第六十三話 強攻
7444年1月1日
なんとか晩飯に間に合うようにバルドゥックの街まで帰ることが出来た。
皆とちょっとだけ豪勢な正月のメニュー(少し高級な食材を使っているというだけだが)を食べ、宿に戻る。
トリス達に飲みに行こうと誘われたが、ちょっと俺は宿の部屋で一人になってやらねばならないことがあるのだ。
言わずと知れたこと、俺に掛けられている報告の魔術の解除だ。
神様クラスの超高難度且つ超魔力の魔術らしいが、なぁに、俺だって魔力は神様クラスだ。
多分だけどさ。
部屋の椅子に腰掛け両手で頭を掴む。
そう、アンチマジックフィールドの対魔術のフィールドを俺の頭に対して展開するのだ。込める魔力はMP五を残してほぼ全て。
今残っているMP七〇六三のうち、七〇五八を使うのだ(自然回復は一時間に一二だけだし、帰り道も戦闘でそれなりにMPは使っている。アンチマジックフィールドの魔術に使用するMPは五の倍数に三を加えたMPなので全部使うとMPはゼロになってしまう)。
飯は食ったばかりだし、眠くなったら寝てしまえばいいのだからMPを全部使う事も考えたが、我慢出来なくて道行く女性に襲いかかるのは避けたいからな。
それに、今はMPはゼロにさえならなければ宿の中なので寝てしまえばいいだけだ。
心を落ち着け、魔力を練る。
普段からアンチマジックフィールドはそれなりに使ってはいるが、込めるMPはせいぜい数百だ。
こんなに一気に使うのは俺がまだ小さく、MPを増やすのに執心していた頃以来だ。
それだって正確に同じ量のMPを使った経験は五回もあるかどうかというところだろうからアンチマジックフィールドが正常に発動するには一〇分は覚悟するべきだろう。
………………。
…………。
……。
よし!
俺は展開された対魔法の力場を報告の魔術を意識しながら自分の頭に向ける。
……これでいい。
多分もう大丈夫だろう。
今俺の両手の間には残ったMPで展開されている力場の残滓がある筈だ。
光っている手を【鑑定】すれば報告の魔術とやらがどのくらいのMPを使って行われたのか、引き算をすれば計算可能だ。
俺のMPは五しか残っていないから【鑑定】すれば四になってしまうが、まぁいいか。
興味もあるし、【鑑定】してみよう。
え!?
手が光っていない!
考えられることは一つだけ。
アンチマジックフィールドに使ったMP七〇五八を貫通して、つまり、報告の魔術には七〇五五以上のMPを使われていた、ということだけだ。
アンチマジックフィールドは昔から兄貴や姉貴に付き合わされたりしてさんざん使い、その特性は完全に掴んでいる。
地水火風に一づつ、無に四の合計八MPを使うのが最低だ。
これでMP使用量が五までのいかなる魔術をも打ち消すことが出来る。
先ほども言ったが、以降MPを一づつ全属性の魔法に追加していけば(つまり、五づつと言う事だが)打ち消せる魔術のMP総量はそれだけ増加して行く。さっき俺が使ったアンチマジックフィールドであれば七〇五五までのMPが使われた魔術までなら打ち消せるのだ。
俺は呆然として両手のひらを見つめるが、だんだんと笑いがこみ上げてきた。
「くっくっく」
神様だか亜神だが知らねぇが、世の中は広い。
「うふふふふ」
MP七〇五五だとさ。
「へっへへへへ」
井の中の蛙大海を知らず、か。
「あっはははははは」
こんな、いつ役に立つんだか立たないんだかわからない魔術を何年にも亘って使えるような奴がいるのか。
まさに神だな、こりゃ。
冷静になって考えても人間業じゃない。
既に神という存在が実在することは十分過ぎるほど知っていたが、改めてすごいと思った。
同時に何か抑えがたいドス黒い感情が込み上げて来るが無理やり捩じ伏せる事にする。
まぁ俺の事を害だと思って排除するつもりなら、これだけ魔力が使えるのであれば出来ない事じゃないだろう、と言うか、指先一つで俺なんか消し飛ばせるだろう。
今迄それをされていないと言う事は、俺の行動を認めていると言う事か。
いや、単に観察しているだけという可能性もあるのか。
どちらにしろ俺を脅威だとは思っていないのだろうし、おそらくは殺す気もないのだろう。
今俺が報告を潰そうとしたことまで判っているかどうかは知らない(報告は俺の意識レベルが低下している時にしか俺の記憶を覗く事は出来ないらしいからな)が、判った場合、俺はどうなるだろうか?
