別れの時
長い間話込んだが為に別の追手が迫っても困る。
馬屋に移動すると、再開したばかりの異父兄妹に別れの時が近づいた。
ガイウスは上半身を縄で拘束されたままの恰好で、二人が馬に鞍をつけ荷を積み終えるのを見届けると声を掛けた。
「リアティス」
「どうかなさいまして?」
「俺の馬の鞍を調べてみろ」
「あら?なんでしょう?」
指示され、リアティスは不思議そうに小首を傾げると、よく見知っているガイウスの愛馬に近づき優しく声を掛けた。
「まあカルヴァーン、元気かしら?長旅ご苦労さま…と言っても、もう少し続きますの事よ」
労わっているのか労わっていないのかわからない言葉を優しく投げかけ、リアティスはカルヴァーンの鬣を撫でると、次いで片手を鞍の下へと忍ばせた。
ごそごそと動いた手が、遠慮無く隠してあった袋を引き出す。次々と抜き出し、リアティスの手にはチャリチャリと音を立てる布袋が五つ程、重たげにぶら下がっていた。
「手切れ金だ。これしきの金でお前と縁が切れるのならば安いものだ」
「まあ本当に少ないですわ」
金入れの口を緩め、リアティスが中を改めながら返す。とはいえ、見た限り一袋に二百枚と考えて、ゆうに金貨千枚はあるだろう。ガイウスの眉が吊り上がった。
「………うちの宝飾品、一切合切ガメて来たのはどこのどいつだ」
「夜盗に入られましたのね。悪い時に悪い事が重なるなんて、不運です事」
「………」
罪の意識もなくすっ呆けるリアティスに、男二人ただ沈黙をした。
夜盗の名はリアティスと言う。
「有難くいただきましてよ。これしきの金で縁を切られるなんて、あたくしも安い女に成り下がりましたものですわ」
(充分高い)
ロードリックは内心で呟きながら、リアティスに無言で早く仕度するよう促した。のんびりとしている時間は無い。
リアティスは頷くと手早く袋を荷物の中に詰めこんだ。そうしてスイと兄の前を素通りし、自分の馬の手綱を引くと、馬屋を出、隣に立つロードリックの手を借りて馬へと跨った。
「お兄様」
「何だ」
馬上のリアティスを見上げ、ガイウスが答える。
「お兄様は、あたくしを止めようとは思いませんでしたの事?」
リアティスの問いかけに、ガイウスはそんな事が…というように口を開いた。
「お前の一番の望みを邪魔しようとして喧嘩を売るほど、俺に勇気は無い。お前の一番の願いがようやく叶うんだからな」
ガイウスは一端言葉を区切ると、微笑むリアティスに続いて言った。
「ガードランドを出ることはお前の望みだっただろう」
ガイウスの言葉に、ロードリックは耳を疑った。
だが、逃亡生活を続けている中での、リアティスの活き活きとした様子を思い起こすにつれ、そうなのかもしれぬと思う。リアティスと言う娘は、貴族の姫君という枠には嵌らない。
ガイウスは顔を顰め、大きなため息を吐いた。
「まあ、まさかここまで騒ぎを大きくして出ていくとは思わなかったがな」
「あたくしも驚いておりますの事よ?ほんの少しばかり不可抗力でしたし。それもこれも、あたくしが美しすぎるからですけれど」
しれっとして言うリアティスに、ガイウスは渋面を作った。不機嫌にリアティスを睨み付ける。
「行け!二度と会いたくない!」
「それではお兄様ごきげんよう。もう二度とお会いする事もございませんわ」
見るも鮮やかにリアティスが笑った。
迷いも何もない、揺るぎないその笑顔。
ガイウスはそれをどこか眩しそうに眺め、馬上の妹を見送る。その背中が離れた時、ガイウスが口を開いた。
「リアティス!」
「はい?」
馬上のリアティスが振り返る。
ガイウスは照れ臭そうに視線を逸らし、やや斜め下を見て言った。
「息災でな」
「お兄様こそ」
リアティスが頬笑む。
ガイウスがロードリックを見ると、ロードリックは頷いて返した。