第六十五話 輝く刃
7444年1月17日
荷物が多いのと、余計な戦闘を避けるために来た道を可能な限り急いで引き返している。
魔物への警戒すらある程度緩めスピード優先だ。
「急げ、万が一モンスターが出ても俺が吹っ飛ばす。時間との戦いだ」
「おう!」
「「はい!」」
みんなにはあれからすぐに説明し、小休止もせずに急いで戻っているのだ。
あの場にいた輝く刃の生き残りは死体と合わせて九人だった。
もう一人いる筈だ。
襲撃の場に居合わせたが、距離を空けていたとかで俺に気付かれずあの場を逃げたのか、荷物番として四層の転移の小部屋にいるかのどちらかだろう。
俺達が五層に転移してきた時には四層に野営の痕跡はあったが、誰もいなかった。
おそらく荷物番ではなく、逃げ出したのだと思われる。
なんだか空気が重い、ちょっと気分を変えようか。
歩きながら話をした。
「なぁ、みんな。ちょっと相談がある。迷宮に潜る日程についてだ」
俺がそう言うと皆、覚悟でもあったのだろうか「ついに来たか」というような顔で俺を見返してきた。
「五層も大分探索が進んできた。そろそろ六層に行ってもいい頃合だ。来月から日程を変える。二月からは三日連続、四日連続とだんだん迷宮に潜る日を増やしていく。だけど、ちゃんと月間の休日は今と同じ七日半は最低でも確保する。連携の訓練も二日半はやる。でも、連続で潜ると疲れるだろうから、多分休日自体は増えるよ。連休も考慮する。まぁ二月中でも様子を見ながらスケジュールをいじるからな。体力と相談だな」
ゼノムを除いて皆、微妙な顔だった。
「そうだな。多少休日を増やしても迷宮の奥にいる時間は長くなるから稼ぎは増えるだろう、俺は賛成だ」
以前話していたからだろう、ゼノムがすぐに賛同の声を上げてくれた。
「確かに……ゼノムさんの言う通りですね。俺もいいと思います」
トリスも賛成なようだ。
おいおい、俺はお前とベルは反対すると思ってたくらいなんだが。
意外だ。
だって、月間で考えると迷宮内で過ごす夜の回数が増えるんだぜ。
今までの迷宮探索のスケジュールだと迷宮内で一泊だけ、連泊はしなかったので月間で合計十泊だったけど、これからはもっと増えると思うぜ。
『鞘』の消費量が減りそうな事に賛成するとは……。
「……私も大丈夫です。稼ぎましょう」
ベルの答えには妙な間があった。
トリスより付き合いが長いから俺は彼女の気持ちの方が読めるということか?
「みんなが良いなら私も良いです。頑張りましょう」
グィネもちょっと硬いが笑みを浮かべて賛成してくれた。
「……ちっ」
こいつは放っとこう。だけど、まぁ言っておいてやるか。
「おいラルファ、お前のその気の毒な頭でも理解出来るように教えてやる。迷宮に長く潜るということは、確かに稼ぎ易くなることもある。今までは迷宮から帰った日、それも翌朝に訓練のない火曜くらいしか夜遅くまで飲めなかったけど、連休の時は二日連続で行けたりするから、飲みに行ける回数も増えるんだぞ。連携の訓練も何日かは午後にするつもりだしな」
俺がそう言うと、口の端がちょっと吊り上がった。ちょれぇな。
・・・・・・・・・
五層に来た転移の水晶棒まで戻ってきた。
これから四層の中心の部屋に転移して戻るのだ。
うまい具合にあの部屋はトップチームしか来れないだろうし、誰も居ないか、居ても関係ない他のトップチームか、輝く刃の残りたった一人かだろう。
やっと安全地帯に戻れる事でみんなの表情にも少しは緩みが出ているかとも思ったがそんな事はなかった。
よし、忠勇なる我が精鋭たちはしっかりと正念場だと理解しているようだな。
転移して輝く刃にもう一人いるはずの奴を拘束する。
又は、迎撃する。
水晶棒に手を伸ばす。
「丁度いい、転移する前に話しておこう」
そう言ってみんなを見回す。緊張しているな。