ちょっと考えてみたが、別に何もしてこないだろうと思った。
前世の一九七〇年代、小学生の頃だ。
俺はクワガタを水槽で飼っていて、毎日世話をしてやりつつ観察していた。
ザリガニも飼っていた。
そのどちらにもハサミで噛まれ、怪我をしたことはある。
しかし、クワガタもザリガニも俺に脅威を抱かせるには程遠い存在だった。
仮に俺に飼われていたクワガタやザリガニに思考能力があって、飼われている事自体面白くない、ここから逃げ出そうと考えている事が俺に判ったとして、俺は特別何かをする事はなかったろう。
勿論、それでもちゃんと餌もやるし、生きている限りは汚れを取り除いたり、水槽を洗ったりもして世話してやったろう。
脱走を企んだとしても彼らの力で水槽の蓋を開けるのは叶わない事は理解していたし、目の前で実行されようとしても俺は決して彼らに腹を立てたりなんかしない筈だ。
それどころか「お、元気いいな」くらいのもので更に可愛がったろう。
つまりはそれと一緒だ。
イルカだかウミガメだかに発信機を埋め込んで行動や移動範囲を調べたり、保護動物となっているサイやシロナガスクジラに発信機を埋め込んでいる研究者と何ら変わる所はないのかも知れない。
ザリガニを可愛がる子供よりは研究者の方が、観察対象に何か起こっても手出しするような事は少ないだろう。
勿論確証はない。
単なる俺の被害妄想かも知れない。
一応転生させた神様なのだからその生死や死んだりすれば死因くらいは知っておきたい、という程度の事なのかも知れない。
何しろ、初めて神に会った時、それまでに何人死んでるとか死因は病気だったとか答えてくれたと思うし。
実害らしい実害と言えば、たまに適当な記憶に封印がかかるくらいで、それも誰かに指摘されたりすれば、つるっと思い出す程度の封印だ。
魔法の特殊技能の効率的な取得法について秘密にする事を忘れたのは確かに嫌な思い出だが、それだって兄貴に殴られて指摘された事でぺろっと思い出せた。
あれから俺も用心して“バークッドの掟を守る”というメモを壁に貼り付けている。
今の俺が忘れて困るような記憶はこれだけだ。
極端な話、これ以外何を忘れたところですぐに困ったりはしない。
勿論、言葉を忘れるとか、魔法の使い方を忘れるとか鑑定の仕方を忘れるとかだと困る事は多いが、カールの話だと失われるのは陳述記憶のエピソード記憶に限定されるようだから、言葉や知識、何らかの技能(固有技能や魔法に限らない。剣などの使用法や、釣りの技術なども含まれる)についてなどの意味記憶はおそらく問題ないと思われる。
つまり、お袋の発案した「魔法技能の習得法」や、俺の知っている「幼少時に魔力を使い切ることによって一定確率で魔力が増加する」などの知識は意味記憶の範疇なので失われる(封印される)事はない。
しかし「この二つの知識を隠す」というのはエピソード記憶だから封印される可能性がある。
もう一つ二つ例を挙げると、「幼少時に魔力を使い切る事によって一定確率で魔力が増加する」という知識は意味記憶なので覚えているが、何故その知識を覚えているのかの理由はエピソード記憶なので封印される可能性がある。
尤も、これは鑑定することによって見ることの出来るMPのサブウインドウを見れば多分思い出すだろうけれど。
同様に俺の名前がアレイン・グリードだというのは意味記憶ではなく、エピソード記憶になる。
しかし、自分以外の第三者や物品の名前は意味記憶に分類される。
なぜなら、自己を認識する最初の手段が名前を知ることであるからで、その最初の記憶は自分の名前であることが多いからだ。
特に転生を経験した俺の場合、赤ん坊のころからエピソード記憶の能力が備わっていた。
