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イノセント・レガシー  作者: シノヤン
チャプター1:アフター・フォール

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第4話 ネスト

 日に照らされた事で、薄汚れた空白のキャンバスにも似た、虚無が広がる砂の地に女がいた。ショートカットの黒髪である女は、バイクに跨ったまま遥か遠くで黒煙を立ち上らせている飛行艇を、外装の劣化が激しい双眼鏡越しに観察をする。数人の、あまり身なりは頼もしくない兵士達が周りを取り囲み、持っている槍や、どうせ使う予定も無いであろうライフル銃で瓦礫を小突いている。少なくとも、あの墜落した飛行艇とは何の関係も無い、ハイエナであることが明らかであった。情報収集が出来ないのは惜しいが、それ程優先事項ではない。何より、目星はついている。


 どこかから飛行艇が飛び立つ音が聞こえ、墜落した機体よりも遥か後方で空の中の小さな点となっていく飛行艇が複数見えた。あの方角を追えばいい。双眼鏡から女は顔を離し、クリクリとした瞳で手元のタブレットに優先で双眼鏡を接続する。先程見た光景が映像として記録され、飛び立った方角とその推定のルートが、簡易的な地形図に複数表示される。確かに、付近に”ネスト”があるという話は聞いた事がある。自分と同じ、生き残りが住み着いているという集落の存在。


「同窓会と行きますか…」


 女はそう言うと首を鳴らし、ゴーグルを付け、口元をスカーフで覆い隠し、バイクを唸らせて走り出した。




 ――――「知っての通りだろうが、かつて世界の文明は滅んだ。十年前の出来事だ」


 質素な事この上ない青空教室であった。瓦礫で作った二本の柱、それに括りつけてスクリーンの如く広げた巨大な布の前で、中年男性の教師が言葉を発する。布には文字と図解が書き連ねられており、その布と彼の前には大勢の若者…齢にして十五以上、少なくとも二十を越える者はおらず、皆が体を鍛えているのか、貧相でもなければ肥えてもいない。集中して布を凝視していた。


「大気圏より飛来した隕石…まあ、当時ですら人工物である可能性が高いとされた代物だが、その中に潜んでいた金属生命体が諸悪の根源とされている。当時は国連によって”機獣”と名付けられ、墜落地である中国の湖北省を中心に惨劇が始まった」


 スタッフらしき別の人間が別の布に取り換え始める。少しの間だけもどかしい沈黙が起きたが、間もなく次の説明が始まった。


「ありとあらゆる資源を、彼らは喰らい、繁殖し、その侵略の速度を格段に速めていったんだ。そして彼らの進行の方角が四方八方…つまり欧米にまで及ぶ可能性があると見るや否や、アメリカとヨーロッパ諸国はただちに動き出した。緊急での軍事同盟を結び、更には国連に呼びかけて一時的な国際条約の停止を実行する。この異常事態を前にしては、正規の手続きをしている余裕などないという理由であり、国連の加盟国も反対はしなかった…反対する可能性があった中国とロシアは、”機獣”の攻撃によってそれどころではなかったからな」


 次の布には、人間の体の解剖図が描かれていたが、少々奇妙であった。というのも、その解剖図のベースは女性であり、同時にその肉体の下腹…子宮に当たる部分に見た事も無い生物が描かれている。その隣に大きくその生物が描かれていたが、黒く、軟体のような艶めかしい触覚を無数に持ち、そしてその中心部はルビーの様な色をした、球体の結晶であった。


「アメリカとヨーロッパによって作られた緊急の軍事対策チームは、直後にこの兵器を発表した。”機獣”の攻撃からここに至るまで、まるで照らし合わせたかのような迅速さであったが、今となっては真相は分かっていない。だが、残っているデータアーカイブでこの兵器の詳細については把握されている。この珍妙な生物は、実は戦闘用の装備だ。子宮寄生型肉体強化兵装…”プレグ・ギア”という通称で呼ばれていた。どういうルートで調達したのかは不明だが、アメリカ政府が保管していたこの寄生生物の原種には、寄生先の宿主の神経中枢、骨髄、血管内におけるアドレナリンとノルアドレナリンの量を急激に増大させ、更には脳髄におけるシナプスの量と密度も増加させる。これによって宿主は驚異的な動体視力と闘争心を獲得するが、それと同時に、この寄生生物に対する母性をオキシトシンの分泌によって引き起こす。本能とも言えるレベルの意識下にまで、この寄生生物を守らなければならないと刷り込ませる副作用を持っていた。さながら、ハリガネムシに寄生されたカマキリが無意識に水辺へ向かうようにだ。理屈はいらない。体が、無条件に防衛と闘争を欲するようになるわけだ」