「転移したら全員すぐにバラけろ。荷物は足元にぶちまけてもいい。輝く刃の残り一人を見つけたら有無を言わさずに拘束する。居なかった場合、荷物をまとめて迎撃の準備だ」
みんなが俺を見て頷いた。
「俺とグィネ、トリスとベル、ゼノムとズールー、エンゲラとラルファで組む。今言った順番で一組づつ水晶棒の監視だ。一人で転移してきた奴が居たら有無を言わさず蹴り飛ばせ。体当りしてもいい。とにかく水晶棒から引き剥がせ。剣で切りつけてもいいが、そん時は絶対に殺すな。ゼノムもいいよな?」
「ああ、解ってる」
全員荷物を背負ったり腕に抱えたりしているが、すぐに武器を用意出来るようにしている。
「よし、行くぞ! リダックズ」
・・・・・・・・・
四層の転移の水晶棒の小部屋に転移した。
その瞬間、全員足元に運んでいた荷物を放り出し、各々別々の方向にバラけた。
同時に得物を抜いて部屋の中を見回す。
部屋の隅にパーティーが一組いて休息がてら食事を摂っていた。
俺たちが、転移して来ると同時に荷物をぶち撒けたと思ったら武器を抜いて周囲に殺気を放ったので吃驚したようだ。
そりゃそうか。
だが、流石にバルドゥックを代表するトップチームの一員だけあって、素早い反応だ。
全員がすぐさま武器を手元に引き寄せ、油断なくこちらを窺っていた。
あいつらは緑色団か。
「おい、グリード君、物騒だな。武器をしまってくれ」
リーダーのヴィルハイマーが身構えながら声を掛けてきた。
精人族の癖に相変わらず渋くていい声だ。
ひのふのやの、九人か。
ちょっと前に加わった新人のエルフ以外はいつもと同じ顔ぶれだ。
「ああ、すみません。輝く刃の連中に襲われたばかりなもので……気が立っていましてね。それより、貴方たちはいつ頃からここに居たのですか? ここにいる間、輝く刃の誰かが一人で転移して来ませんでしたか?」
俺も銃剣を持ったまま答えるが、同時に質問もして視線は部屋のあちこちに飛ばしたままだ。
この部屋には緑色団しかいないようだ。
俺はみんなに武器を下ろすよう合図をすると、
「トリス、ベル。すまんが最初の見張りを代わってくれ。他のみんなは荷物を纏めて隅で休んでいてくれ。ラルファとエンゲラは怪我したんだし、念のため寝れるようなら寝ておけ」
と言って、銃剣を肩にかけ直すとヴィルハイマーの方へ歩き出した。
両手には何も隠し持っていないことを示すために手の平を見せながら広げた。
そんな俺に安心したのか、彼らも構えていた剣や槍などの得物を下ろした。
ばぁーか。手の平を見せっ放しなのはいつでも魔法で生き埋めにしてやれるからだよ。
まぁ襲われて気が立っているから多少攻撃的にもなるさ。
ヴィルハイマー以下、緑色団のメンバーたちは俺の発言に驚きを隠せないようだったが、どこか納得しているような顔も見受けられた。
「その様子だと輝く刃は全滅はしていないようだな……何人残っているんだ? あと、我々がここに到着したのは二時間程前だ。それ以降この部屋に来たのは転移も含めて君たちが最初だ。それと、詳しく話を聞かせて欲しい。正直なところ、多分君たちが輝く刃に襲われたということは本当なんだろうと思ってはいる。だがな……」
くそ……そういうことかよ。
でも、まぁ仕方ないよな。理解は出来る。
「そうですか……奴らは私たちが五層の祭壇の部屋でアイスモンスターと戦闘中、もう少しでなんとか倒せそうな時にいきなり別の入口から我々に強襲をかけてきました。おかげで、私を含め数人が負傷してしまいました。しかし、奴らの残りは一人です。九人はその場で始末しました。魔石を採取しています。検めますか?」
俺がそう言うと、緑色団たちは顔を見合わせてこそこそなにか喋り合っていた。
「……まじかよ」
「あいつらだけで輝く刃を全滅に追い込んだのか?」