俺の場合、エピソード記憶の能力については大人同然で生まれたので、自分の名前を知ったことは一大イベントに等しいエピソード記憶だ。
だが、ステータスオープンについては意味記憶だから忘れない。
自分のステータスを見たり、鑑定すれば名前を忘れたとしても兄貴に指摘された時同様、すぐに思い出せるだろう。
こう考えれば多少は落ち着くというもんだ。
だが、記憶を封印されるというのはまずい。
まずいが対抗策がない以上、無理やりこう考えでもしないことには精神衛生上良くない。
ここで地団駄を踏んで悔しがったり空に悪態をついても何の解決にもならないことは確かなのだから、少しでも自己の精神を安定方向に向かわせるほうがマシな行為だろう。
とにかく、魔術への対抗魔術であるアンチマジックフィールドでは、少なくともMP七〇〇〇ちょい程度ではダメだったと思われる。
一度寝て明日の朝、満タンのMPを全部使い切る覚悟でもう一度アンチマジックフィールドをやってみるつもりだ。
俺のMPの最大値は七四三六だから最大効果のアンチマジックフィールドならMP使用量は七四三三、打ち消せる魔術のMP総量は七四三〇までだ。
今回より四〇〇近く多くのMPを打ち消せる。
常識で考えて、ひとつの魔術に四〇〇以上のMPを使えるような存在など俺を除いたら姉ちゃんくらいしかいないので、普通ならこの差分だけでもまずどんな魔術だろうと打ち消せるんだがな……。
・・・・・・・・・
7444年1月2日
当然ながら朝起き抜けにアンチマジックフィールドの魔術を使ってみた。
半分以上期待していなかったが、やはりというか、手にアンチマジックフィールドが残っている証拠の青い光はなかった。
俺にかけられている報告の魔術には七四三〇以上のMPが使われていることは確かだ。
心のどこかで「ひょっとしたら……」という淡い期待がなかったかと言えば、当然ながらあった。
単に現実は非情であったと言うだけのことで……畜生。
俺のMP残量は三しかない筈だから、朝飯を食ったら自家発電でもしてMPを使い切って二度寝しちまおうか、と考える。
飯屋への道すがら報告は俺だけに掛けられたものなのか、それとも転生者全員に掛けられているのかについて考察した。
今まで俺が会ったクロー、マリー、ラルファ、ベル、トリス、グィネの六人には記憶については特に変わったところはなかったと思われる。
まぁあったところでそれが致命的なものでない限り本人が申告して来ないのであれば気付きようもない話だしな……。
以前ベルが精神性について肉体年齢近くまでしか再成長していないのではないかと言った事があるくらいで、記憶の欠落とかそういった点については特に何も言っていなかった。
俺だって記憶の欠落らしきものに気がついたのは一年程前だ。実際にはその半年以上前には発生していたのであろうが、とにかく一昨年の年末までは幾らか変だな、とか違和感が有るなという程度で完全に自覚したわけではなかった。
これを解決するには彼らをカールに見てもらうしかないと思われる。
転生者全員が報告の魔術の対象となっているのであれば、気分が良くない事は変わりないが、まぁ納得も出来るし、仕方ないのだろうと思えるだろう。
しかし、万が一俺だけが対象であれば、考えたりしなければならない事は飛躍的に増える。
ちょっと考えただけでも、何故俺だけなのか? という問題がある。
報告の魔術の使用者が俺を転生させた神様だとか亜神なのであれば三九人居た筈の転生者から何故俺だけが対象に選ばれたのか? という問題にも発展する。
この場合、固有技能が二つあるとか、そもそも俺以外にも何人か対象者がいるもかも知れないなど、もう考えてもどうしようもない。
次に本当に転生をさせた神様とか亜神に掛けられたのか? という問題も依然として残る。
