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イノセント・レガシー  作者: シノヤン
チャプター1:アフター・フォール

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第5話 険悪

 住宅区が管理をしている食堂で、三人のアジア人の女が吠えていた。仕込みをする者も、皿洗いに勤しむ者も、資材の運び込みに必死になっている者も、皆がそのガキの泣き言じみた甲高い怒鳴りと主張に辟易し、不愉快そうに目を背けている。


「だから私達が何でこんな雑用しないといけないの⁉労働があるなんて聞いてない‼」

「つーかご飯食べてないんですけど⁉女の子にこんな苦しい思いさせていいわけ⁉」

「マジ最悪。ブスばっかだし。汚いし」


 愚痴を吐き捨てる彼女の前には、恰幅の良い女性の給仕長がいた。その隣には少々細身の副給仕長らしき男もいる。


「いい加減にしな ! 皿洗いは嫌だ、掃除も嫌だ ! 料理どころか芋の皮むきも出来ない ! 挙句、子供でも出来る荷物運びすらしない ! それで全員と同じ様に扱ってもらえると思わない事だね ! ここでは皆が、どんな形でも助け合って成り立ってるんだ。何も差し出せない、差し出そうとする心意気すら見せない。そんな乞食をもてなす余裕なんかないよ ! 嫌ならさっさとこのネストを出ていく事だね ! それと、何が女の子だい ? アンタら、私より年下ってだけで十分ババアじゃないか !」


 給仕長が怒鳴る。だが、彼女達はこれといって堪えていない様だった。


「だからそもそも、女の子に労働させるって事がおかしいって話してんの ! 知能が低い黒んぼさんには分からないかな~⁉」

「分かるわけないじゃん。だからこんな汚い所で必死に働いてるんだし。あ~私は女としての誇りがあって良かった~」

「つーかアジア人は昔っから子供みたいに若く見えるって有名だし~、どう見てもオバサンよりウチらの方が若く見えるよね~。嫉妬してるんでしょ~ ? 汚い面してるも~ん」


 三人がかりで、まともに噛み合っていない反論と罵倒を繰り広げながら給仕長を罵る幼稚な光景は、その場にいる誰もが不気味さを抱かずにはいられない。しかし手を止めて業務に支障をきたすわけにも行かず、無言で無視をしながら仕事をするしかなかった。


「何だいこのアバズレ共 ! こっちが大人しくしてりゃ付け上がりやがって―――」

「まあまあ給仕長落ち着いて ! 気持ちは分かるけど !」


 殺気立ち始めた給仕長を、副給仕長がすぐさま宥める。だが決して庇っているわけでは無いようで、すぐさま新人三名の方を険しい顔で見た。


「君達も君達だ。どうしても労働が嫌だというなら、上に頼んで今日の出勤記録は無かった事にさせてもらう。報酬や配給にも響くだろうが、これ以上は見逃すわけにはいかない。忘れているとは思いたくないが、他の班を散々たらい回しにされて来たんだろ ? もう後が無い事は分かってもらわないと…」

「はあ ? 何勝手に決めてるわけ ? 私達を悪者みたいにして」

「いや、悪者みたいも何も現に迷惑をかけて―――」

「もっと私達には相応しい仕事があると思うんですけど⁉雑用とかじゃなくてリーダーみたいに出来る仕事とか ! そんな事すら分からないわけ ? 絶対モテないでしょアンタ」

「…僕がモテないのと、今のこの話題は全然関係がないじゃないか。何言ってるんだ」


 案の定、まともに話に応じてくれない。とにかく場の協調だとか、地域社会での役割の在り方などは一切考えていない、利己と快楽と怠惰に溺れたがる寄生虫的仕草を見せ付ける彼女達の姿は、何とも劣悪であった。


「どこのバカだよ、あんな奴らネストに入れやがったのは」


 荷物運びをしていた男が、声が聞こえないであろう倉庫に到着するとそう言った。


「調査班の連中が遭難しているところを発見したらしい。言い寄られて鼻の下伸ばしてしまったんだと」

「はあ…外職場で働かせる奴には、もう少し適性があるかどうか検査でもさせた方が良いぜ。だからあんな猿どものハニートラップに引っかかるんだよ」


 そうして愚痴に対する愚痴を言い合いながら戻って来た時、雰囲気が変わる程度には面白い事が起きようとしていた。バシリアが、ほぼ同じタイミングで厨房へと入って来た。


「バシリア !」

「バシリアさん !」


 厨房にいた者達が口々に彼女の名前を呼んだ。彼らに手を振ってから、バシリアは給仕長達の方へと向かっていくが、「お仕置き係に見つかっちまった」と、一部の面々は女達に対して邪悪な笑みを浮かべる。