「嘘じゃあ、ないみたいね。あの鎧、見覚えが有るわ」
「殺戮者……実力は本物か」
「アイスモンスターもいたんだって? アイスモンスターを倒したってこと?」
「そう言ってるからそうなんでしょ」
「あれ、倒せるのか……」
「……ちっ、うるせぇぞお前ぇら! 静かにしろぃ! すまんな、バカ揃いで」
「いえ……気にしてませんよ。でも、私も今以上の話は大して出来ません。何しろいきなりでしたし、こちらも必死に応戦したので手加減なんか出来ませんでしたからね。見てくださいよ、これ。後ろから矢を射かけられたんですよ。アイスモンスターとの戦闘中にいきなりですよ。本当に危なかったんです」
そう言って俺は後ろを向いて腿と腕の矢傷(傷自体は既に治癒させているので、鎧下に開いた矢の跡だ)とまだ生乾きの血の跡を見せつけた。それからズールーに声を掛けてベルが引き抜いて回収しておいた俺に刺さった矢を持ってこさせた。
「そうか。だが、一方の話だけで決め付けるわけにはいかんのは君も判っているよな? 正直なところ、十把一絡げのパーティーなら全滅したり、壊滅状態に陥るなんてことは毎月のようにあるから珍しくもないが、輝く刃くらいになると大きなニュースになるだろう。騎士団も出てくるかも知れん。このまま地上に戻って素知らぬ顔を決め込んでも良いだろうが、それだと流石にな……輝く刃の装備品を処分するのは難しいだろう。奴らもあれで顔も名前も売れているしな」
確かにその通り。
だから俺も残りの一人を確保しようとしているんだしな。
「そうですね。確かに貴方の仰る通りです。まぁ、ですから我々も戦闘後、碌に休息もせずに急いで戻ってきたのです。最後の一人を確保するためにですがね」
「そうか。私たちも逮捕の手伝いをしても良いが、相手が一人なら大丈夫か……ああ、ところで、残っている奴は誰なんだ? デミトリダスか?」
「いえ、リーダーのデミトリダスは殺しました。多分、いつもパーティーの後ろにくっついているような後方警戒担当じゃないですかね? 名前までは覚えてません」
正直なところ他のパーティの奴の名前なんか、全員覚えちゃいない。目立つ奴とか実力のありそうな奴は一応チェックしてるけどね。
「わかった……。マーサかログミット、ビッケンスあたりだろう。逮捕に協力はいるか? いるなら手伝っても良いが……」
「いえいえ、我々だけで充分ですよ。お手を煩わせるには及びません。彼らもあの祭壇の部屋まではそれなりに時間もかかっているでしょうからね。一人で転移の水晶棒まで戻るのにどのくらいの時間が掛かるかは解りませんが、食料の続く限りここで張り込むつもりですよ」
そうは言ったがそこまで長くはないだろう。
長くても半日程度じゃないだろうか?
デミトリダスを始め、襲撃をかけてきた奴らは碌に魔力が残っていなかったから、それなりに途中のモンスターを処分していたとは思う。
全員の懐から生乾きだったり腐った肉がこびりついたままの魔石も転がり出てきたからな。
「なるほどな。だが、そうもいかん。迷宮内の自治の問題だ。いいか、よく聞いてくれ。俺は別に君を疑っているわけじゃない。だが、公平に輝く刃の言い分も聞きたい。ここは引いてくれ。これ以上自分たちだけで何とかしようとするなら、証拠隠滅も疑われるぞ。出来れば部屋の外で待機していて欲しい。
勿論、我々が責任を持って残りの一人が転移してきたら確保することは約束しよう。我々を疑うのであれば、君たちのうちの誰か一人くらい、うちのメンバーと交換しておけばぱっと見で解ることもないだろうからそれでもいい。ヘルメットでも被って鎧も交換すればまずわからんだろうしな。逮捕したあと、俺が話を聞く。君たちの出番はそれからだ」
なんだ、こいつ、偉そうに仕切りやがって。
何が迷宮内の自治だ。
どうでもいいわそんなもん。
それとも何か?