 熱心に聞いていた生徒たちの中で、女達を中心に慄きに満ちた動揺が広がる。気持ち悪いと口々に言いながら、互いの腹や絵を交互に指さすなどして、寄生生物への恐怖を隠さなかった。


「そして信じられないだろうが、研究者たちはこれを兵器に応用するという発想に辿り着く。遺伝子組み換えを行い、更に複数の機能を持たせた上で人為的に人間の女性へと寄生させ、知性を持つ超人兵士を誕生させたわけだ。ホルモンの分泌と投与はするが、身体能力自体は変わらないという原種の弱点を克服するため、複数の動物の遺伝子を組み込んだことで、筋肉神経や脳神経、視神経の異常発達を促し、ホルモン分泌への耐性という身体能力の問題を改善した。そして最大の特徴は、緊急時に行う変体だ。肉体に危険が迫ったと察知した宿主は、子宮の中にある”プレグ・ギア”を守るために、全身に発生する事になる苦痛さえも乗り越え、その肉体を変形させる事が可能になる。最後の切り札というやつだな」


 教師たちはやがて次の布を披露した。そこには様々な写真や、当時の新聞記事のコピーらしき物が貼り付けられている。


「兵士たちは”ヴァルキュリア”と称され、同時にまだ無事であった各地の国家で大規模なロビー活動が展開される。政府から依頼を受け、企業、NPO、NGO…ありとあらゆる者達が”ヴァルキュリア”の素体になる人間達を募った。とあるアーティストは『ユーズレス』というタイトルの、男は役立たずの欠陥品であり、ヴァルキュリアとなる女性こそが希望であるという内容の楽曲を発表して大ヒットし、社会現象を引き起こした。それほどまでの大きいうねりだったんだ」


 教師はそこまで言うと、あまり嬉しくなさそうな態度を見せる。その後に何が起きたのかを知っている者だからこそできる、苦悶と呆れに満ちた顔だった。


「だが同時に、政府からの補助金や支援を目当てにした悪質な民間組織も増加した。女性こそが戦いの希望であり、当時の社会における覇権を握る可能性を秘めているという触れ込みは、リベラル派閥の政治家や組織と相性が良かったわけだ。しかしポイントなのは、これらを推進していたアーティスト、インフルエンサー、企業そして民間団体からは誰一人として”ヴァルキュリア”は輩出されなかった。大半は金の無い貧困層が、一か八か好待遇を求めて来るばかりという有様…中でも日本は酷かったとされている。悪質なNPO団体によって、貧困層を騙して”ヴァルキュリア”にするだけでなく、彼らが貰う報酬のほとんどをみかじめとして奪うという事案が横行。酷い物になれば、存在しない”ヴァルキュリア”をでっちあげて人材の斡旋報酬を政府から貰うという始末だった。”機獣”の太平洋進出阻止のために、日本という領土を無断で生贄にして、米国による核攻撃まで行われた戦場…”トウキョウ決戦”が始まる頃、日本で保有と管理をしていたのは十人もいなかったと。それほどまでに腐っていた。まあその頃には、政治家、セレブ、国民のほとんどは我先にと逃げ出していた事態でもあるから、その中に混じって逃げ出した可能性は高いとされている」


 布がめくられた。絵ではあるが、描かれているのは焼け野原となった世界各国の領土、そして鬼気迫る面持ちの民衆に加害される”ヴァルキュリア”と思わしき者達…なぜか同じ”ヴァルキュリア”同士で殺し合っている様子まで描かれている。