八百万の神全てが転生に関わった訳でもないだろう。
全然関係ない可能性だってある。
神ですらない可能性も否定できないが、これはまず有り得ないだろうと断言出来る。
なぜなら俺以上の魔力を持つ奴が居たとして、それでもMPは俺の倍もある筈はない。
特に報告の魔術なんかだと一度魔術を掛けた時の効果時間なんかいいところ数分の筈だとカールが言っていた。
つまり、日に何度も掛けなければいけない筈だ。
勿論、一度掛けたらしばらく間を置いて掛け直すなんて事も可能だろうが、それだと、真昼間、俺の意識がまず覚醒状態に有り、効果が無い事が解りきっている時間にかける意味は無い。
少なくとも、昨日の昼間カールと会っている一時間くらい、昨日の夜、今朝、と最低でも数回使っている。
俺の倍のMPがあると仮定してもおかしい。
たまたま、という事も考えられなくもないが、最低一年半くらい前から俺はターゲット(か、少なくともそのうちの一人)になっている筈だし、俺のパーティーの他のメンバーに対して順番に報告の魔術を掛けている可能性もあるっちゃある。
だが、それは極小だろう。
恐らく俺の何倍なんてレベルじゃないくらいの、MPを湯水のように使える存在の筈で、それがオース一般の人に紛れ込んでいるとか別の転生者にいると考える方が不自然だ。
もしそうならそいつは日がな一日俺に魔術を行使している筈だろうから、碌に生活も出来はしないだろう。
俺みたいに何か別の行為をしながら魔術が使えるなら考えられなくもないが、それだってずっと続けるのはかなり困難が伴うに違いない。
だから、この際、超自然的な存在であると仮定する方がまだ納得出来るし、超自然的な存在は、その存在自体確認されているから……ああ、もう、神だと言う方が可能性は比較にならないくらい高いと思うんだよね。
全部の可能性を当たるなど出来る筈もないから、少数の候補に絞ってあとは切り捨てるしかない。
その中に正解があったとしてもそれはそれ。諦めるしかない。
残る問題は……飯屋についた。
取り敢えず昨日の出来事を話すべきか?
いや、話したところで何の解決にもなりはしない。
恐らく彼らに早々には解決不可能な恐怖感を抱かせてしまうだけだろう。
話すのなら報告の魔術を除いた部分だろうか。
それだってカールのところに再度連れて行く時でいいだろう。
まだ四ケ月先だ。
その間に何かあればその時話せばいい。
・・・・・・・・・
7444年1月17日
五層の初めてのエリアでのことだ。
迷宮の通路の先にいつものように部屋があるのを発見した。
用心深く近づいて行く。
通路の先に薄ぼんやりと見える部屋は正面には壁しかないようだが、部屋の中心くらいに高さ三mほどの悪魔巨人のような石像が見える。
背中からコウモリの翼を生やし、角の生えた悪魔のような石像は合計四体有り、全て背中合わせに部屋の各壁の方向を向いている。
こいつは、あれだ。
ガーゴイルだ。
去年の暮れ頃、一度見たことがある。
と、すると、あれも一緒にあるんだろうな……。
部屋に入る手前で皆をストップさせ、慎重に部屋の中を見ると、やっぱりあった。
黒い炎がちろちろと火の手を上げる何かの祭壇のようなものが、部屋の左手にあった。
部屋にはその祭壇の裏側とさらに奥の左手の壁に通路が二本、右手の壁にも通路が一本繋がっていた。
俺たちが部屋の入り口に居る側の壁に別の通路があるのかは判らない。
部屋に足を踏み入れると中央のガーゴイルの石像が動き出し、侵入者である俺達に攻撃を仕掛けてくる。
同時に祭壇の黒い炎が勢いよく燃え、どういう原理なのかは知らないが、祭壇の前に別のモンスターが召喚される。