お前さんがこの迷宮の主かなにかのつもりかよ?
まぁ言いたいことはわからんでもないし、ある意味で願ったりでもある。
俺の微妙な顔つきに気がついたのだろう、ヴィルハイマーは頬をかきながら続けた。
「そんな顔しないでくれ。悪いようにはせんよ。俺たちだって輝く刃は好きじゃないんだ。君だって、君たちのいないところで輝く刃の生き残りが何と言うか気になるだろう?」
ヴィルハイマーはちょっと弱気な感じで言った。
「……解りました、ここは言う通りにしたほうが我々にとっても得策でしょうね。……見張りを代わってください。うちのパーティーからは今見張りに立っているエルフを出します」
「ロック、ベンノ。話は聞いていたな。お前ら最初の見張りに立て。それからバースは殺戮者んとこのエルフと装備を交換しろ。お前は殺戮者と一緒に通路で待機してろ」
それを聞いた俺もトリスに声を掛ける。
「トリス、見張りを緑色団と交代する。お前はこちらの人と装備を交換して緑色団に入ってくれ。細かい説明をする」
すぐに駆け寄ってきたトリスに事情を説明して納得してもらうと、装備を交換させ、緑色団に潜り込ませた。
俺たちは再度荷物を纏めて部屋から少し離れた洞穴で待機だ。
・・・・・・・・・
待機の時間は五時間ほども続いた。
トリスと装備を交換した緑色団のエルフのバースと世間話をしながらだったので退屈することはなかった。
バースは三十六歳のエルフで荒っぽいと言えば荒っぽい性格だが、話してみると口調が荒っぽいだけでまぁごく普通の冒険者だ。
だがトップチームの一員だけあってそれなりに腕は立つようだ。
うちのパーティーでは彼より年上はゼノムしかいないので、見下しているところが鼻につくが、確かに小僧と小娘ばかりなのでそれも仕方ない。
話を振ればきちんと返してくれるし、向こうから話を振ってくれることもある。
確かに見下している部分はあるが、俺が殺戮者のリーダーであることも理解しており、舐めた口を利く訳でもない。
ぼそぼそと(迷宮内で転移の水晶棒の部屋の傍だからと言って大声で話す気にはなれない)会話が続き、お互い冗談でくすくすと笑い合うくらいまでは打ち解けられた。
その時だ。
「よし!」
「おらぁっ!」
「ぐえっ! 痛ぇな、なにすんだよ! いきなりよぉ! ちょっと通してくれよ。地上に戻るんだよ」
転移の水晶棒の部屋から声が響いてきた。
全員一気に静まりかえる。
「よう、ビッケンスじゃねぇか。一人でどうした? デミトリダス達は一緒じゃないのか?」
ヴィルハイマーの声だ。
「あ? ああ、あんたか……いや、その……そうだ! 殺戮者の奴ら、とんでもねぇ! 俺達に襲いかかってきやがった!」
こいつが輝く刃のビッケンスだろう。
適当ほざきやがって……。
俺と同じように殺戮者のメンバーも怒りの表情だった。
バースだけは面白そうな顔をしている。
面白くねぇよ。
「はぁ!? マジかよ!? で、天下の輝く刃さんはおめおめとやられちまったのか?」
上手い合いの手だ。
緑色団の兎人族の槍使いの声だな。
「それが、聞いてくれよ。殺戮者のリーダーの小僧、いきなり魔法をカマしてきやがったんだよ。あんなすげぇ電撃の魔術なんか見たことねぇ……。俺は一番後ろにいて少し離れて魔物の警戒をしてたから無事だったけどよ」
「まさか、やられちまったのか? 他の皆はどうしたんだい?」
今度は山人族の女の声だ。
確か得物は……なんだっけ?