「久しぶり、給仕長。この後いつもの会合に行くから、何でもいいから口に入れられるものある ? 歩きながら出来そうなの」

「人参があるよ。二本ぐらい持って行きな」

「ありがと…何こいつら ?」


 一本齧りながら、バシリアは女たちを見た。元からトラブルばかり起こす新人が給仕の担当に入って来たとは聞いていたが、想像通りであった。


「新人だよ。言い訳ばかりで仕事はしない。おまけに私や周りの連中に暴言ときたもんだ」

「ふーん」


 給仕長からの説明を聞いたバシリアは彼女達の前に立つ。恐ろしく引き締まった腹筋と、鍛え上げられた肩や腕を見た女たちは、即座に逆らってはいけない相手だと判断した。


「迷惑かけたんだ」

「い、いや…べ、べ、別にそこまで酷い事はしてないかな~って…ただ、女の子は力が弱いから助けてもらわないとって言っただけ―――」


 言い訳を遮る様に、強烈な音を響かせて三人に平手打ちが飛んだ。これでも壊れない程度に加減はしているのだが、震え上がらせるには十分だったらしく、被害者面で泣き始める。だが、すぐさま一人の顎を手で鷲掴みにして、軽く力を入れた。


「黙れ」


 今度は殺す。そう言わんばかりの威圧でたちまち沈黙してしまう。


「この世で一番嫌いなんだよね。都合の良い時だけ弱者面して逃げる奴…私、定期的にこの辺の見回りしているから。次同じ姿見せたら、二度と表歩けない顔面にしてやるよ。覚えときな」


 バシリアが雑に突き飛ばした後、吐き捨てるようにそう言って出て行く。再び厨房では何やら騒ぎ声が聞こえ出したが、まあ後でたっぷりと目撃者たちから聞けばいい。そう思いながら、バシリアは人参を再び齧って全ての班の重役たちが罵り合っているのであろう会議室へと向かって行った。




 ――――ひとまずはコンクリート建築としての体裁を保っている瓦礫の山を修繕して作ったその建物は、行政統括区が管轄をしている司令用の棟であり、同時に定期的な会合が開かれる場でもあった。ネスト内における、各エリアの重鎮や招かれた労働者たちが意見を言い合い、時に衝突を繰り広げる場でもある。


「以上が、農耕区からの報告です。作物も家畜も、ネストに収容している人数と比較して明らかに足りていません。今はまだしも、近い内に制限を掛けないといけない物資の項目を増やさないといけない。農耕区としては他のネストとの積極的な交易や、最悪の場合は傘下に降る事も視野に入れるべきではないかと考えています」


 農耕区の最高責任者である、ミゲルがそう主張した。


「交易をするにしても傘下に入るにしても、利益が無いなら誰もやりたがらないわ。ウチのネストに何があるの ? 言い方が悪いけど、いるのは人ばっかり。水や金属だって有り余ってるわけでもないし、作ってる作物も、道具も…武器も。言い方が悪くなるけど、売り物に出来るかって言われると自信がない。たぶんだけど、大体はこう思うんじゃないかしら。”友達になるより、殺すだけ殺して全部奪った方が楽だ”って」


 すかさず異を唱えたのは、住宅区の責任者であるアイリであった。テーブルを囲む誰もが頷くか、無言のまま呻いて天井を見上げるか。いずれにせよ結論が全く出てこない。ここ最近の会合は、悉くそんな調子である。


「……はっ。こうなったのも、誰かさんが選別もせずにホイホイ人を招き入れるからだ」


 工房区の責任者である年寄り、ニコライがぼやいた。そしてその言葉を、軍区の責任者…そしてネストの指導者でもある、ピーターという白人の男は聞き洩らさなかった。


「何が言いたいんだ ?」


 テーブルの真ん中にいた彼は、眼鏡の位置を少し調整してから端にいたニコライを見る。


「俺達もいい加減、線引きを作るべきだと言っているんだ。このまま全員が飢え死にするのを防いで、尚且つ他所様に茶々を入れられずに運営するならそれしかない。ここで何の役に立つのか、何の仕事が出来るのか、どんな方法で今日まで貢献してきたのか。それによって評価し、相応の待遇と共に過ごさせる。かつての先進国社会は全てそうだったろ」

