第8話:孤高の謁見と、崩壊の序曲
王宮の最深部、白蓮の廊下。
重厚な大扉の前で、カナタを待っていたのは一人の少女だった。
「あなたが……エレナ様の指輪を造った、カナタ様ですか!?」
大きなローブを揺らし、輝く翡翠の瞳を輝かせながら詰め寄ってきたのは、フィオナ。若干十五歳にして王宮魔術院の次席を務める、稀代の天才錬金術師だった。彼女はカナタの『星刻の守護指輪』の術式構造を見て以来、その常識外れの鍛造技術に狂わんばかりの衝撃を受けていた。
「お願いです! 私を、あなたの工房の弟子にしてください! 宮廷の役職なんてどうでもいい、あなたの『鉄』の秘密が知りたいんです!」
「初対面で弟子入りなんて、突飛な奴だな。……今は王に用がある。話はその後だ」
カナタは静かに彼女をいなし、開かれた扉の向こうへと足を踏み入れた。
薄暗い謁見の間。玉座に鎮座するのは、この国の絶対権力者、国王アルベール。その傍らには、神妙な面持ちのエレナが控えていた。国王の放つ覇気が室内の空気を重く従える。並の人間なら、息をすることすら忘れるほどの重圧。
「面を上げよ、無名の鍛冶師よ。貴殿の造りし指輪、そして大盾の噂は我が耳にも届いている。……あれほどの神物、一介の平民が独占すべきではない。その技術、王家に差し出す気はないか?」
国家による技術の独占。逆らえば反逆者。それが王の仕掛けた静かな脅迫だった。しかし、カナタの『万物鑑定』の目は、玉座に座る王の「精神的な焦燥」を冷徹に見抜いていた。
「お言葉ですが、陛下。俺の技術は王家には扱えません。この金槌は俺の血と精神を吸って初めて動く。無理に奪えば、ただのボロ鉄に変わるだけです」
「何だと……? 我を畏れぬか」
「畏れる理由がありません。俺を縛れば、二度と神格の武器は生まれない。逆に、俺の条件を受け入れるなら、王家に最高の『盾』と『剣』を供給してやりましょう」
カナタの冷徹な交渉。一歩も引かない少年の態度に、王は低く唸った。エレナが緊張に拳を握りしめる中、カナタは自身の絶対的な価値の天秤を提示した。
王がその言葉の重さを測り、口を開こうとしたその瞬間――。
通信用の魔晶石が、不気味な赤色に明滅し、謁見の間に悲鳴のような報告が響き渡った。
『緊急事態! 東方の封印地より、災厄級魔獣「冥王竜」の不完全覚醒を確認! 周辺の街が、わずか数時間で壊滅しました!』
「何だと……っ!?」
王が玉座から立ち上がる。エレナの顔からも血の気が引いた。世界の寿命を縮めるほどの、文字通りの『天災』。
カナタは静かに光の画面を見つめていた。その脳内には、新たな神の設計図が、まるでこの事態を予見していたかのように、狂ったように描かれ始めていた。
王は震える拳を握り締め、プライドをかなぐり捨ててカナタへと視線を向けた。
「……鍛冶師カナタよ。先ほどの無礼を許そう。条件はすべて飲む。だから、頼む。我が軍の精鋭に、その『神格の武具』を……竜を屠るための軍勢の装備を、鍛え上げてはくれまいか!?」
==================================================
【国家最高依頼】
・依頼主:国王アルベール
・目的:『冥王竜』討伐のための神格武具軍勢の構築
・報酬:領地の割譲、および王宮宝物庫の『全素材の開放』
==================================================
「宝物庫の素材が使い放題か。……いいだろう、その依頼、引き受けた」
カナタは不敵に微笑み、謁見の間を後にした。
背後からは、興奮を隠しきれないフィオナが、すでに荷物をまとめて追いかけてくる足音が聞こえていた。
世界の崩壊を告げる鐘の音。
しかしそれは、神の鍛冶師が世界の王へと君臨するための、最高の舞台の始まりに過ぎなかった。