「わかんねぇ。やべぇと思ってすぐ逃げたしよ……。だが、休憩してた俺たちにいきなり襲いかかってきたことは確かだぜ」
この野郎、休憩どころか戦闘中に後ろから襲いかかってきたのはお前らの方だろうが。
俺はそういう行動自体を否定するつもりはない。
正直な話、何が起きるかわからないとすら言われている迷宮の中でなら卑怯だとも思わない。
勝てば官軍だしな。
だが、失敗した時の事は考えておけ。
「詳しく聞かせてくれ。本当なら騎士団に突き出さなきゃならんだろ」
ヴィルハイマーの声だ。落ち着いている。
「あ、お、おう。だけど明日でもいいか? 疲れてんだよ。さっさと地上に戻りてぇんだ」
「いいじゃない、少しくらい。飯くらい出すから一緒に食っていきなよ。金払えなんて言わないよ、あたいの奢りだ」
普人族の女か。
確か彼女は剣と盾を使っていた筈だ。
「いやぁ、本当に疲れてんだよ。何しろたった一人で魔物を避けながら戻ったんだぜ。眠りてぇよ、もう」
「しょうがねぇな。だがよ、事はそう簡単にゃあいかねぇだろ。ここにお前を追いかけて殺戮者が来たらどうすんだよ。事情だけでも話していけや。それによ、輝く刃が襲われたのは通路……のわけねぇよな。いくらなんでもそれじゃあ無用心すぎるだろうしな」
バースとは別にいるエルフの男の声だ。
えらく弓の腕が高いらしい。
ま、それでもうちのベルの方が数段上だと思うがね。
「ちっ、急いでんのに……五層でよ、祭壇の部屋あるじゃねぇか。俺らぁあそこを平らげて休憩してたのよ。俺だけが通路の先で警戒してた。そこにいきなり襲いかかられたんだよ。魔物を倒したばっかだったし、デミトリダスさんもちょっと気が抜けてたんだろうな。いきなり魔法カマされて、あっという間に何人も倒れ込んじまった。で、一気にやられちまったらよ、怖ぇじゃねぇか。俺は気づかれる前に必死に逃げ出したんだ」
「そりゃいつの話だ?」
またヴィルハイマーだな。
「もちろん今日だよ。七~八時間くらい前かな」
「そうか。お前さん、たった一人で七~八時間で戻ってきたのか?」
これもヴィルハイマーだろう。
「あ? ああ、俺が警戒していた通路の先が、元来た場所に繋がってたからよ……」
「へぇ、そりゃ運が良かったな」
普人族の男だな。
こいつも女同様に剣と盾を使っていた筈だ。
「ああ、全くだ。もう行っていいか?」
「まだだ。でもよ、デミトリダスも間抜けだな。何で警戒に立ってるのがお前一人なんだよ。今の話だと、その部屋には通路は三つあったんだろ?」
「ああ、そうだ。俺達が入ってきた通路とその先の俺が警戒してた通路。あと殺戮者が襲ってきた通路の三つだ。何か変かよ?」
「変だろ? 百歩譲って自分たちが入ってきた通路の警戒をしてないのはまだいいさ。だけど、その他に二つあるうちの片方しか警戒させてないなんて、おかしいだろ? デミトリダスがそこまで間抜けとは思えないね」
狼人族の弓使いの女だ。
「なんだよ! 疑うのかよ! 嘘じゃねぇぞ」
「別にそこまでは言ってないよ。迷宮内で休憩中に見張りをちゃんと立てないのはお粗末に過ぎると思っただけだ」
狼人族の女が続けて言ったようだ。
「あ、いや、ま、マーサも見張りに立ってたかも知れない。多分、殺戮者に最初に殺られちまったんだ」
「なんだ、そうか。そうならそうと最初から言いな」
「ああ、すまんすまん」
「で、マーサは声を立てる暇もなく殺られたんだな。魔術で即死だったのか?」
再度ヴィルハイマーだな。
「そうじゃねぇかな? 見てないから知らないけど……」