初めて祭壇のある部屋に入った時にはグールの群れがいきなり召喚され、肝を冷やしたものだ。
だが、以前エメラルドの原石を見つけたのは去年の暮れ、一一月も半ばを過ぎた時、祭壇の上に安置されている祠の中から発見したのだ。
ガーゴイルとグールを全滅させたあと、部屋を調べているとき、それまで燃え盛っていた祭壇の炎が小さくなると共に祠の扉が観音開きに開いた。
その中にあったのを拝借したのだ。
五層では黒い炎の祭壇からは宝が得られる事が多いと聞いていた俺たちは、それはもう興奮したものだ。
そして、まごう事なき宝石の原石を手に入れ、ホクホク顔で地上に帰還した。
確かあの時得たエメラルドの原石は一四九五万Zという、とんでもない高価格で売れたんだ。
俺は皆を見回して祭壇の方向を指さした。
祭壇を認めた金の亡者共はそれぞれ口元に笑みを浮かべている。
俺もニヤついていることだろう。
ここで一発、誰にでもファイアーボールが放てる魔法の杖なんか転がり出てきた日にはカールのところに行く以外でこんな辛気臭い迷宮とはオサラバ出来るのだから当然だろう。
そうでなくったってそれなりに高価な財宝が出て来るに違いあるまい。
「ズールー、エンゲラ、お前たちは部屋の中央の石像へ突っ込め。俺が援護する。ズールーが左の奴で、エンゲラは右だ。まず最初に手前の奴に石の投槍をぶち当てる。そのあとは右回りで狙っていく。ズールーへの援護は最後になるからな。気を付けろよ。
ゼノム、トリス、ラルファは祭壇の方へ警戒しながら進め。ベルとグィネはその援護だ。俺たちの方は気にしなくていい。ズールーとエンゲラは石像を片付けて、祭壇の方のモンスターがまだ生きているようなら二手に別れて別々のモンスターか、一匹なら別方向から突撃だ。万が一祭壇にモンスターが出て来ないようならゼノムはズールーの援護で残りの皆は警戒だ。いいな?」
全員頷き返すのを確認し、改めて装備を確認する。
ズールーとエンゲラが先頭に立ち、その後ろに俺。
俺たちの左側にはゼノムを中心にトリスとラルファが其々得物を手にしており、その後ろには矢を番えた弓を持つベルと前衛の後方からの突っつき役のグィネが三m程の槍を持って立っている。
グィネだけは槍が武器なのでスタートを少し遅らせる必要がある。
準備は万端だ。
再度全員を見回して号令を掛ける。
「行くぞ!」
俺の合図と共にズールーとエンゲラが部屋の中央に立っているガーゴイルの石像目掛けて走り出し、ゼノムを中心とした祭壇部隊も左手の祭壇を目指して走り始めた。
彼らが部屋に踏み込んだとたん、ガーゴイルの石像の目が赤く光を発し、蝙蝠の羽を広げる。
石像になっているうちに魔法を撃ち込まなかったのはMP効率を考慮しての事だ。
以前見たときは部屋の外からファイアーボールやライトニングボルト、ストーンジャベリンなどを叩き込んだのだが、僅かに傷を付けられたに過ぎず、石像のまま一体のガーゴイルを破壊するのに要したMPは五〇〇を超えてしまったのだ。
しかし、動き出してからだと普通のモンスターに成り下がる。
正直なところ、動く石像と黒い炎の祭壇の話を聞いていなかったら単なる不気味な石像だと思い込んだまま用心しながらも普通に部屋に入り、そして、奇襲を受けていただろう。
動き出したガーゴイルはなかなか素早いのだ。空も飛ぶし。
俺は走り出した彼らの後ろからストーンジャベリンミサイルの魔術を使ってガーゴイルの一匹を始末し、再度ストーンジャベリンミサイルで空中に飛び上がったもう一匹を撃ち抜いた。ズールーとエンゲラは残った二匹の至近に達している。
俺の左手で弓弦が鳴った。
ベルの射撃だろう。
もうモンスターが召喚されたらしい。
「っ!」
グィネが息を呑み、駆け出す音が聞こえた。
強敵なんだろうか?
