座右の銘
「まあ嬉しい。久しぶりにお顔に落書きができますわ」
気を失ったところを、リアティスの持ち物である荒縄でグルグル巻きにされたオルソンを見て、リアティスが語尾を弾ませながら開口一番に言った。いそいそと道具を取り出す。
思い返せば、この間の荒縄はガイウスに使用されたままなのだから、この荒縄も、ロードリックの知らぬ間にいつの間にか新しく用意されたものなのだろう。
その事を口にされなかった事に一安心する間も無く、吐き出された台詞にロードリックは疲労を隠せなかった。
意識を取り戻し、バタバタと逃げを打つオルソンを見て、ロードリックは仲裁に入った。これでは割れる口も割れなくなる。
「顔は落書きするもんじゃないだろう。余計な喧嘩は売るな」
正論だが、断りを入れる事自体がおかしかった。
「あら、でも買ったという証拠を残さなくてはいけませんわ」
落書きじゃなくてもいいだろうに。
「そう言えば、お兄様にはやり損ねましたわ。亀甲縛りにも抵抗なさいましたし。残念ですわ。事に及ぶ時に必ず諍いが起きるように、浮気者と一筆したためておけばよろしかったですわ」
「………どこに」
暫く逡巡した後に尋ねたロードリックに対して、リアティスはただ満面の笑みを浮かべて人差し指を下へと向けた。
ロードリックは横を向いて深い溜息を洩らす。
「………実の兄にまで」
オルソンがポツリと呟いた。噂は聞いているらしい。
同感ではあるが、リアティスのこの台詞は、結果的にガイウスを庇うものであった。
仲たがいをしていると、世間に認めさせなければいけないのだ。
こんな馬鹿な台詞で、兄を庇えるリアティスはいっそ清々しく素晴らしい。
しかも、普段通りの行いと台詞でだ。
「では、その分この方で鬱憤を晴らすという事で。やはりここは正直になられますよう、男好きと書かせていただきますわ」
「やめろ!」
リアティスが笑顔で筆を振り上げた。オルソンが顔を引き攣らせて怒鳴る。
「わかった。お前は強い。充分強い。だからやめろ。そんな事しなくても良いだろう」
暴れるオルソンとリアティスの間に、ロードリックが割って入る。
リアティスを蹴り上げて逃げようとするオルソンを押さえ付けようとして、ロードリックの手が何か柔らかい物に触れた。
なんだろうと視線を向け、それが今押さえこもうとしているオルソンの胸部だと気づいて、ロードリックは驚愕の声を上げた。
「なに?!」
「やめろスケベ!!」
顔を赤くしてオルソンが叫ぶ。筆を放り投げ、リアティスが言った。
「まあ!やはり男色の方ですのね!」
「違う!いい加減にしろ!私は女だ!」
訂正するのも恥ずかしいのだろう。怒りと共にオルソンの顔は更に真っ赤になっていた。
「まあ」
リアティスは驚いた様子で感嘆の声を上げると、そのままおもむろにオルソンの両胸を両手で鷲掴みにした。
驚いて声も出ないオルソンに構わず、真顔でにぎにぎと両胸を揉みしだく。
そうして次に自分の両胸も同じように握って確かめると、右手に力強いガッツポーズを作った。
「勝ちましたわ」
凛々しい顔をして言う。
「なんの勝負をしているんだ」
ロードリックが呆れ呟く。細身だが、実はナイスバディだったらしい。
「あたくしが人生において掲げる目標、及び座右の銘は『常勝』ですわ」
(なぜそんな汗臭い目標を……)
「昔は必勝だったのですけど」
(勝ち続けたのか……)
ロードリックは見も知らぬ敗者の人々に対し、内心秘かに同情の念を送った。