「…だが、中には貢献したくても出来ない体や、精神状態の者だっている。彼らはどうなる ? 僕らが助けてあげないと、彼らは死ぬことになる」

「それが間違いだった ! 自分達の明日の食い扶持さえどうなる分からない ! にも拘らず、多様性だ助け合いだとほざいて、まともに働かない奴を野放しにしてきた ! そんな連中が家畜みたいにだらけるための住処を何件建てた ? どれだけの資源を無駄にした ? 奴らがその気になるのを待つのか ? 断言するぞ。奴らは意地でも働かないだろうさ。どう足掻いたって能力に差があると分かっているなら、奴らがこの場所に棲みつき、俺達の労力を貪る事を断固として拒否すべきだったんだ ! ピーター、それをしなかったという点においては、誰が何と言おうと俺はお前に非があると思っている」

「いい加減にしろ ! そうして劣っていると判断した人間を軽蔑して、敵でもない相手を無闇に憎んで殺して、何が残る ? デイヴィッド・スター・ジョーダンの時代にまで、時計を逆戻りさせる気か⁉」

「フン、今にして思えば奴は正しかったよ。どう足掻いても劣っている存在は生まれてくる。豊かな時代なら金持ち共が偽善のために連中を飼っていただろうさ ! だが今はそんな時代じゃない。こちらに対価を寄越してくれない奴を構ってやれるほど、俺達は強くないんだ。そこを考えろピーター ! 何なら、ヒトラーさえ言うだろうぜ。それ見た事かってな !」


 直後、ドアが開いてバシリアが入って来た。「ごめん、遅れた」とだけ呟いて空いている椅子が無いかを探す彼女だが、やがて席に着くと頭を少し掻く。


「その…聞こえたんだけどさ。余裕が無いっていうのは本当なんだろうけど、冒頭と、最後らへんの発言は取り消した方がいいんじゃない ? 自分が何言ってるか分かってなさそうだけど」

「へっ、遅れてやって来て説教か。化け物風情が」


 彼女の忠告をニコライは鼻で笑う。技術者としてこのネストでずっと働いてくれていた男だが、特にバシリアの事は初めて会った時から毛嫌いしている様だった。


「自分が殺してもいい奴扱いされる事を考えてない低能ほど、アンタみたいにイキリ散らすから警告してやってるだけ。分からない ?」

「安心しろ。技術者である俺が殺される頃には、お前が先に死んでるだろう。殺し以外何も出来ない癖に、戦場で死ねなかったくたばり損ないめ。機獣相手にもそれぐらい勇敢だったら世界は平和だったろうに」


 だが、言い合いの中でニコライが放った言葉は、彼女を再び立ち上がらせるには十分だった。


「今この場で殺してやろうか」


 彼女がゆっくりと動き出した時、全員が急いで止めに入る。ニコライもニコライで引き続き掛かって来いと挑発し、周りから宥められていた。


「俺は”狩り”にだって参加していたんだ ! 今更てめえなんざ怖かねえ !」


 ヒートアップするニコライと、その気なら血みどろになるまで殴り潰してやると覚悟を決めたバシリアが周りを押しのけて対峙しようとした時だった。緊急のサイレンが轟き始め、やがて見張りの兵士が駆けこんでくる。


「未確認の機体が複数接近しています ! その内の一機には、機獣が備えられている事を確認 !」


 どよめきが起こった。だが、その中でバシリアだけは即座に気分を切り替え、気怠そうに首を振る。


「私が行く」

「大丈夫か ? 今帰投したばかりだろう ?」

「構わない。ストレスの発散がしたくなった」


 止めようとしたピーターにバシリアが言い返し、そそくさと会議室を出て行った。新しく見つけた資源と、保護をした子供の話を聞くつもりだったのだが、帰ってからにする他ない。初めて会った時からそうである。とにかく忙しいという事に躊躇いが無い。事情はどうあれ休む事を知らない彼女に対し、その場にいた者達は申し訳なさそうにしながら再び席に着く。バツが悪そうではあったが、ニコライでさえそうだった。

作者のコメント:皆さん、資産運用はあまり調子に乗りすぎないようにしましょう。本当に。

追記:次々と振られた仕事と出張のせいで更新が大幅に遅れております。誠に申し訳ございません(異動か転職考えようかな本当に…)

※次回は9月中には更新したいと思っています。

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