だが、今は耐えてもらうしかない。
すぐに援護してやるさ。
エンゲラの前に立ちはだかり、鉤爪の生えた腕を振り回している悪魔の頭部目掛けてストーンジャベリンミサイルを放つ。
見事に命中したが、顔の半分を削り取られつつもエンゲラに攻撃を続けている。
死なねぇでやんの。
さっさと始末しなきゃ。
瞬間的に敵まで到達するライトニングボルトは使い勝手の良い魔術だが、威力にバラつきがあるのが難点だし、味方の後ろから放つと武器や防具などの金属類が避雷針替わりになってしまいかねないので幾ら素早い攻撃が出来ようともこういった状況では使いにくい。
フレイムボルトミサイルでエンゲラの目前のガーゴイルに止めを刺し、もう一度ストーンジャベリンミサイルでズールーの前のガーゴイルへ攻撃を放った。
俺の魔力による誘導を受けて石の槍がガーゴイルの胸部目掛けて飛翔する。
ガーゴイルが気が付いた時にはもう遅い。
俺の石槍が胸に突き立ったのが早いのか、ガーゴイルの腹にズールーの放った両手剣による突きが早かったのかは解らないが、とにかくガーゴイルは死んだ。
既にエンゲラは右手に段平を水平に構え、彼女を目前に倒れたガーゴイルの死体を飛び越えて左方への突撃を開始している。
ズールーもガーゴイルを蹴りつけて両手剣を引き抜いた。
俺も左手を前方に構えたまま左の祭壇方向に目を移した。
「!」
全長四m程の真っ白い大きなトカゲが現れていた。
あいつが話に聞いていたアイスモンスターじゃないのか!?
体のどこにも矢は突き立っていない。
二〇m以上距離はあるとは言え、ベルがあれだけ大きな目標を外すとは考えづらいので、体表を覆う鱗に弾かれたのだろうか。
「右目を狙え!」
俺はベルに対して言うが早いか、ファイアーアローミサイルの魔術を使う。
大した威力ではないが、目に当てて目を潰すことがまず第一の目的だから威力は後回しだ。
出来るだけ小回りが利き、発光を伴って視認し易く、それなり程度の威力さえあれば充分だ。
アイスモンスターに向かって突撃を敢行したゼノムを中心とした三人の間をすり抜け、ファイアーアローミサイルがアイスモンスターの左目を狙って飛翔する。
一度大きく炎の矢を上昇させ奴の注意をゼノム達に引き戻す。
同時に次の射線を確保すべく、俺は部屋の中央付近目掛けて走り出す。
勿論、ミサイル系の魔術を(ああ、そう言えばミサイルのように操るのはインヴォケーション系統とカールが言っていたな)使うのだから完全な射線が通っている必要はないのだが、視界を確保した方が操り易いだけの話だ。
部屋の中央で倒れているガーゴイルの死体に乗れば三〇㎝くらいは高い場所から見渡せるだろう。
走りながらファイアーアローミサイルを誘導し、アイスモンスターの上空を旋回させる。
俺の後ろで再度弓弦が鳴った。
ベルの射撃だろう。
射撃感覚を使ったのかまでは解らないが、きっと使ったんだろう。
アイスモンスターの頭が左に揺れた。
右目かその周辺にベルの放った矢が突き立ったか、刺さらなくても当たったかしたんだろう。
「やたっ!」
グィネの声がした。上手く目を潰せたのだろうか。
今だ!
