん殴る。まぁ今は贅沢を言っている時じゃない……。と思おう。溜息を一つついてから仕方なしに草摺を引き上げて穿いた。しかし、こいつ、俺より確実に細いウェストで、上半身のゴムプロテクターも着けていないというのになんで穿けたんだろう? 脇のベルトを留めても絶対にずり落ちると思うんだが……あ……股下を締めて太腿で挟んでやがったのか……これ穿くの、嫌だなあ。



・・・・・・・・・



『荷物は全部纏めたな。まず俺の質問に答えろ。お前の質問はその後だ。いいな』

 篭手を嵌めながら少し真剣な顔になって言った。

『はい』

 椎名も真面目な顔で答えた。もうお遊びは終わりだ。

『お前は一人でこの迷宮に入ったのか? 仲間はいるのか?』

 篭手の千本を確認しながら言った。

『一人です。仲間と呼べるようなのはいません』

 椎名は一本づつナイフを確認して体の各所へ収めている。
 ……じっと椎名の目を見たが嘘は言っていないだろう。

『ここが何層で何処か判るか?』

『判りません。落とし穴の罠にかかって落ちてきたので……』

 こいつもか。

『そうか……俺と一緒だな。お前、ラグダリオス語は話せるんだよな?』

 鞘のないトリスのロングソードに大きな異常はないようだ。

「はい、話せます。自分は幼い頃から学習して来ました」

 投げ矢(ダート)を確認し、太腿に収めている。太腿の収納部にはまだ余裕があった。使ってしまったのだろう。

「ん、わかった。今は大丈夫だとは思うが、念の為これからはラグダリオス語(コモン・ランゲージ)で話そう」

 俺は光が消えた石にもう一度「ライト」の魔術を掛けた。

「了解しました」

 ん?

「なんだよ、近いよ。もう少し離れろ」

「良いではないですか。ここには我ら二人しか居りません故。我らは事故で生まれ変わったのでしょう? なら……大きく申し上げにくいのですが……奥様はもういらっしゃらないのでしょう? で、あれば……じぶ、自分」

 椎名は鼻の穴を広げて躙り寄って来た。それを邪険に押し戻すと、

「もう、なんだよ、そりゃそうだけどさぁ。それに、お前のラグダリオス語(コモン・ランゲージ)、なんか少し変だぞ。それを言うなら大変申し上げにくい、だ」

 と言って睨みつけた。

「はぁ……変ですか。しかし、自分はもうこの話し方に慣れてしまっております故……」

 と椎名は少し落ち込んだ感じで言った。

「……まぁいい。伝わらなかったら意味がない。『日本語に戻す』

『はい』

『思い出したとか言っていたな? 何を思い出したんだ?』

 刃の欠けたナイフの状態を確認して鞘に収め、バンドで固定した。

『生まれ変わる前のことです。椎名純子の人生を思い出しました。勿論、生まれ変わってからの記憶もあります』

『はぁ?』

 何言ってんだ?

『後で詳しく述べますが、生まれ変わる前のこと、殆ど覚えてなかったんですよ、私。日本語と物の名前とかは覚えてたんですけどね。人生についての記憶は全く持ってませんでした』

 椎名は脚絆の中に収められていた小さなナイフを確認しながら言った。この野郎、これで縄抜けしやがったのか。

『ん……俄かには……今はいいか。次だ。迷宮バルドゥックにはいつ入ったんだ? さっき仲間はいないみたいなことを言っていたが、一人で入ったのか?』

 スッと椎名の雰囲気が変わった。

『今回入ったのがいつかと聞かれれば恐らく一日ちょっとくらい前でしょう。いつ頃から入り始めたかと言うことであれば先月の終わり頃ですね。あと、入るのは一人ですよ。仲間はいませんから』

 さっきも聞いたが、仲間がいないというのは好都合だな。

『どこかのパーティーに居るわけじゃないんだな?』

『はい』

『じゃあ次だ。何層まで入ったことがある?』

『二層です』

 ほう、たった一人で二層とは……MPと魔法の特殊技能レベルを考えれば問題はなさそうではある。

『お前の固有技能は何だ?』

『……』

 椎名は真剣な顔で上目遣いに俺を見つめていたが、

部隊編成パーティゼーションです。思い出すまでは表面しか理解出来ていませんでしたが、今は有効な技能だと思っています』

 と、観念したように言った。

『わかった、とりあえず今はここまででいい。迷宮ここから出たらゆっくり話そう。お前から何か聞きたいことはあるか?』

 ヘルメットを被り、緒を締めながら聞いた。

『はい、いくつかありますが、まずは』

 椎名は真剣な顔をしている。

『なぜいきなり日本語で話しかけたのですか?』

 ! しまった……。

『思い返していたのですが、不思議でなりません。川崎さんは普人族ラグダリオッシュですよね? 赤外線視力インフラビジョンもなく……仮にあったとしても顔なんかわかりません。夜目ナイトビジョンもないでしょうし。これもあったとしても全く明かりのない状況だと見えるとは思えません。私の知らない魔術かとも思うのですが……そんな魔術があれば闇精人族デュロウが知らないのはおかし過ぎます。固有技能ですか?』

 まずいぞ、これは。吹き矢(ブロウガン)のパイプを目に当ててそれを腰に戻しながら椎名は平然として言った。

『誤魔化そうとしてますね。手を見れば私には解りますよ。何年川崎さんと仕事をしてたと思うんですか? 親指の先でほかの指の爪をいじってる時は誤魔化そうと考えを纏めている時です』

 面倒くさい奴だ……。

 
エルフの舌は非常に長く(口から10cm前後)伸ばすことが出来、蛇の舌のように先が3cm程二つに割れています。舌を伸ばして自分の顎先を舐めたり鼻の頭を舐めるくらいは楽勝です。形自体は人間の舌と変わりないです。口の中では縮んでいるので喋るのに支障はありません。

舌で同時にハナクソをほじれるとか、便利ですね。多分誰もやらないでしょうが。蓄膿症のエルフの子供のネタでやろうと考えていましたが、品がないのでやめました。あと、塩水と砂糖水のように違う味のものを並べて同時に舐めるというのをトリスにやらそうとしていましたが、なんとなく想像できそうにないので没にしました。味蕾の位置までは設定してませんし。

なお、舌の長い種族としては犬、狼、猫、獅、虎も先割れこそしていませんが、同程度に舌を伸ばせます。
+注意+
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