「だけどねぇ、幾らすごい電撃の魔術で奇襲を受けたにしろ、いきなり何も出来ずにやられるとはちょっとねぇ……」
ヒュームの女戦士だろう。
「ああ、そりゃ反撃くらいはしたみたいだ。デミトリダスさんが弓撃ってるのが見えた。でもダメだろうと思ったよ」
「はぁ? そいつはすげぇ! 電撃の魔術受けて弓撃ち返したぁ? 嘘を吐くな、この野郎!」
今まで声がしなかったゼノムよりでかい両手持ちの戦斧を振り回すドワーフのおっさんの突っ込みが炸裂した。
「あ、いや、そう見えただけで撃つ前に殺られたかも知れないけどな」
ここからはもうグダグダだった。
幾つかヴィルハイマーの誘導尋問に引っかかったところで、取り押さえられた。
ヴィルハイマーに呼ばれて俺達が登場するとビッケンスは露骨に狼狽えた。
俺に刺さった矢を見せつけ、それがかなり高級な矢であり、購入者の特定は容易であること、その鏃に既に乾いてはいたものの肉片や血もこびりついたままであること。
俺が後ろから矢を受けたこと。
ヘルメットの錣と鎧の背中に矢傷があり、回収した別の矢と鏃の形状が合うことなどを突き付けると、観念した表情を見せたようではあったが、襲いかかった事までは認めなかった。
強情なことだ。
とにかく皆でビッケンスをふん縛って、地上に帰還した。
騎士団に申し出たがその時もビッケンスは否定していた。
・・・・・・・・
以降は、後日の話だが思わぬところから俺たちに援護射撃があった。
以前、スライムに襲われて全滅寸前のところを助けたドルレオンがバルドゥックに居たのだ。彼は高級レストラン「ドルレオン」のオーナーの次男であった。
そう、第一騎士団団長のローガン男爵に鎧を見せて最初に予約注文を貰ったレストランだよ。
「グリードさん達は、危機的状況にあった私を救ったばかりでなく、私の死んだ仲間の装備品も一切要求しませんでした。全て仲間の遺品だからと言って私に返却してくれたのです。もちろん、お礼として幾ばくかの金子は払いましたが、これは当然のことでしょう。そんなグリードさん達が他の冒険者を積極的に襲うなど考えられません」
勿論、何らの証拠にもならないが、参考意見として重要な証言になった。
バルドゥックの騎士団もドルレオンをよく利用していたことも大きかったのかも知れないが、とにかく、ビッケンスは次の裁きの日にはその命を散らすことになるだろう。
輝く刃の装備品や所持していた財産は全て俺の者になった。
だが、迷宮外に貯蓄していた(やっぱりこいつらも行政府にロッカーを持っていたようだ)財産は全て行政府が没収したらしい。
迷宮内で戦闘の結果手に入れたものではないので、単にバルドゥックの住人が死んだ時の処理をされただけだ。
勿体無いとは思うが、これはどうしようもない。
比較的無事に近い金属帯の鎧二着はズールーとトリスに装備させることにした。
結構品質のいい長剣はトリスの、段平はエンゲラの、槍はグィネの使っていた装備と交換した。
その他の鎧や装備品は全て金に換えた。
なお、高品質の弓もあったが、ベルは「使い慣れた物の方がいい」と言うので弓はそのまま換金対象になった。
時系列が前後して申し訳ないが、勿論これらは五月くらいの話だ。
今回の件で殺戮者の名前はいや増すことになりました。
何しろアイスモンスター(ここ数年誰も倒していない設定です)との戦闘中にトップチームに襲撃をかけられたのに、メンバーの誰一人失うことなく切り抜けただけでなく、反撃して壊滅に追い込んだのですから。