上空で旋回させていたままのファイアーアローミサイルを急降下させアイスモンスターの左目を狙う。
ぞぶじゅっ!
という音を立ててファイアーアローミサイルがアイスモンスターの左目に突き立ち、同時に周囲の組織を焼いた音がした。
ギャオォォン!
アイスモンスターが咆哮を上げる。
ホーンドベアーと違って、単なる咆哮の筈だ。
口から白い煙のようなものが漏れている。
あれは……冷気か!?
以前、黒黄玉のアンダーセンの姐ちゃんが言っていた。
“氷の息を吐いてくるわ。対抗するには最低でも四レベル以上の高位の火魔法が必要になるのよ。”
だが、息を吐かせる前に決着をつけてやる!
俺はファイアージャベリンミサイルの魔術を使い、それをアイスモンスター目掛けて誘導する。
ゼノムが、苦しんで振り回しているアイスモンスターの頭を避けて顎の下から上に向かってアッパーカットのように手斧を叩き込んだ。
ヘルメットをしていないゼノムはピンク色の髪と髭の境目がどこだか判らない。
その右ではラルファも同様に右胴に向けて両手で手斧を振り被り、今まさに振り下ろそうとしている。
金色に染められた髪の毛がファイアージャベリンミサイルの炎の光を反射する。
胴体に邪魔されて見づらいがトリスの「てやぁっ!」と言う気合の篭った掛け声が聞こえた。
ラルファより更に右、胴の後ろ足辺りに向かって俺と同様の赤毛を靡かせながらエンゲラが駆け込むのが見える。
エンゲラより数歩遅れて更に大回り、尻尾の方にズールーが「ぐごぉぉぉっ!」と言う、いつもの鬨の声を上げて突進している。
タコ殴りだろう。
地上五m程を飛翔させていたファイアージャベリンミサイルを操り、アイスモンスターの背中に向けて急降下させようとした。
「がっ!?」
右足の腿の裏に激痛が走った。
全く予期せず、不意に襲ってきたこともあってファイアージャベリンミサイルの制御を放棄してしまった。
ジャベリンは急降下することなく、祭壇を飛び越えて祭壇の後ろに口を開けている洞穴に向かって飛んでいった。
「ぐっ!?」
右の二の腕の後ろ側にも激痛が走った。
矢だ!
俺の後ろから攻撃を受けている!
背中のど真ん中と頭にも衝撃を感じた。
だが、こちらの方は板札錣付きのヘルメットとゴムプロテクターのエボナイト装甲が弾いてくれたようだ。
流石五層だぜ。
ゴブリンだかホブゴブリンだか知らないが、弓矢を使うゾンビもいたのかよ!
「くそっ!」
振り返ると俺たちが入ってきた場所の右手につながっている洞穴に何人かの人影が輝度を上昇させた。
そのまま【鑑定】を使う。
ゴブリンにしては大きい、ホブゴブリンか、オークか!?
いや、それにしちゃもっとすらっとしている。
動きものろのろとはしていないようだ。
別口の冒険者の襲撃か!
このタイミングで!
傷口がカッと熱を持ったように熱い。
矢に毒が塗ってあったのかも知れない。
ふん、この毒は知ってるぞ。
俺は空いている左手を奴らに向ける。
その時には既に毒は中和されている。
奴らのうち半数くらいは剣と槍で武装しているようだ。
どこの馬鹿だ。
俺を殺すなら一撃で頭を潰せ。
舐めやがって。
チェインライトニング!




