第4話:価値の天秤と、焦燥の足音
「あり得ない……」
エレナは自身の白い肌を見つめ、愕然と呟いた。
内臓を焼き、命を蝕んでいたはず de 剛殻百足の猛毒が、完全に霧散している。すべては、この少年が与えてくれた青い指輪の力だ。
王都の最高位司祭ですら数日を要する大奇跡が、一瞬で成し遂げられていた。
彼女の視線の先で、カナタは煤けた金槌を懐に収め、息を整えている。
「傷は塞がったみたいだな」
「君は……一体何者だ? その技術、そしてこの指輪の術式。国家機密級、いや、失われた神代の遺物の領域だぞ」
エレナの鋭い眼差しがカナタを射抜く。しかし、カナタの心は微塵も揺るがなかった。
「ただの元・荷物持ちさ。あんたたち『輝かしい上層階級』が、見捨てていったゴミの一人だよ」
「っ……」
言葉の重さに、エレナは気圧される。カナタは彼女の壊れた白銀の胸当てを指差した。
「その甲冑の修復、俺が引き受けてもいい。ただし、タダじゃない」
「交渉、か。いいだろう。聖騎士団長の名において、相応の報酬を約束する。金貨五十枚でどうだ?」
金貨五十枚。一般の平民が数年は遊んで暮らせる大金だ。だが、カナタは鼻で笑った。
「その指輪で命を拾い、さらに国家宝物級の防具を新品にする。その価値が、たったの金貨五十枚か? 舐められたもんだな」
「では、いくらを望む」
「金貨百枚。それに加えて、地上に戻った後、俺の『身分』と『工房』の登記を全面的にバックアップしろ。王都の貴族や商会から、俺の技術を隠すための後ろ盾(盾)になってもらう」
エレナは息を呑んだ。この少年はただの職人ではない。自身の技術がもたらす「危うさ」と、政治的な価値を完璧に理解している。
「……面白い。その条件、全面的に受け入れよう。私の誇りに懸けて」
二人の間で、目に見えない契約の天秤が釣り合った瞬間だった。
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【対等契約の締結:聖騎士エレナ】
・獲得予定報酬:金貨100枚 & 王都における『特権保護権』
・修復対象:『白銀の聖騎士胸当て(破損・劣化)』
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――その頃、迷宮の地上階。冒険者ギルドの片隅で、乾いた悲鳴が上がっていた。
「おい、冗談だろ……!? なんであいつの『命の灯火』が消えてねえんだよ!」
机を激しく叩いたのは、カナタを囮にして逃げ延びたパーティ『暁の剣』のリーダー、ライルだった。
ギルドの水晶板に表示されたメンバーリスト。最下層に配置された【カナタ・クロス】の文字は、灰色に染まる(死亡)ことなく、不気味なほど鮮やかな青色(生存)を維持していた。
「深層に置き去りにしたのよ!? 生きているはずがないわ!」
魔法使いの女が顔を青ざめさせる。
もしカナタが地上に戻り、自分たちが彼を意図的に囮にしたことが発覚すれば、パーティは追放処分の刑に処される。それどころか、犯罪者として投獄される可能性すらあった。
「チッ……クソが! 運良くどこかの空洞に隠れてやがるんだ。おい、今のうちに別の前衛を雇うぞ。あいつが戻ってくる前に、俺たちの『正当性』をギルドに証明しちまえば勝ちだ」
焦燥に駆られるライルたちの声は、震えていた。
彼らはまだ知らない。
自分たちが切り捨てた「無能」の少年が、すでに国の最高権力者の一人を従え、世界の常識を根底から鍛え直そうとしていることを。