「今度行う”機獣”の生態に関する話で詳しく語るが、ある日突然”機獣”の進行が止まった終戦の日…エックス・デーの後、世界各国の被害は甚大だった。まともな資源の大半は彼らに喰い尽くされ、もはや先進国社会の存続は不可能。何より大勢が犠牲になった。だが、国連、大企業、そして辛うじて残ったマスメディア。彼らによって作られた世論は残酷だった。その人類文明の歴史的敗北を、あろうことか”ヴァルキュリア”達に押し付けたんだ。あれだけのリソースを使ってまともな戦果も得られず、補助金と好待遇に群がり、兵士として使い物にならない癖にふんぞり返っていた化け物軍団と罵られ…プロモーションに関わっていた連中たちも掌を返し、あそこまで役立たずだとは知らなかったし、自分達は内心迷惑していたと言って見捨て始めたんだ。そして、用済みの危険生物として認定された”ヴァルキュリア”達に対しての()()が始まった。彼女達の中には、仲間を裏切って狩る側に回った者も多く、それが尚の事戦いを混沌とさせていく事になってしまった…一から人類社会を作り直さないといけないタイミングでありながら、先人たちは内紛による自滅を選んだというわけだ。そうして、今のこの世界が出来上がった。我々は、これに学ばなければならない。困難を前に、利己へ執着して断絶に向かう事を良しとすれば、また幾度となく―――」


 勢いの乗って来た教師の言葉を遮る様に、ケーブルにまみれた柱に括りつけられているスピーカーから昼を報せるチャイムが鳴り響いた。労働に戻る合図であると同時に、若者たちにとっては次の訓練へと向かうための圧力であった。


「…よし、今日はここまでにしよう。来週の冒頭に続きを話した上で、次は”機獣”の生態についての解説に入る。では、解散 !」


 教師の合図により、若者たちははしゃぎながら解き放たれた。思い思いの道順を介して次の訓練に向かうため、散り散りになりながら自分達の住処を闊歩する彼らの目に映るのは、どこか厳粛で人通りの少ない行政統括区。のどかに自宅で休日を謳歌する者がちらほら見えるバラックだらけの住宅区。僅かな家畜たちがうろつく隣で、田畑を弄る人々が賑わう農耕区。煙を上げながら騒音を轟かせる工場が鎮座する工房区。そして飛行艇たち離着陸を忙しなく行い、砂だらけの発着場で帰還した兵士達が汗と泥にまみれた姿で騒いでいる軍区。文明の崩壊で生きる場所を追われた人々が集まり、寄り添い、手を取り合って作られた生きるための巣…”ネスト”と呼ばれる生活拠点であった。


 その発着場では、帰還したバシリアが少年に前を歩かせながら煙草を口に咥えようとする。


「バシリアさん ! ここは火器厳禁ですよ !」


 発着場の管理をしていた誘導員が大声で呼びかけ、バシリアは面倒くさそうに両手を上げてこの場では火を付けない事を約束し、そのまま前方で突っ立っている少年の方へと向かう。見慣れない光景なのか、彼はゆっくりとした首の動きでぼんやりと辺りを見回していた。


「ようこそ、”ネスト”へ」


 バシリアは隣に立ち、微かな汗が日光に照らされている逞しい腕で、彼の背中を優しく叩いた。少年は思わず彼女を見上げるが、その頃にはバシリアも目を逸らして前を歩き始める。タンクトップから彼女の背中が透けて見えるが、その背中にある十字架の傷が不気味だった。


「あれが気になるか ?」


 背後から現れたジョナサンが、少年の肩に手を置く。


「本人の言葉を借りるなら…呪いであり、罰を受けることを決めた証なんだと」


 それ以上は、この場で説明するにはあまりに冗長になると判断し、ジョナサンは控えた。何より、彼女からの頼みでもある。”ヴァルキュリア”という立場までは良い。だが、そこから先の記憶の話は、ただひたすらに己に抱える恥辱と、恐怖と、絶望を再認識させられる地獄でしかないのだと。だからこそ、常に自分が経歴については彼女の代わりに誤魔化すか、嘘を周りに伝えてきた。”機獣”と繰り広げられた、かつての戦争における作戦の中でも指折りの悪夢…トウキョウ決戦の生き残り。それを掘り起こされない様に。

作者のコメント:結局、仕事の忙しさと家事の面倒くささが合わさって体重が増えた…辛い…


※次回の更新は四月下旬頃までには頑張ります。

※追記:次回の更新は五月中になると思います(当初は四月下旬でしたが、仕事と新連載の準備に関するその他の事情で延期になりました…すみません)。

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